
伝説的なエンジニア、ボブ・クリアマウンテン氏。彼が長年拠としてきたスタジオ「Mix This!」を襲った火災という悲劇から、彼はどのように立ち上がったのか。Apogee本社のすぐ近くに新たに構築されたプライベートスタジオにて、その設計思想、機材へのこだわり、そして次世代への深いメッセージを独占インタビュー。
ロサンゼルスのApogee本社からほど近い場所にあるボブ・クリアマウンテン氏の新しいスタジオ。一歩足を踏み入れると、そこには温かみのある木材がふんだんに使われた空間が広がっていた!


2025年に発生したロサンゼルス近郊での大規模な山火事によりボブ・クリアマウンテン氏の「Mix This!」は全焼してしまった。その直後に行われた創業40周年記念イベントでも語られた通り、彼は常に前を向き新たな拠点となるスタジオを構築した。今回の取材ではスタジオの内装やシステムさらには次世代へのメッセージなどいろいろとお話しを伺えることができた。
かつてはAtmosのリスニングルームだったというアパートの一室を、ボブ氏は相棒であるブランドン氏と共に本格的なスタジオへと改装した。


特筆すべきは、壁面に施された美しいディフューザー。これはブランドン氏が考案した「デジタル・バイナリ・アンプリチュード・ディフュージョン(二進法振幅拡散)」パターンと呼ばれるもので、二進数コードに基づいた配置がなされているとのこと。

「ここはただの正方形の部屋なので、定在波などの問題が起きやすいんです」とボブ氏は明かす。その解決策として、階段下や天井の「クラウド(吸音体)」の中にベーストラップを仕込むなど、緻密な音響調整が行われており、天井には遮音のために4層もの異なる素材が重ねられ、上の階に家族がいてもほとんど音が漏れない構造になっているそうだ。また、リスニングポイントも定在波が少ない位置に来るように調整されたとのことだ。
30年の慣れを超えて:Genelecによる「自己補正」と人間の脳

長年Dynaudioのモニターを愛用してきたボブ氏だが、新スタジオではGenelecのシステムを採用。「このGenelecシステムは、計測/自己補正機能を備え、部屋の問題点をグラフ化し、解決してくれます」とキャリブレーション技術を評価。しかし、ボブ氏のモニタリング哲学は機材のスペックだけには留まらない。
ボブ氏:以前のスタジオ(Mix This!)ではそんな補正はしませんでした。30年も同じ部屋でミックスしていたので、その音に慣れていたんです。結局、何にでも慣れるものです。隣のスタジオに行けばNeumannを使っていますが、それでも大丈夫です。人間の脳というのは驚くべきコンピューターですから、部屋の鳴り方に適応し、調整してくれるんです。

「弘法筆を選ばず」の言葉通り、彼は自分の知っているレコードを再生し、その響きを脳にインプットすることで、どんな環境でも最適なミックス判断を下せるという。
友情が救い出した「機材」と「記憶」


スタジオのラックには、歴史的な名機たちが並んでいる。しかし、それらは単なるヴィンテージ機材ではない。火災ですべてを失ったボブ氏のために、友人たちが贈ってくれた「友情の証」なんでしょう!
ボブ氏:この1176はビル・パットナムが、Pultecはスティーブ・ジャクソンがくれました。Distressorはデイヴ・デアからです。キース・アーバンがくれたものもあります。これらはコンプレッサーとリミッターが中心で、ボーカルはLA-3A、ベースは33609を通ることが多いですね。
さらにEventide H910 Harmonizerという伝説的なハーモナイザーまであり、機材博物館的な要素もある新旧入り混じったスタジオになっている。

また、壁に飾られたブルース・スプリングスティーンがベティの50歳の誕生日に送った絵やビートルズのポスターは、前の家から避難する際にボブ氏がとっさに掴んで持ち出した数少ない思い出の品だという。
ボブ氏:前のスタジオが恋しいですよ。でも、ここも大好きです。何より、これを助けてくれたすべての人へ感謝しかありません。機材よりも、人こそが重要なんです。
ハイブリッド・ワークフローの極致:SSLとApogee Symphony

コンソールには、SSL(Solid State Logic)のアナログコンソールSL4000が鎮座しているが、中身はボブ仕様にフルカスタマイズされている。メインコンソールはトム・ロード・アルジから譲り受けたものだという。その時点ではEQがEシリーズとGシリーズ、半々で搭載されていたという。
ボブ氏:私はEシリーズの方が好きなんです。友人のクリス・ロード・アルジがEシリーズのカードを持っていたので、モジュールを配線し直してすべてEシリーズに交換しました。
このSSLはクリスとトムの二人が持っていた物から作られたスペシャルなSSLであるという事実を知りボブの凄さを再認識した。
また、フェードアウトの操作性を高めるために、マスターフェーダーは特注のロータリーノブに変更されている。

スタジオには合計4台のApogee Symphony I/O Mark IIがある。3台はアナログ接続でSSLに音声を送っている。もう1台はプリント・リグ(録音用機材)だというSSLでミックスしたものをプリントしモニタリングするためのものだ。Symphony I/O Mark IIはボブ氏の要望によりソフトウェアが再設計され、ボタン一つでステレオ、5.1ch、Atmosの切り替えが可能になっている。そのコントローラであるApogee ControlがSSLの中央部分に埋まっているというさらにスペシャルなSSL。物理的にもSSLとApogeeの融合を実現している、というわけだ。さらにこのスタジオのすごいところは、オフィス側にある『Apogee Studio』と映像と音声が繋がっていること。
映像はSDI、音声はDanteでの接続だと教えてくれた。取材当日もApogee Studioで行われるLiveをこのスタジオでDolby Atmosミックスするという試みをするのだと教えてくれた。今でも新たな試みにチャレンジする姿勢は本当に素晴らしい。
ちなみに、『Apogee Studio』はボブ氏が考えていた『レコーディングスタジオでありながら、同時にライブ会場でもあるような場所』を再現したスタジオでNeveのコンソール、Neumannのモニタースピーカーというシステムとなっている。
「才能を見極め、それに集中せよ」次世代へのメッセージ

インタビューの最後、ボブ氏は日本のクリエイターたちに向けて力強いメッセージを送ってくれました。
ボブ氏:挫折しないでください。誰かに『君にはできない』なんて言わせないことです。そして、自分の才能が何であるかを見極めてください。
かつて70年代、プロデューサーになることが流行った時期に、ボブ氏自身もプロデュースを試みたことがあったという。しかし、彼は自分がプロデュースよりもミキシングの方が得意であることに気づき、そこに集中する道を選んだという。
ボブ氏:やりたいことと、得意なことが必ずしも一致するとは限りません。もし自分が非常に得意なことを見つけたら、それを好きになるように努めて、そこに集中してください。
さらに、レコード制作だけでなく、ゲームオーディオやイマーシブ・オーディオといった新しい分野にも目を向けるべきだとアドバイスを加えてくれた。
火災による喪失を経て、友人たちの助けと自身の不屈の精神で完成させた新たなサンクチュアリ。そこで最初にミックスされたのは、彼が昔からファンだったSqueezeのアルバムだった。ボブ・クリアマウンテン氏の笑顔は、新しいスタジオと共に歩む未来への希望に満ちていた!


記事内に掲載されている価格は 2026年1月23日 時点での価格となります。
最新記事ピックアップ