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Nov.2022
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ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOXⅢ 特別上映『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』レポート 2022年8月31日 at 晴れたら空に豆まいて

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TCエンタテインメント社から、「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX I 、BOX II、BOX III」が発売されたことを記念して開催されたイベント

2022年4月26日 BOX I Relase Party ( レポートを読む>> )

2022年6月29日 BOX II Relase Party ( レポートを読む>> )

2022年8月31日 BOX III Relase Party ( レポートを読む>> )

に続き、BOX IIIに収録されている「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の特別上映会が、晴れたら空に豆まいてにて開催されました。当日の上映に先立ち、音声マスタリングを担当したオノセイゲン氏、株式会社WOWOWプラス 山下 泰司氏、音楽プロデューサー 立川直樹氏による特別対談が開催されましたので、今回は、その模様をお伝えします。

TCエンタテインメント社から、「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX I ~BOX II~BOX III」が発売。ヴェンダース監督自身の監修による、最新の4K & 2Kレストア版マスターが使用され、多くの作品が国内初Blu-ray化 & 一部が仕様をアップグレードしての再Blu-ray化という、ファンにとっては待望のパッケージが登場です。

オノ セイゲン氏 : 今日は、僕が音声リマスターを担当したBlu-ray「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の特別上映を行いますが、上映に先立ち、この後、特別ゲストとして音楽プロデューサーの立川直樹さんをお呼びします。立川さんは僕が高校生の時からのレコードのライナーノートなど憧れの人なので、大変楽しみにしています。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のBlu-ray上映ですが、今日の会場である「晴れたら空に豆まいて」には、Meyer Soundのスピーカー UPA-1Aに加え、仮設でJBL製のサラウンドスピーカーを配置し、先ほど30分くらいかけて僕がちゃんとチューニングしたので、保証できる音になってますのでご期待ください。

山下 泰司氏 : 株式会社WOWOWプラスの山下と申します。

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オノ セイゲン氏 : 山下さんとのお付き合いは長く、社名が変わる前からですね。

山下 泰司氏 : はい、話せば長くなるのですが、、(笑)。 もともと私はイマジカのグループ会社だったIMAGICA TVという会社でシネフィル ・イマジカというDVDレーベルの仕事をしていたんですが、5年前のある日、突然、社員が会議室に集められ、「今日からこの会社はWOWOWになります」ということがありまして……。その日からWOWOWの傘下になっています。今回、「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX I、II、III」を発売しているTCエンタテインメントさんには弊社タイトルの販売をお願いしている関係もあって、このBlu-ray3箱の制作についていろいろ助言やお手伝いをさせていただきました。その流れの中で、このヴェンダースBOXの音声マスタリングも、いつも自分の映画タイトルでお願いしているセイゲンさんに頼もう、となった次第です。

オノ セイゲン氏 : 洋画の配給やBlu-rayの発売って、ハリウッドクラスのメジャー作品はそれぞれの日本法人が扱っているので第三者はタッチできない世界なんですけど、今回のヴェンダースのようなインディペンデント作品やヨーロッパ作品の多くは、版権元から日本の配給会社や発売会社に対して、通常5年くらいを一つのタームとして許諾をしていくんです。映画の権利は大きく3つに分かれていて、1つは映画館でやるための上映権、2番目がテレビ放送の放送権。そして3番目がDVDやBlu-rayなどのパッケージ化権で、さらに最近はそこにネットを使った配信権などもあります。5年経って売れ続けていれば同じ会社がその権利の延長の契約をするし、そこが手放せば、また違う会社が買ってBlu-rayが出直すということもある。重要なのは、担当者がその映画に対して真剣であり詳しいこと。音楽もそうなんですけど、映画自体に愛情ある人じゃないと、Blu-ray化のためにわざわざ「音声マスタリング」なんて予算的にもねえ、ここでは言えませんが条件的に厳しいですね。それと名画であり僕自身も好きな映画でないとね。KADOKAWAいま、有名ですけど贈収賄の金があって、なんで映画の音に向き合う予算をつけないんだよ!と声を大にして言っておきたいですね(笑)。「好きで好きでしょうがないので、うちの会社でパッケージ化権を取りたい」といった想いのある山下さんのような人がいないとだめですね。

