本サイトでの Cookie の使用について

閉じるボタン
head-love Created with Sketch. CREATOR
CREATOR

第一線で活躍するクリエーターのインタビューやコラムなど、音楽と真摯に向き合う作り手の姿があなたの創作意欲を刺激します!

28
Feb.2014
CREATOR

第30回 【前半】田辺恵二さん

people_inai_01
tanebe_03

音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。
第31回目は作編曲家の田辺恵二さんです。AKB48を始め、J-POPシーンで数々の作品の作編曲プロデュースとしてご活躍ですが、当コーナーの読者の方には、DAWソフト PreSonus Studio Oneの国内における先進的ユーザーとしてご存知の方も多いかもしれません。

今回のレポートは【前半/後半】に分けてお届け。この【前半】では田辺さんのご自宅スタジオに御邪魔して伺ったお話を中心にお届けします。また、3月29日公開予定の【後半】では田辺さんと20年ぶりに共同作業を行ったというCharaさんにご登場頂いてお話をお伺いし、お二人が出会った頃のお話、再び共同作業を行った時の模様、そしてCharaさんの活動の現在についてお届けする予定です。ご期待下さい!

2013年12月11日取材

title_01

tanebe_01tanebe_02

まず、音楽に触れられた頃のお話をお伺いできますか?

 

tanabe_icon

3歳くらいの頃、親がオルガン教室に連れて行ったそうですが、続かずに2時間で帰って来たそうです。その後、楽器を意識した記憶としてあるのは、自分が通ってた小学校の音楽ではソプラノリコーダーの授業があったんですが、隣の小学校では鍵盤ハーモニカだったんです。ある時、「ん、あっちの方が沢山音が出る(和音)じゃん。こっちは1つ(単音)しか出ない。」と思って、お年玉で鍵盤ハーモニカを買いました。小学2年生だったと思います。近所のレコード屋さんの端っこに置いてあって、2,600円でした。その後、小学4年になった頃、YAMAHAのポータサウンドが発売されたんですが、当時、雑誌「明星」の歌本にポータサウンドの運指みたいなのが載っていて、それ通りやると曲が弾けたんですが、「おお、これすげえじゃん。」と思ってお年玉で買いました。

 

どんな曲を弾いてたんですか?

 

tanabe_icon

歌謡曲も好きでしたが、4つ上の洋楽好きな兄貴の影響が大きかったです。僕が初めて意識した洋楽はその頃のトップ40もので、チャートを追いかけるようになり、雑誌の「Billboard」を定期購読するようになりました。もちろん英語は読めないけど、毎週、チャートをペンで線を引いてチェックしたり、湯川れい子さんの「全米トップ40」等のラジオをエアチェックしたりするのが楽しみでした。ちょうど、テレビで「ベストヒットUSA」が始まった頃で、友達の家でMTVが流れるTVKの番組の録画を見て「これ、すごいな」と思ったり、そういう時代でした。中学の頃好きだったのはプリンスやマイケルジャクソン、ブルース スプリングスティーン、他にもヘビメタや初期の頃のヒップホップなんかも。第2次ブリティッシュ インベーションやニューウェーブといったイギリスの流れも知識として分ってましたが、全てまとめてトップ40ものとしてごっちゃにして聞いてた感じです。

 

tanabe_icon

中学生になると、池袋のヤマハ音楽教室に通うようになって、そこにはMSXやDX7が置いてあったし、池袋サンシャインで楽器フェアをやっていたので、そこで情報を得てました。また、関東だけかもしれませんが、日曜の昼にローランドが提供する「ローランド サウンド・スポーツ」というテレビ番組があって、Juno-106等が宣伝に登場してたんですよ。それを見て、当時あった池袋西口の丸井の楽器売り場に行って「おお、これがJunoか!」みたいな感じで弾きに行ってました。中学1年の時に友達とバンドを組くむことになり、まだ中学生なんだけど、親に高校の入学祝いとしてKORG POLY-800を買ってくれ、と頼んだんです。89,000円でした。

 

よく値段まで覚えてますね(笑)。

 

tanabe_icon

そうなんですよ(笑)。さらにKORG Mono/Polyも買いました。

 

シンセの音作りはどうやって覚えたんですか?

