1. 私と劇伴(ゲキバン)
  2. 劇伴音楽における演出論 其の壱
  3. MacPro2013ってどうなのさ?
  4. 劇伴収録現場での道具に関して思うこと
  5. スコアの書き方 其の壱
  6. スコアの書き方 其の弐
  7. 劇伴視点から見た楽曲の構成
  8. 録音用データの仕込み方
  9. 強弱法に関するハナシ
  10. クレッシェンドについて
  11. 強弱法の例外1
  12. 調性にまつわるお話 あれこれ
  13. 情報の音符化
  14. 続・情報の音符化
  15. 続々・情報の音符化
  16. 情報の音符化 応用編
  17. 楽器配置から読み解くオーケストラ
  18. 楽器の音量と編成の関係
  19. 和音のバランスを考える
  20. ハーモニーバランスの応用編
  21. 失敗体験から学ぶスタジオワーク
  22. 失敗から学ぶスタジオワーク 其の弐
  23. 劇伴のBPM管理術
  24. 続・劇伴のBPM管理術
  25. 演奏家や楽器の手配アレコレ
  26. 知っているようで知らないクラシックパーカッションの世界
  27. 音符の上に引かれている線のお話
  28. 譜面を見た時の演奏者心理を考える
  29. 放送時の音声レベル管理に付随する楽曲のアレンジに関して
  30. 映像と音楽の体感時間論
  31. 映像と音楽の体感時間論
  32. 最終回 娯楽の本質を考える
【1】私と劇伴(ゲキバン)

皆様、初めまして!この度、当コラムにて劇伴に関するアレコレを書かせて頂く事になりました、井内です。 連載開始にあたり、コラムのタイトルを考えて下さいと言われて散々悩んだ結果がこのタイトル。 いやはや、漢字5文字並べることが是程難しいとは。作曲よりも苦労した割にはIQ低め感が否めないですけれども。

さてさて、劇伴のお話です。そもそも劇伴、劇伴と言いますが、正式には「劇中伴奏音楽」の略語です。 稀に「ゲキハン」と発音される方にお会いする事がありますが、正しくは「ゲキバン」です。 仕事柄、映画やCM、ゲーム、アニメ等の音楽を依頼されることが多い訳ですが、似ている様で実は全く違う音楽の演出が要求されます。

当コラムでは基本的に、これらの映像音楽演出にスポットを当てていこうと考えています。 第1回目となる今回は、映画、TVアニメ(TVドラマ)、ゲームに絞ってそれぞれの演出の違いに関してお話してみます。

どれも脚本、美術、音楽で構成される作品に違いはないのですが、いざ音楽を書いてみると別物なんですね。 それぞれの特徴を分析がてら書き出してみましょう。

まず映画は、120分前後でストーリーは基本的に一本道。また視聴も大抵通して観ることが多いですよね。 音楽も汎用性を持たさず、その場その場に合った楽曲を使うことになるので、作曲を開始する際には予め完成に近い映像を頂くケースが多いです。 演者さんの演技はどのような感情曲線を描いているのか、美術さんはどんなロケーションを表現しているのか、カメラのパンスピード などと様々な要素を汲み取って音楽による演出をしていく訳です。一般的にフィルムスコアリングと言われるものですね。

オーケストラの収録風景。中央で指揮を執る井内氏。

次にTVアニメですが、基本的には前半15分、後半15分の計30分、1クールアニメだと平均12話で構成される事が多いです。 (尺は違えどTVドラマも同じ構成ですよね。) 音楽の特徴としては何と言っても放映前に楽曲を納品し、放映前にはそれらの楽曲を後編集で演出にあてること。 つまりフィルムスコアリングのように、ある特定のシーン(Que)に合わせて音楽を書き過ぎると汎用性が失われ、当該場面以外での用途に欠けてしまう ことになります。 強引な転調や無闇な楽器ソロなどはこの編集の妨げになることも多く、かと言って、それらの音楽的要素を削っていくと音楽としての面白味も失うことになり、非常に悩ましい事態となるわけです。これらの問題を解決すべく、音楽の書き方やデータの納品方法など細かなTipsもありますが、 これは長くなるので又の機会に。 余談ですが、アメリカのドラマやアニメは毎回新規楽曲を書き下ろしているそうで(もちろん全作品ではありませんが)、 この辺りも今後お話出来たら、と考えています。

最後にゲームのお話です。上記2例と違ってまだ歴史も浅いですが、その反面制作スタッフも若い方が多く、また技術やハード等の影響をダイレクトに受ける為、現在も尚演出論がどんどん変化しているジャンルです。 かつてのゲーム音楽は同時発音数も少なく、またAからBまでを延々ループするような音楽が主流だったこともあり、音楽による演出、というよりは BGMと総称される事が多かったように思います。 また、映画やアニメ、ドラマと違って最大の特徴はプレイヤーの操作に依存する部分が多く、近年はよりインタラクティヴな音楽の演出が要求されるようになったように思えます。

井内氏を講師に迎え、先日Rock oNで開催されたViennaセミナーの風景。

このように、先ずは大きく3分割してそれぞれの演出をざっくりと見てきましたが、僕自身、フレームを自ら設定してモノを書くのが好きではないので、 結局は音楽を通して物語をより豊かに演出できれば良いと考えています。合えば勝ち、合わなければ負け、それだけですものね。

今後はクライアントさんの許可が頂ける限り、現場のルポなども交えて色々と皆様にお伝えできたら良いなと考えています。 それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【2】劇伴音楽における演出論 其の壱

前回は劇伴を「音楽を用いた演出」という観点からお話させて頂きました。 今回はもう少し掘り下げて、より具体的にお話してみようと思います。

映像作品における音楽の演出方法は、「情景曲」「叙情曲」「状況曲」の、 基本的に3種類しか無いんじゃないかな、と思っています。 勿論、個々が完全に独立した音楽が演出として豊かなわけがなく、 複雑にそれらの要素を含みつつより深みある音楽となるわけですが、 あくまでお話の筋道上、基本中の基本、という意味で前回に続き今回も三分割した上でお伝えしてみたいと思います。

まず叙景曲のお話から。

物語の設定上、人物の相関図があるように、物語が描かれる世界の舞台設定というものが必ずありますね。 時代背景や国柄といった大枠のものから、登場人物たちが生活している街や村といった集落など。 特にアニメやゲームのお仕事を引き受けた場合、実写と違って、あらゆる建造物から小物に至るまで、 必ず設定資料があるのですが、つまりこれは裏返すと、誰かの明確な意図と意思があってデザインされた物ということです。 美術さんと一緒になってその世界の文化を0から構築するという、かなり大きな役割を担う事になるんですね。

砂漠の街を一つとってみても、街の周辺には人間以外の生物は存在しているのか、生活を営む上での水源はあるのか、 それらの設定一つで書く音楽は全く変わってきます。(写真A, B参照)


A


B

同じ砂漠でも植物や水の有無で感じる印象は大きく変わる。

電力供給の無いファンタジー世界でエレピやエレキギターが無意味に鳴り出すと、結構違和感があったりしませんか? 昨今のアニメや漫画、小節のプロットとして、電脳世界やゲーム世界に何らかの形で現代社会から転送された、 といったお話をチラホラ見掛けますが、この場合は現代人の視点を持ち合わせているので、これもまた 書くものが変わってきてエレクトロな要素を取り入れた方がマッチしやすかったり。 どちらかと言うと美術さんと近い役割を担う部分が多いのですが、最も作家としての個性が出る部分でもあるので 書き手としても書いていて面白いのがこの情景曲です。

続いて叙情曲のお話。

映像作品で描かれる人物の心情や感情って、基本的に時間と共にA点からB点に進むように描かれているんですね。 これ、何かに似ていませんか?そう、時間の芸術と言われる音楽と同じなんです。 古来から演劇やバレエの演出と音楽が切っても切り話せない所以でもありますが、要するに登場人物の「感情曲線」 に付随して書かれる音楽のことです。

例えば主人公の女の子がクラスメイトの男の子に、自分の好意を伝えるといったベタなシーンを想像してみて下さい。 最初から相手のことが好きで好きでたまらず押しまくりな場合って、音楽も最初からある程度旋律が乗り易いのですが、 逆に友人として話しているうちに相手への恋心に気付いて会話の最中に刻々と心情が変化していく場合、 その変化が訪れるまでは明確な旋律が乗せづらかったりします。そもそもこの場合、音楽が先行してメロウな旋律を 歌い始めると、音楽としての台詞が先に主張してしまうことになるので、観客は主人公の気持ちがどこへ向かうのか、 会話を聞かずとも結末が解ってしまう、という壮大なネタバレを引き起こしてしまう可能性があるんですね。

基本的には私たちが生活していて感じる数々の心情を音楽として転化したものになるわけですが、 監督さんから「悲しい音楽を書いて下さい」とだけオファー頂いたとしても、愛する人を失った悲しみなのか、 今朝の髪型がバッチリ決まらなかった程度のものなのか、掘り下げる必要があるわけです。 意外と国語の読解力が必要とされる分野なのではないか、と常々思っています。

最後に状況曲のお話を。

実は最も細分化されていて、それに伴い書く音楽も多岐にわたる分野です。 具体的には、カーチェイスや戦闘シーンなどのようなアクション主体の場面に付けられる音楽がそうですね。 または悪役が良からぬことを思案している企み場で流れる不穏なものや、何となくドアの向こうにお化けがいそうだ、といった 何らかの気配を感じさせるものなど。 夕方の河川敷でキャッチボールをする親子を背景に流れる音楽も、親子の絆を演出してみたり、と様々です。

実は僕、映画館で映画を観賞する際、時々心拍数を計測したりするのですけど(何やってんだ俺。。。)、 カーチェイスや戦闘シーンなどの場面になると心拍数が跳ね上がるのですが、 不思議なことに音楽をオフにして同一シーンを見返してみると、殆ど変化が無いことに気付くんですよ。 このことに気付いてからというもの、自分で状況音楽を書く場合は冷静に心拍数が変化しているか、密かに確認していたりします。 映画を観ていて、「ドキドキした」「ワクワクした」「ヒヤヒヤした」といった感想は、結構音楽によって誘導されていることが 多い気がするんですね。

そんなこんなで今回は劇伴を3つに分類してお話してみました。 戦闘曲一つ取っても、拳で殴るのか、剣で切りつけるのか、その剣は現物ではなく特殊能力で発現したものなのか、で 書く内容がガラッと変わってきたり、と分析してみると終わりが見えませんが、それがまた色々な作家の個性やアイデアがあり、 面白いと思います。劇伴を書く人にも、書かないけれど映画やドラマ、アニメが好きな人は、ちょっと気にしてみると 作品の受け取り方がまた違って見えてくるかもしれません。

次回は僕の機材を紹介してみようと思います。結構時代の最先端を行っていると思うのですが、絵的に無茶苦茶地味なので 皆さんの期待を大きく裏切る羽目になる予感がしています。どうぞお楽しみに!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【3】MacPro2013ってどうなのさ?

前回予告した通り、今回は私の制作環境の中から、中核となる機材を紹介していきたいと思います。 今年の5月、Mac Pro2013モデルを中心にモニタやキーボード、I/Oに至るまで新調し、作業環境を再構築しました。 これまでも幾度となくMacProを新調してきましたが、2013モデルへの移行は色々な意味で特別だったと思います。

実は環境移行に伴い、大小様々なトラブルに見舞われて、ストレス無く作曲が出来るようになるまでに、 丸々一週間を要しました。その間、様々なメーカーの方々に相談させて頂いたのですが、お陰様で色々とマニアックな情報を得る事ができ、 結果として非常に快適な環境にすることが出来たと自負しています。

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先日、Rock oNさんにて開催された「Vienna Instruments」関連のセミナーに講師としてお招き頂いた際、聴講者の方々にMacPro2013の所有に関して アンケートを取ってみたところ、誰も所有していない結果となりましたが、環境移行に躊躇する要因は主に2つあると思います。 1つ目は何と言っても、外部機器の接続形式がThunderbolt2への一本化が計られたことにより、従来使用していたFireWireやPCIバスに接続していた 機器をそのままでは使用できなくなってしまった、という要因が挙げられると思います。

かく言う私も、環境移行を検討していた5月頃は、まだネイティヴでThunderbolt接続で動くI/Oが存在していなかった為、かなり悩まされました。 それまで、接続形式としてThunderboltを採用したものは幾つか存在していたのですが、どれも拡張カードを用いたもので、 内部処理はFirewireで行っているものが主流だったこともあり、Thunderboltネイティブな製品が事実上存在していなかったので躊躇しました。

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しかしその後、6月初旬に「Lynx Hilo」が、同月下旬にFirmwareのアップブレードにより「Apolloシリーズ」が、 それぞれThunderboltに正式対応したことを皮切りに、幅広い価格帯での製品が登場したことにより、現在では非常に選択肢が増えたと思います。

ここで小ネタを一つ。 MacPro2013の背面を見てみると、Thunderbolt2の接続口が6つ確認できると思います。 実はこれらの接続口は、2つで1つのコントローラにて制御されているんですね。

具体的には、左列の上から数えて2つがBus1、右列の上から数えて2つがBus2、最下段の2つがBus0となっています(下図参照)。

Mac Pro2013の背面コネクタ部
(画像クリックで拡大)

ある程度コンピュータの知識を持っている方であれば、既にピンときた方もいらっしゃるかと思いますが、 なるべく1つのコントローラに負荷を掛けないような接続が望ましいので、例えばI/O、外部ストレージ、モニタといった3つのThunderbolt機器を 接続する場合は、それぞれBus1、Bus2、Bus0と割り振って接続するようにしましょう。 余談ではありますが、最下段の2つの接続口(Bus0)ですが、実はこれ、HDMIポートのコントローラも兼ねているんです。 ですので、モニタを接続する際にはBus0への接続をすることを覚えておきましょう。 Apple社にて公開されている文書に詳細が記載されていますので、興味のある方はこちらも読んでみて下さいね。

さてさて、話を戻してMacPro2013への移行へ躊躇する要因その弐です。 それはズバリ、データ格納用のストレージです。 これまで私たちは、その肥大化した音源のデータ格納手段としてコストパフォーマンスに優れるHDDを選択していた訳ですが、 ご存知の通り、MacPro2013は筐体内部にHDDを搭載できません。 これらの膨大なデータを格納する為に外部接続ストレージを用いる訳ですが、何も考えず外付HDDへ移行してしまうと、 かなりパフォーマンスが落ちることとなります。 MacProを折角慎重したにも関わらず、あれ?あまり快適な気がしないな、といった事態を避ける為に参考として下さい。

現在私は、PROMISE社製のRAIDストレージ「Pegasus2 R4」を使用しています。

Mac本体との接続をThunderbolt2で行い、RAID0(ストライピング)で構築したストレージに音源データを格納し使用しています。 通常、3.5インチHDDを複数台格納して運用するものなのですが、私はSSDを4つ用いてRAID0を組んでいます。 ここで1点補足しておきますが、基本的に現在のFirmwareではSSDのRAIDを制御できません。 つまり、SSDを用いたRAID構築は完全に自己責任となることを、必ず理解しておいて下さい。 私もいつデータが読み出せなくなっても大丈夫なように、USB3.0接続タイプの外付HDDにバックアップを取って運用しています。

実際にSSDでのRAIDを組んでみて、数ヶ月使用し、2本の劇伴プロジェクトを終わらせましたが、今のところ問題は起きていません。 特筆すべきは、何と言ってもデータ読み書き速度で、ローカルストレージからコピーする場合、5GB程度のデータだと4秒と掛からず、 コピー状況を示すプログレスバーすらデスクトップ上に表示されません。Kontakt使用時における楽器のアサイン時も同様です(画像2参照)。 またHDDと違って回転装置を持たないため、動作音がほぼ無音なのも非常に良い点だと思います。

Blackmagic Disk Speed Testを
用いたベンチテスト結果。
読込み速度は秒間1GBを越える。
(画像クリックで拡大)

今後はVienna Instruments専用機として、もう1台MacProを導入検討しているところですが、こちらへの外部ストレージは、 同社の「Pegasus2 M4」を検討しています。 実際に実機を見てみると、そのコンパクトな筐体とファンレスな仕様に驚きました。 今後、Firmwareの更新によりSSDがネイティヴ対応となるのか否か、個人的に大変興味深いのですが、メーカーの方に伺ったところ HDDとSSDのRAIDは根本的に全く異なるそうで、対応に関しては何とも言えない、とのことでした。 SSDを4台用いたRAID0だと、そのパフォーマンスが発揮されると現在よりも読み書き速度が倍近くに跳ね上がるので期待しています。

作家にとって、安定した環境の構築は大切なデータ保持の観点からはもちろん、不慮のトラブルに見舞われると作曲どころの騒ぎではなく、 結果として貴重な創作時間が無駄にしてしまうので気を付けていますが、楽器やプラグインをインサートする際に必要となるデータ読み込み時間も、 膨大な音源と曲数を管理する劇伴作家にとって、積もる塵を軽減するといった観点から、結果として作曲にあてる時間の増強に直結することになると 思います。

無駄な時間の浪費が少しでも減り、私を含め、皆様の創作時間が1秒でも増えるよう、色々と情報共有&更新していきたいものですね。 それではまた来週!

※関連記事
「New Mac Pro:Max Perfomance Testを実施!!!その実力を見よ!!!」
(画像クリックで記事をチェック!)


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【4】劇伴収録現場での道具に関して思うこと

前回に続いて今回も道具の話ですが、今回は録音現場での道具に関して。 作家の道具選びには、個人用途のものと、公共用途のもの、2種類あると思います。 個人用途の機材や道具選びは人それぞれですが、公共用途、つまりスタジオで使用される道具は 当然ながらスタジオ所有のものを使うわけですね。 公共としての道具や設備って、当然のようにそこにあるものなので、普段は気にならない部分かもしれません。 しかし、個人用途の道具を選ぶ時は色々と比較検討するのと同じように、公共用途の道具選びもまた、私たちが 比較検討しつつ導入していく必要があるのではないか、と思うのです。

1つ目はスタジオで録音時に使用されるクリック音に関して。 以前、このRock’in MAILMAN連載コラムにて、瀬川英史さんも書かれていましたが、 録音時に用いられるクリック音はカウベルの音が多く、ある種スタンダードになっているわけですが、 個人的には「聴こえ易い」というメリットしか見当たらない気がします。 反面、「クリックの音が漏れ易い」「演奏家を難聴にさせてしまう可能性がある」「音楽的でない」といった デメリットの方が多いような気がします。 音漏れに関しては、音楽のダイナミズムに合わせてクリックトラックを変動させることである程度対処できるのですが、 後者2つに関して、特に演奏家の難聴問題は深刻で、演奏家の耳はある意味宝でもあるわけですから、 聴き取り易いといった利便性を優先することで、その宝を失わないよう気を付けたいものですね。

瀬川さん同様、私も「プス、プス」といった空気の圧のような音を使って録音しますが、 万が一演奏家から「聴こえづらい」と言われた場合や、アクションスコアなどの派手目な楽曲の場合は、 柔らかめのカウベル音を更に加工して代用できるよう、仕込んで頂いています。

実際にはこれに24db/octで1.5K-3KくらいのLPFをかけて使用。このままの状態では使用しません。

2つ目は楽譜スタンド用クリップライト。 オペラなど観たことがある方だと、オーケストラピットをご存知かと思いますが、譜面台に付けられたクリップライトを 御覧になったことありますよね。 舞台上にライトこそあてるものの、伴奏役であるオーケストラに照明をあてることが演出上許されない場合、 譜面を照らす用途で使われるのが本来の役目ではあるのですが、実はこのクリップライト、アメリカの現場だと日常的に 使われているのですが、日本のスタジオではほとんど見掛けることがないのです。

オケピ内で使用されるクリップライト。

指揮者が映像を見ながら指揮をする際、巨大なスクリーンに映像を投写するわけですが、 スタジオが明る過ぎるとこの映像が見え辛くなる為、部屋の照明を落としてクリップライトを使用してきたようで、 近年の液晶モニタの大型化、低コスト化を受けて指揮者の手元にモニタを設置するケースが多くなり、 必ずしも照明を落とすわけではないようですが、個人的にはこのクリップライト、何と言ってもその絶妙な明るさに意味があると思っています。

例えば皆さんが、優しさや悲しさ、切なさといった楽曲を書いたり演奏したりする場合、蛍光灯が輝く部屋と 卓上ライトのみ置かれた部屋が選べるとしたら、どちらを選ぶでしょう? かなりの割合で、後者を選ぶ方が多いのではないかと思います。 また、歌の収録時に歌手の方を見ていると、その収録曲がバラード曲だったりする際、照明を落とす傾向にある気がします。 要するに、普段私たちが霊的だったり第六感を頼りに音楽を表現する場合、無意識に環境を変更させているんですね。

以前スタジオで静かな楽曲を収録する際、「この曲は照明を落として弾いて欲しい」と提案したところ、 スタジオのアシスタントエンジニアさんに「譜面が見えなくなるから難しいです」と言われたことがありました。 そこで初めて「そういえばスタジオでスタンドライト見掛けないな」と気付いたわけですが、スタジオの役目としては 「良い音を録音する」といった目的は当然として、「良い演奏を生み出す環境を作る」といった役目も担っているんですね。

ですから僕は、スタジオに入る度にスタジオの営業さんやスタッフさんに、クリップライト買ってだの、譜面台を新調する時は こんなヤツが良いんじゃない?だの、あれこれ注文付けています。 是非皆さんもスタジオへ入る際、あれが欲しい、こうして欲しい、と要望を出してみて下さい。 公共の道具である以上、私たちで共有して使用するものですから、色々な方の意見が現場へ反映され、 結果として現場での道具選びに選択肢が増え、音楽の表現に、より豊かさが生まれたら良いですよね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【5】スコアの書き方 其の壱

今回は、スコアの書き方に関して書いてみようかと思います。 実践的な例を交えつつ、数回に渡ってお伝えしてみようと思っていますが、今回は導入にあたる部分から。

私たちが普段、現場で使用するスコアは、演奏家はもちろん、ディレクションする立場にある作家や指揮者、 録音の為にProToolsをオペレートして下さるエンジニアさんとアシスタントエンジニアさん、更には 監督や音楽プロデューサさんといった方々の為にある地図のようなもので、決して出版目的で書かれたものではありません。

現場での音楽収録がコンサートやライブと大きく異なるのは、何と言っても「初見演奏+1~2テイクで録音される」ということです。 最初にざっと通して演奏して頂き、曲の方向性やイメージの擦り合わせを行った後は、直ぐに本番となって、 最後に細かなニュアンスの擦り合わせやアンサンブルの崩れた箇所等をピンポイントで録音し直す、といった感じで進みます。 つまり、リハーサルを行わないで録音する、ということなのですね。

アメリカの音楽収録現場では、1セッション内に演奏家に演奏させて良い尺が決まっていて、 それを越えるのはユニオンからNGが出るのだそうです。 これはリハーサルを重ねることで、より音楽のニュアンスを掘り下げ演奏する為に設けられたルールの一つだと思いますが、 当然スタジオ代から演奏家の拘束時間が増えるため、予算ありき、が前提の話になってしまうのです。 限られた予算内で、最大限に生音の録音を行う場合、ある意味現場主義的なスコアの書き方が生じてくるのですが、 実はコレ、特に明文化されているわけでもないので、作家ごとにかなり異なってくる部分でもあります。

