発売から数十年を経た現在も、多くのミュージシャンやクリエイターを魅了し続けるビンテージ・カシオ・シンセサイザー。その貴重なサウンドを丁寧にキャプチャし、現代の音楽制作環境に蘇らせたUVIのソフトウェア音源『Vintage CASIO Legacy』が、2026年5月に発売されました。CZ、VZ、FZ、HZ、RZ、CTKというカシオのシンセシス史を幅広く網羅。実機が持つノイズ、アナログ回路を通過した質感まで収録した、カシオ公認の音源パッケージです。
その発売を記念して、カシオで約41年間にわたり電子楽器の開発に携わってきた岩瀬広氏と、UVIの富田氏をお招きして座談会を開催しました。さらにカシオのご厚意によりお借りした、CZ-1、VZ-1、FZ-1、RZ-1、HT-3000、CTK-1000という歴史的な実機も会場に集結。
本記事では、岩瀬氏の開発者人生を振り返るとともに、PD、iPD、SD、iXAといったカシオ独自の音源方式を、ご本人の言葉からひも解きます。これまでほとんど語られてこなかったSD音源の仕組み、技術的制約から生まれた独創的な発想、そして実機の魅力を現代へ継承するためにUVIが注いだこだわり。過去のカシオサウンドを未来の音楽へとつなぐ、貴重なお話を伺いました。
シンセサイザー愛好家はもちろん、作曲・編曲に携わるクリエイターの皆さんにも、新たな発見と音楽制作のヒントを感じていただける内容です。ぜひ最後までお楽しみください。

名機と呼ばれるカシオシンセサイザーやキーボードの数々を開発し、世に送り出してきた岩瀬広氏。1984年カシオ入社、2025年退職という約41年間にわたるキャリアは、大きく3つの時期に分けられるといいます。
デジタル技術によって本格的なシンセサイザーを作れるのか、まだ誰にも明確な答えが見えていなかった時代。8ビットの処理能力や数十KB程度のメモリーという厳しい制約のなか、エンジニアたちは独自のLSIを設計し、音程精度や同時発音数、音色変化といった課題に挑みました。市場のニーズよりも技術とアイデアが製品開発を牽引した時期に、岩瀬氏は HT(HZ)、VZ、CTK-1000 の開発に直接携わり、異なる個性を持つ伝説的なシンセサイザーを生み出しました。そのなかでもCTK-1000は、初期の音源システム開発の集大成として、岩瀬氏にとって思い出深い一台です。
インターネットやカラオケといった新しい文化の広がりを見据え、さまざまな製品を企画しました。そのひとつが、携帯電話に接続し、インターネットから楽曲データをダウンロードできるキーボードです。当時はインターネットへ接続する手段そのものが限られていた時代。携帯電話を介して楽曲を受信する仕組みは、後のネットワーク対応楽器を先取りした試みでした。このほか、カラオケ市場の拡大を見据えた製品なども開発。技術の進化や市場の変化をとらえながら、電子楽器の新しい可能性を模索した時期です。
岩瀬氏自身が「もう一度シンセサイザーを作りたい」という思いから、ヘクスレイヤー・シンセサイザー XW-P1 と、グルーヴマシン・シンセサイザー XW-G1 の開発に取り組みました。さらに、デジタル・ダンスミュージック・ギア XW-PD1や、DJアプリコントローラー XW-DJ1、そしてベヒシュタインとのコラボレーションによる電子ピアノ CELVIANO Grand Hybrid も開発。そしてキャリアの終盤には、歌声を鍵盤で演奏するCT-S1000Vを世に送り出しました。CT-S1000Vは岩瀬氏にとって最も思い入れの深いシンセサイザーで、鍵盤を弾いて初めて声が鳴った瞬間には、かつて新しい音源を開発したときと同じ感動があったといいます。

岩瀬氏が手がけた製品の取説やパンフレット。左の列から第1期、第2期、第3期。
デジタル技術による新しい音源方式の創造から、時代を先取りした商品企画、そしてシンセサイザーへの原点回帰。「カシオシンセサイザーは、結果的に僕のライフワークになったんです」と語る岩瀬氏の歩みは、カシオ電子楽器の変遷と、デジタル楽器市場の歴史そのものを映し出しています。
会場に並んだCZ-1、VZ-1、FZ-1、RZ-1、HT-3000、CTK-1000について、各機種の音源方式や特徴を岩瀬氏に解説していただきました。このうち、岩瀬氏が開発に直接携わったのは、VZシリーズ、HT(HZ)シリーズ、CTK-1000です。

