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ステージで音を出す・聴く人必読!
大黒摩季、LUNA SEA、INORAN、河村隆一 などのライブPAを手がけるエンジニア小松 久明 氏が、SHUREフラッグシップイヤーモニター SE846に出会った。SHURE SEシリーズといえばミュージシャンがステージ上で信頼を置くイヤーモニター。そのフラッグシップモデルを使ったPAエンジニアは何を感じたのか。そしてイヤーモニターのもう一つの形であるカスタムIEM(耳型を採って作るイヤーモニター)との比較も交え、SE846についての本音を語っていただいた。
エンジニアとアーティストにとってのイヤーモニター
Rock oN (以下 R) : 早速ですが、PAエンジニアは現場でイヤーモニターをどう活用しているのでしょうか?
小松 氏 (以下 K) : イヤーモニターを使っているアーティストがいた場合、そのアーティストへ返すモニターの音は、使っているイヤーモニターのダイナミックレンジに収めないといけません。そのために私たちエンジニア、特にモニターエンジニア達はイヤーモニターを使います。
R : 最近はイヤーモニターを付けて歌っているボーカリストが増えていますね。TVでもコンサートでもたくさんいます。
K : はい。歌い出し前のクリックをモニターしている人も多いです。今はシーケンサーで作った曲が主流ですが、そのことも関係しています。
R : ボーカリストにとってイヤーモニターは理想的なものなのでしょうか?
K : そうとも限りません。例えば小さなライブハウスでイヤーモニターを付けたいというボーカリストがいたら、僕はその必要性についてまず話合います。なぜなら、周りで楽器がバンバン鳴っている狭いステージ上ではイヤーモニターのボリュームを大きく上げることになり、これによって聴覚に損傷を与える可能性があるからです。
R : たしかに、ステージ上のドラムやアンプの音量に合わせてイヤーモニターでバランスをとると、大音量にせざるをえない。音を聴く細胞組織は壊れると二度と復活しないと言います。怖いですね。
K : そうなんです。ミュージシャン生命に関わります。
R : イヤーモニターが有効になるのはどのくらいの規模からなのでしょうか?
K : Zepp Tokyoくらいのホールが境目ではないでしょうか。この大きさになるとステージが広くなってパフォーマンスエリアも広くなります。もそうするとデッドポジションと呼ばれるスピーカーから聴こえない場所が生まれるので、そこをフォローするためにイヤーモニターは有効です。
こういったことを理解した上でイヤーモニターを使うのであればいいのですが、ただステージ上でかっこいいからという理由でファッション的に使いたいボーカリストさんの場合は、プロダクションにご挨拶に行って、「正しい使い方を理解した上でイヤーモニターを使わないと耳の障害が起こる可能性があります」という説明をして、使うかどうかを判断していただきます。
R : ステージの大きさやパフォーマンスによってイヤーモニターが必要でない場合もあるんですね。
K : もう一つ、イヤーモニターを使う上で注意して欲しいことがあります。片耳だけイヤーモニターを聴く人っていますよね。着けていないもう一方の耳でオーディエンスの音を聞いているはずです。この使い方だと左右バランスが取れていないので、三半規管(のバランス感覚)が壊れてしまいます。僕らエンジニアはイヤーモニターをつけるなら必ず両耳に着けます。
R : 小松さんがPAを手掛けているLUNA SEAのみなさんはイヤーモニターは使っていますか?
K : SUGIZOさんと真矢さんだけが使っていて他のメンバーは使っていません。RYUICHIさんは以前に一度イヤーモニターをつけたことあるらしいんですけど、すぐに辞めたそうです、自分の声が大きいので骨伝導により 自分の声しか聴こえなかったようです。(笑)
R : イヤーモニターがいらない声量!すごい。
K : エンジニアにとってもアーティストがイヤーモニターを使うことのメリットはあります。アリーナクラスのコンサートの場合、昔はモニタースピーカーをステージに2メートルおきに並べてたんですけど、そうなるとトラックの台数も電源の数も必要になってコストもかかってきますが、イヤーモニターの普及によってそれが必要なくなりました。
“音楽の距離感”を変える
R : 小松さんはSHURE SE846を実際に使われているということですが?
K : 今2ヶ月ほど使っていますがこれはすごいですね。びっくりしました。今までリハーサルスタジオでオープンエアーのヘッドホンを使っているとコンソールのヘッドホンアンプが歪むくらいボリュームを上げないといけなかったのですが、SE846は遮音特性がすごく良くてユニットの出力も大きいのでよく聴こえます。あと軽さ。耳に対する負担も全く感じないです。
R : SE846の遮音性の高さは定評がありますね。他にも気に入ったところをいくつか教えてください
K : その遮音性をイヤーパッドで選べるというのがいいですよ。僕はその日の気分によってイヤーパッドを変えたいんですよ。何故なら聴こえ方に対する”音楽の距離感を変えたい”からなんです。このソフト・フォーム・イヤーパッドは脳の中に直接音が入ってくるように感じます。音が近い。でもイエロー・フォーム・イヤパッドはヘッドホンで聴いているような空気感が生まれます。その日の体調によって変えられるという選択肢が生まれます。
それから、中のノズルの違いで音の特性を変えられるのもいいですね。
R : バランス(balanced)、ウォーム(warm)、ブライト(bright)の3つがオプションで用意されています。どれがお気に入りですか?
