Rock oN 渋谷店にて行われた、飛澤正人氏によるリマイクセミナー。多くの受講者が来場し、これらの製品に対する関心の深さをうかがわせる。当日はリファレンスルームをセミナー会場とし、奥に位置するブースにTownsend / Slate Digital Antelope各社のマイクをセッティング。ボーカリストの小寺可南子さんを招いてレコーディングを同じ条件で行い、そのプロセッシングについてをハンズオン、飛澤氏に解説いただくという試みだ。
マイクは3本まとめてブースに並べられセッティングされており、連続して30秒程度の同パートを収録、比較することとなる。また、今回は取り上げられる3メーカーの担当者も同席し、セミナーの進行と併せて製品の特徴をより深く解説した。同じカテゴリ、方向性の機材になるが各社のアプローチはやはり三者三様、それぞれが得意とするポイントをどう探していけるかもこのセミナーの見どころとなった。
マイクセッティングについては前述の通り3本が同セッティングで並べられ、リファレンスルームに設置されたSymProceed MP4へ接続。今回はそれぞれのメーカーのHAを使わずに統一された環境とし、純粋にモデリング前のカプセル自体の比較を行えるようにしている。ボーカルレコーディングについてのポイントとして、ボーカリストとマイク自体の距離感が挙げられた。もちろん常に一定の距離で歌うわけではなく、楽曲の流れによって、鼻がポップガードにつくぐらいでニュアンスを表現するところから、サビのように張って歌うポイントでは離れて、など距離感をボーカリストと共有するわけだが、今回は同じ楽曲を同じように距離感をコントロールして収録が進められた。
また、実際にオンで歌った場合と、離れて歌った場合の差も実演し、レベルや低音感にどのような違いが出るかを確認、近接効果の実際の様子も確かめたわけだが、今回のリマイクではこの近接効果を後からコントロールするという機種(Townsend)もある。後から距離感をソフトウェア的にコントロールできることもリマイクのメリットの一つだが、比較試聴の前に今回環境での状況を参加者ともに把握した格好だ。
そしていよいよレコーディング開始、まずはアップテンポな楽曲から収録していく。ここでPro Toolsの画面に目をやると、マイクの表裏にダイヤフラムがあるAntelopeとTownsendは、その波形も表側と裏側に分かれて収録されている。この2社は全方位でその空間自体をキャプチャーし、後からモデリングや極性のコントロールなどをコントロールするアプローチ。Slate Digital VMSのダイヤフラムは1枚としているが、目の前の音像をしっかりと捉えていく。空間か、目の前の音像か、という音の入り口時点で各社の考えが垣間見えて興味深い。
続いて曲調を変えたバラードでの収録が行われた。こちらはニュアンスがより表現され、冒頭の距離感についてもコントロールをはっきり把握できる。ボーカリストも3機種をこのように比較することは希な機会となるようで、返しの感触にもそれぞれのキャラクターが感じられたそうだ。今回はセッティングの平準化のために行わなかったが、この段階でマイクモデリングのオーディションを行いながら、ボーカリストがその楽曲に合わせて最もパフォーマンスしやすいモニターサウンドを整えられる機種もある。ここもリマイク機材のメリットで、煌めいたパフォーマンスの一瞬をレコーディングするために大きく役立ってくれるだろう。
ここで休憩を挟み、レコーディングされた各素材の比較試聴へ移る。各社の操作画面を立ち上げながら、モデリングの機種やコントロールできる機能を確認していく。
Antelopeは現状5機種のモデリングとなるが今春新たに7機種のモデリングをリリース予定、画面下にフロント側とブリッジ側のダイヤフラムを入れ替えるスイッチが備えられており、間違えたセッティングをしてしまっても対応できるとのこと。
Townsendはビンテージ10機種に専用1モデルの計11種。オフアクシスと呼ばれる距離感のコントロールでマイク後ろの反射距離を、またProximityというパラメーターで近接効果をコントロールする。この点を使いこなすにも離れて録ってしまうと効果が薄くなるため、オンでレコーディングするのがコツになるようだ。EQではないところで録り音の補正をきちんと行っておけるのは、ミックスへの下地作りとして有効になるポイント。また、2つのマイクをブレンドできるのも特徴的で、U67にC800Gのエッジを足すなど現実ではありえないことができてしまうのもプラグインの利点を活かした部分となる。
Slate Digitalは13種類のモデリングを搭載、Intensityとされる中央のスライダーを左右させて100%~150%までモデリングしたキャラクターをコントロールする。150%とあるのが特徴的なのだが、これはそれぞれのキャラクターをより強調したい場合への対応。ここでもソフトウェア的な対応で実在を超えたサウンドを作れるというモデリングならではの楽しみな魅力があった。
各機種の特徴は三者三様ではあるのだが、ここで各社共通にモデリングされている機種の中からU67とC800Gを取り上げての比較も行われた。ビンテージマイクは当然のことながら、その使用されてきた年数や経緯などによってコンディションも様々。スタジオでの実際のレコーディングも10本近くの同モデルの中から、状況に合わせた1本を選択することになる。今回の3モデルについても、それぞれモデリングの元となった個体は別々となるため、同じU67のモデリングでも中域の出た個性強めのものから、ナチュラルな特性によったものまで振り幅がありキャラクターの差異が感じられた面白い結果に。