 

tanabe_icon

近所の本屋で、ミッキー吉野さんが監修したSH-101を解説するムック本を見つけて、SH-101はモノフォニックなのに、「ピアノやオルガンの音を作ろう」みたいなことが書かれていて、「なるほど!」と言う感じで読み、覚えて行きました。

title_02

tanabe_icon

高校では軽音楽部に入りたいと思ったんですが、登校初日から、なぜか「田辺は嫌な奴だ」というレッテルを貼られてしまって、「お前は軽音楽部に入れない」と拒否されたんです。全くもって理由は分らなかったのですが。それで、中学の頃の友達が通ってた隣の高校の軽音楽部に出入りするようになりました。そこでは、先輩のバンドをキーボードで手伝ったりしてましたが、その当時、バンドのアレンジにキーボードパートが入ることが急に増えた時期で、シンセを持ってた自分が重宝されたんです。アースシェイカー、ラウドネスなどのハードロックやBOWYなどですね。また、打ち込みみたいなこともやるようになり、ヤマハのシーケンサー QX7を使ってました。友達からDX7を借りてPOLY-800と、コンパクトエフェクターをつなげたポータサウンドで3段重ねして弾いてました。

 

DX7が入ればリッチに見えますね。

 

tanabe_iconそうそう、その学校の生徒たちからは「お前が田辺か。すごいんだってな!」みたいなことを言われてました(笑)。

 

鍵盤の演奏は独学で?

 

tanabe_icon

そうです。最初はコードを覚えて、譜面を少しずつ読めるようになった感じです。音楽教育を受けたことは一切なく、完全な独学です。その軽音楽部で、留年してるギタリストと知り合ったんですが、彼をきっかけにして、高校生でライブハウスに出てるような人たちとつながっていくんです。その中に浅田祐介がいて、彼とは高2年の時に知り合いました。そのギタリストの親戚が渋谷にあるギルティのオーナーで、板橋にリハーサルスタジオを作ったんですが、そこで夜中に先輩のバンドでリハーサルしたりして入り浸るようになりました。

 

その頃は演奏だけだったのですか? レコーディングは?

 

tanabe_icon

ほとんどやってないです。自分で宅録してましたが、曲じゃなくて、8小節くらいのループ素材を作ってカセットテープに録音して個人的に楽しんだり、そういう程度でした。

 

作曲は?

 

tanabe_icon

やってないですね。まず、知らなかった、というか、自分は作曲をやるような人ではない、と思い込んでたんです。

 

どういうことですか?

 

tanabe_icon

音楽教育を受けてる訳でもないし、ただ演奏することを楽しんでただけなんですね。「俺はロクな大人にならないだろうな。」とも思ってましたし(笑)。大学を受けましたが、勉強しなかったので落ちたので、近所のPAの会社で働くことにしました。18歳の頃ですね。そこでケーブルの取り回しを始め、PAについて色々覚えました。そこで働きながら、祐介たちとつるむようになり、その頃にCharaとも知り合いました。彼女はあるバンドのキーボードをやってました。驚いたのが、買った楽器や機材の値段を一つ一つ正確に記憶されてること。小学校の時買った鍵盤ハーモニカの値段まで覚えてるなんて普通ありえないと思いますが、その後も、購入された機材の名前と同時に金額までも正確に教えて下さいました。この時点でとてもユニークな田辺さん。私は昨年買ったソフトシンセの値段さえも覚えてませんが。。。この後話は、田辺さんがプロになるきっかけになった仲間との出会いに移ります。
仲間、場所、タイミング = プロになるきっかけ

