• 2015.04.03

「劇伴一直線」by 井内 啓二 スペシャルレポート!! at ビクター青山 301 Studio, 3rd March, 2015


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現在、Rock oNメールマガジンで、コラム「劇伴一直線」を連載中の井内 啓二さん。現場に深く関わっている作家からの視点で披露される貴重なノウハウ。多くの読者から「こんなクオリティ高い内容が、無料で読めるなんてすごい!」と大きな反響を頂いています。

好評連載中!! 「劇伴一直線」by 井内 啓二 こちらからどうぞ >>

ちょうどいいタイミングで、このコラムの実践編となるようなオーケストレーション・セッションがあるというお知らせを井内さんから頂きました。4月3日からスタートするアニメーション番組「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」の劇伴の作曲を担当されるということで、取材班は、3月3日(火) ビクター青山 301スタジオにお邪魔しました。

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分刻みで進行するセッション、井内さんと凄腕ミュージシャンとの間で交わされる緊張感溢れる会話、井内さんが信頼を寄せるエンジニア井野氏のこだわりあるマイキング、etc…  なかなか目にする事が出来ない貴重なシーンを取材し、レポートさせて頂くことになりました。

では、まず、作曲家 井内 啓二へのインタビューからお読みください。


 井内 啓二 氏インタビュー

Rock oN : 今回、楽曲を制作された番組の概要、楽曲制作に関するオファー内容について教えてください。

_DSC1027井内さん(以下井内) : 王道ファンタジー作品ということもあり、冒険心を呼び起こすようなワクワクする楽曲を大きなスケールで書こうと思いました。また、物語の舞台となる世界が、電気ではなく魔法で街頭と灯すような世界観だったこともあり、極力シンセやエレキギターなどの音色は使わないようにし、リズム隊も通常のドラムなどは避けて皮や木、金属を素材としたものをメインに使っていこう、と原作を読み進めながら方向性を定めました。

最初のオファーを頂いたのが2014年の夏の終わり頃で、初回の打ち合わせが作品の製作を行っているワーナーさんで行われたのが秋頃です。初回の打ち合わせでは、作品と音楽のプロデューサーである中山さんと大まかな方向性を話し合い、その後12月半ばに山川監督、明田川音響監督を交えて音楽メニューを元にした打ち合わせを行いました。

音楽メニューに書かれた曲数は全46曲、制作期間は2ヶ月程度です。それ以外にも絵合せで書いた楽曲や、音楽メニュー外で書いた楽曲を合わせると最終的に60曲弱程度になると思います。細かなモチーフなどの小品を加えると80曲程度はスコアを書いたと思います。また、年末に公開となった先行PV用の楽曲を書いて欲しい、とオーダーを頂いたので、作品のメインテーマとなる楽曲を音楽メニューとは別に1曲書いています。

こちらは公式サイトの先行PVでご覧頂けるので是非チェックしてみて下さい。

PV上で流れる音源は打ち込みの状態ですが、現在は2菅編成の生オーケストラでの録音が完了しており、今後はそちらが使用されると思います。

 番組情報

ダンまち応援バナー

 

Rock oN : 監督さんとの打ち合わせはどんな内容だったのでしょうか?

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井内 : 予め1話と2話の絵コンテ、膨大な量の美術資料を頂いていたので、原作と併せてそれらを元に音楽の打ち合わせが設けられました。山川監督、明田川音響監督の両氏と行った音楽打ち合わせは、「冒険心」「スケール感」といったキーワードはもちろん、なるべく打ち込みの音は排除して生楽器主体で、というお話を頂き、事前に私が狙いをつけていた方向性とピタリと一致していました。

また、1話の絵コンテを拝見して、アバンタイトル部分や劇中の印象的な情景カットより多大なインスピレーションを頂いたので、音楽の演出もそれらのシーンを後押しできるようなアプローチができたら、と監督にお伝えしたところ、1話の導入部はOP主題歌ではなく映像と音楽で、という映画的な演出へと変更になり、映像と音楽をやり取りしながらの作業となりました。

