以前弊社ではポータブルリファレンスををテーマに須山補聴器FitEarシリーズやAstell & Kern AK120などを取り上げてきたが、今回AK240の登場をを迎え、今制作者とリスナーに何故最新作AK240が必要なのか。杉山勇司氏とAstell&Kern藤川氏、齊藤氏をお迎えし、制作者並びに開発側の目線から、その開発経緯やコンセプト、所有欲をそそるデザインの秘訣、192kHz/24bitとDSDでの印象などなどその必要性と価値を語っていただいた!
■ブランドの存続をかけたMQS(Mastering Quality Sound)コンセプト!
Rock oN(以下 R):では本日宜しくお願い致します! 早速ですが、まずブランド名の『Astell&Kern』はどう読むのでしょうか? 実際にはAKと呼ばれることのが多いですか?
アユート藤川氏(以下敬称略): 「アステル・アンド・ケルン」と呼んでいますね。まだ統一された呼び名というものがありませんが、今後この呼称を浸透させたいと思っています。
R:わかりました。それでは、改めてiriverのこれまでの歩みについてお聞きしてよろしいでしょうか?
藤川:はい、まず初期のiriverは、mp3の先駆けとして事業展開をしていました。その後、時代の流れもあり、mp3だけでやっていくことが段々と難しくなってきました。もともとハイエンド機開発の企画はありましたが、2006〜07年時点ではポータブルなハイエンド機は技術的に難しく、実現するまでにたくさんの時間を要しました。
R:iriverはポータブルにリソースを集中して開発をしていますね。そこまでポータブルにこだわる理由はなんでしょうか?
藤川:iriverは元々ポータブルという市場で一貫して勝負をしてきました。ですので、あえてその立ち位置を変えることは考えませんでした。逆に変えてしまうと、それまで培ってきた技術や、コンペチターまで変わってしまうので、ビジネス的にもベストな判断ではありませんでした。
R:なるほど一貫したコンセプトなんですね。今回のAK240、コンパクトかつ機能面もさることながら、デザインが素晴らしいですね。
藤川:ええ、プロダクトデザインはライカなどを手がけているデザイナーが担当しています。
R:このプロダクトデザイン、筐体にジュラルミンやカーボンを使用したり相当コストもかかっていますよね。先進的なデザインを採用した大きな理由は何でしょうか? (右画像参照)
藤川:高級な製品は所有欲を刺激することも重要です。料理も美味しいだけでなく食器などの見た目も大事ですよね。それと同じだと思っています。
R:ユニークで高品位な製品に相応しい、先進的なデザインになったわけですね!
藤川:そうです。iriverは以前からデザインには非常にこだわりを持っています。実はグローバルに見渡すと、ショーケースの中でパッケージを展示することも多いんです。ですので、パッケージにも非常にこだわっています。(※別売りの専用スタンドも重厚感十分。USBケーブルは直付という男らしい仕様)
R:たしかに高級感のあるパッケージに丁寧に梱包されていますね。従来のiriver販売戦略からこの路線へ舵取りをしたきっかけがあったかと思います。ブランディング面でどのような判断があったのか、経緯を教えていただけますか。
藤川:実際にAK100の発売が見えてきた頃には、それまでのハードルであった技術的な問題もクリアし、現実的な開発の目処が立つようになってきたのです。そこで、Astell&Kernはブランドの存続をかけて、ハイエンドポータブルプレイヤーを製品化しようという判断をしました。
当時、iriverはファンド化されており、経営陣の交代がありました。CEOがヘンリー・パクになってから、彼が技術スタッフにヒアリングなどをし「よし、やってみよう」ということになったんです。製品化に当たって、高音質、原音忠実───当社ではMQS(Mastering Quality Sound)と呼んでいますが、これをコンセプトを中心としました。
ブランド名のAstell(星)、Kern(中心)という語が示す通り、市場に数あるポータブルプレイヤーの中心になっていこうと考えました。原音忠実というテーマを追究し、AK100、AK120、そして今回の新フラッグシップAK240のリリースに至っています。
R:Astell&Kernを購入するユーザーの顔というか、どのような方々に支持されていると思いますか?
