音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。

第25回目は、作曲家・選曲家・プロデューサーのKenichiro Nishiharaさんです。ファッションショーなどの音楽を数多く手がけられてこられ、現在はご自身の音楽レーベル・プロダクション "UNPRIVATE ACOUSTICS" を主宰し、アーティストとしてもご活躍されています。都内にあるご自身のレーベルのスタジオにお邪魔し、お話をお伺いました。

2012年8月30日取材

「勉強なんかやめろ!」音楽人生に向かわせた、先生の一言?

Rock oN:音楽に触れられた頃のお話をお伺いできますか?

Kenichiro Nishihara氏(以下 Nishihara):母親がジャズピアノをやってまして、教室に通っていて、いわゆる習い事としてピアノを始めたんですが、小学校真ん中くらいで辞めました。普通に友達と遊んだりした方が楽しかったからだと思います。

Rock oN:お母さんに習ったというわけでは?

Nishihara:ないです。母は山下洋輔さんの弟子だったんですが、地方をまわったり、みたいな営業的な活動をしてたようで、いわゆるアーティスト的な活動ではなかったようです。結構若くして僕が生まれたので、そこで音楽活動はやめたそうです。

Rock oN:山下洋輔さんとなれば、実力ある音楽家ということですよね。家にそういう人たちも出入りしてたり?

Nishihara:そうですね。母は留学経験があって英語がしゃべれたのですが、ジャズクラブに行って英語で話し、すごく仲良くなった人がいて、「じゃあ家に来なよ。」みたいなことがあったそうですが、その中にアート・ブレーキーがいたらしく、彼が来日すると母の実家に必ず来てた、とかそういう話がいっぱいあります。だけどアート・ブレーキーと一緒に演奏した、ではなくて、すき焼きを食べに来たとか(笑)そんな話なんですが。

Rock oN:ピアノ教室を辞めて以降、音楽には?

Nishihara:中学受験して慶應に入学したんですが、その時から音楽にのめり込みました。小学校の時は勉強が得意な方ではあったんですが、入学したとたんに最下位になってしまって(笑)。するとある先生が「もう勉強は意味がないのでやめろ。勉強っていうのは、できる人がするべきで、勉強しなくてもできちゃう人はできるもんだから、今、やめた方がいい。」って僕に言うんですよ。今になって考えれば、いい先生だったんですけれど、そう言われて「自分が他の人に負けないものを作ったほうがいいな。」と感じ始めたんです。

Rock oN:ふりきってる先生ですね。

Nishihara:そうですね。それで「音楽をやってみよう。」と思って、エレキギターを買って友達とバンドもやる一方、自分でダンスミュージックを作ってみたいと思い、機材に興味を持つようになりました。

サンプラーからスタートした機材遍歴

Rock oN:好きなアーティストはいたんですか?

Nishihara:中学生の時からレコード屋さんに通うようになり、お金がないので100円コーナーを漁ったりしてレコードやCDがどんどん増えていくのがその頃です。当時はナイン・インチ・ネイルズのような、打ち込み主体のロックというか、インダストリアルみたいなのが好きだったんですが、「バンドのサウンドとは何か違うぞ?」と思って調べて行くうちに、打ち込み機材に興味を持つんです。

Rock oN:まわりに打ち込みで音楽をやる人はいましたか?

Nishihara:まわりにはいなかったですが、秋葉原の機材売り場とかでよく会ったりする、同じ歳くらいの人がいて、「じゃあ一緒に何か作ろうよ。」なんて話をして友達になった人もいます。

Rock oN:一番最初に買った機材は何ですか?

Nishihara:ローランドのサンプラー鍵盤のDJ-70でした。でも、1、2ヶ月しか使ってなくて、雑誌などで調べてみると、サンプラーはどうやらAKAIらしい、ということを知って、AKAI S2800を買いました。高校1、2年の頃だったと思います。以降、高校生にしては高価な買い物なので、バイトをしてローンを組んで買うっていう手法が定着して、その後10年くらい続きます(笑)。KAWAIのシーケンサーQ80でS2800を鳴らし、ZOOMのマルチエフェクターと共にMackieのミキサー1604に繋いでで音を作る、というスタイルで曲作りをしてました。

Rock oN:世代的にですが、その時点でコンピューターでシーケンサーは使わなかったんですか?