3分に満たない映像尺の中で、物語の導入から世界観の提示、アクション、ヒロインとの対峙、タイトルバックと目紛しく場面が展開しているシーンなのですが、音楽も様々なライトモチーフの提示を行いつつ、ナレーションや映像に合わせて音楽の演出をしています。転調やテンポコントロールを綿密に調整しており、作曲前に行ったタイム計測と楽曲構成には丸二日かけたこともあって、物語の流れや音楽性を犠牲にせず、スムーズな演出が出来たと思っていますので是非オンエアをご覧になって頂ければ、と思います。

Rock oN : 井内さんが目指した方向性、楽曲にかけた思いなど、作曲過程について教えてください。

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井内 : 原作は勿論ですが、美術資料を拝見したときに受けた印象をそのまま音楽として表現していこう、と思いました。例えば,蛍光灯の無い世界では、壁や床に映し出される影一つ取っても、現在私達が目にするそれとは異なってもっと輪郭がボヤけているハズなんです。ですから、音楽も個々の楽曲が主張し合うようなアプローチは避けて音の響きが全体的に混ざり合うようなサウンドを目指しました。この辺りは特に、演奏家の選定でアンサンブルの得意な方に依頼したり、録音方式をDecca Tree方式にしたり、と他方面にも影響していると思います。

楽曲に関しては、冒険心をくすぐるような楽曲はもちろんのこと、何気ない会話に使われる日常曲やウィットに富んだ会話が多い作品でもあるので、コミカル曲もユーモア溢れる方向を心掛けました。情景曲ひとつ取っても、通常ですと場面転換が行われる場合、背景の止め絵をカメラワークでゆっくり動かす程度の演出が行われることが多いのですが、山川監督の場合、例えば主人公が家路につくだけの数カットを描く間に、世界観の説明と主人公が冒険をすることになったきっかけ、人物の感情を一度に描いてしまうので、単に景観を見せる楽曲ではなく、薄くはあるものの、しっかりと主人公の感情曲線に沿った音楽を書くようにしました。

絵コンテやカッティングデータを拝見するたびに、監督の隠された意図やユーモアが散見していることに気付かされ、その度にスコアを書き直すことになりましたが、その甲斐もあってか、少しだけ絵コンテを読み解く力が付いたように思います(笑)。

Rock oN : 編成やアレンジなどについてお聞かせください。

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井内 : 編成は2管楽編成を軸に、ピアノ、ハープ、歌、ブズーキやその他ギター、パーカッションです。弦は10, 8, 6, 6, 4のやや変則的な10型としました。1stVlnと2ndVlnはそれぞれ12,10とすることも検討しましたが、スタジオでの録音だとコンサートホールでの録音と違って、人数が増えれば増えただけ効果が期待できないのと、逆に室内が飽和してしまって良い響きで録音ができないことから、今回はこの編成を採用としました。

また、コントラバスに関しては5弦と4弦の楽器を全奏者に持参して頂き、楽曲の最低音に応じてその都度、最適な楽器に持ち替えて演奏して頂いています。パーカッションも二人のパーカッショニストに膨大な量の楽器を持ち込んで頂きつつ、事前に自分好みの楽器を買い集めておいたので、それらを曲ごとに選択して使用しています。

アレンジに関しては、会話パートに使用されるであろう楽曲は、セリフの邪魔になる音域を避け、また単調なリズムにならないように様々な工夫を施しています。数年前より実施されたラウドネスも考慮して、無駄な低域の誇張や隙間を埋めてしまうようなパーカッションループなどは極力避けて、単なるdecibel上の音圧を目指すよりは、dynamicsのレンジ幅を広げることで聴感上の迫力を出すようにしました。

Rock oN : 井内さんの作曲環境、使用機材、レコーディングセッションの準備過程などについてお聞かせください。

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井内 : 基本的に劇伴は時間との戦いになるので、個々の楽曲を個別に磨き上げていくよりは、俯瞰しつつ全体的に進めていきます。機材の選択も、MacPro2013(12core)を軸にcore i-7のPCを3台Vienna Ensemble Proを使用して並列化した環境の元で、Logic Pro X + Sibelius7.5を用いたプリプロダクションを行っていますが、音源やワーク環境に於けるストレージはSSD複数枚でのストライピングを使った環境構築を行っています。
これは音源の選択やメモリへのサンプルロード時間が地味に加算されていくと、作曲自体の時間を圧迫していくため、レスポンス重視の環境が必要となるからですね。

