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ヴィム・ヴェンダース ニューマスター Blu-ray BOX II Relase Party レポート 2022年6月29日 at 晴れたら空に豆まいて

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4月26日に行われたヴィム・ヴェンダース ニューマスター Blu-ray BOX I Relase Party ( レポートを読む>> )に続き、今回は、BOX IIのリリースパーティーが、前回と会場同じく、晴れたら空に豆まいてにて開催されました。音声マスタリングを担当したオノセイゲン氏に加え、今回は著述家・プロデューサーの湯山玲子さんが登壇。湯山さんは、クラブミュージック、クラシックといった音楽への造詣の深さに加え、アート、演劇、音楽、食、ファッション、ジェンダー等多彩なジャンルを横断する人物。もちろん、今回のテーマである映画についても、興味深い話が繰り広げられました。

TCエンタテインメント社から、「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX I ~BOX II~BOX III」が発売。ヴェンダース監督自身の監修による、最新の4K & 2Kレストア版マスターが使用され、多くの作品が国内初Blue-ray化 & 一部が仕様をアップグレードしての再Blue-ray化という、ファンにとっては待望のパッケージが登場です。

TCエンタテインメント 滝本 龍(以降 TC瀧本) : 本日司会を務めさせていただきますTCエンタテインメントの滝本と申します。この帽子ですが、トラヴィスのコスプレをして来ました。

オノ セイゲン : 「パリ、テキサス」のトラヴィスだね(笑)。いやぁ、めっちゃ似合うよ!代官山駅前で呼び込みやって来て!

TC滝本 : 今日は音声マスタリングを行なったマスタリングエンジニアのオノセイゲンさんと、テレビやインターネット等、多岐に渡る活動でみなさん多くの言説を目にしていらっしゃると思います著述家・プロデューサーの湯山玲子さんにお越しいただいています!

湯山玲子 : こんにちは、よろしくお願いします。今回、改めて、BOX IIに収録されているヴェンダースの4作品を見直したんですけど、これらの公開当時、私はフリーランスでSWITCHなどのカルチャー誌で仕事をしていたのですが、80年代当時の記憶が蘇りました。いわゆるセゾン文化の中、当時の日本でのヴェンダースの受け取り方は「ロードムービーでおしゃれ」なファッショナブルなイメージで通っていまして、文化系の中では「コレ評価しないことには、お話しにならない」という強制力があったのだけれど、どれだけの人間が「作品の本質を分かってたのかな?」という感じでしたよね。今回、そういった時代の熱気からようやく離れたところから作品を観たのですが、とにかく映像×テクスト×音楽×俳優からなる語法と美学がオンリーワン、かつ突出している。カメラワークや色彩設計といったヴェンダースの手法は、その後、世界中の多くの監督に影響を与えてますよね。

オノ セイゲン : 当時、まだ20代と若かったのヴェンダースが素晴らしいのは、「ベルリン・天使の詩」では撮影監督にアンリ・アルカンを起用したことです!ジャン・コクトーの「美女と野獣」(1946)の撮影監督ですよ。画面のどこを切り取っても写真としても完璧な構図です。いきなり話は飛びますが、「ベルリン・天使の詩」の撮影の1年後に当たる1988年にミラノサローネの元になっているイベントがありました。1970年くらいに閉じられたミラノ郊外の屠殺場跡地で、でっかい工場跡地廃の床だけをきれいに掃除して、そこに100くらいの映画撮影用の太陽のような照明をアンリ・アルカンがセットする。まさに「美女と野獣」の映画の世界です。palluccoという家具メーカーの「アンダー・ザ・フィルムライト」だったかな、見えるもの全てに照明が当たっていて、その光のしたではどんなものでもコクトーの映画の中のようになるんです。写真はピーター・リンドバーグ。そこでソロでライブをやったんです。『Bar del Mattatoio/ Seigen Ono』にも最後に入っています。当時アンリ・アルカンけっこうなおじいちゃんなだけど、すぐイタリア人の主催者に恋してしまってね、ウェンダースもそうなのかな(笑)知らんけど。その大巨匠アンリ・アルカンを「ベルリン・天使の詩」で起用した理由は知りたいですね。すいません、話をウェンダースに戻します。

アンリ・アルカン :