1984年に登場したCZ-101は、カシオ独自のPD音源を採用し、デジタル・シンセシスに新たな可能性をもたらしました。アナログシンセサイザーの考え方を取り入れた分かりやすい音作りと、手に取りやすい価格を実現。1980年代を代表するデジタルシンセサイザーのひとつとして、多くのスタジオやステージで使用されました。
CZシリーズが登場する以前は、モーグ博士が確立したVCO、VCF、VCAにエンベロープを組み合わせる、アナログシンセサイザーの構成が主流でした。当時はデジタルオーディオ技術が進歩し、VCOに相当する波形生成や、VCAに相当する音量制御については、デジタルでも実現できると考えられていました。一方、当時の演算能力では実用的なデジタルフィルターの搭載が困難でした。
しかし、時間とともに音色を変化させられなければ、シンセサイザーとしての表現力は大きく制限されます。そこでカシオが考案したのが、フィルターを使わずに波形そのものを変形させるPD(Phase Distortion)音源です。PD音源では、基本となる1周期分の波形を一定の速度で読み出すのではなく、周期内で読み出す速度を変化させます。例えば、サイン波の前半を速く、後半をゆっくり読み出すことで、前半が急峻に立ち上がり、後半が緩やかに変化する鋸歯状波(ノコギリ波)に近い波形を作り出すことができます。この波形の読み出し方を時間的に制御するパラメーターが「DCW」です。DCWにエンベロープを設定することで、アナログシンセサイザーのフィルターを開閉するように、音の明るさを時間とともに変化させることができます。
CZシリーズには8種類の基本波形が用意され、それぞれの読み出し方をDCWで変化させることにより、多彩な音色を作り出すという仕組みです。さらに、複雑な倍音を加える手段としてリングモジュレーターも搭載されました。

従来のシンセサイザーに慣れ親しんだユーザーが音作りを理解しやすいよう、アナログシンセサイザーを意識した操作体系を採用したCZシリーズ。デジタルフィルターを搭載できなかった時代の制約を、独自の波形生成方式で克服したことが、結果として唯一無二の個性を生み出しました。

1988年、CZシリーズのPD音源を発展させたiPD音源搭載のVZ-1が登場しました。複数のモジュールを組み合わせることで、複雑で変化に富んだ音色を生成。金属的な鋭さと、カシオならではの音楽的な温かさを併せ持つ、独自のサウンドキャラクターが特徴です。

VZシリーズのiPD音源は、複数のモジュールを組み合わせる構成からFM音源に近い方式と思われがちですが、実際には異なる仕組みを採用しています。
FM音源は、あるモジュールの信号で、別のモジュールのサイン波テーブルを読み出す位置(位相)を変化させる方式ですが、iPD音源では波形を縦方向へ圧縮して歪ませる、ウェーブフォールディングのような処理を行っています。一定の振幅を超えた波形を折り返すことで、新たな倍音を生成する仕組みです。その性質は、周波数変調というよりもディストーションやオーバードライブに近いものです。波形を歪ませる度合いによって倍音の量を制御し、音色を変化させています。モジュール間の処理において、明確に変調と呼べるものはリングモジュレーターのみでした。
iPD音源は、FM音源のように異なる周波数の信号によって倍音構成を大きく変化させる方式ではありません。そのため、音色を大胆に加工しても非調和成分が生じにくく、サウンドが破綻しにくい傾向があります。複雑で予測しにくい音色を生み出せるFM音源に対し、iPD音源は倍音の関係を保ちながら音色を変化させやすく、音楽的に扱いやすい音色を得やすいこともVZシリーズの特徴です。


