音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。第11回目は、作曲家/サキソフォン奏者 清水靖晃さんです。

ベテランミュージシャンというイメージと、革新を追求するイノベーティングなアーティストというイメージが重なる清水さん。今で言うDAWソフトが出て来た黎明期から、コンピュータを音楽制作に取り入れられ、ソフトウェアについてもかなり通じていらっしゃいます。機材の使い方に関して、その背後には、ご自身の信念に基づいた姿勢が見え、とても深いお話が伺えました。都内ご自宅スタジオお邪魔し、お話を伺ってきました。(Web Master Morris)

2008年4月17日取材

豊かな音楽環境で芽生えた早熟な音楽体験

Rock oN:音楽に接したきっかけを教えて下さい。

清水靖晃氏(以下 清水):父親がモダンジャズやハワイアン、ラテンのバンドなど、いろんなバンドを持ってたので、家にはアコーディオンを弾く人や、小唄のおっしょさんなど、いろんな人が出入りしてました。母親は学校の先生で、合唱の指導もやってたので、ママさんコーラスの方達などもいて、僕の頭は混乱しそうでした。

戦後の父親の世代から、日本には他の国に比べ圧倒的にたくさんの音楽が存在するんですよ。自国の邦楽があるのに、クラッシック、ジャズ、ラテン、アフリカ音楽、インド音楽・・・。僕はいくつかの国に住んだことがあるのですが、こんな国は他にないですよ!そんな具合で、僕は小さい頃からいろんな音楽を聴いて育ちました。また、家にはいろんな楽器があったので、それらを寄せ集めて作曲してました。小学校高学年の頃には、自分で研究しながらオープンリールのテープを使って多重録音もしてました。

Rock oN:それはすごく早熟ですね!

清水:その後、ブラスバンドやロックバンドもやりました。音大を志望してクラリネットで入ることに決めたんですが、1度浪人して、次は作曲で入ろうと決めて勉強していた時、実践としてプロフェッショナルな仕事を始めたんですね。それが切っ掛けでずっと今まで続いてます。

Rock oN:コンポーザー志望だったんですか?

清水:コンポーザー、プレーヤーの両方です。二十歳過ぎまで多くのジャズクラブに出演しました。ある有名情報誌の年間ライブ最多出場者第2位にもなったくらい、プレーヤーとして、朝昼晩、ピットインなどのライブハウスで演奏してました。でも、ジャズの世界の狭苦しさに辟易したんです。それで、ポップスの作曲、アレンジ、プロデュースや映画音楽、CM音楽の仕事もやるようになりました。ちょうど、坂本龍一などに出会った頃ですね。確かに、エルビン・ジョーンズ、チック・コリア、ハービー・ハンコックなど蒼々たる人とプレーできたし、プレーヤーとして厳しくもまれたことは今でも大変良い経験だったと思っています。

生粋のLogicユーザー 〜 信頼をおける譜面機能

Rock oN:早い時期から音楽制作にコンピューターをお使いだと伺っていますが、そのきっかけをお聞かせ下さい。

清水:コンピューターが音楽制作の場に出る前も、テープを編集してコラージュを作ったり、マルチテープを斜めに切ったり、10人がかりでリールを持ってテープエコーをやったりといろんな実験をしました。 パリに住んでヨーロッパ各地でライブを行っていた頃に、音楽制作用のコンピューターとしてMSXやYAMAHAのCシリーズが発売されました。僕はその頃からコンピューター2台をステージで使ってました。

なぜ2台かというと、当時は1台に1曲のデータしかロードできなかったのです。しかもフロッピーディスクもなかった時代で、カセットテープから信号をロードしていました。これは時間がかかる。そして、1曲演奏している間にもう片方のコンピューターで次の曲のデータをロードしながらやってたんです。たまに読み込みエラーをするんですが、その時はその曲は忘れることにして(笑)。

そのうちYAMAHAからシーケンサー専用機のQXやMacintoshが発売され、以前の苦労から少し解放されました。最初、MacintoshでのシーケンサーソフトはPerformerを使ってたんですが、ロンドンで生活した90年代にわずかの期間だけCubaseを使いました。その直後にLogic が出て、その機能は今までのシーケンサーソフトを遥かに上回っていたので、迷わず乗り換えました。

Rock oN:それはなぜですか?

