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25
Jun.2023
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People of Sound 第50回 作曲家 宅見将典氏インタビュー

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音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくかに注目します。第 50 回目は作曲家の宅見将典さんです。ご存知の通り、ロサンゼルス現地時間の 2023 年 2 月 5 日、第 65 回グラミー賞の発表・授賞式があり、宅見将典さんのアルバム「SAKURA」が最優秀グローバル・ミュージック・アルバム賞を受賞。国内でも大きく報道されました。今回は宅見氏のプライベートスタジオにお邪魔し、受賞までの経緯について、なかなか聞けない貴重なお話をお伺いすることができました。また、海外に向かって作品を発信する方法についてもお聞きし、作品を作ってる読者の皆様にとって興味あるアドバイスが展開されましたよ!


<プロフィール>

宅見 将典(Masanori Takumi)

音楽への目覚めは小学校でのブラスバンド部のトランペットにはじまる。13 歳の時に出会った X JAPAN のYOSHIKI の音楽に影響をうけ、以来バンドを組みながら作曲を始める。 独学でドラム、ギター、ベース、ピアノなど 4 リズムの楽器を演奏するようになる。2000 年 3 ピース編成のロックバンド “siren” で BMG JAPAN よりメジャーデビュー。ドラマー、作編曲家として活動。その後、数々のプロデュースや映像音楽などを手掛ける。

主な楽曲提供プロデュースアーティストとして、EXILE / DA PUMP / PKCZ® / AAA / KARA / Lead / 手越祐也/ FT ISLAND / T1419 / パクヨンハ / XOX / 私立恵比寿中学 / 渡辺麻友 / ViViD / DAIGO / BREAKERZ / モーニング娘。/ °C-ute / ノースリーブス / 相川七瀬 / アンダーグラフなど。サウンドトラックでは “CLYMORE””Witchblade” などのアニメ作品や、 東京 2020 オリンピック公式文化プログラムの「MAZEKOZE アイランドツアー」 の音楽を担当する。海外アーティストにおいては MR.BIG のボーカル Eric Martin のソロアルバム “Mr.Rock Vocalist” のサウンドプロデュースや Terry Bozzio ソロライブ “History of Terry Bozzio”in Japan の音楽監督を務め、作曲プロデュースにおいては米国 R&B 界のプリンス ”Trey Songz” や、YouTube スター “ThatPoppy” の楽曲を手がける。

国内アワード受賞作品は第 53 回日本レコード大賞にて AAA の ”CALL” の作曲で、また第 61 回日本レコード大賞では DA PUMP の ”P.A.R.T.Y ユニバースフェスティバル ” の作曲、編曲で優秀作品賞を受賞する。海外においては第 56 回グラミー賞にて Sly&Robbie and The Jam Masters のメンバーとしてアルバム “REGGAECONNECTION” でギタリスト、キーボーディストとして参加しベストレゲエアルバム部門でノミネートされ、グラミー賞ボーティングメンバーとなる。また、MASA TAKUMI 名義のソロアルバム “Deep Down” “HERITAGE” などが米国の Akademia Music アワード受賞、Global Music アワード、Hollywood Music In Media アワード (HMMA) など数々の米国内アワードでノミネートを受ける。 2023 年第 65 回グラミー賞にてソロアルバム ”SAKURA” が最優秀グローバルミュージックアルバムを受賞した。日本人としてこの部門で初の受賞という快挙を達成した。

Masa Takumi OFFICIAL SITE ( https://www.masa.world/ )

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Rock oN :今日はお時間いただきありがとうございます。まずはグラミー 最優秀グローバル・ミュージック・アルバム賞受賞、大変おめでとうございます!まずは小さいころの、音楽に触れたタイミングの思い出についてお聞かせください。

宅見将典:小学校 2 年生のときに学校でリコーダーが支給されたんですが、授業で習う前からアニメソングなどが吹けたんです。多分、耳コピができたんでしょうね。それを見ていた担任の先生が吹奏楽部の担当だったんですが「吹奏楽部に入りなさい」と言ってくれました。本当はサッカー部に入りたかったんですけどね。それで小学校4 年生の時に吹奏楽部に入りました。その吹奏楽部がスパルタ系の強豪で、朝練もあったし、夏休みも毎日学校に行って練習しました。50 人くらいの大御所なんですが、繰り広げられる大合奏の「なんかすごい」という感覚を体で感じて、それは子供の耳にとって重要な体験だったと思います。

