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第一線で活躍するクリエーターのインタビューやコラムなど、音楽と真摯に向き合う作り手の姿があなたの創作意欲を刺激します!

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Dec.2020
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People of Sound 第44回 Official髭男dism 藤原聡 氏インタビュー

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音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。

第44回目はOfficial髭男dism、Vo/Pfの藤原聡さん。2015年のインディーデビュー、そして2018年4月のメジャーデビュー以来、ヒットを連続。その優れたメロディーを武器に多くのリスナーを獲得し、現在ではテレビ、街中を含めた多くのシーンで彼らの楽曲を耳にすることが多くなりました。昨年の紅白にも登場されたのはご存知の通り。ここにきて、彼らがユニークなプライベートスタジオを設立したということを耳にして、取材させていただく貴重な機会をいただきました。

数々の質問に真摯に答えていただいた藤原さん、そしてスタジオ施工を手掛けられたOM FACTORYの大島Su-keiさんにも特別参加いただき、オンラインインタビューを敢行しました。


取材日 : 2020年4月10日(金) リモートにて取材

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Rock oN : 藤原さん、そして大島さん、今日はよろしくお願いします! まずは藤原さんが音楽に触れられたきっかけをお伺いできますか?

藤原聡 氏 : 幼稚園の時に両親がピアノ教室に入れてくれたのが初めての音楽との触れ合いですね。あまり面白いとは思ってませんでしたが、上手に弾けるとゲームを買ってもらえたのが嬉しかったので続けていました。あまり練習しない子供でしたが、先生が、大好きなウルトラマンの曲を弾かせてくれたのが嬉しかったですね。特別、演奏が上手いといったことはなかったですが、発表会で演奏すると、ご褒美にゲームが買ってもらえるのでがんばってた。そんな感じでした。(笑)

Rock oN : なるほど。いわゆる「おけいこごと」としてですよね? そこから能動的に、自分から音楽を聞き始めたタイミングの記憶はありますか?

藤原聡 氏 : 小学3、4年頃に初めて衝撃を覚えたのがaikoさんの曲の”カブトムシ”だったんですけど、ワンコーラス聞いただけで耳から離れなくなってしまって「すごくいい曲だなぁ」と思ったのは覚えています。あとは、小学校4年の時に学校の活動で入った鼓笛隊ですね。そこでドラムに出会うんですよ。指導の先生がお勧めする音楽を聞いたりして、その時期から色々音楽を聞くようになりました。その先生が教えてくれた中にカシオペアがあって、神保彰さんのドラムに憧れたりしました。親には「なんでそんな昔の音楽を聞いてるがね?」と言われたのは覚えています。(笑)
中学1年になり、ヘビーメタルにはまったんですけど、バンドをやりたくてしょうがなくて、でも、自分のドラムキットを買ってもらえなかったので、カタログをずっと見てたんですよ。そこにすごい数の多点セットが載っていて、当時はツインペダルという概念が無かったので「なんだこれ!」と思ったのがSlipknotだったんです。それでSlipknotのCDをレンタルして、勿論どんな音楽かも知らない訳ですが、CDプレーヤーに入れて音を出した瞬間、すごくびっくり! この世の音楽とは思えない感じで怖くなっちゃって、2週間くらい聞けなかったんですよ。

Rock oN : あまりにもピュアですね!(笑)

藤原聡 氏 : そうなんですよ。クラシックピアノとフュージョンをたしなんでた子供にはパンチが強すぎましたね。(笑) これまでに聞いたことないドラムのサウンドが耳に残り、しばらくしてから、もう一回聞いてみようと決心し、改めて聞いてみたら「なんてかっこいいんだろう!」って思ったんです。その体験をきっかけにヘビーメタルにハマっていくんですが、世代的にX JAPANも当然聞きました。ピアノをやってたこともあるかもしれませんが、旋律的な美しさと激しさが調和してる感じがすごいなと思いました。ドラムとピアノの両方をやっているYOSHIKIさんに、個人的にシンパシーを感じたのかもしれませんね。

Rock oN : Official髭男dismの音楽性と真逆なようにも聞こえますが、ヘビーメタルを経た経験は今の活動に活きてる部分はありますか?

