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May.2017
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梯 郁太郎 が紡ぐ ~サンプルのない時代へのメッセージ~ ロングインタビュー

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2016 年3 月のある日、私たちは浜松市にあるATV 株式会社の本社ショールームを訪れる機会を得た。

ATV は日本が世界に誇るグラミー賞受賞者であり、音楽界のウォールト・ディズニーRoland の創設者であり、今や私たちの音楽に欠かせないMIDI 規格を産み出した、梯 郁太郎(かけはし いくたろう)氏が2013 年に新たなチャレンジとして設立した会社だ。

ショールームには梯郁太郎氏をはじめ、ATV 代表取締役社長の室井氏、取締役営業部長の渋谷氏、研究開発部プロデューサーの中野氏、研究開発部サウンドエンジニア 井上氏の5 名にお集まりいただき、貴重な時間を頂いてロングインタビューを実施した。

ハードウェアでもソフトウェアでもない。その先の未知なるものを表す「アートウェア」を掲げるATV。どのような製品が、どんな背景で作り出されているのだろう。

※本記事は2016年3月に取材。Proceed Magazine 2016 Summer 号に掲載されたものです。

201604ATV_24__3梯氏が世界各国で紡いできた実績が各所に。蓄音機はグラミー賞のトロフィーだ


Rock oN: 最初に「ATV」という社名の生まれた背景について教えていただけますか?

梯 氏:もともとは「アトリエビジョン」という名前で設立を考えていたんですが、設立の直前一月前にATV という社名に変更したんです。A というのはAudio のA、V は映像を表していて、真ん中のT はエデュケーションを意味する”Teaching”からとったT。それで文字通りA(Audio) とV(video) と被さってT(Teaching) があると。音と映像の世界を「ティーチングが成り立っている範囲」の中で行っていくのが一番楽しいという想いが僕にあったので、ATV という名前をつけました。Education だと固くなるからTeaching なんです。その関係性が成り立つ範囲で仕事をするのが一番楽しいということで、そういう名前をつけました。

もう少しATV の意味を掘りますと、まず私は人間生まれた時は対等で全部同じだと思うのです。ところがその育った環境、指導してくれる人、そういう人の面倒見で差がどんどんついてきてしまう。それがティーチング(T) です。例えば生まれながらに「うまい」人なんていないですよね。うまくなるには練習や学ぶことが必要で、練習もなしに上達することはない。その「練習や学ぶことや上達すること」の楽しさを体感できるような製品を作りたいと、ずっと思っていました。

ATV 取締役営業部長 渋谷氏:近年の電子楽器の多くは電源を入れた途端に「そのハードがもっている最高の音」が誰でも出せてしまうものばかりです。でも本当は練習すればするほど、誰かに教わって鳴らし方を知るほどいい音が出せるようになったり、上達したりするはず。自分の成長とともに楽器の音も変わるような製品、そういった意味で「ティーチングが成り立つ範囲」の製品を私たちは作りたいと思っています。

自動リズムマシンの量産第1号機、リズムエースFR-1自動リズムマシンの量産第1号機、リズムエースFR-1

梯 氏:だからこそ、早くからブランドネームを売っておかなければならないとかは、余計な御世話なんです。我々全体が音楽というものに接している生涯の糧というか、土台が最初に出てくる。しかも、そこではみんなが平等だというのが最もミソだと思うんですよね。そういう観点に立つと、今本当の意味で音楽を楽しんでいる人がいかに少ないか。だからこそティーチングは営業だけをただやるよりも素晴らしい仕事になる。営業にしても、製造にしてもティーチングから素晴らしいことができるなと考えています。

Rock oN: 音楽という土台の前に社内外ふくめ全てが平等。A とV がT にかかる文字構成にそんな意味があったんですね。ではATV の最初の『楽器』にドラム音源を選ばれた理由は?