Rock oN :音楽で高揚感を覚えたんでしょうね。また、生音の強さ、というものがありますよね。

宅見将典:そのとおりです。耳が柔軟な時期に、倍音を含んだ音をしっかり体感できたのはとても良かったでしょうね。トランペットはファーストの担当なので、花形のポジションとして主メロディーを吹き、とても楽しかったです。また、ハモる時のハーモニーの心地よさを知らず知らずのうちに体験していたという感じですね。今、自分が作っている音楽には常に口で歌えるようなテーマ性を持たせるようにしていますが、この時の体験が大きく影響していると思います。

練習の休憩時間になると楽器を交換するんですが、大体ドラムが取り合いになるんです。そこでドラムをたたいていたら、エイトビートがある程度できるようになって、中学校に入ったらバンドを組んでドラム担当になりました。X の YOSHIKI さんに憧れてツーバスを踏んでました。バンドの練習スタジオでも、合間に楽器を交換し合うんですが、ギターを弾いてみたら楽しいし、キーボードも楽しい。それで、各楽器を買って独学で練習しました。

Rock oN :現在のマルチプレーヤーの原点はそのころから始まったんですね。作曲をスタートしたのはいつでしたか?

宅見将典:あれが作曲なのかは分からないんですけど、14 歳のときにおもちゃのキーボードで何となく弾いたフレーズが「自分の曲だ」と言い張っていました。高校の時はヤマハのティーンズ・ミュージック・フェスティバルやヨコハマ・ハイスクール・ホットウェーブフェスティバルなど、コンテストばかりに出て大阪代表として全国大会にも出ていて、自分で作曲した楽曲を演奏してました。最初、誰かに 4 トラックのカセット MTR をもらって、ドラム、ベース、ギターを録ることを始め、次は 8 トラックにアップグレードするとドラムがステレオで録れたので、もう楽しくて熱中しました。いろんな MTR を試してましたが、音楽でレゴブロックを組み立てているような面白さがありました。

それから、学校にギターがすごく上手い子がいたんです。多分あの当時、大阪で一番ギターソロが上手かったんじゃないかな。彼もMTR を持っていて、その彼と一緒にバンドやって、お互いのオリジナル曲を聴き合うことをやってました。当時の関西の高校生で僕はドラムで一番という自負があって、他の学校の文化祭にも呼ばれるんですが、サウンドチェックからもうメラメラに燃えてるんですよ。他の学校のドラマーにどれだけ上手いかを見せつけるかに熱中していて。音楽と言うより「戦い」でした(笑)。今思えば何してたんだろうと思いますけど。

次第にそういうことに飽きてきて、ジャンル的には斉藤和義さんなどの影響で J-POP に行き、今度はストリートでアコギを弾きながら歌いました。それが、その後日本で J-POP の仕事をすることにつながっていったと思います。

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Rock oN :2001 年に、バンド Siren としてメジャーデビューされるわけですよね。そこへの経緯をお伺いしていいですか?

宅見将典:高校を卒業して音大に入り作曲を専攻したんですが、当然クラシックの世界なので「自分とは違うな」と思い、バンドをやりたいとなって、大阪のインディーズシーンの存在を知るんです。

そのころはいわゆるポップ寄りロックみたいなシーンがあって、中にはライブに 5 ~ 600 人呼べるバンドもいたんですが、そんな中で僕は UK ロック的なかっこいいバンドをしたいと思いました。そのころちょうど、すごくいいボーカリストを見つけたので「一緒にバンドやれない ?」と彼を引き込み、ベースも誘い、もう 1 人ギターを入れたかったのですが、なかなかいないので、取りあえず 3 人で始めてみたら、すごくいい感じになりました。