清水:LogicはもともとNotatorですから譜面が奇麗だったし、MIDI方面の機能もPerformerとCubaseの両方の機能を網羅していたので僕にとって使いやすかった。それからずっとLogicを使っています。Finaleも持ってるし、Sibeliusの話も聞くけど、Logicのやりやすさに比べればもう・・・。マトリックス・ウィンドウでの入力やリアルタイムMIDI録音、クォンタイズが簡単に譜面に反映されるでしょ?スムーズに譜面を作成できます。100人編成くらいのフルスコアもLogicで出しますよ。

Rock oN:早くからテクノロジーに興味があった方は、まわりには誰がいましたか?

清水:もちろんYMOの3人を始めとして、土屋昌巳、戸田誠司、上野耕路などいましたね。

Rock oN:その頃って、機材の情報はどうやって手に入れてたんですか?

清水:だって、僕らは中心にいましたからね。主導してた仲間だったので、情報は必然と集まってきたんですよ。松武秀樹さんもいたし(笑)。新しいものが出たらすぐ買ってましたよ。80年代、僕は「マライア」というバンドをコロムビアでやっていて、坂本龍一をはじめ、様々な先鋭的アーティストも同じレコード会社でレコーディングしていたので、コロムビアのスタジオが合宿所みたいになってました。お互い違うスタジオでやってるんだけど、情報交換をし合ってました。とんでもないスタジオの活用法をたくさん編み出してましたね。独特な音を出したい、常識をぶち破りたいという意識があったんです。

洞窟レコーディング秘話 〜枠に収まらない音への追求

清水:僕にとって枠を破壊したいという衝動がいつもあります。その枠が何かの切っ掛けで溶けた時、「グッとくる」んですよね。今もそれを求める意識は続いていて、洞窟でレコーディングしたり。もちろんスタジオ録音もいいんだけど、奇麗に録れすぎるんですよ。どうせ後で苦労して汚すんだから、最初からそれでいけば良いんじゃないかと。

「場所も楽器なんじゃないかな?」と思い、空間そのものを楽器として捉える発想で、様々な場所を探しました。栃木県にある大谷石の地下採掘場跡を見つけて、そこは残響が20秒くらいあるんですよ。そこに10日間くらい住み込むような感じで研究しながらレコーディングしました。いろんなノイズが入っていいんです。それが更に音を複雑にして雰囲気を醸し出すんですね。マジックです。

Rock oN:そのノイズがご自身の演奏にフィードバックすることもあるんですか?

清水:同化しちゃうんですよ。特にバッハを演るとわかるけど、残響と会話をするようにやり取りする。自分の音が奇麗になるための残響じゃない。還ってくる音と出す音がインタラクティブにつながって、自分の中を循環している感じ。皿回しみたいな感じ(笑)。和音の考え方も、残響を身体に取り入れながら次の音を出すタイミングを調整していく。普通の場所での演奏とは随分違ってきます。そんなことを続けて早10年。いろんな場所を下見に行ったんですが、渋谷区役所前の地下駐車場がいい響きだったので、ものは試しにコンサートを演れるか聞いてみたら、「えっ、演ってくれるんですか!」と喜ばれちゃって。最初お客さんは4〜500人を想定してたんですが1000人来てくれた!で、大変嬉しかったのですが、音場がデッドになっちゃって(笑)。

(一同笑)

9月中旬だったけど、会場は熱気で温度があがって。熱帯のジャングルのようでした。 しかし倒れるお客さんも出ないで、無事終了しました。ふぅ〜。

Rock oN:10年の野外レコーディングの間にレコーディングする機材も進歩してきたと思うんですが、録る音に違いはありましたか?

清水:96年に大谷石地下採掘場跡でレコーディングした時、エンジニアの福田君(福田 政賢氏)と相談して、録りはA-DATを使おうということにしていたのです。でも、バックアップとしてPro Toolsを持ち込んでいました。当時、まだPro Toolsは100パーセント信頼出来る状態じゃなかったので。

地下採石場跡は巨大なスペースで、車も簡単に入れます。大きなバンの中にスタジオを作り、マイクはオンとオフ合わせて7本立てて、A-DATでレコーディングを開始したんですが、湿度が高くてA-DATのヘッドが湿り、エラーしちゃうんですよ。「こりゃだめだ。」ということになってPro Toolsに切り替えたんです。コンピューターはこのぐらいの湿度でも大丈夫なんですね。

Rock oN:湿度ですか!意外なきっかけですね?マイクへの影響はありましたか?