 

tanabe_icon

その後、祐介がSONYのオーディションに入賞し、プロとして動き出します。さらにCharaのデビューが決まり、祐介がアレンジを行うことになったんですが、「恵二、ちょっとプログラミング手伝って。」と言われ、「はい、じゃあやります。」ということになったんです。マニュピレーターという関わり方ですね。経験のない若い僕らにメジャーアーティストの1stアルバムを任せるといった、当時のEPICのスタッフの決断はすごいですが(笑)。手伝い的な感じで仕事も頼まれるようになったのですが、強烈に覚えてるのは、細川ふみえさんのイメージビデオのBGMを作る仕事です。値段はともかく、メジャーレーベルから仕事を頼まれるって「すげーなー」と思ったりして。

20140220KT_CHA_8__2

当時、EPICは邦楽ポップスの業界の中で一番イケイケでしたしね。

 

tanabe_icon

そう!だからCharaのアルバムには「クレジットに自分の名前が載らないとだめだな。」と思いました。それがプロとしての始まりですね。改めて「これは仕事になるんだな。」と思ったんです。

 

「超ラッキー!」という感じ?

 

tanabe_icon

そうそう(笑)。本当に、いい時期にいい場所に居て、「これはヤバイ!」とか思ってました(笑)。それで、その周辺でうろうろしてる感じだったんですが、レコード会社の人に「お前、いつもいるけど普段は何やってんの?」と聞かれ、ループ素材みたいなものを作ってはいたので、「こんなものしか作ってませんが。」と正直に言って聞かせたら「いいセンスしてるからもっと持ってこい。」と言われたんです。「色んな音楽をもっと聞いてみろ。」とアドバイスされ、それがきっかけで当時の邦楽を沢山聞くようになり、「ああ、こんなのもあるのか。」という感じで吸収していきました。その後、その人に「お前、アレンジやってみろ。」と言われて、僕は「アレンジなんかやったこと無いですよ!」と思いながら「はい、やってみます〜」と答えました(笑)。それがデビュー前の古内東子でした。それから彼女がデビューするまでの2年あまり、プリプロを手伝ったりしました。

 

その頃使ってた機材は?

 

tanabe_icon

シーケンサーはRoland MC500 mk2で、音源はAKAIのサンプラーを中心に、いくつかの音源モジュールなど。それらを使って、古内東子のデビューアルバムでは7曲アレンジすることになったのですが、レコーディングにやって来るミュージシャンが、ピアノの中西康晴さんやギターの吉川忠英さんといった錚々たる人ばかりで、僕のような二十歳そこそこの若造にとっては大変な経験でした。

 

本番に強いタイプですか?

 

tanabe_icon

いや、いや、いや!! もうやるしかない(笑)。エンジニアさんを始め、知ってるスタッフが周りに居たので、なんとか大丈夫だったんですが。それで、大変な思いをしてレコーディングを終えた訳ですが、ひどいのが、後日、雑誌「宝島」にレコ評が載っていて、「デモテープのような、貧乏くさい仕上がり」みたいなことが書いてあったんですよ!「はぁ〜!!」と思って、自分ではタイトなサウンドプロダクションで、かつ、そこに古内東子のオーガニックなテイストが乗る、みたいな、キャロルキング ミーツ デジタルみたいな感じを狙ってたんですが、「宝島」には全く解ってもらえなかったんです。その横にはレニークラビッツが載ってて、そっちは大絶賛だったんですが(笑)。

 

自分では評価を期待してた?

 

tanabe_icon

はい。「この作品が出たら、俺はぜったいヤバイ!」と思って、仕事のオファーが沢山来ると密かに期待してたんですが(笑)。。。でも、この作品は業界内で話題になったし、古内東子自身も実力派ということで評価されました。

 

それはいくつの頃ですか?

 

tanabe_icon

23歳ですね。

 

若いですね!「新進気鋭のアレンジャー登場」という感じ?

 

tanabe_icon

どうでしょう(笑)? 話が前後しますが、古内東子の仕事をやる前にマニュピレーターの仕事をやっていたんですが、当時、森達彦さんから声をかけて頂き、森達彦さんの会社 ハムに籍を置いていました。山口百恵さん作品を始めとする大御所のアレンジャー萩田光雄さんを始め、先生方に付いてアシスタントをやるんですが、機材はもちろんのこと、スタジオ内での仕事の回し方など大変勉強になりました。萩田さんは厳しかったですが、僕のことを買ってくれて、よく現場に呼んで頂きました。

title_03

田辺さんは、走りながら勉強するタイプですね?

