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去る2022年9月11日(日)に、dip in the poolは「Immersive voices 1st set」と題したイベントを開催。今回のイベントの大きな特徴は、株式会社コルグが開発した業界史上最高音質のインターネット動画配信システム「Live Extreme」を使い、(有観客)ライブ会場である渋谷WWWから、最高96kHz/24bitによる「ステレオ」と「バイノーラル」フォーマット音声を使ったリアルタイム配信を実施。また、後日、厳選された6曲について、マルチ録音されたトラックを使いエンジニアの鎌田岳彦氏とメンバーの木村達司氏がトリートメントとミックスを施したハイレゾ・ステレオとハイレゾ・5.1chサラウンド音声をコンバインしたArtist Edition(オンライン視聴シリアルキーで視聴可能)をリリースしたことです。
今回、 Live Extremeのマーケティング担当であるコルグ 山口創司氏にも同席いただき、メンバーの木村達司氏に、イベント実現までの経緯やLive Extremeの可能性についてお話をお伺いしました。
Rock oN:まずは、2019年以降、コロナの状況下において、dip in the poolの制作やライブ活動に変化や影響はありましたか? 心境の変化など含めてお聞かせください。
dip in the pool 木村達司氏:楽曲制作自体に関しては、そんなに影響はありませんでしたが、ただ、自分の中で確実に変わったのは、それぞれの機会に向き合う「真剣度」が格段に上がったことです。コロナ以前は、外部から企画の相談が持ち込まれたり、または自分で何かアイデアを思いついたとしても、「そのうちね」みたいな感じで対していた、案件と向き合う姿勢の真剣度が大きく上がった気がします。
Rock oN:それはもしかしたら「このまま人類が滅びるかもしれない」みたいなことが脳裏にあったりするからですかね?
dip in the pool 木村達司氏:表立って意識はしてないんだけど、そう言う影響もあるかもしれませんね。また、音楽業界がしんどい時期に入っていることに加えて、コロナが来ちゃったじゃないですか。音楽業界の人たちは「この先どうなるかわかんないよね?」みたいな不安をコロナ前から持ってたと思うんですが、コロナによってさらに拍車かかったかたちですね。そういった自分の変化がなかったら、今回の企画も、もしかしたらスルーしていたかもしれません。加えて、そんなに偉そうな感じで意識してるわけじゃないけど「やりたくてもやれない人たちがいっぱいいるのに、やれるチャンスがある人がやらないといけない」みたいなことをよく考えていました。「ちょっと頑張れば、こういうことが出来るね」と言うことを積極的にやるようにしないと、後に続く若いアーティストたちが掴み得る機会も減っていくんじゃないか、と思ったんです。
Rock oN:コロナを経たことで、アーティスト活動の中に、いい悪いは別として「配信」と言う選択肢が出てきた訳ですが、、
dip in the pool 木村達司氏:そうですね。かつてのビジネスモデルが崩壊して、現在、みなさん手探りしている時期と言っていいかと思います。かつての音楽業界では、フィジカル(CD)を作れば、ある程度、売り上げが見込めていたのが、そうはいかなくなりました。一時期は「次はダウンロード販売だ!」みたいになったけど、結局、右肩下がり。今はサブスクが主流ではあるけど、そこからアーティストがまとまったお金を得ることは難しいですよね。これは、世界的なビジネスモデルの転換として「やっぱり、ライブで稼いでいきましょう!」と言う流れもあったんだけど、転換直後にコロナが来ちゃったわけじゃないですか。「え、ライブも駄目なの?」みたいになってしまった。そこで「ライブ配信で頑張ろう」となり、みなさん、試行錯誤を行なって来た。ユーザーにとって有料で配信を見る経験は最初は新鮮だったと思うんです。でも、ライブ会場に行って五感で感じる体験には届かない訳で、有料での配信の伸びははなかなか難しいものがあります。今回、配信システムとして採用したコルグの「Live Extreme」は、その体験の差の部分を改善してくれると感じたので、僕は「乗っかりたいな」と思ったんです。「お金を払ってでも見たい」とユーザーが思ってくれるコンテンツは、世界にも通じると思ってますし。
Rock oN:プラットフォームとして「Live Extreme」を選ばれた経緯を詳しくお聞かせください。