かく言う私も、幾度となく現場にスコアを持ち込んで録音しては、様々なアイデアや改善点をピックアップし、 次回の現場へ反映させる、といった更新を続けてきた結果なので、あくまで我流であることを予めご了承下さい。 私がとにかく重要視しているのは、「パッと見て解り易いこと」「音楽的であること」「クラシックの記譜に捕われすぎない」 の3点です。

ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、ここで実際にスコアを見比べてみましょう。 まず、譜例1を見てみましょう。

譜例1
(画像クリックで拡大)

仮に貴方がバイオリン奏者で、譜例1のようなスコアを見たとき、どうでしょうか。 演奏家がスコアで最初に見る場所は(実はかなり無意識なのですが)、仮に僕がこの曲の演奏家であったなら、 曲のタイトルとテンポを一緒に見て、表現記号(この曲だとlamentoso)等を拾って、どんな感じの曲なのかイメージした後、 次に自分の出番である箇所を把握してカウントを待ちます。 クリックがスタートした後は初見で音符を先行して読みながら演奏していくので、あまり音符に注視はしません。

実際に現場だと、次々に楽曲を録音していくので、演奏家に与えられる準備時間は1分あるかどうかなのですが、この限られた時間内に、 いかにスコアと音楽の表現を一致させていくか、地味なようですが、実はとても大事な情報であることがお解り頂けるでしょう。

その点、譜例1のスコアは拾える情報が非常に限定的で、演奏家として準備が出来るのは「カウント2小節」で練習番号Aから、 lamentosoの雰囲気で音を弾く、程度しか書かれていないのですね。 そもそもlamentosoって表現記号の楽語で、「悲しげに」というニュアンスを含んでいるのですが、実はコレイタリア語なのです。 音楽高校に通っていた時、楽典のテストで出題された記憶が何となくあるものの、使用頻度がそれほど高くないので、 現役の演奏家がこの楽語を見た場合、「ラメントーソって何だっけ、悲しげに?であってる??」と、現場が少しザワつきます。 そこではじめて、「ああこの曲は悲しい曲なんだね」と認識が行き渡ってカウントを待ち、いざ音符を追い掛けてみると、 「あれ、今後は何だか音符が読みにくいぞ」となるわけです。

次に譜例2を見てみましょう。

譜例2
(画像クリックで拡大)

既にお気付きの方も多いと思いますが、実はこれらのスコアは内容的に同一の情報を含んでいるものなんですね。 先程の演奏家視点でもう一度見直してみると、まず飛び込んでくるのがタイトル名。 これ、劇伴のスコアだと非常に重要な部分なのではないか、と個人的に思います。 サントラの曲名にするのかどうか、といった話は置いておいて、タイトル自体がその楽曲の方向性やニュアンスを提示していますよね。 仮に「lamentoso」と書かれていて意味がイマイチ自信が無くとも、弱い音で、悲しみの果てなイメージで弾けばアンサンブルとして 成立するわけです。この譜例2では、イタリア語表記はやめて日本語で書いてしまっていますけど、本来作家のイメージが演奏家を通して 再現さえ出来ればクラシックの様式に沿わなくても良いわけです。 実際に私はスコアの中に「浮遊感をもって」とか「薄い氷の上を静かに歩くように」とか、色々と日本語で書き込むことが多いです。

更に音符を見てみると、単なる「ドレミファソラシド」の音階になっていることにお気付きでしょう。 要するにこれ、臨時記号を如何に無理なく演奏家に読ませるか、というお話なのですが、不必要な臨時記号は、音符を読むことに かなり演奏家の意識を要するので、そのリソースを演奏に還元できる余力が奪われてしまうことになりかねません。 臨時記号の書き方一つ取っても、色々細かくお話出来るのでこの辺りは今度スポットを当ててお伝えしてみようと思います。

最後に、最も視覚的に異なる点がありますよね。そう、スコアが3小節目からスタートしている部分です。 冒頭の2小節はなぜ消したのか、というお話ですが、現在の劇伴収録では特殊な例を除いてProToolsを用いて録音していくケースが殆どです。 実際、録音する前の2小節はいわゆる「クリックの空振り」で、2小節カウント後にA頭になりますよ、という意味なのですが、 毎回アシスタントさんが録音開始直前に、「この曲は2小節カウントでA頭です」なんて全曲において言わせようものなら、 それだけで合計数分のロスが生じます。

ところが、現場がスタートして最初の1曲目を録音する場合に「全曲2小節カウントでA頭です」と宣言してしまうとどうでしょう。 僅かながらではありますが、時間の短縮に繋がりますよね? 少しテンポ遅めの12/8拍子の曲を書いた場合は、2小節カウントしている間に集中力が途切れてしまうので、そういった場合は 「この曲だけAの1小節前からカウントスタート」と伝えてあげれば良いわけです。 スコアの冒頭が3小節目からスタートしている点も重要で、これはシーケンス上の小節数とスコアの小節数が一致させています。

今回お話した、曲名や表現記号の日本語化、臨時記号や空振りの仕込み方など、一つ一つは小さく短い時間の短縮にしかなりませんが、 合算すると数分の時間短縮となり、その浮いた時間を、より音楽性の追求に還元したり出来るわけですから、結果作品に還元されるわけですね。

スコアに関しては、まだまだ細かなTipsがあるので、またの機会にお伝えできれば、と考えています。 それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【6】スコアの書き方 其の弐

前回に引き続き、今回もスタジオで使用するスコアの書き方に関して書いてみたいと思います。

私たちが現場に持ち込むスコアは、大きく分けて2種類あって、1つ目は、主に書き手である私たち作家や エンジニアさん、監督さんなど、ディレクションや進行目的で使用されるマスタースコアです。 オーケストラやバンドなどの楽曲で使用される全ての楽器が1ページに収まっているスコアのことですね。

2つ目はパート譜と言われて、バイオリニストやギタリスト、トランペット奏者など、実際に奏者が演奏を担うパートのみが書かれたスコアです。 改めて説明する間でもなく、皆さん既にご存知だったことかもしれませんが、実際現場に持ち込むスコアを書く際に、 当たり前過ぎて意識から外れてしまいがちなことが幾つかあります。

今回はこのパート譜に関してスポットを当ててみましょう。

マスタースコアとパート譜、どちらも書かれている内容は同じわけですが、全パート譜を繋ぎ合わせるとマスタースコアとして機能するのですが、 それとは逆に、マスタースコアをそのままパート譜へと振り分けてみると、こちらは前者ほど機能をしないのです。 つまり、単にマスタースコアをパート譜にしただけだと、演奏家が実際に演奏する際に拾い上げている様々な情報が失われてしまっているのですね。

具体的に2つのスコアを比較しつつ、お話してみます。 まず1枚目のスコアですが、これはマスタースコアをそのままパート譜にしたものです。

譜例1
(画像クリックで拡大)

何やら随分と休みが多いですが、実際オーケストラの楽器奏者って自分の出番が来るまでは、待っている状態が多々あるんですね。 正確に休符を数えられるのも大切なスキルではあるものの、有名な曲だったり、リハーサルを重ねた曲だと、自分の出番を耳で覚えていたりするものです。 指揮者も合図をくれたりするので、神経質に頭の中で「イチ!ニ!サン!シ!」と、休符を必死にカウントするケースは稀です。

ところが、1枚目のパート譜を見てみるとどうでしょう。冒頭から始まって11小節カウントを待った後に自分の出番。また11小節カウントしてエンディングのキメになっています。 例題であるが故、短くシンプルに書いていますが、実際の楽曲はもっと長くて複雑です。 前回もお話した通り、劇伴音楽収録現場では、とにかく時間勝負なので目まぐるしく演奏する楽曲が変わりますから、数曲収録した後にこのようなスコアを手渡されると、 演奏家視点としては、心の中で「イチ!ニ!サン!シ!」を11回繰り返して「ドーレド」と吹くしかないわけですね。 綺麗な音色で演奏して頂く前に、かなり非音楽的な行為にリソースを割くことを要求する羽目になるので、演奏家が自由に演奏できなくなってしまいます。

続いて、マスタースコアからパート譜にした際、幾つか必要な情報を補完したスコアを見てみましょう。

譜例2
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どちらもオーボエ奏者として演奏する箇所もフレーズも変更はありませんが、1枚目のスコアと比べて情報が増えていることに気付いたでしょうか。 このスコアで補完している情報は2つ有ります。

1つ目は、オーボエ奏者が演奏する前に、別の楽器が演奏している印象的なフレーズをガイドとして加筆していること。 奏者視点から考えると、自分の出番となる箇所がより鮮明になると同時に、「ああ、自分の役目はクラリネットから始まったフレーズを引き継ぐのね」と 音楽的な解釈ができるので、よりアンサンブルとしてまとまります。

2つ目は、練習番号Bのフレーズに「w/Flute」と書かれている部分。意味としては、「with Flute」を略したもので、 「このフレーズはフルートと一緒だよ」という意味です。 特に書いてなくても問題はないことではありますが、書いてあると、楽器の配置的に隣同士であるフルートとオーボエ奏者は、互いに呼吸を揃えて自然と アンサンブルを心掛けてくれるハズです。

と、ここまで書いてきて今更ではありますが、あまり細か過ぎる指示やガイドって、演奏家からすると迷惑になるケースもあるんですよね。 どこからどこまでが、小さな親切で大きなお世話なのか、線引きが難しい話でもありますが、一番良いのは、やはり書き手である私たちが 「自分が演奏家だったらどんな譜面が見易く音楽的か」を考えて、それに見合ったスコアを書けば良いことだと思います。

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実際に私は、スタジオに入る前に、当日の現場で御一緒する演奏家の方々のリストを頂くようにしていますが、毎回演奏家の方々に対して、お手紙を書く心構えでスコアを書いています。

このガイドを書いておいたら演奏し易いかな、とか、これはちょっと情報過多で見辛いかしら、などあれこれ考えながら。

演奏家の顔が見えてくると、その方々が持っている楽器の特性や演奏表現の癖なんかも思い出してきて、そこからフレーズを思いついて作曲することも多々あります。 是非皆さんも、演奏家視点でご自身のスコアを見直してみて下さい。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【7】劇伴視点から見た楽曲の構成

剣を持った登場人物Aと、槍を構えた登場人物Bが対峙して、これから戦おうとしています。 さて、この戦いの決着はどうなるのか、皆さん分かりますか? 唐突に意味不明な質問だったかもしれませんが、実はこれ、特にアニメの劇伴依頼時に毎回遭遇する問題なのです。

楽曲ごとの依頼を表にしたもの(音楽メニュー)を用いて、音楽の打合せを行うことが多いのですが、よくある表記として 「タイトル:M12_戦い1 内容:AとBの戦闘 コメント:互いに背負ったものを衝突させるような運命の一戦」とか書かれているだけで、 監督や音響監督による補足説明を頂いた上で作曲をすることになります。 1クールアニメですと、少なくとも40曲、多いと60曲近くの作曲依頼があるのですが、先述のような記載が、 楽曲の数だけ音楽メニュー表には書かれているわけですね。

もちろん、事前に作品に関する資料を頂いたり、漫画や小説が原作である場合は、事前に情報収集できるケースも多々あるので、 事前に予習が可能な案件も多く、キャラクターAとBの関係性であったり、この戦闘シーンがどう描写されているか、 更には音楽としてどのように表現していこうか、ある程度イメージを持った状態で打合せに臨めます。 しかし、作品自体がアニメや映画の為に作られたオリジナル作品だったりすると、これらの情報が不足していることも多く、 イメージ構成に苦労することも珍しくありません。

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この作品が劇場公開作品、つまり映画なのか、TVで放送される作品なのか、でも随分書き方が変わってきます。 映画音楽の場合は、基本的に汎用性は持たせることはないので、旋律のモチーフを流用する程度にとどめますが、 TVで放送される作品となると、主に楽曲の構成面で映画音楽とは違った書き方を求められます。

一番の大きな違いは、「楽曲の編集ポイントの有無」なのですが、「編集ポイント」とはつまるところ、 2mix、またはSTEM素材をDAW上で切れる箇所を指します。

具体的に、先のお題のシーンを例としてみると、登場人物A&Bの戦闘シーンにあてる音楽演出方法は、大まかに以下の3通りが考えられます。

  1. このシーン用に発注された「M12_戦い1」という楽曲を編集して演出としてあてる。
  2. 「M12_戦い1」とは別の楽曲を複数曲繋ぎ合わせて使用する。
  3. 当該シーンの映像に合わせてフィルムスコアリングをする。

3番目の例は、編集ポイントをあまり気にせず書けるので除外すると、それ以外では「編集されることが前提」となる楽曲が 要求されていることがお分かりかと思います。 私も劇伴に不慣れだった頃には、書き上げた楽曲が細切れ状態で映像に貼付けられた完成版を見て「なんて酷い編集してくれるんだ!」と 思ったこともありましたが、今となっては、単に私の書き方が間違っていて「使いづらい劇伴」を書いていたのだと反省しています。

では逆に、「編集しやすくて使いやすい劇伴」って何なのか、というお話になるわけですが、そこだけに注視すると、実はあまり 難しくなかったりします。 例えば、少ないコードや和声進行のみを使用して、どこを切っても繋ぎ易いようにするとか、テンポや調を変化させないとか、 むやみやたらに楽器のソロを入れない、など挙げれば沢山出てくるわけですが、「編集しやすくて使いやすい劇伴」を追い求めると、 「音楽的に全く面白味に欠ける劇伴」となってしまう危険性も抱えてしまいます。

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「音楽的でありつつ使いやすい劇伴」を書くとなると、構成力はもちろん、スコアの記譜法から納品データの仕込み方など、 地味でありながらも、非常に細かなTipsを多用する必要が出てくるので、来週はこの辺りのお話をしてみたいな、と思っています。

そうそう、このコラムが掲載された直後の告知となってしまいますが、10月11日(土)に、Apple Store銀座店 シアタールームにて 新進気鋭の音楽家 Tom-H@ck氏とトークセッションを行います。 互いに、MacProとThunderBoltを用いた環境構築を行っているものの、制作スタイルから全く異なる機材構成になっているので、 環境移行をご検討中の方や、連休で銀座にぶらりと立ち寄った方も、是非遊びにいらして下さい!

会場の都合上、事前予約が必要となりますのでご注意下さい。

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井内啓二 x Tom-H@ck ライブトークセッション
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井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【8】録音用データの仕込み方

今回はスタジオ録音用のデータをどのように仕込むか、という点にスポットを当ててみたいと思います。 はじめに断っておきますが、データの仕込み方って譜面以上に人それぞれだったりしますから、 必ずしも私の方法論が正解なのでそれに習って下さいね、ということではありません。

それでも、オーケストレーター等のお仕事を引き受けた際、「このデータは何だか見辛いな」と思うことがあって、 そして不思議なことに、作家さんが変わっても何処と無く似たような箇所に疑問符が付く事が多かったりします。 その疑問符を分析していくと、要するに「自分の頭の中で考えていることが第三者にも通用する」と思い込んでしまっている、 という実にシンプルな事実が浮き上がってくるわけです。 そんなワケで、その逆を実践していけばデータの仕込み方としては、手段はどうあれ、問題がないことになりますよね。

Avid
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例えば皆さんが、今日の晩ご飯を作る担当となったとしましょう。母親から「人参玉葱ジャガイモ牛肉は買っておいたから、 後は煮込んで最後にルーいれたらいいのよ」とアドバイスを貰い、その後外出してしまったとします。 言いつけ通り、ルーのパッケージに書かれた分量を確認しつつ調理を開始して、結構満足のいくカレーが完成しました。 家族の帰宅を待っていざ晩ご飯、となる直前に、鍋の蓋を取った母親がビックリして放った一言。「今夜はクリームシチューが食べたかったのに!」

お母さんのミスとしては、「今夜はクリームシチューを作ってね」と明言しなかったことと、それ以前に用意した食材を自分が思い描いた通りに 調理すればシチューが完成すると思い込んでいたこと、ですよね。

実はコレ、作家やエンジニアさんの間で日々起こっていることなんです。 試しに、母親を私たち「作家」に。料理担当となった人物を「エンジニア」に置き換えて、更に食材を「音のパラ素材」、調理を「Mix」、 完成した料理を「楽曲」と置き換えてみましょう。 何となく言わんとすることが理解頂けたかもしれませんが、要するに私たち作家の頭の中で考えていることって、想像以上に第三者へ伝わっていないことが多いのです。

先の例をもう少し引っ張ると、仮に私が母親であったなら、野菜は好みの大きさ形に切って、牛肉にも塩胡椒で下味を付けて、 キッチンにはシチューのルーを置いておき、こんなカレーが食べたいワ、と自分のイメージを書いたメモを添えて委託します。

Deleyを掛けたトラックがあったとすると、StereoDeleyなのかTapeDeleyなのか、Deleyの音像は4分なのか8分なのか、 基本的には書き手しか認知していない隠れた情報が沢山潜んでいます。 これが劇伴ともなると、少なくとも40曲から60曲にものぼる膨大な量の音素材をエンジニアさんにお渡しすることとなるので、 データ受け渡しにある程度ルールが敷かれないと、結果としてエンジニアさんの仕事時間を圧迫してしまいますよね。

極論を言ってしまうと、作曲もMixも作家が行ってしまうのが良いのでしょうが、ちょっと現実的ではありません。 次に理想的なのは、作家とエンジニアが同じDAWを使用して、プラグインも同様のものを所有し、セッションファイルを共有することでしょうか。 これは、同じDAWを使用することに関しては問題はなくとも、同様のプラグインまで所有するとなるとかなりハードルが上がります。

私がいつも現場を御一緒させて頂くエンジニアさんたちは、皆一様にProToolsユーザなのですが、私はLogicを使用しているので、 基本的にデータを各トラックごとにバウンスしてお渡ししています。

先日録音したTV版ワンピースの仕込みデータ
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何度となく同じエンジニアさんと現場を重ねて行くと、不思議とルールが出来上がってきて、現状はこのような形でお渡ししています。 簡単に解説をしておくと、楽曲のモックアップが「C-34_2mix.wav」で赤くマーキングされたもの。MIDIデータが緑、最終的には生に差し変わるので Mix時には使用しないファイルとなるが、現場での再生用に「KARI_xxx_STEM.wav」と黒くマーキングしたもの。 「Strings_add」と書かれたフォルダには、生の弦を録音した後、人数感や迫力が不足した際に足してもらう為のパラデータが入っています。 これに加えて映画など、映像が入る場合には水色にマーキングしています。

「あれ?長い前振りのわりにはゴチャ混ぜしてるんだ」と思われるかもしれませんが、以前は木管や金管、弦などの分類ごとにファイル名を書いていて、 1stViolinであれば「Strings_1stVln.wav」、Fluteであれば「WW_Fl.wav」のようにしてみたり、木管は「01」、金管は「02」などの番号を ファイルの先頭に書いて分類していたこともあったのですが、ある日エンジニアさんに「実はあれ、ProTool上に取り込んだ後、消してるんだよね」 と言われてしまって書くのを辞めた経緯があります(苦笑)。 個人的に、カテゴリで分けておいた方がデータをDAW上に並べる際、分かり易いに違いないと思ったからなのですが、並べ終えた後の事を考えていなかったのが 裏目に出てしまい、現状の形に落ち着いた訳です。

Avid
Pro Tools Quartet
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では、今回のコラムでお話した、制作チーム内での意思疎通をどのようにデータ仕込みに反映しているかというと、 スコアになるべく情報を書くことで対処しています。 例えば、予算の都合でピアノとハープ、パーカッションを打込みで対処せざるを得ない現場だと、それらの打込みで対処した楽器もスコアに書いた上で エンジニアさんに音素材と共にお渡ししています。 そうすることによって、まずはスコアと同じ順に上から楽器を並べていって、DAW上の楽器の並びと、スコア上の楽器の並びが同じになり、 管理がしやすいのはもちろん、Mix時にも非常に役立つ「クリエイティヴな地図」となるわけですね。

基本的には、スタジオで生に差し替える楽器分だけのスコアを書いていけば、音素材としては揃うのでしょうけれど、スタジオで楽器を録音することは、 料理における「食材を選定して下ごしらえをする」ところまでなんです。 その後にコックさんの役割であるエンジニアさんが「調理=Mix」をするわけです。

書き手である私たち作家は、どうしてもスタジオでの生録り=仕事の終わり、と考えがちなのですが、音楽の完成は、エンジニアさんがMixしてはじめて 完成するものです。 ですので、調理をする際のレシピが大切なように、作家の思い描く音楽を完成させるためのレシピにあたるものがスコアであるのではないか、と思うわけですね。

皆さんも、お仕事を共にするエンジニアさんと、今一度ルール確認をされてみてはいかがでしょうか。 改善点をお互いに話し合って、より私たちの思い描く音楽が具現性を持って良い作品となれば素敵ですよね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【9】強弱法に関するハナシ

「強弱法(強弱記号)」ってありますよね、「フォルテ」とか「ピアノ」とか「クレッシェンド」とか。 普段私たちが何気なく書いてみたり、または読んでいる音楽の表現記号の一種なのですが、当たり前ですけれど、 ある日突然譜面に書かれた記号ではないわけです。どのような経緯でそれらの記号が生み出されて活用されてきたか、 読み解いていくと、私たちが音楽を書く際に、より音楽的で正しい意味を持つことになるのではないか、と思います。 今週と来週は、この「強弱法」にスポットを当ててみたいと思います。

W.A.Mozart
(1756年~1791年)

私が大学でピアノを専攻していた際、「モーツァルト」のピアノソナタをレッスンに持っていた時のことです。 モーツァルトを弾くにあたり、楽曲を丁寧に練習したのはもちろん、モーツァルトにまつわる様々な本を読んだり、 楽譜を分析したり、また、当時の楽器で弾いてみたりと、今思うとびっくりするくらい真面目に取り組んでいたのですが、 いざ、先生の前で演奏を始めると、2ページも弾ききらないうちに先生からストップがかかり、「モーツァルトはまた来週。 今日はラフマニノフをやろう」と言われました。その後ラフマニノフを弾いていると「こっちは良いのに、どうして君は あんなにもモーツァルトをつまらなく弾いたんだ」と言われ、1週間そこそこモーツァルトを勉強してきたつもりになっていた私は、 いかに自分が譜面通りに丁寧に弾いたかを力説したのですが、「もしかして君はモーツァルトやハイドンの譜面の読み方を知らないのか」と言われたときにはじめて、「え、何ソレ!?そんなのあるんでスカ!」と思い切り無知をさらけ出してしまったわけですが、 先生曰く、「試しにフォルテと書いてあるところをクレッシェンドに、ピアノを書いてあるところをディミヌエンドに置き換えてごらん」 と仰るのでその通りに弾いてみると、驚くほど弾き易く、また、音楽的になったのです。

そもそもクレッシェンドやディミヌエンドといったものは「マンハイム学派」が作り出した記号なわけですが、 時代的にはハイドンよりも少し前の時代だったりします。つまり、ハイドンやモーツァルトが活躍した時代には、まだヨーロッパ全域にすら 行き渡っていないような表現記号だったのですね。

Franz Joseph Haydn
(1732年~1809年)

モーツァルトの原譜を見てみるとすぐに分かるのですが、強弱法に則った記号が無いわけではありませんが、非常に少ないんです。 更にモーツァルトよりも前に活躍したハイドンの譜面を見てみると、もっと面白くて、音を大きくしたい箇所には、おもむろに フォルテ、小さくしたい箇所には、いきなりピアノと書いてあるんです。

要するに、まだクレッシェンドやディミヌエンドが記号として知れ渡っておらず、また知っていても使い方がどことなく遠慮がちだった 時代の楽譜を読む際、フォルテと書いてあったら突然強く演奏したり、ピアノと書いてあれば急に弱く弾いてしまうと、 音楽的に非常に稚拙なものになっていまいます。学生時代の私がレッスンに持って行ったモーツァルトのピアノソナタが、まさにその 典型的な例だったのだと思います。

ハイドン、モーツァルトと並んぶウィーン古典派三大巨匠の一人である「ベートーヴェン」は、その後の「ロマン派」への橋渡しを 行った作曲家ですが、ベートーヴェンの時代となるとクレッシェンドやディミヌエンドはもちろん、メゾフォルテやメゾピアノ、 ピアニッシモ、フォルティッシモなどが使われ始めます。

Ludwig Van Beethoven
(1770年~1827年)

近年書き直された楽譜の中には、様々に解釈された強弱法が加筆された版も多いですが、厳密にはモーツァルトの譜面に出てくる ピアノマークは1つのみで、2つ(ピアニッシモ)は出てこないんですね。

ベートーヴェンは、彼の性格もあって「俺の書いた曲は、絶対にここからこんな感じで大きくしていってここからフォルテ。」と、 かなり細かく指示が書かれていて「これ以外の演奏は認めないからな」と言われているような譜面です。 なので、単にベートーヴェンを演奏する場合、ある程度譜面通り忠実に弾くとベートーヴェンらしく聴こえるんです。 ですけれど、ベートーヴェンの音楽がハイドンやモーツァルトと違い、また、後のロマン派への架け橋となった最大の要因というのが、 音楽の中に「精神性がある」という点です。 ですから、譜面に書かれた記号を正しく読み取った上で、楽曲の精神性や感情、情景を読み取っていかないと、つまらない演奏に なってしまうんですね。

「ロマン派」の音楽というものが、古典音楽と違って何を表現しているかというと、「人間の感情」なのだと思います。 嬉しい、悲しい、寂しい、怖い、愛おしい、等々、人間の感情をいかにメロディーに乗せて歌うか変わってくるわけですね。 個人的に物凄い極論を言ってしまうと、劇伴で依頼される「心情曲」と「情景曲」に関して言えば「ロマン派の音楽」を書けば ほぼ外れないと思っています。戦闘曲やカーチェイス、コミカルな会話などの「状況曲」となってくると、近現代の手法が活きてくる。 つまり、ロマン派音楽の記譜法を読み解いて行くと、そのまま劇伴の譜面に活かせる要素が多い、というわけなんです。

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少々前置きが長くなってしまいましたが、今回は「強弱法の生い立ち」を取り上げてみました。 来週はこの強弱法の中から「クレッシェンド」を細かく分類してみたいと思います。 実はこの「クレッシェンド」、表現方法としては更に4つに分類できるってご存知でしたか?

