シンセサイザーを完璧に習得するには学習と経験が必要なために長い時間がかかりますが、普段の曲づくりで使うためにはそこまでの知識は必要ありません。シンセサイザーの詳細を解説する書籍やウェブサイトはたくさんありますので、ここでは少し違った視点からシンセサイザーについて説明してみたいと思います。それは目の前にあるシンセサイザーを使えるようになる方法です。「使いこなす」ことが目的ではなく、主に楽曲制作のために自分が出したい音を探求できるようにシンセサイザーを「使える」ようになる方法です。
シンセサイザーの歴史
シンセサイザーを「使える」ようになるために簡単にシンセサイザーの歴史を紹介します。よりリアルに楽器の音を再現するためにシンセサイザーは進化しました。シンセサイザーの発展とは「楽器音の再現」の歴史です。「楽器音の再現」のためにアナログ・シンセサイザーはパラメータが増え、より多くのパラメータを安価に備えるためにデジタル・シンセサイザーとなり、音を写真のように正確に再現するためにPCMシンセサイザーが生まれました。今でも「楽器音の再現」の歴史は脈々と続いており、KORG KRONOSは楽器ごとに異なるアルゴリズムを備えたシンセサイザーを備え、プリセットから音を選ぶだけで実際の楽器と遜色のない音を出すことができています。
これだけシンセサイザーが進化した今でもシンセサイザーの基本的な部分はそれほど変わっていません。シンセサイザーの目標が「楽器音の再現」であったことから、シンセサイザーの回路は楽器の発音構造をシミュレーションするために設計されています。楽器のシミュレーションとは「音高と倍音と音量の時間変化をコントロールする」ことです。「音高、倍音、音量」を時間と共にコントロール出来るようにシンセサイザーは設計されています。1つ目の音高とは音の高さのことで、3つ目の音量は音の大きさのことです。2つ目の倍音をはじめて聞いた人に文章だけで説明するのはとても難しいのですが、ざっくりと高い音の含まれ方だと理解してください。音が派手に、艶やかに、汚く、激しく、暗く聴こえるのは倍音のせいです。もう一歩進んだ説明のためにWikipediaから「倍音」の項を引用します。
シンセサイザーに如何にたくさんのパラメータがあろうが、結局はモジュールの数と組み合わせが違うだけです。そして、そのモジュールの組み合わせもある程度決まっていて多かったり、少なかったり、接続先が違ったりするだけです。モジュールの種類と役割を知ることはシンセサイザーの基礎です。基礎を理解した上で、モジュールの組み合わせを把握すれば、目の前にあるシンセサイザーがどのように「音高、倍音、音量」をコントロールしようとしているかが分かります。それが分かればシンセサイザーを使うことができます。
基礎編 モジュールの種類
シンセサイザーのモジュールはこの5つしかありません。そして各モジュールの役割は1つか2つしかありません。最も基本となるのは「オシレーター、フィルター、アンプ」です。これらは音を直接的に加工します。「オシレーター、フィルター、アンプ」だけでも様々な音を作ることが可能ですが、それは鳴りっぱなしの音で一般的には効果音といわれる音になります。モジュラー・シンセサイザーの使い手はこれだけでも十分にパフォーマンスを行い、とても素晴らしい演奏をしますが、既存楽器のような音にはなりません。「オシレーター、フィルター、アンプ」での音の加工に時間変化を加える「LFO、エンベロープ」は「楽器音の再現」のためには欠かせないために、シンセサイザーに定番的に搭載されています。
■ オシレーター
オシレーターは音を作る上での一番基本となるモジュールであり音を生み出す元となります。オシレーターは「音高、倍音」に関係するモジュールです。鍵盤やシーケンサーから受け取った音程にあった音を波形で出力します。
オシレーターの主なパラメーターはこの3つです。
ピッチ(Pitch)
オクターブ(Octave, Scale)
ウェーブ(Wave, Waveform)
ピッチ(=音高)を操作することで音高を操作することができます。倍音はオシレータ波形(ウェーブ)を切り替えることで操作できます。オクターブは音高を1オクターブ単位で上下することができます。オシレーターには多様な種類がありますので、その一つずつを理解しようとしてもきりがありません。差し当たっては好きな波形を選べば良いと考えてしまって構いません。波形の種類の違いは倍音の構成の違いです。
プリセットから選んで使う場合でも、0から音を作った場合でも、「単音で聞くと良いのに曲のなかだとイマイチ音が馴染まない」というときにオシレーターを調整するのは良い手です。こういう場合は他の音との組み合わせで、心地の良くない響きを生んでいる場合が多いです。少しピッチを変えてみたり、波形を変えてみると、オシレーターを調整することで倍音の構成が変わり他の音とマッチすることがあります。