dip in the pool 木村達司氏:さっき言ったように、自分の中の「真剣度」が高まった中で、企画を色々考えたんです。文化庁が実施するコロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業である「ARTS for the future! 2( https://aff2.bunka.go.jp/ )」というのがあり、僕らは以前、ARTS for the future! も活用した経緯があるんですが、今回も申請しようと思いました。募集要項に「新しい試みをやること」が要件の1つとしてあるんです。「じゃあ、何か新しいこと考えなくちゃいけない」となった時にLive Extremeの存在を知り、興味を持ったのでコルグさんに連絡して、Live Extremeのマーケティング担当の山口創司さんと、開発担当者の大石耕史氏さんにお会いしてお話を伺ったんですが、一番惹かれた点は、Live Extremeのオーディオ信号は「ビット・パーフェクト」だと言うことでした。世の中の配信においては、大体が「映像」を主体にし、「音」に関しては場合によっては映像とつじつまを合わせるためにこちらが望まない処理をされたりすることが少なくないんです。
コルグ 山口創司氏:音の劣化について言うと、圧縮や帯域制限などによる配信プラットフォーム上の制約に加え、プラットフォームへ送り出す前の状態、例えば、HDMIケーブルやSDIケーブルの中には音声信号と映像信号が一緒に通る訳ですが、そこでも音声信号の劣化が生じる可能性があります。
dip in the pool 木村達司氏:プラットフォーム上の音声圧縮については当然知ってたんですが、それ以前の送り出しの場でも劣化するんだということを「へえっ!?」と言う感じで知ったんですが、Live Extremeは「配信現場とプラットフォームでの2段階の音声劣化を解消し本当にビット・パーフェクト」だと知って、いいなと感じたんです。それで、コルグさんと「ぜひ一緒にやれれば」と言う話をしたのが今年の春くらいでした。そこで、文化庁に申請を出すために、Live Extremeを絡めてライブをやる企画書を書き始ました。今回はステレオ音声に加え、バイノーラルもリアルタイムで配信し、さすがにリアルタイムでのサラウンド配信はまだリスキーなので、後日、ポスプロ編集を経た上で配信しようという方針にしました。このように「提供できるものは全部やっちゃいましょう!」的なノリで方向性を決めたんです。予算を考えずに(笑)。
コルグ 山口創司氏:ここまでリッチな配信はなかなかないですよね。もちろん予算がかかりますので、そこはコルグとしてアイデアを出させて頂き、プラットフォームの提供以外でも可能な限り協力させていただきました。
Rock oN:ミュージシャン以外で、今回のライブ/配信に関わったスタッフの皆様をご紹介ください。
dip in the pool 木村達司氏:大きなセクションに分けて紹介すると、まず、ライブ制作は株式会社ROCK MADEです。機動性があり、かつ柔軟に対応してくれるので仲良くさせていただいていて、去年のツアーも一緒にやってくれた会社です。
配信の制作をコルグ 山口さんに行っていただき、Live Extreme配信のプラットフォーム側の監視的な部分をKORG 鶴岡利久さんと堀祐輝さんにもチームとして動いていただきました。
録音制作チームは、エンジニア 鎌田岳彦さんを中心として、有限会社リアルの梶 篤さん、中村辰也さんの3人。鎌田さんは信頼しているから、ほぼお任せという感じです。バックアップを含め、2台のProToolsを回して録音しました。
配信音声制作チームは、峰岸良行さんをコルグさんにご紹介いただきました。峰岸さんは日頃から、サラウンドやバイノーラル関連のお仕事をかなりやられている方で、信頼してお願いしました。
会場である渋谷WWWのマイキングに関しては、当日、会場のPAエンジニアをやってくれた溝口紘美(ナンシー)さんと鎌田さんが相談し、ステージ横で音声信号をパラってFOH(Front of House)と録音チームへと送る流れですが、当初は、録音チームである程度バランスをとって配信チームへバスで送る想定でしてが、配信用にステレオミックスとバイノーラルの2つを同時にミックスするにあたっては、録音チームからのステム供給だけでは素材として難しく、配信チームでも、結局、32チャンネル全てをパラで使うことになりました。流石に峰岸さん一人でステレオとバイノーラルミックスを同時に行うのは難しいということで、峰岸さんからご紹介いただいた笹本サトシさんがステレオミックスを、峰岸さんがバイノーラルミックスを行ったんですが、32パラのチャンネルを処理するためには、HA含め機材がかなり必要になり、笹本サトシさんが色々と機材を持ち込んでいただき、大変助かりました。
コルグ 山口創司氏:一般的な配信だと、PAの部分で2ミックスを作って配信チームに渡したり、PAの部分からバスでまとめて送られた複数の素材を配信用のミキサーさんがバランスを取るやり方が多いんですが、今回のようなステレオ、バイノーラル同時というリッチな配信となると、やはり全チャンネルパラの状態が必要になり、一人だけでは、なかなか難しい部分があるでしょうね。。
dip in the pool 木村達司氏:映像はgazの岡崎弘志さんがディレクターで、カメラはワイズコネクションさんにお願いしました。勉強熱心な方々で、配信の前にdip in the poolの楽曲を聞き込んで準備いただいたそうで、大変ありがたかったです。
