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25
Aug.2023
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「バンドメンバー全員でDAW環境を! 」プロデュース手法の提案 ~ 音楽プロデューサー 岡野ハジメ氏インタビュー ~

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岡野ハジメさんといえば、L’Arc~en~Cielをはじめとした数々のバンドを導いてきた音楽プロデューサーですが、1977年にプロ・デビューされ、PINKをはじめとする当時の先端的グループで、常に新しい音を追求されてきたベースプレーヤーでもあります。今回、岡野さんのスタジオにお伺いし、現在、岡野さんがどういった考えで「プロデュース」に向かわれているのか、といった大変興味深いお話をじっくりお伺いすることができました。バンドのみならず、楽曲制作に向かう際のフィロソフィー的なことも、お話の端々から伺えます。ぜひ、ご一読ください!

「バンドをプロデュースする」ということについて

Rock oN : 今日はお時間いただき、大変ありがとうございます! 今日の取材では、岡野さんがプロデューサーとして現在取り組まれているヴィジュアル系ロックバンド 「D」のプロデュースワークを中心にしながら、岡野さんのプロデュース技法についてお伺いできれば、と思っています。よろしくお願いします!

D(ディー)
日本のヴィジュアル系ロックバンド。2003年に結成。GOD CHILD RECORDS所属。2008年にavex traxよりメジャー・デビュー。
https://www.d-gcr.com/

D-Official-Website

岡野ハジメ氏 : Dは2024年3月に活動休止することを発表したばかりで残念なんですが、これから活動休止前の最後の音源について考えていくところなんです。Dとはもう長い付き合いがあり、16年近くになります。プロデューサーとバンドの関係は、一言で言うのは難しいものがあって、僕は一回離れてたこともあるんですけど、考えてみたら、16年というと子どもが青年になっちゃうので、振り返るといろいろあったなという感じです。

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Rock oN : Dとの馴れ初め時、Dのメンバーは、岡野さんのことを「L’Arc~en~Ciel」、「La’cryma Christi」、「Janne Da Arc」といったバンドのプロデューサーとして捉えていた訳ですよね?

岡野ハジメ氏 : そうですね。それなりに世間的に話題になったバンドをやってましたから、そういうところでお願いされたんじゃないかなとは思います。Dがインディーズからエイベックスにメジャーデビューするタイミングで「プロデューサーを誰か立てよう」という時に僕を選んでくれたんだと思います。

Rock oN : 岡野さんの長いキャリアの中で、バンドのプロデュースをされる時、ご自分なりのやり方や決まりみたいなことは確立してますか?

岡野ハジメ氏 : それが今日、話そうと思っているテーマになるんですけど、昔は、バンドがリハーサルスタジオで演奏してるところに足を運び「ギターリフはこうしよう」、「ドラムはこうしよう」という風に話をしてたんです。かなり大きな音量の中でそういうことをやってたので、今考えると「すごいことやってたな」と思います(笑)。 それをカセットテープに録って持ち帰って、といったアナログなことしかできなかった時代ですね。それから時が進み、90年代末から2000年代初頭だと思うんですが、予算がある場合はリハーサルスタジオにマニピュレーターが来て、ProToolsを回して記録する時代がやってきました。Digidesign 888 I/Oを使っていた時代ですね。スタジオでは、既に、SONY PCM3348や三菱 X-800といったレコーダーでデジタル録音は行われていましたが、その頃から「歌のエディットだけはProToolsでやった方が合理的なんじゃないか」みたいなことをみんな考え出した時期です。俺も新しモノ好きなので「コンピューター上でピッチが直せるんだ!」と言って驚愕し、歌だけを抜き出してProToolsでピッチを直し、またレコーダーに戻すことをやり出しました。ただし、まだドラム録りに関してはProToolsでやるのは躊躇してた時代です。

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※(上写真)こちらは階下で演奏される生DrやVo録音など通常の仕事のためのProToolsを中心にしたシステム。モニター スピーカーはYAMAHA NS-10Mに加え「このサイズでこのバランスはよくできてる」と評価されているreProducer Audio Epic5もセットされている。

岡野ハジメ氏 : ミックスに関しては、当時のProTools 24MIX – 888I/Oのシステムは、どうしても音が中域周辺に固まる傾向があったので、それを防ぐために、アナログコンソールに立ち上げてミックスしてました。その頃、ミックスバッファーも流行り出しましたね。予算がある現場だと、ProTools、アナログテープレコーダー、デジタルテープレコーダー全部に録音して聞き比べ、なんてこともやってました。ProToolsのI/Oについても、Digidesign 888I/OとApogeeを切り替えてみたり。予算があれば、日がな一日、ずっとそんなことばっかやってました(笑)。

Rock oN : 先ほど「バンドのリハーサルに行って」と言われましたが、その段階ではプリプロはもう既に終わってるタイミングなんですか?