山下 泰司氏 : ありがとうございます。今回、セイゲンさんに音声マスタリングをやっていただいた訳ですが、そもそも映画のパッケージでは「音声マスタリング」という工程はないんですよ。

オノ セイゲン氏 : 最近、映画パッケージは映像面では4Kや2Kといった解像度のリマスター盤を発売していますよね。大元のネガ・フィルムからスキャニングして、映像のキメ細かいところまで修復を行うんですが、一方、音声に関してはあまりケアがされていないのが実情です。また映像の修復と音の修復はまったく別のスタッフがやるわけですから、最後にそれを再び一緒に合わせるときに、画と音がズレたりすることもある。制作担当者が気づかないと、それがそのまま製品として売られてしまうこともあります。映画館だと一回見ておしまいなので、そこまで気にしない人もいますが、Blu-rayパッケージになると細かく何度も見られる場合もあるので、1コマのズレ、例えばピアノを弾く指先と音声のズレや、役者の口と音声のリップシンクが合ってないとすぐわかっちゃう。そういうマスターが来ることも実はあって、その場合は丁寧に直します。そんなのはマスタリングの作業の範疇ではなく、とてもめんどくさい作業なんです。今回のヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOXの音声マスタリングにあたり、去年のクリスマスからずっと12作品の作業をやっていました。映画にとって、音は画と同じくらい重要な要素だと思っているので、音声トラックを決してデフォルメせずに徹底的に磨いてやるんです。

山下 泰司氏 : それまでまったく業界で行われていなかった映画の音のマスタリングを、セイゲンさんにお願いし始めたのは今から10年前です。なんで、そんなことを思いついたかというと、僕が扱ってきた古いヨーロッパ映画は音が悪いのものが多かったので、「少しでも良い状態にしてファンに届ける方法が何かないか?」と思った時に思浮かんだ名前が「オノセイゲン」だったんです。僕は、セイゲンさんのエンジニアとしてのファンでもあったんですけど、音楽家としての面も好きなんです。セイゲンさんの作品で一番有名なのはコムデギャルソンの音楽ですが、「バー・デル・マタトイオ(屠殺場酒場)」というアルバムがありまして、タイトルはものすごく怖いですけど、めちゃくちゃいいんです。生涯で一番聞いたアルバム5枚のうちに入ってます。本人を前にして言うのもなんですが(笑)。ただ、映画の音のマスタリングなんて、業務のメニューにはないわけですから、、「こんな仕事をセイゲンさんが受けてくれるのかな?」と思って依頼のメールを出すべきか、出さざるべきかって悩んだんですが、出したらすぐ返事返ってきまして……。

オノ セイゲン氏 : 「やるやる!」ってね(笑)。 山下さんから依頼が来る作品は、フェリーニやヴィスコンティといった好きなものばっかりだったんです。だから業務のメニューにも加えましたよ。KADOKAWAからそのための基金をもらってきて!

山下 泰司氏 : そういったお付き合いがある上で、今回のヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOXもセイゲンさんに頼むことにしたんですが、最初は、ヴェンダースの映画の中でも、音楽に特に気をつかっている「パリ、テキサス」、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」、「ベルリン・天使の詩」、「夢の涯てまでも【ディレクターズ・カット版】」の4作品だけを打診したんです。

オノ セイゲン氏 : もちろん「やります!」って言ったんですが、その後、山下さんから「他に8作品あるんですが、その分の予算がない。」ということを聞きました。でも、僕は「予算なくてもやります!」と。僕は、同じ熱量でその作品のことを好きな人が担当じゃないと、そういうことはやらない訳なんです。業界ではリマスターというと、スペック的な話ばかりが話題になりますが、本当は「良い音ってなんなの?」ということが一番大事なんですよね。その答えを、今日のゲストである立川直樹さんに聞いてみましょう! 惜しまれながらこの4月に亡くなったジャック・ぺランに似てる立川 直樹さんをお呼びします!

