
今回のワークショップでは、頻繁に使用されるEQについて、特にデジタル環境下で陥りがちな誤解を解き、音のエネルギーを維持しながら効果的にミックスを進める実践的な手法が、バンドレコーディングの生データを用いて解説されました。
2025年11月27日 Rock oN渋谷にて開催
講師:あの澤田
1. EQの役割分担とミキシングの基本手順
多くの人がEQを使いすぎることで、音がカリカリになり、エネルギーが失われている現状を指摘。過度なダイエットをしすぎた音に、無理やり音量やコンプでパワーを足すパターンが多いとのこと。
EQには主に2つの役割があることを明確に分けて考えることが推奨されます。
(1) 音作り(個々のトラックの音質の調整)
痩せた音を太くしたり、うるさい音を抑えたりする役割。
(2) 周波数の整理(他のトラックとの兼ね合い)
複数のトラックが重なった際の周波数的な衝突を解決する役割。
これらを1つのイコライザーで同時に行うと、位相が崩れてしまい、音単体で聞くと良くても、オケ全体になった瞬間に引っ込んでしまう現象が起こりやすいため、役割を分けた方が分かりやすいと解説されました。
ミキシング手順の第一歩:「何もしない」
EQを適用する前の手順として、最も大事なのは「何もしない」ことです。これは、パンとボリュームの調整だけで、多くの問題が解決するということを意味します。何もしないでレベル調整を行った後、それでも被る帯域や足りない要素がある場合に、EQで削ったり足したりする作業に進みます。作業の順序としては、残したい音を中心に考え、邪魔な周波数を削っていくというアプローチが効果的です。

2. 音のエネルギーを維持するEQテクニック
不必要な要素の積極的なカット
EQ作業の中でも特に重要なのが、いらない要素を削る作業です。
(1) ローカット(LPF)の徹底
ほとんどの楽器において、ローカットは必須ですが、違和感のないところまで切って、少し戻すという調整が推奨。特にギターは6弦の開放Eが約81Hz付近であるため、それ以下はパームミュートや不要な環境音の要素しかない場合が多く、カットします。このローのパワーが全チャンネルから集まると、マスターでクリップする原因となるため、徹底したカットが重要です。
(2) ハイカット(HPF)の重要性
シンバル音など、必要な倍音要素がない帯域は、積極的にハイカットを行います。ハイカットの重要性はあまり知られていませんが、大体11kHzから9kHzくらいまでの間は、音色があまり変わらない範囲でカットが可能であり、これを行うことで全体のパワーを集約できます。
共鳴点の特定と処理
環境やマイク録音の特性により、音源には不要な共鳴音やノイズが含まれます。これらを処理するには以下の手順を踏みます。
(1)特定
EQのQ(幅)を極端に細くし、ゲインをマックスにしてスウィープすることで、共鳴している帯域を探します。
(2)処理
共鳴点を見つけたら、その位置のままゲインをマイナスに持っていきます。
(3)調整
Qを広げ(パンと開いて)、半分くらいまで戻すことで、自然な処理が実現します。
過度に細いEQポイントを多用すること(無限ポイントでの処理など)は、音がカリカリになる邪道であると警告し、5バンドくらいで解決できないことはやらない方が良いという考えが示されました。
3. 時間軸を用いたEQとサイドチェーン・コンプ
周波数整理の応用として、ある音が鳴る瞬間に、別の音を避ける技術が解説されました。
サイドチェーン・コンプの活用
低音域において、キックとベースが同時に鳴るとマスターバスなどでレベルが飽和しやすくなります。
• サイドチェーン・コンプは、キックが鳴る信号をトリガーとして、ベースの音量を一瞬だけ下げる(へこます)ことができます。これにより、普段はキックと同じくらいの音量で鳴らしたいベースが、キックと衝突する瞬間だけ避けて通るようになり、低音のクリアさを保ちます。
• この技術はボーカルにも応用でき、ボーカルが発音する瞬間だけオケの特定の帯域(シュッという帯域)を下げ、歌がない瞬間は楽器体が前面に出るように調整できます。これは「時間で逃げるEQ」とも呼ばれます。
ダイナミックEQ/ディエッサー
必要な瞬間だけEQのように特定の帯域が動くダイナミックEQやディエッサーも有効です。例えば、5弦ベースの人が5弦に降りる瞬間に膨らむ帯域などを処理するのに使えます。
4. 推奨されるツールと実践的なミックスへの応用

チャンネルストリップの利用
EQでブーストを行うと、その帯域だけのレベルが上がり、クリップする危険性が高まります。
• SSLタイプのチャンネルストリップ(例:インプットとアウトプットのレベルがバラバラにあるもの)は、インとアウトのレベルを揃える微調整が容易なため使いやすいプラグインです。
• EQを行うプラグインに入る前に適切なレベルに調整し(インプットレベル)、EQやコンプで増減した音量をアウトプットで揃えることが、適正なミックスレベルの維持に不可欠です。
ドラムミックスの具体例
ドラムのミックスでは、特に生ドラムの場合、キック、スネア、トップマイク(オーバーヘッド)が重要です。
• トップマイクの処理:トップマイクにはキックやスネアの音も入ってしまいますが、距離が離れているため位相がずれて抜けが悪くなります。このため、トップマイクでは、不要な帯域(キックやスネアの膨らんだ部分)をえぐるくらいカットします。
• タムやスネアの太さの作り方:スネアやタムの「ドーン」という太さは、EQではなく、リバーブで作り出すことが推奨されました。大げさなホールリバーブをかけておき、それを他の音でマスキングして消していくことで、太さを維持しつつ、パンチのある音を作ることができます。
5. 推奨されるツールと実践的なミックスへの応用
「邪道」はカリカリになるような神経質なイコライザーで、すべてのトラックにEQやコンプを刺す必要はなく、場合によってはローカットだけでも良い場合もあるので、実際に耳で確認することが大切、と締めくくられました。

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記事内に掲載されている価格は 2025年12月1日 時点での価格となります。
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