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今回は今年2月発売以来話題沸騰のIK Multimediaのルーム音響補正システム、ARC Studioですが、今回は音楽プロデューサー/アーティストで、Rock oNメールマガジンでもコラム連載中のJUVENILE氏に、実際に使ってみた印象をお伺いしました。
自らもSonarworksのSoundID Referenceを使用したり、Rock oNレビュー記事でもNeumannのKHシリーズとMA 1を使ってみたりと、自宅スタジオでの作業が多いだけに音響補正システムについては強いこだわりと深い造詣を持つJUVENILE氏に、話題のARC Studioはどのように感じたのでしょうか。
発売情報を聞いて以来、大変注目していた製品ということで、大変熱のこもったレビュー記事となりました。
こんにちは、アーティスト、音楽プロデューサーのJUVENILEです。今回はIK Multimediaのルーム音響補正システム、ARC Studioのレビューをさせていただきます!
こちらは言わずもがな今大変話題になっている商品で、初回販売分はすぐに売り切れ、現在入荷待ちという人気商品です。今年の2/23に発売になったタイミングで私はちょうど休暇でロンドンに滞在しているところでした。SNSなどでの情報を見て「おお~!これは待っていた商品だ!いいなあ」と思って眺めていたら、気が付くとあっという間に売り切れになっていました…。「欲しい機材はすぐに買え!」という教訓を身に沁みて感じています。
そんなARC Studioを今回特別にデモ機をレンタルさせていただき試させて頂きました。私なりに感じたことなどをレビューしていきたいと思います。
補正ソフトの必要性
まず大前提として2024年現在、モニター環境の補正は今までにないくらい注目されてきていると思います。IK Multimediaはいち早く2007年に音場補正システムARC Systemを発売していて、私がその存在を知ったのは2010年ごろでした。15年以上前からこの未来を見据えていたのだとしたらすごい先見の明ですよね。この20年近くでベッドルームスタジオがかなり増えたことも大きいと思います。かつてはルームアコースティックが整えられたスタジオに入ってのレコーディング、ミックスをするのが当たり前だった時代から、自宅プライベートスタジオでの作業が増え、そのまま配信リリースでメガヒットが生まれる、ということも割と常識になってきました。しかしパソコン1台で出来ることが大幅に増えた一方で、フラットなモニター環境を確保するのは簡単なことではありません。
日本の一般的な住居の一室の広さは6畳くらいだと思いますが、その広さの中でしっかりとスピーカースタンドに設置し、左右の壁から等距離に、かつ背面は適度に離して、リスニングポイントと正三角形を作って、などなど、定在波対策まで含めて様々なことを考慮してセッティングできる環境の方は決して多くはないと思います。
実際、私が自室のプライベートスタジオで音楽制作を始めてしばらくはスピーカーは机の上に置いていましたし、背面の壁から十分な距離を取って設置できるようになったのもスタジオを引っ越してからです。勿論そのどれもがケースバイケースで、スタンドに置いた方が必ず良くて、壁から離せた方が絶対に音が良い、ということは無いというのはお断りしておきます。結果的に良い音が出ていればそれが正解なのですが、一般的に「良いモニター環境を作るためにした方がいい」とされることを実践していくのはなかなかハードルが高いのが実情です。
Sonarworks
私は普段SonarworksのSoundID Referenceを使って補正をしています。補正ソフトの代名詞的存在のこちら、とても優れたソフトで仕事に欠かせない道具になっています。初めて補正された音を聞いたときはその変化に慣れず少しギョッとしたのですが、慣れてしまうともう補正なしでは聴けない身体になってしまいました。それはこれからも変わらず、またこの音楽業界全体でもルーム音響補正はマストの方向に進んでいくと私は予想しています。
音質的には今のところほとんど不満のないSoundID Referenceなのですが、ソフトの設計上やむを得ないのですが少し不便な点がいくつかあります。
①プラグインとしてマスターにインサートしたまま書き出してしまうと補正されたカーブでバウンスされてしまう。
PCで普通に音楽を聴いたりするときはスタンドアロンのソフトで補正がかかるので関係ないのですが、DAWで使用する場合プラグインでインサートする必要があります。その際マスターをそのままモニターするようなルーティングをしている場合インサートの最終段に刺して使うことが想定されますが、これを書き出しの際にオフするのを忘れるとバウンスデータが補正されたカーブの影響を受けてしまいます。ただしこれはモニター専用のリッスンバスのようなものを作ることでそちらにインサートすればマスターに刺さなくてよくなるので、解決可能です。
②ヘッドフォンアウトの音も補正された音で再生されてしまう
