
TVアニメ『SAKAMOTO DAYS』のオープニング・テーマとしても知られるKroiの新曲、『Method』。
リリースと同時に公開されたミュージック・ビデオは、Blackmagic Designの動画撮影アプリ「Blackmagic Camera」をインストールした40台(!)のiPhoneで撮影され、その躍動感のある映像が世界中で大きな話題となっています。そこでRock oNでは、このミュージック・ビデオの監督を務めた木村太一氏とシステム設計を担当した内田誠司氏、カラリストとしてグレーディングを手がけた西田賢幸氏にインタビュー。その制作ストーリーについいてお話を伺いました。

40台のiPhoneで撮影されたKroi『Method』のMV

Rock oN : 木村監督が手がけられたKroiの『Method』のミュージック・ビデオですが、本日時点でYouTubeでの再生回数は930万回を超え、世界中で大きな反響を呼んでいます。このミュージック・ビデオは、40台のiPhoneを使ってアーティストを取り囲むように撮影されていますが、なぜ今回、このような手法を取られたのでしょうか。
木村 : 今だからぶっちゃけて言うと、当時は映画の撮影も迫っていて、めちゃくちゃ忙しかったんですよ。それで自分が苦労しない撮影方法はないかなと考えて、だったらiPhoneをたくさん並べて撮ればいいんじゃないかと思ったんです(笑)。時間も無かったですし、iPhoneをたくさん並べて撮れば、現場で自分がディレクションしなくても済むかなと。でもいざやってみると、スタッフは大変ですし、僕は僕で編集が大変なことになってしまって、ヤバいことになってしまったなと後悔したのを憶えています(笑)。
クリエイティブのディレクション的な話をすると、カメラの動きでエネルギーを出すのではなく、カット割りでエネルギーを出すのがおもしろいんじゃないかと思ったんですよね。そういうビデオって最近はあんまり無かったですし。カット割りでエネルギーを出すのであれば、やり過ぎくらいの台数でやった方がいいんじゃないかなと。
Rock oN : プロ用のカメラではなく、iPhoneを使用したのはなぜですか?
木村 : 実は最初、VHSで撮りたいと思っていたんですよ。でも、テープで40台というのは現実的ではないですし、ホワイト・バランスを揃えるのも難しい。かといって、シネマ・カメラを40台揃えるだけの予算は無かったですしね。じゃあどうしようと考えたときに、iPhoneがいいんじゃないかなと思ったんです。カメラを40台並べて撮影したら、絶対にカメラそのものが映り込んでしまいますし、美術チームも「iPhoneだったら映り的にカッコいい」と言っていたので、それでiPhoneに決めた感じです。
Rock oN : iPhoneの画質については、どのような印象をお持ちでしたか?
木村 : 僕はもうジェネレーションというか、最初のiPhoneが出たときから使っているので。最近のiPhoneは技術的な進化がすごいというか、画質が好きかどうかは置いておいて、シネマ・カメラと比べても差が無くなっているというのは明らかですよね。iPhoneで撮影された映画が劇場で公開されて数字を出してしまっている時代ですから。
Rock oN : アーティスト・サイドはどのような反応でしたか?
木村 : 「え、iPhoneで撮るんだ?」というリアクションでしたね(笑)。Kroiさんも今回のミュージック・ビデオには気合いが入っていたみたいで、「なんでiPhoneなの? もっと高いカメラで撮らないの?」という感じのリアクションだったのは憶えています。そういう意味では、まだ撮影機材としてスタンダードではないのかなと。でも撮影現場では、ずらっと並んだiPhoneを見て、「おお、すげえ!」という反応でしたよ。
Rock oN : 40台ものiPhoneを調達するのは大変だったのでは?
木村 : 以前、Appleの人が「何か良いアイディアがあったら貸すよ」と言ってくれたのを憶えていて、それで相談してお借りしました。「何台必要? 3台くらい?」と聞かれて、「40台くらいです」と言ったら、「手持ちでは足りないけど、何とか集めるよ」と協力してくださって。
Rock oN : 40台という台数については、どのように決めたのですか?
木村 : 適当です(笑)。特にテクニカルな理由は無く、「40台くらいでいいんじゃない?」という感じで。でも、いざセッティングしてみると、もっとあった方がいいんじゃないかということで、スペアで用意していたiPhoneを追加しましたね。途中から私物のiPhoneを足したりして、最終的には47台くらい使ったのではないかと思います。
Rock oN : iPhoneはすべて同じ機種ですか?
内田 : 16 Proと16 Pro Maxが混在しています。
木村 : 今回、透明な世界観でやろうと考えていたので、どこから撮っても大丈夫なようにiPhoneには透明なケースを装着しました。iPhoneの色も、できればホワイトで揃えてほしいと。
Rock oN : セッティングの位置に関しては?
木村 : 規則正しい間隔にセッティングしたわけではなく、僕が気に入ったアングルに置いていった感じですね。ボーカルには多めに配置したりとか、まったく等間隔ではなかったです。iPhoneはすべて横位置で、なぜ縦位置じゃないかというと、単純に好きではないからです(笑)。
動画撮影アプリBlackmagic Cameraが活躍