Nishihara:Macは高校2年の時に、中古で10万くらいのPerformerシリーズの1つを買ったんですが、一体型なのでオーディオカードが入らないタイプを買ってしまい、結構長い間、Macを音楽に使えなかったんです。とにかくいちばん安いのを買いたい、ということだけで買ってしまったんです。

ここまでは、世代的には機材の種類さえ違えど、このコーナーでこれまでに取材させて頂いた方々と同じような感じで、独力で徐々に音楽機材の世界に入って行くという感じですが、私が今回、興味を持っていたのは、Nishiharaさんがファッションショーの選曲家ということでした。音楽好きの青年が、どんなきっかけでファッションショーの選曲家という立場に入って行くのか?ここからその辺りを伺っていきます。

遊び感覚で誘われたファッションショーの音楽

Rock oN:作った音楽は人に聞かせたりはしなかったんですか?

Nishihara:高校2年生の時に原宿のファッションショーで音楽の仕事を始めるんですよ。高校生の、わけわかんない奴にファッションショーの音楽やらせたら面白いんじゃないか、みたいな感じで、大人が遊び感覚で声を掛けてくれたようです。ファッション系の仕事や、モデルをやってた友達がいて、「お前ちょっと打ち込みできるんだったら来てくれ。みんなでなんか作ろうぜ!」みたいな感じで呼ばれて。その時は会場に機材を持ち込んで、自分の作った曲でライブをやりました。

Rock oN:高校生にギャラは出たんですか?

Nishihara:ご飯をごちそうになったり、服やモノをもらったり、そんな感じでした。その頃、クラブに行くようになって、音楽好きな人たちをはじめとして、色んな人と学校の外で知り合うようになりました。

Rock oN:その後、ファッションショーの音楽を続けるわけですね?

西原:はい。当時、たちあがったばかりのファッションブランドがいっぱいあって、ショーにかかる費用をできるだけ安くしたいという考えがあったんだと思います。かつ、安心できるスタッフと一緒に仕事をしたいと。それで、「ファッションショーの音楽を安くやる奴がいる。」という話がまわって、それを聞いたブランドの人から「音楽作れるって聞いたんですけど、作ってくれませんか?」みたいな感じで話が来るようになったんです。ギャラも少額ですが、もらえるようになって、仕事がそこからスタートしたという感じですね。

Rock oN:頼む方もブランドのイメージがあるじゃないですか。こういう風に作ってくれ、と依頼されなかったんですか?

Nishihara:オリジナルの曲を作る以外に、ファッションショーでは圧倒的に選曲が多かったんです。ブランドから「こういうショーやりたいので、それに合った音楽が欲しいんですけど、ありませんか?」みたいな聞かれ方もして、選曲することで要求に答えるパターンもありました。既に自分でDJも始めてたんですが、トラック作りとDJの流れが一緒になって、仕事として成り立つんだってことがだんだんわかってきました。

そうやってショーの音楽をやっているうちに、舞台監督さんが「いいね〜っ。」て言ってくださって。まあ、その言葉の含みには、若くて言う事聞くので使いやすいし、ギャラも安いし、みたいなこともあったと思うんですけど。その流れで仕事をもらえて、大学時代はずっとファッションショーの音楽をやってました。大学卒業してもそのまま「音楽でいけるっ。」て思っちゃったんですね。今、振り返ると、全然いけてない状態だったんですが(笑)。

Rock oN:ふとしたきっかけが人生を変えるんですね。

Nishihara:中学の先生に言われたことばに戻るんですが、一番自分の得意なことをやるべき、という考えから「音楽を扱うことのプロになって仕事にしょう。」と思ったんです。タイミングよくファッションショーの仕事をもらったことがきっかけですが。自分は極端な人間なんですよね。全エネルギーで行かないと気がすまない、みたいなところがあるんです。そういう気持ちを意識してた時にチャンスが来たので、これが自分のやるべきことなるかもしれない、と思ったんです。

本当にふとした事や誰かの一言で、人生の向かう矛先が変わってしまうものなんですね。でも、Nishiharaさんの場合は、そういう場を形成する人達が集う場所に、自分を置いてたからなのでしょうか。話されるトーンからは、興味を持った事には何事もどんどん自分から近づいて求めて行く、といった彼の人間性みたいなものを感じ取れました。機材の話になっていくと、そのトーンはますます強くなって行きますよ。