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%B3

Henri-Alekan

映画用ライトの下の家具
1988年9月14日 ミラノ(イタリア)
照明: アンリ・アルカン
音楽: オノ セイゲン
写真: ピーター・リンドバーグ

光と影と音楽と

 時は1988年。私はミラノのデザインアカデミーの学生だった。30名しかいないクラスの平均年齢は28歳という異色なアカデミーで、イタリア人はたった2人のみ。英米をはじめ、フランス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、ベルギー、ブラジル、メキシコ、タイ、そして日本など、世界各国から来た学生たちが議論を交わす刺激的な毎日だった。

その日、クラス全員が家具見本市(現ミラノ・サローネ)を見てまわっていた。今の若い人には想像できないだろうが、スマホどころか携帯電話さえもない当時、情報はSNSではなく口伝えで広まるものだった。クラスメイトと、「どこそこの展示がすごいぞ」などと互いに情報交換していた。
 そろそろ足も疲れてきた夕方、すれ違ったクラスメイトたちが、興奮気味に言った。屠殺場跡地ですごいものを見たと。それは、イタリアのある家具メーカーのイベントだった。

私とクラスメイト数人は、ミラノ郊外の、なにも無いだだっ広い草っ原にある屠殺場の廃墟に向かった。辺りはすでに真っ暗で、人も少なく、襲われたら一貫の終わりという不穏な空気が漂っていた。
しかし、近づいてみると、それはただの廃墟ではなかった。崩れかかった煉瓦造りの建物を、巨大なスポットライトが外から中に向かって照らしていたのである。
私たちは中に足を踏み入れ、一瞬にして異次元に飛んだ。

まるで太陽がそこにあるように、大きな穴の向こうから、強烈な光が差し込んでいた。殺伐とした空間で主人公さながらに照らされていたのは、たったひとつのねじれた家具だ。光は、ざらざらしたコンクリートの床に長い影を作っていた。
そして、音楽が流れていた。ゆったりとして、少しノスタルジックで、少し未来的で、少し複雑な、メロディがあるのか無いのかわからない心地よい音楽が、重なる弦の音が、空間を完全に支配していた。私は部屋の端の床の上によろよろと座り込み、光と影のあいだを漂う音楽に身を委ねた。
クラスメイトたちの誰ひとり、声を出さなかった。ただ、驚愕していた。なんなんだこれは。たがいに目を合わせ、言わずともわかるこの感覚を共有した。
まちがいなく、人生で最も衝撃を受けたイベントだった。しかもアートではなく、家具の展示会のはずだ。家具が、こんなにも衝撃を与えることができるのか?誰もがそう自問した。

しばらく呆然としていた私は、どうしても音楽家の名前を知りたくなった。そしてそれぞれの部屋を見てまわり、やがて関係者のいる細長い机を見つけた。そこに、アジア系の若い男性がいた。私はイタリア語で訊いた。この音楽は誰のでしょうか?と。
 すると、私の顔を見たその人がこう言った。「もしかして、日本人の方ですか?」
 頷くと、彼はにっこり笑ってこう言ったのだ。
「ぼくは10日ほど前にここに来てこの音楽を作りました。12絃ギターで演奏したんですよ」※
その人こそが、オノ セイゲンだった。ラッキーなことに、私はご本人と対面してしまったのだ。私はその時彼に何を言ったかよく覚えていないが、絶賛したことだけは覚えている。もし日本に行くことがあったら、ぜひあなたのコンサートに行きたい、とかなんとか言ったかもしれない。私も彼もまだ20代の頃だった。
それ以来、オノ セイゲンとは細くて長いお付き合いをさせてもらっている。
今では数年に一度会うだけだが、会えば必ずこの時の話が出る。それほど、当時ミラノにいたクリエイターや学生みんなの心を揺るがした都市伝説的なイベントだったのだ。

あのイベント以降、私はジェットコースターのように上へ下へ、また重い病気になったりという波瀾万丈な人生を送り、気がつけば物書きになっていた。「作家になりたい」などという野望はなく、ただ「物語を書きたい」が重なり、無我夢中で書いていたら、50冊ぐらいの著作を持つようになっていた。その多くは中高生向けのYAと呼ばれる分野の小説だが、小学生向けの児童文学や、新聞連載、大人向けのエッセイなど、いつの間にかデザインから物書きに完全にシフトしていた。

