音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。

第28回目は、アーティスト 奥華子さんです。テレビCMにも出演され、印象的な赤いメガネでお茶の間にも浸透されているシンガーソングライターでご存知の方も多いはず。今回は、奥華子さんが所属される事務所pirisoundの代表であり、プロデューサーでもあり、ベテランのサウンドエンジニアでもある福田政賢さんにも同席して頂いて、お話をpirisoundのスタジオにてお伺いしました。

2013年4月3日取材

父親が好きな懐メロ、童謡で育った少女時代

Rock oN:音楽に触れられた頃のお話をお伺いできますか?

奥華子さん(以下 奥華子):5歳からピアノを習い始め、最初はヤマハ音楽教室に、その後、個人のピアノの先生のところへ通いました。家ではカワイのアップライトピアノを買ってもらいました。幼い頃は真面目に練習していましたが、小学生になると基礎練習だけではなくて自分の好きな歌謡曲なんかを弾くようになり、そっちが楽しくなりました。

Rock oN:例えばどんな曲を?

奥華子:小林明子さんの「恋におちて」とか、

Rock oN:渋いですね〜

奥華子:当時、テレビでよく流れてたし、歌本に載ってたので買って弾いてました。親がよく懐メロなどの古い歌を聞いてて、家では藤山一郎が流れてました。父親は童謡も大好きで、「浜辺の歌」のような曲をアカペラで歌う父に合わせて私がピアノを弾くこともよくやってました。クラシック曲の練習も真面目にやってましたよ。

Rock oN:クラブ活動はしなかったですか?

奥華子:9歳から器楽部に入ってトランペットを始めました。中学生からは市のオーケストラに入って活動し、高校生の時に音楽大学に行きたいと思うようになりました。音楽以外にやりたいと思うようなことがなく、音楽だったら一生懸命続けられるかな、といった程度の動機でしたが。高校卒業後、何かを勉強したり就職して働くことがイメージできなかったんですよ(笑)。音大へはピアノ学科で進学したいと思ってたんですが、先生に「あなた無理よ。」と言われ、トランペット科で受験しました。

Rock oN:曲を作り出したのはいつですか?

奥華子:高校の頃、友達がギターを弾きながら自分で作った曲を歌ってたんですが、それにすごく影響され、自分でも作ってみようと思ったのがきっかけです。17歳の時、ヤマハが主宰してたティーンズ・ミュージック・フェスティバルに応募して出演しました。出身は船橋なんですが千葉県大会まで進めて嬉しかったのを覚えています。

Rock oN:音楽大学に通った事で、音楽に対して自分の心境が変わったりしましたか?

奥華子:う~ん、当時は「音楽に携われる仕事ができたらいいなあ。」と漠然と思ってましたが、具体的な考えがあった訳ではありませんでした。作詞作曲は音大に通いながらも続けていて、次第にトランペットはそっちのけになり、20歳から弾き語りでライブ活動をやるようになったんです。

Rock oN:最初のライブはどこで?

奥華子:自分で作った曲を人が「いいね。」と言ってくれるようになり、「じゃあ、どうすればいいんだろう?」と考えたんですが、丁度見つけた雑誌にオーディション広告が載っていて自分のテープを送ってみたら返事が来たんです。そこの事務所の担当者さんが活動をサポートして下さり、表参道にあるライブスペースで歌ったのが初ライブでした。最初はライブをするということがどういうことか知らなくて、何にも分からなかったんですよ!

Rock oN:初めてのライブはうまく行きました?

奥華子:当時、私は根拠の無い自信のかたまりで、「完璧、私イケテル!」と思ってました(笑)。今、振り返るとはずかしいんですが(笑)。でもその自信があったので続けられた、ということだったのかもしれません。

Rock oN:お客さんの反応はどうでしたか?

奥華子:どうなんでしょう(笑)。最初、客席には友達や知り合いがほとんどでした。でも人前で自分の曲を歌う事がすごく楽しくて、なかなかお客さんは増えなかったんですが、大学卒業してもアルバイト生活を続けながらメジャーデビューを目指して音楽活動を続けました。

アーティスト“奥華子”に導いたエンジア福田政賢さんとの出会い

Rock oN:福田さんとの出会いは?

