大きな反響を集めたKIRINJIのワンマン・ライブ
『KIRINJI 25th ANNIVERSARY LIVE』
——— 去る5月25日に生配信されたKIRINJIのワンマン・ライブ『KIRINJI 25th ANNIVERSARY LIVE』は、従来の音楽もののライブ配信とはひと味違うシネマ・チックな映像で、ファンのみならず業界関係者の間でも大きな話題となりました。あの映像の質感は、アーティスト・サイドからのリクエストだったのでしょうか。
大野 アーティスト・サイドからの要望は、まったくありませんでした。ぼくに依頼してくれた時点で、そういう映像を求めているのかなと勝手に解釈して(笑)。ぼくは昨年くらいからKIRINJIの映像周りの仕事を手がけているのですが、(KIRINJIの)堀込高樹さんの書く歌詞ってすごく文学的だなと感じているんですよ。ポップなんだけれども、キラキラしているだけではないとても深みのある世界観の音楽だなと。そういうサウンドには、より落ち着いた質感というか、フィルム・ルックな映像が合っていると思ったんですよね。あとは自分の性格が天邪鬼というか、今風のクリアな映像とは真逆な感じにしたかったというのもあります(笑)。
ぼくはフィルムを知っている世代なので、あの当時のザラザラ感のある映像が好きなんです。だからノイズが載ってしまっても全然嫌じゃない。カメラの感度を上げてノイズが載ってしまったとしても、高感度で撮るってこういうことだよねと思えるというか。“写ルンです”を使っている今の若い人たちと違って、実際にフィルムで撮影していたときのイメージが自分の中にしっかりあるので、そういう映像をデジタルで表現できたらいいなと思っているんですよ。大げさかもしれませんが、この感覚って、AIには分からない領域かなとも思ったりしています。
——— 今回、撮影を森田良紀さんのチームに依頼されたのは?
大野 会場が『LINE CUBE SHIBUYA』ということで、これはもうスペシャリストの助けを借りないと無理だなと。これまで森田さんと面識があったわけではなく、SNSを通じて勝手に存じ上げているだけだったのですが、すごくレンジの広い画づくりをしている印象で、ずっと気になっていたんです。何かすごくこだわりがある人というか、採算度外視で自分が求める映像を突き詰めている人というか。いつか一緒に仕事をしてみたいと思っていたので、“いまだ!”と思い切ってコンタクトした感じですね。“こういう案件があるんですけど、手伝ってもらえませんか”とメッセージしたところ、ご快諾いただけたと。
森田 ぼくにとってはいつもの仕事という感じだったので、“いいですよ、やりましょう”と2つ返事で引き受けました。
——— 森田さんというと、レコーディング・エンジニアというイメージを持っている人も多いと思うのですが、最近は映像系の仕事も多いのですか?
森田 多いというか、最近はもう完全に映像の人になっています(笑)。レコーディングの仕事もちょこちょこやってますけど、この2〜3年は9割くらい映像ですね。と言っても、突然映像の仕事にシフトしたわけではなく、カメラはずっと好きで使っていたんですよ。自分のスタジオは1階がコントロール・ルーム、地下がブースというレイアウトで、演者さんとはカメラ越しにやり取りするスタイルなので……。本格的に映像をやり始めたのは、2010年くらいのUstreamブームがきっかけですね。“スタジオにはカメラがあるし、自分も配信ができてしまうんじゃないか?”と思って独学で始めて、だんだん音よりも映像の方がおもしろくなっていったと(笑)。こんなことを言ったらダメだと思いますけど、当時、音楽業界がちょうどつまらなくなっていったタイミングでもあったんですよね。バンドのレコーディングなんかは一発録りのヒリヒリした感じがたまらなかったのに、バラバラに録ってエディットするのが当たり前になっていって、仕事をしていても何だかおもしろくないなって。それに比べてライブ配信は、バンドの一発録りのような楽しさがあったんです。
——— 今回、大野さんから森田さんに、どのようなリクエストをされたのですか?