あれほど熱意を持っていたデザインへの情熱はいつしか消えていた。病床で、一冊の本は人を救えるかもしれないが、一脚の椅子にはそれができない、という限界に気がついてしまったからかもしれない。美は世界を救う、と尊敬する建築家レンゾ・ピアノはよく言っていた。確かにそれは嘘ではないかもしれない。しかし翌年はもうこの世にいないかもしれないと覚悟した私には、建物や家具の美より、文章や音楽のザワザワの方が心に響いた。言葉や旋律は自分の中に入ってきて、精神に多大なる影響を与えた。健康をとり戻した今も、それは変わらない。

あの屠殺場に展示されていた家具そのものは私の人生を1ミリも変えなかったが、あの時のオノ セイゲン音楽とアンリ・アルカンの光は、確かに私の人生の一部分を大きく照らした。

佐藤まどか
イタリア在住。主な著作に『一〇五度』『アドリブ』(両方ともあすなろ書房)、『スネークダンス』(小学館)など。新作は10月発売の『雨の日が好きな人』(講談社)。

http://www.madoka-sato.com

追記:オノ セイゲン 2022/09/13@ローマ
そうだった。忘れてた記憶をいろいろ思い出した。佐藤まどかさんは、あのマジカルな空間の証人である。太陽光のような光の下では、ジャン・コクトー「美女と野獣」の白黒フィルムの中に飛び込んだように何もかもが美しく見えた。東京からミラノに機材や楽器、12弦ギターやAkai S1100 samplerも持ち込んだ。まず、ここ(1970年頃に閉鎖された屠殺場跡地=Mattatoio)につれてこられて、アンリ・アルカンの映画照明をセッティングから見て。ホテルではなくエージェントのスタッフ、モニカさんのアパートを借りて滞在していた。そこで最初に覚えたイタリア語のフレーズは、曲にもなってるんだが、”Monica Tornera Domenica Sera”(Monica will be back on Sunday Evening) 近くの教会を夜借りたり、録音スタジオにも通い、1週間ほどで作曲・制作した。ぼくのアルバム『Bar del Mattatoio』に入ってる「Genova」「It’s So Far to Go」、及び『NekonoTopia NekonoMania』に入ってる「 BERLINER NÄCHTE part-1〜4。ちなみにこのイタリアのエージェントは、87年9月、初めてのコム デ ギャルソンのショーのためのオリジナル曲が披露された際に終わってすぐにバックステージに来て、その場で依頼されたのだった。

湯山玲子 : 特に「パリ・テキサス」ですが、あれだけ画に力があるのはすごい。どこを切り取ってもそれだけでスチールがアート作品になる勢い。以降、時代は画像の時代になり、画で見せてくる映画がたくさんありますが、ちょっと、「パリ・テキサス」は格が違う。その後、ディビッド・リンチ、ソフィア・コッポラなど、ロスアンジェルスやアメリカのデッドエンドな光と影を追求する作家が出て来ますが、間違いなくその最初の一手だった。

オノ セイゲン : 「パリ、テキサス」の撮影は、ウェンダース組のロビー・ミューラーですね。パリテキは、BOXⅢですが、ヴェンダース作品では一番有名かな。ブエナビかな音楽ファンには。

ヴェンダースが与えた影響といえば、まずはジム・ジャームッシュでしょうね。「パリ、テキサス」で、のぞき部屋の黒服役はまりますねえ、ジョン・ルーリーが出てきます。ジム・ジャームッシュ監督の作品に出演してます。ジャームッシュのデビュー作である「パーマネント・バケーション」は、ニコラス・レイを通じ知り合ったヴィム・ヴェンダースから「ことの次第」で余ったフィルムを譲り受け制作されているんですよね。85、6年の頃、僕は、ラウンジ・リザーズのレコードを何枚かプロデュースしてたこともあり、ニューヨークにいることが多かったんですが、その頃のことをよく覚えています。ジャームッシュもみんな居ました。さて、今日はBOX IIに収録されている「東京画」、「アメリカの友人」、「パリ、テキサス」、「ベルリン・天使の詩」の印象的なシーンを取り出して、皆さんに見ていただきます、今日は抜粋で合計35分以内だけですが。