奥華子:当時お世話になっていた事務所でレコーディングエンジニアさんとして出会ったんです。

Rock oN:最初は、福田さんとはエンジニアとして出会われたんですね。福田さんはエンジニアとして長くキャリアを積んでこられましたが、プロデュース業を始められたのは、

福田政賢さん(以下 福田政賢):奥華子が初めてですよ。その事務所では色んな人のレコーディングをさせてもらっていたんですよ、ある日、プロデューサーさんが「うちに新人がいてメジャーにプレゼンしたいんでTDだけしてもらえない?」との事で、スタジオに行ったんですが、そこで奥華子と出会いました。TDした曲は多くのレコード会社に持って行ったんですが、結局、どこも決まらずだめだったんですけどね(笑)。

で、しばらくしてからインディーズで出してみてはどう?ということになり、今度は「サウンドプロデューサーとして奥華子に関わってくれないか?」という相談をされたんです。これが、最初のプロデューサー業でした。

Rock oN:一人二役ですね(笑)。

福田:うん(笑)。最初は「面白そうだな(笑)。」という感じで引き受けました。

奥華子:それまで私は自信たっぷりでやってきて「私はイケル!」と思ってたのに、なかなかお客さんも増えないし、メジャーメーカさんからも相手にされないという状況が続いていて、福田さんに「このままでいいの?」と色々と指摘してもらえたんです。そこでやっと「私はこのままではだめだな。どうにかして変わらないと。」と思うようになりました。「どうしたら、もっと人に聞いてもらえるんだろう?」と思うようになって初めて、周りの人のアドバイスに耳を傾けるようになったんです。

Rock oN:それが福田さんだった。

奥華子:そうです。歌い方、作曲の仕方、服装などの見た目から、福田さんにアドバイスしてもらいました。それまでラジカセに歌を録音しながらの作曲方法でしたが、パソコンやMIDIを覚えて、曲を作ってはMP3にして聞いてもらうのを1年くらいやりました。やっと「いいじゃん!」と言ってもらえる曲ができて、新しい自分になって、どれくらいの人が聴いてくれるのか試してみようという事になりました。4年間ライブハウスで続けてきて変わらなかったんだから、そのまま同じように続けても変わらない!だからもっと不特定多数の人に聞いてもらえるチャンスがある路上で歌う事にしたんです。2004年に人生初めての路上ライブを始めました。

音楽活動が思うように行かず、新しい自分に変わりたいと願う奥華子さん。一方、いつもの仕事としてスタジオを訪れた福田政賢さん。その偶然の出会いが、その後のアーティスト奥華子へのストーリーに繋がると思うと興味深いお話です。そして話は、奥華子さんが新しい自分に出会ったという路上ライブへと移っていきます。

体育会系で鍛えた路上ライブ。CDが1日に300枚、400枚も売れちゃう!

Rock oN:路上ライブをするって大変だと思いますが、度胸はあったんですか?

奥華子:私にはもう後が無いと思ってたので。。。初めての路上ライブは、渋谷のハチ公の背中を抜けて井の頭線へ向かう際の横断歩道の手前でした。

Rock oN:福田さんは路上ライブにも一緒に行ってたんですか?

福田:最初はついていかなくて遠隔操作(笑)。電話して「今日、CD何枚売れたの?」と確認して、「ダメダメ、CD100枚売るまで帰っちゃあダメ!」とかそういう感じでした(笑)。

Rock oN:「CD100枚売るまで帰るな。」って言われてどう思ったんですか?

奥華子:わかりました、しょうがない。。。という感じでした(笑)。でも福田さんに認めてもらわなくちゃ、という気持ちが大きかったんです。体育会系でした。半分泣きながらやってましたよ。

福田:路上ライブで使う機材は僕が決めました。最初、彼女はKORG Trinityを持ってたんですが、路上でそんなに良いキーボードは必要ないよ、ということで Trinityを6万前後で売って、もっと安いキーボードと充電式アンプに買い替えさせました。最初はKORG X5Dで、他には、今も使ってるKAWAIのSpectraなど。オークションで安く手に入れたんです。Spectraは今も愛用していて何台も持ってます。アンプはリバーブ付きのものを選びました。

奥華子:たまたま代々木公園で演奏してる人を見かけ「すごくいい音してるなぁ!何でだ?」と見てみたら、リバーブが付いてるアンプを使ってたんです。こんなのあるんだ!と思って(笑)、すぐにネットで買いました。

Rock oN:路上ライブをやるのに、機材は自分で運ぶんですよね?

