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サウンド・エンジニア 飛澤正人氏の新スタジオ「PENTANGLE STUDIO」レポート。前半では、施行を手がけられた(株)アコースティックエンジニアリング 入交氏にも同席していただき、スタジオ移転のわけ、アコースティックエンジニアリング社に依頼したいきさつなどを紹介しました。
後半では、いよいよスタジオの細部を紹介します。スタジオ構成、導入機材等々、飛澤氏/入交氏がこのスタジオに込めた様々のアイデアや工夫を紹介します。
飛澤正人
Dragon Ash や 三浦涼介 などを手掛ける。 1980年代後半にフリーのレコーディングエンジニアとなって以降、日本の最先端の音楽シーンに関わり作品を作り続けてきた。イコライジングによる音の整理や奥行きの表現に定評があり、レコーディング誌へのレビューやセミナーも多数行っている。近年はアーティストへの楽曲提供やアレンジなどもこなし、より理想に近い音楽制作環境を構築すべく日々考えを巡らせている最中だ。
また2017年5月、市ヶ谷から渋谷にスタジオを移転。VRやサラウンドに対応した “PENTANGLE STUDIO” を設立し、これまでの2MIX サウンドでは表現しきれなかった360°定位のバーチャル空間をイメージした3Dミックスを提唱していくことを考えている。
PENTANGLE STUDIO HP
www.pentangle.jp/index.html
Contact
株式会社アコースティックエンジニアリング 代表 入交 研一郎氏
横浜国立大学建設学科卒
㈱アコースティックエンジニアリング入社以来、延べ100名近くの著名アーティスト、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサー、エンジニア、プロミュージシャンのプライベートスタジオを手掛ける。その他多くの業務用レコーディングスタジオ、MAスタジオ、ライブホールも手掛けている。
㈱アコースティックエンジニアリング
http://www.acoustic-eng.co.jp/pro/
PENTANGLE STUDIO
2017年5月 長年慣れ親しんだ市ヶ谷を離れ、VR/サラウンドに対応したスタジオを渋谷区神宮前にオープン。
Focal CMS50を5台配置したサラウンドモニター環境、そしてVRでは audio ease 360pan suite プラグインを使い『リアル』と『バーチャル』双方の特徴を活かした “360度の研究”をテーマに発進した。もちろん通常のレコーディングにも対応。Pro Tools HDX システムに DiGi Grid の「DLI」「IOS」「IOX」を組込み、これまで不可能であったレコーディング時のWAVESプラグインの使用を可能にしている。また「Slate Media Technology RAVEN MTi2」や「AVID Pro Tools Dock」など革新的な機材を積極的に導入することによって、デスクワークのようなミックス作業から脱却。
渋谷と原宿の間にして目の前に豊富な緑のある環境、そして余裕を持ったアーティストロビーなど居住性にも配慮。新しい音を創造する発信基地として"ひとが集まってくるスタジオ"を目指している。
レコーディング・エンジニア:飛澤正人
施工:アコースティック・エンジニアリング
システム/機材アドバイザー:Rock oN Company & Media Integration
PENTANGLE STUDIOのドアを中に入り玄関を右手に進むと、メインになる制作空間が目に入る。一般的に見ると、レコーディング・ブースとコントロール・ルームによる2つの空間構成だ。だが飛澤氏は、その役割に柔軟性を持たせることで空間使用の効率性をアップさせ、作業の機動力へとつなげている。ここがPENTANGLE STUDIOの一番の核となる設計思想だろう。
スタジオで一番大きな面積を持つ部屋は、作業内容により、レコーディング・ブースでありコントロール・ルームという2つの役割を切り替えることができるが、このアイデアについてお二人に話を伺った。
Rock oN (以下略 R): レコーディング・ブースとコントロール・ルームを仕切る壁に大きなガラス窓をはめ、ミュージシャンとエンジニアがお互いの顔を見られるようにしていますね。これは飛澤さんのアイディアですか?