当時の大阪のシーンにはいない、渋くてかっこいいものをやっていたんです。音大には行かなくなり、途中で休学し結局は辞めちゃいました。バンドにファンができ、大阪城公園の城天というところでよく演奏をしてたんですが、演奏していた他のバンドが、カセットテープを一番安い場合だと 1 本 50 円で売っていたんです。僕らも自分達の音楽を広めていこうということで、カセットを売るんじゃなくて一回30 本限定でタダで配ろうということに決めました。ライブが終わると、カセットはいつも配り切って無くなっていたんです。

そしたら、いくつかのレコード会社から連絡が来て、最終的にはBMG ファンハウスからデビューすることが決まりました。デビューまで 運 良く最 短 で 決まった 感じで す ね。 同 時 期 に は BUMP OF CHICKEN がデビューしてましたが、ただ、僕らは大阪中心に活動してたので、当時の東京のシーンの状況はよく把握してなかったんですよ。さらに運良く、バンドがデビューする前にワーナーミュージックのディレクターさんと知り合いになって「コンペに出してみない?」って誘われ、曲を出してみたら、篠原ともえさんのシングル曲にいきなり決まっちゃったんですよ。しかもドラマの挿入歌で。当時、20 歳でまだ子供だから「世の中、意外と簡単だ」と思っちゃったんです。

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Rock oN :いきなりの展開ですね。メンバーで上京はされたんですか?

宅見将典:はい、デビューしてしばらくして、メンバーみんなで東京に出ていこうと話をして、大学を辞めて上京した訳ですがバンドは全然売れず。4 年後に結局僕はバンドを脱退しました。大人が一気に寄ってきて、売れないと次第に 1 人ずついなくなっていく感じを経験したわけです。「華々しい世界だと思っていたこの4 年間は何だったんだろう?」と本当に思いました。一回、廃人になるわけです(笑)。

急に 1 人になるし、もう何もない。24 歳でアレンジャー、プロデューサーの方向に転向し、ある方に作家の事務所を紹介していただいて、僕は「もう何でもやります!」という感じでがむしゃらに仕事をしました。アニメの仕事が多かったんですが、徐々に軌道に乗ることができ、「自分が関わりたいアーティストは誰なんだろう?」と考え、「EXILE さんに曲を提供したい」と目標を立てました。その道筋を何とか見つけ、EXILE さんに初めて曲を提供させてもらったのが 28 歳の時でした。「変わらないモノ」という曲です。

Rock oN :それは、コンペだったんですか?

宅見将典:コンペです。ATSUSHI さんの歌がすごいので、自分が作った曲が全然違って聴こえるんです。こういう理想的な人が歌ったら、自分の曲がこんなふうに聴こえるんだ、と感動しました。この曲ではアレンジをやらせてもらえなくて、中野雄太さんだったんですが、アレンジが素晴らしくすごく勉強になりました。曲を聴いて、その時に気付いたことがあるんです。

宅見さんの口から「廃人」という、なかなかなヘビーな単語が飛び出しましたが、人生の中で大きな挫折を経験されたことが、その後のグラミー賞受賞への分岐点だったわけで、「失敗しても次に向かってやり続ける」という音楽を志す若い人たちにとっても意味のあるメッセージを含んだお話だと思います。さて、話はグラミー賞受賞への経緯へと進んでいきます。


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Rock oN :それは何ですか?

宅見将典:アレンジにおけるシンセパッドの使い方の重要性なんです。それまでシンセパッドは全然使わなかったんです。「何か、ふわーって入ってるこれは何だろう?」と思ってたんですよ(笑)。

Rock oN :「ふわーって入っている(笑)」。音楽のプロなのにそういう感じだったんですか?(笑)

宅見将典:そうなんですよ。シンセパッドのプリセットは、シュワ―とか動き回るのがいっぱいあるじゃないですか。「これ、いつ使うの?」と思ってたんですよ(笑)。でも、フィルターの動かないパッドの大切さに、そのとき気付いたんです。それまではギターのコードやストリングス的なものでコード感を作って埋めてたんですが、楽曲の主要素を邪魔せずに、背景を埋め、温かい感じを演出するパッドの有効的な使い方を知って、自分の中で「パッドを制する者はアレンジを制する」と思いました。今、自分の大好きなパッドを 5、6 個、テンプレートとしていつでも使えるように準備しています。

Rock oN :それは譜面的な話じゃなくて、音色的な話ですね。

宅見将典:そうです。音色です。キックに関しても、サウンドエンジニアさんがキックのレイヤーを足したりするじゃないですか。音響的な話も関係しますが、今の音楽を作る上で、レイヤーは本当に大切ですよね。最初はそういうテクニックを知らなかったので、過去に手がけた作品にも、今聞くと反省点が色々あるんですが、徐々に実際の仕事で学んできた感じです。

Rock oN :作家として活動を開始されてからの機材遍歴についてお伺いしていいですか?