清水:ノイマンを使いましたが、意外と丈夫でしたね。もっと湿度が高い所は岩手県にある釜石鉱山花崗岩地下空洞。山の中に蟻の巣みたいに坑道が掘ってあって、炭坑夫の人と一緒にヘルメットをかぶってトロッコで500メートルくらい中まで行くんです。水がぽたぽた落ちる音がアルバム『チェロ・スウィーツ4.5.6』(99年)に入っていますよ。ヘッドフォンで聞くとよく分かります。注意して聞いてみてください(笑)。

夏に行ったんですが、30分くらい経つと心底冷えてくるんです。ハムやワインにはいいんでしょうけど(笑)、とても大変でした。いつも坑夫が付き添わないと出たり入ったり出来ないんですよ。10日間、毎日8時間くらいそこにいたんです。録音が終了して、そこから出る時の開放感といったらなかったですね!

Rock oN:残響というものに惹かれる部分があったんですか?

清水:バッハの「無伴奏チェロ組曲」シリーズをやろうと思った時に考えた音の捉え方なんですが、空間が振動して音が立ち現れる時の感動を残響とコラボレーションすることで引き出せそうな気がして。

Rock oN:それは作曲する時にも繋がる部分があるんですか?

清水:作曲する時に追い求めている部分なんだけれども、作為的にじゃなくて、書いてるんだけれども書いてないみたいな・・・、そういう音楽が好きなんです。でも結局、無意識を意識するっていうことに繋がっちゃうので、堂々巡りなんですけどね。「グッとくること」とは、それ自体何なんだろうと思うんですよ。それから、何でそれが「グッとくる」のか?結局は人間が解釈できる論理を遥かに超えてる部分なんでしょうね。まぁ「自分の魂にとって何かご利益があるということなんだろうなぁ」とは思って作り続けてるんですけどね。

Rock oN:清水さんのそういった想いを記録するために、今のレコーディング機器の進化、例えば192kHzやDSDといったフォーマットなどは、役に立ってるんでしょうか?

清水:いや、それはオーディオマニアのみなさんが話す「リアル」ということはどこを指すのか、それがポイントだと思うけど、僕はスピーカーから出てる音楽というのは、スピーカー、部屋という楽器が奏でる音楽だと思う。またサラウンドにしても、あれは「リアルを追求する」という態度でやるものじゃないと思うんです。

例えば、テレビの中のバーチャルな現実に入っていくって言ったって、実際テレビの中に入るのは無理でしょう。全ての現象は自分の中だけに立ち現れてる訳ですから。だから、スピーカーから出てる音も、その音が響いている自分の内側を「リアル」のスタートポイントにしないと、話が混乱する気がするんですよね。

サンプリング・レートが大きくなって、広いレンジで録ったピアノの音がリアルかどうか、ということは僕にとってはどうでも良いことで、電波状態が悪い短波ラジオから流れてくる「グッとくる」ピアノの音の方が、僕にとってはリアリティがあります。

Viennaにも独自の解釈、使用法

清水:部分的にエンジニアに手伝ってもらいますが、基本的に自分の作品については、自分でミックスまでやっています。その場合、演奏する段階でもうバランスは決まっている訳です。というか、バランスが取れるような身体で演奏している訳です。

エンジニアとコレボレーションするということは、また違った意味がある。それはお互い思い描いている音像を、どう発展できるかということがポイントでしょうね。他者にはどう聴こえているか、ということもやはり興味深い。

Rock oN:長いキャリアの中で葛藤することもありました?

清水:世界中色々な国で、また、様々な人々と音楽を制作してきましたが、エンジニアとはたまにケンカしますよ(笑)。頑固な人が多いからねぇ。パリでレコーディングした時なんですが、キックの音を決めるのに1日費やしたこともあります。血管、切れそうだった(笑)。

Rock oN:プラグインやインスツルメンツが沢山出てますけど、利用されますか?