1987年に発売された、国内初の16ビットサンプラー。当時のデジタルサンプラーとしては非常に珍しい「スイッチトキャパシタ・フィルター(SCF)方式」のアナログフィルターを採用し、その独自のサウンドを愛するユーザーが今でも多いレジェンド機です。カシオフリークの間では「内部処理は実質的に12ビットだったのではないか」とする見方もあり、その真相についてズバリ伺ってみました。
※以下は、岩瀬氏による技術的な推測であり、公式仕様を示すものではありません。
私はFZ-1の開発には携わっていませんので、これはあくまで私の個人的な推測として聞いてください。FZ-1はサンプリングした波形データを16ビットで保持し、最終出力を担うD/Aコンバーターにも16ビットを採用していますので、その仕様から見れば16ビットサンプラーと呼べるものです。
ただ、内部で複数の音を重ねる場合には、それぞれの音を16ビットの最大レベルで処理することはできません。仮に16ビットの音を8音同時に加算すると、単純計算ではさらに3ビット分の余裕が必要になり、最大19ビット相当の信号になってしまいます。最終出力が16ビットである以上、そのままでは耳障りなデジタルクリッピングが発生してしまいますので、内部で各音のレベルを抑える処理が必要になります。そういった理由から、内部で信号レベルをスケーリングする仕組みを設けて、1音あたりの実効的な情報量を抑えていたという可能性はあります。波形データと最終出力は16ビットでありながら、複数音をミックスする際にはヘッドルームを確保していたという見方です。もしそれが正しければですが、FZ-1の音質には、そういったデジタル処理によって生まれた要素も関係しているのかも知れませんね。
いまこうして80年代の製品を見てみると、本体に使っている素材が本気なんですよ。FZ-1は鉄板が中に入っていて非常に重いですし、コストや重量削減よりも、音を良くしたい、製品を良くしたいという情熱が伝わって来ます。その想いが、いまでもミュージシャンの心を掴んでいるのだと思います。
内部演算に32-bit floatを用いることが一般的になった現代のDAW環境では、かつて性能上の制約と見なされていた12ビット特有の粗さも、ローファイで個性的な音色として再評価されています。FZ-1は、当時最先端の16ビットサンプラーとして登場し、世界各地のプロフェッショナルに愛用されました。内部処理をめぐる議論がどのような結論に至るとしても、FZ-1が生み出す音の魅力は揺らぎません。発売から約40年を経た現在も多くのミュージシャンを惹きつけている、その事実こそが何よりの答えといえるでしょう。

1986年に登場したRZ-1は、カシオ初のサンプリング・ドラムマシン。8ビットPCMサウンドに加え、ユーザー自身が音を取り込めるサンプリング機能を搭載。8ビット特有のローファイな質感と力強いデジタル・パンチは、ヒップホップやインダストリアルをはじめ幅広いジャンルから評価されました。発売から40年を経た現在も、その個性的なサウンドを愛用するクリエイターが存在する、電子音楽史に不朽の名を刻んだドラムマシンです。
音色監修やサンプル提供でRZ-1との関わりが語られることも多い、YMOの高橋幸宏氏。岩瀬氏によると、高橋氏はカシオ羽村工場を訪れて、電子ドラム DZ-SYSTEM の製品開発に協力していたといいます。
高橋幸宏さんには、DZ-SYSTEM のメカ部分やパッドのフィーリングを中心に見ていただいていました。プロのドラマーだからこそ分かる演奏感について、さまざまなアドバイスを頂いていたのだと思います。
DZ-SYSTEMのパッドを叩いてRZ-1を鳴らす組み合わせは、想像するだけでも魅力的です。カシオファンにとって、RZ-1は決して外すことのできない一台。CZ-230S、HTシリーズ、CTK-1000などに搭載されたリズム音源とは異なる存在感を放っています。