皆さんがクレッシェンド記号を書く場合や、演奏する場合、どのような表現を求めたり、解釈するか、思い出してみつつ、 次のコラムを楽しみにお待ち頂けると幸いです。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【10】クレッシェンドについて

前回のコラムでは、強弱法の成り立ちに触れましたが、今回はもう少し掘り下げて、 「クレッシェンド」に関してお話ししてみたいと思います。

意味としては、皆さんご存知の通り「だんだん大きく(強く)」という意味ですよね。 普段何気なく読み書きしているこの記号、「ドレミファソラシド」と同様にイタリア語で、 「crescere(クレッシェレ)」の副詞的用法です。 「crescere」の意味を調べてみると、「育つ、成長する」と書かれています。 英語だと「grow」と同じニュアンスでしょうか。 音のダイナミクスを成長させる = 大きくする、となるわけです。

スコアに表記する場合、「crescendo」または省略形の「cresc.」と記載するほか、 「<」といった記号で書かれます。 基本的にはA点からB点まで、音のダイナミクスを増加させたい場合に書き加えるものですが、 そもそも音楽の表現において、ダイナミクスの増加幅って一定であるわけがありませんよね? となると、私たちがスコア上に書き加える、または読む場合に、どのように解釈して表現に結びつけたら良いのか、 考えてみたいと思います。

まず、クレッシェンドの型ですが、これは基本的に4種類あるんです。

まず1つ目は直線型(譜例1)で、1小節目から2小節目にかけて、定規で線を引いたように大きくするもの。 恐らく、POPSや劇伴の音楽で最も多く使われるものだと思います。 クラシックの作曲家だとベートーベンが良く使っていたものですね。 直線的に音量がグワーっと増えていくので迫力や圧迫感を与えます。

譜例1

続いて2つ目は譜例2のような場合のもの。「富士山型」(譜例2)とでも言いましょうか。 1~2小節目まで、音の増加幅を少なくしておいて、3小節目の最後にグワっと大きくする方法。

譜例2

先の直線型と何処が違うのか判断しかねますが、これは音楽の「解釈」によってその都度変わってきます。 例えばハーモニーの連結であったり、旋律の動きであったり、楽曲の構成であったりなどなど。 しかし、現場に持ち込んだスコアで、この「富士山型」を演奏して貰いたい場合、解釈の説明が必要になりますよね。 そんな時間すら惜しい場合、譜例3の様な書き方をするとニュアンス的には同じになるので工夫してみましょう。

譜例3

続いて3つ目が「若草山型」(譜例4)。先の「富士山型」よりも裾野が狭くて、大きくなると直ぐに平坦になるもの。 「富士山型」が劇的な変化、急激な変化がくる場合に使う反面、こちらの「若草山型」は柔らかい感じ、 暖かい感じを出す時に使います。こちらも、先ほどの譜例3のように書き方でニュアンスを伝えられるので より細かい指示を書き込んでみて下さい。

譜例4

最後に少し特殊な例として「二子山型」(譜例5)。 あるポイントまでは直線型で大きくなりますが、その後、山の2合目のような平な部分があって、 最後に直線型、または富士山型で大きくなるイメージです。 主にハーモニーの連結で平になる部分と盛り上げたい部分が混在する場合に使います。 「若草山型と直線型(富士山型)との複合型」と言えるかもしれません。 こちらもより細かく指示を書き込むことで、よりニュアンスが伝えやすくなるかと思います。

譜例5

いかがでしょうか?クレッシェンドひとつ取っても、様々な解釈が生まれてくるのがお解り頂けたかと思います。 基本的には「この場合はこうするのが正解」といったものではなく、あくまでも解釈による部分が大きいものではありますが、 言語と同じように、音楽も文節や語句の置かれる場所によって、イントネーションやアクセントが異なってきます。 優れた演奏家は、これらの微細な変化を瞬時に捉えて表現してくれますが、数十人規模のアンサンブルとなると、やはり クレッシェンドをするタイミングなど、ある程度統一して演奏して貰いたいものですよね。

無闇に「crescendo」と書くだけだと今回お話したような幾通りもの解釈が生まれてくるので、 より正確に書き手のイメージを伝えるべく、私たち書き手の意思をしっかりとスコアに書く工夫をしていきましょう。

それではまた来週!


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【11】強弱法の例外1

先週、先々週と2週続けて「強弱法」に関してお話してきました。

当コラムでは連載当初より「如何に初見試奏に近い演奏家と、スコアを通してどのようにコミュニケーションを取ったら良いか」という考えの元に 記事を書かせて頂いてきたつもりですが、何でもかんでも書き手が思う事をスコアに書き込んでいたら情報過多となってしまい、 本来向き合ってもらうべく旋律やハーモニーの読解を妨げる要因になる危険性も出てきます。

「crescendo」や「diminuendo」を書き手の思うがままに書き込んでいくと、かえって演奏家の音楽表現の妨げになるということですね。 そんなわけで今回は、強弱法が表記されていない場合の読み取り方に関してお話してみたいと思います。

過去に私の書いたスコア等で説明できると話が早いのですけれど、権利関係的に少々難しいので、 今回もクラシックの曲を参考楽曲としてお話してみます。

まず最初の例はバッハの「無伴奏チェロ組曲3番 プレリュード」です。(譜例1)

譜例1 無伴奏チェロ組曲3番 プレリュード

なぜバッハなのか、というと、ちょっと話が逸れますけれど、彼が「音楽の父」と称されるに至った功績のひとつに「平均律」の制定があります。 当時楽器を演奏する際には純正律でチューニングされた楽器を使っていたわけですが、それに対してバッハは1オクターヴを周波数比で均一に分割した音律を提案した訳ですね。

(この辺りはコラムで取り上げても良いのですが、話の正確上、教科書的になってしまうので興味のある方は調べてみて下さい。) バッハの有名な作品の一つに「平均律曲集」というものがあって、1つの楽曲がハーモニーの推移を表す「プレリュード」と、対位法を用いて書かれた 「フーガ」より構成されています。

Johann Sebastian Bach
(1685年~1750年)

音楽の3大要素として「メロディー」「ハーモニー」「リズム」とありますが、バッハはメロディーにあたる「旋律」のみで ハーモニーの変化を掘り下げたわけです。「純正律」だと「Fis-dur(F#maj)」とか「Des-dur(D♭maj)」なんてキーは存在しないので、 「平均律」を用いることで調性の色合い提示や、転調の研究などが一気に進む事になったわけです。

ですので、バッハの音楽は単旋律ながらもハーモニーの連結や転調を感じ取ることができるのですが、逆にこれらの要素を読み取れないと 全く音楽にならないのですが、どうやって書かれていない強弱法を読み取っていくか、(解釈は色々あれど)ある一定の法則が見えてくるんです。

先の譜例1を見てみると、最初の1小節目から2小節頭までは単に「これからこの曲はC-dur(Cmaj)で始まりますよ」と言っているだけで、 その先を見ながら単純にコードを付けていくと、譜例2のようになります。

譜例2

こうして見ると、トニックとドミナントの連続で書かれていることが解りますね。 皆さんもご存知の通り、トニックは「始まりや終始」を感じさせるし、「ドミナント」は「導入や重さ」を感じさせます。 2小節目の「Cコード」は始まりなので弱目に弾きつつ、3小節目の「G」部分に来ると1拍目と3拍目の「D音(アクセントの付いた音)」は、次の「C(トニック)」へ向かうための 「導入音」となるので少し重みをつけつつ「crescendo」していき、同時に少しだけ「rit.」してあげると良いでしょう。

基本的にこの程度のスコアであれば、書き手側でアクセントやテヌート、rit.やcrescendoは書かずとも、演奏家に任せておくと自然とこうなります。 ですので、それらの情報を書き込んでいくと、かえって奏者にとっては邪魔な情報となるんですね。

この辺りの話は言語のアクセントと非常に似ていて、「Japan」と書かれた文字を発音する際、「ジャパーン」と言わずに「ジャパーン」と言うと違和感があるように、 音楽にもある程度、主語や述語、形容詞や接続詞に似たようなものがあって、それらの並び順によってはイントネーションに変化が出てくるんです。 これを優れた演奏家は感覚で持ち合わせているので、「そんなこと言われるまでもないよ」的な指示は予め省いて書くことが多くなります。

もう1つバッハから例を挙げてみましょう。(譜例3)

譜例3 バッハ「平均律クラヴィーア曲集」第1巻 第1番プレリュードより

聞いたことのある方も多いでしょうが、バッハの平均律1巻の1番「プレリュード」です。 本来アルペジオで書かれた楽曲ですが、説明しやすいよう、予め和音のみで書いてみました。 これも譜面上には強弱記号は一切書かれていない楽曲ですが、大抵どのピアニストもこんな解釈で弾くことが多いのではないでしょうか。 これだけ短い曲であるにも関わらず(譜例は一部抜粋ですが)、見事なハーモニーの連結と音楽の起承転結が書かれていて、まさに名曲といった感じですよね。

強弱法以外でも、色々と劇伴のスコアに流用できる部分もあって、例えば転調している部分でも全て「in C」のまま書かれているところは、 転調を頻繁にする現代の音楽を書く際に、毎回「調号」を用いて処理していると、経験上、調号の見落としによるノートミスが現場で多発するんです。 ですので、そんな場合は「C-dur(Cmaj)」や「A-moll(Am)」等の調号の無いキーで書いておくと、かえって演奏家は読みやすかったりします。

私は現場にスコアを持ち込む際、必ず演奏家の立場に立ってスコアを読むといった確認をしています。 自分の音楽イメージがどのようなものか、書いた方がよいのか書くと邪魔になるのか、その都度悩んでは書いて、消してを繰り返すのですが、 1曲として同じ音楽を書くことが無いので、毎回異なる書き方をしている気がします。

公式や文法などが明確に存在してはいないものの、どことなく言葉のように共通したイントネーションがあると思うので、 様々な要素を読み取ってスコアに反映していけると良いかもしれませんね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

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【12】調性にまつわるお話 あれこれ

先週のコラムでちょこっとお話した「平均律」ですが、今回はそこから少し掘り下げて「調性」に関するお話をしてみたいと思います。

まず「平均律」が生み出される前に使われていた「純正律」に関して。 何やら難しそうな話になりそうですが、理屈はとても単純で、「自然倍音」を基軸にした調律を指します。 「自然倍音」とは、例えば「ド」の音を弾いたとすると、実際に鳴っているのは「ド」の音だけでなく、 この「ド」の音を基音とした周波数をn倍した周波数も同時に発音されます。

具体的に譜面上で解説してみましょう(譜例1)。

譜例1 「ド」の音を弾いた時に発生する自然倍音

基音となる「ド(C3)」を弾くと、その基音の周波数の2倍音である、1オクターヴ上の「ド(C4)」、更に3倍音である「ソ(G4)」、 4倍音の「ド(C5)」・・・といったように次々と音の積み重なりが鳴ります。 ここで3倍音にあたる「ソ(G4)」の音、つまり5度の音に目を付け、オクターヴと5度の音を重ねて作った音律を「ピタゴラス音律」と呼びます。 この音階の最大のメリットは、単旋律のメロディを奏でると非常に美しく鳴ることなのですが、「3度」の音程が高すぎて、 和声としての運用に向かない、といったデメリットも含んでいます。 更にこれを発展させて、基音の「ド(C3)」、2倍音の「ド(C4)」、3倍音の「ソ(G4)」、5倍音の「ミ(E5)」を用いて「ドレミファソラシド」を 作ったのが「純正律」となります。

特徴としては、長調における主要三和音(I, IV, V)の音程比がいずれも4:5:6となり、非常に綺麗な響きを奏でることなのですが、 そのトレードオフとして、最大の欠点は西洋音楽の特徴の一つである「移調」や「転調」に全く使えないという点。 ではどんな音楽にこの音階が向くかというと、調律が厳密に行えず、耳だけで音程を作っていく音楽といえば、そう「合唱」です。 かの有名なウィーン少年合唱団のでは、「平均律」で作られたピアノでのトレーニングをしない、といった話を聞いた事がありますが、 この辺りが関係しているのだと思います。

さて前置きが長くなりましたが、この「純正律」に対して、「1オクターヴを12音に均一化したもの」が「平均律」です。 悪く言えば、「聴感上美しい響きを犠牲にした」とも言えますが良く言えば、純正律の音を少しずつ整えて不協和音を排除し、 使える和音や調性を増やしたとも言えるわけです。

現代の音楽表現において、使用できる和音や調性に限度があるというのは、トレードオフとしては非常に大きすぎるのも事実で、 あくまで個人的な意見ではありますが、「和音の音程比が整数である=音楽的に美しい響きである」とは決して言い切れない気がします。 もちろん、これらの事を知らずに劇伴でミサ曲っぽい音楽を書くよりは、知っていた方が主に調性や和声などの観点から良いのも事実です。

では、それらのトレードオフをして得た「平均律」の恩恵が、現代の私たちの音楽表現にどんなメリットがあるのか考えてみましょう。 1つは何度かお伝えしていますが、転調や移調が容易となったことが挙げられます。 そしてもう1つは「調性」がより細かく分類されたことです。純正律だと、どうしても調律できない調が出てきてしまいますからね。

Ludwig Van Beethoven
(1770年~1827年)

クラシックの名曲の正式名称を見てみると1つ面白い事に気付くのですが、例えば「ジャジャジャジャーン!」で有名な ベートーヴェンの「運命」の正式名称は「交響曲第5番 運命 ハ短調」と書かれています。よーく見てみると正式タイトルに調性が書かれていますよね。 下手すると「高校曲第5番 ハ短調」が正式名称で「運命」がサブタイトル的な扱いすらされるわけです。 これは調性が、タイトルと同じくらいの意味を持っていることの裏返しでもあるのですが、現代、私たちが音楽を書く場合、この意味が薄れてきていて それほど重要視されていない気がします。

劇伴を書く際、例えば壮大でヒロイックなメインテーマを金管楽器中心に書こうとすると、まず私が最初に思いつくのが「変ホ長調(E♭-maj)」です。 ♭が3つ用いられるので、弦楽器の開放弦が使えず、全体の響きとしては鳴りにくいのは事実ですが、それを上回る金管楽器のエネルギーが 活きてきます。ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」なんて、まんまその通りのタイトルです。同じくベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」 も同じキーで書かれています。どことなく、♭系で書かれた長調の楽曲は勇敢さや壮大な感じがしませんか?

また、コラム冒頭の例にもあった合唱曲などは「ニ短調(D-min)」を用いると、そのスケールを弾いているだけで教会の雰囲気が出てきます(譜例2)。

譜例2

それもそのはず、これは代表的な教会旋法である「ドリア旋法」(譜例3)であって、宗教音楽はもちろんのこと、ギリシャ民謡に多く見られる調性です。 ケルト音楽も楽器の特性上、この調性が多いですよね。

譜例3 ドリア旋法の音階

このように、音階や楽器の特性、更にはもっと原始的に「何となく勇敢な響きがする」といった抽象的なものまで、 楽曲の持つ調性は非常に多くの意味を含んでいます。 以前、とある映画の主題歌をオーケストラで書いて欲しいとオファーを頂いた際、録音直前になって「キーを半音上げたい」と要望が出たことがあり、 結果として、オケの編曲を全て書き直したことがあります。

特に歌モノの仕事をしていると、いとも簡単に「半音上げて。1音下げて。」と会話が飛び交いますが、単にシーケンス上で移調してしまうと、 平均律を用いて書かれているにも関わらず、印象がガラっと変わって聴こえることってありますよね? 歌モノや楽器のソロ曲など、ある特定の楽器にスポットを当て続ける楽曲を書く場合は、如何にしてその楽器のもつ特性を引き出すか、が焦点になるので ボーカリストに合わせて調性を上下することは非常に大切です。

しかし、音程を持った楽器だけを移調しただけだと、先述の通り印象が変わって聴こえてしまう場合が多々あります。 この場合は例えばリズム楽器のピッチを若干調整してみたり、コードの積みを変えてみたり、または旋律自体を書き換えた方が良いケースが多く、 つまるところ編曲によって印象を元に近づける必要が生じるわけです。

そんなこんなで、今回は調性に関してお話してみましたが、如何でしたでしょうか。 テンプレート通りに「勇敢な曲はE♭-majで!」と書いていても面白くないですし、かといって「G#-maj」で書き換えるとオケが鳴らなくなる。 それだけならまだ良いけれど、アイリッシュを「D-min」ではなく「D♭-min」で書いていったら、演奏家から「弾きにくい!」と苦情も出るし、 「彼は全く勉強不足」と厳しいレッテルを貼られてしまうことになります。 折角「平均律」を通して、様々な調性を手にしたわけですから、それら1つ1つの特色や個性を活かして作曲をしてみると、私たちの書く音楽が より豊かになるかもしれませんね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【13】情報の音符化

ここ最近のコラム内容が、やや座学的な方向に向いていたので、今回は少し趣旨を変えてより実戦的な部分にスポットを当ててみたいと思います。 劇伴音楽の特徴は、何と言っても「心情」や「情景」、「状況」といった様々な要素を音楽で表現しているところにあります。 映画やドラマ、アニメの映像作品に、音楽をもって演出する私たちから見ると拾わなくてはいけない情報が山積しています。

例えば登場人物が悲しみに暮れる場面の音楽を書く場合、「悲しみ=短調」といったシンプルな情報のみで曲を書き始めると、 すぐに筆が進まなくなるのはもちろん、どうしても書かれる楽曲が一定方向を向いてしまい似通ってしまいます。 これはつまり、音楽へ転化する「情報不足」が起きている状態なのですね。 では、具体的にどのような部分に注視して、作曲のための情報収集を行うのか、考えてみましょう。

とは言え私は、普段作曲をする時に、実際に理論やTipsを当てはめながら曲を書くことは殆どありません。

お城で行われる舞踏会のシーンで流れる音楽をベタに書く場合は、チェンバロに通奏低音担当させて編成はこうで、程度はやりますけども。

それ以外は全てイメージ先行なのですが、このイメージというものは「情報や経験が醗酵して無意識に具現化すること」 なのではないか、と思っています。第六感にも似た様なことが言えますよね。 ですから、今回お話することは(これまでのコラムも大半がそうですが)基本的にイメージ先行で、理屈は後付けであることを理解しておいて下さい。

さて、そんな事をぼんやりと考えながら当コラムを執筆しているタイミングで、来年の春番組の打合せがありました。 まだ具体的な音楽メニュー(楽曲のオーダーリスト)は出ておらず、どちらかと言うとスタッフの顔合わせ的な場でしたが、 物語の概要であったり、現時点で閲覧可能な映像資料等を拝見しつつ、音楽の方向性をどうするか話し合ってきました。

今回の打合せで収穫してきた情報は主に、「キービジュアル」「主要キャスト」「原作の小説」だったのですが、これに加えて 作家に与えられる「情報」は、監督や音響監督による口頭解説程度です。 つまり、この時点で作曲のための「情報」としては、ほぼ出揃っていることになります。

早速キービジュアルを横に置きつつ原作を読み進めていくと、そこには当然「人物の心情や感情曲線」や「舞台の情景」、「状況の変化」などが 細かく書かれています。

ここで冒頭の例で挙げた、登場人物が悲しみに暮れる場面を読んでみると、ここにも作者さんの言葉でその人物の「心情」が描かれています。

「悲しい」と聞くと様々な心情を想像できますが、「悲しみに暮れる」だとどうでしょう? こうなると、大泣きをしていて涙が止まらない状態ではなく、「涙が枯れてしまった後」だったり「意外にも冷静で涙が出ない」状態が想像できませんか? つまり当該人物の「感情曲線が一定」な状態なんです。

さてさて、それでは早速この情報を音符にしてみましょう。 「涙も枯れてしまった状態」とか「大切な物が心からぽろりと落ちてしまった状態」って、基本的に精神力としては底をついていて、 自ら心情に関して語り出したりはしないわけで、どちらかと言うと無言ですよね。 持続性があって、何となく擦れていて、少しだけガサついた感じをどの楽器に担当させようか考えてみると、弦楽器がぴったりです。

そんなわけでこの情報を音符にしてみると譜例1のような譜面が書けました。

譜例1 感情曲線が一定の状態を音符にしてみると…。
(クリックで拡大)

精神的に疲れ果てている訳ですから、ある程度地声に近いというか、「息を吸って吐いたら音になった」あたりの音程で白玉を置いてみました。 丁度バイオリンの開放弦が使えるのでビブラートも掛けないですし、それだけで少し哀愁が出るような気がします。