■ フィルター
フィルターはオシレーターが生み出したオーディオ信号を加工します。
最も有名なフィルターはローパスフィルター(LPF, Low Pass Filter)です。ローパスフィルターを訳すと「低い音を通すフィルター」という意味で逆の言い方をすれば「高い音を通さないフィルター」です。高い音を遮ることでオシレーターが発振した音に含まれる倍音を削ります。
フィルターには主に2つのパラメータがあります。
フリーケンシー(Frequency, Cutoff, Cutoff Frequency, Freq)
レゾナンス(Resonance, Peak, Emphasis)
倍音が削られると音は暗くなります。この倍音の削られる程度を調整するのがフリーケンシーです。フリーケンシーとは周波数のことで、ここで設定した周波数から上の音が削られます。値を少なくすればするほど、周波数は下がり音がより暗くなります。一番小さな値にすると音が聴こえなくなります。値を大きくすると周波数が上がりより明るい音になります。フィルターは倍音を削るのでオシレーターは倍音を含んでいる必要があります。倍音を多く含めば含むほどフィルターの効果は分かりやすく、倍音を含まないサイン波形では音量が変わる程度の効果しかありません。フリーケンシーで決めた周波数よりも高い音が削られるのですが、その周波数よりも高い音がばっさりと切られるわけではなく、その決めた周波数からカーブを描いて音が削られます。そのカーブの鋭さが12dB (decibel、デシベル)、24dBと表記されます。正確にはdB/Octです。数字が大きいほど鋭く音が削られますので、12dBよりも24dBの方が高い音が残りません。別の表記として2 pole、4 poleとも書きますが、2 poleとは12dBのことで4 poleとは24dBのことです。
切れ味が鋭い程良いわけではありません。12dBの方が高い音が残りますので、よりオシレーター波形の個性が残りやすいです。オシレーターで多様な音が出るシンセサイザーほどフィルターのカーブは緩い方がオシレーターを調整しがいがあります。
フィルターにはもう一つの役割があり、それは倍音を加える/持ち上げることです。レゾナンスの値を大きくすると、フリーケンシーで指定した周波数周辺の帯域が持ち上がります。さらに値を大きくすると発振してそれ自体が音を鳴らします。シンセサイザーによっては音が歪み出します。特にアナログ・シンセサイザーの場合、発振する/歪む少し手前のところの音はとても心地の良い音がします。この歪みのキャラクターはシンセサイザーの個性を決める重要な要素です。ローパスフィルター以外にも低い音の成分を削るハイパスフィルター(High Pass Filter, HPF)、高い音も低い音も削るバンドパスフィルター(Band Pass Filter, BPF)などがあります。音が派手すぎる/暗すぎると感じた場合はフィルターのフリーケンシーを調整するのが良いと思います。場合によってはレゾナンスの値が大きくなりすぎていることもありますので、レゾナンスを少し下げてみるのも良いと思います。
副次的なパラメータとしては以下の3つがあります。
キーボード・トラック(Keyboard Track, KBD Track)
エンベロープ・インテンシティ(EG Intensity)
LFO・インテンシティ(LFO Intensity)
キーボード・トラックは押さえた鍵盤の高低でフリーケンシーの値を動かすパラメータです。エンベロープ・インテンシティは後述するエンベロープの動きによってフリーケンシーを動かします。LFO・インテンシティは後述するLFOの動きによってフリーケンシーを動かします。エンベロープ・インテンシティとLFO・インテンシティはエンベロープとLFOのパラメータである場合があります。
■ アンプ
アンプは単体で使っても音量を変えられるだけです。後述するエンベロープと組み合わせることで、はじめて機能します。殆どのシンセサイザーではアンプと一緒にエンベロープのパラメータが含まれています。
■ LFO
LFOはLow Frequency Oscillatorの略です。日本語に訳せば、低周波数のオシレーター、つまり遅いオシレーターです。オシレーターのように様々な波形を備え、オシレーターのように周期性をもった信号を発振します。
LFOの代表的なパラメータは2つです。
ウェーブ(Wave, Waveform)
スピード(Speed, Frequency)
この2つのパラメーターでLFO波形を選び、その発振するスピードを調整できます。LFOがコントロールできるパラメーターはこれらが一般的です。