Rock oN : 撮影はBlackmagic Designの動画撮影アプリ、Blackmagic Cameraで行われたそうですね。
木村 : 40台ものiPhoneで同時に撮影するわけですので、あのアプリが無かったら無理だったんじゃないかと思います。
内田 : もし普通のカメラだったら、改造しなければいけなかったかもしれませんね。いろいろくっ付けて遠隔で録画できるようにして、もっとゴツくなってしまったんじゃないかなと。
Rock oN : 撮影システムの概要をおしえてください。
内田 : すべてのiPhoneにBlackmagic Cameraをインストールし、Tentacle Syncで同期して、有線のネットワークで1台のiPadからコントロールするというシステムです。撮影データは、各iPhoneのインターナルのSSDに保存しています。
実は最初にBlackmagic Designさんにご相談したときは、9台が限界というお話だったんですよ。多分、マルチで同時に見れる台数が最大9台だったからだと思うんですが、公式ページにも最大9台と記載されていましたしね。だから最初は9台ずつiPadを用意して、5台くらいのiPadでコントロールしようと考えていたんです。でも昨年の『Inter BEE』でBlackmagic Designの開発チームの方とお話しさせていただいたら、「ネットワークの帯域が許す限りは何台でもいけるんじゃないか」という話だったので、実際に検証してみたら40台でも上手く動いて。それで本番に臨んだという感じですね。
Rock oN : 今回はどのコーデックで撮影されたのですか?
内田 : ProRes 422 HQです。木村監督に何テイク撮影するか確認し、今回お借りしたiPhoneの内蔵SSDの容量と照らし合わせてProRes 422 HQに決めました。大体5分のテイクを4〜5テイクというお話だったので。
Rock oN : 撮影は大きなトラブルもなくスムースに?
木村 : そうですね。僕が現場でディレクションしたのは、40台のiPhoneのカメラ・アングルくらいだったのですが、全体のシステムは内田くんとスタッフががんばって準備をしてくれたので。でも、内田くんの方はかなり緊張感があったのではないかと思います。ちゃんと撮れているか、システムが問題なく動くかどうかとか。僕は「今回はラクでいいな」と思いながらリラックスしていたんですけど(笑)。
唯一心配だったのは、iPhoneのバッテリーですね。チャージされているので問題ないという話だったんですけど、中には明らかにバッテリーが減っているものもあったりして(笑)、それはちょっと怖かったですね。設定しているときも電源は入れておかなければならないですし。だから撮影前に皆でチェックしましたね。
Rock oN : 編集面では何かコンセプトはありましたか?
木村 : 編集はAdobe Premiere Proで行ったのですが、iPhoneで撮っているということを強調したいなと思いました。無理にシネマチックなルックにするのではなく、iPhoneの魚眼をあえて使ってみたりとか。それとスプリットを使って、複数台のiPhoneでいろいろなアングルから同時に撮っているということも強調したいなと。Kroiさんからも「もっともっと」というリクエストだったので、僕がイメージしていたよりもエクストリームで、“マシマシな感じ”(笑)になりましたね。
Rock oN : アーティスト・サイドからカット割についてもリクエストがあったのですか?
木村 : オーダーはありましたね。僕はかなりシンプルにいこうと思っていたんですけど、もっとスプリットを作ってほしいというリクエストをもらったりしました。そういった編集はオフラインで行いました。