 

tanabe_icon

そうそう。まあ、プロミュージシャンになる勉強なんてない訳ですから。マニュピレーターは大変な仕事で、作業は朝まで続くのが普通でした。シンセの音色を1つ1つ作るにしても時間がかかるし、上手くシンクしなかったり、サンプラーがディスクを突然読まなくなってしまったりと、いちいち時間がかかったんですよ。それで、僕は当時から「無駄なことやってんな〜。」と思ってたんです。だから自分がメインでやるようになってからは、徹夜することは止めにしようと思ったんです。

 

ご自分でパソコンを使うようになったのは?

 

tanabe_icon

「あるアレンジャーさんが、Macというのでデータを作って持ってくる。」ということになったので、事務所から「Macを覚えてください。」という指示が出たんです。もちろん既にカモンミュージックがあったし、コンピューターで音楽を作ることは知ってました。「明日レコーディングがあるから機材取りに来い。」ってことで、Macintosh SEにOpcode MIDI Translatorを繋げて使ったんです。

 

OSの使い方も知らないのに?

 

tanabe_icon

そうです、全く知らない。「こうやればOSが起動して、マウスでダブルクリックするとソフトが起ち上がって、、」みたいな説明だけでした。「乱暴すぎるだろう!」と思いましたよ(笑)。ソフトはPerformerでしたが事務所の人たちもよく分ってなくて、覚えたのはコピペ、トランスポーズ、ヴェロシティくらいでした。それで臨んだ現場は稲垣潤一さんのレコーディングだったんですが、周りの人もMacをよく知らない訳ですから、「これすごいんだよね?」みたいな感じで僕に聞いてくるんです(笑)。

 

ご自分で購入したのはいつですか?

 

tanabe_icon

自分で買ったのは古内東子のレコーディングの途中で、classic IIでした。値段は198,000円。なんで俺は値段を細かく覚えてるんでしょうね〜?(笑)Macといえば、それまでは色々含めて100万円以上するものでしたから「すげ〜安い!」と思いました。それ以降は、制作環境はずっとコンピューターベースです。古内東子はサードアルバムまで制作に関わりましたが、その後、仕事が無くなってしまい「やばい。」と思ったんですが、人に「事務所に入った方がいいよ。」と言われ、紹介されて入ったのがヴァーゴミュージックだったんです。大きい事務所だったので「こんなところに僕が入っていいの?」と思いました。おかげで最初から仕事がまわるようになりました。

 

事務所ではアレンジャーとして?

 

tanabe_icon

そうです。加えて「曲も書きます」ということで。コンペで曲を書くようになってましたが、音楽理論も知らないので、普通の職業作家さんとは違いましたが。打ち合わせで「こんなこと出来ます?」と聞かれて、やったことがないことでも、「はい、出来きます。」と答えてました(笑)。

title_04

tanebe_03tanebe_04tanebe_05

走りながら学ぶ、ですね(笑)。

 

tanabe_icon

音楽業界バブルの1998年頃は仕事量も多く、多い時は3アーティストくらい並行してやってたので、機材も新しいのを買っては、すぐに現場で試す。そういう時代でした。パソコンでオーディオレコーディングを始めたのが1996年。最初はA-DATを使ったんですが、コピペが出来ないのでDigidesign Audiomedia IIを買いました。DAWはDigital Performerです。MacはIIciやLC475を改造しクロックアップして使ってました。その後、ProTools IIIにして、一緒にYAMAHA O2Rも買いました。本当は要らなかったんですが。

 

なんでですか?

 

tanabe_icon

そもそも、ミキサーは嫌いだったんです。なぜって、8BUSでしょう? スペック的に「なんだよ〜」と思って。Digital Performerだったら、いくらでもできるんじゃないか、と思ってました。

 

じゃあ、何で買ったんですか(笑)? 安くはないですよね?