宅見将典:作家活動を始めたころ、スタジオでレコーディングする際にプロのアレンジャーの作業を目の前で見て「すごいな!」と思いました。それまではバンド一色だった訳ですが、DTM 寄りの機材についてさらに興味を持つようになりました。ちゃんとコンピューターで録音し始めたのはバンドを辞めてからだったと思います。最初はデジタルパフォーマーを使ってましたが、鈴木Daichi さんが先輩で Cubase を使われていたので色々教えてもらい、僕も Cubase に変更しました。その後、Nuendo に変更し、アメリカに行き出すタイミングで Logic に変えました。徐々に機材が増えていき、雑誌などで他の人が使ってる機材を参考にして、どんどん買い足していきましたが、ある程度行った後は自分のスタイルにいらないものを排除していき、アウトボード類がすっかり減って今の形になったのが 30 歳くらいのときです。

宅見さんの口から「廃人」という、なかなかなヘビーな単語が飛び出しましたが、人生の中で大きな挫折を経験されたことが、その後のグラミー賞受賞への分岐点だったわけで、「失敗しても次に向かってやり続ける」という音楽を志す若い人たちにとっても意味のあるメッセージを含んだお話だと思います。さて、話はグラミー賞受賞への経緯へと進んでいきます。


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宅見将典:2010 年に、ある業界の方に、「この曲にギター入れて」と言われたのが、スライ & ロビーの曲だったんです。僕が初めて関わらせてもらったグラミーアーティストなので、これが大きな転機になるんですが、最初にアーティスト名を言うと僕がびびるんじゃないかと思ったそうで、取りあえずこれにギター弾いてしか言わなかったそうなんです。そしたら、曲を聴いたら外人じゃないですか(笑)。「何これ、この曲、すげえな!」と思いながら、リモートでギターを自宅スタジオで弾いて送ったんです。ジャマイカから来たオーダーは「X JAPAN みたいなギターソロを入れてくれ」ということだったので「そんら俺が一番知っている!」みたいな感じでした(笑)。

その後、すごいことに、ギターを弾いたスライ & ロビーのアルバム「One Pop Reggae」が 2011 年の第 53 回グラミー賞のレゲエ部門でノミネートされ、僕はただのアディショナルミュージシャンですが、WOWOW の方が「グラミー賞のチケットが 1 枚余っているけど来る?」って言ってくださって、僕は「まじすかっ!」となりまして。でも、正直迷ったんです。それまでロサンゼルスに 1 回しか行ったことがなかったし。でも、こんな機会はきっと一生に一回だろうから行ってみようと思い渡米しました。それで、グラミー賞の会場を見てしまったら、もう自分が変わっちゃったんです。「何これ!!」みたいな感じで。何にせよ凄かったのはライブパフォーマンスです。高度な演奏に加え、半端ない火の使い方を始めとするショーのスケール感やダンサーのフィジカル面。エンターテインメントを支えるすべての要素が桁外れで、視覚、聴覚、全部でやられちゃって。帰国後、「あれは一体何だったんだろう? でも、またあそこに行きたい!」と思ったんです。

その後、スライ & ロビーのプロジェクトにメインメンバーとして入れてもらい、さらに多くの曲に関わらせてもらい、僕はグラミーのボーティングメンバーとしての投票権を得たんです。

Rock oN :ボーティングメンバーについて詳しく教えてください。

宅見将典:ボーティングメンバーは、グラミーのいろんなカテゴリーで 1 票を入れられるんですが、さらに、自分の好きなアルバムを好きなカテゴリーにエントリーできることが分かったんです。僕は僕自身の作品もエントリーできる権利を持った、そういうことなんです。