これも①と同じようにDAW上ではルーティングを工夫することによって解決可能なのですが、スタンドアロンのソフトではどうしてもヘッドフォンアウトから出る音も補正された音で再生されてしまうのを分ける方法が現状無いので、ヘッドフォンで聞くときは補正をオフにする必要があります。SoundID ReferenceのスタンドアロンソフトはMIDIで制御することができるので、MIDIキーボードの一番端あたりにアサインしておくのがオススメです。
③補正された音はボリュームが下がる
これは補正によるボリュームの変化によってクリップが起きてしまうのを防ぐためのセーフティなので、仕方のないことだと思います。
ARC Studioの登場
そこで前々から、外部ハードで補正してくれる商品があったらいいのになあと思っていました。既にスピーカー自体に内蔵DSPで補正してくれるものがGENELECのGLMシリーズや、NEUMANNのKH80 DSPなどのシリーズ、IK MultimediaのiLoud Precisionシリーズなどがありますが、どれもお値段が少々するのと、自分の今使っているスピーカーに補正をかける、というニーズは満たせていませんでした。
ここでようやくARC Studioの話になりますが、これはインターフェースと(モニターコントローラーやミキサーを挟んでいればその後ろ)スピーカーの間をキャノンケーブルで繋ぐことで補正してくれる、まさに求めていた商品です。しかも何より驚くのが価格が52,800円というリーズナブルな点です。これによって先ほどあげた3つの希望は全て解決してくれて、DSP内蔵のスピーカーでなくても補正ができるので、試さない手はない!ということで、だいぶ前置きが長くなりましたがようやくここからARC Studioのレビューに移ります。
見た目・スペック
小さめで軽いです。かといって壊れやすそうな印象はなく、非常に堅牢なボディです。ちょうどSteinbergの2in2outのインターフェースと同じようなサイズ感です。
前面にはPOWERランプ、SIGNAL/CLIPランプ、そして補正のオンオフができるCORRETIONスイッチがあります。補正を物理ボタンで切り替えられるのは非常に良いですね。
背面にはインアウトのキャノン端子がLR、PCとARCの補正データをやりとりするUSB-C端子、電源のDC端子です。シンプルですね。5万円台とリーズナブルですがキャノン端子を選択しているところに音質面へのこだわりを感じますね。
ARCでのキャリブレーションをするためのMEMSマイクが付属しています。こちらはかなり軽くて、ちょっと心許ない感じがしますが、音質や耐久性にはかなりの自信とこだわりを持っているようです。もしかしたらこのあたりでコストカットをしているおかげで5万円台での商品化を実現しているのかもしれません。測定マイクは毎日のように使うわけではないので、ここは特に気になりません。
内部スペックですが、ダイナミックレンジ120 dB(A)のAD/DA、0.5Hz~40kHzの周波数特性、ジッターを極限まで抑えた超高品位なクロックにより、音の透明性とマスタリンググレードの精度を提供しているとのこと。内部のサンプリングレートは96kHzで走っているそうなので、ここも音質への強いこだわりを感じますね。
測定
測定は従来のARCと同じく、PC内のソフトウェアで行います。その測定結果をARC Studioに送ることによってハード内で処理ができるようになります。
ソフトを立ち上げるとハードウェアのセットアップ画面から始まります。付属のMEMSマイク以外のマイクでもキャリブレーションは可能で、マイクの周波数特性のデータを読み込むことができます。
続いてマイクのセットアップに関する設定ですが、スタジオの環境を選ぶ画面になります。一般的なプライベートスタジオでは一番上の「Project Studio」を選択するのがよいでしょう。イラストでスタジオの規模感が分かるのがいいですね。「HOME THEATER」という項目があるのもいいですね。
それからマイクを耳の高さに合わせて、スピーカーとリスニングスポットが正三角形になるように、というのはどのキャリブレーションソフトでも基本の流れです。
測定項目箇所はQuick Modeの7箇所とAdvanced Modeの21箇所から選択できます。
ARC4の測定は7箇所の測定を耳の高さのレベルから15センチ下、15センチ上の3つのレイヤーで行うことが想定されているので、7箇所×高低3レイヤーで21箇所ということなのですが、Quick Modeでは耳の高さのレイヤー1段階のみの測定となります。
Sonarworksよりも測定箇所は少なく、Neumannよりは多いといったところでしょうか。Sonarworksの方が測定箇所が多いのでより厳密だとか、Neumannは少ないから正確でない、ということは特にない気がします。むしろARCはSonarworksにはない上下の測定があったりと、測定は簡単かというとそうではありませんが良い音のための私の執念からしたらこれくらいは大変な作業ではありません。
結果
結論から言うと、とても良いです!