1987年に登場したHZ/HTシリーズは、カシオ独自のスペクトラム・ダイナミック(SD)音源を搭載。今回、これまでほとんど語られてこなかったSD音源の仕組みについて、開発に直接携わった岩瀬氏から詳細な解説を頂きました。岩瀬氏本人によれば、その内容を公に語るのは今回が初めてとのことです。
HTシリーズで最初に開発されたモデルがHT-3000です。当時約5万円という価格帯で、比較的多くの台数を販売しました。特に支持されたのが、東南アジアや南米など、当時の新興市場です。現地では、プロのミュージシャンや音楽クリエイターにも活用されていました。高価なシンセサイザーを購入することが難しいユーザーにとって、カシオ製品は初めて手にする本格的なシンセサイザーとして、魅力的な存在だったのだと思います。いわば『マイ・ファースト・シンセ』として選ばれたHT-3000。こうした市場からの支持が、同モデルの成功につながりました。その後、HT-3000の筐体色をブルーに変更したマイナーチェンジモデルとしてHT-3500を発売。さらに、HT-3000で開発したプログラムを改良して、ほぼ同時期にHT-6000とHZ-600を開発しました。
HTシリーズに搭載されたスペクトラム・ダイナミック(SD)音源は、デジタル方式のDCOとDCAに、アナログのVCFを組み合わせたハイブリッド音源です。SD音源では、2、4、8、16フィートという4つのパルス波を用意し、それぞれに独立したADSRエンベロープを設定することで、ひとつの波形を作り出しています。倍音関係にある4つのパルス波それぞれに音量エンベロープを組み合わせることで、フィルターを使わなくても時間的に音色が変化する波形を作ることができました。これが『スペクトラム・ダイナミック』という名称の由来です。
SD音源が生まれた背景には、当時のLSI技術における厳しい制約があります。デジタルフィルターだけでなく、掛け算を行う乗算回路も、非常に大きな回路規模を必要とした時代です。通常、波形の音量をエンベロープで変化させるには、波形データとエンベロープの値を掛け合わせます。たとえば16ビットの波形であれば、最低でも16ビット×16ビット程度の乗算回路が必要です。当時のLSIでは、それだけでも回路規模がとてつもなく大きくなってしまいました。そこで着目したのが、振幅を2段階しか持たない1ビットのパルス波です。パルス波は、波形が出ているか、引っ込んでいるかの2段階なので、1ビットなんです。波形が出ている部分ではエンベロープの値をそのまま出力し、引っ込んだ部分では出力をマイナス側に反転させる。掛け算というよりも、スイッチングに近い処理です。これなら、大規模な乗算回路を使わずにパルス波にエンベロープをかけることができます。

シンセサイザーに欠かせない鋸歯状波(ノコギリ波)も、波形メモリーから読み出すのではなく、複数のパルス波を組み合わせて作り出していました。鋸歯状波を収録するためにメモリーを使うのは、当時としてはもったいなかったんです。そこで、2、4、8、16フィートという4種類のパルス波に異なる重みを与え、それらを重ね合わせました。すると、階段状ではありますが鋸歯状波に近い波形を作ることができました。
HTシリーズに用意されていた32種類のプリセット波形も、独立した波形データとしてメモリーに収録されていたわけではありません。4種類のパルス波のうち、どのフィートを使うのか、いくつ組み合わせるのか、それぞれのエンベロープをどのように変化させるのか、その組み合わせによって作られていました。さらにノイズオシレーターを加え、最終段のアナログVCFで音色を整える構成です。
現代では、すでに存在する技術をどのように使うかを考えがちです。でも当時は、ないものからどうやって作るか。限られたメモリーと回路規模のなかで、どうやって波形を生み出すのかを考えなければなりませんでした。SD音源は、まさにこの時代だからこそ生まれた音源だったのです。
複数のパルス波を重ね合わせることで生まれる独特な波形構造。HTシリーズならではの、きらびやかなプリセット波形の理由が明らかになりました。これまで謎に包まれていたSD音源の仕組みとその背景を知ることで、カシオファンのHTシリーズに対する愛着は、さらに深まったのではないでしょうか。

1993年、PCM音源と非線形音源を融合した「iXA音源(イクサ音源)」搭載のCTK-1000が発売されました。本格的な音源システムやデジタルエフェクト、シーケンサーを備え、後のワークステーションに通じる機能を1台に集約。スピーカーを内蔵した親しみやすい外観から、ホームキーボードのカテゴリーに埋もれてしまった感もある、知る人ぞ知る名機です。
CTK-1000に搭載されたiXA音源は、電子楽器市場がPCM音源へ移行し始めた1990年代初頭に開発されました。当時は現在のような大容量メモリーを使用できず、搭載できる容量も数KB単位という厳しい制約があった時代です。限られたメモリーですべての音をPCM化することは難しかったため、音色の特徴を決める重要な部分にはPCM波形を使用し、それ以外をシンセサイザー音源で補う方式を採用しました。当時はデジタルフィルターも手軽に搭載できないため、CTK-1000のシンセサイザー音源部には、より小規模な回路で複雑な波形を生成できる独自の非線形音源を開発する必要がありました。この方式はFM音源に近い質感の音を生成できますが、内部の演算式はFM音源とは異なります。学術的な周波数変調の定義にも該当しない、カシオ独自のシンセシスです。

