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【15】動画配信が後押しするモジュラーの広がり
今回は具体的なレシピを離れ、モジュラー・シンセサイザーが勢いをつけている背景を俯瞰してみたい。
日々リサーチを続けていると、なんといっても動画が果たす役割が大きいことを実感する。動画のチュートリアルや広告、インタビューなどがSNSを通じてどんどん広がっている。参考になる事例がVSTシンセ「Massive」のチュートリアル動画だ。
開発元の「Native Instrument」社が2000年代の後半以降、それほど力を入れなくなったと思われる「Massive」だが、「Youtube」では相変わらず勢いが衰えていない。例えばこちらのチュートリアル動画は2010年のアップ以来185,000回以上も見られている。
Massive Dubstep - Effective Heavy Wobble Tutorial
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ご覧いただければわかるが、この動画は商品ではない。アップ主がぼそぼそ喋りながらマウスを動かしているだけのものだ。なのに驚異的な回数で閲覧されている。それだけ「Massive」のチュートリアルに高いニーズがあることがわかる。
「Massive」の大ブレイクは、ダブステップのサブジャンルの一つである「Brostep」が後押しした側面もある。当初は「Skrillex」や「Zomboy」などのビッグネームにそっくりのプリセットを組み立てようとする素人やセミプロの動画が中心だった。だがその後、よりスマートにプログラミングのノウハウを集積するサイトも相次いで登場した。その一つがこれ。
「Massive」が見せている展開は暗示的だ。動画がSNSの中で引っ掛かりを持つと、急激に発信力を帯びる。モジュラー・シンセのチュートリアル動画も似たような方向で増えていくかもしれない。
動画配信のもうひとつのメリットは、魅力的であれば無名ブランドでも一気に注目を集められることだ。最近開設されたモジュラー・シンセのサイト「Muff Wiggler」では小規模の開発元を後押しする色合いが強い。サイトの中に「Qu-Bit Electronix」創始者への動画インタビューが掲載されている。
MuffWiggler Interviews Qu-Bit Electronics
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インタビューを受けた Andrew Ikenberry はコンピューター音楽のプログラミング言語「C-Sound」を修得し、サーキット・ベンドやアナログ回路に没頭した日々から、モジュラー・シンセの開発を思い立った過程を早口で熱弁。頭の回転の速さや意気込みが伝わってくる。
一連の動画インタビューで、開発者たちはパンクロックやノイズ音楽に心酔していた過去の経歴やプログラミング言語を使って初期のプロトタイプを設計した経緯などを幅広く語っている。スティーブ・ジョブスを彷彿とさせる野心家、マイペースにひたすら好きな音響の世界を追及する夢想家、挑発的に発言するならず者もいて、種々雑多な肉声が発信されている。それぞれの生き方が如実に反映された製品の「ものがたり」に心酔する人も増えるだろう。どんどんと細分化し、製品の機能がオーバーラップしているモジュラーの世界では 一昔前の「スペック主義」とは異なり 、開発者の美意識をユーザーが共有することが購入の大前提となる。
続けて、ユーザーのコミュニティーが牽引する形で従来の音作りの概念を拡張する「ノン・スタンダード」な動きも顕著になっている。「裏技」という領域を越えて、当初の設計者が想定しなかったようなおもしろい方向へ広がっている。かつての時代、アーチストは資本に囲われ、育てられ、門外不出の「秘伝」を持ち味にスターダムへと登りつめる存在だった。しかし環境は変わった。今日のクリエイターはレコード会社や事務所に発見されるのを待たずに、自主的にネットへと発信する。シェアを通じて上手にプロモーションしながらも自身に利益を誘導することが新たなゲームのルールになりつつある。
こうして玉石混淆の無料チュートリアルが増殖する中、パワー・ユーザーが開発したサンプル・パック、プリセット集やチュートリアルも商品価値を帯びるようになった。
例えば「Loopmasters」のようなサンプル販売サイトではWAVのループだけではなく、「Massive」のプリセットをカタログに追加している。