藤原聡氏 : (笑)どうでしょう? バンドにおけるピアノの立ち位置やアプローチについては、役に立ってるのかもしれませんね。去年リリースした”イエスタデイ”はピアノソロがあるんですが、そのプレーはX JAPANの”Silent Jealousy”のYOSHIKIさんを意識してるのは確かです。(笑)

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Rock oN : 藤原さんは鳥取県米子氏市のご出身ですよね。地方にお住まいだった訳ですが、高校生活での、特に音楽的な環境はいかがでしたか?

藤原聡氏 : 同年代で楽器をやってる人たちに出会う機会がなかなかなかったんです。地元にハブ的な存在の楽器店はあったんですが、僕はせいぜいスティックを買いに行くぐらいの感じでした。地元にライブハウスが1つだけあって、中学の時に初めてライブを見に行ったのがここでした。そこで、生まれて初めて、PAを経由したドラムの音を聞いたんですよ。バスドラが体に「ドンッ!」とくる感じは人生の中で革命的な経験でした。その体験は結構大きく「バンドを組みたい」と思うようになったんです。高校に入ると、そこで人生を変える出会いがあったんです。同級生なんですが、彼は中学の時からドラムで地元で名前を轟かせていて。別の中学校でしたが、同じく米子東高校に進学することになり仲良くなって、色んな音楽を教えてもらいました。そこから、今のOfficial髭男dismの音楽につながるような音楽を聞くようになったんです。

Rock oN : じゃあ、その人との出会いがなかった、今の活動はなかったかもしれない? かなり重要人物ですね?

藤原聡氏 : 確実にそうです。横田誓哉君と言って、マーチングとニューオーリンズスタイルをミックスしたBLACK BOTTOM BRASS BANDというバンドのスネアドラムを担当しているんですが、本当に物凄いドラマーです。彼のドラムをバックにして、もっと色んなアーティストが前に出てくるべきだと、密かに思っているんですよ。これから日本のドラマーの中で、もっと大きな存在になってくるだろうと思っています。高校1年の時、横田君も同じ吹奏楽部にも入っていて、彼と一緒に練習してました。その頃は本当にドラムに没頭していました。

Rock oN : 藤原さんは現在、鍵盤をメインにしたソングライターとしてのイメージが大きいですが、最初はドラマーとしてスタートしたのは少し意外ですね。現在のソングライターとしての才能が出てきたのはどのタイミングだったんでしょうか?

藤原聡氏 : 高校2年に入ってからオリジナルバンドをやりだすんですが、その時、自分の頭の中でメロディーが流れていることに気づいて1曲作りました、でも歌詞が全く書けなかったんです。すごく恥ずかしい歌詞だったんですが、、、

Rock oN : ん、どんな歌詞だったんですか?

藤原聡氏 : 当時は自分の思いを言葉にする、なんてことは気恥ずかしさが大きくて、、

Rock oN : で、どんな歌詞だったんですか?

藤原聡氏 : 「いかにもメタル好きなんだねー」みたいな感じというか、「黒い天使が、、、」みたいな、そういうことを歌ってた気がします。(笑)

Rock oN : なるほど(笑)。ラブソングではなかったんですね?

藤原聡氏 : 当時はラブソングなんか書けたもんじゃないですよ。今、絶対に恐ろしくて見返せないです(笑)。それ以降、メロディに関しては頭の中に浮かび始めるようになったんです。それで、横田君が地元のオジさん達とバンドをやっていたんですが、ひょんなことから頼まれたのがジェフ・ベックのカバーバンドだったんですよ。そこで地元のアマチュアバンドをやってる人たちと知り合うようになり、「僕、ピアノも弾けます。」という話をして、そこで弾いたら「上手だね!」と言ってもらって、それがきっかけでキーボードでもバンドに参加させてもらうようになりました。それ以降、コードなどの知識が身についていった感じです。その頃から「自分で歌ってみたい」という気持ちが出だしてきました。でも、今、その頃の音源を聞くと、まさかその後、音楽で飯を食っていけるようになるとは思えないほどのレベルで、下手にも程があるという悲惨な歌でしたけど(笑)。

現在はソングライターとして、そしてボーカル、ピアノのイメージが強い藤原さんですが、ドラムに熱中する少年だったことは少し意外でした。
人生を方向づけた横田さんとの出会い。音楽的に豊かな土壌とは言えない地元の環境で、そんな人と出会えたのはとても幸運ですよね? では、Official髭男dism結成のお話に移りましょう。

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Rock oN : では、いよいよOfficial髭男dismの結成に繋がる話をお伺いできればと思います!

