Music is Magic!音楽は魔法だ!
ホームスタジオでの音楽制作がポピュラーになった現在、商用スタジオの価値が見直されています。高価なビンテージ機材、大型スタジオ・コンソール、熟練のエンジニアによる最高のサウンド。そして何よりも、多くのミュージシャンが「スタジオでは特別なマジックが生まれる」と言います。
SCFEDイベのスタジオ探訪記 第1回:音響ハウス
第1回は、シティポップに代表される超ビッグネームをはじめ、幾多のアーティストから実に49年以上にわたり愛され続けるレコーディングスタジオ「音響ハウス」をお届けします。音響ハウスのマスタリングルームとして 2023年3月1日にリニューアルオープンされたばかりの Studio No.7 を訪問し、
レコーディングエンジニアの櫻井 繁郎氏(写真左)と、リペアリングスペシャリストの須田 淳也氏(写真右)のお二人に、お話を伺ってきました。
スタジオで生まれるマジックを求めて
ーーースタジオのロビーに忌野清志郎さんと坂本龍一さんの「い・け・な・いルージュマジック」サイン入りレコードが飾られているのを見て、録音の聖地に足を踏み入れたことを実感しました。
櫻井氏:とても著名なミュージシャンが音響ハウスを使って音楽を作ってきたので、スタジオに入った瞬間、神聖な空気というか、自分もここに来たんだという、ミュージシャンのボルテージを上げる空気があるらしいですね。
ーーー創作意欲が高まる場所というのは重要だと思います。スタジオに入ると、生活感から切り離されて音楽脳に全集中できる空気を感じます。そしていきなり本題の質問ですが、ミュージシャンの間でよく語られる、スタジオで起こるマジックや奇跡とは一体何だと思われますか?また、それを引き寄せるためのスタジオ側の配慮といったものはあるのでしょうか?
櫻井氏:「このテイクは二度と出ないよ!」みたいな話をミュージシャンはよくしていますね。それぞれのミュージシャンが自分の経験値を元に、その曲に合う最高の演奏を試行錯誤して協力していく中で、その場にいる人たちのフィーリングで何かが起こるという気がします。スタジオとしてはミュージシャンやエンジニアに気持ち良く作業してもらって、良い音楽を作ってもらうという事を大前提で動いています。昔はこういうスタジオに来ると緊張して上手く歌えないから、自宅で録音しようという流れがありましたけど、最近は逆になってきていますよ。
音響ハウスのお宝機材
ーーー音響ハウスのお宝機材をご紹介ください!
須田氏:王道的な話でいえば NEUMANN であったり AKG であったり、DPAの前身にあたるブリューエル・ケア(B&K)のマイクがお宝です。U 47(Tube)の内部はある程度チューニングはしていますが極力当時のまま、生産当時1950年代のままの部品構成で維持しているものが2本あります。U 67に関しては最新モデルとビンテージを含めて十数本。RCAのリボンマイクも複数本あって、リボンも当時のデッドストックを張り替えて使っています。
櫻井氏:マイクメーカの方が訪れた時に「うおーっ!初めて見た!」と叫んでしまうくらい、大変貴重らしいです(笑)
須田氏:あとは言うまでもなく、スタジオそのものがお宝といえるのではないかと思いますが、最初期のスタジオコンソール SSL 4000G と、SSL 9000J がお宝になりつつあります。特殊な知識とメンテナンス技術が求められるのでコスト的に手放すスタジオが多く、世界的にかなり減ってきているので弊社の大切な資産かなと思います。
ーーービンテージ機材の魅力とは何でしょうか?
櫻井氏:昔の機材は必要な帯域をしっかり出すという事に特化していて、人間の耳のちょうど良い所に入ってくる、とてもナチュラルな感じがしますね。昨今の機材はものすごく性能が良くて、ハイエンドからローエンドまで全部聞こえるのですが、昔の機材はメーカーの個性が前面に出ているのが面白いです。真空管が豊富だったのでそれも大きいのかなと思っています。
須田氏:現在は禁止されている材料や製法の使用が、当時は可能だったこともあります。NEUMANN や TELEFUNKEN など当時は極限の性能を求めて、いまでは使えないくらい立派な部品や手に入らない部品を使用して、1個1個の手間のかけ方が違うのでそこからして音が違います。だから世界中の皆さんがビンテージ機材を求めて、価格がどんどん高騰しているんです。最新のデバイスはS/Nが高くクリアーで、レンジも広く素晴らしい性能を持っています。ただ、その中でも際立つビンテージ機器の良さというものは、気のせいとかブランド崇拝ではなくて、客観的に聞いても明らかに優れた魅力的なものがあります。
例えば、NEUMANN U 47のマイクセッティングがばっちり決まった時にはミッドレンジがとても充実した音になって、NEUMANN U 67ですら霞んでしまうような素晴らしい表現力を発揮してくれます。自分の声質と音響ハウスのU 47がマッチした時には、そのハーモニーやフィット感で「これでしょ!」という最高の音が録れますよ。
ーーー音響ハウスでレコーディングをすると声や楽器がお宝マイクに集音されて、想像を超越した素晴らしいサウンドが自分のヘッドホンに返ってくる。それで演者は普段以上のパフォーマンスを発揮してしまうというマジックが生まれるんですね!