梯 氏:僕自身、ローランドを始めたときに最初に作ったのがリズムマシンだったから、格好よく言えば「天才的にリズムに目をつけている」という感じかな(笑)なんだかんだ言ってリズムものには縁がある。けど、そんなに深い理由はないのです。アコースティックドラムは本体そのものが音源。音源というものを作る以上「アコースティックドラムが上、電子ドラム音源が下」と言われてしまうような風潮から「飛び抜けたい」と思ってドラム音源からスタートしたんです。

atv

ATV 代表取締役社長 室井氏:ATV 開発部プロデューサーの中野がもともとずっと電子打楽器の開発をしていたし、マーケットも製品も一番熟知していますから、ドラム音源を最初のプロダクトにすることは自然な流れでした。

Rock oN: 生まれるべくして生まれたプロダクトというわけですね。今回aD5のプリセットの元になったサウンドのレコーディングエンジニアはどなたが?

ATV 室井氏:KIM Studio の伊藤圭一さんです。

梯 氏:人に使ってもらうんだから「使いやすい」音であること。ドラマーが叩くんだからドラマーが納得する音にすること。これは単純なことなんですよ。単純なんだけど、それをやるのは大変なことなんです。普通の録音じゃないから本当に時間がかかります。今回のaD5 で初めてそれがわかったのは、僕にとってちょっと遅かったけどね(笑)でも伊藤さんには本当にいい仕事をしていただきました。

201604ATV_21__2今回そのヒストリーを伺うことになったドラム音源aD5。メタルの質感もそのままに堅牢な筐体は、詰め込まれた技術の重みさえ感じさせる

Rock oN: 伊藤さんが収録されたんですね! aD5 のサンプルに使用された楽器は、持ち込みですか?

ATV 井上氏:はい。我々が録りたい楽器があり、それを持ち込みました。また今回aD5 の音源は全てステレオサンプルで収録しています。これはあくまでもドラマーにとって気持ちいい音を追求したことと、サウンドの減衰に至るまで一切ループ処理のない贅沢で自然なサウンドで収録したかったことが理由です。

Rock oN: なるほど、その際にマイクやドラム自体の録り方などは、ATV 側からの提案を基に行ったのですか?それともKIM Studio伊藤さんから?

ATV 井上氏:マイクはKIM Studio にあるものを使わせていただきました。録り方については一概に言えるものではありません。これは伊藤さんも仰っていましたが、一般的な楽曲を録ることとサンプリングを行う際の録り方はやはり違っていて、非常に特殊な録り方をします。楽曲のレコーディングの場合には「目指す質感や雰囲気」みたいなものがあって行われますが、サンプリングの場合にはなるべくそういったものはナシにして、その楽器の特徴をいかにして活かすか、といった録り方になるのですね。

Rock oN: ではサンプリングのための録り方としてATV 側から具体的なリクエストを出した形ですか?

ATV 井上氏:リクエストというよりも、伊藤さんが持っていらっしゃるノウハウをもとに、特殊な部分については私たちも一緒に音作りをさせてもらいながら共同で録っていったという流れです。ドラム個体の共振を活かして録ることもあれば、あえて共振をさせないようにして録ることもあったり、後から調整できるような幅を残した録り方をしたりします。今回に関していえば、共振は抑え気味にしてありますね。今後リリースする音色では、もっとバリエーションを作れたら、と考えています。

Rock oN: その共振や響きに関して言えば、aD5 は非常にナチュラルで、余韻には美しさも感じました。従来のドラム音源とは明らかな違いも感じたのですが、具体的に言える違いはどこでしょう?

ATV 渋谷氏:従来の音源は「リバーブエフェクトありき」のものが多かったですよね。リバーブがオフになっているプリセットって… きっとないんじゃないでしょうか。リバーブが掛かっている方がリッチに聞こえるというか、いわば化粧のようなもの。リバーブを使うことで、素のよくない部分を隠すことができてしまうんですよね。aD5 は素で勝負できるだけの自信がありましたので、リバーブは一切使用していません。

Rock oN: すごいですね! あの余韻の美しさは、リバーブなしのものなんですね。

ATV 井上氏:なしです。aD5 にはそもそもリバーブエフェクトを搭載していません。音作りの段階でもリバーブを使っていないので、本当にルーム・アコースティックの美しさその
ものだけです。違いを感じて頂いたとすれば、このこだわりの部分かもしれません。

Rock oN: これは本当にみなさんに試していただきたいポイントです。実際市場には大容量のソフトウェア・ドラム音源なども数多くリリースされていますが、aD5 の音作りやプログラミングを行うにあたって、これらソフトウェア音源は意識されましたか?