藤原聡氏 : ドラムの松浦匡希は1歳年下で、ギターの小笹大輔は2歳年下なんですが、自分と同じ学校に通っていた訳ではなく、地元のライブハウスで出会ったんです。大輔とは1時間以上かかる離れた距離に住んでいたんですが、僕が島根大学に進学するタイミングで、大輔が島根で生活するようになり、ドラムの松浦も島根大学に進学することになり、そこで集まったんです。でもすぐに一緒にバンドをやったわけではなく、2年半以上はそれぞれ違うことをやってました。僕はドラム担当で組んだバンドをやっていて、カレッジロックフェスティバルでグランプリをとり、大阪や渋谷のTSUTAYA O-EASTなどでもライブをやっていました。ベースの楢﨑誠も別のバンドをやってました。

Rock oN : じゃあ、Official髭男dism結成を声がけしたのは誰ですか?

藤原聡氏 : それは僕です。大学3年の時にそれぞれに声を掛け、集まったんです。島根県に200人くらいのキャパのライブハウスがあるんですが、そこを「ワンマンでソールドアウトさせよう」という目標をたてたんです。地元のバンドでそれを成し遂げたことがなかったので。まず、僕が5曲作って、弾き語りをレコーダーで録ってデモを作ったんですが、ブラックミュージック寄りの曲と、ストレートなロックな曲、バラード曲と暗めな曲と、方向性をいくつか分けて作ってみました。その中でもブラックミュージック寄りの曲が一番バンドに馴染んだんですが、音楽性については「自分たちがやりたいと思うことをやる。」そこを一番大事にしていました。

Rock oN : それで、地元のライブハウスを埋めることはできたんですか?

藤原聡氏 : 残念ながら地元に住んでいた時には達成できなかったんですよ。インディーデビューし、上京した後に達成しました(笑)。

 

Rock oN : インディーデビューは2015 年ですよね? どういうきっかけだったんでしたか?

藤原聡氏 : バイトしてお金もできるようになり「じゃあレコーディングしてみよう!」となり、鳥取県にあるスタジオでProTools を使ってレコーディングしました。作ったCD をライブ会場で手売りしたり、ライブにたくさん来てもらうためにYouTube、SoundCloud、MySpace などに曲をアップしました。その音源を今の事務所のスタッフが聞いてくれて連絡をいただいたんです。その音源を、エンジニアの古賀健一さんに再度ミックスし直してもらいリリースしたのが、僕らのインディーデビュー作なんです。

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Rock oN : 聞くところによると、藤原さんはその時、既に銀行に内定していたとか?

藤原聡氏 : そうなんです。大学4年の時で既に就職が決まっていて、「いや、僕、働くんですが、、、」みたいな話を事務所の人としたのを覚えています。でも、「働きながらでも音楽活動はできるよ」とスタッフの人が言ってくれて、それでインディーデビューすることにしました。銀行には2年いたんですが、1年目は預金、窓口業務、営業といった銀行の三大業務をルーティンしながら覚えて、その次の1年は営業業務をやりました。その時、銀行でお世話になった人たちは今でも思い出深いですよ。会社を辞める時に「バンドをやるために上京します」と挨拶して回ったんですが、「紅白で見れるのを楽しみにしてるよ。」みたいな励ましをもらったり。

Rock oN : おー、実現したじゃないですか!!

藤原聡氏 : 紅白への思いが強かったのはそういうことがあったからなんです。今でも元職場の方がライブに来てくださりお話するんですがとても嬉しいですよね。その頃、「僕はどっちに進むんだろう?」という大きなクエスチョンマークがあったんですが、それでもやはり「音楽をやりたい」という気持ちが強いことに気付いたんです。今振り返れば、銀行で働いていた時に一番苦しかったことは、「もっと形にしたい音があるのにやる時間がない」ということでした。生活の中に「どこに音楽を持って来ればいいんだ?」と悩む日々で、急性胃腸炎になって倒れちゃったこともあったし。

Rock oN : その時の決断は間違ってなかった、ということですよね。では、インディーからメジャーに移られるわけですが、その経緯をお伺いしていいですか?