岡野ハジメ氏 : 僕の場合は、曲作りの段階から関わる場合が多かったです。曲の選考会で「この曲やろう」「この曲いらない」とか「この曲はこういうふうにしたらいいんじゃないかな?」みたいな感じで、最初から絡む場合が多かったです。

Rock oN : 岡野さんはベーシストなので、僕のイメージですけど、リズムに関してはかなりシビアなイメージがあるんですが、、、

岡野ハジメ氏 : そうですね。自分がベーシストなので、ドラムとベースから構築してく場合が多いです。僕のプロデューサーとしてのやり方の1つとして、「郷に入れば郷に従え」的な考えがあります。バンドは1つの村だと思っていて、それぞれの村に遊びに行く感じで、まずはキョロキョロしながら「この村の子供の頭を撫でても失礼ではないですか?」みたいな感じで、その村の掟を探ることから始めます。最初はバンド内のメンバーの力関係が分からないですから、「どの人の意見が一番プライオリティが高いのか?」 ということに気をつけますが、それがリーダーじゃない場合もあり、「ここはこの人」、「あれはこの人」と、それぞれ違ったりする訳です。あの村で良かったとされていることが、こっちの村では一番駄目なこともあるのでうかつに発言すると「ゴメンなさい、失礼しました!」みたいなこともあります(笑)。そういった入り方をしながら、徐々に「各メンバーの良さは何なのか?」、「 バンドが何を目指してるか? 」と言うことを探り出すんです。

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岡野ハジメ氏 : ただし、ドラムに関しては、どの村に行っても共通することがあります。「ドラムは時計」だということです。時間管理がステディじゃないと、村の中でも待ち合わせができないですよね? 毎回テンポやグルーヴがグニャグニャするのは「ドラマーとしては駄目だ」ということです。人によっては「打ち込み的なグリッドラインにガチガチに沿って行け」と言ってるように聞こえるかもしれないですが、そういうことではないんです。ドラムとベースに関して、特にヴィジュアル系の人たちの場合は育ちの中に黒人音楽の要素が薄いんです。ロックンロールから黒人音楽を抜いたら、カントリーしか残んないと俺は思ってます。なので、その部分はプロデューサー目線で補強します。R&B的な解釈、例えばシンプルな8ビートでも最低2小節を1パターンとして解釈する捉え方などです。8ビート村の人は、1小節ループで捉えてる人が多いんです。僕が影響を受けたパンク/ニューウェーブでも、当時は「黒人音楽の要素が少ない音楽」といったフィルターを通して考えてたけど、例えば、ラモーンズにしても、彼らが影響受けた50年代や60年代ポップスの影響があり、着てるものや演奏能力のなさといったアティチュードがパンクだっただけで、音楽的な根っこは音楽の歴史の積み重ねを引き継いで成り立ってる訳なんです。

Rock oN : 岡野さんは、新しいテクノロジーが好きと言うことで、90年代の日本のバンドのプロデュース時から、バンドサウンドに対して積極的に打ち込みの要素を加えてたんですか?

岡野ハジメ氏 : そうですね。パーカッションループや、シンセサイザー、打ち込みによるベースといった要素を積極的にアレンジに取り入れてた方だと思います。バンドも僕の提案を受け入れたので「いいでしょ! いいでしょ!」と言う感じで(笑)。僕が自分で打ち込んでスタジオに持ち込んだり、マニピュレーターを呼んで現場でメンバーと一緒にストリングスアレンジを考えたりしてました。今振り返ると「予算があったな」と思います。シンセのダビングだけでスタジオを1日使えた時代。スタジオの金額は高かったですからね。僕はプロデューサーですから、当然、予算のこともケアしないといけなかったんですが、スタジオ代金だけで最低でも20万。高いとこだと50万くらいは1日で飛んでいった時代ですね。アルバム1枚作るのに、最低でも1,200万くらいの予算がないと無理だった時代です。

Rock oN : その時代、ご自宅にも打ち込みの機材をお持ちだったんですよね?