また、今回の作品のように生楽器を中心とした音楽の依頼があった場合は、五線紙と鉛筆、電卓で作曲を進めることが多いので、内容に応じて機材の使い方や優先順位がその都度変わっていきます。

レコーディングセッションに於ける準備過程について気をつけていることは、最終的なスコアを書いて下さる写譜屋さ ん、録音当日のセッションデータにクリックを始めとする様々な調整をして下さるエン ジニアさんに渡るデータが、録音の前日付近になってしまうと、結果としてそれらの 方々に無理を強いることとなり、録音当日のパフォーマンスに大きく影響を与えてしま うので、1日2曲ペースで音源、スコア、セッションデータを渡していくようにしていま す。作家を中心にそれらの方々を一つのチームとして考え、誰かが作業を待っている状 態、又は、無理をしている状態を作らない為ですね。

演奏家の手配に関しては、全てインペクの方にお願いしています。今回は、ボーダーラインの太田さんにご協力頂き、音楽の打ち合わせが設けられる前から演奏家や楽器の調整をして頂きました。太田さんは御自身も、ガンダムやマクロスシリーズ、TV版 攻殻機動隊を代表とする数々のアニメ史に残る作品の音楽プロデューサーを兼任されてきた方なので、単なる演奏家の手配だけでなく、作品の方向性や音楽の方向性に沿った提案は勿論のこと、当日の時間割や現場で起こりそうなトラブルを事前に回避して下さるような手配を行なって下さいます。作家側から見ると、それはもう魔法のようにしか思えない仕事を細部に渡って調整して下さるので、今回も大変助けて頂きました。

演奏家の手配や選定、特殊楽器のレンタルといった手配はもちろんのこと、非常にレアな民族楽器の手配や、「グランカッサは斜めにしてロールさせたいから専用のスタンドが欲しい」といった地味で細かな要望も全て応えて頂きました。新曲が書き上がる度に新たなアイデアが出てきてしまうので、ほぼ毎日、多い日だと1日に5~6回電話で相談することもありました。

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レコーディングとミキシングをお願いしたサウンドエンジニアの井野君とはまずは録音場所となるスタジオを決め、次いで作品の方向性とイメージを伝えた上で録音方式を決めていきました。

井野君とはもう20年近い付き合いになるので、誰よりも私自身の音楽性や好みを理解して貰っているので改まって説明することも多くは無いのですが、彼は非常に研究熱心な方で、確固たる技術や音楽性がありながら、道具選びに関してはとても柔軟な思考を持ち合わせていて、テクニカル部分でのバージョンアップが非常に早いんです。今回、特に念入りに事前打ち合わせした内容といえば、やはり全編を通して生楽器主体の作品とすることだったので、楽器の編成から配置、録音方式に至るまで様々な事を話し合いました。

また、打ち込みで対処したパートに関しても全てスコアに記載することでミキシング時の参考として頂いたり、そのスコアを元に刻々と変わる楽器の役割分担を共有しながら録音とミキシングに活かして貰いました。今回は井野君にも色々と解説を頂いているので、詳しくは是非そちらを読んで頂けると嬉しいです。

Rock oN : ミュージシャンのセレクトにもこだわりがあったと感じています。中堅どころの元気のいいプレイヤーさんが多かったのではないでしょうか?やはり、人選にも秘密があるのでしょうか?