// ここで立川 直樹氏 登壇//

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立川 直樹氏 : 今日はお呼びいただいてありがとうございます。セイゲンに頼まれたら断れないよね(笑)。それにしても、ジャック・ぺランすごいよね。大好きなんだよ。若い時、僕の青春スターだったんです。年取ってる人ならわかると思うけど、「若草の萌える頃」という名作映画があって、ジョアンナ・シムカスが出てたんですけど、本当にすごいかっこいい。あと、「Z」というイヴ・モンタン主演の映画にも出てましたね。ところで、さっきまでのお二人の話を聞いてて思ったんですが、セイゲンと山下さんて、いい関係だよね。音楽と映画でつながっていて。

オノ セイゲン氏 : 何よりも作品自体を好きじゃないといけないんです。

立川 直樹氏 : 爆発や追跡シーンだけのハリウッド映画だけじゃダメですから。昔からそうなんだけど、カルチャーって二極分化していると思うんです。例えば、ハリウッド映画のような派手なものがダメだとは言わないけども、そういうのがありつつ、片一方に、ちゃんとポエティックなものもあるべきで。加えて、さっき、セイゲンが映画の音の話をしてたけれども、映画の音について全く気にしない人達っているわけじゃない、、

オノ セイゲン氏 : そこなんですよ!音に対して感受性のない人に好みの押し付けはできませんけど、気になる人にとっては音は本当に重要ですからねえ。

立川 直樹氏 : 僕、80年代の終わりぐらいに仕事でニューヨークに数ヶ月行った時に、NBCテレビのインタビューに作家のエラ・フィッツジェラルドが出てきたんですよ。エラは晩年、目が悪くなってコップの底みたいなサングラスをかけてたの。NBCのインタビュアーが、「エラさん、最近の音楽業界どう思いますか?」って聞いたんだけど、さっきのセイゲンと山下さんがしてた話に通じることをエラが言っていて、「最近の歌手って大変よね。なんか歌うだけじゃなくて踊らなきゃならないじゃない。」って。さらに加えて「それだけじゃなくて、可愛くなきゃデビューできないじゃない」って言ったんです。こういった弊害の原点はMTVなんですよ。1981年にMTVが始まったんだけど(ちなみに、この年にWHOがエイズを発表してます。)この年にサブカルチャーが崩壊したんです。1965年くらいまで、アメリカでは「スリーミニッツヒット」といって、ラジオで3分以上の曲をかけられなかった。だから、ジミ・ヘンドリックスの「パープルヘイズ」は2分50何秒、ジェファーソン・エアプレインの「サムバディ・トゥ・ラブ」も3分以内。それを破ったのが2組いたんです。1つがアニマルズの「朝日のあたる家」。この曲は約4分なんです。もう1つがボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」。シングル盤の片面が「ライク・ア・ローリング・ストーン パート1」で、裏面に「ライク・ア・ローリング・ストーン パート2」。巧妙だよね(笑)。 ところで僕とセイゲンが初めて会ったのはいつだったっけ?

オノ セイゲン氏 : 立川さんのお名前は高校生の時からレコードのライナーノーツを読んで知ってまして、その後、僕は録音エンジニアになる訳ですが、赤坂の日本コロンビア・スタジオで立川さんがピエール・バルーのプロデュースをされていて、コロンビアには4つのスタジオがあったんですが、僕は立川さんがいる隣のスタジオで渡辺香津美さんや清水靖晃、つまりBetter Daysレーベルのレコーディングをやっていて、セッションの時間が結構重なって顔を合わせた記憶があります。80年代の話ですが、僕は駆け出しのフリーランスですから、アヴァンギャルドな作品や変な音を欲しがるミュージシャンに煽てられて、わざとマイクを逆向きとか変な音はすぐ作れるので、そういう作品をよく担当してました。