 

tanabe_icon

なんかプロっぽいかなと思って(笑)。その頃から家で作ったものを本番でも使うことをやってました。1997年頃はデジタルトランスファーをするのが好きで、デジタルフォーマットコンバーターのOTARI UFC-24を経由して、家で作った素材をスタジオで一気に流し込んでました。その次にPro Tools 24|MIXにして、スタジオで録ったものを家に持ち帰り、エディット出来るようになりました。そうすることで自分の思ったサウンドに追い込めるし、スタジオの時間も減らせたのですが、まだ多くのエンジニアさんは半信半疑で「なにそれ?」という感じでしたが。また、制作のやり方の1つとして、スタジオでミュージシャンが曲を熟知する前に少ないテイクで録ってしまい、素材を持ち帰りエディットで完成させる、といったことも行っていました。

 

それはどういう意図があって?

 

tanabe_icon

何度も演奏を繰り返すと、ミュージシャンが曲を覚えるに従って、勝手に物語を作ってしまうことがあるんです。それだと面白くない場合もあるので、曲を覚えてしまう前にテイクを押さえて、「はいおしまい!」と終了させ、あとは編集で繋げるんです。

 

なるほど〜、90年代っぽい感じがしますね。

 

tanabe_icon

そして環境はDSPから離れ、CPUネティブに移ります。大きな理由は費用対効果を考えてです。1999年にPower Mac G4 450MHzが出たのでMark of the Unicorn PCI-324を挿して使ってました。

そのままDSPに行かなかったのが田辺さんらしいですね。

 

tanabe_icon

そうですね。「1枚カードを増やしてI/Oを足すと50万かかって。。。」というのは「違うな〜」と思ったんですね。その頃はソフトシンセも発売され、Native Instruments Reaktor、Battery、Pro-Fiveといったソフトシンセとハードウェアシンセを混ぜながら使ってましたが、それまでにない色んな可能性を感じてました。AKAIのサンプラーもMac上でコントロール出来るようになり、加えてRoland XV-5080もデジタルアウトができたのでPCI-324のデジタルインプットに繋いで使ってました。

 

tanabe_icon

その後、OS X環境になる訳ですが、Digital PerformerからLogicに移り、Macは1G Dual Power Mac G4を使ってました。Logicに付いてるソフトサンプラーのEXS24に、持ってる音源をコンバートして一気にライブラリ化しました。Logicになって半年くらいでシステムは全てソフトウェア化しました。当コーナー「People of Sound」に登場して頂いた他の方々にもいらっしゃいましたが、田辺さんも、スタジオの標準環境になる前の段階からMacを積極的に音楽制作に取り入れていた一人。今に比べると値段も高かったし、うまく動かないことも多く、沢山の苦労があったと思いますが、本文中にもある通り、現場で走りながら学び、乗り越えてこられたのでしょう。そして、田辺さんの今の顔、作曲家/プロデューサーとしての話に移ります。

 

作曲家としての田辺さんについてお聞かせください。

 

tanabe_icon

作家としての仕事が多くなるのは2000年頃からです。いわゆるコンペブームになり「コンペに出さないと仕事にならない。」と事務所に言われたので「じゃあやるか。」と始めた訳です。最初の頃は全然採用されずダメでしたよ。でも沢山書いて行くうちに、だんだん作り方が分るようになってきて、採用される率も上がっていきました。

 

作曲家として、ご自分で感じる田辺さんの個性みたいなものはありますか?

 

tanabe_icon

2003年頃からしばらく、1週間に10曲とか書いてた時代があるのですが、その時期に分ったのは、「ハーモナイズが人と違う」ということでした。

 

和音の積み方とかですか?

 

tanabe_icon

そうです。理論を解ってないということもあるかと思いますが、最終形になると周りの人も僕の音だと分ってくれるんですよ。あとメロディの跳躍の仕方や、音の間合いの取り方にも自分の色があります。具体的に説明しにくいんですが、曲を書く時にはAメロ、Bメロ、サビのそれぞれに物語がないとだめだと思ってます。

 

作曲の師匠みたいな人はいなかったんですか?