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井内 : 非常に音楽的で良いご質問をありがとうございます!今回の現場では膨大な数の演奏家にご協力頂きましたが、半数近くは一人一人、名指しで依頼をさせて頂いています。弦のアンサンブルは篠崎ストリングスの皆様にお願いしましたが、元より大学時代の音楽仲間が多数乗っていたこともあり、太田さん、篠崎さんと相談して自分好みの演奏家を組み込んで頂きました。世代的には30代の演奏家が多かったように思いますが、年齢的には中堅でも、それぞれの方がソリストやプロオケの奏者として第一線で活躍されている実力派揃いです。

チェロのソリストに関しても堀沢さんや金子さんといった、大学時代の大先輩と同級生にそれぞれお願いしています。同じチェリストでも奏者の所有している楽器はカラーが全然異なっていて、当然、その楽器を選択して演奏をしている奏者の特色も違ってきます。堀沢さんの楽器はとても良く響いて、どことなく木のぬくもりを感じるので主に心情曲を演奏して頂きました。金子さんは大学時代からコダーイやバッハを得意とし御自身もハンガリーで勉強されていましたから、音色にヨーロッパの風土を含んでいるように感じ、やや前衛的で現代曲アプローチのソロを弾いて頂きました。

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木管アンサンブルも同様に、様々な年代の方にお願いしています。弦楽器以上にアンサンブルが重要な楽器群でもあるので、クラリネットのベテランである十亀さんを中心に、フルートの坂本さん、福井さん、オーボエの最上さんといった、こちらも大学時代の音楽仲間にオファーをしています。

フルートやピッコロは、楽器自身が金、銀、プラチナ、木といった様々な材質なものがあり、それによって音色が全然異なってきます。今回の作品は、銀やプラチナの持つきらびやかな音色より、金や木の持つ柔らかな音色が作品にぴったりだと思ったので先に演奏家と楽器のイメージを決め、その後で演奏家の演奏が活きるような楽曲を書くようにしました。

現在も第一線で活躍している演奏家である、という最低条件はありつつも、単なる学友だからという理由より、演奏家の楽器特性や音色、得意な分野を昔から実体験として熟知した上で、彼らの音楽性を活す楽曲を書き、音楽をより豊かにして頂いた、というニュアンスの方が強いかもしれません。

Rock oN : 劇伴としてはテクニカルな楽曲だと感じました。録音方式と関係性があると感じましたがいかがでしょうか?

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井内 : メインテーマやタイトルバックを始め、今回の劇伴はテンポや拍子、調性が目紛しく変化するものが多く、パッと聴いた感じだと難関に感じるかもしれませんが、実は手癖や楽器特有のポジションといった、音楽上の仕掛けを理解してしまうと演奏が簡単なものが多いのです。転調も、その都度調性を律儀に提示して調号を振り直すようなことは避けて、臨時記号のみで対処したり、と劇伴ならではのテクニックを盛り込んでいます。実際に録音をしてみると、殆ど2テイク内でOKを出した結果となったので、改めて奏者の方々の演奏レベルの高さを実感しました。

反面、一見簡単そうに聞こえるコミカル曲や日常曲は、例えばフルートが♯系の調性を吹いているのにクラリネットは♭系の調性を吹かせていたり、スケールの登りは7音なのに下りは6音で元の開始音に戻ってくる、といった地味に嫌らしい曲が散見していて演奏が難しい曲が多かったように思います。録音現場でも見事にトラップに掛かってくれた方がいて、その都度笑いが起こっていましたが、その空気感がそのまま楽曲の持つユーモアさに繋がったと思っています。

Rock oN : レコーディング当日の様子、またセッションの進行を振り返って、感想をお聞かせください。

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井内 : 録音当日は文字通り、分刻みのスケジュールとなりましたが、基本的な楽器録音に関しては、時間通りに進行して非常にスムーズであったと思います。その反面、多種多様な民族楽器も取り入れたので、チューニングや奏法の打ち合わせ等で思いもよらぬタイムロスが生じてしまい、私自身の勉強不足を痛感した部分もありつつ、直後にインペクの太田さん、エンジニアの井野君を交えて次回以降の進行に関して話し合いが出来たことも非常に大きな財産となりました。

改めて劇伴は準備が大事だと気付かされ、また、様々な方の細かな仕事や能力に助けられる現場であることも再確認できました。スタンドプレーよりもチームプレーが活きる場でもあるので、チームとしての練度が一つ上がったように思うことも、非常に意味のある現場でした。

