Music is Magic!音楽は魔法だ!
ホームスタジオでの音楽制作がポピュラーになった現在、商用スタジオの価値が見直されています。高価なビンテージ機材、大型スタジオ・コンソール、熟練のエンジニアによる最高のサウンド。そして何よりも、多くのミュージシャンが「スタジオでは特別なマジックが生まれる」と言います。
SCFEDイベのスタジオ探訪記 第8回:prime sound studio form
エイベックスが運営する4つの商業スタジオ「prime sound studio form」 「prime sound studio」 「prime sound studio form daikanyama」 「form THE MASTER」。その中でもprime sound studio formは、room 1 から room 5 それぞれにSSLコンソールを備えた、5つのルームで構成される巨大スタジオ。今回は目黒区東山にある prime sound studio form を訪問し、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社 クリエイターズグループの皆さんにお話を伺いました。
巨大レコーディングスペース
ーーー15年ほど前、私はこのビルにある音楽事務所に通っていた事がありまして、地下のレコーディングスタジオがずっと気になっていたんです。2階と地下全体に、まさかこんなに巨大なスタジオがある事を当時知らなくて、今回の探訪で本当に驚きました。こちらのスタジオでは、エイベックス・グループ内のレコーディング業務が行われているのでしょうか?
竹森氏:エイベックスのアーティスト限定で使うスタジオというわけではなくて、社外のアーティストさんにもお使い頂いています。
弊社にはレコーディングやミックスエンジニアのほかに、アレンジャー、プレイヤー、マスタリングエンジニア、ドラムテックも所属していまして、アーティストのプロデュースやレーベル運営など、幅広く音楽制作の現場に携わっています。
ーーースタジオフロアー全体から感じられるアーティスティックな雰囲気は、作曲からマスタリングセクションまでが一体となって、良い作品を生み出そうという皆さんの気持ちから生まれているのではないでしょうか。
こういったスタジオでしか得られない、スタジオを使うメリットとは何でしょうか?
神部氏:防音とルームアコースティックを調整した静寂な環境で、大音量から微かな音までしっかりと確認できます。耳で聞くだけではなくて体感でも判断するために、ラージモニターを鳴らせる事が利点かなと思います。
コンサート会場や、クラブで鳴らした時に近いサウンドを体感できるというのは、ニアフィールドモニターやヘッドホンでは得られない部分で、スタジオならではだと思います。
ーーースタジオのラージモニターで音楽を聞くと感動があって、音楽って本当に素晴らしいなと思います。
田中氏:静寂なコントロールルームだからこそ、スピーカーを鳴らして空気を通した音が、小さな音であっても正確にジャッジできるんです。
竹森氏:スタジオはエンジニアやメンテナンス、デスクスタッフを含めて、スタジオに関わるスタッフ全員で作り上げているものなんです。スピーカー選びや機材選び、ルームアコースティックの調整、そしてスタジオに設置されているドラムセットは弊社所属のドラムテックがプロデュースしています。そういったこだわりの環境を、ぜひ音楽作りに活用頂ければと思います。
お宝機材
ーーー御社のお宝機材を教えてください。
竹森氏:東芝の溜池3stからstudio TERRAを経て受け継いだ、コンサートグランドピアノ Steinway & Sons D-274の音色がとても素晴らしいとご好評を頂いています。room1常設のD-274をお目当てにスタジオをご利用下さる方もいらっしゃいますので、スタジオのお宝になっています。