あらゆる面に貫かれる突き詰めてしまう精神

Rock oN:なるほど。では、その後の機材遍歴に戻りましょう。

Nishihara:サンプラーはAKAI S2800からCD3000XLに切り替えました。選曲した曲の編集も、サンプラーに取り込んで、その中で編集して使ってたんです。Macは、Power Macintosh 8500を中古で買って、PCIカードのKORG 1212 I/Oを入れました。DAWソフトはCubase 3.5 VSTでした。しばらくその組み合わせで使った後、Power Macintosh G3とオーディオインターフェースMOTU 828、DAWソフトはLogicという組み合わせに移りました。

Rock oN:トラック作りのメイン機材は、シンセというよりサンプラーだったんですね。

Nishihara:はい、そうですね。ここで高校の時に話が戻るんですが、トラックを夢中で作ってた時に「これ以上先に進めない。」と壁にぶつかって悩んだ時があったんです。音楽理論みたいなことが分からないと、作るのに時間がかかりすぎるし、これ以上進歩できない、と思ったんです。それで、高校2年の時に再びピアノに戻り、バークリーを出て作曲を教えているピアノの先生に、いわゆるバークリーメソッド的な理論を学びに行きました。自主的にピアノを再開して以降、鍵盤を使って作曲するようになりました。

Rock oN:まさしく、突き詰めちゃうタイプなんですね。

Nishihara:全部確かめないと気が済まないタイプではありますね。結構有名なミュージシャンのお手伝いのバイトをしたことがあって、機会がないと触れないような高価な機材もあったんですが、現場へ機材を搬入する前日に一旦、自分の家に持って来てプリセットを見せてもらい、「この音はこう作るのか!」と確認したり。

Rock oN:限られた情報を探し求める情熱というか、そういうことを行う行動力って、若い時には重要なことですね。

Nishihara:その頃はまだ、視野の範囲が子供だったんですね。自分の幅をどうやって広げていくかということを時間をかけて追い求めてた感じです。どういう人を探して、会って、何を教えてもらうか、ということに関しては、自分から出向いて行くタイプですね。

会社設立〜、自分の作品のリリースへ

Rock oN:その延長上で、ご自分で会社(UNPRIVATE ACOUSTICS)を作られるんですよね?

Nishihara:ファッションショーに加え、美容院や家電、化粧品の新製品発表会などの音楽の仕事もやらせてもらうようになりました。20代後半で会社にして、丸6年経ちました。その仕事と並行して、自分の作品もずっと作っていてました。

Rock oN:会社はレーベルとして、ご自分の作品を発表する場という意味もある?

Nishihara:そうですね。自分の作品を流通させるに、インディペンデントとして自力でやってみたいという思いがあって、調べてみると、ディストリビューターなど、個人では契約できない場合が多いということを知ったんです。だったら会社にしてみようと思いました。そうやっているうちに、出版に関しても自分の会社でやるようになりました。

Rock oN:それも、突き詰めちゃうタイプという部分の表れですね。

Nishihara:そうかもしれませんね。他のアーティストを誘ってリリースしたりとか、流通ができなくて困ってるアーティストの流通だけ手伝ってあげたり、出版だけやってあげたりもするようになりました。作品を共有して欲しいという想いに応え、商売とは関係なく、会社を使ってもらっているという部分もあります。このスタジオに他のアーティストが来て作業をすることもありますし、会社にはエンジニアが一人いるんですが、彼も仕事をここでやったりもします。

Rock oN:では、このスタジオにある機材の話をお伺いできますか?

Nishihara:アウトボード系は、なかなかいいコンディションの機材に出会うのが難しいので、閉鎖してしまったスタジオなどから買うということを、最近積極的にやってます。

断捨離精神?興味は突き詰めたらその都度リセット

Rock oN:やっぱり突き詰めてる感じが置いてる機材からも見えますね。

Nishihara:音楽ってハマれるポイントが多いですよね。例えば、CDばっかりチェックする時期があったり、レコードもそうですけど、レコードは針がヤバイんじゃないか、って思いだしたら針のチェックばかりしたり。そういう風に常にブームを替えていけるという楽しみがあります。自分の場合、「これ以上ないな。」とあるとこまで突き詰めてたら、一気に次の事を知るために、それまで買い集めていたもの、例えば機材やCDは全部売っちゃうんです。そのお金を次の事のために使うんです。

Rock oN:極端ですね(笑)。いわば断捨離のような?