音作りの有料チュートリアルも数多くある。直接モジュラー・シンセには関係ないが知っておいて損はない事例に出会ったので、あえて紹介しよう。 Breaking Beats
のべ4時間に及ぶこのチュートリアルは「Ableton Live」の操作画面をキャプチャーしたもの。 ダブステップやエレクトロ・ハウスなどで用いられる「あの」やたらと野太いドラム音の作成法を、奥深いところまで指南してくれる。 筆者は広告動画を見て購入。手順通りに手を動かしてみて、初めてその威力がわかった。
例えば3つのサンプル音源をレイヤーにしてスネアドラムを合成する手法が解説されている。そのうち一番上のレイヤーにはありもののスネアやリムショットの音源を使い、ハイパス・フィルターをかけて高周波域だけを抜き出して使う。つまり、すでに持っているが「お蔵入り」したサンプル集を活用できるのだ。
チュートリアルの後半では従来のロック・ミュージックのミキシング理論とはおよそ異なる「2010年以降」のミキシング・スタイルが解説される。全編を見終わって、クラブ・ミュージックが加速的に変化しているのがわかった。
さらに一歩進んで、音作りと演奏法をセットで指南する人物もいる。ベルリン在住の「Mad Zack」だ。プロフィールはこちらから。
Mad Zackは天才的にサンプルを編集し、MIDI Fighterをはじめとしたコントローラーでリアルタイム演奏をする。有料チュートリアルを買いたいと思ったきっかけはこちらの無料動画だった:
Sample Free Sounds from the Internet
and Build Unique Ableton Drum Racks
(画像クリックで拡大)
ネット上にある音源を「Audio Hijack」という廉価なソフトでキャプチャーし、「Ableton Live」や「Traktor」のサンプル音源として編集していくというものだが、よくある「名曲の一部を抜き出す」という範疇を優に超えている。ホラー映画「リング」米国版の予告編や、あげくには「Massive」のチュートリアル動画に至るまでネットに転がっているリソースから無差別に、容赦なく取り込んでいく。日本的に「JASRACがやってくるのではないか」「事務所が出てくるかも」「本人の許諾は」などといった固定観念を持っているとこの発想は浮かばない。いや、浮かびえない。しかしそこにとどまらず、同氏は世界中から抜き取ったサンプルに独自の加工を施して「売り物」へと変身させている。まさにニュー・エコノミーである。
Mad Zackはありとあらゆる音源をそのソースではなく「スペクトル」や「テクスチャー」として聴いている節がある。ソフトウエアの中で音源のボリュームを「+12db」へと極限化したり、アタック部分にクセをつけるために「+24=2オクターブ」以上のエンベロープを加えたりは序の口。リバーブにコンプレッサーをかけ、そのつぶされたリバーブにサイド・チェーンを加えたり、パーカッションとして加工した音にオーバードライブやサチュレーションを加えたりも平然と行う。一言で言うなら「ill」で「ワルい」音作りだ。
以上のように動画で発信するアプローチは、先々モジュラー・シンセにも適用できることだろう。実際のところ、モジュラー・シンセの動画はまだ「幼年期」にある。チュートリアル動画はちらほらとアップされているが、iPhoneなどで撮影、音もマイク録音というものが圧倒的に多く、全体に稚拙だ。ただ、Mad Zackのような方法論でモジュラー・シンセの音源を貪欲に活用したならば、新たな価値やマーケットが創出されるのではないか。
一歩引いて眺めると、これらの動画は音楽制作の視点を広げ、発想を多様化させる作用をもたらしている。モジュラー・シンセの柔軟な設計やパッチの予測不可能性は、そもそも多様化の波に適合しやすい。そこには既成概念に抵抗する「ならず者」の味わいもつきまとう。だからこそ、リバイバルが加速しているのだろう。英語の壁もあるが、是非魅力的なチュートリアル動画を探し当てていただきたい。
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モーリー・ロバートソン プロフィール
日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。
2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。