東京画 1985年

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TC滝本 : まず「東京画」から2つのシーンを見ていただきました。1985年の作品ですが、小津安二郎監督にオマージュを捧げ、バブル前夜の東京をヴィム・ヴェンダースが切り取ったドキュメンタリーです。

オノ セイゲン : 映っていたのは有楽町ですね。ヴェンダースは小津安二郎が大好きですが、オープニングとエンディングに小津監督の「東京物語」がフィーチャーされてます。パチンコ屋や竹の子族といった当時の東京の風景が映り、外国人から見た昭和の東京の感じがいいですね。「東京物語」の部分の音声ですが、これまでに色んなソースがありますが、一番状態のいいものを持ってきて使っています。名作映画の場合、日本版、アメリカ版、ヨーロッパ版など色んなマスターがコピーされてるものが、僕の手元に素材として回ってくることもあり、「これ駄目だよ」というクオリティーのものも結構あるんです。その中から一番状態がいいものを選びます。そこからはこのシリーズ12作品と8月ですが『ニュー・シネマ・パラダイス』では、技術的な確信を持って2022年マスタリング生命をかけて音声修復しました(笑)オーディオのプロの方にも聴いてもらいたいです。

湯山玲子 : 質問なんですが、雑踏の音は、まさに当時の東京のサウンドスケープじゃないですか。恐らく簡単な機材でのロケーションなので、音の収録はマイク1個で行ってますよね。そういう音も、セイゲンさんは調整してるんですか?

オノ セイゲン : はい、できる範囲では質感を調整します。昔の映画はカメラの横にナグラ(NAGRA ポータブル・テープレコーダー)とか1マイクだけか、せいぜい2本くらいのマイクで収録されていることが多いです。一応、現場ではダイアログの音声も収録するんですが、映画の場合、ほとんどのセリフは、後で差し替えるんですね。フランス人の俳優がイタリア語を喋る時など、言葉と画が合ってないこともよくあります。特にヴェンダースの映画では、ドイツ語とフランス語に加え、英語や日本語も入ってきますよね。そういえば面白い話で、ヨーロッパでは多くの人が2ヶ国語以上を話すんですが、ヴェンダースの映画をパリで見ると、字幕が付く訳ですが、ネイティブ言語はフランス語なんですが、日本語のシーンになると、フランス語と英語の字幕が同時にスクリーンに表示されるんです。「夢の涯てまでも」はスクリーンの半分くらいが字幕で埋まってました(笑)。 映画の音は、もちろん同録しているのもありますが、後から付けるのがほとんどです。電車のドアの開く音も、リアルで録ろうと思うと、マイクを個別に仕込んでおかなければいけないので、別録りされた素材を、画面に合わせて編集で当てていくんです。セリフは、たまに同録のこともあるんだけど、台本が後から変わることもあるから、アフレコするのが普通のワークフローですね。

TC滝本 : それにしても約40年前の東京が映ってるわけで、貴重なドキュメンタリー作ですよね。

湯山玲子 : そう、「東京画」の見どころはそこでもありますよね。近過去のことって私たち忘れてるんですよ。今、ものすごく豊かな時代になって、それこそ、サイゼイリヤに行けばあんなに安くトマトのカプレーゼが食べられる今となっては、80年代にそんなメニューを知っているのは少数派だったという(笑)。また、花見のシーンがあるんですが、これがもう背広のおっさんたちが、たばこスパスパ吸いながら参加している。そう、花見は会社単位のレクリエーションだったんですよ。部下が徹夜で場所取りしたりして。今では信じられない。そういう意味ですごい勢いで、日本の風景が変わったことが「東京画」で確認できると思うんです。ヴェンダースが小津の言葉を借りて、「日本人のかつてよかった黄金の時代は、もう、今の東京にはどこにもない」という意のことを述べているのですが、それは絶望しているのではなく、そういう変化にもヴェンダースは惹かれているところがある。そこが面白いですね。ノスタルジーではなく、変化する時代を見届けたいという、ドキュメンタリストの視線です。

アメリカの友人 1977年

TC滝本 : 「東京画」と時代前後しますが、次は「アメリカの友人」から2カ所抜粋して見ていただきました。70年代にロードムービーを撮り、世界的に名声を獲得し始めたヴェンダース監督が、ヨーロッパのオールスター監督をカメオ出演させて撮ったサスペンス映画です。この映画を機に、ヴェンダースはハリウッドに招聘され、アメリカ進出のきっかけになった作品です。アメリカンニューシネマを代表する名優デニス・ホッパーと、このあと上映する「ベルリン・天使の詩」主演のブルーノ・ガンツ。この2人がダブル主演しています。