ATV 中野氏:正直に言ってまったく意識しませんでした。なぜなら、aD5 とソフトウェア音源はまったく別のものだと考えているからです。私たちはaD5 を「楽器」として考えていますが、ソフトウェアのライブラリは「ツール」として作られていますよね。ソフトウェアのライブラリは音楽制作時にDAW から鳴らされることが前提です。演奏をする、という観点ではない立ち位置の違うものだと感じているので、意識はしなかったですね。

ATV 井上氏:私はエンジニアの立場として、有名なドラムサンプラーやライブラリなどを聞くと、作り込み・合わせ込みという点で「粗いな」と思ってしまいます。悪いものだという意味ではなく、あの音をaD5 に乗せて「どういう楽器になるか」ということを考えると、これでは作り込みが足りないと感じるんです。

ATV 室井氏:「ドラマーにとって」心地よく演奏できるかどうか。

ATV 井上氏:aD5 を演奏するドラマーが「違和感を感じない」という部分ですね。

Rock oN: つまりアコースティックドラムとまったく同じ感覚で叩けるという部分を大事にしている、ということでしょうか?

ATV 井上氏:「まったく同じ感覚で」と言いたいところですが、実際はそうじゃない部分があることも分かっています。ただしドラマーが感じる『違和感』というものを最大限に減らしたつもりです。そのために綿密な「合わせ込み、作り込み」という作業を行っています。ここに膨大な時間をかけたこと、それこそがaD5 という「楽器」のクオリティの半分、もしくはそれ以上を占めると言っていいほど、この作業は大切なものだと考えます。

我々には「過去」がありません

201604ATV_1__3

Rock oN: 今回開発に時間をかけることで理想的なものができたとのことですが、それがかつての製品のときにはできず、今回ATVとして可能になった理由はあるのでしょうか?

ATV 井上氏:…. 難しい質問ですね(笑)ひとつ言えることとしては、私たちATV にはまだ「過去」がないからということでしょうか。今までの製品の延長線上になくてはならない、ハードウェア上の制限を考えなくてはいけない、などといったことがなかったからです。

ATV 室井氏:何も持っていない状態でスタートしていますので、ニュートラルに開発ができたからでしょう。「過去モデルのあの音を入れよう」といったことがなく、製品ラインナップを見据えたしがらみもない。すべてゼロからの開発でしたから。

ATV 渋谷氏:過去のラインナップがあれば、開発は「足し算」にしかできなくなってしまいます。50 個のプリセットを積んだ製品の後継機には100 個が必要になり、その次は150 個をいれなくてはいけない… それがずっと続いてしまう。スペックの競争みたいなことはしたくなかったし、そういうところとは無縁のところからスタートしたいという思いがありました。

Rock oN: なるほど、心機一転での製品開発は結構楽しかったのではないですか?

ATV 一同:…….(無言)

Rock oN: ええ?!あれ?違いましたか?(笑)

ATV 井上氏:(笑)いやいや、楽しかったといえば楽しかったですが、やはりゼロから始めるというのは我々も経験のないことなので、そこに大変さ、苦しみみたいなものがなかったとは言い切れないですね。想像以上に苦労もありました。

梯 氏:私たちはいつだって「Still looking for new sound !」なんですよ。

作ったものは「楽器」

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ATV 井上氏:先ほども少し触れましたが、やはり私たち開発者としては「楽器」を作りたかった。近年の電子楽器の場合、発売から数年…下手をすると数ヶ月経つと「古いモデル」と扱われてしまったり、大手の会社なら毎年新しいモデルチェンジをしなくてはならないとかがありますが、そこから離れて「電子楽器なんだけど、楽器として末長く愛されるもの。プレイヤーの上達とともに愛着がわいてくるようなもの」を作りたいという思いがありました。