オシレーター:ピッチ
フィルター:フリーケンシー
アンプ:アンプ
スピードを遅くする場合はオシレーターのピッチやアンプを揺らしてビブラート効果を出したり、フィルターのフリーケンシーを揺らして音色にうねりを加えたりします。スピードを極端に速くしてオシレーターのピッチやフィルターのフリーケンシーを揺らして金属的な音を出すことができます。金属的な音じゃなくしたいのにオシレーターの波形を変えても音が変わらない場合はオシレーターのピッチやフィルターのフリーケンシーにLFOがかかっている可能性があります。
■ エンベロープ
エンベロープは主にフィルターやアンプとセットで使われます。シンセサイザーによってはフィルターやアンプにエンベロープが内包されています。エンベロープはオシレーター、フィルター、アンプに時間変化を加えます。エンベロープは原則、キーボードなどのトリガーを受け取る度に決められた時間変化を出力します。
エンベロープのパラメータは主に4つです。
アタック (Attack, Attack Time, A)
ディケイ (Decay, Decay Time, D)
サステイン (Sustain, Sustain Level, S)
リリース (Release, Release Time, R)
アタック、ディケイ、リリースは時間に関するパラメーターで、サステインは音量に関するパタメーターです。アタックは鍵盤が押されてエンベロープがスタートして、値が最大になるまでの時間です。ディケイは値が最大になったあとにサステインの値にまで下がる時間です。サステインの値は鍵盤を離すまで保持されます。リリースは鍵盤を離してエンベロープの値が0になるまでの時間です。
エンベロープがコントロールできる一般的なパラメーターはLFOと同じでこの3つとなります。
オシレーター:ピッチ
フィルター:フリーケンシー
アンプ:アンプ
エンベロープがアンプをコントロールするおかげで、シンセサイザーは鍵盤を押すと音が鳴り、離すと音が止まります。そして、その変化もコントロールできるようになっています。ゆっくり音量が上がり鍵盤を離すとゆっくり音が消える、あるいは音が鳴ったと思ったら音量が小さくなる、そして鍵盤を離すとすぐに音が消えるなどの音量変化を作ることができます。
エンベロープをフィルターのフリーケンシーにかけておくと、鍵盤を押すと徐々にフィルターが開いて明るい音になったり、または徐々にフィルターが閉じて暗い音になったりします。オシレーターのピッチにかけても同様です。
実践編、モジュールの組み合わせ
ここまでに説明したモジュールを組み合わせることでシンセサイザーは作られています。様々なモジュールの構成がありますが、シンセサイザーをよく見てみると、基本的な組み合わせはそれほど多くありません。オシレーター、フィルター、アンプ、LFO、エンベロープが最低でも1つずつあり、製品によってはオシレーター、フィルター、LFO、エンベロープが複数個あります。
最もシンプルなモジュール構成はオシレーター、フィルター、アンプ、LFO、エンベロープを1つずつ備えているものです。
■ KORG volca keys:パラフォニック
volca keysはポリフォニック・シンセサイザーです。
オシレーター x 1
フィルター x 1
アンプ x 1
LFO x 1
エンベロープ x 1
構成自体はスタンダードですが、スタンダードな構成でも様々な音が作れるように工夫がされています。
通常のポリフォニッック・シンセサイザーはVCO→VCF→VCAを発音出来る数だけ持ちますが、volca keysのポリフォニックはVCOのみ発音数だけ持っているパラフォニックと呼ばれます。このパラフォニックの3ボイス分のオシレーターを組み合わせることで音づくりの幅を広げています。
■ KORG volca bass:3つのオシレーター
volca bassはモノフォニック・シンセサイザーです。
オシレーター x 3
フィルター x 1
アンプ x 1
LFO x 1
エンベロープ x 1
volca bassのように3つ以上のオシレーターを備えたシンセサイザーはそれほど多くはありません。3つのオシレーターで音の厚みが出過ぎてしまうのでポリフォニックのシンセサイザーではあまり採用されず、主にモノフォニックのシンセサイザーで採用されています。シンセサイザーはモノフォニックのものよりもポリフォニックのものの方が多いので、オシレーターを3つ以上備えるシンセサイザーは少なくなってしまいます。有名なのはMoog Minimoog, Minimoog VoyagerとKORG Mono/Polyです。3つのオシレーターを使う楽しみはDetuneと呼ばれる効果です。3つのオシレーターを微妙にずらすことでコーラス効果を生みます。3つのオシレーターの微妙なピッチの違いが音に複雑なうねりを与え、オシレーターを鳴らしているだけでも心地の良い音を作ることができます。このうねりも倍音の時間変化の一つでオシレーターを組み合わせることで生み出せる効果です。