須田氏:だと思いますよ!それが今後も生まれるように、ビンテージ機材のコンディションを維持していきたいと思っています。
音響ハウスを再現したリバーブ・プラグイン ONKIO Acoustics
ーーーONKIO Acousticsについてお聞かせください。
須田氏:ONKIO Acousticsは音響ハウスの1スタ、2スタの再現性が非常に高くて、ユーザーインターフェイスも吟味されて使いやすくなっています。VSVerb® テクノロジーの再現性が非常に高いので、音響ハウスの空間を体感できるだけでなく、優れたリバーブ・ソフトウェアとしても楽しんでもらえると嬉しいですね。そういった意味でまずは体感して欲しいです。
櫻井氏:自分で使っていても音響ハウスっぽいなと思いますが、外部エンジニアの方がONKIO Acousticsを使って「あ!音響ハウスの音だね!」と言ってくれるので、完成度はかなり高いと思います。評判はかなり良いです。
ーーー櫻井さんは実際どんな場面でONKIO Acousticsを使用されていますか?
櫻井氏:例えば、ライン入力されたキーボードやピアノ音源にインサートして、ピアノを音響ハウスのフロアに出した時みたいな、生っぽい感じになるように調整します。ラインの音源は目の前に定位するので、リバーブなどで奥行きを作りたい場合にONKIO Acousticsを使うことが多いです。普通のリバーブだと遠くに拡散してしまいますが、ONKIO Acousticsだと距離感が作りやすくて、奥行き調整用というのが僕の一番のお勧めポイントです。
また、ライブ音源で、ドラムなどの楽器マイクとライン音源をなじませる時にも重宝しています。音源をなじませるのにサミングなどを使う場合もありますが、ONKIO Acousticsを使うと簡単に実現できます。音響ハウスの音を再現していますけど、他のスタジオやホールっぽい音も作れますので、この手法もお勧めです。
ーーーユーザーインターフェイスの中に現れるマイクは、どんなモデルを想定されているのですか?
須田氏:VSVerb® テクノロジーでは技術上、音をサンプリングする際に用いた再生用スピーカーと収録用マイクの音は反映されないので、想定するマイクは特に無いんです。ONKIO Acousticsをより分かりやすく使うための動画を公開していますので、ぜひそちらも参考にしてください。音響ハウスの音が楽しめるだけでなく、リアルの音響ハウスを体験してもらうきっかけになればと思います。
動画はこちら>> レコーディングスタジオの響きを自宅で再現できる!?【 ONKIO Acousticsの活用法 】
※取材後、ワタクシが実際にONKIO Acousticsを試し、レビュー記事を公開しましたのでそちらもぜひご覧ください!(上の画像バナーをクリックすると記事が開きます)
シティポップの総本山、音響ハウス
ーーーここ音響ハウスでは実に多くのシティポップ作品、伝説的な作品がレコーディングされています。シティポップにまつわるサウンドについて、お二人の考察をお聞かせください。
櫻井氏:昔の楽曲は非常に音数が少ないんです。リバーブなどで空間を埋めるようなミキシングをしていて、音楽がシンプルな楽器編成で成立していました。10トラックくらいしか使っていない曲でも、音楽として十分に成立しているんです。昔はそもそもレコーディングに使えるトラック数が少なかったので、24トラック以内で何とか作っていたと思います。昔の方が音の密度が高く、音の塊、厚みが今の音源よりもあるので、これ以上音を入れる必要はないという判断になったのだと思います。
ーーー芯のある良い音だからシンプルで説得力のある音楽が生まれた、そこにシティポップ・サウンドが象徴されているともいえそうですね。
須田氏:中域の質も大事です。良い機材、良いテクニックで、良い中域を録音しておく必要があります。クオリティの高い中域が録音されていて、それが音楽に反映できているから素晴らしいのだと思いますよ。
ーーー空間をリバーブで埋めるという点では、ONKIO Acousticsは音響ハウスの残響特性を忠実に再現した【公式記録】とされていますので、シティポップを語る上では欠かせないリバーブだったのですね。
Studio No.7 マスタリングルーム
ーーースタジオをリニューアルする際、モニタースピーカーの選考基準は何でしたか?
