音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。第10回目は、マニピュレーター、作曲、アレンジ等々とマルチに活躍する鈴木啓さんです。ご自宅スタジオにDigidesign D-Controlをお持ちということから、つのる好奇心を持ってお邪魔しました。

2008年3月14日取材

ガリ勉少年、レゴ少年。 〜 遅い音楽への目覚め

Rock oN:音楽へ目覚めたきっかけをお伺いできますか?

鈴木啓氏(以下 鈴木):僕はわりと遅かったんですよ。高校生になったくらいの頃なんです。それまでは勉強ばかりしてる“優等生君”みたいな感じでした。「東大出てお医者さんになろう!」というような勉強しか興味がない子供だったんですが、高校受験の少し前に体を壊してしまって2ヶ月くらい入院し、受験に力を注ぐことができなくなったんです。病院で時間ができたので生まれて初めてCDをちゃんと聞いたんです。

その時聞いてすごいなと思ったのが小室哲哉さんの音楽で、コンピューターで作った音楽だったんです。それまで漠然と思ってた音楽は、生楽器で演奏してるようなものだったのですが、シンセサイザー1台でも作れるんだということが面白かったんです。「楽器が弾けなくても音楽が出来るかも。」というのが、かすかな望みで、それをきっかけとして音楽を始めてみようと思ったんです。「とにかく買えば音楽が作れるんだ」と思い、高校に入った時点でシンセを1台買いました。

Rock oN:シンセは何を買ったんですか?

鈴木:Roland XP-50です。雑誌で調べて1人で秋葉原の楽器屋さんに買いに行きました。

Rock oN:EOSじゃなかったんですね(笑)?

鈴木:そうですね。高校に入った時、たまたま先輩にキーボードをやっている人がいて、「XP-50のほうがいいよ。」と教えてくれたんです。店員さんに「XP-50と80、どっちがいいですか?」と聞かれても、鍵盤数のことさえ分からなかったから、「安い方がいいんじゃないですかねー。」とか言って、XP-50を買って、高校3年間使い倒しました。95、6年の頃ですね。その後、高校2年の途中くらいで、MOTUのパフォーマーを買いました。マックは、たまたま父親がLC630を使ってたんです。「仕事で使わなくなったから使う?」と聞かれて、「マックって音楽のソフトがあるんだよなー。」くらいのことは知ってたので。

Rock oN:自作の作曲はやってたんですか?楽器が弾けなかったので、和音も知らないし、譜面も読めないわけですよね?

鈴木:最初の頃は、自分が好きな曲を弾いてました。もちろん最初は弾けないんですけけどねー。まずはメロディラインを指1本で弾いてみたり、という感じでした。

Rock oN:今はステージでも演奏されてますよね?遅いスタートですが、短期間で駆け上がった感じですね。

鈴木:でも今でもキーボーディストとは言い切れないかな。。。(笑)全くの独学なので、たまにピアニストの人などに横から見られたりすると、「なんだ、その手つきは!」みたいな感じでツッコまれます。作曲に関しても打ち込みに関しても、人から教わったことは、ほとんどないんです。

僕は打ち込みの音楽に興味があったのでバンドにはあまり興味なかったんですが、まわりにかり出されてバンドをやってました。そのバンドで、高校3年の時に高校生限定のコンテストに曲を作ってデモテープを送ってみたら、何度かの審査を通過して、決戦大会の横浜スタジアムまで出場できたんです。その時はバンドの演奏に打ち込みを組み合わせたいと思っていたんですけど、演奏は野外なので、おばあちゃんに頼み込んで中古のAPPLE PowerBook2400を買ってもらい、パフォーマーで打ち込みして、それに合わせてバンドが演奏するということをやりました。

Rock oN:今では当たり前のスタイルですけど、その時にもう、ドラマーにクリックを聞かせて打ち込みと同期をさせていたんですか?

