1. モジュラー・シンセの現在
  2. モジュラー・シンセサイザーでダブステップの「ドロップ」を作る
  3. モジュラー・シンセサイザーでダブステップの「ドロップ」を作る (2)
  4. 「周波数フォロワー」 〜エスニック音源のメロディーをフォローする〜
  5. ヒューマングルーブの「タイミング」を継承する
  6. モジュラーシンセを外部エフェクトとして使う
  7. フィルターをオーバードライブさせる
  8. LFOをサンプラーで制御する
  9. 波形を歪ませる
  10. 波形の変形によって倍音を増やす方法 〜直接波形を「書く」〜
  11. 分岐点に立つ
  12. ピンク・ノイズを使う
  13. 予測不可能なパッチを作る
  14. TRAP作成用のテンプレート
  15. 動画配信が後押しするモジュラーの広がり
  16. サーキット・ベンド
  17. ソ連時代のVCF
  18. リスキーな企て~世界でビッグになろう(初回)
  19. LFOと「Sample/Hold」で作るカオス
  20. モジュラーのパッチをポスプロ編集する
  21. ディジュリドゥー風味のパッチ
  22. BuchlaをTraktorに同期させる
  23. 【最終回】1973年の人間工学

テレビ、ラジオ、講演会などで活躍中のモーリー・ロバートソン氏によるコラム「モーリー・ロバートソンの不思議BOX」が今週からスタート! シンセサイザーへの造詣が深いモーリー氏の独自の視点によるコラムをお楽しみください!

【1】モジュラー・シンセの現在

現在、アナログ式のモジュラー・シンセサイザーが華麗なカムバックをはたそうとしている。

SPK - SLOGUN
(画像クリックで再生)

そこで新連載の初回ではモジュラー・シンセの現在を彩るいくつかの事例を挙げてみよう。

まずは1979年のとあるノイズ音源を視聴していただきたい。ノイズ創成期のバンド「SPK」の音源だ。頭から1分ほど聴いていただければ、だいたいおわかりいただける内容になっている。

次に 2014年3月20日現在、Beatportのダブステップ部門チャート(http://www.beatport.com/genre/dubstep/18)で3位の曲「Keyboard Killer」を聴くと、こうなる。

Barely Alive -
Keyboard Killer (Ft. Splitbreed)
(画像クリックで再生)

この曲はYouTubeの無料試聴アカウントだけで20万回以上再生されている。聴いてわかるように、電子ノイズはきわめておしゃれなアイテムとして盛り込まれている。当初は「反体制」の不協和音だったノイズが35年を経て市民権を獲得し、2014年には商業音楽の「日常風景」に編入されてしまっているようにも聞こえる。

Daniel Miller (Mute Records)
Modular Synth Masterclass at LEAF 2013
(画像クリックで再生)

1979年当時、ノイズ系の音楽を積極的にリリースする「MUTE」レコードというレーベルがあった。パンク・ニューウェーブ・シンセポップの時代を乗りこなし、その後もハウスやテクノにまで影響をおよぼしつつ、今に至っている。その「MUTE」創設者のDaniel Miller氏が直近のワークショップでモジュラー・シンセを一押ししていることは興味深い。

このように欧米の音楽業界ではモジュラー・シンセの存在感が急上昇している。なぜ今、モジュラーなのか?

Deadmau5 -
i normally do this on sundays.
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まず大きいのがモジュラーを使う大物アーティストたちの存在。エレクトロの第一人者Deadmau5の自宅スタジオには、部屋いっぱいのモジュラー・シンセが敷き詰まっている。その機材の山、というかタンスを撮影したスタジオ内の動画は1,525,760回も見られている。

次に、ソフトシンセの音色が陳腐化しつつあることも要因と思われる。CPU上のアルゴリズムで音を作る「バーチャル・シンセ」はどんどんと低廉化し、普及したために、誰もが同じような音をワンタッチで出せるようになった。ヤマハのDXシリーズが引き金となった音楽の「IT革命」が、高価なシンセサイザーに手が届かないアーチストたちの「夢」を叶えた。

しかし1980年には「未来」だった夢のツールが歴史の中でロー・コストで月並みなツールへと変貌し、色あせてしまったわけだ。プリセットを呼び出してあこがれのミュージシャンにそっくりな音を出せても、最終的には虚しさが残ってしまう。初期のDX-7に感激していたスタジオ・ミュージシャンたちが想像だにしなかった展開だろう。

加えて、音のファットさや「汚さ」への欲求も強まっている。デジタルの宿命なのかもしれないが、ソフトシンセはクリアーで音程の揺れもないかわりに、音質がか細くなる傾向にある。ソフトであることから来る「清潔感」が、聴いていて物足りなくなってくるのだ。こういったソフトシンセの音源をさファットで野太い音へと加工するためのさまざま裏技も確かにある。だがそれとて、実物のアナログ回路から出てくる音の分厚さには到底およばない。

ソフトシンセが普及(というのか蔓延)しかかった頃から、DAW内でファットさやダーティーさを追及する流れも起こった。厚みを実現するために、シンセで用いられることを想定したディストーションやサチュレーションのプラグインも販売さるようになった。さらに「邪悪」な音を作るためのノウハウを動画で共有するシーンもYouTube上で自然発生している。

Dirty Dubstep Wobble Bass Tutorial
(NI Massive) "Skrillex" "Datsik" "Zom...
(画像クリックで再生)

例えばこの「ダブステップの汚れたウォブルを作るためのチュートリアル」はソフトシンセ「Massive」の画面をキャプチャーしたものだが、すでに8万回以上見られている。動画のタイトルに大物アーティスト「Skrillex」の名前を含めたことも、確実に閲覧数を上げている。

「ビッグ・ネームにそっくりな音を出したい」という欲求は21世紀になっても健在なのだ。ただ、それはプリセットを入手するのではなく、手法をパクる欲求へと形を変えている。

こういった動画は玉石混淆の状態で無数に作成され、公開されている。閲覧数が多いユーザーの中には有償で動画を販売する強者すらいる。大物アーティストにとっても、数多くのファンが自分にそっくりの音色を自作しようとする熱意はプロモーション・ツールとして大いに役立ち、シンセの販売元にとってもありがたい限りだ。

つまり、売る側、使う側、大物、そこで小賢しい商売をする者などの間にエコシステム(生態系)が成立し、ダーティーでファットな音への需要がかき立てられていく。この「邪悪さ」への渇望もモジュラー・シンセのリバイバルに貢献しているようだ。

Bastl Trinity -
handmade electronic instruments,
track Brambora performe...
(画像クリックで再生)

モジュラー・シンセの低価格化も進んでいる。アナログ・シンセはかつて、1980年代当時の日本円で最低100万円以上の投資が必要な高級品だった。だが現在は個人の開発元・製造元がどんどんと参入し、デジタルと組み合わせることで低価格化も実現している。

一例がチェコ共和国にある個人工房の「Bastl Instruments」だ。同社の製品はデジタルとアナログの双方をモジュラーに組み込んだ設計になっていて、東欧のものづくりの伝統に柔軟な想像力がトッピングされている。

このようにモジュラー・シンセはもはや「ヴィンテージ=懐古趣味」を越え、「あの頃のサウンド」を出す機材ではなくなっている。現在進行形でどんどん進化しているのだ。今後、このシリーズでは筆者が専門に演奏している「Serge」モジュラー・シンセを使って新世代のモジュラー・サウンドを模索していこうと思う。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。

電子書籍:
自分を信じていい時代(角川ミニッツブック)
「知的サバイバル」セミナー(角川ミニッツブック)

公式サイト:Office Morley
Twitter:@gjmorley

【2】モジュラー・シンセサイザーでダブステップの「ドロップ」を作る

モジュラー・シンセサイザーで早速、ダブステップの「ドロップ」を作ってみよう。ドロップとは、クラブ・ミュージックで派手になる部分、つまりサビのことだ。エレクトロ、ダブステップ、ドラムンベース、そしてチャラチャラしたEDMでは当たり前のようにドロップがある。これらのドロップはさらに16小節や32小節という定型におさまっている。DJたちにプレイしてもらうためのお約束であり、言わばLEGOの規格のようなものと考えていい。

多くの売れっ子作曲家たちはまずドロップを作り、そこから逆算で曲を完成させる。リズムがなくなったブレイク部分、その後の4小節か8小節のビルドアップ、2番めのドロップ、イントロ、アウトロという手順で作られる楽曲が多い。一番儲かっているプロデューサーたちは一本のテーマを構想すると、おそらく一日に何本も異なるバージョンを作っていることだろう。ドロップさえキャッチーにできれば「Beatport」なり世界のフロアーなりで覇者となりうる。だからこそシーンは弱肉強食であり、より目立つ奴、目立ち続ける奴がビッグ・マネーを手にすることになる。とにかくドロップは万人が成功へと走りだすための入口だ。そこで今回はモジュラー・シンセを使って「ill」な、イッちゃってるドロップを作りたい。

まずは下ごしらえから行こう。モジュラーでパッチを組んでおいて、DAWからMIDIコントロール情報を送って制御…という世界観もあるが、今回はそれをパラダイムごと逸脱する。よりダイレクトにCV(つまりDCの電圧)をパソコンから出力して回路に送る方法をお教えする。

そのためのツールが「Silent Way」というプラグインだ。UKの「Expert Sleepers」という個人規模のデベロッパーが作ったキラー商品であり、べらぼうに安い。

MOTU UltraLite-mk3 Hybrid
(画像クリックでeStoreに移動)

「Silent Way」をVSTやAUでDAWに組み込むと「MOTU Ultralite Mk3」など互換性のあるインターフェイスからCVやトリガーを出力できるようになる。MIDIケーブル無しで、DAWからの命令を直接、DCの電圧としてモジュラーに送れるのだ。いったいどうしてこんなことができるのか?同社のサイトに多数の解説動画がリンクされているのでご参照されたい。

「Silent Way」にはいろいろな機能を個別に持つプラグインが満載されている。

Silent WayのLFO設定画面
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ステップ式LFO設定画面
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最も一般的な【ピッチ+ADSRエンベロープ】のペアを出力するものもあれば、ドラムマシン式にトリガーをパラレルで出力するもの、LFO、クォンタイザーなどなどがてんこ盛りだ。オシレーターからの信号をプラグインに送ると、電圧に対する周波数のレスポンスをチューニングできる。つまりアナログ・シンセ全般の特徴である「揺れ」がほぼ解消されてしまう。

かつて「1V/Oct」で手動チューニングを行い、微調整に長い時間を費やしていたことがあるマニピュレーターさんなら、文字だけでもこの機能のすごさをおわかりいただけるだろう。デジタルは、ここまで来たのだ。

Ableton Liveの
内部での見え方
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「Silent Way」の終わりなき探訪は公式サイトや関連動画からやっていただくとして、今回は開発者本人からメールで伝授された技をシェアする。それはプラグインのLFOシグナルをオーディオファイルとしてキャプチャする方法だ。

「Silent Way」にはDAWのトランスポートに同期して正確に動作するLFOのプラグインが2種類ある。一つは伝統的な波形のLFO、もう一つはユーザーが書き込めるステップ式のLFOだ。

このどちらであっても、インターフェースからモジュラー・シンセに向かって出力する電圧はリピートする信号なので、「音」としてDAWにキャプチャーできる。

例えば「Ableton Live」の内部でLFOを2小節分キャプチャーする時には、右図のように見える。

1小節に1回の周波数のパターン
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LFOが超低周波の「音」としてクリップに収録されているのがわかる。このLFOは極めて正確に生成されているため、1小節に1回の周波数であればサンプルの両端がスムーズにつながる。

1小節に2回の周波数のパターン
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また、1小節に2回の周波数ならば、前の波形のちょうど2個分がすっぽり入る。さらに3連符をキャプチャーしても小節の切れ目できれいに繰り返す。これは波形にズームインして確認できる。

周波数のパターンを更に調整
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また、波形は縮尺を変えてオフセットを加えることもできる。マイナスの極性に行かないように波形のボリュームに「0.5」を掛けて、オフセットを「0.5」加えるなどといった調整が効く。

NI MassiveのPerformerモード
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これだけ柔軟にLFOをカスタマイズし、それを「信号」としてキャプチャーできることのメリットは何か?それはずばり「Massive」シンセの代表的な機能である「パフォーマー」をシミュレートできるようになることだ。

タイムラインに並べられたLFOカーブ
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DAWのタイムラインにこれらのLFOクリップを並べれば、1拍おきに波形も周波数も変化するパフォーマーの効果が得られる。また、チャンネルを分けて異なるパッチにそれぞれLFOを送ることもできるので、タイムラインがいっきにLFOのキャンバスと化する。

LFO同士の繋ぎ目をズームインして見ると、終わりと始まりがそれぞれゼロ・クロッシングであれば、CVはスムーズにつながる。仮に断続していたとしても、耳で聞く音声ではないので、ポップ音は気にしなくていい。ポルタメントやローパス・フィルターなどのインテグレーター回路に通せば解決できるだろう。反対に、電位が崖のように跳ね上がる断続点をあえてトリガーとして利用する手もある。

今回のドロップ作成にあたってポーランド出身のアーティスト「Xilent」の名曲を下絵にした。

All My Love (Xilent Remix)
Fuzzy Logik ft. Jada Pearl
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Xilent風のLFOカーブを
タイムライン上に配置
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「Xilent」のドロップはどれも厚みがあり、随所にいろいろな細工が施されている。最も大雑把な特徴だけをなぞって、とりあえずLFOのスピードを並べた。

ダブステップ式のドロップ作成(1)
(画像クリックで再生)

この過程は稚拙ながら動画にもキャプチャーしておいた。

次号ではいよいよこのLFOをモジュラーへと送る。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【3】モジュラー・シンセサイザーでダブステップの「ドロップ」を作る (2)

いよいよ「ドロップ」を作るためのパッチングに移ろう。筆者のスタジオではUSB接続された「MOTU Ultralite Mk3」の後ろの穴から最大で8系統のトリガー・CVを出力できる。MOTUとモジュラー・シンセの間は標準ジャックのスネーク・ケーブルで結ばれている。このケーブルがさすがに重いので、機材に過剰な負荷をかけないように注意している。

DAWからそれぞれMIDIノートに相当する1V/OctのCVとゲートのペア、さらにキャプチャーした3系統のLFO、合計5つのチャンネルが並行してシンセに送られている。電圧の規格は0 - 5ボルトに統一されているが、おそらく使っているシンセのメーカーに合わせて設定を変えられるだろう。今回は便宜上、メインとなるベース音のパッチの説明に集中する。一度、作成した動画をご覧いただいた上でこの先を読み進めると理解が早いかもしれない。

ダブステップ式のドロップ作成(2)
(画像クリックで再生)

まず、VCOにピッチのCVを送り、VCAをくぐらせる。VCAの開け閉めはADSRにやらせ、ADSRにはゲートのパルスを送る。 MIDIノートの「on」「off」とまったく同様で ゲートの信号が最大値の5Vになれば「on」であり、0Vになれば「off」だ。そのADSRから出力されるエンベロープをVCAに送り、音量テストを行う。当初はオシレーターがチューニングされていないので、適当で不正確なメロディーになる。ここまではヴィンテージ・シンセではおなじみの現象だ。

しかしプラグイン「Silent Way」は正弦波などの簡単なオシレーターの周波数を識別する機能を備えているため、オシレーターのチューニングを可能にする。DAWへの戻り信号をプラグインが聴くようにつなぎ変え、ボタンを押すとチューニングが始まる。個々のオシレーターが持つ「くせ」をプラグインが読み取り、CVとして送られた電圧に周波数がどう反応するかのグラフを作成するので、数オクターブに渡ってほぼ完璧なチューニングが実現する。

手動でツマミをいじらなければ、このままオシレーターの音程はMIDI音源やサンプラー同然となる。こだわりがあるなら、アナログの正弦波とDAWのソフトシンセの正弦波を同時に鳴らして、どれぐらいのうねりが出るかを調べて確かめることもできる。フィルターやエンベロープを自己発振させるなど、本来オシレーターとして設計されていない回路で試してみても興味深い結果が得られるだろう。

YouTubeには「Silent Way」を色々な機材で試す動画もアップされている:

Silent Way VS MoogerFoogers
(画像クリックで再生)

チューニング済みVCOの「Variable」アウトを聴きながら、LFOをCVとして送り込む。するとさっそくPWMに似たようなモジュレーションが聴こえる。これをさらにローパスのVCFに通し、VCFのカットオフを別のVCOでモジュレートする。カットオフをモジュレートするVCO高めの周波数に固定する。VCFのカットオフと、それを変調させるVCOのピッチをいろいろといじっていると、フォルマントに近い音色を探し出せる。ある種のビット・クラッシャー効果にも似ている。ここにさらにDAWからのLFOでモジュレーションを加え、うまく調整すれば母音のような「Yoy」音になる。

味付けとして、同じようなパッチングのVCOを追加し、完全5度などのインターバルにしておくのも楽しい。「Silent Way」をもう一式使うこともできるが、ここではゆらぎを出すため、あえて手動のチューニングに。

ダブステップでよく用いられる表現方法として「Sub」ベースを加えてみた。 1オクターブ下に正弦波を加え、モジュラーシンセから録音した音色はEQでボトムを削ってミックス。この全体にコンプレッサーをかければ、まんざらでもないファットネスが実現する。

このベース音はほんの序の口だ。一度ダミーで作成したベースのMIDIを送って何通りも録音するのもいいし、モジュラーの側でどんどん音が変幻していった場合、曲もそれに合わせて変えていくのも楽しい。

備考として「Silent Way」の開発元は専用のハードウエアも発売しており、国内に取次店があるのでリンクを紹介する:

Clock Face Modular Storeから「Expert Sleepers ES-3


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【4】「周波数フォロワー」 〜エスニック音源のメロディーをフォローする〜

Jon Hassellというトランペット奏者・作曲家がいる。筆者が師事したイワン・チェレプニンの親友であったため、一度ライブ会場で紹介された。トーキング・ヘッズの「リメイン・イン・ライト」にゲスト出演していたこともあり、当時ミーハー以外の何者でもなかった筆者はマンハッタンの自宅にまでハッセルを追いかけた。招かれざる訪問だった。さすがに二度目に押しかけた時には特に話すことがなく、筆者も自制心が働いたのでそれきりになった。だが音楽ではその後も長く影響を受けた。

今回はハッセルの初期作品の定番となった「楽器の演奏をアナログ・シンセが追いかける」という表現手法を探訪する。具体的には、これだ。

Jon Hassell - Empire iii
(画像クリックで再生)

ハッセルは特注のアナログシンセサイザーをツアーで持ち運び、トランペットの演奏情報を読み取らせてパフォーマンスしていた。鉄の箱のようなデバイスには「周波数フォロワー」が組み込まれており、ハッセルのポルタメントを多用した奏法にも対応できた。

実は1983年当時、日本にもフリーケンシー・フォロワーの組み込まれたギター・シンセサイザーがあった。「X-911」だ。筆者はこれを、親に頼み込んで買ってもらっていた。

申し訳ないが「X-911」の音は最悪。単体では音色も相当に制限されており、MS-20にでもつながない限りはシンセサイザーというよりもギター・エフェクトだった。このギター・シンセで物足りない経験をしていただけに、ハッセルの特注シンセは桁違いに思えた。LEDディスプレイに表示されるメニューを見ながらプッシュホンのようにテンキーを操作するハッセルの姿に、未来の魔法を感じ取っていた。

30年後の今、その時の感動をあっけなく再現できてしまう。「Silent Way」のプラグイン・セットに含まれる「Follower」を使えばいい。

Silent Way の Follower
(画像クリックで拡大)

これを使えばポルタメントが多く、1オクターブを12音に分割したものではない「非西洋音階」の音源からもピッチを読み取れる。MIDIで代用できない機能だ。「Follower」は音程と音量を検出し、「MOTU UltraLite mk3」などのインターフェイスから2系統のCVとして出力してくれる。

以下の動画を一度ご覧いただくと、この先が理解しやすくなるだろう。

エスニック音源のメロディーをフォローする
(画像クリックで再生)

「Follower」の操作は英語マニュアルに詳しく書かれてある。どうってことはない。だが、かつて出回っていた製品よりは相当に精度が高い。MIDIではなくCVで直接オシレーターを制御できるところにポイントがある。

Silent Wayが生成するCVの波形。
Lチャンネルがピッチ、
Rチャンネルがボリューム。
ボリュームが小さくなるほど
ノイズが増えるさまがわかる。
(画像クリックで拡大)

「Silent Way」はモジュラーのオシレーターをパソコンの側からチューニングする。いったんチューニングを済ませておけば非西洋の音階に対応したCVも出力してくれるので、MIDIノートとピッチベンドを使って小細工をするような手間は必要ない。

モジュラー側で簡単な VCO -> VCF -> VCA 形式のパッチを組み、とにかくさまざまなアジア系の音源で試してみた。

当たり前だが、和音では狂う。ピッチの検出はモノフォニックと相場が昔から決っている。「Melodyne」のようなFFTアルゴリズムを使ったソフトなら和音を解析することも可能だが、リアルタイムで和音を正確に検出した場面にはまだ遭遇したことがない。

反対に、単音には強い。とりわけ笛の音と歌声にはめっぽう強い。倍音の少なさが検出を容易にしているのだろう。小刻みに音程が上下する微分音のメロディーもモジュラーのVCOに反映される。

ハッセルの「Empire III」にある表現方法をなぞってみた。音源から検出したピッチをトランスポーズして完全5度や完全7度などずらし、それぞれのボイスに異なったディレイをかける。長く引っ張った音に和音が1音、また1音と加わり、花びらが開いていくような音色の変化を感じることができる。

非西洋の音階にも対応するので、ギター・シンセやベース・シンセのような使い方もかなりの精度で可能。また、自己責任にはなるが、これを生演奏でやることもできる。

余談だが、あの時の「X-911」は今も筆者のそばにある。大事に使い続けようと思う。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【5】ヒューマングルーブの「タイミング」を継承する

前回は音源ファイルの音程を継承するためにSilent Wayの「Follower」機能を駆使した。今回は音源の時間軸にあたる「タイミング」を継承してみよう。

ブレイクビーツを筆頭に、ヒューマンな演奏では必ずと言っていいほど、タイミングが揺れている。グルーブをしているのだ。昨今のDAWは巧妙なやり方で「グルーブ情報」を抜き取れるようになった。その機能は「グルーブ・クォンタイズ」と呼ばれることもある。

以下、筆者が数年前に作成した動画の中でブレイクビーツからグルーブ情報を抽出する方法を解説している。

ブレイクビーツからグルーブ情報を抽出する
(画像クリックで再生)

この動画にもあるように、DAWはファイルのトランジェントやマーカーなどを元にMIDIファイルを作り出し、それらのタイミングだけを読み取ってグルーブの情報を抜き出すことができる。このタイミング情報はクォンタイズされていない。元の音源の揺れがそのまま入っているのだ。

今回はこのグルーブによってモジュラーシンセのシーケンスをドライブする。前回、音源からピッチを抜き出した時にはMIDIを使わずに直接「CV/Gate」のペアを出力したが、今回はMIDIの裏技を使おう。

Silent Way の Step LFO
(画像クリックで拡大)

「Silent Way」のコレクションの中に「Step LFO」がある。これはアルペジエーターのようにも使えるし、フィルターやパラメーターの上げ下げに使うことでパッチの表情を作れる。だが(多分)あまり活用されていない機能として、プラグインがMIDIのトリガーを受けると一歩前に進み、次のステップをCVとして出力するというものがある。マニュアルを読んで20分ほど試行錯誤していたら、うまく行った。

告白すると数年前、筆者は「Max/MSP」を使ってグルーブ情報をモジュラーシンセに送るためのパッチを組んだことがあった。初歩的なプログラミングだったはずだが、気の遠くなるような時間をかけ、チュートリアルと「Max」の画面を何往復もしてかろうじて動かせた。その記憶があるだけに、「Silent Way」で同じアイデアがあっけなく実現すると爽快だ。「Max」を使う天才肌のプログラマーたちはグラニュラーでもハーモナイザーでも設計していてくれれば、筆者はそれでいい。古傷は忘れよう。

さて、今回も動画を準備したので、軽くご覧いただければこの後の解説がすんなり理解できるだろう。

音源のタイミングで変化するパッチ
(画像クリックで再生)

あえて「グルーブ度合い」の高い音源を用意し、まずはタイミングを抜き取るためにスライスした。DAWによって扱いは違うが「Ableton Live」では同一の音源の連続した領域(リージョン)を切り出し、ドラム・インストゥルメントの個別のパッドへと振り分ける。音源のタイミングはMIDIファイルの形で格納される。それぞれのMIDIノートが始まる位置をズームインしてよく見れば、グリッドから微妙にはみ出していることが確認できる。この「ずれ」こそが、グルーブの揺れだ。

次いで通常の「CV/Gate」のボイスを作る時と同じ要領でプラグインを置き、スライスされたサンプルからのMIDI情報を聞かせる。するとサンプルのタイミングに合わせて「CV/Gate」のペアがモジュラーシンセへと出力されるが、「CV」の方は無視して「Gate」のみを使う。この「Gate」の頭出しのタイミングは元のサンプルにぴったり同期していて、アナログなフィーリングを継承している。こうして出力される「Gate」の電圧をモジュラー側で「ADSR」に送り、そのエンベロープでVCAを制御する。

続けて「Step LFO」でもサンプルのタイミングに合わせてMIDI情報を聞くようにプルダウン・メニューで接続し、新たな「ノート・オン」を受ける毎に次のステップに進むことを確認。上下の2列が個別に出力するので、それぞれをVCOの音程・ADSRのリリースタイムへと送る。これで構造上は完成だ。

パッチの方は、本当に適当に作った。FMとフィルター・モジュレーションを組み合わせてみたが、もう何でもいいだろう。「Step LFO」から出力される2系統のシーケンスでパッチを動的に制御し、録音しながらマウスで画面上のシーケンスをいじり倒していく。後で気に入ったところを切り出せばよしとする。

今回はMIDIを橋渡しにしてタイミング情報のみを「Gate」の形でモジュラー側に伝え、肝心のパラメーターはマウスで書いている。再現性はないが、思いがけないアクシデントによってインスピレーションが湧く可能性は強いだろう。

※余談だが最初のプロ仕様の動画はより大きなプロジェクトの一部だった。その全貌はこちらから見ることができる。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【6】モジュラーシンセを外部エフェクトとして使う

モジュラー・シンセをオシレーター由来の音源ではなく、DAWのアウトボードのような外部エフェクトとして使う方法がある。説明しよう。

「Ableton Live」には「External Audio Effect」というプラグインが標準セットの中にある。当初は筆者もこれがどう役に立つのか理解できなかった。しかしエフェクトのセンド・チャンネルに入れればそこからモジュラーシンセに音声を送り、返しをミックスに混ぜ込むことができる。入出力が複数あるサウンドカードが必要だがMOTUの「Ultra Lite mk3」などではインもアウトも8チャンネルずつあるので、これらを振り分ければ良い。ただ、その分シールド・ケーブルがいくつも必要になる。

Ext. Audio EffectでDAWからモジュラーに音声を送る。帰りの音にはコンプレッサーをかけている。(画像クリックで拡大)


今回は少々複雑なパッチを組んだ。最初につなぐのは、DAWから送られてきた音量を検出する「Slew」モジュールだ。「Slew」はかつて稀なモジュールだったが、現在はあちこちのメーカーで見かけるようになった。入力された電圧の変化に応答する速度を遅らせることができる。ポルタメントに近い。上りと下りの速度を個別に調節できるので、上りを速くして下りを遅くすると一度持ち上がった電圧が時間をかけて降りてくる。その結果、入力された音声の音量を反映するエンベロープ・フォロワーとしても使える。

DAWから送られた音の音量がCVに変換されるので、次にこのCVでいろいろな回路を制御できる。今回はアナログ・ディレイのディレイ・タイムにつないでみた。

アナログ・ディレイはフィードバックを思い切り上げて発振すれすれの音を出しても、何ら問題はない。デジタル・ディレイではクリッピングが起きてしまうので、フィードバックはアナログ・ディレイの特権とすら言える。また、発振すれすれの状態でディレイ・タイムをいじると「ドップラー効果」が起きる。音声の山と谷の感覚が回路によって強制的に伸びたり縮んだりするため、ピッチ・シフトが起きるわけだ。マニュアルでディレイ・タイムを変更するだけでなく、CVをそこにつなぐと思わぬ不思議な効果が得られる。

今回は打楽器の音からまず「Slew」回路でエンベロープを検出し、そのエンベロープをCVとしてディレイ・タイムに送った。するとエンベロープのアタックに応じてピッチが跳ね上がって徐々に下がったり、極性を逆転させるといきなり下がって徐々に上がってきたりする。

Ext. Audio EffectでDAWのリバーブをモジュラーに送る。リバーブは減衰しやすいので、あらかじめコンプレッサーにかけておく。(画像クリックで拡大)


次に同じパッチをもう一つ組み、今度はVCFをくぐらせた。並行してダミーのキック・ドラムをDAWから別のチャンネルでモジュラーに送り、そのキックから検出したエンベロープをCVにしてVCFのカットオフを制御。つまりサイド・チェーンとしてキックを送った。この組み合わせでローパス・フィルターやバンドパス・フィルターならば「オートワウ」のようにふるまう。リバーブのようにたくさんの周波が混在している音をVCFに送り、バンド・リジェクト・フィルターのカットオフを動かせば、フェーズシフターのような「しゅわーん」という効果も得られる。

この2系統を交互にかける実験を動画に収録したので、お確かめいただきたい。

なおリバーブをモジュラーに送る際、まずDAWの側でコンプレッサーをかませ、少々大げさなリバーブにしておいた。さらにモジュラーの側では「Wave Shaper」でリバーブに歪を加えて着色を施した。何から何まで「やってはいけないこと」尽くしな感があるが、調整を続けていくとある時点で深遠な効果音も得られる。

2系統の外部エフェクトへと交互にセンドしている。(画像クリックで拡大)


モジュラーのパッチは、ほぼ再現性がない。そこでアウトボードとして活用する時には、ひたすら収録を続けながらいろいろなツマミの位置で試すことをおすすめする。また、許容範囲をあえて越えるところまでツマミを回し、何が起きるか試してみるのもいい。後ほど貴重な録音となるアクシデントに出会えるかもしれない。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。


電子書籍:
自分を信じていい時代(角川ミニッツブック)
「知的サバイバル」セミナー(角川ミニッツブック)

公式サイト:Office Morley
Twitter:@gjmorley

【7】フィルターをオーバードライブさせる

ドラムンベースでは、ローランド808のキックドラムのサンプルをピッチダウンさせてベース音を合成する向きが多い。代表例がこちらの動画チュートリアルだ。

How to Create a Tuned 808 Bass Drum in Ableton Live:
(画像クリックで再生)

この動画では正弦波を参照しながらドラム・サンプルをチューニングしている。かなりクレバーなアプローチと言えよう。だが、世界中のみんなと同じ808/909のドラム音をどこかからダウンロードし、自分だけの音へとカスタマイズさせるのも大変だ。下手をすると、長い時間をかけたのにプリセットまがいの音を作ってしまうかもしれない。それは虚しい。そこで、今回はフルにカスマイズできるアプローチを提案したい。モジュラー・シンセのフィルターを自己発振させるという技だ。

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DAWからCVやGateなどをモジュラーシンセに送ることができるVSTプラグイン「Silent Way」は、VCOの周波数を認識してチューニングする機能を持つ。この機能はVCFの自己発振にも適用できる。

CPU内で動作するデジタルシンセには設計の段階でフィードバックやオーバードライブを忌避する傾向が見られるが、アナログのフィルターは逆だ。歪んでなんぼの魅力を放ち、それが歴代のオペレーターたちに愛されてきた。VCFのレゾナンスをだんだん強くしていくと、そのうちオーバードライブの状態になって、歪みはじめる。機種によってはオシレーターなどの音源を何も通していない状態でも、フィルター単体で自己発振を発生させられる。つまり、フィルターがオシレーターになる。