湯山玲子 : ヴェンダースは、反ハリウッド的な姿勢で出てきた人なんですが、この作品ではカメラワークや構成をはじめ、ハリウッドのセンスてんこ盛りなんです。アンチハリウッドと思ってたら違うじゃん、という点を今回の再見ではっきりと認識しましたよ。「パリ、テキサス」をそう言った観点で改めて見ると、実は、ハリウッドが長年かけて作ってきた映画の語法をものすごく忠実に取り込んでいるんです。まず、エンタメの縛りとして、1時間半という上映時間の中で物語の世界にひきこまなければいけないんですよ。そのための観客の了解事項として、役者の顔、たたずまいにモノを言わせなければならない。セリフの応酬で人柄を浮き彫りにさせるのではなくて。ヴェンダーズ作品で言うならば、「アメリカの友人」のデニス・ホッパーの出で立ちね。この登場人物はこういう人間なので、こういう洋服を着て、みたいなことも含めて。ハリウッド作品はその叩き込みの手法に長けている。「パリ、テキサス」の男女関係がこちらに突き刺さるのも、普通ではない登場人物たちを観客に落とし込む映画技法に長けているからですよね。

ちなみに、「アメリカの友人」では電車の中で事件が起こるんですが、このような電車ミステリーの映画は、それ以前からたくさん作られているわけですが、例えば犯人を電車の外に突き落とす「ガタガタガタ」という音の音量をどれくらい大きくするのか、そこで交わされる会話がどの程度聞こえにくいのか、といったことが嘘くさいものだと、魅力は激減しますよね?

オノ セイゲン : そうですね。映画ではダビング(MA)作業の中で、うまく音のバランスが取られています。たとえば、屋外のシーンだと「ガーッ」とか「ゴーッ」といったいわゆる暗騒音も別で加えられています。特にヴェンダースの映画で多いのは車の中のシーンなのですが、車以外にも、電車や飛行機のシーンでは「ゴーッ」という暗騒音が、セリフを聞きにくくすることなく、絶妙なバランスで仕上げられてますね。

また、暗騒音を、逆に上手く使った手法もあって、例えば、ピアノのソロがあるとしたら、イントロだけに雑踏などのノイズを混ぜておきます。そしてあるシーンでノイズの方だけをミュートすると、突然、ピアノのボリューム上げてないのに引き立って綺麗な音で聞こえてくる。同じ音量なのにノイズを無くすことで、ピアノのメロディに注意を向かせることができます。そういった意味で、昔から僕にとってノイズとは1つの楽器なんです。

湯山玲子 : それを聞いていて思い出したんですが、井上陽水の「長時間の飛行」という名曲。シーンとしては、愛人と一緒にパリへ向けて長時間、飛行機に乗ってる最中がすぐに喚起される。そんな中で感じる孤独感ね。みんなが寝静まったた中、ひとり起きている状態の。その体感を含めた心理感覚を、シンセのキラキラした分散和音と音響設計で見事に表している。編曲はEP-4の川島裕二なんですが「すげーな」と思いました。

オノ セイゲン : 効果的で大事ですよね。映画の効果音は「ウーシュー音(Whoosh sound)」「スウィッシュ音(Swoosh sound)」という専門用語があり、アメリカ映画では前後方向の音の動きが多いです。例えば、ピストルや宇宙船などの音は背中側から画面の前方へと、音が縦の動きをする。このスウィッシュ音は、実際の音でないものを付けます。もちろん、実際の音を使ってるものもあるかもしれないけど、本物よりそれらしい音を、ほら、刀で切られる音を大根をぶった切るとか、雨の音をザルにいれた小豆とか、シンセサイザーや他の方法でも作り出しています。そういった音を作り出すフォーリー(foley)アーティストと呼ばれる人もいて、ハリウッドでは完全に専門分業されています。