清水:Native Instrumentsを始めとして、いろんなプラグインソフトウェアを持っていますよ。昔で言えば切手のコレクターに近いくらい持ってます(笑)。MAX-MSPでオブジェクトを組み合わせて作曲し、サキソフォンの演奏で使ったりもしています。Viennaはよく使っています。

今、映画や映像の音楽制作も多いんですが、オーケストラ編成の楽曲を使いたいことが良くある。勿論100人の演奏家を呼んで「せ〜の」で録音すればいいけど、予算の関係もあるし。じゃぁそれで良い演奏、録音が出来るかというと、そうとも限らない。あと、本当に気持ちのいい演奏ってなかなか出来ないんですよ。

そこで僕は生演奏にViennaと、さらにフレーズ・サンプリングしたヘンテコなものを組み合わせたりするんです。それから、Viennaのストリング・アンサンブルを使ってアレンジした場合、なんていうのか、死人のオーケストラみたいというか、抑揚が無くて、ストイックで、冷たくて、整然としてるんです(笑)。脅かそうとしても動揺がない。

シンセサイザーは好きなんですが、既製のシンセサイザーを使って、というのはやらなくなっちゃいましたね。サンプラーというか、現実の音を加工していくほうが得意技ですね。変な音、っていうかさ(笑)。「ちょっと違う」みたいな所だと思います。

もう1つ僕がよく活用しているのは、AUDIOEASE Altiverb。ViennaとAltiverbを組み合わせて使ってるんですけど、Altiverbの発想は、「バッハ/サキソフォン/スペース」という僕の考えに似ているので、好きですね。このAUDIOEASEホームページで様々な場所の残響シミュレーションがダウンロードできる。巨大な洞窟から彼たちの会社のトイレまで、膨大な量のね。で、Altiverbを立ち上げてプリセットを選び、右上のボタンを押すと Google Earthが立ち上がってその場所の衛星写真が現れます。完璧、遊んでるよね。この遊びのセンス、大好き。AUDIOEASE Speakerphoneも気になってます。

Rock oN:最後に、清水さんにとって音楽とは何でしょう?

清水:簡単な質問じゃないよね。なんでしょう、魂でしょうかね。

音楽って、音楽だけのことじゃないと思うんですよ。また、聴覚だけが音楽ではないと思うのね。五感全部があわさったうえで、音を解釈できると思うのね。その感じ方って音楽じゃなくても、文章でも、食べ物でも、映像でも全部同じだと思います。そして、そのすべての向こう側に「グッとくる」ポイントがあるんですよ。

僕はたまたま、音楽を仕事としてるので、そこから「グッとくる」の核心に触れようと、日々奮闘してるのだけどなかなか触れない。あぁ〜夢の中のお餅っていうか、一生触れないんだろうな。

ただ、ちょっと分かるのは、「グッとくる」は外側ではなくて、結局自分の内にあると思うんだよね。魂のどこかに潜んでるのかな?

今ではテレビやラジオ、はたまた街に溢れる商業音楽の制作過程で、日常としてたっぷりと、ソフトシンセやプラグインが使われているわけですが、コンピューターが使われ出した時期から、新たな音を追求していた清水さんのようなかたがソフトウェアについて話されるその背後に、思想というか深いバックボーンが垣間見えてきて、とても興味深い機会となりました。

自分に「グッとくる」音を求めて洞窟まで赴くその熱意や探求心と、DAW内でIRデータを使い、手軽に場を再現しようとする今のスタイルのあり方の違い。そこには深い意味合いの溝がありそうですが、清水さんのような方でも「そういうソフトって面白いよね」と積極的に活用される発想の自由さに惹かれてしまう僕でした。

このコーナーでは、音を作り出す活動をされている方の出演を募集しています。ミュージシャン、サウンドエンジニア、作曲家、アレンジャー、はたまた音効さんや声優さんなどなど。音楽機材に興味を持っているかたなら、なおOKです。お気軽に、下アドレスまでご連絡下さい。また、ご感想、ご希望等もお待ちしております。連絡先アドレス : store-support@miroc.co.jp

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