鈴木:そうですね。打ち込みだけで完結してる人たちはいましたが、当時、高校生でバンドと打ち込みを組み合わせて生で演奏することをやっている人たちはいなかったですね。僕はキーボードや音源をMIDIで4、5台鳴らしてたんですけど、そういった興味が今のマニピュレーターの仕事に繋がってるのかもしれません。

小さい頃から好きになると、のめり込んじゃう性格だったんですが、例えば子供の頃はレゴが大好きで、初めは説明書通りに組み立てるんですが、一度組み立てると、すぐにばらばらにして、全く別のものを組み立てるのが好きだったんです。

Rock oN:今のお仕事に影響してますか?

鈴木:そうですね。例えば、アレンジや作曲って、僕はいろいろなアイデアやイメージを一つのピースとしてパズルのように組み合わせることのように捉えてるんです。新しい機材を一つ買うことも、そのピースを増やしている感じなんです。僕が音楽を始めた頃は丁度、シーケンサーもパソコン主体になってきていて、数年後には扱えるデータもMIDIからオーディオへと移りつつある時期で、今でいうDAWまわりの機材が充実し始めたタイミングだったんですね。パソコンやパフォーマーやシンセは、僕にとっては、まるでレゴがいっぱい入ってるおもちゃ箱のようでしたね。

まだ20代後半というご年齢で、最初のシーケンサーがデジパフォというお話を聞き「ついこないだじゃん!」と思った筆者。People of Sound出場者最年少。ジェネレーションの違いにより、機材の話が違ってくるのが新鮮です。

偶然の出会いが繋がって行くキャリアスタート

Rock oN:では、この業界に入る経緯をお聞かせ下さい。

鈴木:はじめは、いわゆる街のリハスタでバイトをしていたら、縁があって、レコーディングスタジオでのアシスタントエンジニアの話を頂いたんです。少しでも音楽業界に足を踏み入れておきたいと思い、その仕事に飛びつきました。と言っても、実際にレコーディングの仕事についたのは2、3回だけで、普段はそのレコーディングスタジオの受付や片付けのバイトだったんです。そしたら、たまたまハウスエンジニアさんが他のレコーディングでいなくなっちゃってて、誰もやる人がいなかった時に、誤ってスタジオの予約が入ってしまったんです。するとオーナーが無理矢理に「お前はもう出来るよな。」とか言ってきたんです。「いやー、まだ来て2、3ヶ月だし、レコーディングに立ち会ったのも2、3回で何も学んでないですよ。」と言ったんですが、「でも、誰もいないからやってみて。」とゴリ押しに頼まれたんです。その時、レコーダ-はDA-78をカスケードして使っていて、AMEKのコンソールだったんですが。。。

Rock oN:えっ、それまでミキサーは?

鈴木:一切、触れたことなかったです。見た事あるのはデジパフォのミキサー画面だけ(笑)。コンプレッサーの使い方もゲートの意味も分からなかったんです。

Rock oN:マイクを使った録音は初めてだったんですか?

鈴木:ええ、もちろんです。ただ、ドラムのマイキングについては、2、3回のレコーディングで見ていたので、見よう見まねでマイクをセッティングしてました。一番困ったのがパッチ。何がどこに立ち上がっているのか分からないし、書いてある言葉も意味不明。 EQくらいは分かりましたが、1176が何のことかも分からなかったんです(笑)。でも、記憶を頼りに手探りで「ここはこうかな。」みたいにやったら、奇跡的になんとかなっちゃった。。。

Rock oN:上手くいった。。。?

鈴木:TDまでやってしまいました(笑)。

Rock oN:あれれ、可哀想なバンド。。。

鈴木:そうですよね(笑)。今思うとホントに申し訳ないです(笑)。そのバンドはちなみに、某有名バンドのギタリストの方がプロデュースをされていたんですが、正直に「僕はレコーディングエンジニアじゃないし、レコーディングも実は初めてなんです。」と話してみたんです。すると、「本当は何やりたいの?」と聞かれたので、「本当は曲書いたり、アレンジ・プログラミングに興味があるんです。」と答えたら、「それだったら今、マニピュレーターを探してるから、マニピュレーターとして一緒に仕事してみる?」と話が変わって来まして。で、速攻そこのスタジオを抜けました。オーナーは勿論、ものすごく怒ってましたけど(苦笑い)。

その後、いくつかインディーズ音源などのお仕事をさせて頂いたんですが、ある時、既に解散していたそのバンドの再結成のレコーディングにマニピュレータとして呼ばれて、本当にたまたまなんですが、そのCDの中の曲のリミックスを頼まれたんです。それがちゃんとしたメジャーの初めての仕事で22歳の頃でした。これも人との出会いの妙でもありますね。その時は「素材を渡すから完パケで持って来てくれ。」と言われて、リミックスなんてやったことなかったんですが、デジタルパフォーマーを使って好きにやりました。それが意外に好評だったんです。

「知らない」強さで乗り切った? 〜マニピュレーター初仕事

Rock oN:Pro Toolsは?