藤原聡氏 : 多くのメジャーレコード会社の方がライブを見に来ていただいてたんですが、その中でも担当の方の人間性だったり、描いているプラン、そして熱意をすごく感じ、「この人だったら一緒にやってみたい」という想いで今の会社(ポニーキャニオン)に決めたんです。ラジオで僕らの曲を耳にしていただいたことがきっかけだった、とのことなんですが、楽曲優先で判断していただいたことも「信頼できる」と思いました。レコード会社というより、そのチームで音楽をやれていることが一番大事なことですね。去年から現在にかけ、ぶれることなく活動を重ねてこれたのは今のチームのみなさんのおかげなんですよ。

Rock oN : なるほど。そういった環境に恵まれないアーティストもいるでしょうから、重要なことですね。ところで、メジャーの世界でヒットを出すバンドとしての地位を築いてきていると思いますが、楽曲の制作環境は大きく変わりましたか?

藤原聡氏 : はい。大きなスタジオを使わせていただけるようになりましたし、今も色んなことを吸収中です。こんなこと言ったら恥ずかしいんですが、上京して初めて驚いたことは、ミュージシャンが自分のパソコンで作った音が最終音源に使われることは「ありなんだ!」と思ったんです(笑)。 どういうことかと言うと、ちょっとした効果音さえも、ちゃんとしたスタジオで一から作ってると思い込んでたんです。本当に知らないことばかりでした。スタジオをはじめとして、そこで色んな方の制作スタイルに触れ勉強してきましたが、特に最初のエンジニアの古賀健一さんの存在は大きいですね。平和島にあるサウンドクルースタジオでレコーディングを行った時、古賀さんが「実機の音を聞いたほうがいい」とアドバイスしてくれて、極力ソフトシンセじゃなくフェンダー・ローズがをはじめとする実機を使ったんです。後々、スタッフに聞くと予算的に大赤字だったらしいんですが(笑)。でも以降の制作にとって、とてもいい経験になっています。

銀行員から大きく舵を切りバンドマンとしてメジャーデビューへ。一見、華やかな転身ストーリーにも見えますが、その陰に存在した大きな苦悩と努力。その思いを支えたのは、音楽への大きな愛があったからでしょう。「もっと形にしたい音があるのに、生活の中にその時間がなかった」という発言に、音楽へ真摯に向かう藤原さんの姿勢が伺えます。
では大島Su-keiさんに登場していただき、新しいスタジオの話に移りましょう。

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大島su-kei

多くの著名トップクリエイターが使う音楽制作専用PCの設計、製造を担当。自身もクリエイターとして、TVアニメ 遊戯王☆ ZEALでは作曲・編曲・ミックスを担当し、初音ミク3 Dライブ「初音鑑夏祭」では全曲の編曲も担当。近年では奥華子の編曲を多く手掛け、武道館で例年行われる清水ミチコのライブ音源制作や、ポケモン最新作ソード・シールドではレコーディング・ミキシング・マスタリングを担当するなど、活動の幅を広げている。

OM FACTORY HP:https://omfactory.net/

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Rock oN : さて、今日の取材にはOM FACTORY 代表取締役の大島Su-kei さんにもご参加いただいています。というのも、最近、大島さんがOfficial髭男dismのプライベートスタジオを手掛けられた、とお聞きしたんですが。

大島Su-kei 氏 : はい、そうなんです。よろしくお願いします!

Rock oN : そもそも藤原さんと大島さんの出会いのキッカケは何だったんですか?