岡野ハジメ氏 : はい、単体のシーケンサー機を使っていた古い時代は、セーブができない時代もあったので、都度都度、打ち込んでましたし、沢山のシンセを家からスタジオに持ち込んでは同期信号をマルチに「ピー、キュルキュル」と録り、MIDIで同時に全部鳴らしてダビングしてた時代もありました。マニピュレーター的なことも興味あるので、自分で率先してやってました。

Rock oN : じゃあ、ほぼバンドのメンバーになっちゃう感じですね。

岡野ハジメ氏 : それが俺を呼んでくれた理由の1つでもあったと思います。でも、逆に厄介な所でもあったとは思うんですよ(笑)。愛が深すぎる。時によってはトゥーマッチだったりするわけじゃないですか。

Rock oN : レコード会社の人は、岡野さんにプロデュースを頼む時は、もちろんセールスのことも念頭にあって依頼するわけですよね?

岡野ハジメ氏 : もちろん、それもありますけど、それ以上に、バンドだけじゃレコーディング現場がまとまらないし、お金もかかってしまって、最終的に良からぬことになりそうだから、「経験ある大人がいてくれた方がいいんじゃないか」的な発想もあったと思います。「岡野さんは鬼軍曹だから」みたいに、俺は怖い人ってすごく言われてたんです(笑)。自分では、そうは思ってないんですけど。歯に衣着せずに何でもガンガン言うようなイメージだったらしいです。でも、ただ単に指図するだけの人間でなく、自ら打ち込みなどの実作業を最前線でやるので、そういう役をやってくれる人が少なかったんだと思います。

Rock oN : 実践的なプロデューサーだった、ということですね。

岡野ハジメ氏 : 「問題になる前に、現場で岡野さんがいろいろ面倒くさいことやってくれるに違いない」という感じだったんじゃないですかね。俺みたいなやり方だと、「夜中の3時に電話されるのは困るんだけどな、、」みたいなこともありましたよ。

Rock oN : それは困りますね、、、(笑)

岡野ハジメ氏 : 困りますよね。さすがにもうしませんけど。だからマネージャーさんもすごくやりにくかったと思います。コンプライアンスがどうの、ということを度外視した感じでしたから。

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(提案) バンドメンバー全員でDAW環境を

Rock oN : じゃあ話を現在に移して、今のプロデューススタイルについてお伺いしていこうと思います。当然のごとく、パソコンとDAW前提になりますよね?

岡野ハジメ氏 : そうですね。現在、プロデュースをやっているDのケースで説明しますが、この話が、今日、俺からの提案を含んだメインの話題になると思います。当初、DはYAMAHAのシーケンサー QY100を使ってデモを作ってたんです。 当然、出来ることにかなり限界があったので、Apple GarageBandが出だした頃に、俺がメンバーに強く薦めたんです。「GarageBandをみんな勉強して、全員がGarageBandで会話できるようになると絶対未来は明るいよ!」というような話をしたのが2008年くらいでした。それまでに俺は、作曲時、リアルタイムでタイムストレッチができるSonic Foundry ASIDを使ってました。テンポを決めることを後回しにできるのが最大の利点なんですが、例えばbpmを138で始めたとして、途中で136がいいのか140がいいのかを試すには、スタジオでは弾き直す必要が出たりして、時間とエネルギーがそこそこかかってたんです。それがリアルタイムで出来るので、プリプロ段階では「テンポは後で決めよう!」と言うことがきるようになったので緊張感から解放されました。GarageBandを知った時に「ASID以外でこれができるなんてすごい!」と驚愕し、メンバーみんなに強く薦めたんです。当時は、ミュージシャンにとってGarageBandが最も洗練されたDAWだと思いました。それで、DのメンバーみんながGarageBandを使いだすようになり、さらに、1、2年前くらいから、全員がLogicを持つことになりました。これで、Logicを介して共通会話ができるようになった訳です。コロナ禍だったわけですが、俺もLogicを使って、またトラックメイキングをやり出そうと思いました。一度は司令塔に引っ込んだプロデューサーが、15年ぶりぐらいに、また最前線に出てきた、と言う感じです。

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※(上写真)今も起動する(!!)当時のACID環境がスタジオの片隅に。