これだけだとちょっと描写不足なのでもう少し情報を拾い集めてみましょう。 「涙が枯れた」と似たような状態を文字で表現できないか考えてみると、例えば「心にぽっかり穴が開いた」なんて言いますよね。 ここに着目して音楽に転化させてみると、和音を構成する際、「密集」ではなく「解離」、つまりopen voiceでの積みを合わせてみると、 驚くほどピッタリとはまります。

「和音の隙間」が「心の隙間」と同義になるんですね。 逆に密集を使う場合はエネルギーや勢いが欲しい場合等に使うと良いでしょう。

先ほどの譜面にピアノを弾いてみたのが譜例2です。

譜例1にピアノをopen voiceで弾き加えたもの
(クリックで拡大)

「心にぽっかり穴が開いた」状態って、思考もあまり回らない筈なんです。同じことばかりグルグル考えては後悔して、結果ネガティヴな思考の螺旋に落ちていったり。 なのでモチーフもシンプルで淡々としたものとなりました。

また、「ウキウキする」「ワクワクする」といった「心が躍る状態」では、リズムを表に出すことで高揚感を演出できますが、悲しい場合はそれに反して拍子感を出しすぎてしまうと、 悩みや悲しみの深度が浅くなっていく印象を与えます。

今回の例のように、そこそこシリアスな心情を描く場合はこんな感じで絵と合うでしょうが、「高校生の女の子が前髪を少し切りすぎてしまってちょっとブルー」程度の悩みだと、 演出としてシリアス過ぎますよね。 音楽メニューには、必ずと言って良いほど「悲しみ1,2,3」とか「日常1,2,3」みたいなタイトルでオーダーが出されるのですが、どのようにニュアンスが違うのか、様々な資料を読み解いて音楽に転化させる必要が出てきます。

ですので、基本的に劇伴って情報が無い時点から書き出すことが非常に困難で、年間3~400曲書いていても、実はストック曲って1曲も無かったりします。

裏返せば、劇伴音楽は作品毎にあらゆる情報を拾い集めて書かれるので「演出上無駄な音は1音も無い」とも言えるわけです。

今回は「心情」にスポットをあててみたので、次回は同じ素材を使いつつ、「情景」に関してお話してみようかと思います。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【14】続・情報の音符化

前回は、収集した様々な情報を如何にして音楽へと転化するのか、「心情曲」をベースにお話してみました。 今回は「情景曲」に関して考えてみることにしましょう。

映像作品を見ていると、作品の冒頭はもちろん、カットの移り変わり等が背景から始まることがとても多いんですよ。 映像の演出視点で考えてみると、冒頭に背景を持ってきた場合には、物語の舞台となる世界設定の導入説明として扱いやすいんですね。

某スペースオペラ映画の冒頭も、
「A long time ago in a galaxy far, far away…」なーんて、かの有名な一文が表示された直後は、 無数の星が輝く宇宙空間だったり。

同様に、背景がカットの移り変わりにインサートされた場合は、「場面転換」や「時間経過」を表しています。 敢えて字幕やナレーションで「その夜…。」なんて入れなくとも良いように、景色を挟むんですね。

絵コンテを読んでいくと、大体この背景カットが「どこに」「どれくらいの長さで」入れられるのか、は勿論のこと、 「カメラがどう動くのか(カメラパン)」「動く場合はどのくらいの早さなのか」などの情報が書き込まれています。 この1カットだけでも、音楽に転化できる情報は非常に多くて、例えばカメラパンの動きの早さは、 音楽のテンポにとても直結しやすい要素だったりします。

以前もお話した通り、空の一枚絵を映像で表現する場合でも、雲を入れるのか入れないのか、入れたとしても動いている雲なのかどうなのか、 必ず演出側の意図があるんです。

それらの情報に敏感になりつつ、音楽として表現していくのが劇伴作家の役割なんですね。

さて、それでは早速具体的な例を挙げつつ解説してみましょう。 素材としては前回同様、今回も弦楽器の白玉を使ってみます。

まずは何の変哲もないC音の白玉を書いてみます(譜例1)。 これだけだと何のことやらサッパリ判別つきません。

譜例1 (クリックで拡大)

続いて1stヴァイオリンとホルンを加えてみましょう(譜例2)。

譜例2 (クリックで拡大)

1stヴァイオリンは、単に2ndヴァイオリンの2オクターヴ上の白玉なだけなので、音楽的な要素としてはホルンの旋律が加わっただけなのに、 途端に景色が見えてきませんか? ここで「情報の音符化」に沿って説明を加えてみると、最初に書いた2ndヴァイオリンは「地平線」。 後から加わった1stヴァイオリンは「山にかかる薄い雲」。 最後にホルンの旋律は「遠くに見える雄大な山脈」としてみると、その景色が浮かびますよね。

個々の要素を距離感に照らし合わせてに見ると、地平線が一番視界の手前に来る訳ですし、その先に雄大な山脈の裾が広がっていて、 見上げていくと高いところに霞がかった雲が見える、となるので、そのまま強弱記号等に反映させてみるとこうなります。

ただ、映像として描かれているものが「山」「雲」「地平線」の3つだけでは無いハズなので、これらの音楽的な地盤となる軸が読み取れた後は、 更に細部まで映像を見ていって、そこに描かれている情報を更に音符化し、付け加えていけば良いだけです。 前者の作業を「作曲」、後者を「編曲」とでも置き換えると、より解りやすいでしょうか。

最後に情景曲を書く時の、私なりのヒントをひとつ。

私は普段、作曲を開始する前や筆休めのときに、近所の井の頭公園を散歩したりベンチに座ってコーヒーを飲みながら構想を練ることが多いのですけど、 風景って当たり前ですが、一瞬足りとも同じ映像にならないんです。 人の心情や感情って、基本的に一定の場所にとどまり続けることが多く、「悲しみ」や「不安」など幾つかの近い要素が同居することはあれど、情報量としては決して多くはありません。 それに対して、景色が要する情報量って、非常に多いんです。

ですから、2度同じ風景が存在しないように、音楽上でも一度やったことは2度やらないようにしたり、拾える要素を増やしていくと、情景に合う音楽になりやすいと思っています。 ただし、「木の葉が落ちたので音にしておきました」的な要素は、ちょっと説明過多となってしまって、観客の注意力を集めてしまい意味のある演出と捉えられてしまう危険もあるので、 情報の拾い過ぎも禁物です。

さてさて、そんなこんなで今回は「情景曲における情報の音符化」に関してお話してみましたが、 次回は「状況曲」に関してお話してみたいと思います。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【15】続々・情報の音符化

今年もBrack Fridayが終わりましたね。 怒涛の半額セールに押し負けて、ついあれこれと音源を買ってしまいましたが、皆さんは如何でしたか? 私は、気付いたら購入した音源が軽く20を超えていて、ダウンロードだけでも一苦労、音源視聴&試奏で二苦労しています。 更にこれらの音源をDAWのテンプレートに組み込む作業が控えていると思うと、結構精神的に応えるものがありますね(笑)。

さてさて、先々週よりお話してきた「情報の音符化」もいよいよ大詰めです。 これまで「心情曲」「情景曲」とお話してきたので、今回は「状況曲」に関して考えていきましょう。

実はこの「状況曲」、他の2つに比べて最も表現の振り幅が広いんです。 基本的に「心情」や「情景」って、劇中の登場人物の心情変化や見ている景色に沿うことが多いので、どちらかと言うと それらの人物から見て主観的な視点になることが多いんです。 その反面「状況」は、それらの人物が置かれた立場や状況を表現するので、前者に比べてやや客観的な視点が必要となるんです。 例えば、ホラーやサスペンス作品などで良くある、「この扉を何となく開けてはいけない予感がする」みたいな場面につける音楽だったり、 「時限式爆弾の爆発が迫っている」などの切迫している場面だったり、後は「カーチェイス」とか「戦闘曲」なども含まれます。

客観的な視点、というものにもう少し触れてみますが、映像作品を見る上での客観的な視点とは、「必ずしも第三者の視点ではない」ところです。 つまり、主人公Aさん(一人称)とライバルBさん(二人称)が戦っている場面を横で見ているCさん(三人称)が居たとして、「Cさん=第三者」では無いということです。 ではこの場合の客観的視点を持つ存在は誰なのかというと、そう、視聴者(または読者)である私たちなんですね。神の視点とでも形容したら良いのかな。 ちょっと音楽の演出から離れますが、よく「宇宙世紀xx年、人類は未だ戦争を…。」みたいなナレーションが入ることがあります。 これも似たようなもので、これは登場人物の台詞ではなくて、神の台詞なんです。物語を見ている私たちにのみ伝えられる情報なんですね。 ですので「状況曲」というのは、これらの「視聴者に向けて発信された情報の楽曲化」と捉えてみると書きやすくなると思います。

前置きは程々にして、今回も実際に音楽で表現してみましょう。 今回は、とある2人の会話を想定して曲を書いてみます(譜例1)。

譜例1 (クリックで拡大)

どうでしょう。何やら陰謀めいた雰囲気が漂ってきましたね。 チェロの旋律は、何処となく男性の腹黒い思惑を感じさせるし、1st&2ndのヴァイオリンはヒソヒソ話で密会している様子が想像できると思います。 前回、前々回と同様に、これもその場面に含まれている情報を音符化したことに変わりはありません。 少々古い言い方ですが、劇伴メニューにおける「企み場」といったらこんな陰謀めいた雰囲気を出せば外しません。

しかしながら昨今の演出では、「越後屋、御主も相当悪よのぅ…。」みたいなベタな台詞って中々ありません。 登場人物も基本的には誰が悪人なのか、隠しますし。 ですので音楽側も「あれ、この人良い人だと思っていたのに陰謀企ててるのかしら?」と匂わせる程度が求められる傾向にあります。 実際に譜例1のような音楽を書いていってしまうと、観客や視聴者を事前に誘導しすぎるのでNGが出るんじゃないでしょうか。 壮大なネタバレになってしまう可能性もありますし。 余談ですけど、頭が良くて弁護士や医者とかの職に就いている登場人物が部屋で聴いている音楽って、何故かバッハかプッチーニが多いのは何故でしょうかね。 こればかりは今も昔も変わらないのがちょっと不思議です。

そうそう、それからもう一つ。この手の状況音楽は、編曲次第で色々な場面に合うようにもできるんです。 例えば、先の譜例1の楽曲にClavesとDelayをかけたHatを加えてみるとどうでしょうか。

たったこれだけの要素が加わるだけで、「潜入捜査」っぽい感じが出ますよね。 パーカッションが緊張感や、抜き足差き足で忍び込む雰囲気を感じさせませんか?

このように、その状況や場面を音楽で表現していくと、ぐっと雰囲気が出るようになります。 劇伴で雰囲気を出すということは、観客や視聴者の背中をヒヤリとさせたり、ドキドキハラハラさせたり、時には心拍数すらコントロールをする役目を担います。 これらは作品に対する没入感を増大させる効果が非常に高いので、「心情」や「情景」を描写するよりも神経を使うことが多い気がします。 美術さんの仕事と同じように、その大半が視聴者の注意を向けるものでは無いのですが、作品の品格を高めることに直結することが多いように感じます。

さてさて、3週に渡り「情報の音符化」と題してお話させて頂きましたが、実際にはこれらの要素って複雑に絡み合ってくることが殆どなのです。 来週はこれまでの内容を総括しつつ、応用したお話をさせて頂く予定です。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【16】情報の音符化 応用編

3週に渡って劇伴の3大要素である、「心情曲」「情景曲」「状況曲」とお話してきましたが、 今回はその応用編としてそれらの要素を総括したお話をしてみましょう。

さて、これらの要素を元にして映像作品にいざ音楽を書いてみると、フォーカスは定まっている気がするものの、 何だか物足りなさを感じるハズなんです。 例えば、1枚の風景画を想定してみて下さい。昼間、森を抜けていくと崖にぶつかってしまったけど、その下には 緑豊かで雄大な景色が広がっていている情景、とでもしてみましょうか。

さぁ、そんな絵がQuickTimeの動画として私たちの手元に届いたとして、いよいよここからは作曲家の出番です。 DAW上に動画を貼り付けて、繰り返し何度も動画を見ているとカメラのパンスピード等から楽曲のテンポがぼんやりと絞られてきます。 映像に収められている雄大な自然に負けじと、スケールの大きな音楽をメジャーの調性で書いてみて、モチーフもアレンジも納得が いく曲に仕上がったのでクライアントさんに提出してみると、リテイクを通り越してまさかのNG。 さてさて、きちんと絵から受け取った情報を「情景曲」として音符にしてみたのに、一体何が悪かったのか。

そう、実はこれ、とても大切なことを見落としているんです。 「森を抜けていくと」という記述があるということは、作品中の誰かが実際に歩いていることになりますよね。 その人物はなぜ、その場所に足を運ばなくてはいけなかったのか。どんな心情で森の中を歩いたのか。 最終的にその景色を目の当たりにした時の感情曲線はどうなのか。

物語の設定上、かつてその人物が暮らした農村を飛び出し、数十年後に旅先でその集落が何らかの理由で滅んだ噂を聞き、 実際に足を運んでみると集落の影は消えていて緑に覆われていた、と書かれていた場合、その人物の「心情」が置き去りにされています。 往々にしてそういった人物描写は作品の中でも時間を掛けてじっくりやるものですし、その景色を見るに至った直前に、わざわざ 改めて書かれるものでもありません。 いくら雄大な景色が広がっているからといって、「なんて緑豊かなんだ!」とは思わないわけですよ。 つまりここでは「心情」と「情景」を絡めながら、どちらかといえば「心情」に寄った音楽を書くべきなんです。

この様に、3つの要素を個別に考えてしまうと、かえって意図する演出から離れてしまい、微妙な温度差を生むことになってしまいます。 音楽は良いのだけど、何だか絵に合わないな、と思ったらもしかするとまだ拾いきれていない情報が無いかどうか確認してみましょう。

少し前の話になりますが、アメリカのとある映画配給会社から、映画の予告音楽を書いて欲しいと依頼があったのですが、 その時のオーダー内容がまさにこのような感じでした。 文面にしてメールで3行程度の設定が書かれていて、ターゲットとなる観覧者の年代が加えられている程度のもので、 非常にクリエイティヴなやり取りを経験できた記憶があります。

そのオーダーで印象的だったのは、6歳~14歳までの子供と引率役の両親がターゲット、従って夢を与えるような前向きな曲調で、 生のオーケストラを使ったものにしたいが、印象の強いパーカッションやモダンなシンセ、ロック要素は絶対に入れないで欲しい、 といったようなものでした。 その後に続いて、”コメディ映画でネズミがレースをするようなハチャメチャなもの”とか、”星空が輝く空の元、両親が子供を寝かしつける ような優しさがある現代版星に願いを”とか、イメージ先行の個別オーダーが2行程度。

各オーダーに対して数点のデモを書いてみましたが、”現代版星に願いを”の楽曲がとても当時の私にシンクロしていたのか、 3日とかからず4パターンほど書けてしまい、その中から3曲を提出しOKを頂きましたが、今回はそこから漏れた自己ボツ曲をひとつ。


少々”星に願いを”という言葉を拾い過ぎた気がして敢え無くボツとした曲ですが、今回はこの曲を元に分析してみると、 冒頭のVlnの高音域でのトレモロは、無数の星がキラキラと輝いているイメージの音符化であって、そこにチェレスタが加わると 子供達がスヤスヤと寝ている情景が思い浮かぶと思います。この曲は3拍子で書いていますが、6/8拍子と併せて、これらの拍子は万国共通で 子守唄に多く見られますよね。これもどこか、揺り籠が揺れる速度や振り幅が音符化された結果なのかな、と思ったりしますけど。 さらに、そこに両親が子供達を見守る様子をチェロとビオラが奏で始めるのですけど、これが要するに「情景」の中に溶け込んだ「心情」に 該当するわけです。

アレンジ的にも、とても分かりやすく書いていると思いますが、ここで考えたのは「親と子」という対比です。 音楽において、取り分けオーケストラを用いた楽曲だと、この対比が非常に大切で、「光と影」とか「昼と夜」「男性と女性」「右と左」 「上と下」といった対比を組み合わせて行くと、より豊かな音楽になっていくと思います。 来週以降はちょっとこの辺りのお話をしていこうかな、と考えていますのでお楽しみに!

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

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【17】楽器配置から読み解くオーケストラ

音楽を書いていて、ピアノやギター、バイオリンなどの楽器を個別、または小編成で録音する機会は多々あれど、 オーケストラの録音となると中々その機会も乏しく、いざその機会が幸運にも巡ってきた場合には、 たとえそれ以前にある程度座学を重ねていても、自分の頭の中で鳴り響いている音楽が満足に再現される可能性は非常に低いとものです。 かく言う私も、初めてその切符を手にし、喜び勇んで現場にスコアを持ち込んだ時の絶望は今でも鮮明に覚えていて、 いざスタジオでオーケストラの音を鳴らしてみると、想像の遥か斜め下をいく音が奏でられて顔面蒼白状態。 録音中、「違うんです!僕の頭の中で鳴っている音はこれじゃないんです!」と、何度も心の中で叫んでいる内に現場が終わってしまいました。 楽器の音域から外れた音は書いてないし、譜面のミスも見当たらないのに何故?という疑問から私の勉強と研究はスタートしたように思います。

そんな苦い経験から自宅に戻って、改めて色々な管弦楽の本を改めて読み返してみると様々なことに気付かされるのですが、 それらの本に記されているのは、個々の楽器の特性や音域、演奏可能/不可能な音形例、特殊奏法の解説に関してが殆どで、 それ以前のことに関して書かれたものがどうにも見当たらない。 五線紙に楽器を並べていく際の並び順はどうなのか?スタジオでの楽器配置はどうするか?移調楽器は何故ピアノ等と同じに inC で書かないのか?といった、 あまりにも基礎的で大枠な情報に関してはどこにも書かれていないんです。 しかし、それらの点在していた情報が線となって繋がっていくと、途端にオーケストラの音色が鮮やかになってくるので、今回のコラムからは 現場で遭遇する疑問を元に、現場と管弦楽の教本を繋ぐアレコレを綴ってみたいと思います。

さてさて、この10年で作曲を始める際に行うアクションが「スコアを書くこと」から「DAWを起動させること」になってきました。 譜面作成ソフトを起動させて楽器をアサインしていくと、書き手が何も考えずともプログラムに従って五線紙上に楽器を配列してくれます。 確かに、2管/3管編成のスコアを書く場合、毎回楽器を五線紙の左隅に書き込むのは面倒だし、手書きで書く場合も、ほぼルーチンワークです。 道具としては非常に作業を効率化してくれて、クリエイティヴな時間をより多く生み出してくれるものに違いないのですが、 実際にはそれらのソフトが、どうして金管楽器の一番上がホルンなのか、金管楽器群の下にパーカッションを持ってくるのか、何も教えてくれません。 実はこれらの五線紙上の楽器配置には、とても大切な意味があって、楽器の構造や音色からくる相性の良し悪しを含んでいるんです。 まずはその辺りの点在する疑問を繋げて、線にしていきましょうか。

例えば先程の、「どうしてホルンは金管楽器群の中で五線紙上、最上位に配置されるのか」という素朴な疑問。 実はこのホルン、金管楽器にに分類される楽器の中で唯一、木管五重奏に加わる楽器だったりします。 木管五重奏の中では「音がうるさい」と言われ、金管アンサンブルの中では「音が小さい」と言われる、何とも身の振り方に困る楽器ですが、 裏返すと木管楽器と金管楽器の特性を併せ持つ、接着剤的な側面を持っています。 ホルンが伴奏に回っている際に、木管楽器にも同じモチーフを分散させて吹かせてみると、相乗効果でお互いの響きが豊かになるし、 同一フレーズをホルンのユニゾンで吹かせてみると、金管楽器の中に混ざっていても負けない力強さを発揮します。 木管とも金管とも相性が良いこの楽器は、五線紙上での配置は木管楽器群のファゴット/コントラファゴットから見て下、金管楽器群のトランペットより上、という配置が 自然と決まってくるわけです。

楽器の配置ついでにもう一つ。 DAW上に楽器をアサインすると、必ず定位がセンターに置かれます。 実はオーケストラの音でセンターから聴こえて来る楽器というのは非常に稀で、国内の劇伴で旋律楽器として多様されるバイオリンなどは 指揮台から見てみると、真左に位置付けられています。 これはスタジオはもちろん、演奏会で生のオーケストラを見るよりも実際に指揮台に上がってみると気付くことで、教本やDAW上では なかなかイメージしづらい部分なんですね。 もちろん、最終的な楽器の配置決定権は作曲家に委ねられることとなるのですが、まずは基本的な配置を知る意味で、古典的配置と 現在の一般的な配置を2種類確認してみましょう。 まずは古典的な配置から(図1)。 指揮者の両翼に1stと2ndのバイオリンが配置されていて、コントラバスが左手に位置するのが大きな特徴。

図1 古典的配置の例 (クリックで拡大)

続いて現在の一般的な楽器配置を見てみましょう(図2)。 古典的な配置と大きく異なるのは、2ndバイオリンとチェロが入れ替わり、コントラバスが右手奥に移動していること。 メリットとしては、音域の近い楽器が近くに配置されたことで、より良く音が響くようになったことと、 2ndバイオリンが楽器を客席に対して平行に構えられることから、より聴こえやすくなったことです。 また、古典時代から比べると各セクションの楽器数も大きくなり、編入楽器の種類が増えています。

図2 現在の一般的な配置例 (クリックで拡大)

さてさて、それではこれらの配置が実際にどういった部分で作曲に関係してくるのでしょうか。 例えば古典的配置だとDAW上で言うところのLとRにバイオリンが配置されていることから、フレーズの掛け合いをさせてみると 二人の人物が対面して会話をしているような効果が得られますよね。 しかしながら、現在の配置だと役割的には1stバイオリンの補強的な役割が大きくなってきます。 歌モノでいうところの、主メロに対するハモに近いイメージでしょうか。

さて、それではここでちょっとした問題を一つ。 先程も五線紙上の楽器配置話の中で登場したホルンですが、実際の楽器が配置される場所はどこでしょう? 答えは意外なことに、こんな場所なんですね(図3)。

図3 ホルンの位置、実は・・・。 (クリックで拡大)

そう、木管セクションの左後方になるんです。この配置から見るとDAW上でのホルンのPan位置が決まってきますし、 また、その楽器の使い方も大きく変わってくるのではないか、と思います。

このように、五線紙上や実際の楽器配置場所から楽器同士の相性や役割が見えてきます。 これでようやく作曲ができる!と思ったら、まだまだ序盤中の序盤です。 料理で例えるなら、食材を買ってきた程度のお話。 来週はもう一つ大事な要素でもある、楽器の持つ個々の音量に関してお話してみる予定ですのでどうぞお楽しみに。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【18】楽器の音量と編成の関係

さて、前回はオーケストラで使われる楽器をカテゴリ毎に分類して、それらの楽器配置をお伝えしましたが、 今回からは楽器の音量と編成に関してお話してみたいと思います。

劇伴の音楽打ち合わせがあった直後、まず作曲家が決めるのは、そのプロジェクトをどんな編成で書くのか決定することです。 大抵打ち合わせが終わると、制作を兼ねるマネージャさんと喫茶店に入り、予算を元に楽器編成を決めて、続いてレコーディングスタジオとエンジニアさんを決め、 それが決まるとその場でバンバン電話して頂くのが通例です。 これは主にスタジオと演奏家のスケジュールを事前に確保しておくのが大きな目的でもあるのですが、それと同時に、どれくらいの規模で どんな音楽を書くか、という作曲家の音楽的な構想にも直結してきます。 この様に楽器の編成とは、それが決まらないと作曲が始められないくらい大切な要素なのですが、それ以前に編成ってどうやって 決めていったら良いのか、なかなか分からないですよね。