立川 直樹氏 : そう、1か月くらいやってたんだよね。「変な音」はセイゲンって言われてて(笑)。「変なレコード」は僕みたいな。

オノ セイゲン氏 : 僕はあの頃、いくつもアーティストを掛け持ちして、ある時期はまるでスタジオに住み込みのようにレコーディングやってましたね。そんな中、まさかの、美空ひばりさんが来る時もありました。すると「(変な音ばかりやってる)君たち明日はスタジオに来てはいけません」となるわけです。日本コロムビアのチーフエンジニア、林さんだったかな「オノくん、明日の美空ひばりさんのセッティング見せてあげる、ストリングスはこうなってて、歌はここで同時録音」ぼくはフリーランスだったので、各メジャーレコード会社、録音課のチーフたちからそれぞれの流儀を教えてもらったのは、思い返せばすごい財産です。日本コロムビアの社員のアシアスタントに「どうだった?」って聞くと「お弁当の3段重ねのお重がすごかったんです」とか全てが違う世界なんですね、、

立川 直樹氏 : すごく面白い話があるの。スタジオの自動販売機に飲み物を買いに行ったら、美空ひばりさんのボディーガードに「どこに行くんですか?」って呼び止められ、僕は「スタジオでレコーディングしてます。」と伝えたら「あ、すみません。」ってなったんですが、その後、ひばりプロダクションの人が「先生、失礼しました。」と言って、丁寧に箱2つぐらいの差し入れと共に謝りに来られたんです。美空ひばりさんがスタジオに来る時は、コロンビアの第2玄関が開くんですよ。赤絨毯が引かれ、まさにレッドカーペット。ひばりさんはとにかく耳がよくて、レコーディングは本当にテイク1で決まるんだよね。

オノ セイゲン氏 : 僕は北島三郎さんを録音してたことがあるんです。最初にヘッドホンでカラオケを聞いていただき、ご自分の声のボリューム見るためだけに、1番だけちょっとだけ歌って頂くんです。

立川 直樹氏 : 「試し録り」ってやつ。

オノ セイゲン氏 : はい、そして「じゃあ録ります。」と言ってテイク1で終了。テイク1なんですけど、ヘッドホンで確認のための0.5があって、合計1.5テイク分テープには残せます。パフォーマンスは本当に1回だけ。

立川 直樹氏 : ボブ・ディランが2015年にリリースしたアルバム「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」を作った時に、ディランは、フランク・シナトラの60年代初期のスタンダードソングの音を再現したかったんです。それで、引退してた伝説的なサウンドエンジニアのアル・シュミットに電話して、キャピトルレコードのスタジオでシナトラがレコーディングしてた当時と同じマイクセッティングをしてくれと頼んだ。そうしたらアル・シュミットはディランに「2テイクまでしか俺は録らない。」と言ったんです。普通ビビるよね(笑)。でも、さすがにディランはやり通した。今日上映する「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と同じことが言えるんだけど、歌が着飾って無いんですよね。ウィリー・ネルソンもそうで、多分皆さんもご存知のアルバム「スターダスト」。あれは録音2日ですから。自分のバンドと一緒にヘリコプターでスタジオに乗り込んで30曲ぐらいバーッと歌って「あとはよろしくっ。」て帰っちゃった。それでセールス500万枚ですから。

オノ セイゲン氏 : あと立川さんとの思い出は、大阪に一緒に行ったりとか色んなことがあったんですが、今日はそれを話し出すときりがないので(笑)。

立川 直樹氏 : お前アンチョビ作ったことあったろ? あれ、おいしかった。セイゲンのエンジニアとしての力を、ぼくは、あのアンチョビの味で確信した(笑)。

オノ セイゲン氏 : うわあ、完全に忘れてましたね、その話。アンチョビ作りました。シチリアから5キロ缶を買って来て、自分で指開きし、背骨とって少し塩抜きしてオリーブオイルにつける。

山下 泰司氏 : セイゲンさんって実は調理師免許を持ってるんですよね。

オノ セイゲン氏 : 「アンチョビパスタ」という曲も作っています。ブルーノートやスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルでも演奏しました。あと、ブラジルで誕生日会をやったのを覚えてますか? 僕が小野リサさんのファーストかセカンドアルバムのレコーディングをしてる時に、立川さんが突然リオまで来て「今日、俺、誕生日なんだ」って言って。