奥華子:CDを100枚背中にしょって、キーボードとキーボードスタンドは肩に担いで、アンプはコロコロの載せて引っ張って移動しましたが、椅子はもうこれ以上持てないので、立って歌うスタイルになったんです。今も立って歌ってます(笑)。

福田:渋谷でCDが100枚以上売れるようになってきた頃に、割腹の良い人が来て「CD売れるね~。」と声をかけに来るようになって、

Rock oN:名刺渡されて、みたいな。

福田:そう。女の子だし「ちょっと怖いかも、、」となって、それ以降は渋谷ではやってないです。以降はもっぱら津田沼、柏、新百合ヶ丘、町田、祖師谷、稲毛、西葛西、、とか、本当に沢山の場所でやりました。

奥華子:初めて地元(津田沼)で演奏した時の反応が、都心とは違ったんです。道行く人が立ち止まって、みんなCDを買ってくれるくらいの勢いだったんです。自分でも「なんだ、これは!?」と思いました。都心ってみんな歩くスピードが速いし、まわりの音もうるさいし、みんな何かに向かってる感じなんですよ。でも郊外だと帰宅してきた人が降りる駅で、疲れて帰って来てほっとしてる。そういう時に、私の音楽がすごくマッチしたのかもしれないですね。

プロのエンジニアによる最高の出音がする路上ライブ!

Rock oN:なるほど!ところで、福田さんはずっとメジャーフィールドでエンジニアのお仕事をされてきた訳ですが、路上ライブの事情とか知ってたんですか?

福田:いや、まったく知らないですよ(笑)。

奥華子:私が実験台でしたね(笑)。

福田:一応、フリーのレコーディングエンジニアとして、路上ライブの出音を真剣に調整する、ということをやりました(笑)

奥華子:路上なのに音がめちゃくちゃいいんですよ!

Rock oN:ハ、ハ、ハ!!(笑)

奥華子:ライブハウスやホールなど何百回もライブをやってきた訳ですが、今でも路上ライブの音に勝てないな、という実感があります。福田さんが調整すると、究極のアンビエンスが街中にパーッと広がって行く感じなんです。だから道行く人が歌に興味がない人も「何だこれ?」と立ち止まってくれるんだと思います。魔法をかけてくれてる、みたいな感じです。自分で調整した場合は、そんなにうまく行きません。一応、つまみの位置に印はしてるんですけど(笑)...

Rock oN:それはすごいですね。福田さんはその時の外の状況に合わせて、調整されている訳ですか?

福田:機材はシンプルで、EQとリバーブしかないんです。だから状況に合わせて判断して、リバーブタイムを長くしたり短くしたりしてました。1番は何かというと、キーボードのKAWAI Spectraの音がいいんですよ!S/Nは悪いんだけど(笑)。ピアノというよりチェンバロ系の音が奥華子の声にすごくマッチしていました。アンプも、ある程度ボリュームを上げるとトータルリミッターがかかる感じになっていい感じになるんです。そこの音作りは思いっ切りこだわってました(笑)

奥華子:歌ってる時に福田さんが、さーっと機材の調整をしに横にやって来たり、「ピッチ低いぞ。」とか「もっとちゃんと歌え。」とか言いに来るんですが、当時のファンの皆さんもそういった事情を知ってて、「今日、調子よくないですね。」みたいなことを言う人もいたりして、そういうのも含めて、とても面白かったですね。見た目も、それまではメガネもかけてなくワンピースとか着て、くら~い感じだったんですが、

Rock oN:えっ、そこも福田さんプロデュース?

奥華子:はい。そんな見た目だと路上ライブに合わなくて。プライベートで赤いメガネをかけた時があったんですが、福田さんから電話があって、「こないだかけてた赤メガネして路上やってみて。」って。それで、赤メガネをかけてやってみたら、その日、CDが3倍売れたんです(笑)。

Rock oN:時代を読んでた??

奥華子:まだメガネブームの前ですよ!

福田:なんか、気になる所があるといいな~って思って。「あの赤いメガネの子は、なんで夜遅くに路上で歌ってんの? そこまでして歌手になりたいの?」みたいな可哀想な感じを思いっきり出すためのアイデアの一つでした。

Rock oN:それは高度なプロデュースですね。

奥華子:ビジュアル面でいうと、赤メガネをかけた事によって、覚えてもらいやすいし、カーゴパンツにジャージとかTシャツというような、ラフなスタイルは路上ライブをするのにも、私の体系にも合っていたんだと思います。

Rock oN:素晴らしい!曲作りで変わってきたことはありましたか?