ATV 渋谷氏:aD5 は従来の電子楽器のように「電源をいれたらイージーに音がなってくれる製品」ではない。それぞれのユーザーが好みに合わせてチューニングをして初めて本領を発揮する伸びしろを持ったスタンスの製品です。だからなのか、電子楽器を得意とする楽器店よりも、アコースティックドラムを知り尽くしているお店にウケがいいんですね。アコースティック楽器が何の調整もなしにいい音を鳴らさないことを理解されている、ある意味ではアコースティック楽器の「難しさ」を知っている方には素早く理解していただけます。我々もaD5 を「楽器」としてお届けしたいので、こういったアコースティック楽器を知っているところに受け入れてもらえる

Rock oN: その言葉には、梯会長がかねてより提唱されている「アートウェア」という思いを強く感じますね。

梯 氏:大事なことです。「大手さん」ではもうできないこと。いらんしがらみがない今だからこそ、我々にできることだね。

Rock oN: そこはATV のみなさんも「アートウェア」という言葉に強い意識があるのでしょうか?

ATV 一同:そうです。

ATV 井上氏:無機質な電子部品の塊に命を与えていく。ひいてはそれが「楽器」になっていくところを考えていますね。

Rock oN: なるほど。仕様面とコンセプトの関係について聞きたいのですが、aD5 のアウトプットはステレオのみで、パラアウトなどを装備していないのは、その「楽器を作る」というこだわりに関わる理由からでしょうか?

ATV 井上氏:根本的な話になりますが、aD5 は「ドラマーがいかに心地よく叩けるか」というところに注力して開発を進めてきました。ですので「演奏している人が一番気持ちよく演奏できるように」という選択していった結論が、ステレオ・アウトプットのみになっている理由の1 つです。DAW を使って制作をされている方のために作るとしたらパラアウトは重要かもしれませんが、我々は「ドラマーのために」デザインしたということですね。

梯 氏:いい音か悪い音かというのは、ディレイがそう感じさせるんです。演奏者にとってはオンタイムで音がきちっと出ていればいい音。少しでも遅れていると悪い音。そのズレを直すためには様々な苦労があるということ。今回のaD5 ではそこまでやっているぞ、ということです。演奏している人が違和感を感じないところまで、最善を尽くしたと感じられるところまで開発は進めなくちゃいけない。

ATV 井上氏:ドラマーは特にレイテンシーにシビアです。大手メーカーの製品の場合、たしかにあまり気付かれないレベルまでに達してきているかなと思う部分がありますが、それでもまだまだ改善可能な「遅れ」があることも事実です。最近は電子ドラムに触れたことがあるドラマーさんが多く、そういった方々にお話を聞くと「電子ドラムってこんなもんだ(遅れがある)よね」という共通認識に近い声を聞いてきました。aD5はそのドラマーがシビアに感じている「遅れ」を短くする努力をし、実際、飛躍的に短くすることができました。叩いてくださったドラマーさんは声を揃えて「すごく、反応がいい」というコメントを頂きます。そういう意味では「遅れを感じるレベル」はすでに超えていて、ドラマーの方にも気にならないところまで詰められたかなという自負はありますね。ただ、多くのメーカーはそこまで(レイテンシーを少なくすることを)気にしていないのかなとも思いますね。

Rock oN: 逆にどうして他のメーカーは気にしていないと思われますか?