非線形音源では、デジタル論理回路で構成された三角波の読み出し位置(位相)を、メモリーに保持した特殊な波形で変化させることでサイン波を生成し、さらに、三角波の読み出し位置に別の信号を加えて波形を複雑に変化させます。そうすることによって、FMエレクトリックピアノやFMブラスのような音色を作り出すことができました。音源システム上では、PCM音源と非線形音源のどちらか一方を選択できるほか、両者をミックスして出力することも可能です。さらに、複数の音源モジュールでひとつの音色を構成したり、2基の非線形音源を並列で使用したりと、さまざまな組み合わせに対応していました。より高度な構成として、PCM波形を非線形音源に利用することもできました。PCMとデジタルシンセシスを単純に重ねるだけでなく、PCM波形そのものを非線形処理へ取り込める、非常に柔軟な構造です。限られたメモリーと効率的な回路構成によって、PCM音源のリアリティと、シンセサイザーならではの音色変化を両立したこと。それがiXA音源の大きな特徴です。
CTK-1000は音源方式だけでなく、製品全体のコンセプトにも新しい方向性が盛り込まれていました。当時はまだ「ワークステーション」という呼び方が一般化していませんでしたが、目指したのは、1台で音楽制作を完結できる電子楽器です。リバーブ、ディレイ、コーラスなどを切り替えて使用できるデジタルエフェクトに加え、伴奏を組み立てるパターンシーケンサー、メロディーを記録するシーケンサー、細かな修正ができるステップエディット機能も搭載されています。ディスプレイが小さく、詳細な編集には操作上の難しさもありましたが、後に普及するミュージック・ワークステーションの発想を先取りした、オールインワン型の電子楽器でした。

PCM音源と非線形音源の融合。iXA音源はシンセシスの未来を先取りする音源方式でした。しかし、実際にCTK-1000本体から操作できる音色編集パラメーターは、10種類の波形選択とアタックタイム、リリースタイム変更のみという、非常に限られたものでした。社内開発用のシステム・エクスクルーシブ信号によって、音源部の詳細な制御が可能だったものの、その仕様は一般公開されませんでした。ホームキーボード風の外観に、その計り知れない可能性を隠したシンセサイザーです。
岩瀬氏に解説していただいたシンセサイザーやサンプラーのサウンドを、DAW音源パッケージとして現代に蘇らせた『Vintage CASIO Legacy』。ここからはUVIの富田氏を交え、岩瀬氏、UVI富田氏、Rock oN Companyの伊部による3名の座談会形式でお届けします。
伊部:UVIが80〜90年代のカシオシンセサイザーやキーボードを丁寧にキャプチャし、ソフトウェア音源として残してくれたことで、現代のクリエイターも貴重なカシオサウンドを音楽制作に取り入れられるようになりました。これだけの実機をすべて自宅に揃えるのは難しいですから、歴史的なサウンドを後世へ継承するという意味でも、非常に価値のある取り組みだと思います。それでは改めまして、富田さんから『Vintage CASIO Legacy』についてご紹介をお願いします。
UVI 富田氏:先ほど岩瀬さんに音源方式を解説していただいたCZ、VZ、FZ、HZ、RZ、CTKといった、カシオの輝かしいシンセシスの歴史を幅広く網羅した製品です。各実機のサウンドを可能な限り忠実にキャプチャし、そこへUVI独自のエッセンスを加えて完成したのが『Vintage CASIO Legacy』です。シンセサイザー史を彩ってきたビンテージ・カシオ・シンセサイザーのサウンドが、DAW音源として現代に蘇りました。
伊部:私は、いつか誰かがこうした音源を作ってくれると信じて、20年間待ち続けてきました。リリースしていただき、本当にありがとうございます。岩瀬さんは、実際にこの音源を触ってみて、どのように感じましたか?