でもヴェンダースの70年代の場合、カメラはせいぜい1台か2台でフィルムも予算の都合で尺が限られているので、いかにフィルムを節約し、編集や合成に頼るんじゃなくいかに1カットでうまく撮るのかも相当考えたでしょうね。「都会のアリス」を好きな理由のひとつはそこで、最初の1カットがすごく長いんですよ。僕はすごく影響を受けています。ポラロイドSX-70も持ってたしね。
アメリカ映画の前後方向のど派手な動きの一方、ヨーロッパの映画は、横というか空間に包まれてると感じる音が多いです。あと、実際はモノラルの音なんだけど、話にのめり込んでいくうちに、観客が頭の中で脳が空間を作り出していく。僕は、アメリカとヨーロッパの違いを、そんなところに感じています。

湯山玲子 : なるほど。ただ、先日、「トップガン マーベリック」を観たんですが、1986年の1作目から今回は偏差値が50以上も上がっていてびっくりしました。みなさん、あの戦闘シーンの仕上がりに驚いているのですが、脚本もレベルが高い。無駄のないパンチライン、1フレーズだけで登場人物が背負っている人生を表す。「ドンパチの快感」をメインに据えたハリウッド作品とは単純に割り切れない進化を遂げてるんですよ。

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パリ、テキサス 1984年

TC滝本 : 家族と離散した主人公の男が息子に再会し、行方不明になった妻を探しに行くといった、ある意味、普遍的な家族の物語の内容ではありますが、ロードムービーのフォーマットで展開される名作です。マジックミラー越しで再会するという後半のシーンは感動的ですね。さらに音楽はライ・クーダーですね。

湯山玲子 : やはり、ナスターシャ・キンスキーの見返りのスチールのビジュアルが印象的でしたよね。衣装のセンスがすごくて、彼女の背中がバっと開いたモヘアのセーター。当時、心ある文化系女子はみんな買いましたよ。もちろん、下にTシャツを着てのww。モテ服でしょこれ(笑)。

オノ セイゲン : ナスターシャ・キンスキーが働くのぞき部屋の黒服役が似合うジョン・ルーリーだとさっきも言いましたが、彼が劇中で着ているスーツ、当初はヴェンダースが用意してたんですけど、ジョン・ルーリーが気に入らないと言って自分で買いに行ったそうです。でも、そのスーツがカッコよかったんで、ヴェンダースも同じスーツを買いに行ったというオチが、最近出たジョンの暴露本に書いてありました(笑)。この作品、結末は最終的に子供と会える。7歳の子供の4年は人生の半分。色々考えさせられますね。

湯山玲子 : そう。若い時は、私的には不満だった結末だったかも。「おい、もう一回、家族再編してみろよ!」ってね。しかし、今の年齢ならば、この結末は理解できる。家族という枠組みが生きていくときに苦しい人たちというのは、けっこう世の中に一杯いて、その感覚は今の方がリアルじゃないかな。若い時は結婚に勝手な幻想を持ったりするじゃないですか。それが全部なくなり「これはこういうことだよね」みたいに年をとったことで理解できる結末なんですよね。

TC滝本 : リアルタイムで10代の時に見た印象と、結婚して子供を持ってから見た印象で、受け取り方が本当に違うという感想を言われた方もいらっしゃいます。

湯山玲子 : カーダシアン一家が大衆に大人気のように、今のアメリカの方が、家庭のあり方がさらに多様性の時代になっているので、より身近な問題になっているのかもしれませんね。印象的なのぞき部屋のシーンですが、電話越しに会話をするじゃないですか。まあ、その音声効果、といったら凄いよね。エフェクターや電子音化した声はテクノの十八番だけど、電話越しのディストーションがかったような声の方が、肉声よりも生々しい、という逆転。

オノ セイゲン : 人生の経験値。音色というのは味や匂いと同じで、ダイレクトに脳に何かを伝えてくるものがあります。現在のBlue-Rayメディアのフォーマットは、音ならCDよりはるかに高繊細、プロオーディオで扱うマスターそのまま載せられます。電話越しの声のようなローファイの音も、Blue-Rayフォーマットの余裕ある器で再現すれば、とてもストリーミングなんかでは伝えられないどんな音でも伝えることができます。ただし、音楽ではハイレゾ、映像だと4Kや8Kとスペックは進化してるけど、中身が大事なのはVHSの時代から変わりません。メディアの容量が大きくなることと音楽がよくなることは別ですよね。今、スペックだけをハイレゾになって肝心な「中身ないじゃん」みたいなものも結構あります(笑)