立川 直樹氏 : あったあった。

オノ セイゲン氏 : リオで誕生日、やりましたね。

立川 直樹氏 : 僕はしょうがない人だね、、、(笑)。 ちょっと脱線しましたね。話をヴェンダースに移しましょう。先だってセイゲンが「パリ、テキサス」のBlu-rayを送ってくれて、改めて見た時にビックリした。ライ・クーダーのギターは「そうか、本来こういう音をしてたのか!」って。たくさんの音楽映画が作られてるけども、この後見る「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は間違いなくベストファイブに入ります。僕、ものすごく「ラスト・ワルツ」が好きなんだけれども、ついに「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に負けたね。それくらいすごい映画。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」には、出演者の人生と音楽が綾を成すところを全部映像にしてある。ヴェンダースのセンスと、加えてロビー・ミューラーの撮影がすごい。カット割りが音楽ドキュメンタリーのテイストじゃなくて、本当に劇映画を見てるみたい。オマーラ・ポルトゥオンドが、本当にいい味出してるんだよ。訳ありっぽい女って魅力あるじゃないですか(笑)。あと、脇役でいうとピアノのルベーン・ゴンザレス。この人のピアノの音がすごいんだけど、セイゲンはえらい! ちゃんと音を作ったよね。

オノ セイゲン氏 : ありがとうございます。「マスタリング」とはレコーディング、ミキシングまで完成されたミックスの最後の工程、レコードのカッティングとも言いますが、「作った」というより「再現した」になるんですが、例えば、写真家が写真を撮ると、そのポジやネガを現像した後の紙焼きやポスターを作る工程でのプリンティングディレクターみたいな役割りなんです。同じ1つのネガやポジから、どんな質感の本やポスターにするのか。プリンティングディレクターがそれぞれに合わせて色の調整をするんです。音のマスタリングとは写真のプリンティングディレクターみたいな存在で、裏方で職人なんです。元の質と仕上げる味がわかってないとできない仕事ですね。

立川 直樹氏 : そう、だから、結局、元がよくなきゃダメなのよ。最近のエンターテインメントは、元の悪いものをいかに加工してやるかっていうことになっているから「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」みたいな作品を見直すとすごく新鮮。本当に今、2022年にこういう形で見直すべき作品。

山下 泰司氏 : 僕がセイゲンさんに「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」をやっていただいて、一番良かったと思ったシーンは、先ほど名前が挙がったルベーン・ゴンザレスが、少女たちが体操の練習をしてる場所でピアノを弾くシーンなんです。すごく空間ある場所なんですが、あの場所のすごく自然な感じの音はとってもいいですよね。

立川 直樹氏 : ルベーンのピアノの音って、ジャズじゃないし普通のラテンの人よりもエレガント。

オノ セイゲン氏 : あの体育館の音になっていて、映像のとおりの音でしょ? ピアノ伴奏がこのレベルだったら、オリンピック選手が育っちゃいますよね(笑)。

立川 直樹氏 : あとライ・クーダーが息子と二人でサイドカーに乗って海岸の道を走っていくシーンがあるんですが、大好きなシーンですね。この映画は、キューバの忘れ去られたミュージシャン達をヴェンダースやライ・クーダーが集めた、という内容ですが、もともとこういう企画じゃなかったんだよね?

山下 泰司氏 : そうなんです。最初はキューバのミュージシャンとアフリカのマリのミュージシャンを連れてきて、ライ・クーダーにプロデュースさせようという企画だったんですよね。でも、マリのミュージシャンがビザの関係で来れなくなってしまった。じゃあ、「現地に居る人で何か作ろう」ということになってキューバの老人達を一人ずつ集めてきた。イブライム・フェレールはその時、路上で靴磨きをやってたんです。そうやって探し出して来たんですが、みんな最初はだまされたと思ったそうです。

立川 直樹氏 : 最初はドッキリ状態で始まるんだけど、進むにつれてどんどんグルーヴが出てきて、最後はカーネギーホールに着地するわけです。

山下 泰司氏 : ヴェンダースがインタビューで言ってたんですが、イブライムはしばらく歌ってなかったわけですが、一日一日進むにつれて声がまるでベルベットみたいに輝いていった、と言ってました。