鈴木:23歳の時に24 Mixを一大決心してローンを組んで購入しました。無理してでもプロの人と同じ目線でやりたいというマインドがあって、そうした方が仕事に繋がるんじゃないかなと思ってました。「いい物だから高いんだ。」と思ってますが、自分は環境を揃えてから始めるタイプなんです(笑)。

Rock oN:24 Mix出資のもとは採れました?

鈴木:採れましたよ!HDにアップグレードしたのが2、3年前なので、割と長い間、24 Mixを使ってました。当時はまだLEラインがそれほど充実してなかったので24 Mixに行くしか選択肢がなかったんですが、今振り返れば正解でした。丁度Pro Toolsが広がり始めてた時期だったので、同じファイルでやり取りできたりと、現場の仕事を受けやすかったですね。

24 Mixを買ったことが仕事上の分岐点の1つだとは思いますが、マニピュレーターとして仕事を受けたことも今に繋がる1つの分岐点です。元レベッカの土橋安騎夫さんの仕事にマニピュレーターとして呼ばれたんですが、その現場にTMネットワークの宇都宮隆さんや野村義男さんがいらっしゃって、U WAVEという新しいバンドを組まれていたんです。そのレコーディングをお手伝いしていたんですが、ツアーをやるという話になって「データが必要だよね。」となり、「レコーディングでやってたんだから、曲も知ってるしToolsも使えるからツアーもやる?」と誘われ、それが初めてのマニピュレーターの仕事でした。

Pro Tools一式をライブ会場のZEPPに持ち込んだのですが、今考えるとビックリする話ですが、バックアップにRoland VS-1680を使ってました!あのクラスのツアーではあり得ないことですが。。。本当に知識がなかったんですよ。どういうものか知らないくせに飛び込んじゃう。でも、現場ではもう悲惨でした!2週間のリハーサルで体重10キロくらい痩せましたから。ツアースタッフの方々は、TMネットワーク~globeの流れの日本でも屈指のレベルの人ばかり。その中に24歳のライブマニピュレータ初体験の男がポツンと入って来たわけなんです。

全員:笑

鈴木:はじめ、まわりのみんなは「コイツ大丈夫か?」といった疑いの目で僕を見てるんです(笑)。確かにライブならではのノウハウに関しては全く知識がなかったし、Pro Toolsからパラアウトさえやったことがなかったんです。リハーサルで1曲ずつならなんとか対応出来てたんですが、「明日から全曲通すから。」と言われてそこで大波乱!それまで、1曲ごとに1セッションでファイルを開いていたので、「すいません、データーをロードします」と言ってちょっとずつ時間をもらってたんです。

普通、本番はPro ToolsからMackie HDR24/96等のハードディスクレコーダーにデーターを移行したりもするんですが、そんなことも知らなかったので、なんとかしてPro Toolsでやらなければいけない。その時は勉強不足でセッションインポートさえも知らなかったんです。そこで何をやったかというと、プラグインがかかった状態で、全曲、全トラックごとパラでバウンスして、それを1つのセッションファイル上で並べていったんです。

全員:笑

Rock oN:すごく時間がかかったでしょう?

鈴木:次の日、しっかり遅刻しました!前日、リハが終わってからダッシュで家に帰って、ひたすらバウンスやってたんですけど、どうにも間に合いませんでした(笑)。性格的にあまり人に聞かずに、一人でやろうとするんですよねー。それで、当然ですが、通しのリハでは変更がまた、ばんばん入ってくるんですよ。僕はオートメーション書きすぎて、もうわけわかんなくなってて。「ふざけんなよー!」とか思いながらやってました。

Rock oN:例えば、エンディングの繰り返しの回数とか、構成の変更に対応できなかったんじゃないですか?

