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【16】サーキット・ベンド
「グリッチ」というスタイルの音楽がクラブ・ミュージックの一角に定着している。極端なタイム・ストレッチやグラニュラー処理などで音を加工し、元の音源からなるべく遠ざけていこうとする美意識だ。そもそも「glitch」は「機械の故障や欠陥」あるいは「電力の異常」「プログラムのエラー」などを指す用語だった。ところが、あえて「曲がった」効果を狙うアーティストたちによって肯定的な意味合いを後付けされていった。「グリッチ」と親戚関係にあるのが「サーキット・ベンド」のシーン。身近な音の出るおもちゃを改造し、あえて誤動作させたり、実験的な楽器へと作り変える人々でにぎわっている。
こんな中「ピカチュウのサーキット・ベンド」という動画は26万6000回見られている。製作者は日本人らしい。
Bent Pikachu controlled by MIDI
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この他、ファービー人形やカシオの廉価版キーボード、初期のゲーム機などが改造の素材として好まれている。
「サーキット・ベンド」の呼称を最初に用いた人物、Reed Ghazala氏へのインタビュー動画もあった。
Soundbuilders: Reed Ghazala | VICE United States
(画像クリックで再生)
1960年代からおもちゃの改造実験を進め、その後1970年代末に子供向けの教育玩具として広く普及した「Speak and Spell」をベンド。最近よくEDMのサンプル素材に「Speak and Spell」が使われているのも、同氏の業績かもしれない。
任天堂のコントローラーを使って「Speak and Spell」の類似製品をベンドするという作例も見つけた:
Circuit Bent Nintendo Power Glove
(画像クリックで再生)
サーキット・ベンド作品によくある要素を列挙すると、以下のようになる。
- 電子回路の知識を持たない素人にもできる。習うより慣れろ、という姿勢。
- 安価な素材やリサイクルで作れる。
- 往々にして回路のコンタクトが剥き出しの状態。
- 指で触ったり光を当てたりして、音を変調できる。
- 偶然や事故をエンジョイ
- 世界に一つしかない作品が出来上がる
つまりインターネット文化に固有の「水平化」や「多様化」が、すでに初代のサーキット・ベンドから組み込まれていたことになる。
手作りで1個ずつ作っていく、少数生産のシンセ・メーカーも出現している。こちらの販売サイトでいくつかの機種を確認できる。
CVを使ったモジュラー・シンセに近い代物もあるが、ユーロラック対応のメーカーに比べてよりおもちゃっぽく、DIY精神が前面に押し出されている。
サーキット・ベンドを含むハッキング文化は欧米で一定の市民権を獲得している。例えば個人が作った商品を取引するサイト「Etsy」のカタログにもサーキット・ベンド作品が見つかる。
「Etsy」ではまた著作物をモディファイ(改造)した二次創作の商品も堂々と売られている。その代表例が「白雪姫」のMacBookステッカーだ。
MacBookのアップル・ロゴにちょうど合うように貼り付けることで、これらのステッカーは新たな「ものがたり」を提供する。かっこいいのと同時にアップル社の画一的なブランディング戦略への反抗でもある。白雪姫のモディファイはその後「ミーム」と化し、ゾンビの白雪姫やコカイン吸引中の白雪姫など、よりアウトローな方向へと進化が続いている。
ここで気になるのがパクられる側にあるディズニー社の対応だ。かつてのように一件ずつ潰して回るのではなく、むしろ肯定的に野放しにしているのだが、それはSNSやインターネットのカルチャーを理解できているからだろう。ディズニーのような大企業がコピーライトを露骨に独り占めせず、ゆるく回遊させれば世代を越えたターゲットを育成できる。同時にユーザーたちも新たな付加価値を生み出し、対流が起こる。 暗黙の了解で自社の文化アイコンを素材として使ってもらううちに、ユーザー・コミュニティーの中で白雪姫は育てられ、どんどん進化していく。そのため中長期的にはディズニー社も利益を最大化させられる。このようにマスの製品や原案をエンド・ユーザーが改造したり、バッタモンを作る文化圏は今後も有機的に成長し、力をつけていくだろう。
サーキット・ベンドをより詳細に検索し続けるうちに、ちょっと驚く情報にも出会った。どうも「サーキット・ベンド」という呼称が付く以前の1950年代、あのサージ・シンセサイザーの設計者であるサージ・チェレプニンがすでにトランジスタ・ラジオを改造した作品を作っていたらしい。つまり「サーキット・ベンド」の始祖はサージということになる。
この記事以外にソースはあまり見当たらないが、実は筆者には思い当たる節もある。
1980年代中盤にサージの弟であるイワン・チェレプニン(故人)に師事していた頃、事務室の引き出しにしまってあったサージの試作品を2点見せてもらったことがある。ひとつは改造されたトランジスタ・ラジオ、もうひとつは葉巻箱の中に電子回路が貼り付けられただけの原始的なシンセサイザーだった。どちらもすでに動かなくなっていたので音を聴くことはできなかったが、イワンの説明によれば改造されたAMラジオは電波を拾って音声が複雑に変調され、狼が吠えているように聞こえたそうだ。コントローラーとなるツマミ等はなく、ハンダ付けで固定された「パッチ」だったとも言える。
そのAMラジオは日本製だったかもしれない。プラスチックのケースは扉が開くように出来ていたが、扉の内側には作家ウイリアム・バロウズの白黒写真が貼り付けてあった。少しフォーカスが甘い写真で、本から切り取った写真というよりは至近距離で撮影したものだった。ビート文学者たちの快楽主義的で危険な世界。そのすぐ近くにサージがいたことの暗示だった。
話を2014年に戻そう。サーキット・ベンドの要素の一つである「自由にその場で接続を変えられる」という構造を組み込んだモジュラー・シンセがあったので紹介したい。「Make Noise」社の「Teleplexer」だ。動画でしか確認できていないが、使い方は一目瞭然。
導線を穴の中に差し込んで固定するという概念を覆し、コンタクトの金属プレートに触れた瞬間、スイッチングが起きるように設計されている。動画を見る限りでは、複数のコネクションを同時にスイッチングすることも可能。もちろん非常に荒々しい切り替えになるのだろうが、グリッチな効果をあえて楽しむことが目的の一つらしい。
この「Teleplexer」モジュールはサーキット・ベンドや手作りシンセと同じ美意識を持ちながらも、よりプロフェッショナルなユーロラック仕様で設計されている。ただし、単に手作りだったものを洗練させているだけではない。「ちゃんとした音を正確に出そう」というパラダイムを逸脱し、パンクな方向へと一歩推し進めているのだ。
今後サーキット・ベンドのシーンがモジュラー・シンセと合流していく可能性を筆者は感じ取っている。その一例をこちらの動画に見て取れる。ローランドのTB-303をサーキット・ベンドした「Devilfish」とユーロラックのコラボだ。
Devil Fish-Sequencing Intellijel Atlantis
(画像クリックで再生)
サーキット・ベンドのいたずらっぽい衝動をモジュラー設計者たちが製品へと落とし込んでいく流れには、アンテナを立てておきたい。
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モーリー・ロバートソン プロフィール
日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。日本語で受験したアメリカ人としてはおそらく初めての合格者。東大に加えてハーバード大学、MIT、スタンフォード大学、UCバークレー、プリンストン大学、エール大学にも同時合格。1988年ハーバード大学を卒業。在学中に作曲家イワン・チェレプニンに師事、モジュラー・シンセを専門的に学んだ。現在はテレビ、ラジオ、講演会などで活躍中。
2014年4月に独自の英語塾「リアル・イングリッシュ」を開催。