飛澤正人氏 (以下略 飛): そうです。ミックス作業を中心に、私が多くの時間を過ごすのは今いるこの部屋ですが、役割としてはコントロール・ルームでありブースでもあるんです。歌録りを始めとするダビング作業時は、アーティストがこの部屋で演奏し、私は隣のコントロール・ルームに移ってオペレートします。その際にアーティストとコンタクトが取れるよう、部屋の壁にガラス窓を配置したんです。
アコースティックエンジニアリング 入交氏 (以下略 入): この発想がすごく共感したところです。今いるこの部屋がコントロール・ルームでありブースでもあるという発想は、普通だとセオリー的に思いつかないところですから。
飛: もちろんコントロールルームを含んだスタジオ全面を防音にするのが理想ですが、このような発想に至った一番の理由はやはりコスト面ですね。限られた予算の中でどこに資金を投じれば良いのかを考えた時、まず一番はしっかりとした防音ルーム。そして次は機材でした。やりたいことが明確にありましたから、機材にかける比重を少なくする訳にはいかなかったんですよ。そこで考えたのがひとつの防音ルームをブースと兼用にするということ。当然かなり頭をひねることにはなったのですが、このことが機材選定やシステムの構築に於いても良い方に動いたと思っています。
DAWであるPro Tools|HDXのインターフェースに採用したのはDiGiGrid。LANケーブル接続というIPオーディオ・システムの柔軟性を活かし、ステレオ/サラウンドシステムの切り替えをスムーズに行える工夫が施されている。今後、VR分野にも注力したいという飛澤氏の考えを汲み取った先進的な機材選択だと言える。この部分を飛澤氏に聞いてみた。
飛: インターフェイスですが、DiGiGrid IOSとIOXの2台がリンクして接続され、それをDiGiGrid DLIに繋ぐことで、HDXのインターフェイスとして使っています(接続図参照)。IOSは通常のステレオ2chのインターフェースとして使用してますが、ステレオアウトをIOSの1-2番アウトから出し、ダビング時は、その2つにキュー返し用の4Ch、あとDSDマスターレコーダー用の2CHを加え、計8個の出力アウトを使います。一方のIOXはサラウンド・アウトとして使用しています。ステレオ/サラウンドの切り替え時にPro ToolsのI/O設定を変える作業が必要になりますが、慣れてしまえば大した苦労はないですよ。
R: ステレオ/サラウンド、それぞれのモニターはどういう構成ですか?
飛: ステレオのモニターは、B&W 805 SignatureがモニターコントローラーのCrane Song Avocet を経由して繋がれており、サラウンド・システムのモニターはFocal CMS50 5台(L,R,C,Ls,Rs)がモニターコントローラーのSPL Model 2489 SMCを経由して繋がれています。サラウンド用インターフェイスのIOXは普通ならIOSと並べてコントロールルーム側に置くところですが、DiGi Grid 機器同士はイーサネットケーブル1本でつなげますから、IOXはブース側に持って行ってSPLに短距離で接続しました。またCrane Song Avocet は以前から使っていて信頼しているので、その音を崩すことなく、サラウンドの音をモニターシステムに加えて両立させるにはどうすればいいいか、ということをRock oNさんに相談し、この構成に落ち着きました。
R: DiGiGridならではの柔軟性を活かした構成になっていますが、IPオーディオの「音」についてはどうですか?
飛: いいですよ! DiGiGridを選択肢にしたのはDiGiCOのヘッドアンプの音が気に入ってるということもあったんです。従来のシステムから劣ることは全くないですね。
R: サラウンドスピーカーの配置設計ですが、セオリー的な感じですか?
入: そうですね。スタジオのサイズからサラウンド・サークルが半径1メートル10センチとなりかなり小さいですが、ゲーム制作会社さんの小規模スタジオの設計で実績がいくつもあるので、定位感がしっかりと見えるサラウンド・モニター環境を作る自信はありました。注意したのはリアスピーカーの高さです。小規模スタジオの場合、導線等を考えるとどうしても天井に吊るケースが多いのですが必然的に仰角が大きくなり、リアのソースが上から降ってくる感じになってしまいます。リアスピーカーの仰角はセオリーから言えば15度以下になりますが、いろいろなエンジニアさんやクリエーターさんとの仕事の中でケースバイケースだとは思いますが30度くらいまではいけるという実感を持っていました。それでPENTANGLE STUDIOでは、スピーカーのサイズや天井の形状を考慮して、壁でもいいんじゃないかという判断をし、結果仰角約21°の位置に設置しました。あとは、シンメトリー構造を作ることに注意し、スピーカー周りはある程度吸音して初期反射を抑えています。サラウンドスピーカーとして選んだFocal CMS50は色が付かない感じでいいと思いますね。
飛澤氏がPENTANGLE STUDIOを作るにあたり設定したコンセプトは「近未来感」。このコンセプトはインテリア、配色はもちろんのこと機能面までに及び、さまざまな工夫が盛り込まれていることで、飛澤氏はもちろんのこと、訪れるアーティストの制作意欲を刺戟する重要な要素になっている。飛澤氏、入交氏の双方にとって、今回のスタジオ構築はチャレンジングなことではなかっただろうか?