サウンドチームの皆様、演奏家の皆様は勿論のこと、昨今この規模でTVシリーズの劇伴を収録できる機会も少ない中、貴重な機会を設けて下さったワーナーの中山プロデューサー、素晴らしい作品を生み出して下さった原作の大森先生、音楽の方向性を決定付けて下さった山川監督、明田川音響監督、主に映像や美術方面から多大なインスピレーションを与えて下さった映像チームの皆さん、それから度重なるアフレコ現場の見学時に拝聴した出演者の方々の演技、沢山の要因が混ざり合って劇伴を書き上げることが出来ました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました!

imgo-3井内 啓二 氏 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他


 井野 健太郎 氏 インタンビュー

続いて、エンジニアの井野氏にインタビュー。Decca Tree方式をはじめ、マイク、HAなど井野氏のこだわりのポイントについてお話しをお伺いしました。

Rock oN : 井野さんがDecca Tree方式に出会い、導入するようになった経緯を教えてください。

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井野さん(以下、井野) : 5、6年ほど前にとてもお世話になっているプロデューサーさんがLAでゲームの劇伴をレコーディングをしていらっしゃって、その時の写真等の資料を色々見せていただいたのがきっかけだと思います。それから海外のオケの録音の話を聞いたりネットで調べて行くうちに、オケを録るならとりあえずDecca方式をやってみないと始まらないなと思うようになりました。(なにせどのセッションの写真をみてもほぼDecca方式だったので)その当時は周りでほとんどやっている人がいなかったので試行錯誤の連続でした。

Rock oN : Decca Treeのメリットを教えてください。

井野 : 距離感や空気感等、空間自体をキャプチャーできる事だと思います。まるでその空間が一つの楽器のようにまとまって聴こえます。それと比べてみれば一目瞭然なのですが質感が最高で、ステレオワンポイント等では得られない魅力があります。低音楽器は朗々と鳴り、高音楽器のピーキーさもいい具合にまろやかにしてくれます。

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Rock oN : 収録の際に気を配っていることはありますか?

井野 : 各楽器の距離感や定位は最初に椅子を並べた時点で決まってしまうので、ミュージシャンの配置にはとてもとても気を使います。いつも朝スタジオへ行って椅子を並べるところから仕事が始まります。また、一度に全ての楽器を録れる様な大きなスタジオがあれば一番良いのですが、日本のスタジオ事情では中々そうはいかないのでどうしても各楽器を重ねていく録音方式になります。なのでノイズにも気を使いますね。クリックの漏れや暗騒音等も重ねた分だけ増えるので。

Rock oN : Wall R/Wall Lのマイクのブレンドはどのようにしていますか?

井野 : 曲やオケのスケール感にもよるのですが基本的にはDeccaTreeの3本とイーブンくらいです。

Rock oN : Decca Tree以外にも検討される収録方式はあったのでしょうか?

井野 : ありません。今回の様なスケール感を表現する上では現状これが最良だと思っています。

Rock oN : セクションごとに録音をしているその真意は? また、各セクションを重ねるとオーケストラ配置になるように気を配られていたように感じましたが、意識をされているのでしょうか?

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井野 : 先ほどと繰り返しになりますが、物理的に全員は入らないというのが最大の理由です。それとアニメの劇伴においてはステムミックスを要求される事がほとんどなので、各楽器をセパレートする為でもあります。配置についてはおっしゃる通り完成系の定位や距離感を意識して配置しています。

Rock oN : マイクプリは主にM1を、他にPortico等も使用されていたようですが、セレクトした理由を教えて下さい。

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井野 : 今回は基本、DeccaTreeやLLRRにはPortico5024を、SF24にはAmek9098DMA。それ以外のOn MicにはM1を使用しました。チャンネル間のばらつきの少なさやヘッドルームの大きさ等音質的に信用しているのが第一ですが、いずれにも共通しているのがインプットメーターが付いていてトリム等の微調整が可能な点です。コンソールを介さず録音していたのでインプットメーターがないとトラブルが起きた場合対処が遅れてしまいます。大規模なセッションを滞り無くスムーズに進める為には大事な点だと思っています。ミキサーを通さずにPTダイレクトで録音をしている理由は、積算されていくノイズを最短距離でつないで最小限に抑えるためです。

Rock oN : セッションのサンプリング周波数を教えてください。また、ハイレゾミックスに対してのお考えがあれば教えて下さい。

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井野 : トラック数も膨大だったので今回は48Khzです。ハイレゾについては色々考える事も多いのですが、長くなるのでまたの機会にぜひ。

Rock oN : モニターに使われていたリバーブの機種は何でしょうか?