モジュラーシンセから収録した個別の音をサンプラーに格納する際、始まりと終わりが「ゼロ・クロッシング」になるよう調節する。

自己発振の音は正弦波に限りなく近いので、表情を加えるためにサチュレーターで少しだけ歪ませる。この後「Massive」のレイヤーも加える。

自己発振を得意とするフィルターの一つがSergeの「VCFQ」だ。このフィルターは、Q(レゾナンス)を外部からのCVで制御することが可能である。つまりカットオフとQの双方が独立に制御できる。さらに、パルスやトリガーを送れば、鐘を叩いたように自己発振が文字通り「余韻」を伴って発生する。その余韻のディケイ(ADSRに例えるならリリースにあたる部分)はQの設定に依存して伸びたり縮んだりする。この特性を利用して、ドラムンベースでよく使われるベース音を合成してみよう。


全体のワークフローは以下のようになる:

1)オシレーターなどを通さず、VCFがトリガーやパルスだけで自己発振を起こす状態までQを上げてパッチングする。

2)DAWから「Silent Way」プラグインを使ってCV/Gateを送る。

3)「Silent Way」にVCFの自己発振音を聞かせ、VCOと同様にチューニングを試みる。参考までに「Silent Way」のチューニング機能は過去記事でも紹介した:こちらから >>

4)MIDIで打ち込んだベースラインをモジュラーに送り、VCFのパッチを調整しながら仮録音を行う。

5)仮録音したファイルから1音だけベース音を抜き出し、サンプラーに格納。

6)DAW側でサンプラー内のピッチ・エンベロープ、サチュレーション、コンプレッサーなどを使って加工する。

7)そのまま曲に織り込むか、後日使い回せるインストゥルメントとして書き出す。もしくは知り合いに送って、自慢する。

以上をかいつまんで映像に流し込んでみた。

VCFQでベース音を作る:
(画像クリックで再生)

この流れのポイントはいくつかある。まずはVCFQが自己発振をした時の周波数が上がるに連れ、だんだんとつぶれていくことだ。一筋縄でチューニングできないことこそ、アナログシンセが生き物であることの証だとは思うが、DAW側のソフトシンセから出した正弦波との比較でもわかるように、低いオクターブではピッチのズレが少ない。いずれにせよ、後ほどサンプラーのエンベロープで音程を動かすのでピッチの精度はそれほど気にしなくても良い。

次に、自己発振のリリースはQに依存する。Qが最大限に振り切れている場合、リリースも長い。Qが最大限よりも少し少なめの設定だと、独特の減衰が起きる。このあたりは感性に委ねられる。

SergeのVCFは何種類もある。

自己発振した音は、ほぼ正弦波となる。サンプラーの中で波形の頭出しと終わりがゼロ・クロッシングになるよう心がけておけば、余計なポップ音は入ってこない。いくつものバリエーションを連続して収録しておき、その都度、心に止まった波形のリージョンだけを使うのが効率的だ。

今回は808のサンプルをピッチ・ダウンさせる音作りへのオマージュとして、サンプラーの中でピッチにエンベロープをかけている。この曲を参考にした。

Bungle - Don't Look Back:
(画像クリックで再生)

ちなみにピッチにエンベロープをかけると、音程の誤差が気にならなくなるというメリットもある。

最後にDAW内でポス・プロを行った。少し大げさなサチュレーションの歪みを加えて控えめにミックスし、さらにMassiveで作った上モノをトッピング。その全体をサンドイッチを潰して食べる勢いでコンプレッサーに通した。また、お約束ではあるが、ミュートをかけたデジタルのドラム・トラックにキックとスネアをなぞるように打ち込み、サイドチェーン・コンプレッションもかけた。

複数のチャンネルから成るベース音を圧縮し、さらにサイドチェーン・コンプレッションをかけてドラムになじませる。


こうやってバリエーションを作っていけば、世界に一つしかないドラムン仕様のベース音が作れるに違いない。

参考資料:
SergeシステムのVCFQを詳細に解説した動画。10分もあるが、他のVCFとの違いをオシロスコープで確認出来る内容になっている。6分あたりでQ(レゾナンス)を自己発振させる奏法をデモンストレーションしている。

Serge Creature VCFQ Demo:
(画像クリックで再生)

VCFの自己発振の原理を日本語で解説するページ >>

NovationのBass Stationが自己発振する波形をキャプチャーしたデモ動画 / Bass Station II Self Oscillating Filter Demo:
(画像クリックで再生)


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日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【8】LFOをサンプラーで制御する

今回の手順は自身を持ってお届けする。 フォルマントを発生させるモジュ­ラーシンセのパッチにDAWからLFOを送って「ウォブル」を作成。ただし、LFOそのものをサンプラーのようにMIDI鍵盤から生演奏。MIDI鍵盤に限らず、「Maschine」や「Launchpad」などのコントローラーからも実践できるテクニックである。

DAWからモジュラーシンセに直接CVを出力できるプラグイン「Silent Way」はすでに筆者の日常のワークフローに深くエンベッドされているが、直流電圧(DC)をどれほど柔軟に扱えるかは、実験してみるまで想像だにできなかった。

「Ableton Live」の汎用サンプラーの一つである「Drum Rack」はそれぞれのキーで個別のサンプラーをトリガーする構造になっているが、結論から言うとこの中に異なるスピードや波形のLFOを格納し、任意に再生してモジュラーに送ることができる。つまりCVのサンプラーが作れるのだ。

動画をご覧いただくのが手っ取り早いので、まずはこちらから、

即興演奏できるLFO
(画像クリックで再生)

順を追って解説しよう。

0)大前提としてDAWからハードウェアのインターフェイスを通じてCVやGateが送れる環境が必要になる。関連情報は記事の末尾にリンクした。

1)「Silent Way」プラグインを使ってさまざまな速度や波形のLFOを作成。1小節で1周期のサイン波、16分音符で少しランダムが混じったパルス波…などを作ってはそれらをDAW内で音声としてキャプチャーする。収録後、個別の波形を確認すると行儀よく頭が最初のサンプルにそろっているのがわかる。可聴域をはるかに下回る周波数なので音声としては聞こえないが、パルスなどとがった電位の変化があるところではスピーカーから「ぶちっ」という音が出る。ただしスピーカーをいたわるためにはあまり繰り返し再生しない方がいいだろう。「Silent Way」の中では「DCオフセット」を加えることもできるので、例えばモジュラー・シンセが「0ボルト」から「5ボルト」までしか認識しない場合、波形がマイナスの極性に行かないように限定することも可能だ。

個々にキャプチャーしたLFOをドラムラックに格納し、CVを出力するサンプラーを構築。ランダムが加わって電位が少しずつ上下している波形も確認できる。
(画像クリックで拡大)

2)これらのLFOに管理しやすいように名前をつけていく。筆者は「1/1」「1/8 triplet」「1/16 random」などと命名している。さらに「nothing」という、電位が動かないサンプルも一つ作っておくと、あとで役に立つ。これは生演奏中にLFOをポーズさせる「スペースキー」のような使い方ができる。

3)各サンプルをサンプラーにロードする。DAWによってサンプルをロードした時のデフォルトが異なるが、「Ableton Live」では音量が「-12db」でポリフォニックに初期化されるので、音量は「0db」に、和音の数はモノフォニックに設定する。ロードするLFOの数だけこの単純作業を繰り返すのは、少々消耗する。そこでショートカットとして、最初に作ったサンプルを複製し、中身だけ入れ替えると作業量を短縮できる。最後に全サンプルを一つの「チョーク・グループ」にまとめて、一度にひとつのLFOしか出力できないように設定する。

※「チョーク・グループとは何か」の解説はこちらの記事で

4)LFOをCVとして受けられるようにモジュラー側でパッチを組む。今回はダブステップの「トーキング・ベース」風味にした。ローパスの設定にしたVCFだけでも十分に効果を確認できる。また、VCOのピッチにLFOをかければ「ダブ・サイレン」の音になる。

5)MIDIキーボードや「Launch Pad」「Maschine」「Push」などのコントローラーからMIDIノートをDAWに送り、サンプラーがLFOを出力してくれるかを確認する。サンプラーは一度にひとつのLFOしか出力しない設定になっているため、途中で次のLFOを割りこませる「リアルタイム」演奏が可能になる。また、このパフォーマンスをMIDIとしてDAWに収録しておけば、後ほど細かいエディットもできる。念のために追記すると、これはメロディーではなくLFO専用のサンプラーだ。もしもメロディーとLFOを同時に制御したい場合は別途、工夫が必要になる。

リアルタイム演奏したLFO波形をDAWでキャプチャー。
BPMに合わせてきちんと並んでいる。
(画像クリックで拡大)

6)MIDI情報をDAWに取り込んだ後、繰り返し再生しながらモジュラー側のパッチを少しずつ変更し、色々なバリエーションを録音するのがいい。モジュラーは「一期一会」の世界なので、再現性にこだわるよりその場の即興的なアクシデントをキャプチャーするように心がけた方が発見も増すだろう。

7)実際の曲で使う時にはモジュラー・パッチの音がなじむようにEQやコンプレッサーなどを使うことをおすすめする。特にベース音を作る時には100Hz前後をくり抜いてかわりにサイン波の「サブ・ベース」を加え、全体をコンプレッサーでぎゅっと圧縮すれば、芯の強い音になる。サチュレーションや空間系のエフェクトは高周波域に限定したほうがいいだろう。

今回のパッチに関する手書きメモ。2つのVCOと2系統のVCFおよびサチュレーションを使用。DAWからのLFOはCVとしてVCFが受け取る。
(画像クリックで拡大)

次に今回のパッチを解説する。ツボになったのは同一のVCO(パルス波)から信号を二手に分けてローパスのVCFとバンドパスのVCFに送り、両者の動きをDAWからのLFOで制御する仕掛けだ。ローパス、バンドパスそれぞれのカットオフが逆方向に動くよう、極性を反対にすればフォルマント効果が得られる。このフォルマントをさらに誇張するには、2つめのVCOを高周波に設定し、そこからカットオフのモジュレーションに加える。つまりDAWから送られてくるLFOのウォブルと高周波のモジュレーションが合成され、くせのある倍音や歪みが生まれる。

さらに双方のVCFから出力した音を微量のディストーション・サチュレーションにくぐらせると、またさらに派手さが増していく。欧米のティーネイジャーたちが今、愛してやまないスクリレックスのようなダブステップではこのサチュレーションをやり過ぎというぐらいに使い、さらにコンプレッサー・リミッターで潰したりしている。モジュラーシンセで歪ませる場合とDAW内のプラグインで歪ませる場合では効果が微妙に異なるので、好みに応じてお試しいただきたい。

この手順で自作したサンプラーは、エキスポートもできる。アナログシンセを持つ友人にプレゼントしたなら、おそらく喜ばれるだろう。それだけではない。自分でウォブルをリアルタイム演奏する動画をYouTubeに乗せれば、今まさに時代の先端を行くモジュラー奏者としてドヤ顔ができるのだ。

【参考資料】


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。


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【9】波形を歪ませる

アナログシンセといえば「減算合成」で音が出るという先入観がある。よく引き合いに出されるのが「MoogやKORGは減算だが、Yamaha DXシリーズはFMなので複雑な波形を作れる」という常套句だ。

しかし。VCO→VCF→VCAという「減算」のテンプレートがシンセのすべてではない。実はこの定番の信号の流れは「東海岸方式」とも呼ばれており、これに対して「西海岸方式」がある。1960年代から1970年代にかけてアメリカ西海岸で開発された「Buchla」や「Serge」は後者であり、簡単な波形から複雑な倍音構造を合成する回路がいくつも開発されていた。ただし量産されなかったこともあり、その神秘的な機能はごく一部のマエストロたちにしか活用されていなかった。

現に筆者も「Serge」を20年間使ってきたが、この原稿を執筆する前の日になってやっと「西海岸方式」の真骨頂が、目立たないモジュールの中に隠されていたことを知った。そのモジュールとは「Waveshaper」だ。波を「シェイプ」する機能を持つ同一の回路が3個つながっている。それぞれの回路は2通りのCVを受けるインプットを持っおり、全部で6通りのCVを同時に受けられる。これらのCVをアニメーション、いやアニマトロニクスのように連携して操作すれば、他にはない音を作り出すことができる。

たとえばのこぎり波のように倍音構造が簡単な波形を「Waveshaper」に通すと丸みを帯びた形へと変形され、元の音にはなかったベース音も加えられる。また、同じのこぎり波を先にVCFに通し、少しだけでもQ(レゾナンス)をかけておけば「Waveshaper」をくぐった時に複雑で華やかなスペクトラムが出現する。この模様をオシロスコープで確認できる動画を作成したので、是非ご覧いただきたい。

波形をシェイプする
(画像クリックで再生)

「減算」方式のシンセならば、VCO → VCF から後は音がこもり、VCAに通して仕上げる。しかしモジュラーシンセはそのお約束に限定されない。VCFのローパスを「Waveshaper」に接続すれば倍音は減るのではなく、増える。この時VCFのカットオフ、レゾナンスのどちらを増減させても「Waveshaper」は敏感に反応する。したがって簡単なパッチを組んだだけでも最大8系統のCVで音色を変化させるという選択肢がある。8つの糸がついたマリオネットを動かすようなものだ。

「Silent Way」の設定
(画像クリックで拡大)

お互いに関連付けられたパラメーターを同時に動かす際に、「同じ速さのLFOをずらしながらCVとして送る」というテクニックが役に立つ。これは「Silent Way」プラグインで容易に実現できる。例えば少し前倒しにつぶした正弦波と三角波を同時に出力したなら、図のように2系統のCVとなる。

つぶした正弦波と三角波を同時に出力
(画像クリックで拡大)

2つのLFOは形が異なるため、時間の中でずれながら作用する。仮につぶれた正弦波と三角波を単純に足しあわせても、図のように複雑な波形となる。

つぶれた正弦波を「Waveshaper」のCVの1つにあてがい、三角波をVCFのカットオフにつなげたなら、パラメーターがずれながら変化するのでパッチには微妙な表情が追加される。仮に6系統のLFOで丁寧に組み立てたならば、かなり複雑なアニメーションが可能になるだろう。

単純な足しあわせで複雑な波形に変化
(画像クリックで拡大)

続いて、このシリーズではそろそろお約束になりつつあるがダブステップのドロップも作ってみた。「よぃー」というフォルマントのウォブル(揺れ)を発生させるには、2つのVCFを使う。バンドパスフィルターを高めに、ローパスをやや低めに設定。これらのカットオフを同一のCVに対して反対方向に動くように調節すれば、フォルマントが登場するまでにそれほど時間がかからない。

終わりに、 今回のアイデアはすべて「Serge」の魔術師の一人であるDoug Lynner氏からインスピレーションを受けたものであることを明記したい。実は「Waveshaper」の極意はネット上にも記述がほとんどなく、同氏のチュートリアルに出会って初めて開眼したのだった。次のライブは5月24日だが、間違いなく「Waveshaper」を使うことになるだろう。

【参考資料】

☆☆ライブのお知らせ☆☆

5月24日・土曜 西麻布「BULLETS」にてモジュラー・シンセを持ち込んだライブをやります。  詳細はこちらまで


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【10】波形の変形によって倍音を増やす方法 〜直接波形を「書く」〜

前回に引き続き、減算ではなく波形の変形によって倍音を増やす方法を解説したい。今回はアナログのシーケンサーで直接波形を「書く」というメソッドだ。

モジュラーシンセには電圧の列を一時的に記憶できるシーケンサーがある。MIDIが出たばかりの頃、電圧の値をデジタイズしてメモリに組み込めることが斬新であり、新しい時代の息吹を感じさせたものだった。ローランドのMCシリーズはテクノポップを可能ならしめた、とさえ論じていいだろう。

さて時代は下って今、このシーケンサーを135BPMではなく、120Hzぐらいで動かしてみる。クロックは他のオシレーターから取るとしよう。毎秒120回シーケンスをかけめぐるため、BPMにすると120 ✕ 60 = 7200BPMに相当する。なんだかハードディスクを連想させる数値だ。ここまで速くなると、個別の電圧の山と谷が耳の中でつながって、シーケンス全体が一つの波形へと変貌する。ツマミをいじることが、そのまま波形を生み出すことになる。