今回は主に二つの観点からこの疑問を考えてみましょう。

一つ目は、純粋な楽器毎の音量差から考える編成。 例えば日本でプロ野球の中継をTVやラジオで流していると、バッターの応援歌なるものを耳にしたことありますよね。 数千~数万人もの観客に混ざって、応援音頭をリードしている楽器が何かと言えば、そう、トランペットです。

その材質と真っ直ぐに伸びた形状から出る音質は、音量も勿論のこと、非常に抜けが良いのでとても大きく聞こえます。 この「大きく聞こえる」という感覚的な表現、実はとても大切で、楽器が発音する音量を単なるdecibel値で計測するのと、 聞こえやすい、聞こえづらいのは全く別なんです。

この声援とトランペットの関係を、そのままオケの合唱とトランペットに置き換えてみましょう。 現在、良く使われるトランペットの編成は3本ですが、それに対する合唱の人数は実に80~100人近くにもなるんです。 (実際にはそんな偏った編成はないので、他の楽器が多く取り入れられるわけですけど、100人規模の合唱の中でも3本のトランペットは 十分に聞き取れるくらい大きな音がする、という意味で捉えて下さい。) あくまでもこれは、コンサートホールでの演奏を考えたバランスではあるので、主にスタジオ録音で作られる音楽のバランスとは 異なる部分も多々ありますが、トランペットが出す音量に対して着目してみると、そこから他金管楽器の編成が決まり、 弦楽器や木管楽器、打楽器の編成を決めていく目安になると思います。

二つ目は劇伴仕事の「音楽制作予算」と「録音スタジオの大きさ」。 どんなに頭の中でスケールの大きな音楽が鳴り響いていても、劇伴仕事には必ず「予算」という制約が付いてきます。 平たく言ってしまうと、予算の都合上、呼べる演奏家の人数上限が予め決められてしまうんです。 仮に大きな編成を呼べるだけの予算があったとしても、海外のようなScoring stageと呼ばれる大きなスタジオは残念ながら国内に有りません。 プラグを通さずに音を録音するということは、その空間で鳴る音を録音するという意味ですが、国内の商業スタジオに14型の弦を呼んで スタジオに詰め込んでみても、音が飽和してしまってあまり良い音にならないんですね。 はやりそれぞれのスタジオに見合った、良い響きのする編成というものがあるんです。

余談ですが、私の音楽を20年近くに渡って録音してくれているサウンドエンジニアの井野健太郎氏は、一緒に手掛けたプロジェクトの機材は勿論、 マイキングや編成まで細かくメモを取り続けていて、更にそれらをデータ化してくれているのですが、新規プロジェクトの立ち上げの際、 この情報は非常に参考になります。 一見非音楽的な行為に映るかもしれませんが、「あの時のあの曲は良い響きだったけど、どこで録音したっけ?演奏家どなた?」とか、 「あの曲よりも今回はもう少し金管の音像を遠くしたいんだよね。」といった具体的なプランをプロジェクト毎に話し合っているので、 とある基準に対して今回はどうしたいのか、という議論をする上での基準となる定規を作ってくれていると、 「今回はこんな音楽の方向性で行きたいから、あそこのスタジオに8型を入れて…。」と具体的に決めやすいんです。

さてさて、以上二つの中でも作曲家として大切なのは、やはり一つ目の音楽的な視点。 昨今、商業ベースで音楽を作る上で大きなウェイトを占めてきたのがコンピュータによる打ち込みですが、それまでの主流は 「作曲をする = 譜面を書く」ことでした。 より便利に、そしてより確実に映像とのシンクロをプリプロダクションの時点から細かく追い込めるようになった反面、 私たちが置き忘れてしまったことも存在しています。その一つが楽器の音量に関する関心ではないかと個人的に思っています。

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試しにフルートとホルン、トランペットの音源をDAW上に立ち上げてみると、メーカーやライブラリによって多少の差はあるものの、 それらの音量は数値化、あるいは視覚化されて画面上に映し出されます。 数値や視覚から得られる情報は、聴覚と比較して非常に説得力があり情報力としても強いのですが、実際にこれらの楽器をフォルテで同時に 演奏してみると、トランペット > ホルン > フルート の音量差になります。 (フルートの最高音近くを音色無視した演奏で吹くと大きな音はするけれどあくまで通常運用な範囲でのお話) トランペットは冒頭でもお伝えしたように、形状が真っ直ぐなので、菅がぐるぐるに巻かれたホルンよりもダイレクトに聞こえてきます。 更にトランペットは音の出口を正面に向けるのに対して、ホルンはやや斜め後ろ。加えて右手を音の出口であるベルに突っ込むわけです。 同様に形状が真っ直ぐなトロンボーンと比べても、音量は一歩劣ります。 フルートに関して言えば、音の発音原理は皆さんもご存知の通り、瓶の口を吹いたら「ボー」となるものですが、これを実際にやってみると 吹いた息の半分くらいしか実際の音に変換されていないことに気付くと思います。つまり、息というエネルギーを音に変換する効率が非常に悪い楽器なんです。 (この為、リードを通じてより効果的に息を音へ変換できる同属性のオーボエやクラリネットとフルートを、息継ぎ無しで演奏できる時間を計測してみると、 後者二つに対してフルートは半分くらいの時間しか息が続きません。)

Gustavus Theodore von Holst
(1874年~1934年)

この様に、楽譜にフォルテと指示を出しても実際の聴感上では聞こえ方が大きく異なってきます。 この音量差をdecibel値で揃えようとすると、かえって不自然な響きになってしまうので実際にはどのように対処するかというと、 各楽器の人数を増減することでバランスを取る、といった最も原始的な手法が効果を発揮します。 聴感上のバランスが足らなければ人数を増やせば良いし、逆に大きく感じる場合は人数を減らすか休ませるというわけです。

となると、様々な楽器を同一の強弱記号で演奏した場合、どう聞こえるのか疑問が湧きますよね。 数々の名曲の中で、全員が同じ音、しかも同じ強弱記号で演奏している楽曲といえば、ホルストの惑星から「火星」の一部分が分かりやすいので見てみましょう。

ホルスト惑星より「火星」 一部抜粋 (クリックで拡大)

コントラバスーン以外は全員で、24度にわたり「G音」を演奏している箇所で、各楽器の音域から人数まで非常に計算されています。 映画音楽では誰もが知っている John Williams の「STAR WARS」メインタイトル冒頭なども、ほんの一部の楽器を除いて「Bb」のみ。 同じ音を同じ強弱記号で演奏した場合のバランスとしては非常に参考となるので、是非スコアを見つつ実際の演奏を聴いてみて下さい。

どちらの参考曲も大きな音で演奏しているものですが、それに反して小さく演奏をしてみると、実は強く演奏した時ほど音量差が出ないんです。 特に金管楽器は、その力強い音色の印象に反して、弱く吹いた時の音色も非常に綺麗で、数ある楽器の中でもダイナミクスの幅が非常に広い楽器です。

よって、オーケストラ全体でクレッシェンドしていく場合、弦楽器→木管楽器→金管楽器と加えていくと、非常に高い効果が発揮できます。

昨今の劇伴制作は、セクションごとに楽器を録音していく手法が多く、私もその方法を採用することが多いのですが、過去に書いた作品で過激なPanを割り当てたり 無闇にフェーダーの上げ下げによってバランスを取った音楽は、時間が経って聞いてみるとあまり良い印象がない気がします。 もちろん、コンサートの録音を教科書的に行うことが劇伴の演出上、毎回望まれているとは思えませんし、スタジオでしか録音できない音楽を作ることは 非常に楽しく、そこで新たな手法や道具の発展にも繋がることになるので大事なことだと思います。 しかし、それらの手法や道具に頼らず、まずは楽器のみのバランスを考えていくと、その過程で必ず、個々の楽器の特性や音色といった表現力の個性に気付かされ、 そして様々な楽器の組み合わせにより、幾通りにも変化する音色にきっと虜になると思います。 物事を習得する際、「百聞は一見にしかず」と言いますが、こと音楽に関して私は「百見は一聞にしかず」と思っていますので、 偉大な作曲家が編み出した数々の魔法を読み解いて、私たちが明日生み出す音楽をより豊かにしていけたら素敵ですよね。

次回は今回に続き、音量のバランスに関する内容を考えていますが、楽器の組み合わせや積み方による角度からお話できたら、と思っていますのでどうぞお楽しみに。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

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【19】和音のバランスを考える

今回のコラムは、ハーモニーの基本となる三和音のバランスを踏まえた上で、より実戦的なハーモニーバランスを考えてみたいと思います。 もはや説明する必要の無いほど、三和音に関しては皆さんも色々と知識があるかと思いますが、これが劇伴はもちろん、管弦楽の観点から見てみると 意外にも新しい発見があったりするので、「何を今更」な方も、ちょっとだけお付き合い下さい。

さて、「三和音」と一口に言っても「長三和音、短三和音、増三和音、減三和音」の4種類が存在しますが、今回はシンプルに長三和音と短三和音の二つに絞ってお話を進めていきます。先ずはその構成音を見ていきましょう。(譜例1)

譜例1 (クリックで拡大)

音楽の教本では、最初のページに記されているくらい基礎的な知識ではありますが、要するに三度ずつ積み上げていった音の真ん中(第三音)が、 根音から見て長三度上に位置していると長三和音(メジャー)、同様に第三音が短三度に位置すると短三和音(マイナー)となります。 前者が「明るい響き」なのに対して、後者は「暗い響き」がその特徴ですが、これを劇伴作家の観点で分析してみると、この第三音には 「感情」が宿るんです。そのハーモニーの性格を表す、とても重要な音ということですね。 また、第五音は「響き」を補強する役目があります。 以前のコラムで「心にぽっかり穴があいたような心情曲」の例で、シンプルなピアノ曲を書いたのは、実はこの「第三音」を抜いて弾いているのですけれども、これは「感情」の宿る第三音を抜くことで無感情にした典型的な例です。

さて、ここで試しにどちらの和音でも良いですが、全部同じ強さでピアノを弾いてみて下さい。 ちょっと機械的、というか無機質で音楽性の片鱗は到底味わえない音がしませんか? たかが三和音なのに、どうやったら音楽的な響きへと昇華させることが出来るのか、疑問が湧きますよね。 その答えこそが、今回のコラムテーマである「バーモニーのバランス」です。

一般的に、しっかりと提示された旋律と根音があると、その旋律に含まれている音階(スケール)から第三音を判断して、勝手に脳内で補完されるのですが、 この「根音」は調性とハーモニーの土台を作る、といった二重の意味で大事な音です。 では、次に第三音と第五音のどちらを強く弾くべきか、という問題ですけれど、第三音という音は、先述の通り、そのハーモニーのキャラクター性を出す為に非常に重要な役割を持っているのですが、小さく鳴らすだけでもその存在が感じる反面、大きすぎるとハーモニーバランスが大きく崩れてしまいます。 よって、単純な音の大きさの重要度を高い順で並べてみると「根音→第五音→第三音」となります。比率としては合計100として、「50,35,15」くらいの配分でしょうか?

ちょっと実際に音を聞いてみましょう。最初は全部同じ大きさ、二番目が第三音が強め、三番目が第五音が強め、最後にバランス良く弾いたものです。

どうでしょう?同じ三和音なのに、バランスによってとても大きく印象が変わってきませんか?

ではここで三和音の発展系として、三和音より離れた低位置に、根音を追加してみましょう。(譜例2-1) こうなると、一番低いヘ音記号に書かれた根音が重要になるのですけど、逆にト音記号に書かれた根音は、グッと音量が下がってきます。 大きさの順だと「ヘ音記号の根音→第五音→第三音 = ト音記号の根音」となって、先ほどのように数値化してみると「50,30,10,10」くらいの配分になります。 実際に楽曲中だと、(譜例2-2)のような「ブンチャッチャチャ」といった伴奏で使われることが多いのですが、こうなると「50,10,10,10」くらいで演奏されることが多いです。(数値の合計が100になりませんが、そこは気にせず!) またこの音形では、ト音記号の根音を省略することでより軽快な楽曲になるので、覚えておきましょう。

譜例2 (クリックで拡大)

実際にオーケストラの中で(譜例2-2)のような音形を楽器に割り振ろうとした場合、弦アンサンブルだけの演奏を考えてみても、 ヘ音記号の根音をチェロ単体で弾くのか、コントラバスをオクターヴ下のユニゾンで鳴らすのか。 ト音記号の根音を省略しない場合、上から1stVln、2ndVln, Vlaと割り振るのか、それとも1stVlnを休ませて2ndとVlaでどちらをdivisiにするのか、 ト音記号の根音を省略した場合にはどうするのか、といった幾通りものアプローチが存在します。 ここへ更に、木管楽器・金管楽器・打楽器などが加わってくると、単なる三和音にしても、無限の組み合わせがあるわけですね。

これより先のハーモニーバランス構築に関してはこれといった回答がなく、「あの作家はあの曲でこう積んでいた」とか「こんなイメージで音を重ねてみたけど成功した、失敗した」といった具体例でのみ、ノウハウが存在している領域です。

楽器奏者があるレベルを超えてくると、感覚的に自分がどの構成音を演奏しているのか判断して周囲とのバランスを調性してくれます。 ですので、和音の構成音一つ一つに強弱記号を書き込まなくとも良いのですが、これは裏返せば、きちんとハーモニーのバランスを書き手が把握していないと頭の中で思い描く響きと異なる印象となってしまいます。 楽器の特性や性格、また、それらのキャラクターが音域によって変化すること、聞こえやすい楽器と聞こえ辛い楽器、同一音を何人で演奏するのか、といった様々な要素を組み合わせて、是非皆さんの理想のハーモニーを追求してみて下さい。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【20】ハーモニーバランスの応用編

前回は、ハーモニーの基礎となる三和音を例として、そのバランスに関するお話をしましたが、 実際に楽曲のアレンジをしてみると、三和音をそのまま使用する箇所って凄く限られてくると思うんです。 ですけれども、三和音の構成と個々の音の役割を知っておくと、いざアレンジに取り掛かる際、特に伴奏部を担当する 楽器群の響きがとても豊かになっていくので、今回はその辺りを掘り下げてみたいと思います。

例えば、こんな主旋律が思いついたとして(譜例1-1)、それにコードを付けてみます(譜例1-2)。

譜例1 主旋律に対して先ずはコードをつけてみる
(クリックで拡大)

ここまでが作曲の部分ですが、いよいよここからハーモニーバランスを応用して伴奏を考えていくとしましょう。 一応、楽器の割り振りを「主旋律 = Flute」「伴奏 = Harp」としておきますが、実際に音を確認する場合はピアノで「主旋律 = 右手、伴奏 = 左手」と代用してみて下さい。

さて、テンポもゆったりしているのでアルペジオっぽい伴奏をHarpでつけてみようかと思いますが、何も考えずにコードを素直につけていくとこうなります(譜例2-1)。 伴奏が付いたことで音楽的にグッと豊かになったものの、何だかギクシャクした固い感じの印象を伴奏から受けますよね。 前回、三和音の構成音における第三音は、「調整を決める重要な音」であることをお伝えしましたが、実は伴奏で多様すると音楽に固い印象を与えてしまいます。 そもそも主旋律を見てみるとこの第三音が随所に含まれているので、聴いている人はどんな性格を持った音楽なのか、わざわざ伴奏側で説明せずとも感覚的に感じ取っているんですね。 ではこの伴奏部分の第三音を抜いて、根音+第五音のみに変更してみましょう(譜例2-2)。

譜例2 コードを元に伴奏をつけてみる
(クリックで拡大)

いかがですか?曲調が以前よりも、より優しい感じになりましたよね。 このように三和音のみで伴奏を考えてみても、どの音をどこに配置するのかしっかりと音の特徴を把握していると、幾通りものアプローチができるようになってきます。 また、伴奏部に用いる楽器によっても大きく変わってきて、木管や金管楽器だと逆に三和音の響きが綺麗に鳴ったり、弦だと五度で調弦された特性を活かして(コントラバスを除く)独自のアプローチを使うこともできます。 例えば、伴奏部のアルペジオを少し崩して、チェロを副旋律的なアプローチ(オブリガート)で書いてみると、また違った印象の曲になってきます(譜例3)。

これらのアプローチは劇伴のみならず、歌モノ(特にバラード曲など)の伴奏を考える際に、ギターやピアノといったアコースティック楽器だけでなく、シンセパッドの積み上げにも色々と応用が効きます。 歌モノの譜面上ではコードだけ書いておいて、後は現場で演奏者にある程度おまかせ、といったことも多々あるかもしれませんが、コードの解釈や演奏は合っているものの、何となくイメージと違う場合には、 「(コードの)積みの下から2番目を少な目にしてみて!」とか具体的なディレクションができるようになってきます。 裏返せば、演奏家にお任せしっぱなしで、あまり深く考えたことが無いかもしれません。

最終的には私たちのイメージに沿った曲の印象になる方が良いので、あくまでも予備知識程度に留めておいて是非色々なハーモニーバランスを試してみて下さい。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【21】失敗体験から学ぶスタジオワーク

いつの間にか当コラムも前回で掲載20回を迎えたそうで、読者の皆さんには拙い内容にお付合い頂いて感謝の限りです。 もう少しの間、連載を続けるネタもあるので今暫く皆さんにはお付き合い頂くとして、少々最近堅苦しい内容ばかり続いてしまったので、 ちょっと視点を変えた雑談でもしてみようか、と思います。 これまでに、私が実際に現場でやらかした失敗談を綴って皆さんには笑って頂きつつ、二の轍を踏まないようしっかりと回避して下されば良いな、と(笑)。 それでは早速いってみましょう!

コントラファゴットの全体像 最下部にあるエンドピンを床に立てて演奏するくらい大きい楽器です
(クリックで拡大)

1. コントラファゴット初投入時の失敗談

管楽器中、最も低い音を奏でることができるコントラファゴット。私が初めて編成に組み込んだのは、コントラバスの響きを補強するのが目的だった気がします。 それまでの経験上、2管編成を録音する際には、フルートにピッコロ、オーボエにコーラングレ、クラリネットにバスクラリネットといった奏者さんに、 演奏箇所に応じてその都度楽器を持ち替えて演奏して頂いてきました。 このコントラファゴットも他楽器同様に、2番ファゴットさんに途中で持ち替えて貰えば1回で録音できるじゃん、と思い譜面に指示を書いてしまったという超初歩的なミス。

オケ録り当日、現場でその譜面を見た2番奏者から漏れる苦笑が、他の木管アンサンブルメンバーに伝播し、最終的に爆笑されることとなったのですけれども、 当の僕は何をやらかしたのかサッパリ。 恐る恐るトークバック越しに「あれ、僕何かやらかしてる?」と聞くとまた爆笑。 とりあえず録音ステージに来て楽器見てごらん、と奏者さんに言われて実際の楽器を目の当たりにすると想像以上に大きな楽器に驚かされ、一瞬で自分のミスに気付きました。

ファゴットよりも1オクターブ低い音を出すために、ファゴットの倍の長さの管を要していて(管長は実に6m!!)、その分重量も増え6kg超え、というこの楽器。 普段客席からこの楽器を見ていると、基本的には上半身と管の上側しか見えないので気付かなかったけれど、チェロのようにエンドピンを床に立てて演奏するほどの巨体。 これを作曲者が「演奏途中で持ち替えよ」と指示したもんだから、「えっ?演奏したら静かにファゴット置いてからこの巨体を立てた後に演奏しろってこと??」と判断され、 その様子を想像するととても滑稽なことから笑われた、と。「やっていいならやるけどさー笑」なんて追い討ち掛けられたりして。

左がドイツ式のファゴット、右がフランス式のバソン(バスーン) 良く見ると楽器上部(ベル部分)の形状が異なる
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2. コントラファゴットで2度目の失敗

前回犯したミスはしないよう、今回は最初から最後まで2番さんにはコントラファゴットを吹いて頂く曲を書いた時のこと。 頭の中では、増幅された低弦とコントラファゴットが混ざり合い、さぞ豊かな響きになるだろうと期待して臨んだリベンジ戦。 サウンドチェック時に聴こえてくるオーケストラのハーモニーはとても良く、低音の支えも、さながら高級感あるカーペットのような厚みが出て確かな手応えを感じたのも束の間。

暫く録音を続けていると、唐突にコントラファゴット奏者から「休憩を挟んで欲しい」との要望が出ます。 ようやく全体の音色が馴染んできた頃合いだったのですが、奏者曰く「頭がボーッとして休憩を挟まないと継続は無理」とのこと。 風邪でも引いていらっしゃるのかな、なーんて思ってその場を凌いだ僕は、現場終わりに奏者さんに笑いながら言われた一言で自分のミスを思い知ることになるのですが、 奏者さん曰く、「この楽器は低音のロングトーンを吹き続けていると、楽器の振動で脳を揺さぶられてボーッとしてくるんだよね」だそうで。 つまり、僕の書いた白玉を吹き続けたことによって軽い脳震盪状態に陥ってしまった、というわけです。

これらの話は、楽器教本にも管弦楽法の本にも書かれていないので、正に現場で犯したミスから得た知識と言えます。 冷静に考えたら常識的過ぎて書かれていないことなのかもしれませんけど(笑)。

余談ですが、ファゴットとバスーン何が違うの?という疑問を誰もが抱くと思うのですが、ファゴット(独 fagott 伊 fagotto)とは主にドイツ派生の「ヘッケル式」という機構を備えた楽器です。 これに対してバスーン(英 bassoon 仏 basson)は、主に英語圏で用いられる名称で、先述の「ヘッケル式」に加えて「フランス式」も含めての総称です。 そもそもフランスには「バソン(正式名称バソン・フランセ)」という独自の楽器があるため、ドイツやフランスに行くと、これらの楽器名称は似ていて非なるものとして扱われます。 辞書や楽器図鑑、音源の楽器名称としての分類、区別は同義であったとしても、「ドイツ式をファゴット、フランス式をバソン(バスーン)」と覚えておくと良いかもしれません。 楽器の構造ももちろん、良く見ると形状からも判断がつくのも小さなポイントです。

とはいえ、本国フランスでもパリ管弦楽団は最も最初にファゴットを取り入れていたり、フランス国立管弦楽団はバソンだったり、指揮者によっても変わったりするようで、 一概に線引きは行われていないように思うが、音色を実際に聴いてみると確かに別物だったりするんですね。

最もこの問題を複雑にしているのが、日本国内での教育上の呼称がある時期(20年程度前だそうです)を境にバスーンからファゴットへと変更されたことが大きい気がします。 今日のスタジオで、編成にこの楽器を組み込むとファゴットと言っても、バスーンと言っても、ドイツ式のファゴットが現場にやってきます。 それまで、日本原産のお米とタイ原産のタイ米を、欧米諸国が「rice」とひとまとめにしてしまっていたのをキチンと区別したような話なのでしょうかね。 えーと、良く分からない例えで済みません。同じお米でも、実際に食べてみると形状や味、粘りが違うでしょ?それを区別した呼称がそれぞれにあるんですよ、的な。 やっぱり良く分からない例えですね。