宇都氏:一般的に高く評価されているお宝機材が弊社には数多くあって、選びきれない状況ではあります。マイクは U-47Tube が Neumann モデルとTELEFUNKEN モデルを合わせて9本、Neumann U67が10本、M-49シリーズが11本、U-87シリーズに至っては34本、SONY C-800Gも11本保有しています。HA&EQも多数保有しておりますが、Neve では1073が18チャンネル、1081が5チャンネル、31105が24チャンネルあり、それら全てが常に良好な状態で稼働しており、ここでは普通の機材になっている感覚があります。
個人的にはビンテージ機材の回路パターンや部品配置には、秀逸な機材を作りたいという、設計者の意思が感じられると思っています。偶然できた物もあるかもしれませんが、そんな思いが込められた機材だからこそ、長年に渡り愛され使われ続けてきたのだと思います。私は自作の機材を作製する際に、そんな思いを込めるように心がけています。
宇都氏:また、20年、30年後もスタジオを良好な状態で存続させるため、機材保守部品のストックに関しては、世界1を目指しています。例えば、弊社で稼働中の4000シリーズSSLコンソール7台全てのフェーダーを新品交換できるだけのストックが保管されていて、スイッチなど壊れる割合の高い部品は、常に数百単位でストックを持っています。部品のストックに関しましては、メーカー様、代理店様のご協力もあり、製造中止前に、将来的に必要となる部品を十分にストック出来ています。
特異な点として、機材倉庫がスタジオとは別にあり、重要な機材を保管するスペースとして使っています。そこにSSL SL9000Jの80チャンネルが1台と、SL4000G+の72チャンネルが1台、SL4000Gの32チャンネルが1台、ラージモニターはGENELEC 1036Aが1ペア、1035Aが2ペア、ReyAudio Warp-1が1ペア、そしてアウトボードに至っては200台くらい保管されています。
竹森氏:それらがいつでも普通に使える状態にある、という事がとても凄いことなんです。
ーーー保管機材だけで大規模な商用スタジオができてしまいますね!
アナログの魅力
ーーー皆さんはDAWにRec済みのトラックをアウトボードに通したり、アナログのサミングなどはされていますか?
畠山氏:音を変える時にアウトボードを使用する事があります。
田中氏:サウンドのダイナミクスをある程度揃えたい時に使いますね。
デジタル録音された音というのは「音の出戻りのスピード感」が早くて、それが楽器の特性とマッチする場合もありますが、特に歌などではダイナミクスが一定でいて欲しことがあると思います。
例えば歌をSL4000のチャンネルに通してEQスイッチを押すと、ほかは何も触っていなくても、ある程度一定の音量感を得ることができます。また、少しだけコンプをかけて、そういったサウンドに仕上げる時もあります。
ーーーデジタルサウンドがアナログの電気的な物理現象を経ることによって、デジタルピークメーターのハイスピードな感覚から、VUメーターのスピード感に近付くという感覚なのかなと思いました。
田中氏:そういう方向に持って行きやすいのだと思います。
僕の場合、サミングはSPLのMixDreamをよく使っています。コンピューター内でデジタルで混ざる音と、アナログで混ざる音にはすごく違いが出てきて、どちらが良い悪いではないと思っていますが、好みのサウンドに持って行きたい場合にアナログを使います。
絵画的な表現で言いますと、パソコン内でミックスしていた画角や奥行き感に比べて、アナログを通すとその瞬間に画角と奥行きが広がるイメージです。
最近はコンピューターのスペックが上がったこともあって、96kHzなどのハイサンプリングレートでのレコーディングやミックスが増えてきました。96kHzだと音が散ってしまって綺麗に画角に収まらないことがあって、そういう時にアナログでサミングすると、綺麗に収まった内容になりながらも、より大きく深く仕上がって、本物になるという感じがします。
特に、小口径かつ解像度の低い一般的なスピーカーで「大きい音が鳴っている」聴感を作りたい時に、ハイサンプリングレートでミックスするとそうならないことがあって、そんな時にはアナログでサミングします。
神部氏:アナログを通して、音のボリュームではなくて存在感を大きくしたいんです。その存在感を一番早く出せるのは、アナログ機材を通すことだと思います。
ーーーアナログテープサウンドの魅力とは何でしょうか?