鈴木:それは、途中で気付いて細かくテンポチェンジを設定して、小節で管理するようにしたんですよ。一番困ったのが、「ソロの4つ前から出して」とか言われる時。マーカーは曲あたまなどの主立った箇所にしか入れてなかったですから。

そんなこんなで、割と現場で鍛えあげられてきた感じですね。

マルチに手がけるニュータイプ? 〜 Pro Toolsありきの制作スタイル

Rock oN:Pro Toolsを使って、アレンジ、リミックス、レコーディング、コンサートのマニピュレートをやってますが、ご自分の中で区別はありますか?

鈴木:全くないですね、ツールは同じだし。そこはPro Toolsありきだからでしょうね。

Rock oN:ここはご自宅なんですが、ドーンとD-CONTROLが置いてある事自体がセンセーショナルなんですが、こうやってお話を伺うと、この景色も違和感ないですね。

鈴木:自分のビジョンとして、色んなことをやりたいんですよ。作曲もやりたいし、アレンジも、エンジニアも、ライブもやりたい。その活動のベースとなる中枢ツールとして、Pro Tools HD / D-CONTROLがあるんです。今はもうMIDIの打ち込みもPro Tools上ですべてやってしまっているし、音源やサンプラーも90パーセント以上ソフトシンセです。作業の中ではD-CONTROLがあるおかげで、それらを楽器のように扱えていますし、それにまずここに座るだけで、作業のテンションが違います(笑)。

感覚でスタートする僕としては、そういう点からもいいですね。もちろんTDでも大活躍してますよ。D-CONTROLを導入してから明らかに音の構築の仕方が変わりました。一番大きいのは、目で見てEQやコンプをいじらなくなったことですかね。元々は画面見ながら、マウスでちょこちょこ作業するのが好きだったんですが、D-CONTROLを導入してからはしっかり耳で聞きながら、感覚的につまみをグリグリ動かして音作りする様になりました。

Rock oN:これからのご予定は?

鈴木:自分の活動の核となり、かつプロのレコーディングやサラウンドにも対応できる商業用のレコーディング・スタジオを作ろうと思っています。単純にアーティストが来て録るだけのスタジオじゃなくて、曲が産まれるゼロ地点から、最終的にCDやライブでお客さんに直接伝わる部分までをカバーする機能を持ったスタジオが、今後さらに求められてくると思うんです。今もこのスタジオでは電源を200vから引いたり、電源ケーブルやシールド等も種類や引き回しを、いろいろ思考錯誤し使ってはいるのですが、やっぱり一般住宅だと限界があるし、どうせなら電気工事・スタジオの施行から音にこだわり抜いて作ってみたいという気持ちが最近強くなってきているんです。その先行投資としてまずD-CONTROLを買ったんですよ。これから先、マルチでいろんなことが出来る人が沢山出てくるでしょうし、そういう人たちとチームというか集団になって、そのスタジオを核として活動出来たりするといいですね。

Rock oN:最後に質問ですが、鈴木さんにとって“音楽”とはなんですか?

鈴木:ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、おもちゃ箱なのかなぁ。言ってみればPro Toolsも、音楽を作れるおもちゃのようにも思えるし。音楽を作って行く作業って、僕にとっては、あたかもレゴを組み立てるかのように、たくさんのピースを選んで新しいものを作る作業のように感じられて、毎回とても楽しいんです。

DAW1つで作曲、アレンジ、レコーディング、トラックダウン、マスタリングまで出来きてしまう現在。同じく、1人でマルチに色んなことをこなす人物。鈴木氏のような新しい世代の才能はこれからますます増えていくでしょう。これからのスタジオや音楽制作、レコーディング機材のありかたを予見させる取材でした。「アレンジャーなのでここまで」、「レコーディング・エンジニアなのでここまで」という考えがまだ現場に普通にありますが、鈴木氏のように、その枠にとらわれず「ツールは同じPro Toolsなのでやってしまおう。なぜならそれが楽しいから。」といった考えは、音楽を作る楽しさに、素直に従ったスタイルとも言えますよね。

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