藤川:最初はピュアオーディオのメインユーザーとも言える、50代以上のセグメントが多いのかと考えていました。ところが蓋を開けてみると、20代後半〜40代のユーザーがメインだったのです。
R:そうなんですね。なぜ20代後半〜40代のユーザーが多いのでしょうか?
アユート齊藤 氏(以下敬称略):日本では、通勤や通学などで利用されている方が多いのではないかと思います。
藤川:もしかすると、50代以上の方はデジタルというよりはアナログ志向なのかもしれないですね。
齊藤:日本国内に置けるiriverのブランド戦略は我々アユートが行っています。たとえば、Twitterなどでダイレクトにユーザーとコミュニケーションを取っています。そういった地道な活動が、比較的若い年代のユーザーにアピールできたのかもしれません。
■クラフトマンシップを貫く、人間の感性に訴える製品を
R:杉山さんは今回のAK240はいかがでしたか?
エンジニア杉山様(以下敬称略):私はAK100からのユーザーですが、正直言ってAK120で十分満足していたところがあります。AK240の価格に驚きましたが、実際に音を聞いてみて納得がいきましたね。値段に見合う進化を感じました。
R:なるほど。制作時はAKシリーズをどのように使用されているんですか?
杉山:スタジオでのチェックだけでなく、別の場所でマスターを聞いてもらうときなどに使用しています。特にAK240は、マスターを再生する際に、重厚感のあるデザインや大きさがより説得力を持つように感じています。
R: 直販価格が¥293,143(税込)のAK240と比較すると、競合他社製品は、相対的に随分安くなってしまいました。改めて、iriverは思い切って高級路線に舵を切ったのかなと感じますよね。
藤川:そこは「クラフトマンシップを貫く」というところにこだわっています。本体はもちろん、イタリアンプレミアムレザー「MINERVA」が標準付属するのですが、このケースも量産出来ず先を見越した発注単位での制作を依頼していますね。
コスト面や販売台数という面では量産機比べ利潤は少ないかもしれませんが、ブランドとして人間の感性に訴える製品を、今後も投入していきたいですね。
R:いいですね、プロフェッショナルな製品の開発にはRock oNも多いに期待しています。ところで、現在据え置き型でAK240に匹敵するポータブルプレイヤーがあるのでしょうか?
杉山:今のところ実はないんじゃないかと思っています。自宅だけでなく、出先でも同じ環境で聴けることは特に重宝しています。
R:なるほど。それではAstell&Kernにとって、AK240のコンペチターは何だと思いますか?
藤川:他社製品ではなくiriver製品そのものがコンペチターだと考えています。「iriverから、次は何が出るのか?」というユーザーの期待を裏切れないというプレッシャーがあります。またサポート面でも進化していかないと、ブランド価値を継続して維持していけないという緊張感があります。
齊藤:そうですね、競合他社というのは、あるようで実はないんです。AK120やAK240を持っているユーザーは、SONYのZX1も持っていたりするんですね。
リスニングオーディオの分野では、複数機種を持っていてそれらの組み合わせを楽しむという土壌があるんです。
R:なるほど、日本の人口と売れている数が合わないという個人的な疑問も解消しました(笑)。ではハイレゾ音源の市場は実際広がっているのでしょうか?
藤川:実はiriver独自に韓国国内で「groovers+」という配信サービスを開始しています。日本でのサービスインはこれからの予定です。DSD市場についていうと日本が一番進んでいるのではないでしょうか。DSDにとって現在日本が最も大きい市場であることは間違い有りません。
(※国内対応までの間はAk240の言語設定を変更することで、groovers+にアクセスすることが可能です)
日本でDSDが盛り上がっていることで、海外にも影響を与えている位ですね。また、ポータブルプレイヤーの市場も、日本は非常に大きいですね。アジア圏内のポテンシャルが高いです。アメリカだと自宅も広いし、隣家も離れていたりするので、スピーカーやカーオーディオで大きな音量で楽しんでいるのではないでしょうか。ポータブルプレイヤーは、日本を筆頭に、中国、香港、シンガポールなどアジアでの更なるマーケット拡大の可能性を感じています。
R:そうなんですね。ズバリ制作者側にいる杉山さんは、DSDの盛り上がりや、ハイレゾ音源を聞いているユーザーにどのように音源を届けたいと考えていますか?