以下、動画を収録したのでご覧いただきたい。

シーケンサーでオシレーターを作る
(画像クリックで再生)

シーケンサーから出る波形を「Waveshaper」などの歪み回路に通すと、ツマミの列を少し動かしただけでも音色が劇的に変わる。その模様はオシロスコープでも確認可能だ。たとえ高速であってもシーケンサーの動く速度が一定していれば、「Silent Way」からオシレーターとしてチューニングし、正確なピッチでメロディーを奏でることができる。

「Serge」のシーケンサーである
「Touch Key Board」
(画像クリックで拡大)

今回は波形の歪み加減をランダム回路で制御した。「Serge」のランダム回路にはいくつもアウトがある。スムーズに変わる電圧、カクカクの階段状に変わる電圧、さらにはランダムなタイミングのパルスをそれぞれ同時に出力する。ランダム・ボルテージには周期性がないので、使いこなすまでには時間がかかる。だが不安定なゆらぎに向き合って、心を開けるようになればきっとおもしろい使い方が見つかるだろう。

「Silent Way」のCV Inputの設定
(画像クリックで拡大)

今回はさらに一歩踏み込んで、モジュラーシンセのランダムな電圧をDAWに取り込んでみた。少々トリッキーだが「Silent Way」のプラグインを2つ組み合わせれば「MIDI -> CV」ではなく、「CV -> MIDI」という風にシグナル・フローを逆流させられる。

「Silent Way」のCV to MIDIの設定
(画像クリックで拡大)

MIDI CCになった情報はDAWのパラメータだけではなく「Massive」のようなVSTにもアサインできる。結果、LFOを使わないランダムなウォブルのパッチが完成した。

今後、モジュラーからDAWに収録したCVを編集してパフォーマンス用のスコアを作ることもできるようになるだろう。新たなアナログの時代は確実にやってきていると思う。

【参考資料】

今回の記事では以下のチュートリアル動画をソースにした。

Why we love the SERGE - Part One
(画像クリックで再生)

☆☆ライブのお知らせ☆☆

5月24日・土曜 西麻布「BULLETS」にてモジュラー・シンセを持ち込んだライブをやります。  詳細はこちらまで


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【11】分岐点に立つ

1980年頃、シーケンサーが画期的な進化を遂げ、ポップ音楽のメインステージで不動の座を築いた。それまでの自動演奏はアルペジエーターのように生演奏の延長上にしかなかったが、MIDIの出現により音符、音の強弱、フィルターの位置などをメモリーに貯蔵し、後で呼び出したり編集することも可能になった。その後パーソナル・コンピューターが普及するにつれ、電子音楽は再現性が高く、クリーンで行儀よく管理された音楽の形態を意味するようになった。

しかしこれは初期の電子音楽から見れば変貌であり、変節だった。そもそも電子音楽は不定形でオープン・システムなものとして進化していたからだ。演奏する度に結果が変わるものであり、作品は「曲」ではなくむしろ自己を演奏する「システム」だった。前衛・現代音楽の領域、つまり押入れの奥深くにあった「純粋な」電子音楽。それを日本の技術者のたゆまぬ刻苦勉励がライオネル・リッチーやマイケル・ジャクソンの方向へと、ところてんのように押し出したのだった。

筆者が1982年にハーバード大学の電子音楽教室に入門した頃、「スタジオにはキーボードの持ち込みを禁ずる」というルールがあった。バンドマンたちがポップ・ミュージックやフュージョンで使われるプロフェットやオーバーハイムなど新型ポリフォニック・シンセに対する強いあこがれを持っていた時期に、あえてこのルールが前面に押し出されていた。スタジオを「高価なシンセの代用になる」存在にしたくないという恩師・チェレプニンの頑なな姿勢だった。

ピアノの弦に金属食器をプリペアした状態

この教室にはキーボードはなかったが、ピアノが置いてあった。しかし改造されており、どの鍵を弾いても「がちゃん」という音がする、プリペアド・ピアノだった。

内部奏法とプリペアド・ピアノ - フェリス女学院大学

プリペアド・ピアノを発明した
現代音楽家ジョン・ケージ

プリペアド・ピアノを「ちょっと弾いてみるか」という学生はいなかった。言わば、「普通の音楽に戻そうとするんじゃないぞ」と威圧するオブジェとして置かれていた。同時に「これまでのルールに囚われず、音楽をゼロから作り直してもいいんだ」という挑発の刻印でもあった。

1学期目の半分は、アナログテープに野外で録音した「1秒の音声」をループにしてピッチを変えたり、EQを通したりしながら加工・変形・編集することに費やされた。筆者は街角に立って発声した「あー。」という声の1秒間をひたすらループさせていた。「あー」が数週間を経て「おー」になったりしていた。

当時、スタジオには「Buchla=ブクラ」というメーカーが研究機関や大学専用に制作していた初期のモジュラーシンセがあり、授業の中でオシレーターやCVの使い方を伝授された。この時に強調されたのが、「音を意のままに操ろうとするのは間違っている」ということだった。説明しよう。

エントロピーという概念がある。これは物事の乱雑さを表す物理の用語だが、20世紀の現代音楽には早々に取り入れられていた。音のピッチなどを制御するのが困難ならば、いっそのこと即興的に遊ぼう。自己生成するパッチを組んで勝手に自動演奏させよう。そんな美意識が電子音楽のパイオニアたちの間で定着していた。さらにこれがジョン・ケージのような作曲家によって東洋思想や禅の精神と同一視され、作品名にも「竜安寺」といった日本語のタイトルが採用されていった。

19世紀末までの西洋音楽は一概にエントロピーの排除に技術的な努力が注がれていた。和音の展開を限界ぎりぎりまで拡張し、12音階のシャープやフラットを全部使いきってしまうほどに爛熟していた。これに対して20世紀前半の音楽は既存のルールを破壊することに心血を注ぎ、革命を目指した。その強力なツールの一つがエントロピー、つまりランダムさだったのだ。

ランダムは奥が深い。一方では無機質な感覚をもたらし、人間が美意識や肉体でコントロールしていない、あるいはできない領域へと注意を向ける。ランダムな音列を一度聞いてそのまま口ずさむのは難しい。あえて「口ずさめない」ことを目的にしてランダムな音列は採用される。

しかしもう一方でランダムは、顕現意識よりも無意識、随意筋よりも不随意筋といった、我々の一部なのだが直接触れられないエリアとの合一をも示唆している。つまり日頃は意識していない自分と出会い、自我を越えて感覚を広げることを目指している。電子音楽を紡ぐことは、ヨガのひとつなのだ。

筆者は恩師・チェレプニンに騙されるようにしてスピリチュアルや錬金術の本を読み、ランダム街道を散策した。そこに見出したのは東洋的な瞑想の境地だった。喜多郎氏の「シルクロード」にあるようなきれいでキャッチーなメロディーは、そこにはなかった。筆者は熱烈にランダムの信徒になった。その後遺症は今も続いている。たとえば店舗の中でBGMが鳴るとそのBGMではなく、周りの「ガヤ」と一体化したテクスチャーを聴いてしまう。もはや旋律ではなく、音響や「絵」のようにしか音楽が聴こえない。だが今はその話に深入りしたくないので、本筋に戻そう。

1982年、学期末の課題の1つに「パッチのスコアをもとにモジュラー作品を実現せよ」というものがあった。「実現」とは英語で「realize」である。アイデアを具体的なパフォーマンスや録音へと固定させる、といった意味合いを含んでいる。これは「演奏する」という解釈よりも一回り大きな、その作品にまつわる「場」に憑依されるようなニュアンスを含んでいた。

「エントロピカル・パラダイス」のパッチ図
(画像クリックで拡大)

学生たちに配られたのはDouglas Leedyという作曲家の「エントロピカル・パラダイス」というスコアだった。これは「Buchla」シンセの複雑なパッチを組むことによって「実現」する作品で、タイトルは「エントロピー=乱雑さ」と「トロピカル・パラダイス=南国の楽園」を組み合わせた造語だ。パッチは図のようになっている。

「エントロピカル・パラダイス」のスコア
(画像クリックで拡大)

この1969年の作品ではピンク・ノイズやFMらしき接続がなされている。空間の広がりを得るため、アナログのリバーブを通している。今日の基準から見るならとても簡単な音響だ。しかしパッチの構造の中でCVがフィードバックするため、シーケンスの再生速度や頻度や停止のタイミングがランダムに揺れ動く。スコアには「どのツマミも設定を変えて良い。一度パッチが自動演奏を始めたら、あとは放置してもよい」といったメッセージも書き添えられている。

※ Allen Strange ”Electronic Music” (1983) p.244からキャプチャー

作曲家本人による当時の「実現」もYouTubeにあった。

Entropical Paradise
Douglas Leedy 1968 Complete Album
(画像クリックで再生)

要するに、モジュラーシンセはそもそも「不随意なツール」として設計されていた。技術の精度が上がるにつれ、「かっこよく」弾くキーボードのエンジンとして認知されるようになったが、本来は混沌とした電子の海の中に秩序の「島」が浮かび上がり、そしてまた消え、生々流転を繰り返すシステム、つまり宇宙そのものであった。

日本産のデジタル・シンセが世界中で爆発的に普及するにつれ、モジュラーシンセサイザーの零細な工房は次々と閉ざされていった。しかしIT革命がよりディープな方向に進むとファットな音圧が求められ、今やビンテージだけではなく、最先端でリバイバルしている。

これまでこの連載では「Silent Way」などのVSTプラグインを使って非常に正確な音程の制御が可能であり、商業音楽にも十分組み込めるモジュラーの底力を解説してきた。それを望むなら、アナログ・オシレーター独特の「揺れ」も抑止できてしまうことや、サンプラーに取り込んでがっちりと制御できるプロ・ユースの側面をも描写してきた。だが、実はモジュラーの真骨頂は「直観の海」の中にこそある。次回以降はエントロピーを削るのではなく、増幅させる機能や実験音楽的な使い方を紹介していきたい。

【参考資料】

☆☆ライブのお知らせ☆☆

5月24日・土曜 西麻布「BULLETS」にてモジュラー・シンセを持ち込んだライブをやります。  詳細はこちらまで


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。


電子書籍:
自分を信じていい時代(角川ミニッツブック)
「知的サバイバル」セミナー(角川ミニッツブック)

公式サイト:Office Morley
Twitter:@gjmorley

【12】ピンク・ノイズを使う

「ホワイト・ノイズ」とはすべての周波数で同じパワー(強度)を含む音声を言う。この呼び名は、白色光にすべての可視光線が含まれていることからの転用だと思われる。オシロスコープで見ると電位が不規則に上下振動しているのがわかる。周期がないので厳密には「波」ではない。ホワイト・ノイズそのまま使うと高周波域が強く聴こえすぎるため、ローパス・フィルターを通すことが多い。

VCFのカットオフで主に低周波のノイズしか出なくなった状態を「ピンク・ノイズ」と呼ぶ。ピンク・ノイズの科学的な定義はパワーが周波数に反比例する「1/f分布」だが、簡単に「海辺の音」と覚えておくと良いだろう。

今回はノイズを音声ではなく「CV」として使う。まず、ホワイト・ノイズをVCFに通して、低周波の塊であるピンク・ノイズを作り出す。そのピンク・ノイズをモジュレーションのソース、つまりCVとしてVCOのFM入力につなぐ。すると通常の「VCO -> VCO」という接続で行われるFM変調とはおよそ異なる効果が得られる。カットオフが低いと不規則なビブラートのような音になり、高くすると「ガリ」が入ったような感じになる。

以下、動画をご覧いただきたい。

ピンクノイズをVCOにつなぐ
(画像クリックで再生)

ノイズの電圧はランダムに細かく動いている。そのため、CVとして使うとほんの少しの設定の違いが誇張されてしまい、パッチの音が劇的に変わる。微調整を続ける内にやっとおもしろい状態が見つかる。大変な作業だが、慣れると勘が働くようにもなる。

動画の第1部ではピンク・ノイズをVCOの「FM in」へとつなぐ実験を行った。VCFで作り出したピンク・ノイズなのでカットオフを上下させたり、レゾナンス(Q)を上げることで独特の歪みを制御できる。 VCO波形が不規則に影響されるさまはオシロスコープで確認できる。

「エントロピカル・パラダイス」のパッチ図
(画像クリックで拡大)

続いて前回記事の「エントロピカル・パラダイス」を彷彿とさせるような自動演奏パッチを作った。

VCOの音程やタイミング、ノイズを加工するVCFのカットオフなどが一斉にランダムに変化するパッチだ。ちょっとした「エコシステム」になっている。

さらに4つ打ちのベースラインにもピンク・ノイズを応用してみた。

パッチを

ノイズ -> VCF -> VCO -> リングモジュレーター

という風に発展させ、第2のVCOをリングモジュレーターに接続した。2番めのVCOの音程、VCFのカットオフやレゾナンスなどの組み合わせに敏感に反応する。設定次第でさまざまな味わいがあるが、 DAWの中でサイン・トーンの「Sub Bass」を加えてコンプレッサーをかければ、ノイズのフレーバーを含みつつも「使える」ベースラインになってくれる。

これらのパッチは不安定なので、いつにも増して集中を要する。だが時間をかけてスィート・スポットを探していけばきっと新しい音色に出会えるだろう。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【13】予測不可能なパッチを作る

モジュラーシンセの醍醐味のひとつは、CV同士を組み合わせて複雑に変化するパッチを組むことだ。MIDIのパラダイムでは命令はあくまで上から下への一方通行だが、モジュラーの世界では「下克上」が許されている。思い通りに動かない時にこそ、モジュラーシンセの本領が発揮されると考えてもいい。モジュラーシンセの醍醐味のひとつは、CV同士を組み合わせて複雑に変化するパッチを組むことだ。MIDIのパラダイムでは命令はあくまで上から下への一方通行だが、モジュラーの世界では「下克上」が許されている。思い通りに動かない時にこそ、モジュラーシンセの本領が発揮されると考えてもいい。

アルペジオのように期待通りに変化することを「再現性」と呼ぶなら、その対極にはランダム回路やノイズ回路が出力する、100%非周期のカオスがある。再現性とカオス、どちらの要素も併せ持つ「生きた」パッチは自律的に変化し、自らを演奏できる。うまく行っている時には自由度と制限が共存した状態を保っている。

あるところまでは制御できるが、「その一線」から先はコントロールがきかず、次に何が起きるかわからない。そんなパッチを今回は組んでみよう。

パッチの根幹には「Serge Modular」のARエンベロープである「Slew」を使う。これは非常に原始的だが、奥が深い(図1)。電圧が上がる速度と下る速度を個別に調節できるので、アタックとリリースから成るエンベロープはもちろん、サイクリングさせれば上がりと下りの波形が非対称なLFOとしても使える。「Slew」は電圧がゼロに戻った瞬間に「Trigger Out」のアウトレットからパルスを出力するので、これを自身の「Trigger In」に接続すればサイクリングが始まる。

Serge Modular システムでは「Slew」と呼ばれる
スロープ・ジェネレーターが多用されている。
同じものが4個並ぶ「Quad Slope」は名高いモジュール
(画像クリックで拡大)

「Slew」はLFOとしても音声としても振る舞うことができるので、直接スピーカーに出力すればクリックとして聴こえる。上がりの速度が速ければクリック音はよりはっきりする。周期をどんどんと短く、つまり周波数をどんどんと上げていけばLFOはそのまま可聴域のオシレーターへと変貌するが、今回のパッチではそのままLFOとして使うことにする。

次に2個目の「Slew」を同様のLFOとしてパッチングする。2個めの「Slew」を1個めの「Slew」のCVにすることで、周期的に速度が変わるLFOが出現する。この複雑にサイクリングしている「Slew」をVCFに通す。レゾナンス(Qとも呼ばれる)を上げていくと、ある段階からフィルターがカットオフの周波数で自己発振を始める。言わば「Slew」がVCFの発振をトリガーさせ、オシレーターのように振る舞わせているのだ。

この状態で

(1)VCFのカットオフ

(2)1個めのLFOの周期

(3)LFOをモジュレートする2個めのLFOの周期

…といった3つのパラメーターをアナログシーケンサーで同時に変化させると、複雑なパッチの「素」が形成される。続きは動画でまずご確認いただきたい。

予測不能なパッチを作る
(画像クリックで再生)