井野 : AvidのRevibeです。こちらも最終的なMixではLexiconやAltiverb等に適宜置き換わりますが、録りの段階では一番レイテンシーや負荷が軽いので採用しています。

Rock oN : 仕上げのプロセスが気になってしかたありません。どのようなプロセスでミックスされていくのでしょうか?

井野 : 基本的にはDeccaTree3本とLLRRの2本とSF24の計7Chを軸に足りない楽器をオンマイクで補っていくという感じです。でも、やっぱりオフマイクの音がとても良いので、できるだけ録りの時に上手くDeccaにバランス良く収録されるように工夫しています。

imgo-2井野 健太郎氏 プロフィール

エンジニア

1976年 東京都調布市生まれ
1997年 サウンドインスタジオ 入社
2001年 サウンドインスタジオ退社。フリーランスに。
2008年末よりFMFに参加

■ 最近・けいおん!関連作品(rec&mix)
・原田知世「eyja」(rec&mix)
・naomi & goo 「passagem」(mix)
・伊藤ゴロー「Cloud Hapiness」(rec&mix)
・瓜生明希葉「in the souk」(rec&mix)
・中西俊博「爆裂クインテット」(rec&mix)
・西村由紀江「ビタミン」(rec)
・高鈴「ヒビノウタ」「うたたか」(rec&mix)
・水樹奈々「young alive」(rec&mix)
・飛蘭 PS3 「白騎士物語」OPEDテーマ曲(rec&5.1 Surround mix)
・PS3 GT5 OP&BGM(rec&5.1 Surround mix)
・PS3 tone BGM(5.1 Surround mix)
・PS3 PhotoViewer BGM(5.1 Surround mix)

等々

インタビューを終えて

非常に密度の濃いインタビューとなり、全体においてコンセプトの芯がしっかりと存在し、その目的に対して入念な準備のもと取り組んでいるということを強く感じました。まさにプロフェッショナルの仕事と呼べるでしょう。スタッフ全員が、一つのサウンドを求め一丸となって制作を行っているということが現場の空気からも感じられました。

今回の井内氏と井野氏のような、コンポーザーと信頼を受けるエンジニアとのコラボレーションは目に見えない感覚を通じて築かれた強い絆を感じずにはいられません。このコラボレーションの中から、Decca Treeという手法に辿り着き、採用し実践を行っている探究心、行動力も敬意を払わずにいられません。


さて、今回の録音手法の核となる「Decca Tree」ですが、ここからこのテクニックについてROCK ON PRO 洋介が掘り下げ解説します。

Decca Tree 解説

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クラシック収録の定番マイキングとしてその名を知られる「Decca Tree」。これは、3本の無指向のマイクを使用した収録方法である。単一指向では?と思う方もいるかもしれないが、その理由は後述するとして、ベーシックな「Decca Tree」方式を案内したいと思う。

先ずは、「Decca Tree」方式の歴史。この方式はイギリスのDecca Recordのエンジニアたちにより考案された。A-B方式のステレオ収録にセンターマイクを加えたものだということは想像に難しくないであろう。これにより、A-B方式の特徴である空間の広がりと、ワンポイントモノラルでのサウンドの明瞭度の両立を狙ったものだということがわかる。AEAのWes Dooly氏の文献によると3本の無指向マイクを使い、左右の間隔は2m、前方への突き出しは1.5mであったということだ。設置は、指揮者の頭上3m~3.2m程度の位置となる。その後試行錯誤を繰り返し、Decca Recordのサウンドを決定づけるマイキングとなることから「Decca Tree」とその収録方法に名前が与えられている。現在でも空間を十分に活かしたサウンドの収録を実現する方法としてヨーロッパのクラシック収録はもちろん、ハリウッドでのフィルムスコアリングなどでも多用されている方式である。