大野 どんな話をしましたかね……。24fpsで撮ってほしいとか、映像のルックを)ガチガチには締めたくないという話はしたような気がします。あとは最初にメッセージをしたときに、アメリカの『コーチェラ・フェスティバル』の話はしましたね。2019年くらいに『コーチェラ・フェスティバル』の配信をたまたま観たのですが、そのときの映像が16ミリのフィルムで撮られているような質感で、すごく良かったんですよ。あんな質感の映像で配信できたらいいなと。
Blackmagic Designのシネマ・カメラだと、見ている人が想像する余地のある映像が撮れる
——— 今回はBlackmagic Designのシネマ・カメラが活躍されたそうですね。
森田 企業ものの案件では他社のカメラを使うこともありますが、今回のようにアーティスティックな映像を撮りたいときは、自分の中ではほぼBlackmagic Design一択ですね。映像の仕事を始めた当初は、パナソニックのLUMIXシリーズを使っていたんですけど、そのときからカメラ側の設定は浅くしてLUTをあてたり、ずっとシネマ・ルックな質感でやっていたんです。だからBlackmagic DesignからBlackmagic Cinema Cameraが発売になったときは、すぐに飛び付きましたね。四角い弁当箱のようなカメラで、SSD直刺しで、いま思うとかなり使いづらかったんですけど(笑)、映像の質感はすごく好きだった。LUMIXで苦労していた質感が簡単に得られちゃうというか。それ以来、ずっとBlackmagic Designのシネマ・カメラを使い続けています。今は4Kを8台、6Kを6台と、たくさん所有していますね。
大野 ぼくは人物をよく撮るんですけど、Blackmagic Designのシネマ・カメラって、人の肌に違いが出るんですよね。マネキンのようなつるつるな肌になってしまうのが嫌なんですけど、Blackmagic Designのシネマ・カメラで撮ると、どういうわけか肌の湿度感が違う。どんなレンズを組み合わせても、そういう映像になってくれて、それがすごく好きなんです。
森田 撮影機材って、どんどん高解像度でクリアな映像という方向に進んでいると思うんですけど、Blackmagic Designのカメラはそういうところに重点を置いてなくて、画の質感というか空気感を大事にしている感じがします。一度そういう映像を知ってしまうと、いくら他のカメラの方がクリアに撮れたとしても、何か物足りなくなってしまうんですよね。Rock oNのインタビューなので音響機材で例えると、他社のカメラの映像はPro Tools | MTRXのようなクリアで解像度があるんですけど、Blackmagic Designのカメラで撮ると、Apogeeのような音楽的で色気のある映像になるというか(笑)。
大野 見ている人が、想像する余地のある映像なんですよね。他のカメラで撮った映像は、何の抜け目もない“正解の画”を見せられている気がするんですけど、Blackmagic Designのカメラはアナログ・ハイビジョン的な映像というか。何となくですけど、そんなイメージがありますね。
森田 ぼくのように音楽から映像に進んだ人は、Blackmagic Designの機材を使っている人がけっこう多いと思います。映像機材なんだけれども、使用感が音楽機材的なんですよね。それとメニューとかの操作体系がすごく分かりやすい。先日も知り合いのカメラマンと、“Blackmagic Designのカメラはすごく操作しやすいのに、他社のカメラは何であんなに複雑で使いづらいんだろう”と話していたところですよ。
——— 今回の配信ではカメラは何台使用されたのですか?
森田 4K、6K、6K Proなど、全部で18台です。そのうち6台は無人の固定カメラで、残りの12台は1台につきカメラマン1人付けた有人カメラですね。いつものメンバー全員に集合してもらって(笑)。レンズは普通の単焦点のものだったり、ズームだったり、いろいろですね。ステージ上は60-600のシグマで、すごく扱いづらいレンズなんですけど、いろいろな画が撮れるんですよ。客席後方のカメラではキヤノンのEF 200-400を使ったんですが、エクステンダーを内蔵しているので、さらに寄ることも出来るしエフェクティブなことも出来るんです。
大野 扱いにくいレンズはカメラマンがガチャガチャ操作するわけですけど、結果的にそれが良い映像になったりするんです。何かガタガタした映像なんですけど、それがリアルで良かったり(笑)。ぼく的には、そういうカメラマンの緊張感ですら愛おしいというか、“このカメラマン、どうしてもこの映像が撮りたかったんだろうな”と思うと、それを使いたくなってしまいますね(笑)。そしてそういう映像は、ファンの人も“臨場感がある”と喜んでくれるんですよ。
森田 Blackmagic Designのカメラは基本マニュアル・フォーカスなので、他のAFが優秀なカメラに慣れた人からは“しんどい”とか言われるんですけど(笑)、ウチのチームはLUMIXの頃からマニュアル・フォーカスに慣れているので、全然抵抗ないですね。もうマニュアル・フォーカスが当たり前というか。でもジンバルで撮るときとか、オート・フォーカスを使いたいと思うこともありますけど(笑)。
それにしてもこの規模で、すべてのカメラがBlackmagic Design、しかもPocket Cinema Cameraという現場はあまりないのではないかと思います。だって明らかに手間がかかって面倒ですからね(笑)。ただその分、上がってくる映像はすごく良いです。
大野 今回のミュージシャンは有名な人たちばかりで、皆さんコロナ禍のときはかなり配信をやられていたんですけど、そんな方々も“すごく映像が良いね”とおっしゃってましたね。KIRINJIのマネジャーさんも、“KIRINJI史上、いちばん良い映像”と言ってくださいました。これだけの映像を撮ることができたのは、Blackmagic Designのカメラによるところが大きいのではないかと思います。
——— カメラの設定についてもおしえていただけますか。
森田 6Kカメラは6K、4Kカメラは4Kで、フレーム・レートは23.98fpsではなく24fpsですね。それはぼくのこだわりで。
大野 やっぱり多少モーション・ブラーがあってほしいんですよね。その方が躍動感というか臨場感が出るんです。ドラマーやカッティング・ギターの演奏とか、すごく被写体がブレてるんですけど、逆にその方が良かったり。
森田 ファイル・フォーマットは、もちろん.braw(Blackmagic RAW)で、このフォーマットで撮れるというのがBlackmagic Designのカメラを使っている大きな理由だったりします。RAWで6kなんですけど、他社のカメラで4Kで撮影するのと容量が大して変わらないんですよ。
大野 ライブでは途中で照明がビカーンと当たったりするんですけど、.brawで撮っておけば、後から救うことができますから。そのありがたさと言ったらないですね。
——— LUTに関しては?
