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サラウンド/イマーシブ・スタジオでは必須のサブ・ウーファーですが、近年、ステレオ・ミックス環境でも導入するエンジニアやクリエイターが増えています。クリエーター集団“Plick Pluck”に所属する遠藤淳也氏もサブ・ウーファーを活用しているエンジニアの一人で、約2年前に知り合いのクリエイターからのすすめでNeumannのサブ・ウーファー KH 750 DSPを導入。KH 750 DSPは、遠藤氏のホームグラウンドである『STUDIO QUEST』に常設され、今や「サブ・ウーファー無しでのミックスは考えられない」とまで語ります。そこでRock oNでは、『STUDIO QUEST』で作業中の遠藤氏を訪問し、ステレオ・ミックス環境でサブ・ウーファーが一体どのようなメリットをもたらすのか、お話を伺ってみることにしました。
メイン・スピーカーとしてRL904が導入された『STUDIO QUEST』
Rock oN : Rock oNではこれまでも何度か遠藤さんにお話を伺っていますが、そもそもレコーディング・エンジニアという職業に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?
遠藤 : 大学時代のアルバイト先に、もうすぐメジャー・デビューするというミュージシャンがいて、その人にレコーディング・エンジニアという職業をおしえてもらったんです。「音楽が好きだったら、こういう仕事もあるよ」とおしえてもらったのですが、調べてみたら音楽が作られる現場にずっといられる仕事で、すごくおもしろそうだなと興味が湧いて。そこからレコーディング・エンジニアという職業を意識し始めた感じですね。
それで新高円寺に『グリーンバード杉並』というテイチクレコードのレコーディング・スタジオがあって、まだ学生だったのですが、アルバイトとして潜り込んだんです。もちろん最初は雑用係で、僕を入れて4人、アルバイトが採用されたんですけど、1年後には1人を残してあとはクビという厳しい世界でしたね。それから数年後、『グリーンバード杉並』がクローズになり、新宿御苑に新しい『グリーンバード』がオープンして、僕もそっちに移って。そのあたりから、エンジニアとして仕事をさせてもらえるようになりました。
Rock oN : その頃の音楽の好みというと?
遠藤 : UKロックが好きだったんですけど、あの時代のイギリスのバンドはクラブ・ミュージックの要素を取り入れて、どんどんダンス寄りになっていったじゃないですか。その流れで僕もGOLDやYELLOW、下北沢のZOOに通うようになって、大学時代はクラブ・カルチャーにどっぷりという感じでした。The Orbが好きだったので、clubasiaにTR-909やTB-303を持ち込んで、ライブをやったりもしましたよ。でもスタジオの先輩には、「エンジニアになるんだったら、スティーリー・ダンを聴かないとダメだ」とか言われてましたけどね。「そんなにループの音楽ばかり聴いているとエンジニアになれないよ」って(笑)。でも僕は逆張りでいこうと決めて、スティーリー・ダンだけは絶対に聴くのはやめようと誓いました(笑)。
Rock oN : レコーディング・エンジニアとしての転機は?
遠藤 : 90年代後半って、クラブ系のアーティストがインディーからメジャーに上がっていく時代だったじゃないですか。当時、ヒップホップやR&Bを理解できているエンジニアがまだ少なかったんですけど、僕はそういう音楽が大好きだったので、クラブ系のアーティストと共通の言葉で話すことができたんです。その当時のクラブ・ミュージックって、キックのバランスやミックスの音像感が普通のポップスとはまるで違いますから、それをちゃんと分かっているということでアーティストからの信頼を得て、仕事が徐々に増えていったという感じですね。それで2002年にフリーになりました。
Rock oN : ご自身のミックスには、どのあたりに特色があると思っていますか?
遠藤 : クラブ系でも歌をしっかり聴かせて、コアな音楽とJ-POPの間をいこうというのは考えていましたね。当時、クラブ系のアーティストは、結果を出さないとすぐに切られてしまう時代だったので、そのようなトラックでもJ-POPとして成立するミックスというのは意識していました。
Rock oN : このスタジオを開設されたのは?
