音をクリエートし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。第3回目は、待望のマスタリング・エンジニアさんです。お伺いしいたのは、ご存知の方も多いかと思いますオーディオシティーの北村秀治さん。

私の勝手なイメージですが、マスタリング・エンジニアはレコーディング・エンジニアやミキサーと違い、極端に言うなら「哲学者」。常人には聞き取れない音を聞き取り、常人にはゆかりのない理論で一瞬の判断を下す。これまでにお会いしたマスタリング・エンジニアは(ちょっと変わった?)面白い方が多かったので、かなーり期待して取材に臨みました。

2006年11月21日取材

ドアをノックして入った玄関。まず私達は、入ってすぐの廊下に設置された沢山のSONY CDW-900に驚く。マスタリング・スタジオならではの機材かもしれないが、こんなに綺麗な状態で沢山置いてあるのは貴重。

「今年12月でメーカーのサポートが終了になるんだけど、この11台はすべて最良の状態でメンテナンスしてあるんです。」とのこと。

その下にはメインシステムの 24MIXにMixFarm 7枚とDSPFarm 3枚を搭載したシャーシが繋がれているG4(OS9)、 24MIX+カード1枚+Audiomediaを搭載したG4(OS9)、ラック上には、HD3 Accel用のG5が置かれている。

スタジオに入り、まず私達の目を惹いたのは、オーディオ・シティオリジナルのサイドに通風口の付いたラックにぎっしりマウントされたI/O、レコーダー、測定系機材類。特筆なのはAPOGEEプロダクトの充実だ。これだけAPOGEE製品が揃った環境は国内にないのでは?興味深くも圧倒され眺める我々取材陣に対し、「変な環境でしょう?」と北村氏。その構成を説明して頂いた。

2セットのPro Tools|24Mixシステムと、1セットのPro Tools|HDシステムを、3台のディスプレイデスが置かれたデスク上で使い分ける北村氏。その中でメインシステムは、OS9動作の24Mixシステム。 最終的なCDライティングを行うのにMasterList CDを使用している事も理由の1つですが、APOGEE製のI/O類は、北村氏のこだわりが生み出したカスタマイズ仕様になっており、その性能を最大限に生かすためと言うのが一番の理由。

Rosetta800とTrak2はデジタルI/Oのみ使用され、アナログI/Oに関しては、APOGEE AD-8000は内部電源やパーツの集積率の関係で大幅なカスタマイズはされていませんが、メインADコンバーターとして使用されているAD-1000は、フルディスクリート仕様に改造されており、オペアンプによる増幅が一切されていません!これらの信号を、これまたディスクリートに改造されたDA-2000で入力切換えを行い、常に最終CDマスターを想定した44.1kHzでモニタリングが行われています。

3セット用意されたPro Toolsシステムとの接続には、それぞれAMBUS-MIX、AMBUS-HD、X-Digi-MIX、X-Digi-HDの各オプションカードが複数インストールされており、例えばHDから見ると3台目のI/OとなるTrack2が、Mixシステムだと2台目のI/Oになると言った具合にシステム構築されています。

これにより、HDシステムに取り込まれた96kHz素材をDA/ADしながらMixシステムに44.1kHzで取り込み、編集を行ったり、AES/EBUでHDシステムとMixシステムの両方でモニタリングをしたり等、自由自在なルーティングが可能になっています。

これら機材のデジタルIN/OUTはデジタルパッチで接続され、アナログ系はオーディオ・シティのオリジナルケーブルを使って最短距離で結線され、パッチベイは一切使用なし。ほんとに細部までこだわったワイヤリング環境です。

スタジオの電源関連についても説明頂いた。スタジオが入居するマンションには、スタジオの裏手にキュービクルが設置されており、エアコンとは別にスタジオ用の回線を専用に48回路とっている。

専用トランスが用いられ、中立点では電位差がないことが示す通り、左右対象になったバランスを考えた設計がされている。もちろん北村氏自らによる設計。「電気工事を行った業者が回路図を見て、頭を抱えてましたが(笑)、設計通りにやってくれて電源に起因するノイズは全くのゼロです。」