須田氏:このマスタリングルームは、5.1チャンネルのサラウンドマスタリングができる部屋として誕生して以来、マスタリングを担当しているエンジニアがJBLスピーカーを使ってきました。JBLがとても大きなサイズだったため、空間オーディオに対応するには無理があるということで、現役を引退したという経緯があります。
櫻井氏:壁や天井のアコースティック部分にはなるべく手を付けない状態で、このスタジオに数多くのスピーカーを持ち込んでリスニングをして、レコーディングエンジニアもMAエンジニアも、そしてマスタリングエンジニアも「AmphionであればJBLを使わなくてもマスタリングできる」ということで、最終的に導入に至りました。アンプとケーブルは純正です。
須田氏:音響ハウスのエンジニアはビンテージとかアナログ技術をベースに作られたものが好きな集団なので、偶然パッシブスピーカーばかりあって、今回も音で判断して結局行き着いたのは、パッシブスピーカーのAmphionだったという感じですね。
ーーーマスタリングにはどんな機材が使われているのですか?
須田氏:「音響ハウスのマスタリングはこの機材です」というものはなくて、毎回ケースバイケースで担当エンジニアが持ち込んでセットアップします。ケーブルにも非常にこだわっていて、こういう時にはこのつなぎ方とか、長年の経験を元にセットアップします。当然のように30年前のケーブルや30万円くらいするケーブルを使う時もありますし、「なんなのこのケーブルは?」みたいなケーブルがセレクトされている時もありますよ。
櫻井氏:マスタリング・エンジニアのノウハウが詰まっているので、僕らには全く分からない部分です。
ーーースタジオで使用されている機材を見ると、自分も同じ機材を導入すれば同じ音が出せるかな、、と期待してしまいますが、そんなに甘くはないんですね?
櫻井氏:巨匠のレコーディングを真似してマイクを立てても、同じEQカーブを使っても、同じ音にはならないんです。ほとんど一緒なんですけど何かが違うんですよね。巨匠に付いて長年の経験を得てやっと謎が解けるみたいな。実は見ていない所で何かをやっている事があったりして、でもその人は「ん?何もやってないよ」しか言わない(笑)。うちのマスタリングエンジニアも、市販のケーブルを使っているようで実はカスタムのケーブルで、仕様が違うんですよ。著名なマスタリングエンジニアは電気工学をしっかりと勉強していますから、ラインアンプなども含めて、肝心な部材をカスタマイズできるんです。
須田氏:世界的なトップエンジニアは皆、そうですね。2チャンネルのマスタリングでもテックスタッフが特殊なカスタマイズを施していて、位相に特別な調整を加えて音を作るので、絶対に真似できないです。同じ機材を使ったからといっても同じ音には絶対にならない、極限的なテクニックですよ。
お二人からのメッセージ
ーーー最後にお二人から、音響ハウスをこんな風に活用して欲しいというメッセージをお願いします。
櫻井氏:僕が新人の頃、スタジオはミュージシャンの実験場だったんです。当然エンジニアの実験場でもありますし、皆で一緒になって音を追求する場だったので、それを一緒にやってもらえれば良いかなと思います。当たり前のことを当たり前にやるのも大切な事ですが、音楽はそれだけでは無かったりもするので、自分一人ではなく色々な人のフィーリングが重なり合ってマジックが生まれ、作品ができ上がっていく場だと思うので、スタジオがそういう所になると面白いかなと思います。
須田氏:パソコンの中から音を外に出して、スタジオの空気感やアナログの温かみを加えると面白い世界ができると思います。機材の特色を覚えるともっともっと世界が広がって、表面的だったものが奥深くなり、音楽を作る時にも面白いアイディアが得られるのではないかなと思います。DAW音源を SSL 9000J や 4000G といった本物のスタジオコンソールに通して、さらにアナログテープを通す、というのも非常に面白いのではないでしょうか。
ーーーありがとうございます。今回の取材で、ビンテージマイクがマジックを生み出すツールになり得ることが解りました。音響ハウスにはこのままずっと、音楽スタジオのあるべき姿を追求した、ミュージシャンの指標であり続けて頂きたいと感じました!
櫻井氏:そうあるべきスタジオになって行きたいです。いいものが生まれるスタジオに!