 

tanabe_icon

師匠というか一番影響を受けたのは伊秩弘将さんですね。伊秩さんがプロデュースするガーデンズというグループがあって、僕はガーデンズのメンバーだったんですが、

 

知ってます。そうだったんですか!

 

tanabe_icon

はい。ガーデンズでは伊秩さんの曲をアレンジする訳ですが、譜面とデモテープをもらうことになるので、伊秩さんの癖とかがダイレクトに分るんです。伊秩さんのメロディは押しがあって、サウンドに依存してない強さがある。メロディだけで完結してるんです。僕はそこを学びました。

title_05

話を変えますが、田辺さんはTwitterやUストなど、自分から積極的に発信してますね?

 

tanabe_icon

仕事においてコンペのシステムって受け身じゃないですか。その上、選ばれた時じゃないと世の中に作品を出せない。それはまずいと思ったんです。自分の曲の一番のファンは自分なので、やっぱり作った曲は聞きたいんですよ。そのためには、自分が動かなくてはだめだと思うんです。もちろん昔から自分でやろうという気持ちは持ってましたが、幸いな事に、今はUストやニコ生といった自分で発信できるインフラが揃ってるということです。

 

tanabe_icon

自分一人で24時間の生放送をやってますが、最初Uストでやってた頃は知ってる人しか見に来なかったんですが、ニコ生でやるようになると知らない人もたまたま見に来て、「この人何やってんだ?」ということになるんです。幸い、AKBの仕事をやったりして、自分のアイコンというか名刺になるようなものがあるので、「田辺恵二」でググってもらえば、僕が何者かであることを分ってもらえるんです。すると、後から見に来た人に対して前から見てる人が勝手に僕のことを説明してくれて、リンクとかも貼ってくれるんです。そういうシステムが作り上がってるんです。面白いですよ。曲を書いてるところをそのまま流すこともやってますが、僕がやってることが全く分らない人もいれば、「そのソフトなんですか?プラグイン何を使ってますか?」みたいな質問をしてくれる人もいます。見てる人、反応してくれる人がいるから全然句苦じゃないし、やるにつれて見てくれる人が増えるので嬉しいですね!

title_06

「自分発信」というスタンスを軸に活動を継続している田辺さんが、現在、情熱を注いでいるプロジェクトが「JIMOTO=KAZOKU」プロジェクト。このプロジェクトで田辺さんはプロデューサーとして活躍されています。プロジェクトについて田辺さんに説明して頂きました。

tanebe_06

tanebe_07

2013年度の流行語大賞「じぇじぇじぇ」を生み出した大ヒット朝の連続ドラマ『あまちゃん』からスピンオフしたNHKオンデマンドの企画『全国あまちゃんマップ』。その47都道府県の『地元』を紹介する為に選出されたロコドルが動画再生回数、投稿数等を競う全国ご当地アイドルランキングバトルを開催。それが『JIMOTO=KAZOKU』プロジェクトです。このプロジェクトは、各メディアでも取り上げられ、ロコドルブームを一過性のものではなく、さらなる進化系の形として、地域活性の原動力をテーマにして発足しました。私はこのプロジェクトでロコドルの選出やイベントの企画、テーマソングのプロデュースを手がけています。田辺さんが手がけられたテーマソング『JIMOTO=KAZOKU』
現在、全国のロコドルがカバーを表明 / 手話バージョン等も制作中

関連サイト
NHKオンデマンド :
全国47都道府県ご当地アイドル大特集 >>

そしてそのロコドル同士を家族と考え、つないでいく放送局
「AKIBA伝えたい放送局」>>

公式Youtubeチャンネル >>

さてこの『JIMOTO=KAZOKU』プロジェクト。ここでは書ききれない、ちょっとキワドくて面白いお話もお伺いしました。その内容は引き続き【後編】にて!ご期待下さい!