Nishihara:スリムにしたいほうですね。

Rock oN:家中機材だらけだけど何年も電源を入れてない機材があるって人も多いですよね。

Nishihara:メンテをしっかりして、数が少なくても、しっかりしたものがちゃんとあるべき、と思うタイプだと思います。そういう感じで選んで来たら、今のセットアップになってきたように思います。スペックに対して、バランスというものを考えるんですが、最初はLEXICON 480Lだったんですが、この環境に対して480は、少し抜けているというか、合ってないハイスペックな感じがして、300Lの方に選び直したんですよ。

Rock oN:はぁ(笑)。人の目を気にしてなく、あくまで自分の世界を行ってますね。評価を気にして、他人がいいっていうものを買う人も多ですが。

Nishihara:ニーブに関しても、自分なりに色々突き詰めて、一回りして今はBrent 1038に落ち着いています。

Rock oN:この中で一番思い入れのある機材はどれですか?

Nishihara:そうですね・・・LEXICONですかね。リバーブは正直なんでもいいって思ってた時期があったんですけど、今はリバーブだけ一番譲れない部分ですね。16chアナログマルチも欲しいんですけどね・・・16chと24chのヘッドで、時代の音が変わってるんじゃないかって説を聞いたことがあって、70年代の音って、一瞬で音がばっと変わる時代があって、実際、なるほどと思った事があり、今は16chマルチの音に憧れています。

Rock oN:マルチをここに入れるとなると、電源も必要になりますよね。

Nishihara:このスタジオ、200Vにしてるんですよ。一番大きい変化でした。やる前は、「そんなでもないでしょ。」くらいに思ってたんですよ。でも、相当変わりました。仮に自分が今、一番最初に機材買う立場なら、まず電源を200Vにすることを選べ、とアドバイスします(笑)。

Rock oN:活動の近況をお聞かせ下さい。

Nishihara:自分の新しいプロジェクト「ESNO」のアルバムをリリースしました(詳細は左)。ミックスはこのスタジオでやりました。マスタリングはサイデラにお願いしました。

Rock oN:これからの展望はありますか?

Nishihara:時代に逆行してはいますが、スタジオ作ろうと思っています。外貸しができるものを。自分の近くにアーティストがいて、ディストリビューションも自分で出来るようになったので、出口の手段は持ってる訳です。インディペンデントの本当のありかたは、入口を第三者に影響されずにキープすることが一番大切な部分だと思います。レコード会社にいても予算を出してくれないとか、契約切られたとか、企画が飛んだみたいなことで、アーティストが作品を作れなくなるというのは、あんまりにもナンセンスだと思います。規模は小さいけれども、普通にいい音がしっかり録れるスタジオを低価格で、周りのアーティストに提供してあげられる。そういうスタジオを作りたいです。

Rock oN:最後の質問です。ご自身にとって音楽とは何でしょう?

Nishihara:“コミュニケーション”です。若い頃は、アーティストが音楽で「表現する」ということを実は疑ってたんですよ。「“表現する”、とかあんのかな?」って。「偶然やってるうちに出来ちゃったんじゃないの?」とか。それで、「“表現する”、って何なんだろう?」と思って。大人になった今になって、「“表現する”、ってあるな」という気持ちがわかってきて、“心の座標”っていう言い方を最近するんですけど、自分にとって悲しいことと、相手にとって悲しいことでは、当然違ったりしますが、座標的に一致した感情を、音楽は伝えられるかもしれないと思います。ひょっとすると自分が作った音楽を聞いた人が、座標を一致してくれる可能性もあるなって思いますし。なぜ人間が芸術を大切にしてるのかは、言葉では叶わぬコミュニケーションができるツールだからだと思います。単なる娯楽や快楽だけで音楽を聴いているというよりは、人間として深いつながりが行える方法としてですね。


音楽の業界に入って行く方法や経緯は人それぞれですが、ファッションショーの音楽という、なかなか見えにくい世界の話をたっぷりお伺いでき、楽しいインタビューになりました。誰にでも、あの時のあの人の言葉が、とか、あの時あの人に出会ったので今の自分がある、といったことは、誰しも1つは持っているかもしれませんが、Nishiharaさんのお話を伺っていると、そういうチャンスを招いたのはNishiharaさんご自身の、好きな事に対して突き詰めようとする情熱があったらからかもしれません。まだまだ機材の話は尽きないようでしたが、ご自分なりの考えに貫かれた機材のチョイスが見て取れ、将来的にスタジオを作られるとなると、どんなスタジオが出来るのか楽しみであります。おそらくNishiharaさんの、物事を突き詰めてしまう考えが大きく現れた、個性的なスタジオになるのではないでしょうか?


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