最後に、英語圏では可能な限り「バスーン」を使いましょう。何故かと言うと英語圏には非常に似た言葉で「faggot」という言葉がありまして。 気になる方は辞書で調べてみると良いかもしれませんが、柔らかく、且つストレートに申しますとオカマ的な意味なんですね。 ファゴット奏者が演奏をミスした時に「ファゴットのパート(パート譜)どうなってるの!?」なんて怒鳴ろうものなら、奏者がちょっと内気な男性だったりすると 「あのオカマ奏者はアソコ(part)ついてるの??」的な有難い解釈にも派生する可能性もありますからね。

あらぬ誤解は招かない方が良いこともありますから気をつけたいものです。 まだまだ失敗談があるにも関わらず、ファゴットだけで終わってしまったことに軽く衝撃を受けつつ、次回に続きます。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【22】失敗から学ぶスタジオワーク 其の弐

過去の私が犯したミスから回避策を講じましょう、という趣旨の元掲載した前回のコラムが、想像よりも遥かに良い反応があったので、 今回もそれに肖って私の失敗談を元に具体的なお話をしてみます。 他人の不幸は蜜の味と言いますし、笑話半分に読んで頂きつつ、読者の皆さんにはしっかり地雷回避して頂ければと思います。 しばらくの間DAW話からも遠ざかっていたので、今回は現場に持ち込むデータ的なお話を主軸にしてみたいと思います。

・2小節カウントでA頭

オーケストレーション仕事等で、他作家さんのDAW上のデータを拝見すると、極稀に1小節目から音楽が始まっているデータを見掛けます。 駆け出しの頃の私もその例に洩れず、1小節目の頭に音符を置いていました。 この状態でデータを書き出してスタジオに持ち込むと、実は様々な問題に派生することになるのですね。

例えば、曲を新たに録音するたびに「○小節カウントで練習番号○です」と言う必要が出てくる問題。 全曲、練習番号Aの1拍目(強拍)からスタートする曲であれば不要かもしれませんが、実際には弱拍から始まる曲も多数ありますよね。 日本国内では「弱起の曲」または「Auftakt(アウフタクト)」と聞けば、皆さんもご存知かもしれません。 ちなみに「Auftakt」はドイツ語で、英語圏だと「Upbeat」稀に「Pickup」と言われます。

さて、これの何が問題となるかと言いますと、毎回新しい曲を録音する前に「今度の曲は○小節カウントで~、」と説明している時間が惜しまれることです。 いやいや、たった数十秒程度のコミュニケーションくらい良いでしょう、と思われるかもしれませんが、仮に3時間の録音時間で26曲録音したとすると、 1回のコミュニケーションに30秒掛けた場合、実に13分のロスが生じます。13分あると実際には2~3曲録音できる時間となりますから、 あの曲とこの曲を生録音断念せざるを得ない、といった最悪の状況を招く可能性が生じてきます。 正に塵も積もれば何とやら、です。 このロスタイムを極力短縮する方法は、「その日の現場ルールをある程度統一してしまうこと」に尽きると思います。

具体的に私の場合、現場開始前に予め「今日の録音は全部2小節カウントでA頭です」と宣言してしまいます。 録音用のデータ仕込みも、最初からそれを想定して3小節目をA頭とし、事前に2小節間のクリック空振りを入れておきます(画像1)。

画像1 練習番号Aを3小節目とし、
その前に2小節のクリック空振りを入れることを基本とする。
(クリックで拡大)

ゆったりとした6/8拍子等、分子の大きい拍子などは場合によって1小節カウントで録音開始することが多く(これは演奏家が楽器を構えてからカウントする数が多すぎると 演奏開始前に集中力が途切れるのでなるべく避けたい)、それらの特殊な場合のみ事前に注釈を入れるようにすれば、後は何も言わずと次々に録音を進めていけるようになります。

弱起の曲である場合は2小節目までに収まるように書いておくと良いでしょう(画像2)。

画像2 アウフタクト開始の曲は
アウフタクト部分をAよりも前にくるようにする。
(クリックで拡大)

続いて先の問題と直結してくる事項でもあるのですけど、譜面上の小節番号とDAW上の小節番号を統一させておくこと。 地味に見えて非常に重要なことで、譜面側の練習番号Aを1小節目からスタートとしてしまうと何が起こるのか。 基本的に現場でスコアを見ている人といえば、作曲者か編曲者と指揮者、演奏家、サウンドエンジニアだけと思いがちですが、劇伴の録音を最もコントロールしてくれているのは、 実はアシスタントエンジニアさんだったりします。

DAWと譜面上の小節番号が異なった場合、最初の通し練習の時にアシスタントエンジニアさんは、陰でこっそりと(しかし必死に)DAWと譜面の小節数の整合性を取ろうとします。 基本的に「1回通し練習→2回目は本番」という流れで進んで行く現場ですから、まずアシスタントエンジニアさんは初回演奏時に「この辺りでパンチインできるな」とか、 「ここでテンポが変わるから後ほどそれ以降から録音する可能性が高いな」とか、「この箇所はちょっと演奏が難しそうだから後で演奏家側から再演奏の要望が出るかもしれない」 といったことをアレコレ考えてくれています。 つまり音楽的な観点で最初の演奏を聴ける貴重な機会を、陰の司令塔である人物が別の作業にリソースを割かなければならない大きなリスクが生じてしまうんです。

どれも些細なことに見えて、実はデータを仕込む当人である私たちがちょっとの手間を惜しんでしまうと、現場でジワジワと時間を削られていき、結果として私たちのクリエイティヴに費やす時間を圧迫していきます。 スタジオワークの基本姿勢は何よりもクリエイティヴであるべきで、良い演奏を良い音で録音することに尽きます。 作曲家本人はもちろんのこと、演奏家やエンジニア、アシスタントエンジニアに至るまで、チーム一丸となって目前の音楽に集中できるよう、事前の仕込みをしっかりして現場に入りたいものです。

来週も引き続き、DAWの仕込みを念頭に置いたデータの仕込み方について私なりの方法をお話しするつもりですので、どうぞお楽しみに。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【23】劇伴のBPM管理術

劇伴とは「劇中伴奏音楽の略称である」ことは当コラムの連載開始時にお伝えし、更に演出としての側面が強いことをお話しました。 オペラやバレー、演劇などを観ていると、舞台を彩る大道具や小道具が場面に応じて変更されていくことが多々あります。 音楽の演出面から考えると、舞台のセットが変わると演奏される音楽の楽曲自体も別曲へと変更されるので、 舞台セットの変更と楽曲の変更は、演出上の役割が非常に似ていることに気付きます。

もう一つ、舞台演出の要素として大きいものに照明があります。 例えばバレーで、舞台上にプリマバレリーナが静かに出てきて悲しげな踊りを踊る場合、舞台照明は薄暗い状態なのがほとんどです。 静かな音楽と共に、段々と照明に灯りを灯していく演出は、その悲しい踊りをより効果的に増幅させる効果があるんですね。 職業柄、ついつい観客として舞台を見ていると音楽だけに耳が行きがちですが、この照明の演出を見ていると非常に劇伴の参考になる要素が 沢山含まれていることに気付かされます。

例えば、照明が明るくなったり暗くなったりする光度と、明るさAからBへ推移する速度や色彩の変化を音楽に置き換えてみましょう。 光度が高い=音量が大きい、逆に光度が低い=音量が低い、と考えてみると、即ち光度は音楽における「デュナーミク」に非常に似ています。 同様に明るさや色彩の変化は音楽における「アゴーギク」の担う役割そのままです。 「デュナーミク(独:Dynamik)」に関しては以前のコラムで「強弱法」として触れたものですが、その名の通り、音の強弱による表現方法です。

さて、今度は新たに登場したこの「アゴーギク(独:Agogik)」という言葉。クラシック音楽に触れていない人にはちょっと馴染みの薄い言葉かもしれません。 平たく言ってしまうとテンポやリズムを変化させることによる表現方法のことです。 「ritardando」とか「accelerand」とか聞けば、「あー、ハイハイ」となるアレです。 歌モノと劇伴の大きな違いは、歌が主旋であるのと同じくらいこのアゴーギクの有無にあるとも言えるのではないでしょうか。

歌モノやBGMを書いているとBPMを意図的に変化させることは稀だと思いますし、せいぜい拍子の感じ方をリズムや譜割で違うアプローチとして 表現するくらいに止めるほうが効果がありますよね。 劇伴でいくとこれが真逆になって、アゴーギクが失われると途端に演出としての効果が半減してしまうんです。

TVのドラマやアニメだと、基本的に音楽は先に納品してあとで映像に合わせて音楽を編集するのが主流ですから、そこまでシビアに考えることも多くないのですが、 これが映画になると大きく違ってきます。アニメも事前に絵コンテをほぼ頂けるので、その監督さんの間の取り方などは事前に分かりますし、 TVシリーズでも「ここは絵合せで書いてくれ」といったオーダーも毎回頂く気がします。 つまり、音楽先行で書く劇伴と、映像や絵コンテに合わせて書く劇伴では、特に後者でこのアゴーギクが重要になってくる、というわけ。

さて実際に映像や絵コンテを貰った場合、私の場合はまず何をするかというと、ピアノの前に座りはするものの、用意するのは映像資料と電卓、メモ用紙の3つのみ。 五線紙は思いついたフレーズのスケッチ程度にしか使いません。 まず映像を見ながら、音楽の練習番号を割り当てられるように大きく分割していきます。 そうしたら次に映像を見ながら思い浮かんだフレーズをクリックを流しつつ歌ってみて、おおよそのBPMを決めます。 ここまでは割とすぐなのですけども、この後が大変。数分の映像を繰り返し(時には半日以上も)確認しつつ、電卓を叩いては微調整をする作業がひたすら続きます。

殆どの場合、スケッチしたフレーズを映像を見ながら歌ってみると、映像と音楽がリンクしないことが多いのです。 以前はある程度アタリをつけたら作曲に取り掛かっていたのですけど、結局微調整で可能となる対処としては、絵に合わせて「拍子を変える」、「BPMを調整する」 「フェルマータや休符を使う」程度のことしか対処法が無いんです。これは作曲をすることに関しては非常に楽なのですが、音楽性に弊害が出やすい。 つまり、絵に音楽を無理やり合わせると、音楽性が失われて結果として演出力が低下するという事態を招いてしまいます。

私はこの事実に気付いてからというもの、現在は細かい設計図を先に書いてしまってから作曲に取り掛かるようにしています(画像1)。

画像1 作曲を開始する前に既にDAW上では譜割が完成している。
(クリックで拡大)

さて、先のスクリーンショットは現在実際に絵合せで書いている、来期放送予定番組の1話冒頭部分なのですが、色々とBPMの管理に気を使っていて、地味なテクニックがあちこちに隠されているので、 この曲を具体的な例として取り上げてみましょう。

画像2 BからCヘのBPM推移状態。
(クリックで拡大)

開始のBPM表記が数値で写っていませんが、3~11小節目までのBPMは、52。 3~10小節間のBPMが52で、11~12小節間が104、13小節目以降が12/8拍子で156。 感の良い読者の方は、既にもうお気付きかもしれませんが、実はこれ、全部クリックのdawnbeat(強拍)を聞いていると一定なんです。 ではどうしてクリックを一定にせず、複雑にしているかというと、これには大きく3つの理由があります。

1. 冒頭部分は物語の最初でもあるので、BPM52のテンポ感でゆったりと演奏して欲しい。
2. 11小節目から倍のテンポとなっているのは一部の楽器がCに向けてBPMの変化を感じさせるフレーズを演奏している。
3. おそらく現場では演奏家から「Cからやらせて」という要望が入る。

以上の項目を考慮しつつ指揮をしてみると、やっぱり指揮はテンポマップ通りに振ることになるんです。 BPM104のまま、冒頭から通して演奏して貰っても聴感上に違いは出ませんが、演奏家がゆったりと楽器を奏でているのに指揮者がクリックにあわせて倍の早さで指揮していると滑稽ですし、 何より演奏のアプローチに影響します。指揮法において1小節を4つではなく、2つで振るいわゆる「2つ振り」という手法で回避できなくもないですが、 あれこれ考えるとやっぱり生理的に落ち着くのがこの形、という結果になったわけ。

余談ですけど、こんな曲を書いて録音用にデータを仕込んでいくと、いつも私の現場でエンジニアをして頂いている井野健太郎氏は、何も言わずともクリックを複数トラックに分けて作ってきてくれます。 1トラック目は強拍のみのもの。4拍子であれば1小節に4つ。2トラック目には弱拍のもの。先の楽曲で13小節目から12/8拍子となっていますが、これを「カココカココカココカココ」と、「コ」の部分を 別トラックに予め作っておいてくれるんですね(画像3)。

画像3 練習番号Cから録音したい要望が出た場合を想定して、
2小節前から12/8拍子を感じさせるクリックの裏拍を予め用意しておく。
(クリックで拡大)

実際にこのBPMの曲で弱拍も強拍と同時に鳴らしてしまうとクリックがうる過ぎるので、ミュートが解除されることはないでしょうが、 これがもう少しゆっくり目の曲となると、演奏家の方に「クリック裏も聴きながらやりたい」と言われる可能性が高くなるんです。 その要望が出てから現場でクリックを作り始めると、数分のロスが生じるので経験上、要望が出そうな部分に関しては予め先回りをして対処してくれているんですね。 別トラックにしておくと、ボリューム調整で弱拍だけ弱めたりできるし、何より不要な場合は一括ミュートできますから。 加えて「Cからもう一回やらせて」という要望が出る可能性はとても高いので、11小節目からクリックを12/8拍子に感じられるよう、3連で仕込んでおいてくれます。 これらの話は、現場で事故が起きる可能性を極力事前回避する意味で、地味ながらも非常に重要な劇伴のテクニックなので是非覚えておいて下さい。

今回の楽曲は、拍子の感じ方に於ける地味なアゴーギクなので、次回は rit や変拍子、急なBPM変化をさせたい場合の対処法といった、より具体的な例をもってお話させて頂こうかと思っています。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【24】続・劇伴のBPM管理術

さて、先週に引き続き劇伴におけるBPMの管理についての話題です。 BPMが変化するパターンは、大きく分けると主に次の3点でしょうか。

1. ritardandoを用いて段々とテンポを落としていく。
2. accelerandoを用いて段々とテンポを上げていく。
3. ある箇所を境に急激にテンポを変える。

この中で最も厄介なのが3番で、書き手側が気を遣わないまま現場に入ると高確率で事故が起きます。 逆に1番と2番は曲調を聞きながら演奏していると、何となく意思疎通が取れることが多いので、 目立った事故は少ないものでしょう。 しかし、やはりこれにも当然音楽的な範疇の加減があるので、その許容をオーバーした場合、やはり特殊なケアが必要となってきます。 1番、2番の対処としてはいずれも同じなのでまずはこちらを先に解説しておきましょうか。

先ずは例題として、次のデータをご覧下さい(画像1)。 BPM=100で開始した曲がDAW上の9小節目半ばから段々ゆっくりとなって11小節B頭で58まで落ちていますね。 クリックのみのデータも用意しましたので、画像を見ながら聴いてみて下さい。

画像1 練習番号AからBにかけてのrit。
クリックデータを聞きながら確認してみてください。
(クリックで拡大)

実際には、譜面上に何が書かれているのかによって、難易度が大きく変わってくるのですが、例えば9~10小節目が白玉(全音符)で伸ばしていたり、 または、11小節の頭が2~3拍休みとなっている場合には、特にケアすることなく、このクリックで1発成功することでしょう。 しかし、仮に16分音符でフレーズを弾いていたりすると成功率がグッと下がってきます。 ちょっと譜面にしてそれぞれ見てみましょうか(画像2)。

画像2 演奏内容による難易度の違いを見てみよう。
(クリックで拡大)

先ほどのクリック音を再生しながら、上の譜面を何かの楽器で弾いてみると分かりやすいかもしれませんね。 もっと音楽的なフレーズを書いておけば良かった、と反省しつつ、どうでしょう?上手く弾けましたか? 仮にこのパートを1stVlnと2ndVlnに書かれていた場合、数十人の演奏がキチンと揃わないといけません。 そう、アゴーギクを用いた場合の難しさは「弾ける人と弾けない人が出てくる」可能性があるんです。 これを何とかガイドとなるクリックを仕込んで演奏家の負担を軽減せねばなりません。

対処として最も音楽的で解りやすいのはrit.後半のクリックを3連にしてしまうことです。 こちらもクリック音をデータで用意しているので聴いてみて下さい。

このようにクリックの音間を詰めるようにするとテンポの増減が非常に分かりやすくなるんです。 例題を挙げておいてアレですが、実際に現場へ出入りしているスタジオミュージシャンであれば、この程度のテンポチェンジにも 難なくついてきてくれるので、場合によっては「そこの3連クリック消しておいて」と言われるのがオチでしょうから、 予め3連クリックは別のトラックに仕込んでおいて、演奏が2回揃わなかった場合に「予備のクリックを仕込んであるからこっちでやってみよう」と提案する程度が良いと思います。 accel. に関しても同様なのでこちらも同様の対処として下さい。

さて、いよいよ難関の3番。急激なテンポチェンジを行いたい場合、どうするか。 これも曲調やテンポの変化具合によって様々なので一概にこれといった答えは無いのですが、幾つかのパターンを元に見ていきましょう。

先ずは先程と同様にDAW上のデータを見てみましょう(画像3)。 併せてクリックも確認してみてください。

画像3 急激なテンポ変化のある楽曲例。
(クリックで拡大)

今度の曲は、Aの4小節間がBPM60、B以降が160という曲です。 劇伴だと戦闘シーンやカーチェイスシーンなどのアクションスコアを書く場合に良く使うテンポ設定です。 これ、クリックに合わせて手を叩いてみると良くわかるのですが、7小節目で間違いなく叩けなくなります。 ということは、演奏も失敗する確率が高いと言えますよね。

このような場合、様々な対処方があるのですが、良く使われる対処法としては下記のようなものがあります。

1. AとBを別々に録音する方法を初めから選択する。
2. Bの開始はパーカッションLoopなど打ち込みのみにする。
3. 5~6小節目からBPMを160とし、演奏フレーズはなるべく白玉系を用いる。

1番の例だと、リスクとして抱えるのは演奏を一旦停止し、録音を再開する際に生じるタイムロスくらいでしょうか。 あまりスマートな方法ではないですが、現場での対処法としては間違っていないのでまず失敗はしません。 この手法を選択する場合は、Bから録音再開する用途としては、5~6小節間がBPM160となるクリックを予め別トラックに仕込んでおくこと。 そうしないと「Bの二つ前から出します!」と言われても結局BPM60でクリックが流れてしまい、根本的な解決になりません。

2番目は、Bの冒頭からBPM160で鳴る打ち込み素材(リズムループなど)を先行してスタートさせ、生演奏はその素材を音楽的なクリックとして数小節聞いた後に 演奏開始させる、というもの。 楽曲のアレンジ的にかなりの制約を伴うものの、こちらも失敗することはまず無いでしょう。

3番目はちょっと特殊で、白玉で演奏している間にBPM自体を変更させてしまおう、というものです。 おおよその目安として2小節分の先行クリックが存在していれば、白玉を演奏しながらクリックを聴いて、次のBPM変化に備えられるので、 活用次第では如何様にも対処でき、且つ音楽的な制約が非常に少ない対処法です。 B以降が変拍子になっていても対処が出来るので、個人的に非常にオススメな方法です。

あとは例外として「BPMを変更せずに音楽の感じ方でテンポを変更した錯覚を起こす方法」もあります(画像4)。

画像4 BPMを変更せずにテンポが変わったように錯覚させる例。
(クリックで拡大)

Aは4拍子をハッキリと感じさせたものですが、それに慣れた頃合いを見計らってBのような2拍3連のフレーズに切り替えると、テンポがゆっくりになり、 更に重厚さが増したように感じます。 似たような方法としてアクセントの規則性を変化させたりすることでも同様の効果を得られるので、アレンジ次第で色々と対処できることを覚えておくと良いでしょう。

さて今回は前回に続いて、クリックを仕込む観点という少々特殊な視点でお話を進めてみましたが如何でしたか? 根本的な問題点としては、「本来演奏を揃えるためのクリックが弊害になり、演奏に支障を来す事故が発生する可能性がある」ということが伝わったかと思います。 今回、敢えてクリックのみの音源を用意したのは意味があって、演奏家がテンポの頼りにするクリックとは実際のところ、聴感上の点、つまり「一次元の情報に過ぎない」という事実です。 より音楽的なテンポコントロールをする場合、この一次元という点のみを見ていると中々良い対処法がなく、今日の例題として挙げた工夫による対処程度が関の山なのですが、 この考えを根本から見直し、点と点を結んで線としてしまうこと、つまり二次元の情報へと昇華させてしまえばより正確な情報となると思いませんか?