藤原聡氏 : 作曲家で音楽プロデューサーの蔦谷好位置さんを介してなんです。去年、「そろそろ、しっかりとしたプライベートスタジオで音楽を作りたい」みたいなことを蔦谷さんに相談したんですが、蔦谷さんが「じゃあ、いい人を紹介する」ということで大島さんを紹介してくださったんです。それで、大島さんが作られた渋谷のとあるスタジオを見学に行ったんです。

大島Su-kei 氏 : はい、そうでしたね。

藤原聡氏 : 施工前の写真も見せてもらったんですが、その変わりように本当にびっくりしたんですよ。

大島Su-kei 氏 : はい、全て私のDIY でしたから(笑)。

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藤原聡氏 :「マジですか!」と(笑)。

大島Su-kei氏 : 私の場合、スタジオ施工は趣味の範囲、、というか、お仕事としてはやってないんですよ。本当に知り合いの方だけに限定していたんです。ですので、今回の藤原さんのスタジオのケースは初めてのパターンですね。蔦谷さんとは、パソコン周りの構築のお手伝いを始め、10年以上のお付き合い頂いておりまして、本当に色々と大変お世話になっております。

Rock oN : なるほど。その辺りを色々お聞きして行きたいと思いますが、先日、Official髭男dismさんの新しいスタジオ見学させて頂きましたが、ユニークなのはやはり「入れ子構造」ですね。一般的なオフィスの筐体の中に、入れ子構造としてスタジオを構築されていますね。これはなかなかないですよね!?

大島Su-kei氏 : そうですね。施工にあたり、藤原さんにまず僕の考えをお話させていただいたんです。

Rock oN : それはどんなことでしたか?

大島Su-kei氏 : 「アーティストはキャリアを重ねるごとに、プライベートスタジオもステージアップしていくべき」というコンセプトなんです。

Rock oN : なるほど。キャリアが飛躍していくごとに、スタジオも、まるで車を乗り換えるようにステップアップしていく、みたいな感じですか?

大島Su-kei氏 : はい。それで藤原さんには、賃貸物件を対象にして、現状復帰可能な範囲でリスクを小さくした状態でのスタジオ作りを提案させていただきました。

藤原聡氏 : 以前の制作環境は6畳程度のスペースにパソコン類の他、ワーリッツァ・ピアノやフェンダー・ローズといった大きな楽器を押し込んでいたので、足の踏み場もないくらい大変な場所でした。でも楽器を変えると新しいアイデアが生まれると言うことに気づいていたので、実機の楽器を並べられるようなスタジオが、いつか欲しいと思ってたんです。その思いを大島さんに伝えました。

大島Su-kei氏 : はい、ですのでキーワードは「広さ」でした。「ブースは必要ですか?」ともお聞きしたんですが「ブースなしのコントロールルームのみ」にして「広さ」を最大限重視した作りにしました。86平米あるオフィスフロアの中に入れ子構造でスタジオを作ったので、約60平米以上の広さを確保しています。あと、「単純な四角形の構造は避けたい」というご要望でしたので、部屋毎に傾斜や角度を持たせた設計を意識しています。

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Rock oN :ということは、そのコンセプトに合致した賃貸物件を探すところから始まったんですね?

藤原聡氏 : はい。僕と事務所のスタッフで探し始め、良さそうな物件を見つけたら大島さんに写真を送って相談しました。最終的にこの物件に出会い、内見の時には大島さんにも来ていただいてチェックしてもらったんです。

大島Su-kei氏 : 床や天井の構造などを確認して「ここでいけるか?」という判断をするためにお伺いしました。もちろん防音や吸音の問題も重要です。内見時は完全にオフィスの状態だったんですが、その物件に合わせて設計の前提条件を練る必要がありますし。

Rock oN :ではあの物件を見てから、壁の中にもう一つ壁を作るという「入れ子構造」にしようと決められたわけですか?

大島Su-kei氏 :そうです。オフィスは一般的に床にカーペットが敷いてありますが、そのカーペットの上に制振シート/遮音シート/フローリングを重ねて敷きました。ですので、解体しても、元のオフィスの状態に復帰できる作りにしているんです。また、オフィスの場合は消防法をはじめとする決まりが厳格なので、そういったことも十分に対策してあります。

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Rock oN :スタジオが完成するまでどれくらいかかったんですか?

