Music is Magic!音楽は魔法だ!
ホームスタジオでの音楽制作がポピュラーになった現在、商用スタジオの価値が見直されています。高価なビンテージ機材、大型スタジオ・コンソール、熟練のエンジニアによる最高のサウンド。そして何よりも、多くのミュージシャンが「スタジオでは特別なマジックが生まれる」と言います。
SCFEDイベのスタジオ探訪記 第7回:調布レコード
長年、第一線で活躍を続けるレコーディングエンジニア 原 裕之(はら やすゆき)氏が設立した調布レコードは、ほぼ全ての楽器のレコーディングに対応。レコーディングからミキシング、マスタリングまで、音源制作に必要な全ての作業をトップクオリティかつリーズナブルに提供しています。東京都調布市にある拠点スタジオを訪ね、合同会社 調布レコード代表:原 裕之氏にお話を伺ってきました! 原 裕之氏 プロフィール
地域密着型スタジオとしてスタート
ーーーはじめに、調布レコードを開設された経緯をお聞かせ頂けますでしょうか。
原 氏:調布はクリエイターが数多く住んでいるエリアで、僕自身も長年住んでいる街ということから、地域密着型スタジオとしてレコーディング環境を提供することを目指して、2019年春にスタートしました。
天井の高さを生かしたドラムサウンドをレコーディングできることをテーマにしてます。建物自体は鉄筋コンクリート製で、防音やルームアコースティックの調整は株式会社ソナさんが施工しています。
このスタジオはレンタルスタジオというよりも僕の個人的なアトリエとして、自分がエンジニアとしてやりたかったことを実現したり、そこに繋がりたいと思ってくれた方々とのコミュニケーションスペースになっています。
大型スタジオに比べてローバジェットなレコーディング環境を提供していますが、このスタジオだけで音楽制作が完結している訳ではなくて、クライアントの意向を聞いてバンドの一発録りが希望であれば、必要なブースを備えた大きいスタジオをお勧めすることもありますし、広い部屋のドラムサウンドのイメージであれば、調布スタジオで擬似的に作ることは可能ですが、予算があるのなら大きいスタジオで録りませんか?と、まずは希望のサウンドを伺ったうえで都度相談と提案をしながら進めています。このスタジオで仕事を完結したいというこだわりは無いんです。
ーーー原さんはこのスタジオのほかに、ミキサーズラボでもレコーディング業務をされているのですね。
原氏:そうですね、簡単に言うと窓口が2つあるような形態で、メジャーレーベルなどからのオファーはミキサーズラボで担当しています。ミキサーズラボはプロのサウンドを追求し続けている会社で、ハイクオリティで大規模なスタジオを使った制作のノウハウを持っています。一方で、調布スタジオで完結出来るような制作は、僕自身が窓口となって進めているという感じです。
原氏:元々僕はバンドが好きということもあって、昔から多くのバンドを担当させてもらってきました。
最近はメジャーで活躍しているバンドの数が以前に比べて減っている印象もありますが、インディーズ環境でも、より良いクオリティの楽曲をリリースしたいという思いを皆さん当然持って活動されています。そういった現状で制作予算をどうしていくか、という事が活動を継続していくうえで重要なポイントになっています。大きいスタジオだけで音楽制作をしようとすると厳しい場面も多い。
そこで、制作予算をコンパクトにしつつもサウンドクオリティを落とさない環境を提供することで、アーティスト自身が納得した作品を、より多くのリスナーに届けられるのではないかと、そういったトライとして調布レコードを作りました。音楽制作にも色々なやり方があって良いのかなと思っています。
ーーー主にどのような方々が、このスタジオを利用されているのですか?
原 氏:メジャーだったりインディーズだったり色々ですが、やっぱりバンドのレコーディングが多いですね。ドラム録りも多くやっています。
それ以外の楽器でも、ブースに入るサイズであれば基本的には何でも対応しています。地域密着型の事例としては、自身のオリジナルアルバムを出したいというご近所さんの依頼もあったりしました。調布という立地がどう評価されるのか若干心配したところもありましたが、昔からお付き合いのある方々だけでなく、新規の方々にも多く来ていただいて、有り難い限りです。
バンドにプロデューサー的な存在がいない場合には、楽曲やサウンドについての相談を受けることもありますし、マネージャーもいないバンドだったりすると、僕がメンバーのレコーディングスケジュールを組み立てることもあります。
原 氏:また、LINE(ライン)で完結してしまうような仕事も結構あるんです。例えばバンドメンバーのグループラインがあって、今日録ったドラムをラフミックスして送ると、それに対して他のメンバーがベースやギターの本チャンデータを自宅で録って送ってきます。
そのデータをこちらでエディットしたり、リアンプしたり、都度お互いのスケジュールを確認したりしつつ、そんなやり取りで楽曲が出来上がるプログラムもありますね。
クライアントの希望のレコーディングスケジュールや予算の相談だけでなく、楽曲に対してのメンバーとの意見交換なども、ネットを活用して直接やり取り出来るのは情報伝達のタイムラグが減って作業効率が上がりますし、そういった情報諸々がミックスをする上でのヒントになることもよくあります。
ーーーバンドのレコーディングとなると、そこにはメンバーそれぞれのイメージや思い入れがあって、それを一つに取りまとめる楽しさと同時に大変な部分もありそうですね。