奥華子:以前は情景描写のような長く説明する感じの曲が多かったんですが、1回聞いて心に残るような覚えやすさ、口ずさんでもらえるようなフレーズを意識するようになりました。自分の声が一番の売りであり、特徴だと思うので、私の声が響くサビ作りを意識するようになりました。それと福田さんには「どう歌うのか、じゃなくてどう聞こえるかだ。」ということを毎日のように言われました。

福田:彼女はクラシックピアノを学んできたということもあり、ポップスの、コード主体で曲を書くのとちょっと違うような気がするんですよ。例えば、CとかGとかAmとか、、ではなく、悲しい、ちょっと悲しい、泣ける、ちょっと泣ける、楽しい、わくわくする、怖い、とかそういう感じで彼女はを適当に鍵盤を触りながら和音を作るんですよ。後でコードネームを付けると、結果的にはちゃんと形になってるんですが、押さえ方とかで、奥華子ならではの不思議な感じになってるんです。それに彼女の声が合わさって、奥華子という独特な世界感になってると思うんです。なので、変にアレンジを加えると崩れ去る、みたいな、、、。

2人体制で貫いてきたマネージメント体制

Rock oN:メジャーからお誘いがきた時はどうでしたか?

奥華子:路上ライブは3日に1回ペースなので年間100本くらい。手売りで1年に売ったCDが2万枚くらいなので、路上ライブ1回平均200枚くらいCDが売れていたので、「このまま路上ライブを続けていければいいんだ。」と思ってました。

Rock oN:そんなに売れてるならメジャーにいかなくてもいいですよね。

福田:昔、TD時に「福田君、10万枚売れるイントロよろしく!」みたいなことを言う人がいたりしたんですけど「イントロで、なんでそんなことが決まるんだ!?」といつも思ってて、そういう世界が嫌いで(笑)。だから最初「メジャーは興味ないから。」って断ってたんですよ。でも、これって全て自分の都合だけど、「奥華子は本当はメジャーに行きたいんじゃないか?」とちょっと心によぎって(笑)、そこで考え直したんです。彼女の将来のキャリアを考えて、という部分もあります。

奥華子:柏のCDショップの方が私の路上ライブを見てくれて、その人がポニーキャニオンの営業の人に、「今、柏の路上ライブで凄い子がいる」とCDを渡してくれたのが、そもそもの始まりだったんです。その時のポニーキャニオンのディレクターさんが「路上ライブのスタイルを変えなくてもいい。今やっている奥華子のスタイルを全国に届けるのが僕たちの役割です。」と言ってくれ、その人を信じてみよう、ということにしたんです。やっぱり、福田さんともそうですが、人との出会いですね。

メジャーレコード会社と契約して、変化したことはありました?

奥華子:それまでは2人きりで活動してたので、沢山の人が関わる事によって色々な意見がでるので、その度にぶつかっていましたね。福田さんの中では「奥華子は未完成であり続ける事」が大切なことだったんですが、外部の人は「なんでそんなことするんですか?」とか、「普通はこうしますよ。」みたいなことを言われたりとか。

福田:それまで自分達の足で動ける範囲でしか奥華子を広められなかったのが、メジャーになった事によって、テレビ、ラジオ局など、地方を含めた全国のメディアの皆さんと繋げてくれたので、そこは大きかったですね。

Rock oN:以前と比べ、アーティスト側から見た場合のメジャーレコード会社との関わり方は変わってきてますか?

福田:YouTubeやニコニコ動画など、お金を払わなくても音楽を聞くことができるので変わりつつありますね。そういう環境を「いいことなんだ。」と捉えてる人達にとってみたら、メジャーもインディーズも関係ないという時代になってると思います。

Rock oN:機材関係のことをお伺いできますか? この部屋で作曲されているんですか?

奥華子:はい、作曲も録音もこの部屋で。Pro Toolsで簡単な編集やアレンジも自分でやりますし、弾き語りはここで録ったものが多くCDになってます。スピーカーから音を出してモニターしながら歌うんですが、この部屋で歌うのが一番心地よくて、上手く歌えるんです。

ここでありがたいことに奥華子さんが、取材陣の前で1曲歌って頂くことに! ベテランエンジニアの福田さんが調整した音はピアノの音と声とのバランスがすごくよく、絶妙に調整されたリバーブ感も大変心地いい響きでした。一聴しただけで、アーティストにとって歌いやさすがはっきりわかる空間でした。。

福田:10M(モニタースピーカーYAMAHA NS-10M)っぽくに聞こえないでしょ?

Rock oN:はい、10Mの癖を感じないですね。

福田:10Mを左右それぞれ2段重ねにしてるんですが、下に敷いてる方はパワーアンプに繋がってなくて、音は出てないんですよ。ただ敷いてるだけ。上のユニットの振動で下のユニットが動いてるドロンコーン方式?低音が豊かに聞こえる。AMCRONのパワースアンプとの相性も含め、このセッティングはかなり研究しました(笑)

Rock oN:このスタジオの機材選定は福田さんですよね?