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先に、左右の間隔、突き出しの距離に関しての記述を行ったが、現在では上記とは別の距離を取ると書かれた文献が多い。DPA社のMic University(http://www.dpamicrophones.com/en/Microphone-University/)の記述では左右の幅は片側60cm~120cmとかなりの幅がある、センターは他の2本より少し低くセットすると書かれている。これは、実際に現場の空間の広さ、アンサンブルの規模などに合わせて柔軟に対応するということになるのだろう。ちなみに、本記事のセッティングは、左右に180cm、前方へは150cmの三角形でのセットとなっていた。高さは3mとなっている。

「Decca Tree」ではどのようなマイクが使われているのであろうか?A-B方式の定番といえばDPA 4006だと思うが、「Decca Tree」ではNeumann M50がそれだ。このマイクは非常に特徴的な構造をしている。Vintage Micとして高い人気を誇るM49と同時期に発表されたこのマイクは、KM56等のスモールダイヤフラムのTube Micと同一径のカプセルを球状の台座に貼りこむという独特の構造を持つ。ダイヤフラムは無指向として設計をされるが、その直後に球体が有るということで高域に指向性を持つようになる。その指向性のパターンは図を参照いただければ明らかである。冒頭で、「Decca Tree」は無指向といった際に一言加えたのはこの部分。この方式は完全な無指向ではなく、高域には指向性を持ったマイクを使用したほうが良い結果が得られると言うとが知られている。まさにこのNeumann M50は「Decca Tree」の為に開発されたマイクと言っても過言ではない。

今回の取材ではその後継に当たるTLM50が使用されていた。このマイクはダイヤフラム周りの特徴的な設計はそのままにTLM(トランスレス化)されたモデルである。このM50の血統はNeumann社のカタログラインナップに今もしっかりと残っており、現行の機種はM50 tubeとなる。余談ではあるが、オリジナルのM50はM49と同一のAC701ミニチュア真空管を使用している。この真空管は、NeumannのVIntage Micの中でも評価の高い機種(U47tube,M49)に利用されていることで有名だ。

_DSC3131クラシック録音用の方式=ホールでの収録用の方法、とステレオタイプに考えてしまうが、今回のセッションではスタジオ内で「Decca Tree」が使用された。やはりA-B方式を元にしているために客席というホールの空間、容積とはイコールでないスタジオ収録でその効果が十分に発揮されるのか?という部分が焦点になると思う。これは国内、海外含め様々な意見が多い。しかし、スタジオでのフィルムスコアリングなどの様子を納めた写真を見てみると「Decca Tree」を使われている画像に出会うことが出来る。オンマイクの積み重ねでアンサンブルを再構築するのではないく、まさにそこでなっているサウンドをしっかりと収めるという向きの収録には高い効果を発揮するということになるのではないだろうか。逆に言えば、しっかりとアンサンブルを想定した譜面と、各楽器のバランスを取ることの出来るコンダクターがいて初めて成立する方式とも言える。

今回の収録の際にも、細かいアーティキュレーションの指示が再々位にわたり行われ、収録時にしっかりとアンサンブルとしてのサウンドが出せているかという部分に注力されていたことが現場からも伝わってきた。その空間でなっているサウンドを十分にとらえたそのサウンドはダイナミクス豊かに非常にリッチなものであったと感じる。これが、ハリウッドのスコアリングサウンドの秘密か!?と感じてしまう瞬間さえもあった。国内のスコアリングではめったに使われることのない「Decca Tree」だが、大きな可能性と今後の広まりに大きな期待を持った。是非とも本記事で興味をもった方は、「Decca Tree」での収録に挑戦をして欲しい。

「Decca Tree」は3本の無指向マイクがあれば先ずはトライすることが出来る。DPAではNeumann M50と同様の特性を4006に持たせるために”Accoustic Pressure Equalizer”と呼ばれるマイクの先端にセットする球状のアクセサリーを発売している。これをマイクにセットすることでM50と同様の物理的形状を再現し、高域に指向性をもたせようというものだ。これを参考とすれば、無指向のスモールダイヤフラムのマイクが3本あればということになる。是非とも参考にしてもらいたい。


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