また、ノイズの混入に関しては、デジタル回線に関しても独自の考え方をお持ちだ。

通常、デジタルの光伝送を嫌がる傾向があるエンジニアが多いと思われるが、北村氏は「光はジッター成分の点で不利なんだけど、フローティングされるので電源ノイズ等の影響を受けにくい」と考え、ハイエンド・オーディオの世界でよく使用されている、ソニック・フロンティアのウルトラジッターバグと言う、ジッター・キャンセラーを用いてこの問題を回避している。

最近持ち込まれるマスター媒体はファイルが多いということだが、どんな素材も受け入れるように準備され、DA-RA1000や、SONY 1630、Studer、Ampexのアナログマスターも置いてある。TEAC F-1(オープンリール)はゴジラ、ラドンの作品や、最近では三木鶏郎氏の作品で、昭和20年代のマスターを扱われたとのこと。「カビ等で、再生するまでが大変でねぇ。」

製品の構成を回路的に把握した上で、最良の音を得るため、ほとんどんの製品に手を加え改造を施す北村氏。興味本位ながら経歴を聞いてみた。「子供の頃からテープレコーダーをいじるのが大好きで、TEACの1号機にアンプを付け足したり等、こつこつ手を加えたりしてたんですが、その音を聞いたTEACの技術者から、会社に来ないかと招かれ、27歳頃までTEACの技術として働いていたんです。

海外のエンジニアでも難しいんだけど、テープレコーダーを測定器なしで、±1dBの範囲でフラットに調整出来たんです。時間はかかるんだけど、自分の耳だけを使ってね。その根本になる考えは、Marshallの音が欲しいならMarshallの前でギターを弾いてMarshallが普通に鳴ればいい。

自分もHAMMONDを弾くけど、HAMMONDの音が欲しいなら、HAMMONDが普通に鳴ればいい、というシンプルなこと。それこそ小学生の頃からバンドやってきたし、自分にとってオーディオ機器の基準点は生の音。最近はみんな機械自体が好きなようだけど、機械に使われたくないよね。」と極めてシンプルで音楽的。TEAC退社後は、民生機で実現が難しい可能性を求め、現在のオーディオ・シティ経営に至るということです。

取材スタッフとの雑談も話題が尽きず、北村氏の音楽/レコーディングにまつわる面白い話が次から次へと続く。そして、意外にも話題はプラグインの"MAGNET"へ。そう、Cubaseユーザーにお馴染のテープ・シュミレーター・プラグインだ。「MAGNETはバイアスの調整機能もなくシンプルに操作できるんだけど、他のテープ・シュミレーター・プラグインの製品と違って優れている点は、ピークを一切通さないということ。

テープ的な歪み方を本当にシミュレーションしていると思う。故に、本物のアナログ・テープの特性を知っていないと、100%使いこなすには難しいプラグインなんです。」「最近のプラグインは多機能、ハイスペックで高価な方向に向かっているけど、シンプルで低価でいいから、基本性能にしっかりとした特色を持たせたプラグインを出して欲しい」とのこと。今でも使われるというAntares MDT(マルチバンドコンプのはしり的製品)の他、Tube、McDSP Analog Channel等についても、氏ならではの視点で製品レビューをお伺いできたが、技術的バックグラウンドをもちながらも、最終的判断はミュージシャン的な感覚を第一として使い倒してきた意見をお伺いでき、とても興味深い内容ばかり。

北村氏は、まさにクールヘッド&ウォームハートな人物。ハンダごてを握り、機材を開発・カスタマイズする理論的側面と、かなりの腕前でもあるHAMMONDをプレイするミュージシャンとしての側面。込み入った技術的な話をされる際にも、我々取材陣は堅さなど全く感じず楽しくお話を伺えることができたのは、結局は「いい音楽」を第一にするミュージシャンの側に立った発想に話が落ち着くからでした。まあ、でも初めてオーディオ・シティを訪れたなら驚きの連続でしょう!今回のレポートではお伝えできませんでしたが、他にも沢山の興味深い話が。たくさんのお土産を持ち帰った私達取材陣でした。

このコーナーでは、音を作り出す活動をされている方の出演を募集しています。ミュージシャン、サウンドエンジニア、作曲家、アレンジャー、はたまた音効さんや声優さんなどなど。音楽機材に興味を持っているかたなら、なおOKです。お気軽に、下アドレスまでご連絡下さい。また、ご感想、ご希望等もお待ちしております。連絡先アドレス : store-support@miroc.co.jp

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