私のスタジオの特性はSonarworksでの測定結果とよく似ていて、100Hzあたりにディップがあり、150Hzあたりにピークがありました。違うソフトで違う測定でも同じような補正がかかるというのはある意味でどのソフトもしっかり仕事をしているということなのかもしれません。
音質的にはSonarworksよりも若干ナチュラル目にかかるような印象でした。どちらが良いかは好みの差レベルかと思います。ガチガチに補正するのが正義かというとそうではないと思うので、もともとのスピーカーや部屋の個性はある程度残したいと思う派の私としても好印象です。測定結果に対して好みのEQをすることもできるので、より自分好みのサウンドを補正によって作ることができます。
さらにARC 4にはVIRTUAL MONITORINGという、様々なスピーカーの特性を再現した補正カーブを読み込むことができるので、異なるモニター環境での作業を再現することができます。違うメーカーのモニタースピーカーだけでなくテレビやカーオーディオのような再生環境も再現できるので、どんな環境で聴いても正しく伝わるミックスになっているかをすぐに確認することもできそうです。
最後に測定結果をARC Studioに送って同期するSTOREボタンを押して完了です。これで以降ARC StudioをUSBで接続していなくてもARC Studio本体で処理された補正後の音を再生することができるようになりました。
唯一気になるのはレイテンシーです。リニアフェーズモードにしていたので、45msecほどの遅延があるようで、これまでのSonarworksでの補正と違ってスピーカーからの出音のみが補正されているのでヘッドフォンの音が補正されていない状態でインターフェースから直接聞こえる音との遅延がハッキリとわかるレベルでありました。これはミックスなど再生のみの環境では特に気になりませんが、録音では正直気になるレベルで、よりシビアなシーンでは無視できないレベルかなと思いました。その際は本体のボタンで補正をオフすればいいので、物理スイッチがあるメリットはここで活きてきそうだなと思いました。補正後のボリュームが下がらないのもとても良いです。
総括
ARC Studio、買いの商品だと思います!なんと言ってもコストパフォーマンスが良すぎるし、音質や操作性もとてもよく、プロユースとして十分の性能だと思いました。初回分がすぐに売り切れてしまいましたが、次回販売分ももしかしたらすぐに売り切れてしまう可能性があるなと思うくらい、これは皆が欲しがる商品なのではないかと思いました。個人的には先ほども言及しましたがこれから補正は必須に近いものになっていくと思います。ARC Studioはご自身が今使っているお気に入りのスピーカーを買い替えることなく、スピーカーの出音のみを補正できる機材としてはダントツに安く導入できる素晴らしい商品だと思います。ぜひ一度お試しを!
製品情報
ARC Studio
音響補正ハードウェアプロセッサーと音響測定・解析ARC 4ソフトウェアの組み合わせによるスタンドアローンのルーム音響補正システム
ARC 4
※測定用マイクとARC 4ソフトウェアをセットにした新規ユーザー様向けパッケージバージョン
ARC 4 アップグレード
※測定用マイクとARC 4ソフトウェアをセットにした、IK Multimedia有償製品の登録ユーザー様向けパッケージ
ARC Studio アップグレード
※測定マイク付きのARC旧バージョン、iLoud MTMもしくはiLoud Precisionの登録ユーザーが対象の測定用マイクなしのバージョン
ARC 4のソフトウェアのみのダウンロード版(測定マイクを付属しません)はこちら
ARC 4 (Software only)
ARC 4 Upgrade (Software Only)
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