ATV 井上氏:技術的に難しいことだからですね。それは音源だけの話ではなく、パッドを含めたトータルで起きる問題です。簡単に解決できるところではないですが、私たちATV はかなりの時間をかけて開発を行いました。

梯 氏:打楽器の奏者に「どこからが音か」という話を聞くと、ある人は「当たった瞬間からが音だ」というし、ある人は「打面を叩いてスティックを”上げる” 瞬間から音だ」という。こっちからすると「同じことやないか!」と思うんだけどね(笑)

梯 氏:笑い話のようだけど、違うんです。この二つは同じように聞こえるかもしれないけど、その意識の違いを問題にする音楽家のそれぞれの言い分なんですよね。これを「表現の違い」と言ってしまうとそこで終わり、我々はそこで終わらせなかった。

Rock oN: 『 楽器』へのこだわりが現れてますね。ここまでのお話を聞くと、みなさんの意識が「カタログ上の数字を追い求めた」だけでなく、開発の上で「やりきっている」という印象を感じます。

ATV 井上氏:そうですね。チーム全体が同じ思いを持っていたと思います。

ATV 室井氏:梯会長をはじめ、社員全員がこだわりを持って作ったということ感じてもらえれば嬉しいですね。

Rock oN: その思いがaD5 に込められているわけですね。それは愛着をもって長い時間をかけて付き合っていくアートウェアだから、というお話がありましたが、かつて梯会長のもとでローランドに所属していたエリック・パーシング(現Spectraonics 代表)も、同じことを言っていたことを思い出しました。これはやはり、梯会長の影響をエリックさんも受けているのかな、と感じます。

梯 氏:おぉエリック!彼とはだいぶ一緒に仕事したからね!

Rock oN: 今回、私たちが梯会長にお会いできることをエリックさんにメールで伝えたら、「ぜひ自分からのメッセージを伝えてほしい、と。” あなた(梯会長)は僕の人生の師匠だよ! “」と言っています。

梯 氏:彼はいい音をたくさん作ってくれたんだ。当初のJupiter8とか、いくつものリズムマシンとかも作ってくれたな。彼は本当に、人間的も歯切れがいいの。スカッとしてるんだよね。ああいう人は悪い音を作らない。いやぁ.. エリックか、懐かしいな。よろしく伝えてください。

Rock oN: エリックさんに伝えておきます。きっと喜びますよ!

キャリブレーションが唯一無二の『楽器』を生む

201604ATV_20__3

Rock oN: aD5 は音源のみで登場しましたが、他社製パッドのセンシングとaD5 の鳴り方の整合性には問題はないのですか?

ATV 中野氏:それは問題ないですね。対応させていただいているパッドでは、すべて動作検証をさせていただいています。

Rock oN: では、センサーとなるパッドやトリガーのキャリブレーションをしっかり行っていれば、問題ないわけですね。

ATV 中野氏:そうですね。ただ、aD5 は非常にダイナミックレンジが広いという特徴があるので、留意していただきたい点はあります。

Rock oN: 実際に試したRock oN スタッフもダイナミックレンジの広さに感動して話していました。留意する点というのは?

ATV 中野氏:パッドによっては、aD5 のフルの実力を生かしきれない、あるいは誤解されてしまうような組み合わせもあるかもしれません。

ATV 渋谷氏:ATV ウェブサイトには「対応パッドリスト」という形でaD5 の性能を生かすことができる現時点での推奨製品を挙げています。加えて、トリガーパッドにも経年劣化というものがありますから、そこを含めaD5 では「トリガーセットアップ」というものを機能として入れてあるんですね。これはアコースティック楽器を買ったときに非常に近い感覚が得られると思います。アコースティックのスネアを買ったとして、その場でポンと鳴らしても決してすぐにいい音は鳴らないことと同じで、aD5 も同様に日々自分好みのチューニングをすることを楽しんでもらえればと。

ATV 室井氏:例えばギターなどもそうだと思いますが、本当の意味でオンリーワンなものですよね。オーナーがその人好みのチューニングを施して、だんだんと磨き上げていくことで手にも馴染むし、その人の音になってくる。だから同じレスポールであっても、別の人が弾けば違う音がするわけです。aD5 もウィザード機能や鳴り方を確認してもらって、その人のプレイスタイルに合うように日々アジャストしてもらえれば、同じ製品ではあっても違う鳴り方がする、ユニークなものになっていく、そういったところに私たちの考え方は近いですね。