岡野ハジメ氏 : 現在、メンバー全員がLogicを立ち上げ、プリプロをすることから始めます。メンバーそれぞれから各パートのアレンジがLogicデータとして僕の手元に来たら、一旦、このスタジオに集まり、各自のアイディアを合体させ「じゃあ、これでいきましょう!」となった後は、全員がデータを持ち帰り、ギター、ベース、ボーカルを各自の家やスタジオで生に差し替える作業を行う流れです。そこで一番の肝が、やはりドラムなんですが、俺は前から皆さんに「もう生ドラムを叩くのやめません? 電子ドラムにしようよ!」と勧めてたんです。叩いたデータがMIDIで納入されてくれば、音は後でいくらでも変えられるし、とても合理的だと思うんです。制作に関して、ここ20年間での一番の問題は、かけられる予算が10分の1になったこと。アルバム制作に1,200万円かけられた時代から800万円を下回った時に「もう無理だ!」と思ったんですが、今や150万っていわれるのが当たり前の時代。あとはスケジュールの大幅短縮で、昔は3カ月前に音源が出来上がってプロモーションして、みたいな悠長なことを言ってましたけど、今はマスタリングして2週間後には配信開始、みたいな感じですよね。でも、それに対しては誰も文句を言わない。そんな状況下で、バンドが自分のアティチュードとして、言いたいことを言って生きていくためには、それに負けないスキルを持たないと無理だと思って、「ドラム叩いて、それをエディットして、ミックスして、、、みたいなことやってる時間やお金、なくねえ?」って思うんです。まあ、やろうと思えば出来るんだけど、色んなことを犠牲にしなきゃいけなくなる。そういった問題が根底にある上での提案なんです。

ドラムのエディット、パンチインについて

岡野ハジメ氏 : リズムのグルーヴの話なんですけど、結局、クリックを使うレコーディングの場合、いくらドラムが「これが俺のグルーヴだ!」と言っても、後でギター、ベース、シンセがダビングされていくことを考えると、グリッドに寄せていく作業になっていかざるを得ない。そういう状況の中、「もし、本当に生ドラムにこだわるんだったら、生のグルーヴにこだわるべきなんじゃないの?」と思うんですが、ドラマーの技術にも関係しますが、「だとしたら、一発で、俺を納得させるようなかっこいいドラムを叩けよ」と思うんですが、なかなかできないのが現実としてある訳です。前からドラマーに対して不思議だったのが、エディットするとすごく嫌がるのにパンチインはOKの人が多いんです。パンチインは、俺にとっては時間軸が別のやり直しだから、エディットよりも不健全だと思うんです。それよりも、テイク1で録ったテイクをプロデューサーが直した方が、まだフェイクとしては罪が薄いと思うんです。パンチインするにしても、30分ぐらい時間が経ってしまうと、スネアのピッチが変わってるのに決まってるし。

Rock oN : スタジオの空気も変わってますから、楽器の鳴りも変化しますしね。

岡野ハジメ氏 : そう、空気も変わってる。だからソロで聞くと「あ、ここでパンチインしましたね」というのが分かります。俺は「パンチインは結構罪深いぜ」と思ってる人なんです。あと、なぜ、テイク1、テイク2を使いたいかと言ったら、キックの音がいいからなんですよ。

Rock oN : それは体力に関連したことですか? 何が違うんですか?

岡野ハジメ氏 : 「置きにいくか、いかないか」ということなんだと思います。テイク1、テイク2辺り は、まだ「一回聞いてみましょう」のブレークがないから、すごく自然な体重移動があると思うんです。「じゃあ一回聞いてみましょう」と間を挟むと、「あそこモタってるな」とか「ここはもっとパンチ出さなきゃ」とドラマーが考えてしまって、音の重心が上がってくる感じになるんです。そうするとキックの音が、本当にびっくるするぐらい全然違う。低域が減って中域に音が集まってきます。一生懸命にペダルを踏んでるから、アタックは強くなってくるんだけど、体重が自然とかかるんじゃなくて筋肉で叩いている感じかな? 音量は上がりはするけど、音像は中域に寄っている印象があります。テイク1やテイク2では「ドンッ」とかっこいい音で抜ける音がして「これオッケーでいいじゃん、気になる箇所だけ直せばいいんじゃない」と思っていても、ドラマーは「いや、全然駄目ですよ!」ってやり続けて、テイク6とか7とかで力尽き果て「これでオッケーです」って言った時に、「じゃあもう一回、テイク1を聞いてみようか」って聞き直してみると「最初の方が全然いいですね」となる場合が多いんですよね。俺もプレーヤーだから、自分の想いみたいなことを否定されると嫌なことはよくわかっているけど、プロデューサーとして「前半はテイク1で、サビはテイク2ね」と自分の中では決まってるんです。でも、その伝え方もプロデューサーのスキルとして持ってないと、場が険悪になるので、まあ大変です。俺が言ってることが正しかったとしても、その技術や表現をプレーヤーがそのレコーディング現場で実現できるかどうかはまた別の話で、実現できるのはひょっとしたら半年後かもしれない。その辺りは本当にジレンマです。「ここ、こうした方がいいのに」と思ってることを言わないのもなんだし、言ってしまうと作業は止まっちゃう。転がっていた車輪が一回止まることになるから、どうしたもんかねって。その辺は難しいですよ。