K : 僕は標準タイプのバランス(balanced)が好きで使っていますが、リハーサルの録音で、低域をしっかり入れたいと思うときはハイ上がりのノズルでミックスするとちょうど思うように録れます。仕事でそういう使い方もできますよ。うまくできていますね、これは。
サウンドシグネチャー | Balanced(バランス) | Bright(ブライト) | Warm(ウォーム) |
---|---|---|---|
レスポンス | ニュートラル(出荷時) | +2.5 dB、1kHz ~ 8 kHz | -2.5 dB、1kHz ~ 8 kHz |
K : それからバスドラとベースの分離性の良さや、バランスのとりやすさも抜群です。何人かのモニターエンジニアにSE846を聴いてもらたんですよ。みんな声をそろえて「分解能が素晴らしい」って言っていました。
R : 小松さんはお仕事以外でもSE846を使っているとうかがいました。
K : はい。個人の音楽鑑賞用にも使っています。SE846のボーカル帯域の質感が気に入りましたよ。SE846は仕事のデバイスとしてはもちろんですが、音楽鑑賞用としてもよくできていますね。コンサートのプランニングを一人で考えるときにこの遮音性もありがたいんですよ。(街中やオフィスでの)仕事に集中できるんですよ。
今イヤーモニターというとカスタムIEMのようなものもあって、安いものから高いものまで巷に溢れています。若い子達も沢山使っていますね。その中で耳型を作らないSE846のような選択肢があるのは面白いなと思いました。プロのデバイスとして使うのにも音楽鑑賞として使うにも、SE846は十分素晴らしい製品だと思いますし、これが僕がPAを始めた30年前にあればよかったなって思います(笑)。
SHUREか カスタムインイヤーモニターか。
R : 耳型という言葉が出ました。耳型をとってオーダーメイドできるカスタムインイヤーモニター(IEM)の選択も考えられるかと思うのですが?
K : カスタムIEMは、人によっては良いと思います。しかしカスタムIEMは聴き方が一通りしかできません。
R : ?
K : 僕の経験値でカスタムIEMについてお話ししましょう。せっかく高額な出費をして耳型を採ったとしても人の耳道は何年かすると形が変わってしまうんですよ。長く使っているといつかはまた耳型を採らないといけなくなるのです。また体調によっても耳道の感覚が変わるためアーティストによっては硬さの違う2種類のカスタムIEMを使い分けている人もいます。
R : 高額なIEMを2種類も…。さらにその予備も必要ですよね。
K : 全部で4セットは必要ですね。さらにモニターエンジニアとローディーはアーティストと同じイヤーモニターで仕事をする必要があるので、同じものを揃える必要があります。
R : アーティスト、エンジニア、ローディー、2種類の硬さとさらにその予備…。たくさんのIEMを作るんですね!イヤーモニターだけで200万円以上はかかってしまいます。
K : そういうことになりますね。あとミュージシャンと会話していると、カスタムIEMだと演奏しにくかったっていう意見も出てくるんですよ。先日SE846にイエロー・フォーム・イヤパッドを付けてボーカリストに歌わせたことがあったのですが、このイヤーパッドだと遮音性が弱まってオーディエンス感が入ってくるんですよ。「自分の声が近すぎて歌いにくかったので、すごく歌いやすくなった」と言っていました。ドラムの人で自分が叩いているシンバルの音が聞こえないので、強く叩いてしまって肩も何もかも疲れちゃうんですって言っていた人も、イエロー・フォーム・イヤパッドにするとすごく叩きやすくなったって言うんです。
つまりカスタムIEMの密閉性のおかげでプレイしにくくなっている人もいるわけです。だから世間の評判に流されず自分に合ったイヤーモニターを探すことは大事なんです。カスタムIEMは合う人には合う。でも人それぞれなんですよね。
R : 本当に自分に合ったイヤーモニター探し。どこから始めればいいのでしょう?
K : 僕はまずユニバーサルタイプのイヤーモニターで歌って体験してみて下さいって言いますね。そこからスタートします。エンジニア側もイヤーモニターをよく理解して、使う理由やそれによる問題を理解してアーティストの耳を守らないといけません。
遮音性、耐久性、信頼性
R : 小松さんがイヤーモニターに求めるものは何でしょうか?