Rock oN: aD5 の完成度の高さを確認するたびに、ライバルは他社製のドラム音源ではなく、アコースティックドラムそのものなのかなと感じます。

ATV 中野氏:あまり「ライバル」というものを意識はしていないというのが正直なところですが、比べて頂くならアコースティックドラムと比べてもらいたいですね。

ATV 渋谷氏:最初に開発者と話をした時に、僕たちは楽器を作りたかったんですって言ったんですよ。ここに来てその意味がはっきりしてきて、楽器っていうのは、自分で手をかけて育てなければいけない、デジタルと違う意味合いがあるかもしれない。それを求めていたのかな。

Rock oN: それは、今後の自分たちが作っていく楽器のミッションというか、方向性でもあるんですかね。

ATV:そうですね。そこに介在するのがアートウェアなんだと思います。単なる電子楽器ではなくてそこにアートウェアがあるから楽器に近くなってるんだと思います。

Rock oN: 電子ドラム音源の進化はものすごいスピードであると感じていましたが、それでも電子ドラムとアコースティックドラムは「違うもの」と感じていました。実際にaD5 体験してみると、その違いは驚くほど感じませんね。

ATV 渋谷氏:それはダイナミックレンジの広さに関係していることかもしれません。今までの電子ドラムは強く叩いても弱く叩いても、それなりに「鳴って」しまうので、従来の電子ドラム音源に慣れている方がaD5 を初体験するときには、軽く叩いてしまう方を多く見かけました。でもそういった叩き方でaD5 は全然「鳴って」くれないんです。アコースティックドラムを叩くときの感覚で叩かないとダメなんですね。店頭でaD5 を試すときには、ぜひ「ものすごく弱く」から「ものすごく強く」叩くレベルまで試してもらいたいですね。今までの電子ドラムでは得られなかった表現までもできるようになっているので。

梯 氏:音が「割れる」という表現をしますが、アコースティックドラムで「割れる」というのは、皮が破れる瞬間を指します。肉は腐る直前が一番美味しいとはいいますが、ドラムだって同じです。割れる直前まで鳴らしきったときが一番いい音がする。aD5 はここの領域に踏み込んでますよ。

Rock oN: 実際に一線を画した踏み込みが音に現れてますね。ここまでのクオリティを実現していると、録音機器の専門ショップである私たちRock oN としてはレコーディングでも積極活用したいなと考えてしまいますね。やはりマルチ・パラアウトが欲しいなと考えてしまいます。

ATV 渋谷氏:aD5 はMIDI のIn/Out があるので、各ノートナンバーをソロにして順番にレコーディングをしていくということでパラアウトしたときのようなレコーディングもできます。実際私も試してみましたが、確かに面倒はおかけしてしまうかもしれません。何かの形で実現できないかな、と宿題にしているところです。私自身もDAW を使ったレコーディングが好きですし、そういった方たちの要望も分かっているつもりですからね。(編集部注:ver.1.10 のアップデートにてMIDI パラアウトには対応済み)

Rock oN: ぜひよろしくお願いします。Rock oN はこういった「新たな領域にチャレンジしている」製品が大好きです。もっともっとaD5 の素晴らしさをアピールしていきたいなとも思っていますから。渋谷店の店頭では実際に叩いてもらえるようにセットアップもしています。

アートウェアの次なる挑戦

201604ATV_26__3Dave Smith , Bob Moog ,Tom Oberheim らとの一枚

Rock oN: 今後もATV から続々と「楽器」がリリースされる、というイメージでいいということですね?