遠藤 : 15年前の2010年のことで、それまでは気に入ったスタジオを転々としながら仕事をしていたんですけど、TINYVOICE PRODUCTIONの今井了介さんから、「遠藤さん達もスタジオを造った方がいいよ」というアドバイスを頂きまして。それでこのスタジオを開設したのですが、今井さんには場所探しから施工チームの紹介まで何から何までお世話になりましたね。音響設計は、日本音響エンジニアリングさんにお願いしました。
Rock oN : 2010年ということは、開設時から完全なPro Toolsスタジオですか?
遠藤 : そうです。2000年代は、Pro Toolsで吐き出してSSLでミックスということもやっていたんですけど、もうやり切ったなという感じでしたし……。現在スタジオの中心となるのはカード1枚のPro Tools | HDXシステムで、パソコンはMac Studioなんですが、僕が作業する分にはまったく問題ないですね。プラグインは、WavesとかiZotopeとかベーシックなものばかりで、一番よく使うのはUniversal AudioとPlugin Allianceのものかもしれません。Universal AudioはUADカードもあるんですけど、最近は何となくネイティブで使ってますね。
Rock oN : モニター・スピーカーは、Musikelectronic Geithain RL904とヤマハ NS-10M Studioですね。
遠藤 : RL904は、Musikelectronic Geithainが流行った少し後くらいに導入しました。音の輪郭がしっかり出て、解像度がすごく高いスピーカーだと思います。NS-10M Studioに関しては、最近はアンプの電源を入れてません(笑)。昔はNS-10M Studioだけで作業していたので、このスピーカーでは見えない上と下のサバを読む能力には長けているんですけど(笑)、今はさすがにメインで使うことはありませんね。
サブ・ウーファーがあると低域のマネージメントが断然ラク
Rock oN : Neumannのサブ・ウーファー KH 750 DSPを導入し、現在は2.1chのシステムで作業されているとのことですが、サブ・ウーファーを使い始めたきっかけは何だったのですか?
遠藤 : RL904の低域が足りないというのは、ずっと感じていたことだったんです。この部屋のサイズに対してもそうですし、輪郭は出ているものの、ローの量感が物足りないなと。スペック的には40Hzくらいまでは出るスピーカーだと思うんですけど、体感的にそこまで出ていない感じというか。EDMやトラップのような音楽が出てきて、10年くらい前からJ-POPでもローエンドがとても重要になってきたので、何らかの方法で低域を増強したいなというのはずっと考えていたことだったんです。それであるとき、仲の良い作家さんの自宅に遊びに行ったら、サブ・ウーファーを使って作業していて。サブ・ウーファーなら、メイン・スピーカーを変えずに低域を増強できるので、これはいいなと思ったんです。プロデューサーのRyosuke “Dr.R” Sakaiさんもスタジオでサブ・ウーファーを爆音で鳴らしていて、彼からもサブ・ウーファーの必要性を説かれましたね(笑)。
Rock oN : 最近は2.1chで作業されているクリエイターさんが多いんですか?
遠藤 : そうですね。僕が若い頃は、先輩から「ロー・エンドは切れ」と言われていたんですけど(笑)、今の若い人たちは低音域があるのが普通というか、自然と耳がその帯域に慣れているんです。TR-808のキックは今やBASS音源ですし、J-POPやロックでも5弦ベースじゃないと弾けない曲が増えているじゃないですか。だから若い人は感覚的に普通にあるものだと思っているんですよ。
Rock oN : サブ・ウーファーを導入するにあたって、いくつかの製品を比較試聴されたのですか?
遠藤 : 並べて試聴したりはしませんでしたけど、KH 750 DSPを導入する前に、別のメーカーのサブ・ウーファーをここに持ち込んで試したことはありましたね。でも、そのサブ・ウーファーは15インチで、この部屋では鳴り過ぎてしまって全然ダメでした。高域に対してのバランスが取れていないというか、合っていない感じで……。それまでは径が大きい方がロー・エンドが出るというイメージがあったんですけど、デカければ良いというものでもないなと(笑)。それでいろいろ調べてみたら、KH 750 DSPが10インチとちょうどいいサイズだったので、デモ機を借りて試聴して導入しました。KH 750 DSPは、製品名のとおりDSPも載っていますし、コスト・パフォーマンスも魅力でしたね。
Neumann KH 750 DSP
Rock oN : 接続はどのようになっていますか?