K : 私にとってイヤーモニターは『遮音性』が大事です。遮音性が高くないと音が分からないんですね。それとユニットの『パワー』があるということが最低限求めるものです。それから『歪まない』ことも大事です。これは何かというと、ミュージシャンがカスタムIEMを作ってくるとエンジニアは自分のイヤーモニターのバスにEQをインサートしてミュージシャンと同じような特性に近づけます。(ミュージシャンと同じCDを聴いて、ここの低音どうですかってお互いに話し合うんです)そのEQした音のキャパシティーを受け取れることがイヤーモニターにとって大事なことになります。そう考えると歪まないというのは大事なことになるんです。あとは汗への耐久性ですね。イヤーモニターの中に汗が染みて本番中に壊れてしまった現場も何度か見ています。
R : 本番中にイヤーモニターが故障。それは怖い…。
K : でもSHURE SE846クラスのイヤーモニターになってくるとそういう耐久性もちゃんと考慮されている。全くもって信頼性がありますよ。
教えてください、正しいリハーサルの進め方
R この記事を読んでいる読者の中には小さいライブハウスでがんばっているアマチュアミュージシャンが大勢いると思います。そういう人達に代わって質問します。
【機材】
K : 機材について。まずギタリストだと、リハスタとライブハウスに置かれているのは違うギターアンプだから「いつもの音」が作りにくい。だから本当はギタリストは自分のアンプを持って、いつでも自分の音を出せるようにすべきです。アンプを含めて自分の音だと思ってほしい。それはベーシストも同じ。ドラマーも理想はマイドラム。ボーカリストは自分のマイクを持っていくこと。
R : ボーカルもMYマイク!
K : 僕は「このアーティストにはこのマイク」と指定したらそのマイクは他のアーティストには使わせませんよ。不思議なものでダイアフラムの揺れ方もマグネットのなじみ方もマイクがそのアーティストに慣れていきますから、他の人には触らせません。
【ステージ上の音作り】
次はステージ上の音作りについて。とにかく大事なのはアンサンブルのバランスを作ること。リハーサルスタジオで歌も聞こえて演奏も聞こえるという状態を作って、ライブハウスのステージ上でも同じ状況を作ることが大切です。
具体的には、まず生のドラムの音に対してギター/ベースの音量を合わせること。ドラムが聴こえないほどギターやベースの音が出ているというのはダメです。それは下げるべきです。ドラム/ベース/ギターのバランスをとることをリハスタで意識して、ライブハウスでも同じようにすればいいだけです。その上でモニタースピーカーから無理のないボーカルを返してやればいいんです。それでもボーカリストが歌ってて2回ほど「ボーカルあげて下さい」って言うようであれば、さらに楽器を下げるしかないです。
【声量の大切さ】
だから、声量が少ないボーカリストはバンドの音量が上げられない。だからボーカリストもボイストレーニングを積むなど声量を上げる訓練をした上でライブに臨んでほしいと思います。声量が少ないのにボーカルのゲインを上げようとすると周りの音のカブりが増えて音が濁ってしまうんですよ。マイクプリのゲインを下げてもボーカルのニュアンスが出るような、大きな声を出す訓練をしてください。要するに全部のパートが育っていかないといいバンドサウンドにはならないということです。そして、いつでもどこでも同じアンサンブルのサウンドバランスで演奏できるようになることが大切です。
R : エンジニアさんに頼る前にステージ上のアンサンブルでしっかりバランスを取ることが大事なのですね。基本的なことですが、すごく大事な事だと改めて思いました。これはホール級のコンサートでも同じことがいえるのでしょうか?
K : 大きな会場になるとステージの広さやモニターの数も違うので条件は変わりますが、バランスをとることの大切さは変わりません。先日、河村隆一さんとホールでライブをやった時のことをお話ししましょう。ここではまず河村さんが入る前にバンドの音を作りました。そして隆一さんの歌が入ったら客席へは音は出さずに中音(ステージ上でミュージシャンが聴く音)のバランスを決めます。そのうち隆一さんが客席センターの前3列目くらいに降りて、中音のバランスを聴きます。中音だけで十分コンサートとして成立する音ができていることを確認してから、外音(観客が客席で聴く音)を出します。中音が良くなければ、外音は一向に良くならないので、前3列目の音のバランスが決まるまで何回もやります。
R : 隆一さんも認める、前3列目で音が聴きたい!では最後に、いつかは小松さんにエンジニアリングをして欲しいと夢見ている若いミュージシャンにメッセージをお願いします。
好き嫌いじゃなく全部聴く
K : とにかく若い人はいろんな音楽を聴いてください。僕も若い頃は港区の図書館でそこにあった壁一面のアナログ盤レコードを、クラシック、ジャズ、海外のポップス、日本の音楽を自分の好みでは無く、AからZまで毎日4枚のアルバムを聴きました。それによって良いものは良いっていう感覚が身に付きました。好き嫌いじゃなく全部聴くっていうことが大切です。今僕はロックとオーケストラの仕事とか、ボーカリストとオーケストラの仕事とか多いんですけど、ジャンルを分け隔てなく聴いていた経験が役に立っています。良いと思えるオーケストラの音が耳に残ってますから、あまり悩まないですね。たくさんの音楽を聴いて、自分の耳を育てるっていうのは大事です。
R 小松さん、今日は貴重なお話をありがとうございました!
記事内に掲載されている価格は 2017年8月1日 時点での価格となります。
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