そうすると、僕の中のもう 1 人の自分がささやくんです。「そんなすごいチャンスがあるのに君は何にもしないの?」って(笑)。じゃあ、何ができるだろうと思い、自分のソロプロジェクトを考え始めたのが 2013 年でした。土俵が海外になるので、インストゥルメンタル曲をやることを考えました。それまでアニメ作品のサウンドトラックをたくさんやらせてもらっていましたので、下地は十分にありました。グラミーのカテゴリーに「コンテンポラリーインストゥルメンタル」というのがあるので、このカテゴリーで
やるしかないと決心し、2015 年くらいから曲を作り始め、2016年に初めてアルバム 「Stars Falling」を出して、グラミーに初エントリーしました。結果はもちろん全然駄目なわけです。ですが「悔しいからアメリカに移住して、グラミー本気で取りにいきます。」と自分の Facebook に書いたんです。

実は、それ以前の 2011 年からアメリカには毎年通っていて、2012 年はリモートで日本の仕事しながら語学留学で 2 カ月行ってました。以降も毎年、ギター、ラップトップ、Kemper とハードディスクを 2 つ抱え、ロサンゼルスの違う場所に毎年場所を変えながら滞在してたんですが、またもう 1 人の自分がささやくんです。「移住しないの?」って(笑)。それで、2017 年に 1 カ月滞在してた時に、向こうの移民弁護士にビザの相談をし始めました。2017 年の年末に O-1 というアーティストビザが取れて、3年間アメリカに住めることになったんです。


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Rock oN :ロサンゼルスのどの辺に住まわれたんですか?

宅見将典:サンタモニカ、マリナ・デル・レイ、コリアンタウンなど、色んなところに滞在してたんですが、ビザを取った時は、まずは家を決めないでダウンタウンから車で 20 マイルくらい離れたカルバーシティに滞在場所を Airbnb で見つけ、その間に家を探すことにしました。色んなタイミングが重なり、謎にロサンゼルスに家が 2 軒ある時もあったりして、、

Rock oN :そこで曲をずっと作っていたんですね?楽しそうですね。

宅見将典:無事、ソーシャルセキュリティーナンバーを取得してからは、ダウンタウンに住み出しました。仕事のパターンとして、僕がプロデューサーとして全トラックを作る場合と、何人かプロデューサーがいて、人のスタジオに行って演奏する場合の 2 つのスタイルがありました。コライトする場合もあり、その場合は僕の家に来てもらって一緒にやることもありました。向こうの出版社と契約してましたので、そこが持ってきてくれる仕事です。

Rock oN :ハリウッドの才能溢れるつわものが沢山いるわけですよね?

宅見将典:つわものしかいないです!自分のデモを比べると、もう、ボロ負けなわけです。音楽的には別に負けていると思わないんですけど、サウンドですね。僕の音は聴き心地が悪いというか。「何でこの音圧にならないんだろう?」って悩みました。でも、向こうの人たちと仕事することで、洋楽がなぜああ聴こえるかが分かったんです。

Rock oN :教えてください、それ!

宅見将典:一番大きなポイントは「歌」です。外人の歌は全然違うんです。特にハイエンドが日本人よりずっと伸びています。全く違う楽器ですね。僕も仮歌を歌うんですけど、同じマイクのセッティングで外人が歌ったときに愕然としたんです。熱海の海が急にカリフォルニアの海に変わるみたいな。声の持っていくパワーがすごい。

あとは、ローエンドです。日本のプロダクションは事務所がローを下げろって言う場合が多い。マスタリングまでチームでやるべきだし、日本のトラックメーカーでも海外に出ていっているし、そういう人を使えば向こうの音に近づけると思います。「ミックスは日本で任せてください」と言う案件になると、あの音にならないんです。今回、僕の受賞した「SAKURA」はすごくローが出ていて、音圧もかなりあります。和楽器がたくさん入っているバラードなのに、どの洋楽と聴き比べても負けていないんです。それはミックスからマスタリングまで一貫してチームを組めたからです。

Rock oN :コライトについてお伺いしていいですか? 海外の作家さんと結構やってらっしゃいますが、文化の違いなどある訳ですよね?

宅見将典:僕が最初にコライトしたのは 2014 年ですね。相手はAvril Lavigne のギターの Evan Taubenfeld なんです。

Rock oN :いきなり、すごいレベルからいくんですね!