湯山玲子 : いい映画をいい音で見たいというのは、音のいいクラブに行きたいと思うのと同じだと思うんですよね。この辺は、今後の上映場所の音響設備は、小箱ほど整えるべきだと思います。

TC滝本 : 今、映画館で4Kプロジェクター普及してるのは、大体、全体の15~20パーセント程度でして、一般家庭における4Kテレビは、1000万台くらいは普及してるので、そういった意味で映画館は家庭の環境より遅れをとってるという事実があります。

オノ セイゲン : そうなんですよ!30人から50人くらいの映画館を作るんだったら、Blue-Ray動画とすごく安くなった大型テレビとホームシアターは少し奮発して設備を導入したほうが、クオリティ高く、設備は安くできます。必要な物はBlue-RayディスクプレイヤーとAVアンプと5.1chスピーカー、そして、量販店で売ってるテレビまたはプロジェクター。最近のテレビやプロジェクターは4Kは当たり前で対応してます。例えば地方の文化会館などを使って今日くらいのスペースがあれば十分にできますね。ただ、映画には5年ごとに更新する放送権、配信権もかな。そして映画館の興行権、Blue-Rayなどの家庭で楽しむパッケージ化権という権利問題が複雑に絡み合っていて、慣習としてそんなに簡単にはできないんですよ。この壁を相互に超えられれば、家にホームシアターない映画ファンも、小さな映画館にも、映画制作者にはもっとお金が入るみんなにWIN=WIN=WINの仕組みができる!湯山さんの幅広いネットワークで、文化的には大切なことなので政治家を動かしてもらって(笑)業界の古い慣習と事情じゃなくてね。

湯山玲子 : 今、映画業界は大変ですから、意識も全然変わってきてるので、絶対やれると思いますよね。私は92年にツイン・ピークス愛が高じて、故川勝正幸さんと高城剛さんたちと箱根小涌園にこもり、ツイン・ピークス29時間連続視聴耐久レースを行ったんです。仲間と一緒に集まり、いい映画やいい音を聞く経験。これは今だからこそ、さらに需要があると思いますよ。

ベルリン・天使の詩 1987年

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TC滝本 : 最後は「ベルリン・天使の詩」です。ブルーノ・ガンツ主演のファンタジー映画であり映像叙事詩ですね。カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞しました。「パリ、テキサス」に次ぐヴィム・ヴェンダース監督の代表作品ですね。

オノ セイゲン : 80年代の前半、僕は何度もベルリンにも行ってたんです。ハンザトンという有名なスタジオが壁の近くに今でもあるんです。デヴィッド・ボウイがブライアン・イーノと作った「ロウ」をはじめ、シルヴィアんの「ブリリアント・トゥリーズ」、色んな名作がそこで生まれています。何でそんなに引き寄せられるかというと、西ベルリンからチェックポイント・チャーリーという国境検問所を通り、東ベルリンに行けるんですけど、24時までに西にもどるビザでもすごくスリルなんです。「壁の向こうで逮捕されたら帰ってこれないかもよ」って脅されながら(笑)。軍事境界線を歩いて東側に渡るとそこからは広告の看板やネオンサインなんか一切ない。グレーで。西側のファイブスターホテルクラスが10分の1の値段で、バックパッカーみたいな身分でも泊まれる。そこで予約なしでもチェックインするとホテルでショートステイの観光ビザに切り替えてくれるんです。東のマルクと西のマルクは10倍ぐらい価値が違うわけで、東に渡ると10倍リッチな生活ができるんです。オペラを観に行って幕間にシャンペンを飲んだり、まるで貴族の人たちの社会の雰囲気を西側の若者が体験できちゃう。社会主義と民主主義はこんなに違うんだってことをまさに体験する。ハンザトン・スタジオにレコーディングに来るミュージシャンはみんな東ベルリンをちょっと覗きにいくスリルと、もちろん西側のクラブも独特の雰囲気で、ほら『ベルリン天使の詩』の後半に出てくるまさにあれです。レコーディングが終わっていくつもある西ベルリンのクラブに行くと、当時からゴルバチョフのポスターが貼ってあるんです。壁がまだある頃からゴルバチョフは西ベルリンではまるでロックスターみたいでした。「ベルリン・天使の詩」は、まさか壁がなくなるなんて思わなかった時に作れた映画。1989年11月に国境が開かれて東の人が自由に西に行けることになった。壁が壊され、そして、ソ連が崩壊する。この映画を見ると、僕は今のウクライナの問題が重なってくるんですよ。辛いです。「ベルリン・天使の詩」の続きとなる『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース』ではなんとゴルバチョフさんが本人役で出演してます!ルー・リードは楽屋で「♪壁のない世界はなんと素晴らしい、ナイス」と歌ってたり、今まさに2022年により意味を持つすごい映画です。プーチンは今すぐウクライナ侵略戦争をやめなさい。モスクワのゴルバチョフ財団、今91歳のゴルバチョフさんはウクライナ危機について「早急な平和交渉を」と一刻も早い戦闘停止と和平交渉開始を呼びかける声明を出しましたね。トイレ掃除の映画もいいですが、ウクライナ侵略戦争をやめなさいの映画作って欲しいですね。作ってるかもね?