杉山:まず全員が全員というわけではなく、聞いてほしいユーザー層っていうのはあります。ハイレゾについては、フォーマットやリスニング環境がバラバラなので、実はどこに向けて制作していいのか、照準を合わせづらい面があります。逆にいうとCDの良かった点は、アウトプット形態が比較的均一だったということがあるのではないでしょうか。
R:そうですよね。ハイレゾ音源は今後、標準化されるのでしょうか??
杉山:DSD、PCMともに、良い形で標準化されて欲しいと思っています。
R:クオリティと言えば、良い再生機だとレコーディングの風景まで見えてきてしまいますよね。制作者の病なのかもしれませんが、リスナーとしてAKを使用しているとVocalマイクは何を使っているのかまで特性が見えてきて、凄く気になってしまいます(笑)。そこまで想像されるほど高解像度になってくると、制作側のレコーディング手法も変わってくるのではないでしょうか。
杉山:本来制作側としては、再生環境に左右される事なく、一貫して良い音を追究したはずです。しかし最終的にMP3になるから、こだわりは必要ない、という風潮があったことも事実です。個人的にはAK240などのような優れた再生環境がリスナーに普及することで、制作側が自分自身を律することが出来るのではないかと思っています。
藤川:ここ数年でハイレゾ音源の配信サイトもずいぶん増えてきています。
R:そうそう。今後はメジャーレーベルの動きが鍵を握っていますね。最近はどういう状況なんでしょうか。
杉山:いろいろ質問される機会が増えてきたので、さすがに「やらなきゃいけないな」という気持ちはあると思います(笑)。
■Dual DacでのNative DSD対応への工夫とアナログ回路の進化
R:なるほど。さて、話題は戻りますが、AK240ではデジタル技術の進化はすでにいろいろなところで情報が出ています。アナログ技術の部分はどのように進化しているのでしょうか?
齊藤:はい、まずデジタル部分ではCirrus Logic(シーラス・ロジック) CS4398 チップ(右図参照)をデュアル構成にし、更にネィティブDSD再生ようのXMOSチップを加えました。これは『DACは、ネィティブDSD再生に対応しているか?』・『Dual DACの搭載は可能か?』・『パーフェクトネィティブDSD再生に他に必要な要素は他に無いか?』という3つの項目をクリアするための回答でもあります。
そしてDSD nativeへの対応だけでなく、アナログ回路も進化しています。例えば前回のシリーズでは出力インピーダンスを抑える努力をしていました。AK100は22Ωでしたが、AK120では信号特性を保ったまま3Ωまで抑えました。さらにAK240ではアンバランス出力では2.2Ω、バランス出力の方ではディスクリートのアンプを通し1Ωまで抑えることができました。
そして信号の経路も違ってきます。音の傾向も、バランス駆動だとより音が締まり定位もしっかりとしてきます。また通常は汎用のパーツを使用しますが、iriverはオリジナルパーツで設計しています。AKシリーズのアナログ回路は他社が真似しようとしてもできないブラックボックスになってるんです。
R:なるほど、Dual DAC構成を維持したままDSD Nativeへの対応ならではの苦労があったんですね。 杉山さんはAKシリーズ内での音質の違いについてはいかがでしょうか?
杉山:AK120はこれはこれで完璧だと思っていましたが、AK240はさらにパワーが増して、なおかつ広がりもありますね。
R:それはわれわれも聞いてすぐ違いが分かりましたね。やはりブラックボックス化されたアナログ回路の進化が決め手なんですね。杉山さん、AK240に搭載されたバランスとアンバランスの音質の違いについてはいかがでしたか?