大島Su-kei氏 : 約3ヶ月なので平均的な期間だと思います。が、私は大阪に住んでますので、大阪と東京の往復の中での作業なので実質はその半分くらいの期間ですね。一人で現地に泊まって作業してました(笑)。 大変だったことは、隣に普通の会社が入っているので、どれくらいの厚さの壁で防音できるか、ということをある程度推測しながら設計しなければならなかったことです。壁全部に鉛シートを入れて対策したんですが、鉛シートは一巻きの重さが30Kgあるんですよ! めちゃくちゃ重たくで大変でした。部屋の面積が広いぶん、必要資材の量も多くなり、本当に資材の「重さ」は大変でした(笑)。

Rock oN : なかなかタフなことをされてますね! でも大島さんは音楽家として作品を作る人でもある訳で、音楽家の思いも理解されてるわけじゃないですか? そういう人がスタジオを作ってくれるのは嬉しいことだと思いますね。

大島Su-kei氏 : ありがとうございます。僕の長所を挙げるとすれば、施工業者さんと音楽家双方の気持ちがわかっているということかもしれません。機材やケーブルのセットアップのことまで考えてスタジオの在り方を描きます。こうなったらDIYが日本一上手い音楽クリエーターになりたいですね(笑) 。今回のお話をいただいていた時に、ちょうど”Pretender”を聞いてたので、「Official髭男dismのスタジオならこうしたい」といった漠然としたイメージが湧いたんです。加えて、ライブも見に行き、スタジオを作る前にバンドの空気感を感じれたのは良かったですね。「どういう楽曲を、どういう思いでやっているか」ということを感じることができたので、その感覚をスタジオ施工に組み入れました。

Rock oN : なかなか凄い話ですね。そんな人は他にいないでしょうね、、、

大島Su-kei氏 :あと、スタジオの見た目も大切です。。内装のカラーリングをはじめとして、スタジオに入った時の感動を感じられるように工夫しました。

藤原聡氏 : そうなんです。スタジオに入ると、一気にクリエイティブの熱量が上がるのがたまりません。機材のセットアップも、ラップトップを繋げたら即座に各楽器がスタンバイされているようにセットアップされているので、制作意欲の熱量を逃すことなく、制作をスタートできるんですよ。

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大島Su-kei氏 :「全部の楽器が常に繋がっている」こともコンセプトの1つなんです。

Rock oN : 導入機材一つ一つも大島さんが選んでいる、ということですよね?

藤原聡氏 : そうです。MIDIとオーディオの回線については、いちいち繋ぎ変えることなく最短ルートで結ばれ、思い立った時にすぐにレコーディングできる環境にしたい、ということを大島さんに要望として話しました。

大島Su-kei氏 : 最大のポイントはMIDIもオーディオも、全てが常に繋がっている状態にあることです。オーディオインターフェースはUniversal Audio Apollo X8p、Apollo 8 Quad、Apollo Twinの3台をデイジーチェインで繋げて、MIDIインターフェースはMIO XLを導入し、1ポート1シンセという使い方をして全部の楽器を繋げています。パッチベイやミキサーは使っていません。あと、マイクのTELEFUNKEN ELA M251やギターシミュレーターのPositive Grid Bias Rackも常時スタンバイの状態にあります。

藤原聡氏 : Minimoog VoyagerをMIDIで鳴らしオーディオレコーディングする、というスタイルを楽曲 “I LOVE…”からやり始めたんですが、全てが常時スタンバイ状態であるこのスタジオであれば、そういったアイデアもすぐに試すことができるんです。シンセのフィルターのコントロールは、もちろんDAW上でオートメーションを書けばコントロールできますが、シンセのつまみを自分の手の感覚でコントロールしていく。それが結構大事なプロセスだったんです。オートメーションだと、荒い感じが失われてしまうように感じるんですよ。

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Rock oN : なるほど。いちいちケーブルをつなぎ変えて手間が増え、それがアイデアの熱量を損なってしまうこともあるかもしれませんよね。ところで、Official髭男dismの楽曲には、アナログシンセが結構活躍してるんですね。

藤原聡氏 : はい。Minimoog Voyagerを手に入れ、音抜けの良さと温かみにびっくりして、それ以降、アナログシンセにはまり、ROLAND JUPITER-8、Sequential Circuits Prophet-5も購入しました。楽曲の中で主体となる音はアナログシンセを使うことが多く、バッキングのパッドなどにはソフトシンセを使い、サウンドにコントラストをつけている感じですね。

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Rock oN : 本当にスタジオはこだわった作りですが、これからのスタジオのありかたかを示す一例かもしれませんね。モニタースピーカーのチョイスはどうされたんですか?