このアナログのロジックで動くLFOとVCFのペアを核として、さらに歪み回路を通したり、2個目のVCFをもくぐらせたりすれば表情が豊かになっていく。ドローンとして聴いてもいいが、末端にVCAを加えればAM変調などの効果も追加できるので、いよいよもって選択肢が増していく。ここからは演奏者次第だ。

さまざまな変数(パラメーター)が同時に動いているので、最初はなかなか管理できない。しかし魅力的な「ゾーン」を探し当てるコツを養えば、当初は平坦に聴こえていたパッチからも独特の奥ゆかしいサウンドを導き出すことが可能だ。ただしそのためには、積極的に探し当てる姿勢も必要になる。思い通りにパッチを動かそうとせず、同時に創作過程を放棄もしないという、絶妙なバランス感覚が求められる。

この方法論は「一期一会」を受け入れる「和」の心にも通じる。カオスと再現性の合間にあるゆらぎを行き来して、いっとき和みたい。


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日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【14】TRAP作成用のテンプレート

今回は野心的な取り組みだ。アメリカ南部で今、「TRAP」と呼ばれるヒップホップ系のクラブ・ミュージックが大流行している。その「TRAP」のスタイルで楽曲を作るためのテンプレートを準備した。原案は2012年に音楽学校「Dubspot」が掲載したオンラインのチュートリアル。

Ableton Tutorial: Trap Music Patterns
-- How to Build an Instrument Rack for Drum Programming Pt 1

NYCに本拠地を置くクラブ音楽の学校「Dubspot」。
オンラインでも受講することができる(全編英語)。
(画像クリックで拡大)

Sergeモジュラーシンセで作成したキックドラムの音をDAWに収録する。
(画像クリックで拡大)

この動画レシピは3部構成。手順に従ってコツコツとAbleton用のラックを組み立てていった。

ただし、キック・スネア・ハイハットの音声はことごとく筆者のサージ・モジュラーで作った音声ファイルで入れ替えた。


おびただしい中から使いたいものだけを丹念に選び出し、綺麗に並べてWAVに書き出す。
(画像クリックで拡大)

「Ableton Live」のバージョン8以降をお持ちの方は、てっとり早くこちらのURLからファイルをダウンロードするといいだろう。

セッション・ファイルを開けばすぐに遊べる状態になっている。

【ダウンロードする】


そしてもちろん「Abelton Live」をお持ちでない方も素材となった音声ファイルを取得できるよう、SoundCloudで公開しておいた。

SoundCloudで公開した音声ファイル。
このファイルをダウンロードし、各自のDAWに取り込んで加工することもできる。
(画像クリックで拡大)





ツール制作の流れは以下の動画にまとめてある。

TRAP作成用のラック
(画像クリックで再生)

このツールが完成すると

1)いろいろな種類のキック、スネア、ハイハットをツマミで呼び出すことができる。

2)キック、スネアの音声を変調させるパラメーターを操作できる。

3)ハイハットはいつでもアルペジオがかかっているが、この速度をリアルタイムで変化させられる。

4)パラメーターチェンジはすべてLiveに記録できる。

5)かくしてお手軽に「TRAP」のスタイルで打ち込むことができる。

Ableton Liveのサンプラーは一度に127個までのサンプルを取り込むことができる。
(画像クリックで拡大)

実際に作ってみると、細かな作業が多いので消耗する。

だがユーロラックから録音したオリジナルなパーカッションやノイズをまとめて放り込めば、オリジナルなラックを組み立てることができる。

モジュラーの中でローカルに音を出すだけではなく、DAWの中で構築することで別の地平へと抜け出ることも可能なのだ。


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【15】動画配信が後押しするモジュラーの広がり

今回は具体的なレシピを離れ、モジュラー・シンセサイザーが勢いをつけている背景を俯瞰してみたい。

日々リサーチを続けていると、なんといっても動画が果たす役割が大きいことを実感する。動画のチュートリアルや広告、インタビューなどがSNSを通じてどんどん広がっている。参考になる事例がVSTシンセ「Massive」のチュートリアル動画だ。

開発元の「Native Instrument」社が2000年代の後半以降、それほど力を入れなくなったと思われる「Massive」だが、「Youtube」では相変わらず勢いが衰えていない。例えばこちらのチュートリアル動画は2010年のアップ以来185,000回以上も見られている。

Massive Dubstep - Effective Heavy Wobble Tutorial
(画像クリックで拡大)

ご覧いただければわかるが、この動画は商品ではない。アップ主がぼそぼそ喋りながらマウスを動かしているだけのものだ。なのに驚異的な回数で閲覧されている。それだけ「Massive」のチュートリアルに高いニーズがあることがわかる。

「Massive」の大ブレイクは、ダブステップのサブジャンルの一つである「Brostep」が後押しした側面もある。当初は「Skrillex」や「Zomboy」などのビッグネームにそっくりのプリセットを組み立てようとする素人やセミプロの動画が中心だった。だがその後、よりスマートにプログラミングのノウハウを集積するサイトも相次いで登場した。その一つがこれ。

「Massive」が見せている展開は暗示的だ。動画がSNSの中で引っ掛かりを持つと、急激に発信力を帯びる。モジュラー・シンセのチュートリアル動画も似たような方向で増えていくかもしれない。

動画配信のもうひとつのメリットは、魅力的であれば無名ブランドでも一気に注目を集められることだ。最近開設されたモジュラー・シンセのサイト「Muff Wiggler」では小規模の開発元を後押しする色合いが強い。サイトの中に「Qu-Bit Electronix」創始者への動画インタビューが掲載されている。

MuffWiggler Interviews Qu-Bit Electronics
(画像クリックで拡大)

インタビューを受けた Andrew Ikenberry はコンピューター音楽のプログラミング言語「C-Sound」を修得し、サーキット・ベンドやアナログ回路に没頭した日々から、モジュラー・シンセの開発を思い立った過程を早口で熱弁。頭の回転の速さや意気込みが伝わってくる。

一連の動画インタビューで、開発者たちはパンクロックやノイズ音楽に心酔していた過去の経歴やプログラミング言語を使って初期のプロトタイプを設計した経緯などを幅広く語っている。スティーブ・ジョブスを彷彿とさせる野心家、マイペースにひたすら好きな音響の世界を追及する夢想家、挑発的に発言するならず者もいて、種々雑多な肉声が発信されている。それぞれの生き方が如実に反映された製品の「ものがたり」に心酔する人も増えるだろう。どんどんと細分化し、製品の機能がオーバーラップしているモジュラーの世界では 一昔前の「スペック主義」とは異なり 、開発者の美意識をユーザーが共有することが購入の大前提となる。

続けて、ユーザーのコミュニティーが牽引する形で従来の音作りの概念を拡張する「ノン・スタンダード」な動きも顕著になっている。「裏技」という領域を越えて、当初の設計者が想定しなかったようなおもしろい方向へ広がっている。かつての時代、アーチストは資本に囲われ、育てられ、門外不出の「秘伝」を持ち味にスターダムへと登りつめる存在だった。しかし環境は変わった。今日のクリエイターはレコード会社や事務所に発見されるのを待たずに、自主的にネットへと発信する。シェアを通じて上手にプロモーションしながらも自身に利益を誘導することが新たなゲームのルールになりつつある。

こうして玉石混淆の無料チュートリアルが増殖する中、パワー・ユーザーが開発したサンプル・パック、プリセット集やチュートリアルも商品価値を帯びるようになった。

例えば「Loopmasters」のようなサンプル販売サイトではWAVのループだけではなく、「Massive」のプリセットをカタログに追加している。

音作りの有料チュートリアルも数多くある。直接モジュラー・シンセには関係ないが知っておいて損はない事例に出会ったので、あえて紹介しよう。 Breaking Beats

のべ4時間に及ぶこのチュートリアルは「Ableton Live」の操作画面をキャプチャーしたもの。 ダブステップやエレクトロ・ハウスなどで用いられる「あの」やたらと野太いドラム音の作成法を、奥深いところまで指南してくれる。 筆者は広告動画を見て購入。手順通りに手を動かしてみて、初めてその威力がわかった。

例えば3つのサンプル音源をレイヤーにしてスネアドラムを合成する手法が解説されている。そのうち一番上のレイヤーにはありもののスネアやリムショットの音源を使い、ハイパス・フィルターをかけて高周波域だけを抜き出して使う。つまり、すでに持っているが「お蔵入り」したサンプル集を活用できるのだ。

チュートリアルの後半では従来のロック・ミュージックのミキシング理論とはおよそ異なる「2010年以降」のミキシング・スタイルが解説される。全編を見終わって、クラブ・ミュージックが加速的に変化しているのがわかった。

さらに一歩進んで、音作りと演奏法をセットで指南する人物もいる。ベルリン在住の「Mad Zack」だ。プロフィールはこちらから。

Mad Zackは天才的にサンプルを編集し、MIDI Fighterをはじめとしたコントローラーでリアルタイム演奏をする。有料チュートリアルを買いたいと思ったきっかけはこちらの無料動画だった:

Sample Free Sounds from the Internet
and Build Unique Ableton Drum Racks
(画像クリックで拡大)

ネット上にある音源を「Audio Hijack」という廉価なソフトでキャプチャーし、「Ableton Live」や「Traktor」のサンプル音源として編集していくというものだが、よくある「名曲の一部を抜き出す」という範疇を優に超えている。ホラー映画「リング」米国版の予告編や、あげくには「Massive」のチュートリアル動画に至るまでネットに転がっているリソースから無差別に、容赦なく取り込んでいく。日本的に「JASRACがやってくるのではないか」「事務所が出てくるかも」「本人の許諾は」などといった固定観念を持っているとこの発想は浮かばない。いや、浮かびえない。しかしそこにとどまらず、同氏は世界中から抜き取ったサンプルに独自の加工を施して「売り物」へと変身させている。まさにニュー・エコノミーである。

Mad Zackはありとあらゆる音源をそのソースではなく「スペクトル」や「テクスチャー」として聴いている節がある。ソフトウエアの中で音源のボリュームを「+12db」へと極限化したり、アタック部分にクセをつけるために「+24=2オクターブ」以上のエンベロープを加えたりは序の口。リバーブにコンプレッサーをかけ、そのつぶされたリバーブにサイド・チェーンを加えたり、パーカッションとして加工した音にオーバードライブやサチュレーションを加えたりも平然と行う。一言で言うなら「ill」で「ワルい」音作りだ。

以上のように動画で発信するアプローチは、先々モジュラー・シンセにも適用できることだろう。実際のところ、モジュラー・シンセの動画はまだ「幼年期」にある。チュートリアル動画はちらほらとアップされているが、iPhoneなどで撮影、音もマイク録音というものが圧倒的に多く、全体に稚拙だ。ただ、Mad Zackのような方法論でモジュラー・シンセの音源を貪欲に活用したならば、新たな価値やマーケットが創出されるのではないか。

一歩引いて眺めると、これらの動画は音楽制作の視点を広げ、発想を多様化させる作用をもたらしている。モジュラー・シンセの柔軟な設計やパッチの予測不可能性は、そもそも多様化の波に適合しやすい。そこには既成概念に抵抗する「ならず者」の味わいもつきまとう。だからこそ、リバイバルが加速しているのだろう。英語の壁もあるが、是非魅力的なチュートリアル動画を探し当てていただきたい。


モーリー・ロバートソン プロフィール

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【16】サーキット・ベンド

「グリッチ」というスタイルの音楽がクラブ・ミュージックの一角に定着している。極端なタイム・ストレッチやグラニュラー処理などで音を加工し、元の音源からなるべく遠ざけていこうとする美意識だ。そもそも「glitch」は「機械の故障や欠陥」あるいは「電力の異常」「プログラムのエラー」などを指す用語だった。ところが、あえて「曲がった」効果を狙うアーティストたちによって肯定的な意味合いを後付けされていった。「グリッチ」と親戚関係にあるのが「サーキット・ベンド」のシーン。身近な音の出るおもちゃを改造し、あえて誤動作させたり、実験的な楽器へと作り変える人々でにぎわっている。

こんな中「ピカチュウのサーキット・ベンド」という動画は26万6000回見られている。製作者は日本人らしい。

Bent Pikachu controlled by MIDI
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この他、ファービー人形やカシオの廉価版キーボード、初期のゲーム機などが改造の素材として好まれている。

「サーキット・ベンド」の呼称を最初に用いた人物、Reed Ghazala氏へのインタビュー動画もあった。

Soundbuilders: Reed Ghazala | VICE United States
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1960年代からおもちゃの改造実験を進め、その後1970年代末に子供向けの教育玩具として広く普及した「Speak and Spell」をベンド。最近よくEDMのサンプル素材に「Speak and Spell」が使われているのも、同氏の業績かもしれない。

任天堂のコントローラーを使って「Speak and Spell」の類似製品をベンドするという作例も見つけた:

Circuit Bent Nintendo Power Glove
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サーキット・ベンド作品によくある要素を列挙すると、以下のようになる。

  • 電子回路の知識を持たない素人にもできる。習うより慣れろ、という姿勢。
  • 安価な素材やリサイクルで作れる。
  • 往々にして回路のコンタクトが剥き出しの状態。
  • 指で触ったり光を当てたりして、音を変調できる。
  • 偶然や事故をエンジョイ
  • 世界に一つしかない作品が出来上がる

つまりインターネット文化に固有の「水平化」や「多様化」が、すでに初代のサーキット・ベンドから組み込まれていたことになる。

手作りで1個ずつ作っていく、少数生産のシンセ・メーカーも出現している。こちらの販売サイトでいくつかの機種を確認できる。

CVを使ったモジュラー・シンセに近い代物もあるが、ユーロラック対応のメーカーに比べてよりおもちゃっぽく、DIY精神が前面に押し出されている。

サーキット・ベンドを含むハッキング文化は欧米で一定の市民権を獲得している。例えば個人が作った商品を取引するサイト「Etsy」のカタログにもサーキット・ベンド作品が見つかる。

「Etsy」ではまた著作物をモディファイ(改造)した二次創作の商品も堂々と売られている。その代表例が「白雪姫」のMacBookステッカーだ。

MacBookのアップル・ロゴにちょうど合うように貼り付けることで、これらのステッカーは新たな「ものがたり」を提供する。かっこいいのと同時にアップル社の画一的なブランディング戦略への反抗でもある。白雪姫のモディファイはその後「ミーム」と化し、ゾンビの白雪姫やコカイン吸引中の白雪姫など、よりアウトローな方向へと進化が続いている。

ここで気になるのがパクられる側にあるディズニー社の対応だ。かつてのように一件ずつ潰して回るのではなく、むしろ肯定的に野放しにしているのだが、それはSNSやインターネットのカルチャーを理解できているからだろう。ディズニーのような大企業がコピーライトを露骨に独り占めせず、ゆるく回遊させれば世代を越えたターゲットを育成できる。同時にユーザーたちも新たな付加価値を生み出し、対流が起こる。 暗黙の了解で自社の文化アイコンを素材として使ってもらううちに、ユーザー・コミュニティーの中で白雪姫は育てられ、どんどん進化していく。そのため中長期的にはディズニー社も利益を最大化させられる。このようにマスの製品や原案をエンド・ユーザーが改造したり、バッタモンを作る文化圏は今後も有機的に成長し、力をつけていくだろう。

サーキット・ベンドをより詳細に検索し続けるうちに、ちょっと驚く情報にも出会った。どうも「サーキット・ベンド」という呼称が付く以前の1950年代、あのサージ・シンセサイザーの設計者であるサージ・チェレプニンがすでにトランジスタ・ラジオを改造した作品を作っていたらしい。つまり「サーキット・ベンド」の始祖はサージということになる。

この記事以外にソースはあまり見当たらないが、実は筆者には思い当たる節もある。

1980年代中盤にサージの弟であるイワン・チェレプニン(故人)に師事していた頃、事務室の引き出しにしまってあったサージの試作品を2点見せてもらったことがある。ひとつは改造されたトランジスタ・ラジオ、もうひとつは葉巻箱の中に電子回路が貼り付けられただけの原始的なシンセサイザーだった。どちらもすでに動かなくなっていたので音を聴くことはできなかったが、イワンの説明によれば改造されたAMラジオは電波を拾って音声が複雑に変調され、狼が吠えているように聞こえたそうだ。コントローラーとなるツマミ等はなく、ハンダ付けで固定された「パッチ」だったとも言える。