宅見将典:そう、いきなりそういう人を紹介されたんです。「こうやってディスカッションしてやっていくんだ。」というコライトのスタイルを学びました。人と一緒に作業すると、お互いアイデアを出し合うので困らないんです。ただ、それはアメリカにおける場合で、僕は日本人とコライトする意味はあまりないと思っています。ロサンゼルスで J-pop 向けに日本人とのコライトを一、二度やりましたが、日本はシェア文化じゃないし、先輩と後輩で気遣ってもよくないし。日本の出版システムから考えても、日本人同士で分けるというのは文化と馴染みがないと思っています。

Rock oN :それは、アメリカの文化としてディスカッションする土壌が幼少の教育からあるということに関連してるんでしょうか?

宅見将典:そうですね。イン・シンクの JC・シャゼイという大スターともコライトしたことがあるんですが、彼は立場に関わらず「ここどう思う?」とフランクに聞いてくるし、音楽制作においてはプライドがないんです。日本はそういったことはまず無理で、「大先生や先輩の言うとおりにします」みたいになってしまい、意味がないんですね。ただし、アーティスト本人と一緒に作るのはありだと思います。その人の声の一番いいところを活かすっていう意味で。でも、日本人の作曲家同士が 2 人で集まるのはどうなんだろ、、、アメリカで業界に残ってる人はほぼ全員が天才です。「こんなに才能あるのにアーティストとして苦戦してるんだ。」というのを沢山見てきました。日本とは市場も仕事の回り方も違うので一緒にしてはいけないんですけど、僕は才能のある人としか一緒に仕事をしたくないです。きつい言い方になりますけど。

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Rock oN :じゃあ、先日のグラミー賞受賞について、詳しくお話をお伺いしていいですか? あの時、もう 1 人の自分がささやいたアメリカ移住が最終的に正解だった、ということですよね?

宅見将典:そうです。ノミネートまでにアメリカで重要なパーティーが開催され、そこに行くと業界の色んな人に会えるんですが、グラミーは投票制なので音楽をプロモートしないといけない。僕は 1 人レコード会社(Utanashi Records)なので自分で行くしかないじゃないですか。そこで、またもう 1 人の自分が「パーティーに行かないの?」とささやいたので、去年の後半は毎月アメリカに行って沢山のパーティーに出席して全エナジーをグラミーに注ぎました。

Rock oN :興味本位で聞きますけど、アメリカのそういうパーティーはよくドラマとかで見るような雰囲気なんですか?

宅見将典:アメリカはとにかくパーティー文化なので、人との出会いの大切な場なんです。グラミー賞のボーティングメンバーが沢山いる訳ですし、ある種、専門ソサエティーの情報交換の場ですね。

Rock oN :そこで自分の作品を売り込むかと思いますが、なかりの会話術や交渉術が必要ですよね。さらに人種も違うし。

宅見将典:もちろんです。英語は話せて当然の世界ですが、やっぱりどの仕事も一緒で人間力がないと厳しい世界だと思います。日本だけで音楽やったらいいっていう話もあるんですけど、今はそんな時代でも無くなってきてますし、やれることがあるならやったほうがいい。ただ、社交的じゃない音楽家の人もいますが、それはそれでいいと思います。ただ、僕は人と関わるのが好きなので「できるんだったらやったほうがいいんじゃない」と、いつももう 1 人の自分がささやくんです。

それで、やれることはすべてやって、2023 年 1 月 4 日に投票が終わりました。あとは 2 月 5 日の現地での発表を待つことになります。グラミー賞はチャプターごとに分かれているんですが、LAチャプターのノミニーだけのパーティーがあると聞いて、1 週間前から現地に入りました。グラミーウィークということで全世界中から人が集まり、その期間中はパーティー三昧。毎日タキシードでした。そして、いよいよ本番当日。もう神のみぞ知るなんですが、正直受賞できるなんて思っていなかったんです。戦っている敵がとんでもない人たちばかりなので。だから、受賞台に上がったときも特殊な経験過ぎて水の中にいるような感じであまり覚えてないんです。

Rock oN :こういうのって「受賞は君だよ」みたいに、事前に通知されることはないんですか?