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岡野ハジメ氏 : それと、エディット前提のレコーディングの時の話をすると、多くのドラマーのプレイを聞いて、一番グルービーなパートはハイハットだと感じることが多いです。それにキックとスネアが乗っかる感じ。でも、ドラムのエディットをする時に、大体、キックとスネアで切っていくでしょ。それをグリッドに合わせていく。と言うことは、ハイハットが無視されるんです。一番かっこよかったものがグチャグチャになってしまい、スネアだけがいい感じにバッチリとグリッドに合ってる。その不自然さに気が付いたんですが、かといってハイハットのトラックだけを綺麗にしたところで、全体として位相がグチャグチャになるし。頑張ってすごく綺麗にエディットしても「エディットする前の方がエモーションあったよね」みたいなことも少なくないんですが、そりゃそうですよ。もし、生で叩いたエモーションを尊ぶのであれば、みんなで「せーの」で録るロックンロールバンドみたいなレコーディングをするしかなくなるけど、「ライブ録音オンリーでいいアルバムを作れるアーティストが何人いるだろうか?」とは思います。あと、個人的な考えとして、録音物は「夢」だから現実的でない方が好きなんです。バンドでレコーディングをする時に、前提の選択肢として「ドキュメンタリー」を作るか「フィクション」を作るか。中間ももちろんあるけど、その場合、どこまでフィクションにするか。そういったモヤモヤしたジレンマみたいなものが常に僕の中にあるんです。まあ、そういったいろんな経験の中からの想いとして、ドラムエディットにかかる手間と手に入れられる結果の間のジレンマを、V-Drumを導入することで解消できると思うんです。

Rock oN : なるほど。全く後ろ向きな考えでなく、現在の音楽制作環境の状況に照らし合わせた上での、前を見据えた提案だと思います。

岡野ハジメ氏 : DのドラマーのHIROKI君は、本当に上手いドラマーなんですけど、元々、Roland V- Drumを持っていたので、まずは実験的に「ちょっとやってみようよ」とやってみたら、す ごくハッピーな結果でした。彼が叩いたグルーヴを「ここ、ちょっと突っ込みすぎたな」と言う箇所は、彼自身で直し、彼が納得したドラムのMIDIデータを僕に投げてくれる。ドラムトラックのプロデューサーは彼がやってるんです。もらったMIDIデータを使い、音色やバランスといった要素を俺が色々モディファイはするんですけど、タイミングだけはエディットしていません。つまりヒューマンなグルーブはそのまま残っているわけです。あくまでもHIROKI君本人が「ハッピーだった」という前提の下で始めてますから。だから本人にとっても違和感なく、俺は最初からクリエイティブな気持ちで仕事ができてるんです。Dに関しては前の作品からミックスも俺がやっていて、今、一番健全な姿でプロデュース作業を行えています。それが初めて実現したのが2023年なんです。

DAWデータ共有で深まったプリデュースのクリエイティビティ

Rock oN : 意外ですね!

岡野ハジメ氏 : ずっとやりたかったんだけど、技術的なことも含め、なかなか出来なかった。やっと結実した感じです。

Rock oN : ドラムは何のソフトを立ち上げてMIDIを当ててるんですか?