森田 カメラのモニターにはLUTをあてているんですけど、出力にはあてずに、Image Processing System IS-miniでカラコレしています。マルチ・ビューにも同じようにIS-miniを入れて。時間に余裕があるときは作ったLUTを各カメラに入れて出力することもあるのですが、今回のようにカメラの台数が多い現場だと大変なので、 IS-miniのようなリアルタイムにカラコレできる機材が便利ですね。IS-miniは、10台くらい持っているので、こだわりたいときはカメラごとに入れたりしていますよ。残念ながらもう生産中止になってしまったので、今使っているものが壊れてしまったら、別の機材に移行するしかないんですけど。
DaVinci ResolveのFairlight機能は本当に便利
——— 今回、森田さんがスイッチングされたのですか?
大野 ぼくが自分でやりました。
森田 カメラの台数が多いので、最初戸惑ってましたけどね(笑)。パネルは、普段はJL CopperのものとJUNSさんのものを使う事も多いのですが、今回はBlackmagic Design ATEM 1 M/E Advanced Panelを借りて。ATEM 1 M/E Advanced Panelは、一度使ってみたいと思っていたんですが、コンパクトですごく良かったですね。操作子が全部表に出ていますし。
——— 音に関しては、ノー・タッチですか?
森田 音は配信のミキサーさんがいらっしゃったので、そこから2ミックスをもらい、TC Electronicの放送用マスタリング・プロセッサーを通して、スイッチャーでエンベデッドしました。現場によっては、一度PCに入れて処理することもあるのですが、今回はしっかりしたミキサーさんがいたので、本当に少し補正するくらいでしたね。
——— 今回のライブは、今後放送やパッケージ化の予定があったりするのですか?
大野 2025年の1月にBlu-rayの発売が決定しました。編集作業は、まっさらなところからスタートするんですけど、ライブ当日のスイッチングを参考にしながら……。完全にやり直してしまうとライブ感が失われてしまいますし、やっぱり現場でのスイッチングの方が臨場感があって良かったりするんですよ。
森田 本番中はアドレナリンが出まくってますしね(笑)。デスクの上で落ち着いた環境で編集するのとは違います。
大野 編集ソフトは、最近はBlackmagic Design DaVinci Resolveを使うようにしています。以前はApple Final Cut Proを使っていたんですけど、今はDaVinci Resolveで完結できるようにクセを付けているところなんです。
森田 DaVinci Resolveは良い編集ソフトですよね。何が良いって、あんなにちゃんと音をミックスできる編集ソフトは無いですから。DaVinci ResolveのFairlight機能を使えば、DAWのような感覚でエフェクトをかけることができるんです。自分は音の側から来た人間なので、DaVinci ResolveのFairlight機能は本当に便利だなと思いますね。
——— 森田さんは現在映像の仕事を手がけられていて、もともと音の人間で良かったなと感じることはありますか?
森田 今さらながら、音をやっていて良かったなと思うことが多いです。今回のぼくのチームのカメラマンも、5人くらいは現役のミュージシャンだったりするんですよ。全員メジャーの仕事をしているようなミュージシャンなんですけど、そういう人はリハーサルを一度やっただけで構成を覚えてしまうんですよね。それと楽器をやっている人は、匙加減が絶妙というかセンスがいい(笑)。たとえばギター・ソロがあったとして、映像系のカメラマンは大抵ギタリストの手元に寄るんですけど、楽器を弾くカメラマンは表情を含めた弾き姿を撮ってくれる。だからぼくは、そういうセンスの良い人をなるべく最前列に配置したりしています(笑)。
大野 本当にセンスが重要ですよね。オート・フォーカスのカメラだと誰が撮ってもピントを勝手に合わせてくれるわけですから、これからの時代はよりセンスのある人が違いを生み出すと思います。
森田 元々映像の人が音を扱うのはまだまだ難しいと思うんですけど、逆に音から映像はBlackmagic Design製品を始めとした最近の機材の進化もあって参入しやすいですね。
——— 本日はお忙しい中、ありがとうございました。
記事内に掲載されている価格は 2024年12月18日 時点での価格となります。
最新記事ピックアップ