TC滝本 : 極めてドラマチックなシーンなのに、バックグラウンドミュージックがニック・ケイヴでしたね。

オノ セイゲン : ニック・ケイヴが本人役で出てるね。やっぱりヴェンダースはロックです。ロックは歪みの音楽じゃないですか。デシベルの数値が大きいからと言っても大きい音というわけではなく、エレキギターのディストーションサウンドで「グッ、ガッ、ガッ」と鳴らすことが大事。あとは会場の「ゴオーッ」という響きがないと駄目です。ライブシーンの中、バーに移動しても、この「ゴーッ」と鳴っている音がちゃんと生きている。ロックを好きなことがわかりますよね。もちろん、こういうディストーションの音はオーディオのHi-Fi的にクリーンな音じゃないんだけど、Blue-Rayとはハイレゾのメディアです。このディストーションサウンドもその通り正確に記録できて、ここで再現できます。こういうロックな音があるべき音で再現されるんです。晴豆の音量は家庭では無理ですが(笑)

湯山玲子 : ベルリンを始めとして、ヨーロッパのクラブのあの空気感の音響が再現されていてすごいと思いました。クラブのドアを開いた時に鳴っている「ブワンッ」という密室環境ならではの音は、まさにこんな感じですよね。あと、すごいなと思ったのは登場する老人の独白の音声。自然な人間の声とは違った内心の声が音響的に表現されていることです。メインのフロアとバーなんかがあるサブフロアの音響の差なんかも見事でしたね。

オノ セイゲン : ヒントとしてマイクの使い方があるかもしれませんね。例えば、ロックボーカルでシャウトする音はマイクに近接で入れちゃ駄目なんです。なぜかというと、叫ぶ音は周りの壁などから届く反射音が入ってないとそれっぽく録れない。だから、マイクロフォンをちょっとずらして録るんです。その逆にささやき声を録る場合は、単純に口元に近づける。そうするとマイクの近接効果といって低音が少し持ち上がるんです。加えて、マイクには指向性があるので、指向性ある方向に口元を向けると、耳元でささやくような声が録れるんです。ちょっとやってみましょうか?

湯山玲子 : なるほど。ちょっと余談になりますけど、私が今親しんでいるクラシック音楽もそうなんだけど、ベートーヴェンの時代から、自由と人間性を求める運動や思想の傍らには常に音楽があるんですよ。

オノ セイゲン : そうですね。ヨーロッパでは領土の侵略の歴史が繰り返されてきました。ロシアにも美しい音楽、それぞれに民族の音楽がありますよね。だけど今の侵略戦争は絶対に許されない。文化的にウクライナもロシアも1つのものなんです。だってチャイコフスキー、プロコフィエフと言った、あんな綺麗な音楽を書ける国の人たちなのに、、、第二次世界大戦が終わり国連ができて、そこからは国境線を超えて絶対に他国を侵略しないと決めたのにプーチンが破った。今日、僕は「ベルリン天使の詩」を大きな音で見て、「ヴェンダースはロックだ」ということと「ウクライナ侵略戦争に反対」「全ての戦争に反対」を改めて強く思いました。

TC滝本 : セイゲンさん、湯山さん、そして会場の皆さん、今日はありがとうございました!

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    記事内に掲載されている価格は 2022年7月15日 時点での価格となります。

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    SPITFIRE AUDIO AIR Studios Reverb をいじっちゃいました!
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