ATV 渋谷氏:はい。そういった考え方の元になっているのが、梯会長が言う「アートウェア」という部分です。単なる電子楽器ではなく、アートウェアという思想のもとに作る「楽器」を作っていきたいと考えています。ご期待いただければと思います。

梯 氏:楽器というものも常に進化をしているわけです。長い歴史の中でドラムヘッドだって革からプラスチックになった。プラスチックのヘッドが登場したときにはボロクソに言われていたものだけど、ああいうヘッドが出たからこそ、ロックのビートが生まれたわけ。牛の革のヘッドだったらロックは生まれなかった思う。欠点のように見えるものがプラスに転じで音楽そのものを変えてきた。バイオリンだってガット弦だったものがスチールの弦に変わったでしょう?同じような変化が何百年ものあいだにいくつも起こっているはずなんですね。

Rock oN: そうですね、縦で構えるウッドベースが、横に構えるエレクトリックベースになる。ギターもエレクトリックになり、アンプで音作りをするようになるなど、長い歴史の中にはさまざまな変革が起きていますね。変化をネガティヴに受け止めるのか、次なるものを産み出す力と変えるかの部分でしょうか。

梯 氏:何かが変わるとき、拒否反応のようなことをいう人は必ずいます。今までと違うことが起きているわけだから。MIDI が生まれたときもそうでした。「音楽を数字でやるなんてとんでもない」と散々言われましたよ。でもあれから時間が経ってどうなったかというと….

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Rock oN: 今や、MIDI なしの環境など考えられない世界になりました。

梯 氏:そう。だから我々はやっぱり「Still looking for new sound !」なんですよ。

インタビューを終えて

201604ATV_33__2

最後に「サンプルのない時代」という、梯氏の自著をいただいた。これは「ライフワークは音楽」(音楽之友社)の改訂最新版。このタイトルの変化こそ梯氏とATV が目指すプロダクトの根底に流れているのもので、次に時代を切り拓くイノベーターのポジションだと感じた。販売の成果のみが意識されたマスプロダクトは、ユーザーにイノベーションを起こす提案がやはり不足しているのではないだろうか。しかし、時代はサンプルのない時代、マーケティングだけでプロダクトは成功しない。いまどこに向かっているのかは、作り手の強いパッションに委ねられている。是非、皆さんもこのATV のプロダクトを体験して次の時代の胎動を感じて欲しい。

梯 郁太郎 かけはし いくたろう

1930 年大阪生まれ。1947 年16 歳で「かけはし時計店」を創業。1954 年カケハシ無線(電器店)を開業。1960 年に電子楽器製造会社のエース電子工業㈱を、1968 年に米国ハモンド社との合弁会社を設立。

1972 年両社を退社し、ローランドを設立。世界初を含む革新的な電子楽器を次々と発表。1991 年には米国バークリー音楽大学から名誉音楽博士号を授与される。1994 年、ローランド芸術文化振興財団を設立して、理事長に就任。2000 年電子楽器の技術革新による音楽界への多大な貢献により、アメリカHollywood’s RockWalk に手形と署名を残す。2002 年世界各国の音楽/楽器専門誌で構成されるm.i.p.a の「Lifetime Achievement Award」を受賞。2005 年には、電子楽器の開発で世界に貢献し、また中国国内の電子楽器の普及にも大きな影響を与えたその功績に対し、中国の中央音楽学院より名誉教授称号を授与される。音楽家以外の人物に同校の名誉教授号が授与されるのは初めてであり、日本人としては指揮者の小澤征爾氏に次いで二人目の授与となった。2008 年には、音楽業界と音楽教育への貢献が称えられ、英国グラモーガン大学より名誉教授の称号を授与される。2013 年2 月にはThe Recording Academy から「TechnicalGRAMMY Award(テクニカル・グラミー・アワード)」を、Mr. Dave Smith(元シーケンシャル・サーキット社設立者)と連名で受賞。メーカーを問わない電子楽器の世界共通規格として「MIDI(ミディ)」の制定に尽力し、MIDI 規格が、その後の音楽産業に貢献したことが評価された。2013年5 月、83 歳でATV 株式会社を創業。2015 年11 月、ATV 製品第一弾を国内で発表する。モットーは「シンプル&ストレート」。

※本記事は2016年3月に取材。Proceed Magazine 2016 Summer 号に掲載されたものです。

    記事内に掲載されている価格は 2017年5月26日 時点での価格となります。

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