福田:そうです。シンセ音源やキーボードは色々買っていて、YAMAHAのステージピアノCP300やNord Leadも倉庫に置いてあるんですが、今はRoland V-Pianoに落ち着いてます。もっとも奥華子の声に合うのが、1987年に日本で初めてステレオ・サンプリングしたデジタルピアノKORG C-7000なんです。C-7000を超えられるピアノ音源(あくまでも奥華子の声にとってですが)になかなか出会えなかったんですが、C-7000を使い続けてると作る曲が似てきてしまうという判断もあって、敢えてV-Pianoに変えたんです。

ライブで使うピアノ音源はRoland JV-1010とKAWAI Spectraです。JV-1010はプリセットそのままじゃなくて、Roland JV-2080のパッチをバルク・ダンプでJV-1010に転送して、この曲にはこのパッチ、この曲にはこのパッチと細かく使いわけています。そして、あえて前面のヘッドフォーンアンプから音は拾ってます。上位機種のRoland XV-5080や、ファントムラック他も持ってるんですが、きらびやかすぎて声にマッチしないというか、このJV-1010とSpectraのセットに敵わないんです。そういう小さなこだわりは、色んな事をやってます。

Rock oN:それは、Pro Toolsのバージョンにも言えますか?このスタジオのPro Toolsはバージョン5ですね。

福田:そう。5枚目のアルバムのTDは敢えてPro Tools|24 MIXで行い、2ミックスをHDに流し込むスタイルでやりました。このスタジオで使っている電源はハイ上がりの傾向があって、888 I/Oと組み合わせると、上下のバランスが丁度かみ合わさっていいんですよ、今はHDですけど(笑)。

Rock oN:下の階で作曲、上の階でTDとすごく効率的な環境ですね。

エンジアが思う音の良さと音楽の良さとの差異

福田:「いい音」は何かって言うことを追求すると、事務所のオヤジになってみるってのは理想かも?と思っています(笑)。エンジニアにとっての「いい音」の定義は、向かうベクトルがどうしても1つになってしまいがちだと思うんですよね。

エンジニアのスキルを持ちながらも、違う方向のベクトルでいい音を探してみて初めて、「いい音」の定義に対する考え方が奥深いものに成って来る。そういう意味では、こうやって奥華子をプロデュースする仕事が出来てよかったです。音楽の良さってリスナーの五感がどれだけ動くか?だと思っていて、それまでエンジアだけやっていた頃の「いい音」に対する感じと今では「違うかな?」と思っております。

Rock oN:今後の予定や将来への展望などありますか?

奥華子:ベストアルバムを出してツアーも一段落し、今、休憩期間なんで曲を作ってます。歌い続けることが目標ですが、楽曲提供も、楽しいのでもっとやってみたいです。今まで通り、自分らしく、ライブもレコーディングもやって行きたいです。そうすれば、いい結果に繋がると思います。

Rock oN:では、最後に奥華子さんにとって音楽とはなんでしょう?

奥華子:「社会とのつながり」です。自分が「世の中の人と関われる唯一の方法だなぁ。」と思うんです。「他には何にもないなぁ。」と最近よく思うんです(笑)。自分が歌う事で誰かが感動してくれて、それによって自分も生きる希望を持てるんです。仕事ってエネルギーの交換だと思うんですが、自分にとって音楽が、人とエネルギーの交換をダイレクトに行うことができる方法なんです。


奥華子さんが何度か強調された「人との出会い」。まさしく、人との出会いが音楽を生んで行くストーリーをお伺いすることができました。お二人とも自然体でお話下さいましたが、年間100本もの路上ライブを敢行するには並大抵の苦労があったはず。そんな経験を切り抜けて、今のお二人の強固な体制があるのでしょう。演奏者が実力を発揮できる環境作り、という面から見るとベテランエンジアでもある福田さんが路上ライブの音作りに全力を尽くされた、という話はとても面白く、色んな経験ノウハウが詰まってそうで、知りたいミュージシャンが沢山いるのではないでしょうか?そういう本があったら売れるかもしれませんね?

左がプロデューサー福田政賢さん。
大変楽しい取材になりました。ありがとうございます!!

このコーナーでは、音を作り出す活動をされている方の出演を募集しています。ミュージシャン、サウンドエンジニア、作曲家、アレンジャー、はたまた音効さんや声優さんなどなど。音楽機材に興味を持っているかたなら、なおOKです。お気軽に、下アドレスまでご連絡下さい。また、ご感想、ご希望等もお待ちしております。連絡先アドレス : store-support@miroc.co.jp

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