そのAMラジオは日本製だったかもしれない。プラスチックのケースは扉が開くように出来ていたが、扉の内側には作家ウイリアム・バロウズの白黒写真が貼り付けてあった。少しフォーカスが甘い写真で、本から切り取った写真というよりは至近距離で撮影したものだった。ビート文学者たちの快楽主義的で危険な世界。そのすぐ近くにサージがいたことの暗示だった。

話を2014年に戻そう。サーキット・ベンドの要素の一つである「自由にその場で接続を変えられる」という構造を組み込んだモジュラー・シンセがあったので紹介したい。「Make Noise」社の「Teleplexer」だ。動画でしか確認できていないが、使い方は一目瞭然。

導線を穴の中に差し込んで固定するという概念を覆し、コンタクトの金属プレートに触れた瞬間、スイッチングが起きるように設計されている。動画を見る限りでは、複数のコネクションを同時にスイッチングすることも可能。もちろん非常に荒々しい切り替えになるのだろうが、グリッチな効果をあえて楽しむことが目的の一つらしい。

この「Teleplexer」モジュールはサーキット・ベンドや手作りシンセと同じ美意識を持ちながらも、よりプロフェッショナルなユーロラック仕様で設計されている。ただし、単に手作りだったものを洗練させているだけではない。「ちゃんとした音を正確に出そう」というパラダイムを逸脱し、パンクな方向へと一歩推し進めているのだ。

今後サーキット・ベンドのシーンがモジュラー・シンセと合流していく可能性を筆者は感じ取っている。その一例をこちらの動画に見て取れる。ローランドのTB-303をサーキット・ベンドした「Devilfish」とユーロラックのコラボだ。

Devil Fish-Sequencing Intellijel Atlantis
(画像クリックで再生)

サーキット・ベンドのいたずらっぽい衝動をモジュラー設計者たちが製品へと落とし込んでいく流れには、アンテナを立てておきたい。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【17】ソ連時代のVCF

ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)をまったく覚えていない若者も年々増えている。一言で言うなら、ソ連はかつて欧米と対立する社会主義の超大国だった。欧米の資本主義を「帝国主義」として非難するも、ソ連自体も併合した領土や周辺の衛星国を強圧的に統治する「帝国」だった。強大な中央集権の下、いつでも戦争ができるように軍備を増強し続け、核ミサイルを含む重装備でアメリカと半世紀以上もの間、睨み合った。

1970年代まで内向きだったソ連は1980年代アフガニスタンに軍事侵攻を行い、拡大路線を取るかのように見えた。ところがアメリカがCIA主導の秘密戦争を展開し、莫大な戦費と武器を調達、パキスタン経由でアフガニスタンのムジャヒディーン(聖戦士)たちに提供。10年に及ぶ戦闘の末、ソ連軍は敗退する。だが、これはアメリカの勝利でもなかった。ソ連と戦わせるためにアメリカが渡した資金と武器を元に原理主義勢力「タリバン」と後のテロ組織である「アルカイダ」が育成されてしまう。

一方、アフガニスタンから撤退したソ連では社会と経済のシステムを維持するのが次第に不可能になっていった。ゴルバチョフ書記長が「ペレストロイカ」という大改革を試みるも混乱に陥り、1991年末に解体。

そのソ連解体の後になって、やっと欧米諸国に存在を知られることになったのがソ連製のシンセサイザー「Polivoks」だった。スペックはこちらのサイトにある。

ソ連製のシンセサイザー「Polivoks」
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「ポリヴォックス」とカタカナ表記をすると、ソ連時代にポリフォニックのシンセが存在していたような錯覚に陥る。だが「Polivoks」とは「いろいろな音が出る」というぐらいのニュアンスであり、シンセは2VCOのモノフォニックだった。設計者は Vladmir Kuzmin という人物で、欧米の製品を真似る形で開発された。

1980年代のソ連は「 鉄のカーテン」 と呼ばれるほど、外部からの情報も物流も遮断されていた。したがって米国製や日本製のシンセは入手できず、ソ連の外でどのような文化や音楽が発展しているのかも中からはわからなかった。独立した音楽産業は存在せず、国が指導・統制する国営文化だけが許されていた。この密閉された環境の中で国民は欧米式のエンターテインメントに飢えていた。外国からツアーで訪問公演をするグループがいると、楽器のデザイナーたちは一晩だけシンセサイザーを借りてはメモを取り、模倣を試みるのだった。

今から振り返ると、ソ連の貧困は滑稽に聞こえるかもしれない。しかし実は日本でも終戦直後に同様の光景があった。戦勝国アメリカは、日本を占領していた時代から資本主義陣営への加入を促進すべく、産業発展を後押しした。1952年にトランジスタの技術がアメリカで公開されるや、日本の技術者たちは官民一体で訪米し、各地の半導体工場を視察。アメリカの工場を見学している最中は写真撮影が禁じられたため紙片にスケッチを描き、夜ホテルの部屋で製造工程や製品を復元し、日本の本社に送っていたという。その後トランジスタ・ラジオなどの半導体製品をコストダウンさせることに成功し、1960年代以降の日本製エレクトロニクスはアメリカの市場にどんどんと食い込む「追いつけ、追い越せ」路線で力をつけていった。

同じ時期、日本の経済復興と反比例するようにソ連では計画経済が停滞していった。 中央のソビエト政府が国民の統計をもとに5カ年計画であらかじめ生産目標を決め、その計画に応じて製品が作られた。この計画経済の足取りは重々しく、ソ連国民は恒常的な物資不足や生活水準の低さに見舞われた。だが情報統制が敷かれていたため、競合するアメリカ陣営の暮らしがいかに豊かになったかを知るよしもなく、ソ連を訪問した外国人にこっそり話を聞いた者たちが口コミで噂を広めるにとどまった。

それではなぜソ連製のシンセサイザーが製造されることになったのか?一つには計画経済の副作用があったらしい。ソ連のいたるところに軍需工場が建てられたが、工場の数が多すぎたため、フル操業をしないこともしばしばだった。そこで各地の工場は余った容量を民間向けのテレビやカセットテープ・レコーダー、電子楽器に振り分けて製造していた。

もう一つの要因は、外国から訪問するミュージシャンたちの楽器の水準が高かったこと。ソ連の電子楽器があまりに劣っていると、それは計画経済が失敗していることを象徴するようなものなので、政府はコピーやクローンを作らせる政策をとったと思われる。こうして閉ざされた社会の中で、技術者たちは自国でも量産できる電子楽器の開発に力を注いだ。

ソ連領内の奥地にカチカナルという都市がある。ものすごい僻地であることはこちらの地図でも確認できる。

現在のカチカナルの風景
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このカチカナルには1970年代初頭に建てられた「Formanta」という名の軍需工場があった。ここが「Polivoks」の生産拠点となった。

他の製品にも転用可能なパーツを使えるように、回路基板を別々にしてモジュール同士の距離を開ける設計になった。回路がアップグレードされた場合、パーツを入れ替えてアップグレードすることもできるというコンセプト。その結果、大柄なシンセになった。外観のデザインは設計者の妻が受け持った。

当時にはめずらしく音声の入力も出力もあったが、音声端子はモジュラージャックではなくDIN式のソケットであり、モジュレーション・ホイルもジョイ・スティックも無い。気温などによってオシレーターのチューニングが狂った場合はネームプレートを開けてトリマーで調律することができた。

Moogに匹敵するシンセを作るのが当初の目標だったが、VCFの設計では次第にMoogを離れ、コンデンサーを含まないフィルターを開発した。結果、24db/Octのなめらかなカットオフではなく、荒っぽい歪みをもたらすローパス、バンドパスのVCFが生まれる。オーバーロードしやすく、レゾナンス(Q)を上げると不安定になり、パルス波を送ると自己発振が起きる、暴れ馬のようなフィルターだ。その音はこちらのデモ動画で確認できる:

Formanta Polivoks.mov
(画像クリックで再生)

実際の生産現場では軍の製品が優先されたため、シンセなどの電子楽器に回ってくるパーツには不良品が多かった。プラスチックの部品が壊れると筐体の底が抜けて、中身が飛び出してしまうほど脆弱なボディーでもあった。

「Polivoks」は1980年代を通して生産され、ソ連国内にのみ流通。価格は920ルーブルで一般人が手を出せない高価なものだった。政府の文化機関など特別な人脈があった音楽家たちが優先的に使用していたと思われる。ソ連製品を外国に持ち出すことも禁じられていたため、欧米のミュージシャンは「Polivoks」の存在にすら気づかなかったのだ。

1991年末、ソ連が崩壊する。その後、先進国でインターネットが普及。この時期にテクノやインダストリアル、アシッド・ハウスなどでローランドの「303」がリバイバルを遂げたのは周知のとおりだ。「303」のフィルターが持つ歪んだエッジは、音楽のジャンルを丸ごと一個生み出すほどもてはやされた。その裏でネット上には、「303」よりももっと荒々しく歪むVCFを持ったシンセサイザーがソ連の時代に作られていたらしい、という伝聞も広まっていた。結果、幻のシンセとして「Polivoks」が初めて欧米のミュージシャンたちに広く認識されるところとなる。

「Polivoks」のクローンを作る試みも何回かあった。元の設計者と共同開発したクローンを、Harvest Man社がモジュラー版としてリリースしている。こちらは200ドルだ。

2014年に入ってラトビアのErica Synthという会社が本格的にソ連時代と同じICを組み込んだVCFクローンをユーロラックのキットとして発売している。日本から発注すると送料込みで49ユーロという激安価格だ。

そもそもラトビア・リトアニア・エストニアのバルト三国は第二次大戦中にソ連に併合され、社会主義体制の下で抑圧され続けた国々だった。ソ連の末期、混乱に便乗して独立を宣言。モスクワのソ連政府が武力鎮圧をはかるも市民が独立を押し通し、ソ連崩壊のトリガーにもなった。そのラトビアにある工房が旧ソ連のパーツをもとに「Polivoks」をリバイバルし、欧米に向けてネットでマーケティングしている。これは歴史の皮肉というほかはない。この荒々しく、制御不能なVCFが欧米の音楽に浸透することを筆者は楽しみにしている。

【参考資料】


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。


電子書籍:
自分を信じていい時代(角川ミニッツブック)
「知的サバイバル」セミナー(角川ミニッツブック)

公式サイト:Office Morley
Twitter:@gjmorley

【18】リスキーな企て~世界でビッグになろう(初回)

モジュラーシンセは今、波が来ている。これまでさまざまな角度から、その波を解説してきた。いかにモジュラーのリバイバルが懐古的な「ヴィンテージ」の枠を越えて最先端をひた走っているか、お伝えできたのではないだろうか?

しかるに「YouTube」などをざっと見渡してみると、このチャンスをものにしている人間があまりいない。「本当にかっこいい」と言えるモジュラーシンセの動画がないのだ。製品はどんどん素晴らしくなっているのに、その資源がパフォーマンスで活用されていない。言わば、2014年版のピンク・フロイドがまだいない。逆に、これはチャンスだと筆者は思った。グローバル社会ではバイラル動画であっという間に認知される可能性がマウスクリックのその先にある。したがって、やらないのはもったいない。

インスピレーションを得るためにとりあえず検索。すると、先日紹介したMad ZackがNative Instruments社のために制作した 2013年9月の動画があった。これは 65万回見られている。あまりにかっこいいので二度見てしまった。

Mad Zach Rocks the New Traktor S4 and S2
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この動画はなぜ、かっこいいのか?急ぎ分析すると:

○何をやっているのかよくわからない。

○けれどもそのミステリーがかっこよさを煽っている。

○暗がりで撮影していて、光が怪しい。

○スピード感があるが、それだけではない。全体に緩急がある。

○貯める部分でマエストロな余裕を感じさせてくれる。

○巧妙なカメラワークに依存していて、CGはちょっとしたスパイス程度に使用。つまり映像制作のレベルが高い。

○音の素材はいつもながら機転が利いている。

○案外、動画の時間尺は短い。

○これを見ているとS4やS2を買いたくなる。

決めた。いきなりだが「世界で注目されるモジュラーシンセの動画を作る」というゴールに向けて船出してみたい。「今後、日本からも世界で注目されるモジュラーのアーティストが出てくるだろう」と書くのではなく、自分が率先して注目されてみよう、というチャレンジだ。

では、これからどうするか?その計画を箇条書きにする。

1)ある程度の「視聴率至上主義」を志向する。万単位のPVを稼ぎたい。

2)そのためにはクラブ系の「かっこよさ」のテンプレートに、少なくとも出だしは収まっていた方がいいだろう。モジュラーシンセを前面に押し出した動画のほとんどは趣味的・内向きであり、それらとは一線を引く必要がある。「これは本気なんだ」と伝えたい。

3)あっと言わせる「サムシング」が必要。そこにモジュラーシンセの技が入ってくる。

4)Mad Zackの動画でもそうだったように、どうやってやったのかよくわからず、しかも「真似できない」「勝てそうにない」というパフォーマンスをする。

5)ネットに素晴らしい教育リソースがゴロゴロころがっているので、これらを活用する。

6)少しずつ組み立てていき、このコラムで進捗を報告する。

7)ゴール達成の暁に筆者はグローバルな舞台で注目を浴び、読者の皆様はその過程を追ったという満足を得られる。

8)失敗した時のことは、今は考えない。

このプランニングを進める上の参考事例として、筆者自身が2009年に意図せず「ヒット」させたバイラル動画を紹介する。当時まだ目新しかったコントローラー「Launchpad」の国内販売元に動画制作の提案をした際、たたき台として「ほぼ0円」で自作した動画があった。結局、諸事情により提案は却下。だが動画をYouTubeに放置しておいたところ、知らない間に合計7万回以上見られ、勝手にバイラルとなっていた。そのことを知ったのは数年も経ってからだった。

Launchpad with Footbath and Rap
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Launchpad with Footbath and Rap Vol. 2
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雨の日に整体院に通う途中、お手軽にデジカメの動画モードで撮影。オケはあらかじめ「Ableton Live」で制作し、「iPod」のイヤフォンで聴きながら口パク。編集は当時の「iMovie」で行った。ダミーとして作り、 仕事の話が流れ、消し忘れていたものが海外で注目され、2010年2月にはレビュー記事まで登場。「Total Win = 完全勝利!」と絶賛されている。

Launchpad + FootBath, Dog Lick, Chic Bassline & Japanese Rapper = Total Win(英文記事)

この時の成功要因は推測しかできない。コメント欄の熱い書き込みから逆算すると「josh」という名前の高校生(?)が仲間内に広めたのが導火線だったらしい。犬が映っていたこと、「足湯」が欧米ではめずらしい存在で「Launchpad」との組み合わせが意表をついていたこと、日本の女優がラップをしていたことなども要因として考えられる。よくわからない。だがシナジーが生まれていたのである。

そこで今回は再度「狙って」モジュラーシンセをプロモートしてみたい。2009年の「Launchpad」にかわって今、先端を行っているコントローラーといえばNI社の「Maschine」だろう。

先のMad Zackも2012年にMaschineを使った動画チュートリアルを公開し、87000回見られている。

Building Live Remixes With Maschine | In The Studio With Mad Zach
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ダブステップのヒット曲をMaschineでリミックスした動画もあり、音が悪いにも関わらず20万PV行っている。

Destroying live DUBSTEP beat on the Maschine (Skrillex / No Limits)
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なおもリサーチを続行し、モジュラーシンセとMaschineを組み合わせたパフォーマンスの動画を探した。筆者の検索に引っかかったのは、わずかに2個。クオリティーは、微笑ましい。「モジュラー+Maschine」というフォーミュラがまだ手付かずなのがわかった。

Native Instruments Maschine Mk2 CV Mod + Analog Eurorack Modular Drum Bass Synth
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Native Maschine + Modular System
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次に、このコラムでも度々紹介してきたVSTプラグイン「Silent Way」はMaschineの中に組み込めるだろうか?開発元に問い合わせたところ