R: 図面を引くにあたって、一番チャレンジだったところは何処でしょうか?
入: 飛澤さんのキャリアを考えれば、飛澤さんと仕事すること自体が、私にとってチャレンジでした(笑)。トータルコンセプトでとして「近未来感」というキーワードがあり、インテリア的なことだけでなく、機能面にもそのコンセプトが及んでいると解釈しました。そのコンセプトを実現しながらも、コストパフォーマンス面においてもいい結果が実現できたと思います。
R: カラーリングのコンビネーションは入交さんがご提案されたんですか?
入: ソリッドな感じにしたいという思いがありました。間接照明の青と赤はマルチカラーで、自由にいろんな色になるんです。スタジオに色を持たせるのはLEDのマルチカラーストリップで行い、その色を乗りやすくするために部屋自体はモノトーンで仕上げました。床素材については、音質的にも別に木にこだわることはないなと判断し、こういうデザインの方が飛澤さんのイメージに近いんじゃないかと思ってご提案させて頂きました。
あと、デスクについては、飛澤さんと、かなり膝を付き合わせる感じで話を詰めたこだわりどころなんです。ディスプレイにSlate Media TechnologyのRAVEN MTi2を導入する前提でしたので、どれだけRAVEN MTi2と一体感を出せるかということと、飛澤さんは作業される形というかフィジカルな部分にもこだわりがありましたので、ArtistMix、ProToolsDoc、Avocet、SPL、PCキーボード、TrackBallの平面レイアウトとそれぞれの高さ関係までミリ単位で検討しました。またMIDI鍵盤を下に格納し、形状的には複数の白いピースがレイヤ状に組み合わさったイメージで、コンセプトの「近未来」なデザインにしたいと思いました。RAVEN MTi2に合ったデスクを作る相談はこれまでに何件か頂いてたんですが、実際に納品出来たのは今回初めてなのですが、これぞカスタムデスクというシンプルですがすごくいい形で出来たと思います。
R: RAVEN MTi2導入で、飛澤さんの作業スタイル変わりましたか?
飛: まだまだこれからですが、このスタジオで使ってる自分のイメージがすごく出来たんですよ。結構形から入るタイプなんで(笑)。使ってみて、フェーダーはかなりいい感じで作業できます。さらにカスタマイズを行い、ショートカットを使いこなしていくのが、うまく使いこなす秘訣でしょうね。
R: 飛澤さんの、新スタジオに対する最終的な満足度はいかがですか?
飛: デザイン性も本当に優れてるし、音に関しても大満足です! 出来上がった直後はスピーカーの位置が今までと違うので、音に慣れなかったりもしましたが、それは事前から分かっていることなので全く心配してませんでした。もしろ、これから新しい環境で作業することにワクワクしてた感じです。
R: サラウンド制作環境がPENTANGLE STUDIOの特徴の1つでもありますが、VRについてこれから注力されていくんですよね?
飛: そうです。このスタジオを作るにあたって「VR」は自分の念頭にあった大事な要素です。音楽が2ミックスの世界で長い間止まっていて、そこからなかなか発展していないのがすごく納得いってなかったんですよ。今回、自分のスタジオに5.1ch環境を作ってみて、初めて分かったことがいっぱいあって、「自分が出来るのはこれだな!」ということが見えてきた感じです。まだまだ音の世界が発展することを確信してますし、自分が経験してきた表現方法をこの新しいスタジオで発展させ、新たな作品を作っていきたいと思っています。
記事内に掲載されている価格は 2017年7月21日 時点での価格となります。
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