■ KORG:シンプルすぎる構成
「楽器音の再現」の歴史から外れて、「アナログ・シンセサイザーの楽しさの一側面を結晶化する」というコンセプトのもとに開発しました。そのコンセプトからmonotronのモジュール構成は一般的なシンセサイザーと比べると非常識なまでにシンプルに作られています。
monotronはアンプとエンベロープを持っていません。
オシレーター x 1
フィルター x 1
LFO x 1d
「シンセサイザーの楽しみとはオシレーターとフィルターをモジュレーションすることである」と主張しています。シンプルな構成にも関わらず、monotronが楽しめるのは、フィルターとLFOのおかげです。monotronのフィルターはKORG 35と呼ばれる初期のMS-20で採用されていたものと同じです。このフィルターはレゾナンスの値を上げると凶暴なまでに発振して歪みます。そしてLFOは一般的なLFOよりもスピードが速く設計されています。この凶暴なフィルターとスピードの速いLFOがあるからこそ、飽きることなくmonotronを使うことができます。速いLFOをオシレーターのピッチにかけて生まれる(=PitchModuation)倍音を豊かに含む金属的な音にフィルターをかけるとKORG 35の良さが十二分に感じられます。速いLFOをフィルターのフリーケンシーにかけて、フィルターでオシレーターとは異なる金属的な倍音を生み出すことができます。
■ KORG MS-20
KORG MS-20は1978年に発売されたモノフォニック・シンセサイザーです。2013年にMS-20 miniとして復刻しました。モジュールの構成は今までの製品よりも豪華です。
オシレーター x 2
フィルター x 2
アンプ x 2
LFO x 1
エンベロープ x 2
本体右手にあるジャックをケーブルで繋ぐこと(パッチング)でモジュラー・シンセサイザー的な使い方もできます。まずはパッチングをしない状態についてです。2つのオシレーターがミックスされ、2つの異なるフィルターを通ります。ローパス・フィルターとハイパス・フィルターです。この2つのフィルターのおかげで、より柔軟に倍音をコントロールすることが出来ます。2つのエンベロープはオシレーターのピッチとフィルターのフリーケンシーを別々にコントロールすることができます。2つのアンプの1つはパッチング専用です。オシレーター波形の1つとして選ぶことができる”RING”はリング・モジュレーター(Ring Modulator)と呼ばれる2つのオシレーターの音を掛け合わせることで金属的な音を生むことができます。MS-20のフィルターは先に説明したKORG 35と同じ回路を使っていますが、monotronと違ってオシレーターとフィルターの間で音量を調整出来るようになっているので、フィルターでの歪み具合を調整することも可能です。LFO波形は切替式ではなくツマミを回すことで段階的に変更できます。MS-20のアンプはエンベロープでコントロールできても、LFOではコントロールできません。エンベロープとLFOはどちらもオシレーターのピッチとフィルターのフリーケンシーをコントロールすることができます。モジュールの種類は多いですが、LFOやエンベロープの組み合わせはシンプルです。
しかし、パッチングを使うと全く別のことができます。
パッチングはシンセサイザーのモジュールの組み合わせを変えることができます。この場合でも組み合わせを把握することが重要で、各モジュールが何を出力し、何を受け取れるかを把握すると使いやすくなります。ここで紹介しているシンセのモジュールだけを図にまとめました。
終わりに:シンセサイザーの良し悪し
足早でしたがシンセサイザーを使えるようになる方法をご紹介してきました。モジュールの組み合わせが分かるようになるとシンセサイザーを使えるようになります。みなさんの楽曲制作にシンセサイザーを使ってみてください。これはシンセサイザーの基礎です。実際のところシンセサイザーの良し悪しはモジュールの組み合わせだけでは測ることは出来ません。オシレーターの波形の微妙な違い、フィルターに入力するオシレーターのレベル、フィルターの歪み、アンプでの歪み、エンベロープのカーブなど様々なことでシンセサイザーの個性がでています。是非様々なシンセサイザーに挑戦して違いを比べてみてください。そうするとよりシンセサイザーが楽しくなるはずです。
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