「Maschineに関しては何も知らない。自分で試してもらうしかない」

との返信だった。そこでまた検索した。あったのは1件。2013年11月の動画で、操作画面のみがキャプチャーされている。前のバージョンのMaschineではあるが、いけるようだ。

Setting up the Silent Way Voice Controller in Maschine 1.8.2
(画像クリックで再生)

これらを総合的に判断するなら、先駆けてMaschineを学習し、そこにモジュラーシンセのかっこよさを掛けあわせれば「いける」かもしれない。

すでに実機は筆者の手元にある。まずは基礎の基礎を勉強しよう。「Loopmasters」にチュートリアル商品があったので、買った。今、チャプター3をやっている。

Complete Guide to Maschine MKII(英文)

関連商品として、ダブステップをMaschineでライブ演奏するためのサンプル集も売られていた。このサンプル集をかっこよくプレイすることを当面の目標に設定する。

Niche Audio Dubstep Supercharged(英文)

【参考資料】

日本国内でもMaschineは注目されている。NI社のプロモーション動画から。

Japanese artist Olive Oil meets Maschine
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Japanese beatmasters love MASCHINE
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モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【19】LFOと「Sample/Hold」で作るカオス

夏の風物詩といえば風鈴。固定した周期ではないが、ある一定の頻度でチリンチリン、と鳴り続ける。筆者は風鈴を聴くと、MIDIとは対極にある深いカオスを意識する。

風鈴をモジュラー・シンセのパッチに例えるなら

「ケーブルの接続は変わらないが、中のCVが行ったり来たりして絶えず変化している」

といったイメージになるだろうか。

今回は「風鈴」のエッセンスを取り込んでみる。 単純にランダム・ボルテージを使って「風」を演出することもできるが、ほしいのは「不完全なカオス」だ。LFOを組み合わせて「ほぼランダム」だがどこか周期性に近いカオスを生み出す方法を解説しよう。

「Serge」の
「Slope Generator」
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「Serge」のシステムに「Slope Generator」と呼ばれるモジュールがある。これは1度だけ上がって下がるエンベロープ、つまり「AR=Attack and Release」として振る舞うモジュールだが、ポルタメントとしても発振器としても使えて汎用性が高い。通常のADSRと同様、「Trigger In」でトリガーやパルスを受けるとアタックが始まり、最大値(5V)に達すると、リリースで指定した速度で下がり始める。さらにARエンベロープが終了し、電圧が0Vまで下がった瞬間、「Trigger Out」からトリガーが放たれる。したがって「Trigger Out」と「Trigger In」をパッチケーブルでつなげばエンベロープが無限に繰り返すことになり、このモジュールはオシレーターとして振る舞う。

ただし通常のVCOとは異なる。まず、上り(アタック部分)と下り(リリース部分)が独立しているため、波形は非対称になる。さらに筆者の経験から述べると、VCOとして使った場合、あまりピッチが正確ではない。だが低周波のLFOから可聴域のVCOの間をスムーズに移動することができるため、このモジュールは応用範囲がとても広い。

まず、このスロープ回路を3つ使う。どのモジュールも「Trigger Out」を「Trigger In」へとつなぐが、1つだけをVCOとして使い、残りの2つはLFOにする。3つのスロープが発振する速度は特に気にしなくてもいい。VCOの音声は電圧の変化を確認するためだけに使うことにする。このパッチングは以下の動画でも確認いただける。

「風鈴」のパッチ
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次いで1つ目のLFOを「Sample/Hold」の「In=入力」へとつなぎ、2つ目のLFOでが出力するトリガーを「Sample/Hold」の「Sample」インプットに送る。Sergeの「Sample/Hold」は複雑な作りになっているが、素朴な使い方も可能だ。「Sample」のインプットでトリガーを受ける度に「In」で入力された瞬間的なCVの電圧をホールドする。この結果、階段上に電圧が変化していく。ここまでは通常の「S/H」モジュールと変わらない。

Sergeの「風鈴」パッチの設定図
(画像クリックで拡大)

このパッチでは「Sample/Hold」のソースとなる電圧とトリガーを別々のLFOが提供している。 2つの周期がずれながら時々重なるため、「Sample/Hold」から出力される階段上の電圧が一定の振れ幅で行ったり来たりする。 あちこち移動するが、どことなく周期的で、厳密なランダムにはならない。そこには「わび・さび」がある。

LFO2個で「S/H」を操縦するのでそこから出てくる階段状の電圧は、ほぼ繰り返しになる。だがこの電圧の階段を使って元のLFOをモジュレートしたら、どうなるだろうか。実は、非常に予測不可能な展開となる。しかしこれとて、ランダム回路から出力されるホワイトノイズやピンクノイズなどの「純粋なカオス」ではない。3つのモジュールが相互作用をした結果生じる複雑なパターン、あるいは「パターンの断片」だ。このLFO2個と「S/H」の組み合わせをエンジンにすれば、その回りに複雑なパッチを組立てられる。

発音部分はVCOをFM変調、その音声を2系統のフィルター(Lo-PassとBand-Pass)に通し、最終的にVCAをくぐらせるパッチにした。音色に関して言えば、それほど想像力を働かせていない。ただし、VCOの音程、FM変調のピッチ、フィルターのカットオフ、VCAに送るLFOの周波数に先のカオス・エンジンを割り当てると、自動演奏をする豊かな「システム」が誕生する。

このパッチを変化させるには2つのLFOの上りと下り、「S/H」のポルタメント、「S/H」にLFOが影響される度合いを調節するだけで十分だ。ちょっと動かしただけで振る舞いが劇的に変わるので、最新の注意を求められる。

論理的に説明するのは難しいが、随所「スィート・スポット」がある。これらを探し当てた時にはしばらくいじらないで勝手に変化させるのが面白いだろう。触っては眺める、という繰り返しをおすすめする。

電子音楽の素人が耳にして

「これがアナログシンセか!」

と驚嘆するには十分な魅力を備えたパッチだと思う。 規則性と不規則の間を「風」が吹いているのが聴こえるだろうか。

最後に、この効果を生み出すために使えそうなユーロラックのリストも追記する。

LFO:
Pittsburgh Modular LFO2

Sample/Hold:
Make Noise Wogglebug

VCO:
Expert Sleepers Disting

VCF:
Tiptop Audio Z2040
Make Noise MMG


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【20】モジュラーのパッチをポスプロ編集する

今回は「無」になってパッチを即興した。アナログなカオスを醸し出すには「Sample/Hold」のモジュールが好都合なので、前回に引き続いて駆使。シーケンサーが動く速度をステップごとに変えつつ、LFOをサンプル・ホールドしたCVでフィルターやVCAに送るLFOを制御…と遊んでいると、瞬く間に「生き物」のようなパッチができた。

【音源をSound Cloudでチェック】


こういったパッチを単に「無音階の音響」と名づけてしまうのは、あまりにもったいない。むしろあらゆる音の可能性が宇宙にあり、西洋楽器やMIDIの127通りの音階に当てはまる音の方が特殊、という認識を持つのが正しいと思っている。

当初は鋭くとがったような音が多かったが、次第に丸みを与えてレガート風味にしたところでキャプチャーを開始。微調整を加えるうちに、曲の中で使えそうな状態になった。

【音源をSound Cloudでチェック】


このパッチの全体像を崩さずに、フィルターや歪み回路で加工される前のVCOを直接VCAに接続し、おなじみのVSTプラグインである「Silent Way」を使ってチューニングを行った。するとVCOはMIDIのノートオンに従うようになり、複雑に変幻しながらもメロディー情報を受け付けるパッチが誕生。

図その1
(画像クリックで拡大)

次に、DAWから簡単なメロディーを送った。4つの音程「E-D-B-A」を繰り返すベースラインだ。

【音源をSound Cloudでチェック】


パッチは予測不可能に少しずつ音色が変わっていく。めぼしい音を網にかけるが如く、どんどんと取り込む。その塊の中から後で気に入ったものを選んでいく。「潮干狩り」の要領だ。 なお、この音源はダウンロード可能にしてあり、個々の音の間には短い切れ目が入っているので、サンプラーの音源としてお役立ていただけたら嬉しい。

仕分けた音でサンプラーを作った。4つの音程は「E-D-B-A」なので、切り出した音はこのどれかになる。その都度チューニングを補正し、合計で8個の音を選んだ。「Ableton Live」のサンプラーはチェーン・セレクターを使って1つの音程にいくつものサンプルを割り当てることができる。サンプルをセレクトするパラメーターをDAWの中で動かせば、微妙に音色が変わっていくベースラインを作り出せる。

図その2
(画像クリックで拡大)

図その3
(画像クリックで拡大)

この過程は動画でお確かめいただきたい。

モジュラーのパッチをポスプロ編集する
(画像クリックで再生)

以下、ポスト・プロダクションの手順を箇条書きにする:

(1) 録音したファイルから個別の音をいくつか抜き出す
(2) サンプラーにはめこみ、鍵盤に対応するよう個々のサンプルをチューニングする
(3) 演奏中にサンプルを変更できるようにパラメーターをアサインする
(4) ベースラインをDAWに打ち込む
(5) 1オクターブ下に正弦波の「Sub」ベースを加える
(6) ベースラインのMIDI情報を再度パッチに送って、新たに録音する
(7) サンプラー・Subベース・再度収録したパッチ音の3つをEQやコンプレッサーで組み合わせる。「Saturator」などの歪みプラグインで中にある倍音をよりくっきり目立たせることも可能
(8) ドラムのキックとスネアでダッキングが起きるようにサイド・チェーン・コンプレッションをかける
(9) この「ベース+ドラム」を核として、その周りに曲を構築していく
(10) 他のパートとの整合性を意識しながらミックス。作例はこちらに:

【デモソングをSound Cloudでチェック】


今回の醍醐味は「Massive」などのVSTシンセで作れる音をモジュラーでわざわざ模倣するのではなく、モジュラーに内在する「爆発力」や即興性を最大限に活かしながら、ここぞと思うときに音をキャプチャーし、後ほどDAWの中で整理整頓を行う点。言わば主従関係の上位にモジュラーが座しているのだ。いつでも微妙に変わっていくパッチの「一期一会」を大切にしたい。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

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【21】ディジュリドゥー風味のパッチ

生け花をいけるような心意気でまったりとしたパッチを作った。イメージはオーストラリア先住民の「ディジュリドゥー」だ。この民族楽器はゆっくりと音が立ち上がり、循環呼吸によって延々とサステインされ、口の動きに合わせて倍音が変化する。

最初のパッチは複雑になった。かいつまんで説明すると、オシレーターを「パラレル」で歪ませてミックスし、さまざまなパラメーターを速度が揺れ動くクロックで制御するもの。

図その1
(画像クリックで拡大)

以前も紹介した「DSG=Dual Slope Generator」を2個、LFOとして使った。図の右側にあるDSGはクロックを出力し、アナログ・シーケンサーに送っている。シーケンサーのステップは16個を全部使い、それぞれのツマミを適当な位置に回しておいた。

まずは図の右側から解説する。

シーケンサーのB列はサンプル・ホールドのモジュールに送られる。DSGが次々と送り出すクロックのトリガーは「÷N Comparator」という分周器を通る。分周器は指定された回数のトリガーを受けるまで、トリガーを出力しない。最大で32個受けるまで停止している。いざ「÷N」がトリガーを通した時に初めて、シーケンサーのB列から送られたCVがサンプリングされ、次の「÷N」からのトリガーが来るまでホールドされる。このホールドされたCVは元のDSGに送り返されるので、クロックの速度が速くなったり遅くなったりする。

ここであくまで学術的な考察をしてみると:「÷N」のモジュールが32個おきに1回のクロックを通す場合、16ステップあるシーケンサーがちょうど2周したタイミングになるので、論理上、同じステップのCVがサンプリングされ、何も変わらなくなる。しかし31個おきや8個おきに「÷N」がトリガーを通した場合、シーケンサーの他のステップがホールドされ、DSGの速度はあちこち飛び回ることになる。こんなことを気にするのは数学的に潔癖なマインドを持った一部の人に違いないが、筆者はその一人。

次に左側だ。

まず、この図では割愛したが、DSGのすべてのトリガーはADSRにも送られている。ADSRのサステインは0に設定したため、エンベロープはアタックとリリースのみになる。アタックは最速に設定。

アナログ・シーケンサーではA列とB列が独立してCVを送り出すのだが、A列はADSRの「ディケイ」のみを制御するCVとして接続。DSGからのクロックを受けて繰り返しながらも、ディケイのスロープがシーケンサーのA列によって刻々と変えられていく。このADSRがVCAにつながっているため、パッチは全体にブチブチとした音になる。

続いて、左上のオシレーター(VCO)をご覧いただきたい。VCOは低い「C」の音にチューニングしてあり、この音程は変わらない。「Serge」システムのVCOはCVによって波形を変えられるので、その変化の度合いもランダムなCVで制御する。

次にVCOの出力を2系統に分ける。片方はVCFのローパスに通し、もう片方は「Rectifier」というモジュールで歪ませる。「Rectifier」はおそらく、日本語で「整流器」と呼ばれるものだ。波形のマイナスの部分がすべて反転し、プラスになる。そのため尖った部分が発生し、鋭い倍音が付け足される。グラフで確認すると、こうなる:

図その2 ☆出典
(画像クリックで拡大)

片方では原音に近い波形、もう片方では歪ませた波形があり、両者をミックスする。このテクニックは「パラレル・ディストーション」と呼ばれ、クラブ・ミュージックのドラムやパーカッションのポスプロでもよく用いられている。

ミキサーからVCAにつなぐ。右側にあるDSGを高速に設定すると、ADSRはぶちぶち言いながらも次第につながっていき、音量をモジュレートするAM効果にも似た音色になる。いろいろなツマミを少しずつ変えていった音をキャプチャーしておいたので、こちらからお聴きいただきたい。

【音源をSound Cloudでチェック】


続けてもっと簡素なディジュリドゥー風味のパッチを作った。最初と同じ「C」にチューニングされた三角波が核となる。こちらでも「パラレル・ディストーション」を使った。

図その3
(画像クリックで拡大)

VCOの三角波1系統に、歪ませた波形2系統の合計3系統をミックスしている。言わば、分厚い「パラレル・ディストーション」のパッチだ。

最初の歪み回路は「Wave Multiplier」で、 波形に尖ったトランジェント(歪んだように聴こえる倍音)が付け足される。以前紹介した「Wave Shaper」にも似ているが、こちらの方がより暴力的だ。一応、開発元は「金管楽器の倍音」を想定して作ったらしい。 この回路の効果を図で確認すると、図のようになる。いずれの波形もサイン波を通してさまざまな強度で歪ませたもの。

図その4 ☆出典
(画像クリックで拡大)

次に、このモジュールで尖らせた波形をさらにVCFのローパスに通し、その丸めた音をもう一回「Rectifier」モジュールで歪ませる。VCFをくぐらせた波形を歪ませる時には、レゾナンスの微妙な違いでハウリングのような音も発生するので、微調整が必要になる。歪み回路を2世代くぐった波形はとても鋭くなるので、リング・モジュレーターで別のVCOと掛けあわせて丸める。リング・モジュレーターに入るVCOのチューニングは直感で決めればいい。

こうして二重にパラレル・ディストーションをかけたパッチの中、パラメーターをランダムCVで制御する。少し表情を持たせるために、VCAに送るADSRのアタック(立ち上がり)を遅くして、ランダム回路にもCVとして送る。エンベロープが立ち上がるに連れてランダムなCVの揺れも速まり、VCFのカットオフや歪みのパラメーターが人間的に変化する。以下に音声をキャプチャーした:

【音源をSound Cloudでチェック】


いろいろなパラメーターが相互依存しているため、ツマミをちょっと動かしただけでもパッチの音が劇的に変わる。スィート・スポットを探し出すのがミソだ。

なお、収録した音声はどちらもダウンロード可能なので、DAWに取り込むなど、素材としてお役立ていただきたい。

【参考資料】


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

ニコ生に「モーリー・ロバートソン・チャンネル」を開催。


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【22】BuchlaをTraktorに同期させる

Buchla(ブクラ)は、西海岸型モジュラー・シンセの代表格として知られる。筆者が専門に使っているSergeシステムはそもそもBuchlaの廉価版として考案されたものだった。その後Sergeが工房として成熟するにつれ本家から枝分かれしていったが、Sergeの中には随所Buchlaから譲り受けた概念が盛り込まれている。そのBuchlaの簡易型シンセ「Music Easel」に触れる機会があった。1973年に限定生産されたモデルを、隅々まで忠実に復刻した製品だ。

Buchla Music Easel
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マニュアルは1973年のものがそのまま復元されたPDF。前文で「この楽器は既存の楽器を模倣して作ったものではけしてない。演奏者の想像力を解放するためのデバイスなのだ」と高らかに宣言している。シンセサイザーが量産されていなかった時代、フロンティアに立った者が書いたマニフェストだ。

生演奏に特化した、コンパクトな設計。 パッチケーブルはなるべく少なく、短いものだけを使うことが念頭に置かれ、多くの接続はスイッチで切り替えるようになっている。VCOは2個で、AM・FMのモジュレーションが可能。モジュレーター用のVCOは外部入力した音声との間でリング・モジュレーションができる。

いわゆる「VCF」は、ない。したがってシンセサイザーで定番となっている「アシッド・ハウスのベース」やレゾナンスを高めに設定したブリブリ音は、まず作れない。しかしそのかわり、波形そのものが変化し、倍音が複雑に増えるように調節できる「timbre=音色」というパラメーターがある。設定によってはデジタルのウェーブ・テーブル・シンセを思わせる音も出る。

アタッシュケースほどの大きさで、シンセサイザーにしては軽い。ライブ会場やスタジオに持って行き、開いたその場で音が出せる。タッチ・キーボードには指が接触した面積に応じてCVが上下する「プレッシャー」もついており、複雑なランダムCVが独立して3系統ある。自分で自分を演奏するパッチも作れて、値段は40万円台。この価格を高いと感じる人もいるかもしれないが、同社の典型的なラインは100万円から300万円のシステムなので、ブランド・バリューに対して安いと言えるだろう。

また、発表されたばかりのアタッチメントを使うと、Wi-Fi越しにiPadで演奏することも可能になる。

Buchla Music Easel iProgram card
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非常に画期的なシステムだが、使っている人口はまだ少ない。したがって、動画やネットの書き込みもあまりない。モジュラー・シンセサイザーに関する情報交換が活発に行われている「Muff Wiggler」という掲示板にも「Music Easel」に関する記述はそれほど見当たらなかった。そこで事前に下調べができないまま、あたって砕けるようにチュートリアルをクリアしていった。いわゆる「Learning Curve=最初に努力しなくてはならないハードル」は高かったが、動画のチュートリアルにある手順を一つ一つ細かく再現するうちに見えてくるものがあった。そして音質が、とにかくいい。

今回発売された「Music Easel」には新たにMIDI Inの端子がついている。MIDIノートの他、同期用の信号としてMIDI Clockも受け付ける。コントロール情報(CC)を受けられるかどうかは、謎だ。筆者は2年近くVSTプラグインの「Silent Way」に依存してきたため、今さらMIDIケーブルを箱の奥から引っ張りだすのが苦行に感じられた。しかし、いざ繋いでみるとすんなりと反応してくれたので改めてMIDIのユニバーサルな力を自覚した。仮に将来、USB規格がかつてのDATのように廃れてしまったとしても、MIDIは最後まで残るだろう。

さて、MIDI Clockで気になるのがタイミングのズレ。MIDIそのものの中にも微かなレイテンシー、つまり遅れがあるのだが、パソコンと同期させたり、DAWに音を取り込んでミックスする過程でCPUのレイテンシーやハードウェアのレイテンシーがそこに重なるので、気になる程度のズレは毎回起きる。そこでレイテンシーの総和で遅延する分だけMIDI Clockの出力を早めて「前倒し」に補正するという技がある。ハードウエアが安定していればDAWのキック音やメトロノームに対してぴったりとタイミングを合わせることもできるが、機材同士の相性が悪いと、えてして同期が揺れる。いずれにしろ、MIDI Clockを引き上げるタイミングは耳でチューニングするしかない。これまでの筆者の経験から言うと、レイテンシーはたいてい100msec以内に収まる。30msec、60msec、90msecという風に段階的にテストしながら、前後に差を縮めていくのが賢いかもしれない。

TRAKTOR KONTROL S4 MK2
(画像クリックでeStoreをチェック)

今回はNI社のTraktorでDJをしながら「Music Easel」の同期を維持できるかどうか、実験した。コントローラーには専用に開発された「S4」を使用。「S4」のMIDI OutからMIDI Clockを出力し、MIDIケーブルを「Music Easel」のMIDI Inへと物理的につないだ。「Music Easel」の音声出力は反対方向に「S4」の外部入力へと接続。ミックスはTraktorの中で行われるので、ソフトに内在するディレイやゲートなどのエフェクトをかけることが可能になる。便利だが、Traktorの中にあるリング・モジュレーターをかけるとBuchlaの音が薄くなり、使っていて哀しい気分になった。何を取って何を捨てるか。目的に合わせて厳しく選んでいくしかない。

「Music Easel」側に液晶ディスプレイなどは一切ない。MIDI Clockが認識されているかどうかは手で触って、耳で確認するしかない。1980年代や1990年代のMIDIにまつわる悪夢がフラッシュバックした。しかしいざ繋いでみると「Music Easel」のアルペジエーターがすんなりと反応してくれたので安堵感があった。それどころか、MIDI Clockに対して4分音符、16分音符、32分音符、3連符などで反応する切り替えがツマミでスムーズに行える。いったん同期が成立すると、分解能をリアルタイムで切り替えても外れないので、ちょっとした「お宝感」がある。

Traktorの設定手順や、曲を乗り換えながらモジュラーの音を混ぜ込んでいく方法に関する動画チュートリアルも作ったので、ご覧いただきたい。

Buchla と Traktor を同期させる
(画像クリックで再生)

単純な音色で実験した限りでは、同期のタイミングはかなり正確に合わせられた。曲を乗り換えながら上モノとして乗せたり、間をつなぐ効果音として使う分には、いけるだろう。筆者は808や箱型のアナログシンセを何本ものMIDIケーブルでつないでDJセットを組むタイプではない。そこまでやるのならいっそのこと大型のモジュラーを使った方がいいと考えている。だが大きなモジュラーをライブ会場まで運搬し、セットアップをするのはそれだけで膨大なエネルギーを要する。本番が来た頃にはすでに困憊していることがこれまでにしばしばあった。その苦労を知っているだけに、モジュラーの「不思議さ」をお手軽に持ち運べるのは、夢にまた一歩近づけた気がする。

【参考資料】

【機材協力】

  • ZERO STUDIO


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

ニコ生に「モーリー・ロバートソン・チャンネル」を開催。


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【最終回】1973年の人間工学

今回はBuchla社がリメイクした「Music Easel」の基本を解説しよう。

公式サイトにフロント・パネルの大きな見取り図があったので早速キャプチャーした。

Buchla Music Easel
(画像クリックで拡大)

ぶっちゃけてしまうと、最初は使いにくい。通常のモジュラーよりコンパクトに圧縮されているためだ。だが慣れると、この小型シンセの利便性が明らかになる。

下半分のキーボード部分と上半分のコントロール・パネルの境目にパッチ・ベイがあり、ここが音作りの要となる。

パッチ・ベイを左から解説していこう。Pulse / Pressure / Pitch という3つの黒い穴が並んでいるが、これはどれもインプット。下のキーボード部分に同じもののアウトプットが並んでいるので、まずはこれらのペアをそれぞれ短いバナナ・ケーブルで接続する。この作業をやらないと、標準的な音は出ない。

Pulse
キーボードを押した時に「On」になるパルス。アルペジエーターが動いている時には連続的にパルスが発される。また、外部からMIDI Clockを受けた時にも、アルペジエーターの設定に応じてさまざまな分解能のパルスが放たれる(MIDI Clockの分解能に関しては、前回の記事を参照)。

Pressure
キーボードを押している指の面積に応じてCVが上下する。厳密にはプレッシャーではないが「強めに押し込んだ時には指の接触面積も大きい」という発想。

Pitch
キーボードやアルペジオの音程に対応したCV。これは絶対的なものではなく、あくまで相対的なもの。オシレーターの音程はその都度耳で設定する。デジタルなチューニング機能などは、ない。

Random Voltage
実験音楽専用のインターフェイスとして開発されたBuchlaのシステムでは、現代音楽で多用されていた「不確定性」が重要視されている。向かって右下の列にある白い出口はすべてランダムCVだが、一つ一つが独立したフレイバーのランダムとなっている。これらのランダムCVをトリガーする方法は「 keyboard / pulser / sequencer」という風にスイッチで3通り選べるようになっている。

まず「keyboard」のモードでは、タッチ・キーボードに触れたり、アルペジオで新しいステップが演奏される度にランダムCVが更新される。歴史的に間違った例えで言うなら「MIDI note on」を受ける度に変わるイメージだ。続いて「pulser」というモジュールはキー・タッチやアルペジオとは独立して動く簡易な「AR=アタック・リリース」式のエンベロープで、ほぼLFOと考えていい。このモードでは新しいアタックが発生するたびにランダムCVが変わる。3番目は「sequencer」モードで、パネルの左上にあるシーケンサーの各ステップでスイッチが「on」になっている時だけランダムCVが更新される。これだけを見てもBuchlaが1970年代当時からさまざまなグラデーションで「不確定性」を醸し出すことにこだわっていたのがわかる。対照的にMoog社の大口顧客は、ランダムCVを細かくカスタマイズすることにそれほどの執着を示さなかったことだろう。

さて、コントロール・パネルの右下側に並んでいる丸い「口」の数々だが、カラーコードで仕分けられており、慣れるとひと目で接続がわかるようになっている。まず、黒い「口」はすべてインプットで、それ以外はことごとくアウトプットだ。アウトプットからインプットという方向でしかパッチングはできない。

下側の青いアウトプットはどれも「pressure」であり、これは先に紹介したタッチ・キーボードに触れた指の面積に応じてCVが上下する。上の列は青、赤、黄の3色だが、同じ色のアウトプットは同一のCVを出力する。よく見ると、青→赤→黄→青→赤→黄と色が繰り返しており、最後に赤→黄となっている。この列の青は2つとも「sequencer」からのCV。赤は「ASR=アタック・サステイン・リリース」式のエンベロープから来るCV。そして黄色は先に述べた「AR」式のエンベロープである「pulser」からのCVになっている。

同一のCVアウトがリピートしているのは、それぞれの黒いインプットに最も近いところに位置することで、特別な短いツイン・プラグを斜めに挿せるようにするためだ。最低限のケーブルを使ってパッチを組むための人間工学が、このレイアウトで実現されている。

公式のチュートリアル動画でTodd Barton氏が各モジュールの機能を丁寧に紹介しているので、これ以降の解説は省略する。是非ご覧いただきたい。

Buchla Music Easel Quick Start & Overview
(画像クリックで再生)

さて、まだ触り始めたばかりだが雑感を述べると、持っていった先で電源をつないですぐに演奏ができるように、ロジックが圧縮されている。したがって通常のモジュラーに比べて接続手順には癖がある。また、メインのVCOとモジュレーション用のVCOが1つずつあるのみなので、個性のある音を目指すには多少のノウハウが必要だ。そしてMoog社の大きなアセットである「レゾナンス付きのローパス・フィルター」がこのシンセには、そもそもない。そこも発想を切り替えなくてはならない。ゼロからパッチングを始めても1分ほどで演奏ができるかわりに、捨てている要素も多分にあるのだ。

ごく簡単に3通りほどのパッチを組んでみた。どのパッチもDAWでコンプレッサーをかけた以外には、シンセからの生音である。

パッチ#1
ここではごく簡単な一定速度のシーケンスが繰り返している。シーケンサーのステップ数は「3」「4」と「5」なので、Moogや303のようなベースラインはなかなか組めない。そのかわり、タッチ・キーボードのアルペジエーターとの組み合わせで少しずつずれていくベースラインやメロディーラインは得意だ。

【パッチ#1をSound Cloudでチェック】

パッチ#2
シーケンサーの速度が一定ではない作例。AMのモジュレーションだと映画「スター・ウォーズ」の「R2D2」を彷彿とさせる音声がすぐに作れる。なお「Music Easel」の本体には実物のスプリング・リバーブが組み込まれており、ミックスのレベルを上げていくと簡単なパッチでも幻想的に「遠く」聴こえる。

【パッチ#2をSound Cloudでチェック】

パッチ#3
これはモジュラー・シンセサイザーの中でも珍しい効果。オーディオの出力をケーブルで入力へと接続、フィードバックのループを作ったものだ。マイクロフォンのフィードバックと同じように「ぴーっ」というハウリング音が発生するが、この音に歪みや多少のローパス・フィルターをかけることができる(ただしレゾナンスは無し)。また、このハウリングをスイッチで「外部音源」に設定すると、モジュレーターのVCOに対するリング・モジュレーションが起こる。物理的なリバーブのかかり具合を上げながらハウリングを調整すると、残響をかぶったハウリングがVCOをモジュレートし、その出力がさらにフィードバック…という複雑な音響が生まれる。スプリング・リバーブがハウリングと共に振動する感覚が指先に伝わってくるので、スリリングだ。

日本で言うと、関西で勢いのある「ノイズ・ミュージック」のシーンで歓迎されそうなパッチになった。乱暴な音だ。ここからさらに先へ行くなら、例えばKORGの「Monotron Delay」やハーモナイザー、外付けのフィルターなどをフィードバックのループに組み込むことで、延々と自己を更新する「不確定」な爆音を実現することもできるだろう。

【パッチ#3をSound Cloudでチェック】

「Music Easel」の魅力は、音源もCVもすべてアナログでありながら柔軟に音が設計できる点。そしてあくまでパフォーマンス専用の楽器を意図しているので、即興的に素早く音を作り替えていける点だ。タッチ・キーボードを使って「随意的に」演奏することもできれば、ロジックや音声をフィードバックさせた「自動演奏」もできる。

難点を挙げるなら、まずMIDIへの対応が不安定なこと。DJプレイの飛び道具としてならうまく行くだろうが、DAWでコントロールする「テクノポップ」には向いていない。また、ツマミやスライダーが脆弱だ。ライブで使い続けたら、遅かれ早かれ壊れる部分が出てくるに違いない。パーツの交換は日本だと厄介かもしれないので、購入する場合あらかじめ修理のプランを練っておいた方が無難だろう。まだ日本に輸入された実機の数は少ないが、時間をかけて触ってみる価値はある。

BuchlaとMoogは1960年代の同時期に開発された。両社はそれぞれアメリカの西海岸、東海岸を拠点にしていたため、「西海岸式」「東海岸式」と分類されることもある。Moog製品ではキーボードとの互換性が意識され、ELPやピンク・フロイドなどのロックバンドに愛用された結果、商業的にも大成功をおさめた。対照的に、Buchlaの製品は現代音楽の音響実験を推し進める「リサーチ用」の楽器として設計され、現代音楽の世界で最高峰の地位を築き上げた。YMOがBuchlaではなくMoogで音作りをしたのは、必然だったとも言える。見方を変えれば、YMOのファンこそBuchlaのパラダイムで作られた音に触れることで電子音楽の世界をぐるりと一周できるのだ。

☆ここでいきなり「YMOのアルバムですけど、半分ぐらいの音はSergeやBuchlaを使っていたんですよね」というインサイダーの声が聞こえてきた場合、筆者の過去の記憶はオセロゲームのようにごっそり白黒が反転してしまうだろう。

今回をもって、このコラムはいったん完結する。筆者は「西海岸式」に特化した形でモジュラー・シンセを解説してきたが、現在起きているモジュラーのリバイバルは全方位的におもしろい方向へと進化している。とにかくモジュラーは奥が深い。読者の皆さまにおいては、なるべく野太い音にこだわって、貪欲な音作りを目指していただきたい。


モーリー・ロバートソン プロフィール

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。

ニコ生に「モーリー・ロバートソン・チャンネル」を開催。


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