何やら小難しい話に聞こえるかもしれませんが、対処法としては至ってシンプルで、点を線に変換して音楽とテンポを同時に表現する最も良い方法は、ズバリ「指揮をすること」です。 別に今から指揮を学びましょう、というお話ではなくて(もちろん学ぶに越したことはないのだけど)、現場に持ち込む前に譜面とクリックのみで試しに演奏したり指揮をしてみて、 テンポを見失う箇所がある場合、恐らくそこは演奏家も同様にテンポを見失う可能性が高いんです。

アゴーギクを伴う曲を書く場合、予め設計図を作ってしまって、どうやってテンポをコントロールするか考えながら作曲をするのとしないのとでは、最終的に大きな開きができますから 是非とも最初からテンポコントロールを意識した書き方を心がけてみて下さいね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

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園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

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「BTOOOM!」
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【25】演奏家や楽器の手配アレコレ

スタジオでオケを録音するその前に、当たり前の話ですが演奏家の手配が必要となりますよね。 今回は、実際にどうやって演奏家を手配しているのか、地味ながらも非常に大切な演奏家手配にまつわるお話です。

編成が弦のカルテットだけ、とか3ピースのバンド編成などの小規模の編成である場合は作家自身、または事務所のスタッフさんで事足りるのですけど、 数十人規模になるとそうはいきません。

そこで、それらの手配を行いあらゆる質問の窓口になってくれるのが「インペク」といわれる方々。 正式な名称は「インスペクター」という職業の方で、「セッションコーディネーター」とか「ミュージックコーディネーター」とも呼ばれます。 海外だと演奏家の契約なども絡んでくるので「コントラクター」と呼ばれます。

駆け出しの頃は、インペクさんに予算を支払うのなら自分で手配をして少しでも編成の規模を増やしたい、なーんて思ったものですが、 個人でコレをやると無茶苦茶大変なんですよ。演奏家からは、「そのスタジオって車何台停められるの?」とか、「場所と時間割をFAXして」とか、 音楽以外の質問がバンバン飛んできます。その都度電話やメールで対応していると、作曲する時間が削られていくんですね。 そんな様々な問い合わせや連絡を一手に引き受けて下さるので、結果として書きモノに集中できるというわけ。

表面上は、これらの連絡係り代行してくれる職業と見られがちですが、熟練のインペクさんとなると、その豊富な知識と経験から 見事なまでのタイムスケジュール管理と予算管理をしてくれます。 この、タイムスケジュールと予算管理、実は非常に関連性が強くて切っても切り離せないものなんです。 歌モノの現場と違って劇伴の現場では「1時間に何曲録音するか」ではなく、「何時間演奏したか」によって報酬が変動します。 つまり「演奏家の人数 x 拘束時間」がその現場での演奏家達に支払うギャラとなるわけですね。

画像1
こちらは5弦のコントラバス
下限の音域はCまでに拡張される
(クリックで拡大)

ここまでは現場経験が無くても容易に想像できる範囲なのですが、インペクさんが見ているのはもっと視点が異なっていて、 「この時間内に音楽メニュー全ての演奏を録音が可能かどうか」というシミュレーションを徹底的に行ってくれます。 分かりやすく説明すると、まず「音楽の制作予算」が提示されて、その中で作家が理想とする「編成を決定」します。 そこで大まかな演奏家に支払うギャラが見えてくるわけですが、これはあくまで順調に録音業務が進んだ時のお話。

例えば、実際に現場に入って録音を開始し、1時間経過した頃に「あれ、あと1時間しかないのにこれだけ録音出来ていない曲がある」という事態が起こった場合、 選択肢としては2つしかありません。1つ目は録音できない曲は諦める。2つ目は時間を延長して録音を続ける、です。 前者は当然ながら音楽の品質に直結しますし、後者は予算をオーバーしてしまう。 いずれにせよ、何としても避けたい事態には変わりありません。

画像2
4弦のコントラバス
下限音域はE
(クリックで拡大)

熟練のインペクさんとなると、スタジオに入る前から「あーこれだとね、30分オーバーするから弦楽器を前倒しで入れておくよ」なんて未来予知をしてくれます。 実際その通りになるのがまた驚きなんですけど。 思い返せば、この5年間で1曲も録音を断念したこともありませんし、1分足りとも時間をオーバーしたことがないのも、全てインペクさんの危険予測能力に 助けられていたものなのだなぁと思います。

また作家視点から見ても、音楽的な相談役として非常に頼りになる存在です。 ティンパニの音を、作家がどの音域まで書いているのかを理解した上で楽器レンタルの手配をしてくれたり、 何よりも作家の音楽性や好みを理解して、共に演奏家の選定を手伝ってくれたり、非常に助かります。

このコラムを書いている本日もインペクさんと電話でアレコレ相談をしていて、コントラバスは5弦を使いたいのだけど、全曲その音域を使うわけではないから 予算が許すならば4弦も両方持参して欲しい、とか、グランカッサは縦置きじゃなくて横置きにしたいからスタンドも別途欲しい、とか地味ながらも音楽の内容にも直結する注文を こまごまとお話したばかり。

なぜ4弦と5弦のコントラバスが欲しいのかというと、通常のコントラバスはご存知の通り音域下限がEなのですが、5弦ベースだとCまで拡張されます。 チェロの下限がその1オクターヴ上のCですから、4弦のコントラバスだとチェロとのオクターヴユニゾンが使えないわけ(画像1&2)。

画像3
E線を延長し、
音域を拡張するアタッチメント
(クリックで拡大)

また、特殊なアタッチメントを用いる事で4弦のE線を拡張し5弦の音域まで広げることもできます(画像3)。

ここで地味に重要となってくる注意点が2つ。 1つ目は、基本的にコントラバス奏者は4弦を演奏することが多く5弦の音域を使うケースが稀なので、必然的に5弦を所有している演奏家も限られており、 また、どうしても4弦の楽器と比べて楽器の質が劣る事が多いこと。

音域が広がる、ということは弦の長さも長くなるわけで、そうなると物理的に弦の張力も緩くなってしまいます。 張力が弱いとどんな問題が表面化するのか、というとそれはズバリ、音量が小さくなることです。 また、5弦の音域を使わない曲までアタッチメントをつけたまま演奏することになるので、小さいながらも地味に影響が出てきます。 なので理想を言えば、4弦と5弦の楽器をそれぞれ使いたいというのが本音となるのですが、楽器の使用料金が倍になり、 電車移動は不可能なので2台のコントラバスを運べる車を所有していて演奏の上手い人、となるとどんどん条件が厳しくなっていくので悩ましいところです。

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現在書いている劇伴では、4人のコントラバス奏者全員に4弦と5弦をそれぞれ持参して欲しいというワガママをインペクさんに伝えた結果、 実に録音の3ヶ月半前にコントラバス奏者のスケジュールを確保するという異例の事態となってしまいました。 それもこれも、なるべく良い音で低弦の響きを録音したい、という作家の要望を受け止めて、演奏家の選定に活かしてくれるインペクさんの存在があってこそなんですね。

来週も引き続き、楽器手配にまつわるお話の続きで、何となく知っているものの実は知らないクラシックパーカッションのお話をしてみたいと思いますのでお楽しみに。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
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「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

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「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【26】知っているようで知らないクラシックパーカッションの世界

さて、突然の問題ですがこの楽器の名前、何だかご存知ですか?(画像1)

画像1
名前も音も何となく
知っているものの…。
(クリックで拡大)

「え、ウィンドチャイムでしょ?」と答えたアナタ、残念ながら間違いです。 正解は、ChimeTree、又はBar Chimesと言います。もう1種類呼び方があるのですけど、それは後ほど。

以前からこの楽器を録音で使うために、パーカッション奏者や楽器レンタル屋さんに尋ねてみると、結構な確率で「ウィンドチャイムじゃなくて?」と尋ね返されることがあり、 その都度説明をしていたのですが、説明がいちいち面倒なのと、なかなか自分好みの音色に出会う機会が無かったので、それ以来自分好みのパーカッションを買うようになりました。 特にこの手の楽器は、個々の楽器がもつ倍音成分によって音色の好き嫌いが分かれてくる部分も多く、自分好みの楽器に出会うまで探すしかないんですよね。

画像2
こちらが正真正銘 Windchimes
(別名Cluster Chimes)
(クリックで拡大)

さてさて話を戻して、それでは実際に良く呼称される「ウィンドチャイム」とは何ぞや、という事になるわけですが、これ、名前がそのまま姿形を表しています。 ウィンド=風 チャイム=鈴 と置き換えると。。。そう、風鈴になりますね。 というわけで、実際のウィンドチャイムとはこの楽器を指します(画像2)。

ナチュラル志向の喫茶店のドアとかに付いているのを見掛けた事があるかもしれませんが、こちらがウィンドチャイムです。 使われている材質はどちらの楽器もほとんど同じなのですが、最大の違いは見た目通り、金属の棒の並び方にあります。 棒の並び方が変わると、音色はもちろん、音楽上の用途も全然違うものになりますから、呼び方や認識を間違えると頭の中で鳴っている音と楽器の名称が一致せず、 ChimeTreeの音色が欲しかったのに、いざスタジオに打楽器奏者が持ち込んできた楽器を鳴らしてみるとWindchimesだった、なんて間違いが起こかもしれません。

画像3
Bell Tree 名称の通り、
ベルが重なった
木の様になっている
(クリックで拡大)

ここで問題なのは、打楽器奏者さんやレンタル業者さんもこれらの楽器を一括りにウィンドチャイム、と思い込んでいる方がいらっしゃること。 例えばギターを録音する時に、鉄弦もナイロン弦もまとめて「ギター」と呼んでしまうと色々危険ですよね。ましてやギタリストがその違いを知らなかったらどうでしょう? それと同じことがチラホラと見受けられるのがこの辺りの打楽器なんですね。

同様に、先ほどのChimeTree、Windchimeと間違い易い名称の楽器がBellTree(画像3)。 間違い易い要因としては、名称と音色が似ていることだと思うのですが、やっぱり用途が全然違うので明確に区別して覚えてしまいましょう。

さてさて、先ほどお話したChimeTreeの呼び方ですが実はもう一つ「MarkTree」という名称があります。 譜面製作ソフトの「Sibelius」では、実はこのMarkTreeが用いられているんですね。音源だと「Cinesamples」シリーズの「CinePerc」も同様です。

画像4
Spectra sound社製のMarkTree
こちらはアルミ素材の
35barタイプ
(クリックで拡大)

そもそもMarkTreeの名称由来が、アメリカの打楽器奏者 Mark Stevens氏 によって考案されたもので、氏の名前がそのまま楽器名称となっているんです。 現在はSpectrasound社がこの商標を持っていて、同社で製造されているChimeTreeを「MarkTree」と呼びます。 私もSpectrasound社製のMarkTreeをアルミ製と真鍮製のものをそれぞれ所有していますが、正にアメリカの映画音楽で良く耳にする音色そのままの音がします(画像4)。

画像5
コンサート用のトライアングル
写真では分かり辛いが成人男性の親指くらいの太さがある
(クリックで拡大)

アルミだと軽やかでキラキラとした音色が何といっても特徴的で、真鍮製はバーの中身が空洞でより暖かみと広がりのある音色がするので、 曲のイメージや調性によって使い分けています。 より音域を広げたモデルもありますが、barの太さが約半分の6mm程度になってしまうので、中低域の倍音が大幅に削られてしまうので、 オーケストラの中だとあまり目立たない反面、歌モノの楽曲にエッセンスを加える効果としては非常に効果的だと思います。

パーカッションには、叩く側と叩かれる側に分類できる楽器が多くありますが、どちら側も素材や硬度によって音色が全く変わってくるのが特徴です。 誰もが小学生の時に叩いたことのあるトライアングルも、これらの材質によって全然違う印象の音になります。 教育現場で私たちが手にしていたトライアングルは、非常に細くて明るい音色のものだったと思いますが、コンサートモデルとなると、ちょっと驚くような 太さと重さの楽器となります(画像5)。

East West
Hollywood Orchestral Percussion
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トライアングルも複数所有しているのですが、同じメーカー、同じ材質のものでも経年変化により音色が全く違ってきます。

ここ数年、急激な進化を遂げたオーケストラ音源の音色や完成度は非常に高いので私も仕事で多用する機会が多いのですが、 その反面、実際に本物の楽器に触れる機会も減ってしまって本来の楽器が持つ音色を知らないまま楽器を使うことも増えてきました。 良い料理を提供する料理人は、決して魚の切り身から魚の全てを知ろうとは思わないのと同じように、私たちも常に本物の音に触れて、 その体験をぜひとも作品に還元したいものですね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【27】音符の上に引かれている線のお話

今回は久々にスコアのお話です。 つい先日、来期アニメ用の音楽を収録し終えたのですが、その際に現場に見学へいらしていた 若手作家さんから投げかけられた質問が、もしかしたら読者の皆さんも同様に抱える素朴な疑問かしら?と思い、 コラムのネタとさせて頂きます。グッジョブ、後輩。

彼がスコアを見て問いかけた疑問とは、「音符の上に書かれたスラーの位置が楽器毎に異なるのはどんな効果を狙っているのか」です。 ちょっと文章にすると伝わりづらいので、まずは適当な旋律を書いてみます(譜例1)。

画像1
まずはこんな旋律を書いたとする。
(クリックで拡大)

続いて、フレージングを伝える為のスラーを書き加えてみます(譜例2)。

画像2
続いて旋律に対して、フレージングの参考とするスラーを書き加える。
(クリックで拡大)

この譜面を見て、管弦楽の心得が多少ある方は「ははぁ、フルートかオーボエが吹く旋律イメージしてるのね」と思うはずなんです。 一つは単純に、このテンポでこの音域を音楽的に歌える楽器がまさにフルートとオーボエが適任だから、ですね。 もう一つが「スラーの付いている絵面」からそう判断するのが自然だから、なんです。

ここで、冒頭の質問に話を戻してみましょう。質問をより具体的に、且つ要約すると「同じ旋律がフルートとバイオリンに書かれているのに、なんでスラーの位置が違うの?」と、こうなります。 この旋律、音域から判断するとバイオリンはダメなの?と思われるかもしれませんが、まずもってバイオリンの譜面にこんなスラーは書かれないので除外対象です。 なぜ楽器によってスラーの書かれる位置が異なるのかというとズバリ、「スラーの意味が違うから」なんですね。

スラーを引く意図は、主に3つ。 1つ目は旋律のフレーズを伝えるためのもの。 先ほどの譜例2を見てみると、2小節目でスラーが途切れていますね。 これ、文章に書き直してみると「今日は家族でね、買い物に出かけました」となります。ところが、スラーが途切れず最後の音まで結ばれているとどうなるか。 「今日は家族で買い物に出かけました」となるわけです。 もうお判りですね。つまり、スラーの分け目が文章で言うところの句読点の役割を果たしているんです。 どんなフレーズで演奏して貰いたいのか、ある程度のイメージを伝える手段としてとても適しています。

2つ目の用途は、これもフレージングに分類されるものではありますが、仮にこの旋律が木管楽器に書かれたものだと仮定して、奏者がこの譜面を見た場合。 最後まで息が続くのであれば、途中のスラーの切れ目はタンギングを用いてこちらも句読点を打つように文節を分けます。オーボエ奏者であれば間違いなくそうします。 逆にフルート奏者だとオーボエ奏者よりも息が長く保たないので(この程度だったら音量によっては全然余裕ですが)、スラーの切れ目でブレスをするでしょう。 つまり、「ここでブレスを取るなら取っても良いよ、取らない場合でも文節を分けて歌ってね」という指示になります。

3つ目が弦楽器群に共通する「ボウイング」というもの。 皆さんもご存知の通り、弦楽器を演奏する際には、弓の上げ下げで弾きますよね。 弦楽器の譜面になると、「スラーが引かれているフレーズはひと弓で弾いてね」という指示になるんです(譜例3)。

画像3
弦楽器のパートになると、スラーはボウイングの指示に意味が変わってくる。
(クリックで拡大)

また、この書き方をすると、余程鈍感な奏者でない限りは次の譜面のように演奏することでしょう(譜例4)。

画像4
ボウイングがフレージングの解釈と共にダイナミクスや歌い方を誘導する意味も持つ。
(クリックで拡大)

奏者の中には上げ弓が得意な人や、下げ弓が得意な人がいるので僕は劇伴のスコアには明確な意図がない限り、上げ弓下げ弓の指定は書きませんが、 譜例3のスラーを書くと、まず間違いなく下げ弓から入って上げ弓でハイトーンのE♭を引くと共に、全員が息を深く吸って、 2小節目頭の二分音符をややテヌート気味に、息を吐きながら演奏するはずです。 そうすると自然とクレッシェンド、デクレッシェンドが付くので、より明確な強弱推移を求めない限り、ダイナミクスの指示は書かなくても自然とこうなります。

このように、同一フレーズを演奏する場合でも楽器によってはスラーの持つ意味が全く異なってくるので、しっかり区別して書き加えましょう。 オケモノに限らず、たとえ歌の旋律のみの譜面を書く場合でも、フレージングの指定があるのと無いのとでは、歌い方のアプローチが変わって来ますから、 ぜひ参考にしてみて下さい。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

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【28】譜面を見た時の演奏者心理を考える

先週に続いて今週もスコアに関するお話を少々。 これまでは、主に私たち書き手側の視点でアレコレ書いてきましたが、今回は少し目線を変えて、私たちが書いたスコアを演奏家が受け取った場合の心理を元にコラムを書いてみようと思います。 スコアを受け取った演奏家が、「ウワー。。。」と思うスコアはやっぱり演奏的に無理がある裏付けでしょうし、演奏が困難となると音楽の表現が当然疎かになり、 結果として良いテイクに繋がりません。 音楽的に困難な箇所は短時間の練習、又は数回のテイクを重ねることで対処できるのですが、演奏困難なスコアは根本的に解決策が無いんですね。 結果的に何度か挑戦してもらって一番良い箇所を繋ぎ合わせて編集する、という最悪の結果となってしまいます。 もし録音中に「1小節ずつやらせて」と演奏家側から言われたら、大抵原因は作家の書き方にあるケースが多く、こちら側の負け。 1~2回はミスしても3回目くらいにはコツを掴んでバッチリ演奏してくる程度が丁度良い書き方になるさじ加減と言えるでしょう。 つまり、「演奏が難しい」のと「演奏困難」なスコアは、言葉の表現としては非常に似ていても、全く別物であることを覚えておいて下さい。

スタジオに出入りするような優れた演奏家は、受け取ったスコアを頭の中で写真を撮る様に撮影してしまう方が多く居ます。 指揮者の岩城宏之さんがストラヴィンスキーの春の祭典を振った時、長年に渡って何度も暗譜で演奏してきた楽曲にも関わらず、ある日突然降り間違えて、 一旦演奏を停止後、お客さんに謝罪をして再度演奏してみるとまた同じ箇所で降り間違えたので本番終了後に慌てて譜面を確認したら、 長年使い込んだスコアの右端が少し破けていたものを、そのまま頭の中に撮影してしまって誤ったスコアを覚えてしまったというエピソードは有名です。 劇伴の現場では、演奏家がスコアをパッと見て難しそうな箇所だけを重点的にチェックしておいて、初回のテイクでノート確認を行いつつ楽曲の持つ雰囲気や別パート、別楽器のアプローチを理解し、2テイク目以降は作家のディレクションを反映しつつアンサンブルを重視していく、といった流れですから、初回に見た絵面が少しおかしいと初回のテイクではノートチェックに集中せざるを得ず、様々な機会損失を招いてしまいます。

ピアノやギターといった楽器は、基本的に奏者が一人なので、パンチインによる部分修正が可能です。これらの楽器はブースに入れて録音されることも 修正が用意であることの大きな理由でもあるでしょう。よってこれらの楽器は多少の無理を書いても許される部分がありますね。 ところが弦のセクションや木管アンサンブル、そしてそれらが同じ空間での同時録音となると、50人中のたった一人のミスで再度全員でやり直し、 となってしまうので、演奏困難なスコアを書いてしまうと時間は無駄に掛かるし、演奏的にも表現の余裕がないので良い音楽になりません。

それでは、どんなスコアが演奏困難なのか、そしてその解決策はどのようなものなのか、具体的に見ていきましょう。 例えば1stバイオリンに次のようなフレーズを書いたとします(譜例1)。

画像1
演奏困難なスコア例
(クリックで拡大)

このスコア、直ぐに鍵盤系の楽器が得意な人が書いたスコアだと分かります。理由は至極単純で「ピアノで演奏するには非常に簡単だから」です。 ゼクエンツァの形だけ理解してしまえば、後はピアニストの手癖で簡単に演奏出来てしまうんですね。 これがバイオリンのスコアとなると、難易度が跳ね上がります。理由は主に2つ。 1つ目はスコア冒頭に書かれた調号の多さで、開放弦である「G, D, A, E」の全てに臨時記号で♭が振られているため、開放弦を1つも使えず、 全ての音符を左手の指で押さえる必要があるので大変なんです。 2つ目は演奏困難なパッセージが続く尺の長さです。開放弦が全部使えなくとも、2拍~4拍程度であれば(リスクは依然高いままではあるものの)演奏可能です。

では、このスコアを添削して同じ効果を出しつつ、演奏家への負担をググッと減らしてみましょう。 まずは調号の多さを軽減すべく、調性を半音上げてみます(画像2)。

画像2
調性をD♭majからDmajに移調してみると…。
(クリックで拡大)

元の調性がD♭majでしたから、それを半音上げるとDmajとなりますね。そうすると、先ほどの調性だと全滅だった開放弦が全て使えるようになります。 開放弦が使えるようになるとその音に関するピッチを気にする必要がなくなるのと、運指も必要なくなるので難易度がかなり下がってきます。 これで先述の1つ目の問題が解消されました。

続いて2つ目の問題であった、演奏困難なパッセージが長く続く場合の対処策をしてみます。 最もオーソドックスな手法としては、これらの音形が得意な楽器に割り当て直す、というものですが、どうしてもバイオリンでこの音形を演奏させたい場合は、 2ndバイオリンとの掛け合いにしてしまうと良いでしょう(譜例3)。

画像3
1stと2ndの掛け合いにして難易度を下げつつ、同じ効果を狙う
※2ndの5小節目頭はD音が入りますが簡略化の為省略しています。
(クリックで拡大)

何やら絵面的には前の方が簡単だったのでは?と思われるかもしれませんね。しかし、1stと2nd共に開放弦の含まれるパッセージでポジション、運指的にも非常に簡単なフレーズとなったことで、 この音形がある程度続いても困難ではなくなりました。

さらにより音楽的な表現を求める為に、スコアにちょっとした細工をしてみましょう(譜例4)。

画像4
アクセントとマルカートを記入することによって、最後の仕上げとする
(クリックで拡大)

基本的には先ほどのスコアを書いていっても、パッセージ最初の音はダウンボウで入るでしょうから、聴感上は同じように聴こえます。 ではワザワザアクセントとマルカートを記入する意図は何かという話ですが、これは演奏家が視覚情報から得る音楽的な表現をある一定範囲に寄せることにあります。 アクセントとマルカートが振られていない音形を演奏すると「タカタカタ、タカタカタ」といったニュアンスになるのですけど、これにアクセントとマルカートを振ると「タカタカタッ、タカタカタッ」といったニュアンスに微細ながら変わってきます。 1stと2ndで掛け合いにする際、最も懸念する材料はそれぞれの拍頭で同じ音を弾かせているのにズレることですよね。 演奏の達者な奏者であっても、3拍目、4拍目の音って不思議と集中力が途切れてきてリズムやピッチが疎かになることが多いのですが、最後の音にマルカートが一つ書かれていると、それを表現しようとする意思が集中力となって リズムも崩れないようになるんです。 音楽学校に入学すると最初の年に、大抵、モーツァルトやベートーヴェンの初期作品を弾かされるのですが、今回のように16分音符が続くパッセージが連続して出てくる作品が非常に多いので、 これらの音形が続いた時に、3拍目と4拍目の最後まで集中力を崩さず、リズムやピッチを演奏する指導を徹底的に叩き込まれるんです。 とは言え、人間誰もが教わったことを全部覚えている訳ではありませんから、このような表記をすることで潜在的に「音形の最後まで集中切らさずに」といったメッセージを送ることができるんです。

このように、同じ音形一つとっても書き方によって難易度に大きく影響を及ぼしてきます。 あくまで今回の例はその1つに過ぎませんが、どうしても作曲していると自身の得意な楽器の手癖で考えがちになる傾向にあるので、一度書き終えたパッセージを想定している楽器に差し替えた場合、どのような難易度になるのか 必ず立ち止まって検証してみて下さい。

いくら料理のレシピが独創的であっても、それを実際に調理するコックが再現困難な場合、結果として料理を食べるお客の口に入ったものが感動を起こさないと意味がありません。 レシピ作りを作曲、調理する立場のコックを演奏家に置き換えてみると、より実感が湧いてくる部分もあるかと思います。 簡単過ぎても演奏中に飽きてしまって他のことを考え始めたりするでしょうし、なかなか匙加減が難しい部分ではありますが、間違っても難易度が高いスコアと演奏困難なスコアを混同せず、後者のスコアは書かないように気をつけましょうね。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

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【29】放送時の音声レベル管理に付随する楽曲のアレンジに関して

私たち劇伴作家の音楽が最も流れる環境がTVでの放送なのですが、普段何気なく見ているこのTV、実は数年前から音量のレベル管理が新基準となっていること、 ご存知の方も多いかもしれません。 知らない方の為に簡単にお話しておくと、2012年の10月放送以降の番組から新しい音声レベル管理基準(ラウドネス)が適用されています。 それ以前の番組は、例えばCMだったり主題歌だったり、劇中の音声(セリフ、効果音、劇伴を含む)が、内容によって音量差にバラ付きがあり、 その都度、TVのリモコンで音量調整した経験がありませんでしたか?