最後の質問ですが、田辺さんにとって音楽とは何でしょうか?

 

tanabe_icon

う〜ん、何だろうな。そんなこと考えたことないからなぁ。最大の理解者であり、一番の謎でもある存在だし。。。シンプルに「日常」ですかね。毎日、起きてから寝るまで音楽のことばかり考えてますからね。

Uストやニコ生といったツールを使い、自分から発信することによって音楽ビジネスの新しいありかたを作り出そうとしている田辺さん。その活動がパーソナルな領域を超え、さらに大きなステージで実を結ぼうとしているのは、本文で紹介した『JIMOTO=KAZOKU』プロジェクトの通り。
ネットを使った次の音楽ビジネスのありかたを説く評論や書籍など巷に溢れていますが、それらの机上論と違い、田辺さんの行動からは「走りながら学ぶ」、「走りながら実現する」といったバイタリティを感じました。なにせ、一人で24時間の生放送を行うというパワーはそう簡単に持てるものではないと思いいます。
さて、後編では20年ぶりに共同活動が実現したというCharaさんにご登場いただいて、その辺りのお話を伺いましたのでご期待ください!

artist_image

田辺 恵二氏

作編曲家
作編曲プロデュース

東京都出身1969.4.22生 O型

1991年 Charaのデビューアルバムのシンセプログラマーとしての参加を皮切りに

1993年 古内東子のデビューアルバムに参加し、本格的にアレンジャーとしての活動を開始。「ゴスペラーズ」「及川光博」などの、アレンジや楽曲提供を始めとしコンサートにおけるバンマスも担当。

1996年 [mode rock]でレコードデビュー。

1997年 [ガーデンズ](伊秩弘将プロデュースのユニット)のメンバーとして楽曲提供と全てのアレンジを担当。以後、多数のアーティストの作品に、レコーディング・ライブを問わず参加、楽曲提供も積極的に行う。

2001年 以降は、みずからミックスまで手がけるなど持ち前のバイタリティと、幅広いアレンジアプローチでアレンジャー・コンポーザー・プロデューサーとして活動中。

2002、2006年 日本レコード大賞金賞を編曲家として受賞する。

Works 主な最新作品

Chara [Juior Sweet](プログラミング)

木村カエラ [Two Of Hearts](Chara共同プロデュース)

T-ARA [Happy Rain](作曲)

Dream5 [神様ヤーヤーヤー](編曲)☆ダンボール戦記オープニング

NMB48 [ジャングルジム](編曲)

Not Yet [風車の見える街](編曲)

SKE48 [積み木の時間](作曲 編曲)

板野友美[Dark Side ](作曲 編曲)

bump.y [SmileFlower ](作曲) ★みんなのうた2011年度6.7月期放送

ノースリーブス [奇跡は夜生まれる ]高橋みなみソロ [尺が欲しい ] 恋愛運上昇団(作曲)

米倉千尋[Seize the day ](ミニアルバム全編曲)

AKB48 [ラッキーセブン ](作曲)★セブンイレブンCM曲

bump.y [Sweet Hits☆ ](サウンドプロデュース)

超新星 [P.S. ](編曲)

浜崎あゆみ [kiss o` kill ](編曲)

SMAP [だいじょうぶ][ススメ!](編曲)

w-inds. [ブギウギ66][Still on the street](編曲)

鈴木亜美 [スローモーション](編曲)

タッキー&翼 [Starry Sky][HEY!! LISTEN TO THE MUSIC](編曲)

中ノ森BAND [Oh My Darlin’][恋愛Express](編曲)

AAA [太陽][Get or Lose](編曲)

WaT. [More][はじめの一歩~約束~](編曲)

島谷ひとみ [綺羅星](作編曲)[jewel of kiss][赤い砂漠の伝説][ilusion][月影のエデンへ][ツキノイノリ][マシュマロ](全編曲)

Pani Crew [Kaze-Nagare](作曲編曲)[冒険者](編曲)