Rock oN : 編集作業はかなり大変だったのでは?
木村 : こういうパフォーマンス・ビデオはこれまでも経験があるので、大量の素材を扱うのは慣れているんですけど、今回はiPhone 40台分の素材をレイヤーで編集しなければならなかったので、タイムライン的にはちょっと面倒でしたね。ちゃんと色分けをしておかないと、どれがベースに向いて、どれがドラムに向いているのか分からなくなってしまって。これまでで一番編集が面倒だったビデオのような気がします(笑)。でも、編集的には面倒でしたけど、iPhoneの台数はもうちょっとあっても良かったかなと思いました。
Rock oN : パソコンのパワーは問題ありませんでしたか?
木村 : フル・スペックのMacBook Proだったので、ラグが発生したりとか、止まってしまうということはなかったですね。もしかしたらプロキシを変換してくれたからなのかもしれませんが、それは驚きでした。
Rock oN : グレーディングは、DaVinci Resolve Studioで?
西田 : いつもどおりDaVinci Resolve Studioを使いました。iPhoneで撮影しているということで、どういう感じなのかなと思っていたんですが、実際はシネマ・カメラで撮られた素材と比べても遜色がなかったですね。ですからスタート地点もいつもと変わらない感じでした。
Rock oN : どのようなトーン設計でグレーディングを行いましたか?
西田 : グレーディングの前段階で、あまり脚色しない感じにしようという話があったんです。クリーンな感じというか、これは僕の勝手な解釈ですけど、記録映像のような質感というか。ですので、雑味がなく高品質な映像というのは意識しましたね。何となく監視カメラ的な映像というか、“記録している”というイメージでやってみようと。
Rock oN : DaVinci Resolve StudioのLUTは?
西田 : 普通にデフォルトからスタートして、特にフィルム・エミュレーション系のLUTなどは使用せずに、ちょっとだけ味付けをするという使い方でした。
今回は俯瞰の映像、iPhoneならではのアングルがおもしろかった

Rock oN : ミュージック・ビデオは公開以来、もの凄い反響ですね。
木村 : 僕は『SAKAMOTO DAYS』を読んだことがなかったんですけど、アニメの主題歌だからと言って(再生回数が)伸びるわけでもないので。そういう意味では驚きはありますね。こんなにいっているんだっていう。もうすぐ1千万回というのは正直驚いています。でもそれは別にビデオの力ではない気がするので(笑)、やっぱり楽曲の力なのかなと。
Rock oN : 特に気に入っているシーンというと?
木村 : 俯瞰の部分です。シネマ・カメラだと俯瞰が大変だったりするんですけど、それが今回、スコンとできてしまったので、それはおもしろいなと思いましたね。あとはピアノや手元に寄ったショットとか、普段なかなかできないアングルというか、iPhoneならではのアングルがおもしろかったです。
西田 : 僕は途中で照明が変わるところが、青い虹色みたいで気に入っています。ちょっとだけ夢っぽくしようという話になり、照明で雰囲気を変えているのですが、それが絶妙な感じになりましたね。
Rock oN : 次の作品の構想があればおしえてください。
木村 : 次はもっとシネマティックに撮ってますね。本当に映画という感じで撮ってます。
Rock oN : 現在SNSを中心に流行っている縦型の動画についてはどのような印象をお持ちですか?
木村 : まったく興味がないですね(笑)。今回のミュージック・ビデオは横ですが、それでも900万回以上再生されているということは、縦か横かなんてどうでもいいんじゃないかなと。今日流行っていても、1年後は廃れているかもしれませんし、そういう流行りは意識しません。僕は表現者であって、アルゴリズムの分析者ではないので、人が何におもしろさを感じるかはまったく分からないので。正直、(縦型動画に関しては)消費されて終わりというイメージです。消費されていいんだったら、縦でやればいいんじゃないかと思っています。
Rock oN : 楽器店のインタビューなので、最後に機材についての話を伺いたいのですが、「こういう機材があったらいいのに」というのはありますか?
木村 : 今度メガネ関係のCMを撮るんですけど、メガネにリグが取り付けられたらいいですよね。監視カメラくらい細くて、でもクオリティは高いというような。そんなものが出てきたら、映像の表現が広がるなと思っています。
Rock oN : 本日はお忙しい中、ありがとうございました!

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