岡野ハジメ氏 : 本人のドラムサンプルに加えて、代表的なのはAddictive DrumやEZ DRUMMER、あとLogic純正のドラムサウンドも使ってます。 ベースのTsunehito君は、すごくいい音でベースのライン録りを送ってくれるので、いつも何の問題もない。「これどうやって録ってるの?」って聞いたらたら 「Studio Oneで何もエフェクトせず録ってる」と言ってました。ギタリストは2人いるんですけど、Ruiza君はライブでもFractal Audio Systemsを使っていて、ギターアンプシミュレーターについては一 家言あるような人なんですけど、Dの作品では、I/OはAVID Eleven Rackで録っていると言ってました。もう1人のギタリストHIDE-ZOU君はTECH21 Sansampと言ってました。このギター音はあくまでも本人の作業上のモチベーションのためで、素のラインも送られてきます。

Rock oN : ギターやベースは、送られてきたライン録りの音に対して、アンプシミュレーターソフトを立ち上げるんですか?

岡野ハジメ氏 : はい、もちろんアンプシミュレーターソフトでサウンドメイキングもしますが、すごく気に入ってるのは、Logicに昔から付属しているディストーションだったりするんです。昔、ProTools – 888I/Oの時代は、自分の職業を「アンプファーマー」だと言ってたこともあります。

Rock oN : 何ですか、それ?(笑) Line 6 のプラグインにAmp Farmってありましたね、、、

岡野ハジメ氏 : そう、「Amp Farm農園のアンプ農夫」っていうぐらいAmp Farmが好きだったんです(笑)。その中のBassmanを立ち上げ、キャビネットは使わない。それをEQ代わりにしてよく使ってました。ギターだけでなく、ドラムのタムを歪ませるのにもよく使ってました。時には歌にも使ってみて、サーチレーションEQみたいな感じで使ってたんですけど、Amp Farmがなくなっちゃったじゃないですか。 それでProTools愛が冷めちゃったんです(笑)。

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Rock oN : じゃあ、当時はレコーダーじゃなく、音作りとしてのProToolsだったんですね。

岡野ハジメ氏 : そうですね。今は、それと似たような感じでLogicのディストーションが大好きでよく使ってます。

Rock oN : ドラム、ギター、ベースと来ましたが、一番大変なのは、やっぱり歌じゃないですか?

岡野ハジメ氏 : ボーカルのASAGI君はスタジオに機材を持ち込んで、エンジニアと2人篭ってボーカルレコーディングしてるんですが、マイクはNEUMANN 67を使ってるし、録り音にかなり気を使っています。完全にテイク選び/エディットされた状態で僕の手元に来るんですが、歌のエディットは、本来は本人がやるべきだと思いますよ。やっぱり本人が直すと自然な感じがします。「ああ、ここは残したいんだね」という歌心の部分がある。Dは1回の歌録りのトラックだけでコーラスパートを含めると、100トラックくらいあるのが普通なんです。それが、ある程度ステムにして送られてるくるんすが、これを1からやってたら、歌のデータ整理だけで3日ぐらいかかっちゃうでしょうね (笑)。Dは特に歌の情報量がすごいバンドなんです。 こういうスタイルでアルバムを作ってるんですが、メンバーと会うのはプリプロだけで、実際の演奏には1回も立ち会ってないんです。ミックスに関しては、最近、3テイクくらいでオッケーが出るようになったので、これは個人的にうれしいですね。

Rock oN : 岡野さんから「うれしい」という言葉が聞けるとは思わなかったです(笑)。

岡野ハジメ氏 : うれしいですよ! 「バッチリです」なんていうのがテイク1で言われたら「でしょ!」って(笑)。

試行錯誤を繰り返したトータルレベルコントロール

Rock oN : ミックスのトータルレベルに関しては、どうされていますか?

岡野ハジメ氏 : トータルのマキシマイジングについては、この3年間、色々と研究しました。

Rock oN : こういうのって沼に入ったりしませんか?

岡野ハジメ氏 : 沼に入りましたけど、最近は3種類のマキシマイザーをシリーズでインサートする感じです。一番初段がFabFilter Pro-L 2。今、歌が鳴ってるから結構リダクションしてますけど、カラオケ状態だったらピークにギリギリ付くぐらいの感じにして、その次が、IK Multimedia T-RackS 5に収録されているTR5 Stealth Limiter。ここで1dBくらいブーストした後に、これが最近の大お気に入りで。

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Rock oN : これは何ですか?? DeeMaximizer?