岩瀬氏:この時代のシンセサイザーは、エフェクトで音をお化粧していないので、ほとんど素材のままなんですよね。そのまま聴くと荒々しく感じることもありますが、UVIのエフェクトやアルペジエイターと組み合わせることで、音が生まれ変わるんです。現代の音楽制作で十分に活用できる音源に仕上がっていると感じました。
伊部:素材そのものに力があるからこそ、その魅力が時代を経ても色褪せないんですね。アルペジエイターを使うと、80年代には想像できなかったフレーズが次々に出てくるので、ビンテージカシオシンセが現代に生まれ変わったような感覚になります。
岩瀬氏:そうですね。『Vintage CASIO Legacy』をきっかけに、80〜90年代のシンセサイザーを使って、新しい音楽を生み出すクリエイターがもっと現れるのではないかと期待しています。音を作る楽しさや、素材そのものが持つ魅力を、改めて発見できる部分があると思います。

UVI 富田氏:収録された音源を自由に組み合わせられる「マルチモード」も、本製品の大きな特徴です。たとえば、ドラムにはRZ、ベースにはCZ、コードバッキングにはHZ、リードにはVZを使用するといった組み合わせもできます。さらに、それらをワンフィンガーで自動演奏させることもコンセプトのひとつになっています。
岩瀬氏:確かに、複数の異なる機種を組み合わせるマルチモードのような使い方は、実機ではなかなかできませんよね。
伊部:マルチモードの自動演奏プリセットを聴いていくと、カシオシンセを使って現代的な音楽ジャンルを表現するならこうなる、というお手本が数多く収録されています。その新鮮なサウンドにとても感動しました。岩瀬さんのシンセサイザー開発史の第1期を象徴するCTK-1000が、UVI製品に初めて収録されたことも嬉しかったです。HZシリーズについても、既存製品の『Hybrid 6000』とは異なるアプローチでSD音源をキャプチャしています。HZのプリセットには、そのまま楽曲制作に使いたくなるサウンドが多くて驚きました。
CZについては既存製品として『CAMEO』がありますけど、『CAMEO』と『Vintage CASIO Legacy』に収録されたCZには、どのような違いがあるのでしょうか?
UVI 富田氏:『CAMEO』には、CAMEO CZ、CAMEO CX、CAMEO CMという3種類のインストゥルメントが収録されています。『Vintage CASIO Legacy』に収録されたCZは、CAMEO CZをアップデートした新しいバージョンで、サウンド全体の再サンプルと、実機のコーラスエフェクトを通した音も新たに収録しています。
CAMEO CX は CZ を2台分レイヤーできる仕様です。そして CAMEO CM は、実機から収録した波形をウェーブテーブル化したオシレーターとDSPシェイピングツールを備える、デュアルレイヤー仕様のPDシンセサイザーとなっています。CAMEO CX と CAMEO CM にはそれぞれ独自の機能があるため、『CAMEO』も固有のラインナップとして継続しているんです。

伊部:『Vintage CASIO Legacy』に収録されたCZは、カシオシンセだけを使った曲が作りたくなる、目頭が熱くなるサウンドですよ。そして『CAMEO』の CAMEO CM からは、PD音源を進化させ続けようとするUVIの愛情を感じます。特に、「Phase Distortion」スライダーによる現代的で過激な音色変化がとても気に入っています。CZファンにとっては『CAMEO』も外すことのできない音源なのではないでしょうか。

また、RZ-1のサウンドは既存製品の『BeatBox Anthology 2』にも収録されていますので、『Vintage CASIO Legacy』のRZと聴き比べてみました。
今回収録されたRZは、少しドライブがかかったような、現代的で力強いサウンドに仕上がっています。音色のバリエーションも大幅に広がっていて、ジャンルを問わず幅広い音楽制作で活躍してくれそうです。
UVI 富田氏:『Vintage CASIO Legacy』のRZは、今回新たに収録したサウンドです。UVIでは、キャプチャする楽器との相性を1台ずつ確認しながら、使用するA/Dコンバーターを毎回選んでいます。以前の収録時とは技術も機材も異なりますので、その違いがサウンドにも表れているのだと思います。
岩瀬氏:『Vintage CASIO Legacy』は、特にエフェクトの乗りが良いですね。キャプチャした元の音に複雑な倍音やノイズが含まれていて、そうした要素が関係しているのかもしれません。