総じて言えば、Antelopeは各モデリングの味付けが濃く表現されており、Slate Digital は素の状態をシャキッとさせて、モデリング するとナチュラルでリアルなるという言わば化粧乗りが良いモデル。
Townsendはそのバランス型とも言えるが、距離コントロールや2本のブレンドなどレコーディング後の調整でいかようにでも対応が取れる懐の深さが感じられた。
このように3モデルを一斉試聴し、比較が行えるというなかなかない機会となったが、予想以上のバラエティさが感じられる結果に。各社の録り音に対するアプローチからモデリングへの対応までがやはり三者三様で、実際はそのサウンドを確かめていただきたいところ。飛澤氏からも、どういう風に手を加えてどういうサウンドにしたいのか、そのイメージをどれだけはっきり持てているかが重要になるとのコメントがあった。今後、各社でのモデリング機種も増えれば、一層その選択肢も拡がることになる。作りたいサウンドのイメージを明確で持てば、その多彩な選択肢は大きな魅力となってクリエイターを支えてくれることになるだろう。
特色豊かな3機種だが、実際に使用してみてどのような印象を持ったのだろうか。セミナー後日に改めて飛澤氏にその音源をチェックしていただき、各機種のインプレッションからこの3機種を使いこなすポイントまで伺ってみた。
Rock oN セミナーお疲れ様でした!今回は実際に収録をしながらとなりましたが、各機種の印象はいかがでしたか。
飛澤氏 どの機種も良くできていますよね、マイクもそれぞれ良く抜けていて、そういう意味では立ち上がりや感度がよく、モデリングの個性がより出るようにトランジェントもよく作られているんでしょうね。
まず、Antelope Edgeから振り返ると、中低域が少し出ていて女性ボーカルなんかは太く録れるのではないかという印象です。モデリングについてもその味付けが強く出る感じで、そのインパクトというか一聴して納得させる説得力があります。モデリングするとレベルも上がる感じがして、極性のコントロールも無指向にするとマイクの裏側の質感をふわっと拾う感じが出てきますね。
Slate Digital VMSは、ボーカリストがパッと口を開ける、つむぐという空気感のようなものが一番表現できているかなという感じです。感度のいいコンデンサマイクというのはその空気感がよく録れるんですけど、その感じがよく出ているのはVMSでしたね。モデリングも選択肢がたくさんあって一番ナチュラルで素直と言えるのではないでしょうか。実際のオリジナルを思い出させる「あー、この感じ」というのが見えてくるモデルでした。
Townsend Sphereはちょうど2機種の中間で、上が綺麗にさーっと出てくるU67のようなタイプ。この表現で行くとAntelopeはU47、Slate DigitalはTLM49といったところでしょうか。このTownsendで面白いなと思ったのは2つのマイクをブレンドできるというところ。ダイヤフラムの裏表で別のモデリングをするわけではなくて、2本のマイクのいいところを合わせてしまおうという発想が面白い。例えば、49をベースにして中域の勢いをもう少し増やしたいならそこに67を足すとか、もしくは上の抜けが欲しいなと思ったら800Gを足すとか、そういう使い方ができてしまう。音質もEQで調整するのとは違うので、重なり方がナチュラルですよね。
Rock oN なるほど、これは全機種共通の使いこなしと言えそうですが、ボーカリストのパフォーマンスをどう引き出すかというポイントもありますよね。
飛澤氏 僕は基本的にすごくオンで録るんですよ。今回も10cm以内のセッテイングで、マイクからポップガードまで5cmくらいでいつも立てます。しっとりと小さい声で歌う時はポップガードに鼻が付くくらい近くで、大きい声で歌う時の離れ具合はボカリストに委ねているのですが、この、ボーカリストが小さい時は寄りたくなる、大きい時には離れたくなる、という本能的な動きが起きても自然に成り立つように返しのバランスを作っておくんです。心地よく歌ってもらわなきゃいけない、そのためのバランスを作る、これが歌録りでのミキサーの一番大きな仕事なので、僕は歌ってもらう前に必ずモニターをチェックしにいきます。モニターってすっごい大事なんですよ。いい演奏やテイクを引き出すための最低限の条件で、その環境を築くことっていうのが大切なんだけど、経験で成り立つ一番難しいところかもしれませんね。ミキサーも自分で歌ってみるのがいいですよ(笑)。
Rock oN 今回の3機種でリマイクという新しい手法が取れるようになったわけですが、制作の方法も変わりそうですか。
飛澤氏 後から手を加えられるという点でやっぱり音作りの方法も変えられるでしょうね、EQで作っていくよりも断然面白いだろうし。EQって補正なので、音質を変えるのであればこういったモデリングで行うというほうが理に適っているかもしれません。何よりも、その人にあうモデリングを探していくっていう楽しみが増えるのはとても大きいですよね。
Rock oN ありがとうございました!
記事内に掲載されている価格は 2018年6月5日 時点での価格となります。
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