岡野ハジメ氏 : そう、DeeMaximizer。DOTEC-AUDIOという日本のメーカーなんですけど、これめっちゃ好きで。すごいルックスですよね(笑)。

Rock oN : 宇宙船みたいじゃないですか?

岡野ハジメ氏 : そう、ガンダムの(笑)。ここで、3dBくらいまで上げる。これはすごくいい製品ですよ。Ozone ExciterもEQとして挿しています。もちろん曲によってインサートの種類や順番などは更新され続ける日々ですが。

Rock oN : 結構、試行錯誤されてここに行きついてるってことですね?

岡野ハジメ氏 : かなりやりました。マスタリングエンジニアにも、色々意見を聞いたりして。今時はいろんな媒体がありますし。

Rock oN : 配信ですね?

岡野ハジメ氏 : そう。配信は「レベルを突っ込めばいいってもんじゃないよ」っていう例の問題ですね。ラウドネスコントロールの問題も試行錯誤しました。色々やってみて、自分の意見だけじゃなく、メンバーやクライアントの意見を聞いて。もちろん、SpotifyやiTunesがどういうことをやっているかということなんですが、いつ、そのアルゴリズムが変わるか分からないし、アナウンスされないじゃないですか。現状でいくら調べても、明日アルゴリズムが変わっちゃうかもしれないので、「もう気にするのはやめよう」というのが3年かけて到達した結論です。「いいバランスのものはいいはずだ」ということを前提にして、目の前のことにハマるのはやめようと思いました。

Rock oN : じゃあここのスタジオで完パケして、そのまま配信されるわけですか?

岡野ハジメ氏 : いや、マスタリングは必ずします。しなかったこともあるんですけど、責任という担保を考えて、最後のプロセスはプロにやってもらいたいと思っています。その際、マスタリングエンジニアにどういうデータを渡すか、ということに関して色々研究したということなんです。渡す際のヘッドルームの違いだけでも、やっぱりバランスが変わるので音が変わります。音圧違いの2~3種類をマスタリングエンジニアに渡して「好きなのでやっていいよ」という感じにしています。意外とプロの意見で良かったのは、マスターフェーダーで下げてヘッドルームを空けたものだったりするので、ここ1年ぐらいはマスターフェーダー下げで行ってるんですよ。

Rock oN : それは意外ですね! でも、そういった判断ができるのは、岡野さんがマスタリングエンジニアさんと信頼関係があるからですよね?

岡野ハジメ氏 : そうですね。バンドメンバー全員でDAW環境を揃えることを軸として、自分でもいろんな研究を重ね、プロデュースのクリエイティブな部分に集中できる環境がやっとできたんです。なので、今回のこのインタビューはすごくいいタイミングなんです。去年の今頃は「これでいいのかな?」とか「今どき、皆さんどうしてるんだろう?」って絶賛暗中模索中でしたから。ただ、このやり方は、Dでやり始めて出来るようになったわけで、これが、ずっとデフォルトになるわけじゃなくて、、、

Rock oN : まだ変化してくる可能性もある?

岡野ハジメ氏 : 変化してくるし、(バンドの)村によっては、俺がこのやり方でやったら、きっと反感を買う場合もあるでしょうね。「もう生ドラム使わないからV-Drum買ってMIDIデータで納入してよ」なんていうことをいきなり言ったら反感買うはずなんです。

Rock oN : この記事を読んだ若いバンドが「みんなでDAW買おうぜ」ってなればいいですね。

岡野ハジメ氏 : 本当にお勧めしますよ。別にLogicじゃなくても、CubaseやStudio Oneでもいいんですけど、全員が同じDAW、同じコンピューターソフトで会話できるっていうのはすごくいいことだと思う。もし、そう言ったテクノロジーを下敷きにしたやり方に抗うなら、本当に「ドキュメンタリーとしての作品作り」に向き合えばいいですし、それこそ、自分の生きざまやロックンローラーとしてのかっこよさを「ドキュメンタリー作品として高解像度で作るんだ!」ということに振り切るのは、もちろんありだと思います。でも、それがいいか悪いかじゃなく、もう、世界はそっちに向かわざるを得ない。そういう考えを持ってるんです。

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※(上写真)地下の部屋では生ドラムもレコーディング可能。周りを囲む膨大な機材の中には貴重な製品もちらほら。

記事内に掲載されている価格は 2023年8月25日 時点での価格となります。

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