このラウドネス基準が適用される前の基準を、VU(Volume Unit)基準と言いますが、このVU値を計測するVUメーターでは「電気的な大きさ」を測っていたものに対して、 新基準であるラウドネスは、「人の感じる聴感上の大きさ」を測定しています(画像1)。

画像1
以前の計測基準であったVUメーター
(クリックで拡大)

ちょっと具体性に欠けるのでもう少し音楽側の視点でお話してみると、例えば低音や高音は、ある一定以上の周波数帯を超えると人間の耳に聞こえない音になっていくことは 皆さんご存知だと思います。

例えばシンセベースを打ち込んでみたものの、もう少しボトムの支えを豊かにするべくサブベースを重ねたとしましょう。 音色は確かに良くなったもののその対価としてVU値が上がり、聴感上は音量が上がったように聴こえなくとも数値上では上昇している、という結果になるわけです。 しかし、新基準のラウドネス方式だと聴感上での基準となるので、その辺りの帯域を増幅させても影響が出ないんですね。

関連記事:ROCK ON PRO
ラウドネスメーターが音楽制作を進化させる
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既に様々な文書や解説が行われているお話でもあるので、詳細に関してはそちらに譲りますが、一見私たち作家にはあまり関係のないように思われるこのお話、 実は地味にアレンジや音色作りに影響してくるのです。

このラウドネス基準になると、先述の通り「聴感上聞こえやすい音は規定値を超えやすい」ということになるのですが、劇伴だけのお話にしてしまうとかえって見失う事も多いので、 ちょっと遠回りをしてドラマや映画、アニメといった枠組みまで話を広げてみましょう。 例えば、TV放送されているこれらの作品を見ていると、耳に入ってくる音はどんなものがあるでしょう? そう、「台詞」「効果音」「劇伴」の3つですよね。

このコラムでも繰り返しお伝えしている通り、これらの作品における聴感上の主役は、やはり「台詞」なんです。 よほど特殊な映像作品でない限り、台詞で語られる物語のプロットや人物の感情がまずありきで、それを演出するための効果音や劇伴が使用されるわけです。 当然、音量としてのレベルは台詞がまず聞こえるレベルまで上げられることとなるのですが、実はこのラウドネス規格、一つの番組枠内での平均値を測定しているものになるんですね。

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感の良い方はもうお解りかと思いますが、以前のVU基準感覚で音のレベルを稼ぎすぎると新基準では全体的に音楽のレベルを下げられてしまう、ということになるんです。 ちょっとこの書き方をしてしまうと、オンエア上の音楽レベルを上げる為のTips、といった捉われ方をされる危険もあるので先に補足させて頂くと、何も台詞や効果音に負けない音量を 音楽も頑張って出していきましょう、というお話ではありません。 アクションシーンや物語の山場で、ここぞ!という時に音楽のレベルを上げられない場合が最も音楽側の演出として避けるべき事態なので、そうならない為にも 多少は意識した楽曲アレンジを頭の隅にでも置いておきましょうね、というものです。

さて、それでは具体的にどんなアプローチが望ましいか、ちょっと考えていきましょう。 まず最も悪手なアレンジ手法は「目立つ帯域のリズムループが鳴り続けること」だと思います。 単純なリズムのループは、このラウドネス規格のリソースを無駄に食い潰していく危険性を孕んでいるので、ここぞ、という時以外に無駄に敷いてしまうのは避けが方が良いと思います。

「ズンドコドコドコ」、と音の隙間を埋めてしまうよりも「ズドーン」と余韻を聞かせるように上手く隙間を設けてあげるほうが良いということですね。 また、人間の耳は不思議なものでガヤガヤした音が鳴り続けると、無意識のウチに意識から遠ざけるようになっているので、感覚的にもかえって地味な音楽に聞こえてしまう場合があります。 この現象をカクテルパーティ効果と言いますが、街の雑踏の中で会話をしていても、相手の会話を聞き取れる経験、皆さんもありますよね。

オーケストラのアレンジだと、例えば戦闘曲などでスネアドラムあたりをついつい使ってしまいがちなのですが、抜きどころを間違えて延々叩かせてしまうと、 人の聴力が向けられる意識から逸れていってしまうので、地味な聞こえ方になってしまいます。

かといって、1音も叩かせないわけにもいきませんから、叩かせどころ、休ませどころ、しっかりと見極める必要があります。 一度リズムループやスネアを出してしまうと、休ませた時に感じる「口淋しさ」みたいな感覚ってきっとどの作家さんも持っているのですけど、 やはり一流の作家さんとなると、見事なまでの抜き差しを気づかないウチに書いてのけるので、その辺りもよーく聞いてみると良いかもしれませんね。

また、台詞が乗る帯域も、ラウドネスのみならず、オーケストラで使われる楽器の多くが得意とする音域でもあって、ある意味ラウドネスの奪い合いになってしまうことが多々有ります。 ただし、私たちの担当する音楽は、何といっても「ダイナミクス」という大きな武器がありますから、これを利用しない手はありません。 例えば、ある音量の大きさを60と定めたとして、それを100まで大きくした場合よりも、30から90までの大きな幅を使って増幅させた方が、最終的な音量は数値的に見て小さいにもかかわらず、 体感上、大きく感じる錯覚が起こります。 これはオーケストラの音楽に限らず、非常に耳の良い方の作ったエレクトロ系の打ち込み曲でも同様のことが言えるので、これらの聴感上の錯覚を利用して サビの広がり等に応用してみると良いかもしれませんね。

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このラウドネスは、何もTVでオンエアされるものだけに限ったお話ではなく、例えばゲーム業界にも同様の動きが波及しています。 所有しているゲーム機でAという作品を遊び終えた後、Bを続けて遊ぶとすると、それらの作品でTVや音響機器のボリューム調整をその都度行わなくてはいけないのは煩わしいですよね。 普段、何気なく耳にしている音楽や台詞、効果音も実は様々な理由と意図があって作られたものが数多くありますから、皆さんも書き上げた音楽をちょっと俯瞰して聞いてみては如何でしょうか?

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【30】映像と音楽の体感時間論

映画やドラマ、アニメを代表とする映像作品はもちろん、漫画や小説などの映像を伴わない作品まで、様々な分野で「時間経過」を用いた演出が取られる場合が多々有ります。

それらの演出は、主に「物語上の時間と現実の時間が同じ」ものと「体感時間によるもの」2つに分類することができます。 これらの概念をギリシャ語で前者を「クロノス時間」、後者を「カイロス時間」と区別しますが、どちらも時間を神格化した男性神が語源なんですね(画像1)。 日本語に翻訳するとそれぞれ「時」、「時刻」と訳され区別されますが、これだとちょっとニュアンスが欠けてしまうので、実際に映像作品で用いられるこれらの演出を参考にもう少し踏み込んで考えてみましょう。

フランチェスコ・サルヴィアーティ
によるカイロス画

「クロノス時間」と「カイロス時間」を映像作品の演出に置き換えて再定義してみると、クロノス時間は「時計で計測できる物理的時間」、カイロス時間は「過去や現在、未来の一瞬を体感で表したもの」と言えます。 つまり、「クロノス時間は時計で測る=客観的なもの」、「カイロス時間は人間の体感=主観的なもの」と区別することができるわけです。 映像作品、取り分けアニメやゲームでは、主にこの「カイロス時間」の演出によって支配されていることが多く、作品を読み解く上で、更には劇伴として演出する上で必ず押さえておきたいポイントの一つでもあります。

そもそも音楽は「時間の芸術」とも称されるように、これらの時間経過による体感を聴き手に伝える役目を担うわけですが、基本的に音楽を聴いている私たちは実時間による「カイロス時間」に支配されている訳ですね。 ところがこれが映像の世界となると大きく逆転するわけです。例えば、野球を題材にした作品で、ピッチャーが投球する前に脳内でアレコレ考えていることが台詞として表現される場合や、ロボットが合体 or 変形する場合、 はたまたピストルの銃弾を避ける時のスローモーションや、剣と剣が交差する際のスロー、ストップモーションなどなど、言われてみると皆さんも思い当たる演出が頭に浮かぶのではないでしょうか。 「球を投げた後に数分間に渡って会話している」とか、「ロボットが変形している間になぜ敵役は攻撃しないのか」とか、「カメハ⚪︎波を撃つのに30分掛かるのか」といった素朴な疑問に対する答えは、 「映画だから、アニメだから」という回答は正しくなく、「カイロス時間で演出された場面だから」と答えるのが正解なんです。

さて、これらのカイロス時間で表現された映像に音楽を付けるとなると、先述の通りクロノス時間(実時間を基軸とした音楽)と、カイロス時間(体感時間を基軸とした映像)のバッティングが生じる場合が多々あります。 もちろん、rit. や accel. を用いて音楽を擬似的にクロノス時間に寄せることはできるのですが、これらのテンポ変動は時間経過を目的とするよりは、主に音楽の呼吸や緩急に準ずる場合が多いので効果としてはあまり期待できないのです。 では、如何にして映像に音楽を寄せていくのか、という問題ですが、ヒントとなる要素として「人物の意思が組み込まれているか否か」ではないか、と私は考えています。

例えば先の例にも挙げた、マウンド上で投球戦術を考えているピッチャーの心理描写などは良い例で、ピッチャーの心理描写=ピッチャーの主観と考えると、状況音楽と心情音楽を混ぜ合わせて、絵に合わせてそれらの配分を ゆっくり変化させていくとマッチするケースが多いです。

その際、人物の思惑が台詞と転化し、俳優さんや声優さんに実際に演じられた場合、どれくらいのテンションとテンポで台詞が乗ってくるのかを聞いてみると、音楽自体のテンポも大まかに決まってきますよね。 逆に、銃弾や剣筋を避ける際に用いられるスローモーションなどで人物の心理描写が無く、結果として台詞が乗らない場合などは、音楽側も楽器や音数を極端に減らしたり、場合によっては休符を用いて無音を作ると 非常に良い効果が得られます。 ですので、これらのシーンに使われることが多い戦闘曲などの状況音楽に関しては、楽器が少なくなる箇所や休符を用いた無音部分を予め用意しておくと編集時に喜ばれたりします。 TVドラマやTVアニメなど、音楽を先行的に納品して、後ほどダビング作業時に音楽を編集して当てる場合にはステムデータを有効に使って絵と合わせてくれたりするケースも多いのですが、 その場合はステムデータの作り方や、ステム用途を前提とした楽曲構成を予め組んでおく、といった工夫も必要となってきます。

しかしながら、あまり映像に音楽を合わせすぎて細かくテンポを追従させ過ぎるとミッキーマウシングと言って、やや幼稚向けの演出とみられてしまい倦厭される傾向にあります。 コップがテーブルの上から落ちる、とか人物が壁にぶつかる、とかそういった類の場面に音楽が追従し過ぎてもダメな例と非常に良く似ています。 現代の映像演出上、これらの表現は「効果音」が担うことが多いので、音楽側で敢えて追従しなくても良いケースが圧倒的に増えたことが背景にあると思います。 裏返すと無声映画のような演出を狙っている場合は、音楽を細かく追従させた方が良いと言えますね。

このように時間経過を組み込んだ演出一つとっても、音楽による演出は多種多様にのぼるので、皆さんも注意して映像作品をご覧になってみて下さい。

それではまた来週!


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桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

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【31】Decca Tree式の録音に関して考える

近年私は、オーケストラを基調とした録音の際には殆どの現場に於いて「Decca Tree」方式のマイキングを導入しています。 理由は様々あるものの、最大の目的は楽器配置や定位といった空間に鳴り響く音をそのまま切り取ったかのように取り込めることにあります。 弦楽器や木管楽器のアンサンブルもさることながら、ピアノやハープ、取り分け打楽器における音像の豊かさには特筆すべきものがあると思うのです。 この「Decca Tree」式のマイキングに関しては、先日行った劇伴収録を取材頂いた際にも取り上げて頂き、サウンドエンジニアの井野氏とROCK ON PROの前田洋介氏にも詳しく説明して頂いているので詳細はそちらに譲るとして、今回のコラムでは作家視点から「Decca Tree」方式に関するお話をしてみたいと思います。

「劇伴一直線」by 井内 啓二 スペシャルレポート!!
at ビクター青山 301 Studio, 3rd March, 2015
こちらからご覧ください! >>

VICTOR STUDIO 301studioでの収録風景
井野氏(左手前) 井内氏(右)
(クリックで拡大)

さて、私と「Decca Tree」との出会いは数年前まで遡るのですが、以前からお世話になっていた音楽プロデューサーさんがLAにて108人規模のオーケストラを録音された直後に 土産話として見聞きした音源と映像、写真資料に衝撃を受けたことが始まりです。 音楽の質や熱量はもちろんのこと、それまで半ば常識的に思い込んでいた録音方式や常識が覆るほどのインパクトがあり、それからエンジニアの井野氏との共同研究が始まったように思います。

Decca Tree方式で高所に設置されたマイク
(クリックで拡大)

それまでの私は、知らず知らずのうちに身につけていた知識の中の1つに「オンマイク=楽器の近くに立てるDryな音」「オフマイク=部屋の反響を録音するためのWetな音」という誤った概念が根付いていたのですが、海外の作家やエンジニアと話をする際これらの言葉が通じないことに徐々に気付かされます。 最初は言葉の有する微細なニュアンスの違いであって、本来の言葉が意味することは同じである、と思い込んでいたのですが、彼らとコミュニケーションを深めていくうちに、 「如何に部屋の中で鳴り響いているハーモニーをキャプチャーするのか」という意図に気付かされ、それまでDryな環境で録音した音に、Reverb等を用いてWetな音に加工することを前提に考えていた私はショックを受ける訳です。

そもそも、国内のスタジオの多くは歌モノを録音することを前提に作られたスタジオと言っても過言ではなく、そこそこ大きめの編成が録音できるスタジオであっても、 かなり反響が抑えられた部屋の作りが多いのです。ですから、「このスタジオでないとこの音が出せない」という発想よりは寧ろ、「如何なる音も録音後の加工で何とでもしてみせる」と考えていた傾向にあったと思います。

Abbey Road Studiosのワンショット
(クリックで移動)

しかしながら、LAのSONYやFOX、ロンドンのAirやAbbey roadといったスタジオが持つ固有のナチュラルな残響を知り、何とかそれらのサウンドに近づけるべく研究を重ねてきましたが、 それらの「Scoring Stage」と呼ばれる規模のスタジオが国内には存在せず、100%の再現は当然不可能なのですが、近年ではかなりイメージに近いサウンドになってきた気がします。

カレーやラーメンが日本に伝わってから私たちの味覚に合った形に発展したように、サウンドもまた、国内の環境や機材、人材を揃えつつ、技術や哲学は積極的に輸入するといった具合です。

さて、これらのメリットに反して当然デメリットも生じてくるわけですが、その最たるは「録音後に個別楽器単体の上げ下げが困難である」という点に尽きるでしょう。 一応楽器個別の音を拾う目的でIndividualマイクも立てて貰いますが、これらの成分を加算していけばしていくほど、Decca Tree方式の利点が薄らいでいきます。

高所に設置されたIndividualマイク
(クリックで拡大)

結果的に「管弦楽法」は勿論のこと、「Dynamics」や「Articulation」「ハーモニーバランス」などの知識や経験を総動員して初めて、自分の理想に近い音が出せる第一歩になることに気づかされ、 音符として書きしるされる実音成分よりも、大切なものの存在が隠れていることを知ることとなりました。

それ以来、DAW上でのフェーダーを用いたサウンドメイキングよりも、どんなスコアの書き方をしたら自分のイメージに近い音が導き出せるか、という課題が生まれたように思います。 コンサートホールで演奏して頂く為のスコアリングと、スタジオ録音でのそれは似ているようで全く異なる部分も多く、環境や編成に応じて書き分ける必要があるのだ、と気付かされたのも比較的最近気付かされた点だったりするのですが。

また昨今のシネマ系音源にもこれらの波が押し寄せていて、オーケストラ音源の大半は、Reverbよりもマイキングで音像を調整するという方式が多くなってきました(画像1)。 これらの音源を用いる際には、やはりDecca Tree方式で録音された音や目的を理解していないと、生音と打ち込みの音が上手く混ざらないことが多々あるので注意が必要です。

cinesamples製品のMixer画面。
マイキングの細かな調整により音像に変化をつける方式が取られている。
(クリックで拡大)

最近、特に驚かされたのは「アナと雪の女王」の音楽で、驚くほどナチュラルなRebervのみで構築されたサウンドは、スタジオ自体の反響に於いて決して真似ができないもので、 世界の流行がこの方向に流れなければ良いなぁ、と少々恐怖を感じつつ、やはり国内にScoring Stageが建てられたら良いなと新たな夢を抱きました。

サウンドメイキングに関しては、スタート地点こそぼんやりと存在するものの、ゴールが明確に設けられていない道でもあり、発想一つで飛躍的に進歩を遂げる分野でもあります。 かく言う私もまだ道半ばではありますが、しっかりと偉大な先人達の生み出した知恵と技術、アイデアを引き継ぎつつこの素晴らしい文化の発展に微細ながら力添が出来たら、と思う次第です。

それではまた来週!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他

【32】最終回 娯楽の本質を考える

サブタイトルの通り、当コラムは今回の掲載で最終回となります。 長いようで、短い掲載期間だったように感じますが、これまでお付き合い頂いた読者の皆様、本当に有難うございました。 最終回らしく、ちょっと劇伴に馳せる個人的な思いなんぞ語って締めてみようかな、と思いますので最後にもうしばらくお付き合い下さいね。

連載当初から、「劇伴として単に良い音楽を書くだけでは無く、それに加えて演出としての音楽をどのように書いていくか」という理念を元に毎週テーマを設けながら書かせて頂きましたが、それらのテーマをもう少し掘り下げていくと、どのテーマも最終的には「娯楽作品の演出論」に辿り着くと思っています。

娯楽作品、即ち映画やドラマ、アニメやゲームといったコンテンツを代表とする数々の映像作品がありますが、多種多様な娯楽作品が生まれている昨今、それらの枠組みやジャンル、セオリーの話題が出ることは多々あれど、娯楽の本質に対して議論が行われる機会が非常に少ないように思います。 その前に、娯楽というものが一体何を指しているのかを考えてみないといけませんが、これには私個人として一つの見解が有るのでちょっとそれを皆さんにお伝えしてみたいと思います。

James Matthew Barrie
(1860年~1937年)

皆さんもどこかでディズニーの名作「ピーター・パン」をご覧になったことがあるかもしれませんが、この物語、実は娯楽の本質を非常に良く捉えた作品なのではないか、と思うのです。 この作品は1900年初頭にイギリスはスコットランドの作家である、James Matthew Barrie によって書かれた戯曲「ピーター・パン 大人になりたがらない少年」が元になっています。

ディズニー版ピーター・パンの内容は既にご存知かと思いますが、ロンドンに住む一人の少女ウェンディの元に現れたピーターと妖精のティンカーベルが、彼女をネバーランドへと誘い共に冒険をする傑作ファンタジー作品です。現在の映画やアニメ、ゲームに於いて、平凡な日常から突如異世界に飛ばされて繰り広げられる冒険話の草分け的存在、と言えるでしょう。

さて、ちょっとここで物語の結末を思い出してみましょう。ネバーランドで心踊る冒険をしたウェンディにピーターは「一緒にネバーランドで暮らそう!」と持ちかけるのですが、ウェンディはロンドンに帰る決断をしますよね。子供心ながら、何で断ってしまうんだウェンディ…。と思ったりしたものですが、実はこのウェンディの決断にこそ、娯楽の本質が隠れているのではないかと思うのです。

1924年の映画
『ピーター・パン』のポスター

このお話を現代社会に置き換えてみると、ちょっと面白いことに気付くのですけど先ずは「ウェンディ = 現代に暮らす私たち」としてみましょうか。 月曜日の朝から金曜日の夜まで、仕事や学校で何かと追われている現代の私たちですが、週末の金曜日辺りからちょっと気分がウキウキしてきますよね。学校や仕事が翌日お休みとなると、夜更かしして遊んだり外食をしたり、楽しみ方は人それぞれあるかと思いますが、この金曜日に訪れる得体の知れないウキウキをピーターに置き換えてみるとどうでしょう、「週末の楽しい時間 = ネバーランド」と置き換えることができませんか?

私は、ピーター・パンという作品が教訓として伝えているメッセージ、或いは作品のテーマはここにあると思っていますが、要するにこの作品の教訓は、月曜日から金曜日までフルタイムで拘束された私たち現代人が週末を楽しく過ごして、また次の月曜日からの生活を充実させましょう、というものですね。週末の時間は楽しくあっという間に過ぎてしまうけどウェンディのように気持ちを切り替えないとね、と。 ここまでお話するともうお気付きかもしれませんが、娯楽作品というものはつまり「ピーター・パン、或いはネバーランドが作品として具体化したもの」と言えるんです。

そうなると私たち音楽家の役割も非常に明確になってきて、私たちの書いた音楽を媒介として視聴者や観客をネバーランドへと誘い、それらの作品や演奏を聞いて下さった方々がそれぞれの持つ日常へと帰っていく際、少しだけ豊かさを与えることに尽きると思うのです。 私が劇伴を書くときに最も気を配っているのはこの部分で、如何に作品に見合った「ネバーランド」を作り上げ観客を楽しませるか、を考えています。 映画やアニメにおける美術と非常に近いんですね。

若かりし頃の私自身も、音楽仲間と集まっては「あの機材が良い、あの音源が最高。やっぱりProToolsって買うべき?」といった話ばかりしていたように思いますが、道具の話をしているのに過ぎないと気付くのには結構時間を要したように思います。

道具選びは非常大切ですし、それを使うためのノウハウは書き手の財産であることは事実です。私も新しい音源や機材はすぐに買ってしまうし、演奏できない楽器もついつい買ってしまいます。ですが、作家としての価値は想像力に勝るものは無いと思っていて、マニュアル上に書かれていることはもちろん、お金で手に入れられてしまう道具に依存できるものではないと思っています。

いくらピーターが腰に差している短剣の切れ味や素材について語ってみてもネバーランドの楽しさは伝わらないどころか、逆に遠ざかってしまいます。私たち音楽家も、ありとあらゆる立場や分野で「聴衆を楽しませる」という目的は同じ筈で、音楽家の数だけ多種多様な「ネバーランド」が存在していると思っています。

長期に渡ってこのコラムでお話してきたことは、基本的に私が作っている「ネバーランド」のお話でもあるので、皆さんが思い描くものとは当然違うものだと思いますが、表面的なTipsというよりは、その先にある娯楽というものに対する一種の考え方だと思って頂けると助かります。一様に同じ世界を作っていても面白みに欠けますからね。

さてさて、32回に渡って掲載頂いた当コラムもこれで最終回です。まだお話したいこと、お話できることは沢山あるのですがそれはまた別の機会にでも。ご意見やご感想はtwitterにてお気軽にコンタクト頂けると嬉しいです。なかなか目を通す時間も限られているので全てにお返事できるか確証はありませんが、これまでに頂いたものは全て拝見しています。ありがとうございます。

私たちの音楽を聴いてくださる観客にとっては一時の暇潰しかもしれませんが、その僅かな時間に私たちは一生を捧げる価値があるとも思います。音楽だけに限った話ではありませんけれど。今後も是非皆さんと一緒に1つでも多くのネバーランドを生み出して行きたいと思っています。

それではまたどこかで!


井内 啓二 プロフィール

桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。

■ 近年の代表作

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園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」

アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」

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「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
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