宅見将典:ないです。ただ、周りの前評判があって、ノミネーションの前から「This is your year.」ってよく言われたんです。知名度でいったら考えられないので、作品が響いていたんだと嬉しいですね。でも「そんなこと言って、違ったらどうしてくれるの!」と思っていたんですけど。12 年前からこの夢を追い始めたんですけど、今でも毎朝、「えっ、本当なの?」ってなります。この喜びを実感するには、さらに 12 年間かかるかもしれないです。英語で「Overwhelmed」って言うんですけど、もう恐縮っていうか、おこがましい。だから、まだ実感できていないんです。

Rock oN :じゃあ、受賞されてから今までとは違った仕事のビジョンみたいなものは見えましたか?

宅見将典:今まで作ってきた過去の作品が、今回の受賞で注目されることになったので、再度それらの作品に向き合ってリアレンジをしたりしています。また、僕は作詞は一度もやったことがないんですが、プロデュースしているアーティストで、今年初めて僕が作詞した曲が出るんです。この 12 年間、アメリカでチャレンジした苦悩を含めた気持ちなど、自分で伝えたい感情が出てきました。何歳でも遅いってないじゃないですか。だから、44 歳で作詞デビューします。

Rock oN :ここで質問の趣向を変えまして、、、ワールドマーケットで作品を出されている立場としてお聞きしたいんですが、今、若い世代の音楽家はネットを使い、建前上は全世界の人に作品を聴いてもらえる環境があるわけじゃないですか。でも、実際はそう簡単なことじゃないですよね。実現させるために、どういうことを考えればいいですか?

宅見将典:日本にはない職業ですけど、海外で広めるにはパブリシストと言う職業があるんです。僕もアメリカで仕事をやり始めた時、パブリシストを雇いました。そうは言っても費用もかかるし、簡単にできることじゃないですが。まあ、自分の活動をソーシャルメディアで発信しても、なかなか注目してもらえないじゃないですか。そんな中、最低限やれることを話すと、アーティスト名や曲のタイトルはアルファベットで付けたほうがいいと思います。日本語だと海外の人はほぼ見たことない言語なので検索のしようがない。僕のアーティスト名義は、最初「MASA」だったんですが、MASA と言う単語で検索しても、結果が多過ぎて僕が出てこないんです。だから、ラストネームを付けろって言われたんです。検索したときに出てこないっていうのは一番残念なので、とにかく見つけられやすいようにするっていうのは伝えたいです。もちろん、例えば坂本龍一さんほどの才能があれば、誰でも時間かけて探して聴いてくれるけど、1 回検索して出てこなかったら世の中にはいないと思われるんです。相手に可能な限り時間を取らせない努力をすべきだと思います。そして、世界に出たいなら今はやはり英語ですね。

Rock oN :これからのプランや夢みたいなものがあればお聞かせください。

宅見将典:自分が時間かけてアメリカで苦労してきたことは自分の礎になっています。ただ、本当はそんな自信なかったんです。でも、頑張ればかなうこともあるっていうことを若い世代に伝えていきたいという思いがあります

Rock oN :じゃあ、最後の質問ですが、宅見さんにとって音楽って何ですか ?

宅見将典:音楽は自分の心を何よりも感動させてくれる大切なものです。仕事ではないです。もちろん、音楽の仕事をしていますけど、音楽は自分にとってなくてはならない本当に大切なものですね。

普通では聞くことができないグラミー賞受賞までのあれやこれや話。日本人にとっては、言葉だけでなく、文化や習慣といった違いも乗り越えなければいけない壁がある、ということがわかり、とても興味深いお話を聞くことができました。楽曲を世の中に出すスタイルは大手レコード会社の時代から個人発信へと移り変わっていますが、音楽のクオリティは当然の前提として、さらに求められるセルフプロデュースする力量の大事さ。これまでもネットを始め色んな場所で展開されているお話ではありますが、実際にグラミーを獲った宅見さんからのリアリティを伴った言葉には説得力があります。最後に、宅見さんのご好意で見せていただいたグラミー賞のメダル、感動ものでした!
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記事内に掲載されている価格は 2023年6月25日 時点での価格となります。

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