UVI 富田氏:そうなんです。UVIが重視しているのも、まさにその部分です。音源方式だけを再現するエミュレーションでは、実機が持つ複雑な倍音やノイズまで再現するのは難しいんです。そこで、実機の内蔵コーラスを通した音など、回路を経ることで生まれる固有の質感まで個別にキャプチャしています。さらに、ユニゾンモードについてもソフトウェア上で再現するのではなく、実機でユニゾンモードを使用した状態の音そのものを収録しています。
岩瀬氏:やはり、そうですよね。そこまで含めて実機の音ということですね。
UVI 富田氏:はい。音源そのものだけでなく、本体からアナログオーディオ信号として出力される、アナログ回路由来のノイズまで含めてカシオの音なんですね。音の情報量が多いからこそ、エフェクトとの相性が良いのだと思います。
伊部:実際に音楽制作で使ってみると、サウンドに密度と太さがあり、アンサンブルの中でも埋もれにくいと感じました。FZのサンプルには強い主張を感じますし、HZの音色を聴いていると、かつて実機のHT-6000を使っていた頃の感覚が蘇ってきます。繊細できらびやかでありながら、しっかりと太い。特にバッキングに最適で、コーラスエフェクトを使用した広がりも素晴らしいです。ひとつひとつの音に説得力があるため、少ないパート数でもトラックが成立します。その点は、シンプルな編成で強い音像を作り上げていた80年代の音楽にも通じると思いました。また、複数の音色をレイヤーしても、耳につくような不要なピークが生じにくいことも新たな発見でした。
岩瀬氏:それぞれのシンセサイザーが独自のサウンド位相や雑味を持っているから、音を重ねたときにうまく混ざるのかもしれませんね。実機に搭載されたコーラスエフェクトまで含めてキャプチャしていただいたことも、ありがたいです。よくここまで収録したなと思います。同じアルゴリズムをソフトウェアでエミュレーションしても、その後のアナログ回路を通ることで生まれる質感まで含めて、まったく同じ音にするのは難しい。そこには、やはり「アナログのマジック」があるのだと思います。実機のサウンドを直接サンプリングすれば、回路から出力された音の質感ごと記録できます。料理に例えるなら、出汁のような旨みまで含まれているのかもしれませんね。
伊部:2000年代にソフトウェアシンセサイザーが台頭する一方で、アナログシンセサイザーが持つ荒々しく太いサウンドも再評価されました。そして現在では、アナログシンセサイザーの音も、アナログモデリング音源としてDAWで手軽に扱えるようになっています。それに対して、CZ、VZ、HZといった80年代のデジタルシンセサイザーからは、エッジの効いたデジタルサウンドにアナログの温かさが加わった、独特のハイブリッド感を味わえます。
現代のポップスやダンスミュージックでは、インパクトが強く、耳に残るシンセサウンドが求められますが、そうした派手な音色は現在では幅広い選択肢から手に入れられます。むしろ音楽制作で悩むのは、強いサウンドを引き立てながら、楽曲全体を支えてくれる音色を作る場面です。『Vintage CASIO Legacy』は、そうした「縁の下の力持ち」となる音色を作るときにも、大いに活躍してくれるのではないでしょうか。もちろん、シンセサイザーを前面に押し出したシンセウェーブのような音楽にも最適です。また、曲展開の中で「ここに何か面白い音が欲しいな」とか「決めのリフに特徴的な音が欲しいな」とか、トラックに個性的なエッセンスを加えたいときにも効果的です。
何万ものプリセット音色を選べる現代のDAW環境においても、カシオのサウンドは埋もれることなく、ひときわ独自の存在感を放つと思います。
伊部:実機から出力される音を、アナログ回路の質感まで含めて記録する。ユニゾンやコーラスも別途記録する。そうしたUVIのこだわりが、カシオ公認という評価につながったのではないかと思います。富田さんは、カシオ公認となったことをどのように受け止めていますか?
UVI 富田氏:本当にありがたいことだと感じています。単に公認や認証をいただけたことだけでなく、今回のように、開発に携わった方から当時のお話を直接伺えることも、とても嬉しいです。カシオシンセサイザーのサウンドをアーカイブとして残すという意味でも、私たちがこれまで続けてきた取り組みは間違っていなかったのだと、改めて感じています。
伊部:『Vintage CASIO Legacy』だけでなく、すでに発売されているUVI製品に収録されているカシオサウンドも、あわせて公認となったことがすごいですよね。
Vintage CASIO Legacy
CZ、FZ、VZ、HZ、RZ-1、CTK-1000 を収録