柴咲コウ [色恋粉雪][輝石][忽忘草][ブルーライトヨコハマ](編曲)

melody.[Angel Angel Angel][Precious baby](編曲)

shela [Forgive][枯れない花](作曲・編曲)

上戸彩 [Distance](作曲)

hiro [eternal place](編曲)

岡本真夜 [想い出にできなくて] [ピクニック][rhythm-自由の楽園-](編曲)

他多数


今使用しているDAWはStudio One。「別に人に頼まれて使いだした訳ではもちろんなくて、この製品がいいと思って使っています。」

Tanabe_chara_Sample_25__2

Shinya’s Studioの1176。 (ラック内上から3番目 ※クリックで写真拡大します。)「これ、珍しいでしょう。1176のRevision Dのクローンなんですが、オリジナルよりハイファイな気がして抜けがいいです。」

20140220KT_CHA_40__1

Saitara Software AC-7 Core HD : Studio OneをiPadでコントロール。「自分でブースに入って歌を録る時などに利用していて、フェーダーの精度はそこそこ高いですよ。色々試した結果、これが一番良かったです。」

アイドルの子達も歌入れにやってくるというボーカルブース。この日はBlue Bluebirdがセッティングされていた。

Tanabe_chara_Sample_27__2

田辺 恵二さんブログ「田辺恵二のブログ モノには順序があるでしょ?」


    記事内に掲載されている価格は 2014年2月28日 時点での価格となります。

    最新記事ピックアップ

    リボンマイクレビュー「どんな距離でも崩れない音の輪郭に魅力を感じました」~ KE…
    数多くのビンテージ機材を備え、ビンテージ機器のレプリカをハンドメイドで製造、販売しているレコーディングスタジオKERWAXから、ビンテージサウンドとは方向性の違う現代的なリボンサウンドを持つK-23Rを試す機会を頂戴致し [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.232』YAMAH…
    作曲からミックスまで、田辺さんのノウハウを垣間見ながら、その中で制作風景や気になるクリエーターを紹介したり、最新の機材をいじっちゃうというこの企画。 音いじ第232回目は前回のYAMAHA VOCALO CHANGER [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.231』YAMAH…
    作曲からミックスまで、田辺さんのノウハウを垣間見ながら、その中で制作風景や気になるクリエーターを紹介したり、最新の機材をいじっちゃうというこの企画。 音いじ第231回目は、YAMAHA VOCALO CHANGER をい [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.230』Audio…
    音いじ第230回目は、Audio Modeling SWAM Strings Sections をいじっちゃいました! セクションになることで滲みや揺らぎが加わり、Popsに馴染みやすくなったサウンド。そしてキースイッチ [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.229』Waves…
    音いじ第229回目は、Waves SPACE RIDER をいじっちゃいました! 入力信号の大きさによって効果が変わる、Waves社おなじみ「Rider機能」で、リバーブサウンドがどう変わるのか教えて頂きました! ご意見 [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.228』Synth…
    作曲からミックスまで、田辺さんのノウハウを垣間見ながら、その中で制作風景や気になるクリエーターを紹介したり、最新の機材をいじっちゃうというこの企画。 音いじ第228回目は、Synthesizer V ボイスによる音質問題 [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.227』iZoto…
    作曲からミックスまで、田辺さんのノウハウを垣間見ながら、その中で制作風景や気になるクリエーターを紹介したり、最新の機材をいじっちゃうというこの企画。 音いじ第227回目は、iZotope VEA をいじっちゃいました! [……
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.226』2023年…
    田辺さんが2023年に買ったプラグイン10製品をご紹介していただきました!
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.225』Synth…
    有機的なサウンドの作り方を実演していただきました!
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.224』MOOG …
    有機的なサウンドの作り方を実演していただきました!
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.223』Waves…
    最大2,000バンドでボーカル素材をリアルタイム分析する実力を試して頂きました!
    『田辺恵二の音楽をいっぱいいじっちゃうぞVIDEOS Vol.222』Voost…
    国産プラグインのVoosteQ Model N Channelをいじっちゃいました!
    Copyright © Media Integration, Inc. Rock oN Company