今回の企画ではハイレゾ、バイノーラル、サラウンドとLive Extremeを軸として、現行、配信でやれることは一通りやったと思います。この経験を通して、チーム編成や動き方、また、予算のかけ方や配分に関しても色々と勉強出来たかなと思います。でも、やはり、Live Extremeの高品位性と柔軟性がないと実現できなかったでしょうね。当然ですが、YouTube Liveでは音声が圧縮される訳だし、同様に世界的なプラットフォームとなると色んな制約が初めからあるため、今回のような取り組みを世界規模で実現するにはインフラ待ちの部分はあります。
Live Extremeの配信部分の技術基盤は、輝日株式会社の「eContent」を採用してるんですが、輝日さんはすごく技術肌の会社で、チャレンジスピリッツもあり、コルグさんと組むことによって、いろんなアーティストの要望を、最大限実現する方向で動いてくれ、大変ありがたかったです。
Rock oN:打ち合わせ等を含むライブ当日までの準備など、どんなことがありましたか?
dip in the pool 木村達司氏:本番は9月11日(日)だったわけですが、文化庁への申請が承認され、Live Extremeでやろうと決めたのが5月末頃でした。ですので、本番までそこそこの準備期間があった訳です。これは良いことでもあり悪いことでもあったんだけど、今回、関わってくれた人たちは、これまでお付き合いがあった方々が多く、詳細を詰め出したのは割と直前になってからだったんです(笑)。本番が近づくにつれ色んなことが出てきて、その対応が結構大変でした。僕はいつもそうなんだけど、色んな事務手続きも自分でやっちゃうんです。人に任せりゃいいことまで。自分がメールを書いた方が早いと思っちゃうんです。また、ありがたいことにボーカルの甲田さんは、ほっといてもいい人なので、そっちにエネルギーを割かなくていいのが非常に助かってる(笑)。
コルグ 山口創司氏:色んな決め事に関しても、木村さんご本人からメールの返信が来るので、だいぶ助かりましたし、もしかしたら、木村さんは他のアーティストの今回のような複雑な配信であってもプロデュースができると思いますよ(笑)。
Rock oN:木村さんが、最初から最後までいろいろ走り回って、準備をがんばったということですね(笑)?
dip in the pool 木村達司氏:そうですね。普段から割とそうなりがちなんです。その背景には、事務所に所属しないまま40年くらいこの業界にいるってこともあるんだと思うんだけどね。もちろん全く苦ではないんだけど、物理的に時間がないこともあるので、もうちょっと器用にやれたらいいなと思うんですけど(笑)。でも、音楽に限らずかもしれないけど、インディペンデントとして生き残るためには、何でも出来ないといけないということは結構実感してます。この時代、音楽だったり、映画だったり、エンターメント制作はアーティスト自身にもプロデュース能力ないと絶対できないですよ。
Rock oN:当日の機材セッティング~リハーサル内容は、通常のライブ時と違ったことがありましたか?
dip in the pool 木村達司氏:幸いなことに、当日のリハーサルに関しては、通常のライブの時と違うことは全くなかったんです。スタッフの皆さんのおかげですね。こんな複雑な配信をやるわけですが、当日、余計なことに時間を取られることはなく、リハーサルに集中することが出来ました。スタッフの人選って大事だなって感じですよね。
Rock oN:ライブ後日、改めて配信素材を視聴され、音質をはじめとする感想をお聞かせください。
dip in the pool 木村達司氏:音のクオリティを第一優先に考えているミュージシャンだったら、配信にLive Extremeを使うと、他のサービスには戻れないと思います。もちろん、コストとの兼ね合いということはありますが。僕らのファンや友人には、例えばファッション業界など、音楽業界以外の人たちもいるんですが、今回のLive Extremeのサウンドクオリティの高さについて事前に説明しても「いやぁ、どうせ私の耳で聞いても音の違いは分からないですよ」みたいな感じの人がいるわけです。でも、今回の配信の音を聴いてくれた後に感想を聞くと「音がいい!」と感動してくれた方が多くいました。それはとても嬉しいことです。
一方、音質と言うことに関して、僕は音楽家としていつも自分を戒めていることがあって、音楽を作っている人たちの中には「MP3なんてダメだ」みたいなことを言う人もいますが、言ってることは十分わかりますが、僕としてはMP3レベルの音質でも「リスナーに通じる楽曲を作らないとだめだ」という考えが大前提としてあるんです。たとえMP3でも人を感動させられる音楽を作らなきゃいけない。それを前提として、そこから条件が許すんだったら「より良い音で届けたい」という考え方です。そういう自分なんですが、今回のLive Extremeでのステレオ、バイノーラル、そしてサラウンドの音質の高さを送り手、聴き手の両方で実際に体験するとやはり、音質の良さは音楽における大きな価値の一つ、と言わざるを得ませんね(笑)。
Rock oN:Live Extremeにはどんな可能性があるとお感じですか?