CAMEO
Cameo CZ、Cameo CX、Cameo CM を収録
Hybrid 6000
SD音源HT-6000を収録
Synth Anthology 5
CT-S1000V、HT-6000、CZ-1、FZ-1、HZ-600、VZ-1、VZ-8M、CK-500、KX-101、PT-7、SA-2、VL-1、VL-5 を収録
BeatBox Anthology 2
RZ-1、PT-7 を収録
Toy Suite
CK-200、CK-500、KX-101、MT-18、PT-50、PT-7 を収録
UVI 富田氏:CZシリーズを3種類のインストゥルメントとして再構築した『CAMEO』、HT-6000をキャプチャして現代的に再デザインした『Hybrid 6000』、グルーブボックスの歴史を網羅した『BeatBox Anthology 2』、ミュージックトイのコレクション『Toy Suite』、そしてシンセサイザーの音源図鑑『Synth Anthology 5』。これらの製品に収録されているカシオサウンドも、すべてカシオ公認となりました。
『BeatBox Anthology 2』には、RZ-1とミニキーボードのPT-7を収録しています。
『Toy Suite』には、カシオトーンを中心に、CK-200、CK-500、KX-101、MT-18、PT-50、PT-7を収録しました。
『Synth Anthology 5』には、CT-S1000V、CZ-1、FZ-1、HZ-600、VZ-1、VZ-8M、HT-6000といったカシオシンセサイザーに加え、CK-500、KX-101、PT-7、SA-2、VL-1、VL-5などのカシオトーンも収録しています。
伊部:UVI製品は、レトロなカシオトーン音源も充実しているのが嬉しいです。個人的に、カシオのサウンドはアンプシミュレーターを通すことで、大きく化けると思っています。2005年頃からフランスを中心に「エレクトロ」という音楽ジャンルが盛り上がりましたが、いま振り返ると、エレクトロ特有の歪んだ質感とカシオの音は、非常に相性が良いんです。私がカシオシンセやキーボードの収集に夢中になったのも、ちょうどその頃からでした。だからこそ今、『Vintage CASIO Legacy』や『Synth Anthology 5』などを使って、新世代のエレクトロを生み出せるのではないかと思います。若いクリエイターはもちろん、エレクトロやダブステップを通過してきた世代、そしてビンテージ・カシオ愛好家の皆さんにも、このサウンドを使って、これまでにない新しい音楽ジャンルの創造に挑戦していただきたいです。
UVI製品は、音源を再生するUVI Player (無償提供) で使用できるほか、UVIのフラッグシップ音源 Falconでも使用することができます。 Falconを使用すれば120以上のエフェクトを駆使した音作りが可能。デモ動画の冒頭では、Falconの最新版 Ver.2027 に搭載された新エフェクトを試しています。また、UVIのカシオサウンドと、外部エフェクトのアンプシミュレーター(Native Instruments Guitar Rig)との組み合わせも試してみました。

伊部:最後に、この記事をお読みいただいている皆さんへ、お二人からメッセージをお願いします。
UVI 富田氏:カシオシンセサイザーを愛する皆さんには、ぜひ『Vintage CASIO Legacy』の魅力を多くの方へ広めていただきたいです。そして、世代や音楽ジャンルを問わず、幅広いクリエイターの皆さんに、カシオシンセサイザーの魅力を体験できる音源としてUVI製品を選んでいただけたら、とても嬉しいです。
岩瀬氏:もう一度、音そのものにインスパイアされて音楽を作ることに取り組んでもらいたいですね。現在は音を作ることよりも、用意された音のなかから選ぶことが多くなっています。だからこそ、「この音があるから、この曲が生まれる」という発想で音楽を作る人が、もっと現れてくれたら嬉しいです。私は常々、音色とメロディーは一体のものだと考えています。ある音色からメロディーが生まれることもあれば、メロディーから必要な音色が見えてくることもある。音色とメロディーが合致したときに、リスナーの心へ強く訴えかけるものが生まれるのではないでしょうか。音色からイマジネーションを広げて曲を作る。その楽しさを、『Vintage CASIO Legacy』を通じて、ぜひもう一度味わってほしいと思います。
Writer:IBE
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