原 氏:バンドによりますけど、プロデューサー役のメンバーの判断で諸々決まる場面もあるし、お互いのパフォーマンスにあまり干渉しないで進めようとするバンドもあったりして、ケースバイケースです。
メンバーそれぞれがミュージシャンとしてのエゴをぶつけてくるので面白いときもありますが、取りまとめ役として大変なときもありますね(笑)。
時間と予算を見据えながらレコーディングを進めるノウハウは僕の方が持っていることもあるので、効率の良い形を提案しながら進めています。意見を伺いながら進めていくという意味では、調布で始める以前から、仕事の考え方の基本は一緒です。
レコーディングセッションの醍醐味=MAGIC
ーーー打ち込みのドラムと人間が叩くドラムの違い、ドラムレコーディングの魅力についてお聞かせください。
原 氏:打ち込みのドラムを選択する場面でのイメージというのは、正確なグリッド感と音色のバラつきがない均一的なサウンドとビート感なのではないでしょうか。
それはそれで音楽のスタイルなのでアリだと思います。ドラマーもそれをイメージしてかっちり叩いている場合もありますし、エンジニアにそういうサウンドを求められるケースも結構ありますが、エディットを多少したとしても、人間が叩くと結果的にそうならないというのが面白い所です。機械のような正確さを求めながらも人間のニュアンスが付いている、それが音楽に対して自然なドラマを生み出してくれます。
生ドラムのサウンドに関してはクリアーであれば良いという訳ではなくて、歪んだ荒々しいサウンドをイメージしている場合もありますよね。ただ、サウンドの質感はドラマーもエンジニアも完璧にコントロールできるものではなくて、その時の演奏環境や感情、パフォーマンス次第で変わってくるものです。また、ドラマー自身がサウンドのイメージを持っていたとしても、作曲したメンバーが欲しいイメージとは違ったりする場面もあったりして、そんなときは演奏のスタイルをちょっと変えてみるとか、違うスネアを提案したりして答えに近づけるときもあります。
サウンドがイメージ通りに着地する時もあれば「結果こういうサウンドに辿り着いたね」みたいな時もあるし、そこでさらに試行錯誤することでまた変化していく。音楽の答えは一つではなくて、同じ場所に人が集まってレコーディングしているからこそ生まれるサウンドなんですね。レコーディングセッションの醍醐味だと思います。
アナログ機材の魅力
ーーーアウトボードラックにはNeve 1066、Rupert Neve氏設計のFocusrite ISA 215などのほか、多くのコンプレッサーがマウントされています。アナログ機材の魅力やコンプレッサーの活用方法、そしてモニタースピーカーについても教えてください。
原 氏:クリーンなサウンドで録っておいて、後からプラグインで味付けをする方法は僕もやることがあります。ただ、バンドの骨格となるような楽器のレコーディングに関して言えば、プリアンプやコンプレッサーのキャラクターを活かして録音する、という方法にフォーカスした方が良いと思っています。キャクターがしっかりしているアナログ機材を使った方が、サウンド感全体がわかりやすく、ダビング作業を進めるうえでも色々な判断をしやすいです。
そして一番重要なのは、演奏しているミュージシャンが完成形に近い質感のサウンドを聞きながら演奏する方が、楽曲のイメージによりフィットしたパフォーマンスになります。
プリアンプは Neve 1066 と The John Hardy M-1 を中心に組み立てています。この2台はキャラクターがしっかりあるのに、何にでも使える柔軟さがあると思います。その他のマイクプリも個性を踏まえて使っています。
コンプレッサーに関しては、素材によって使い分けています。
Empirical Labs EL8 Distressorはコントロールが簡単で音作りの幅も広く、ドラムから歌まで何にでも使っています。紫色のPurple Audio MC77 LIMITING AMPLIFIREは、1176とは違ったキャラが面白くて昔買った機材です。Urei LA-3Aはナチュラルで、極端な潰しには向いていないかもしれませんが、強めのリダクションでも音がそんなに遠くならない良さがあります。Retro Instruments Retro 176は使い方によっては歪みが得られて、その歪みがファットで滑らかな質感を生み出してくれるので、これも何にでも使いますね。そのほかSSL X-Rack の G Series Stereo Compressor Module と XR418、そしてBSS DPR-402も使っています。
モニタースピーカーはAdam Audio S2Vと、スモールモニター用にVictor WOOD CONEを使用しています。最近はヘッドホンにも比重を置いていまして、ULTRASONE Edition 15というモデルをメインに使っています。
スタジオのお宝
ーーー私はこのスタジオ探訪シリーズを重ねてきたなかで、お宝というものは機材だけではなく、機材や音作りの経験を積み重ねてきた「人」そのものがお宝なのだと思い至りました。原さんの長きに渡るレコーディング経験とノウハウ、人脈、お人柄そのものが、このスタジオのお宝なのではないでしょうか。
原 氏:僕にとってはミュージシャン、アーティストとコミュニケーションできる場所という意味で、このスタジオ自体がお宝なんです。こういうスタジオを作った自分にとっての一番のメリットは、ここに気兼ねなく来てもらって、会って直接色々な話ができることですね。
記事内に掲載されている価格は 2023年11月2日 時点での価格となります。
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