大島Su-kei氏 : ポイントは「この部屋の形状を活かす」ということでした。藤原さんに相談したところ、「Focalを検討している」ということでしたので、デモ機をお借りしてスタジオで聞き比べを行なったんですよ。

藤原聡氏: Focalの3機種を並べた姿は壮観でした! お世話になっているエンジニアの小森雅仁さんがFocalユーザーなので、スタジオに来ていただきました。小森さんからは、Focal Torio6 BEを以前から勧めたられてたんですよ。実際に聞いてみて「こんなクリアに聞こえるんだ!」と驚きました。いい音を聞くと制作意欲のテンションが上がりますよね! 触発されて新しいフレーズやコード進行などのアイデアも生まれてくるんです。このスタジオは、0から1を生み出すための空間なので、しっかりとしたパワーとクリアさ、そしてテンションを上げてくれる音。それはすごく大事な要素だと思います。その中で、最終的にTrio11 Beをチョイスすることにしました。

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Rock oN : その理由は何だったんでしょうか?

藤原聡氏 : 単純に一番テンションが上がったのがTrio11 Beだったんですよ。と同時に、スタジオが Trio11 Beを鳴らせるくらいの許容力を備えたハコである、ということが確認できてよかったです。それと、小森さんも最終的に背中を押してくれたし、、(笑)

Rock oN : ところで、音楽の制作環境には、AIをはじめとしていろんな技術革新がもたらされていますよね? 藤原さんは、こういうことに対してどういうことを思っていますか?

藤原聡氏 : はい、多様化した時代だからこそ、逆にリスナー側のことを思うんです。Official髭男dismの曲を耳にして「いい曲だな」と思ったくださった人たちの手に届く位置に、僕らの楽曲を常に置いてもらう努力をしなければいけないな、と思うんです。配信やサブスクリプションの時代ですが、世の中にはCDじゃないと音楽を聞けない環境の人もいるしSNSもしていないかもしれない。そういう人たちが「この曲いいな」と思ってくれた時に、手を伸ばしたら僕らの音楽が手に入る場所においておきたいんです。そこをクリアーして、さらに欲を言えばですが、ワイドレンジで聞けるイヤホンなりスポーカーで音楽を聞いてもらえると、もっと音楽を聞くこと自体が楽しくなるんじゃないかなと思います。これはささやかな僕からの提案ですが、、、この取材の最初のほうで話しましたが、僕がライブハウスで初めてキックドラムの「ドスッ!」という迫力ある音を聞いた時の衝撃や感動はずっと後にまで残るんですよね。

Rock oN : では、最後の質問ですが、藤原さんにとって音楽とはなんでしょうか?

藤原聡氏 : 完全に「生きがい」です。音楽なしでは本当に人生がつまらないです。音楽はそういう存在ですね。

「配信サービスを利用していない人や、SNSをやっていない人の手の届く場所にも、常に楽曲を置く努力をしたい」という藤原さんの言葉。この言葉から見えてくる、大切なことがあるような気がしませんか? 国民レベルのアーティストになったOfficial髭男dismならではの立ち位置から見えている風景なのかもしれません。
それにしても、ユニークなスタジオでした。あくまでもバンドの音楽自体に寄り添うOM FACTORYの大島Su-keiさんの独特な設計/施工思想。ビッグスタジオからパーソナルなプライベートスタジオへ時代が急速に移行している中、こういった事例がもっと増えてきて欲しいですね!

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Official髭男dism プロフィール

2012年結成、愛称は「ヒゲダン」。このバンド名には髭の似合う歳になっても、誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けて行きたいという意思が込められている。2015年4月1stミニアルバム「ラブとピースは君の中」をリリースし、デビュー。2018年4月Major 1st Single「ノーダウト」でメジャーデビューを果たした。ブラックミュージックをはじめ、様々なジャンルをルーツとした音楽で全世代から支持を集め続けている。

Official HP:https://higedan.com/

記事内に掲載されている価格は 2020年12月21日 時点での価格となります。

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