dip in the pool 木村達司氏:いまの時点では、個人でLive Extremeを使って配信を行うのは、コスト的に少しハードルが高いのが現状だと思います。これは僕が言うことじゃないのかもしれないけど、コルグさんがライブハウス等の会場と契約してアーティストになるべくコストを負わせない形で、Live Extremeの高いクオリティでの配信が実現してくれるとありがたいなと思います。
コルグ 山口創司氏:今回の「Immersive voices 1st set」は最高96kHz/24bitハイレゾでビット・パーフェクトのマルチチャンネル配信で、もちろん素晴らしい映像付き。こんなコンテンツは、現時点では世の中にないので、まずは見ていただきたいです。昔であればこれだけリッチなコンテンツは、とんでもない予算がかかったわけで、今は、Live Extremeを使えば、フィジカルメディア中心だった当時よりはかなり少ない予算で実現できます。
dip in the pool 木村達司氏:今回、サラウンドまでやったわけですが「でも、サラウンドで聞ける環境を持っている人は視聴者の中に何人いるんですか?」というのが現状じゃないですか。サラウンドに関しては自分がもともと興味があったので「機会があればやってみたい」と思っていたのですが、コロナの問題と関わってくるんだけど、今、やれる機会を持ってる人が「こういう音楽の聴かせ方もあるよね」と提示していかないと、文化としての音楽がどんどん痩せていくだろうと思うんです。特に日本の場合、ヨーロッパに比べ、文化に対するリスペクトが残念ながら少ない国だと思うんです。「ほら、サラウンドはいいでしょ! みんなサラウンド聞こうよ!」と言うつもりは全くないんだけど、サラウンドに限らず「音楽のこういう聴き方、楽しみ方もあるよね」と、アウトプットの仕方について提示していくことで「面白いな」と感じてくれる次のクリエイターにバトンが渡され、引いては文化的な発展の継続性につながると思ってるんです。あと、Live Extremeの利点は、ブラウザで視聴できることですね。ユーザーにとって扱いやすく便利なことはとても重要です。
僕は常々単なる会場体験の代変えとしての配信ではなく、配信だから出来るコンテンツ作り、というものを探りたいと思っています。大袈裟に言えば音楽配信の次のステップですね。そういう「次」を考えるには、高音質(システム的にはDSDまでいける)で、ブラウザで楽しめ、マルチチャンネルに制限の無いLive Extremeは大きな可能性を既に実現しているツールであると思いますよ。
コルグ 山口創司氏: 例えば、商業施設のサウンドスケーピングなどへの展開もいいかもしれませんね。これまでは特別な装置を導入しなければならなかったけど、ほんとにブラウザがあればいいので。木村さんみたいなアーティストが、色んな商業施設のサウンドスケーピングをLive Extremeを経由して提供する、なんて面白いかもしれませんね。
Rock oN:最後に、dip in the poolの今後の活動予定をお知らせください。
dip in the pool 木村達司氏:12月4日にImmersive voicesの2nd setを開催するので、会場に来れる人はぜひお越しください。
dip in the pool 木村達司氏:会場に来れない人も配信で聴いていただければ嬉しいですね。今日、話してきたLive Extremeのクイリティの高さを「本当にそうなの?」と思ってる方は、ぜひ聴いて確かめてほしいです。あと、来年はdip in the pool結成40周年なので、まだ詳細は話せませんが、今回のプロジェクトを経験した上での展開をやる予定です。もっとちょっとカジュアルな配信も並行してやりたいですしね。今回、みなさんのご協力もあって、新鮮な気持ちでこのプロジェクトをやれたので、来年も、継続して出来たらいいなと思います。
記事内に掲載されている価格は 2022年11月25日 時点での価格となります。
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