杉山:自然な音場表現など、予想以上にバランス出力の音質の良さに驚きました。可能であれば、バランス出力でのリスニングをオススメします。
R:そうなんですね。このバランスケーブルはどこで入手できるのですか?
齊藤:ハンドメイドメーカーで入手できます。たとえば市販されているものとしては、wagnus (http://wagnus.exblog.jp/) のリケーブルがあります。須山さんのFitEar用もありますよ。
R:そうなんですね。プロオーディオ的には搭載しているクロックの仕様なんかも気になりますね。実際はどの位の精度があるのでしょうか?
齊藤:その部分は公表していませんが、ユーザーさんの間では改造されてオリジナルのクロックを入れる方もいらっしゃいますね。
R:想像以上に深い世界ですね。未来のAK480(?)とかではクロックも公開されてそう(笑)。ジュラルミンの削り出しの筐体の方はサウンドに影響があるのでしょうか?
藤川:サウンドというよりは、筐体の堅牢性がアップしています。また、筐体に関連して、AK240で搭載した有機EL液晶パネルはノイズ源になりにくいというメリットもあります。
R:有機ELは視認性も高いですよね。あとは、車の中で音楽を聞くユーザーも多いはずですよね。そこでも活躍しそうです。
藤川:ラインで出力していただければ、据え置きのSACDプレーヤーにも勝る音質を誇っています。
R:実際に車内で使ってみましたが、このコンパクトさでそのクオリティがあります、戻れなくなりますね。
■ポータブルリファレンスの究極形とは? AK240ならではの未来像
AKシリーズはこれまでファームウェアで機能を追加したりしてきましたよね。今後のバージョンアップで改良したい点などはありますか?
藤川:先だってのV1.11でDXDファイルに対応しました。今後はバグフィクスを重ねて、安定性を向上させる予定です。
R:インタビューも盛り上がって参りました。杉山さんは、何かご意見やおっしゃりたいことなどありますか?
杉山:私はMQSサーバーという機能を重宝しています。Macのアプリケーションを立ち上げれば、Wifi経由で簡単に再生できます。24bit96kHzなら問題なくストリーミング再生ができています。
齊藤:通信環境には配慮が必要ですね。バッファー機能はありますが、通信環境によっては192kHzなど厳しい場合があるかもしれません。
R:AK240は、Bluetooth接続も可能ですよね!?
藤川:Bluetooth接続で再生もできますが、将来的には本機をリモートコントロールをすることを考えています。
杉山:たとえばNASストレージに楽曲データを入れておいて、いつでも遠隔再生できると嬉しいですね。今はUSBなどで音源ファイルをコピーしていますが、ミックスなどを「MQSアプリケーション+NAS」で確認してもらえるようになれば、いつでも出先でミックスを確認出来てとても便利です。
R:なるほど!持ち運びも出来ますし、いつでもダウンロード出来る。一つの未来を感じますね。杉山さん、アユートのお二方、本日はありがとうございました。最後に是非ユーザーへメッセージをお願い致します!
藤川:ハイレゾ音源配信の話が出ていましたが、配信それ単体では収益は見込めないかもしれませんね。しかしながら、デジタルオーディオプレイヤーやハイレゾを推進していくためのマーケティングとしては非常に意味のあるものです。
あのNOKIAも買収されてしまう時代ですからね。ある意味、我々も常に背水の陣なんです。しかし齊藤と共に『楽しみながら』今後も素晴らしい世界を築いていきたいと考えています。
R:本日はどうもありがとうございました。
藤川&齊藤:ありがとうございました。
■リファレンス環境は今や、場所を選ばない時代に
リスニング市場で大きな反響を呼んだハイエンドDAPが、今や実際のスタジオなどプロオーディオの現場でも活躍している。また杉山氏が提案したMQSサーバー機能は、無線LANにさえ繋がっていれば、非常に簡単な設定で多様なサンプルレート音源をダウンロードし、そして再生できる。以前FitEarの取材で感じたリファレンススタジオ環境を持ち運ぶ感覚は、今や実感となり手元に存在していると言えるだろう。制作の最前線で真価を発揮するソリューションとして、その進化から片時も目が離せない。
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