立川 直樹氏 : やっぱり元が良いから磨けば光る。今は元が悪いから磨くとバレるっていう(笑)。

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オノ セイゲン氏 : 立川さんに聞きたかったのは、「いい音」の概念についてなんです。もちろん、僕は録音エンジニアなので、ハイレゾのスペック的なことや、スタジオグレードのレコーダーだったり、最新のデジタル機器といった、技術的な面は知り尽くしていますが、それがハイスペックだから必ずしも「いい音」ではないのです。

立川 直樹氏 : いい音って「美味しい音」だよね。70年代に衝撃を受けたことがあって、デヴィッド・ボウイがレコーディングしてたスタジオに居合わせたことがあるんですが、曲をフェードアウトして行く時に、ボウイがエンジニアに「夕焼の空の色が変わっていくようにフェードアウトしてくれ。」って言ったんです。でもさ、だいたい2dBずつくらいゆっくり下げていく、みたいなことが普通じゃん。「夕焼の空の色が変わっていくようなフェードアウト」って英国詩の世界観の極地だと思う。でも、多分、エンターテイナーとして成り立っていると思うんだよ。言われたエンジニアは、普通だと「それってどういうことなんですか?」と聞くかもしれないけど、そういうことを言わないエンジニアが僕は好きだな。

オノ セイゲン氏 : そういうの得意でしたねえ。僕の関西人気質が(笑)、「これできますか?」って聞かれたら、「なんでもできまっせー!」みたいな。(笑)。

立川 直樹氏 : セイゲンは、ちょっとキップ・ハンラハンみたいなとこあるよな。褒め過ぎかな(笑)?

山下 泰司氏 : プロデューサー的なエンジニアという意味ですよね?

オノ セイゲン氏 : そんなこと言われると、30年前に、立川さんに弟子入りしとけばもっとよかったですね(笑)。最後に、ちょっと違う話していいでしょうか? 今日(イベント開催は2022年8月31日)、ショックなニュースが入ってきて、ゴルバチョフさんが昨日、8月30日に91歳でお亡くなりになられたんです。僕は80年代、レコーディングで西ベルリンによく訪れていたんですが、ゴルバチョフさんは西ベルリンではロックスターみたいな存在で、今回のヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOXに収録されている「ベルリン・天使の詩」の続編となる「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース! 」に出演しています。

こちらのレポートを参照ください

2022年6月29日 BOX II Relase Party ( レポートを読む>> )

2022年8月31日 BOX III Relase Party ( レポートを読む>> )

立川 直樹氏 : セイゲンは、ゴルバチョフのファンだったんだ。

オノ セイゲン氏 : そうです、80年代からファンでした。ベルリンに通ってましたから。91歳のゴルバチョフさんは財団を通じ、現在のウクライナ戦争に対して反対の声明を出していたんだけど、今は政治的な力がないから、なかなか伝わらなかったんですけど、そういうゴルバチョフさんをソ連崩壊の直後にこの映画に出演させていたヴェンダースは凄いと思います。ルー・リードが楽屋で歌うシーンも。「壁のなくなったベルリンはなんて素敵なんだ〜」とね。ぼくはもしかしたらゴルバチョフさんがプーチンのウクライナ侵略戦争を止めてくれるんじゃないかと願っていましたから、もうすごいショックです。

「91歳ゴルバチョフ氏「早急な平和交渉を」

https://www.asahi.com/articles/ASQ346679Q33PLZU006.html

立川 直樹氏 : そういう監督が本当に少なくなってるよね。ヴェンダースもそうだし、ゴダール(ご存知の通り、このイベントの後、2022年9月13日に永眠されました)もそうじゃない。迎合的じゃないちゃんとしたメッセージを持っている。だから「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は最大のエンターテイメント映画なんだけど、同時に、ものすごくメッセージがあるのよ。「人と人との出会いは何を生むのか?」、「成功するということは何なのか?」。 だから音楽ドキュメンタリーとしてずっと残る映画として成立してるんです。

オノ セイゲン氏 : そうですね。では、その「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を今からここで、映画館とは違ったクラブバージョンの音で見ていただければと思います。

// 会談ここまで。引き続き、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」特別上映が行われました。 //

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