遠藤 : モニター・コントローラーのCrane Song Avocet IIAからKH 750 DSPを経由して、RL904に繋がっています。アナログ接続ですね。
Rock oN : サブ・ウーファーを作業デスクに向かって左後方に設置されていますね。
遠藤 : 置く場所がそこしかなかったからなんですけど(笑)、音的に特に問題なかったので、そのまま使い続けています。でも、実際はどの場所に設置するのがベストなのか、ちょっと気になってはいますね。昔はセンターに置くと位相的にダメと言われていましたけど、海外のスタジオを見ると、スタンドを立ててセンターに置いているところもありますし……。
Rock oN : 普段は、サブ・ウーファーのオン/オフを切り替えて作業しているのですか?
遠藤 : 入れっぱなしというわけではありません。どうしても耳が慣れてしまうので、飽きたらオフにするというか。あとは最近は自宅で作業することも多いので、ここでサブ・ウーファーを入れて最終チェックしたりしています。
Rock oN : KH 750 DSPのDSP機能は使っていますか?
遠藤 : 使っています。MA 1ソフトウェアで計測して、もちろんRL904を選択することはできないんですけど、DSP補正のおかげでバランス良く鳴ってくれています。ソフトウェア上でDSP補正を無効にすることもできるのですが、オンの方がバランス良かったですね。この部屋の音響は比較的ゆるめというか、ガチガチに吸音しているわけではないので、DSP補正の効果はすごく大きい。なのでKHシリーズでシステムを組めば、さらに良いんじゃないかと思っています。一度聴いてみたいですね。
Rock oN : 実際に導入されて、2.1chのシステムはいかがですか?
遠藤 : 低域が見えなくても経験で何とかしてしまうみたいなミックスをしなくてもよくなりました(笑)。特に僕の場合、ビートが強い音楽を手がけることが多いので、キックのリリースが見えるのは作業していて本当にラクですね。キックのリリースって、テンポやノリにすごく影響するんですよ。ローエンドを出せば出すほどリリースが後ろに伸びるので、テンポやノリが重たくなってしまうんです。たとえば、4つ打ちの曲でローエンドを出すと、テンポが遅く感じてしまったり……。それが不安だったので、これまではヘッドフォンでチェックしていたわけですけど、ヘッドフォンを使うと、今度は距離感が分からなくなってしまう。しかしサブ・ウーファーを使えば、キックのリリースがどれくらい伸びているのかが、すごくよく分かるんです。なのでダンス系の音楽を手がけているクリエイターさんは、特にサブ・ウーファーを使うことをおすすめしますよ。キックとベースの配分というか、低域のマネージメントが断然ラクですし、テンポやノリが掴みやすいですから。
Rock oN : 2.1chのシステムで作業する上での注意点はありますか?
遠藤 : 当然、それまでは無かった低域が出ることになるので、音量は注意した方がいいかもしれません。それとサブ・ウーファーは邪魔なので(笑)、どうしても部屋の隅に置いてしまうと思うんですけど、そうすると定在波が問題になるので、設置場所にも気をつけた方がいいと思います。あとはKH 750 DSPのDSP補正を使って、すごく有効だなと感じているので、低域がよく分からないという人はDSPを搭載した機種がおすすめですね。また、ここで音源を聴いて「2.1chの音像感が慣れない」という人もけっこういるので、使い始めは少し慣れが必要かもしれません。
Rock oN : これから2.1chのシステムが流行るかもしれませんね。
遠藤 : ラージスピーカーが置けない比較的コンパクトなスタジオで有効だと思います。ヒップホップのような音楽の場合、ローエンドがめちゃくちゃ出ることもあるわけですけど、それらのアーティストは僕らが作ったメインボーカル抜き音源をクラブでかけてライブするので、ハコで鳴らしたときのローエンド感が気になっていたんです。しかし、事前にクラブで再生することはできないので、これまでは出たとこ勝負なところがあったんですけど、サブ・ウーファーのおかげでハコで鳴らしたときのローエンド感が多少イメージできるようになった。もっと言えば、ローエンドを出し過ぎてしまうリスクを回避できるようになったというか。全体の抜けやテンポ感にも影響を与えることもあるので。ですからクリエイターさんにとって、サブ・ウーファーはすごく有効だと思います。
株式会社Plick Pluck(プリックプラック)/ STUDIO QUEST
https://www.plick-pluck.co.jp/
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記事内に掲載されている価格は 2025年9月19日 時点での価格となります。
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