田中氏:アナログテープは事前の準備が重要で、レコーダーの調整次第でサウンドが大きく変わってきます。調整を追い込むと精度が上がって、ハイファイなサウンドとアナログの曖昧さを兼ね備えた、とても自然なサウンドになるという魅力があります。デジタルでは得られない、中低域の奥行き感というものが確かに存在しますね。
竹森氏:STUDER A827を使うケースは昔に比べたら多くはありませんが、その魅力から変わらぬ需要もあり、それに備えてメンテナンスをしたり、A827を正しく扱える人材を常に維持するようにしています。
プラグインの魅力
ーーープラグインのメリット、デメリットについてはいかがでしょうか?
神部氏:プラグインのメリットはノイズの心配がない事と、良い状態のアウトボードをモデリングしているので、それを100個でも200個でも使えてしまうことだと思います。ミックス音源を持ち帰って後日1ヶ所だけ修正したいというオーダーもたまにあるので、それに対応するにはプラグインの方が断然便利です。
デメリットは、触っている時の楽しさが少なくなってしまった事ですかね。
アナログ機材は常に同じ音を出してくれる物ではないので、例えばボリュームを下げたからといって単純に音量が下がるのではなくて、味が変わりながら下がります。なので、どのボリュームでどう調整しようとか、アナログにはそういった楽しみがありました。
ーーーAIによるミックスやマスタリングについてはどう捉えていますか?
田中氏:AIの提案結果を聞いて、ビッグデータって偉大だなと思うことがありますよ。
神部氏:自分で音表現するための参考として捉えています。AIの提案は自分の理想やコンセプトと違う提案をしてくることもありますが、思いがけない斬新かつ正確なサウンドを提案してくれる時もありますので、肯定的に受け止めていますね。
WavesのStudioVerseは、著名エンジニアのプリセットもあって本当に凄いと思います。
ただ、人間にはスタジオで作品を作る空気感や、皆で時間をかけて作り上げて来たもの、そして楽曲に感情や思い入れがあります。AIが制作段階からずっと音を聞いている訳ではないので、最終段階でいきなりAIが登場して音決めをすることに、違和感を覚えることもあります。
AIが喜怒哀楽や人格を持って、人間とコミュニケーションできるようになったとしたら、我々の出番が無くなる時代なのかも知れません。そういった凄さがAIにはあると思います。
prime sound studio formから誕生したアーティスト
ーーーprime sound studio form から生まれたレーベル、
formusic records についてお聞かせください。
竹森氏:海外ではエンジニアがプロデューサーの役割も担っていたりしますので、自分たちでアーティストを見い出して育てたい、という想いからレーベルがスタートしました。
まずはエンジニアがプロデューサーという立場でオーディションをしまして、上野大樹というアーティストとご縁があり今年メジャーデビューが決まりました。
サウンドエンジニアは音楽のコンダクター
ーーー今回の訪問では、アナログ・サミングの魅力を教えて頂き、「人間とAI」という深いテーマについても考えることができました。有難うございます!最後に、読者へのメッセージをお願いします。
竹森氏:皆さんが聴いている音楽の裏側にはエンジニアというものが存在していて、ある意味、プロデューサー、ディレクターと同様に音楽制作のコンダクターを担っています。20年、30年経っても音楽の感動を届けられる、とてもカッコ良い仕事です。ぜひこの職業を皆さんに知ってもらって、目指して頂きたいなと思っています!
神部氏:スタジオに来ると、色々な方との交流が生まれるのも魅力だと思います。自宅作業が続くとどうしても情報交換が生まれなくて、浦島太郎状態になってしまう事があります。スタジオをコミュニケーションの場所としてもご活用ください!
田中氏:自分がこうしたいという音のイメージがあるけどそうならない、というのがミックスで行き詰まりを感じるポイントだと思います。サウンドが自分のイメージ通りにならなくて困っている方は、スタジオに来てエンジニアと一緒に作業すると、イメージしていた音が出せると思います。ミックスにお困りの方は、ぜひ一緒に音作りをしましょう!
記事内に掲載されている価格は 2023年11月10日 時点での価格となります。
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